「クッ…クックック、ツメが甘いんじゃ。出涸らしがァ…!!」
直哉は這いずっていた。信じられないことにあのカウンターを喰らってもなお、意識を保っていたのだ。戦闘音も聞こえなくなり、このままでは捕まるのが目に見えていた。故ににっくき怨敵を前に残った歯で歯軋りをしながら這いずるように去ると禪院家でも一部の人間しか知り得ない通路へと行こうとする。勝ち誇った笑みで伏黒を罵倒するが、既に彼の命運は尽きていた。
背中の腰部分から凄まじい激痛が走る。何事かと思い目線を向けるとそこには扇の妻が自身の腰に包丁を突き刺していた。
「〜〜〜ざっけんなや!!個性も使えん!!ドブカス……がぁ!!」
「ああ、生きててよかった…」
そう呟くと再度包丁を振り下ろすべく大きく振りかぶる。しかしそれよりも早くヒーローが駆けつけると扇の妻を捕縛。そして刺された以外にも重傷を負った直哉は病院に搬送されリカバリーガールの治癒の後、タルタロスへと収監された。
こうして1000年以上にもわたって栄華を誇り続けた禪院家の幕は閉じた。
◇
「よく生きてたな」
「お前もな」
新幹線に揺られながら雄英へと帰宅している伏黒と拳藤はあれほどの死地を乗り越えたということをあらためて実感していた。
伏黒が目を覚ましたのは禪院家を解体する作戦が行われた次の日だった。どうやらミルコ達の方も上手くやったらしく、甚壱を仕留めた後に扇を撃破した拳藤と直哉を撃破した伏黒を回収して病院に届けるくらいの余裕はあったらしい。そのことを朝目を覚ますと同じ病室で寝ていた両手を包帯でぐるぐる巻きにした拳藤と見舞いに来たミルコから聞いた。
そしてそれ以降の日からが大変だった。何せ、京都の裏側を牛耳っていた日本最古にして最大の一族が没落したのだ。しかも捕まったのは禪院家の一族だけでなく、その一族が行ってた悪事に関与していた者もだ。秤の証拠をもとに片っ端から一斉検挙。その数は禪院家の一族を合わせれば4桁を優に超えるらしい。おまけに人数も異常だが、質も異常だ。何せ捕まったのは中小企業の社長を筆頭に有名企業の京都支店のお偉いさん方や一部のヒーロー、警察の上層部など幅広かった。それほどの数の人間がとっ捕まったのはオールマイトが台頭して以降、最大規模と言うこともあって情報大好きなマスコミ達が喰らい付かない筈がなかった。
「まさか病室にマスコミ達がカチコミに来るとはなぁ…」
「アイツらが禪院家襲撃に参加してた方が良かったんじゃねぇの」
遠い目をしてハハ、と笑う拳藤と思い出した伏黒が思わずと言った様子で思いっきりため息を吐いていた。どこからかリークしたのかわからないが、伏黒と拳藤が禪院家の解体に一役買っていたのと禪院家の中でも幹部と報道されていた扇と直哉をとっ捕まえたのが2人だと知られたのだ。その結果、怪我なんて知ったこっちゃねぇ!みたいなテンションで押しかけてきた。咄嗟にヒーローが防ごうとしたのだが、時すでに遅し。以前の段階でテレビに出てた伏黒と職場体験先でCMでテレビ出演を果たしてた拳藤も顔バレ名前バレ住所バレの3連コンボを果たした。
「それにしてもお前の個性が進化したって聞いた時は流石に驚いたよ。ミルコさんも滅茶苦茶褒めてたしな」
「進化ってよりはこれが私の個性の本来の姿みたいなもんだけどな」
思い出すと舌打ちをしたくなるような思い出を忘れるように他の話題に話を移す。伏黒の言葉に対してそう言うと拳藤は自身の手からオレンジ色のオーラを放ち始める。どうやら扇との戦闘で個性が蛹から蝶へと羽化したように拳藤の個性が本来の姿へと至ったらしい。これを入院中に見せられた時は伏黒も果物持って現れたミルコも驚いたていた。今はまだわからないことだらけだが、そのオーラは拳藤からすれば軽い癖して相手からすると重いという不可思議な性質を持っているのは伏黒が身をもって知っている。
「ネックだった【大拳】の重量による動きの阻害の解消や純粋な個性の出力の増強、形が不定形だからやれることも多い。伏黒、私はまだまだ強くなるぞ」
「そりゃあ、めでたいな」
「私のことを言ってるけどお前も大概だからな?禪院直哉との戦いで何があったのかは知らないけどさぁ。お前が目を覚ました時、雰囲気が変わっててビックリしたぞ」
その言葉に伏黒はあの時の領域展開を思い出す。何もかもが吹っ切れて考えることも煩わしく思えるような感覚を。だけどあの感覚を全て味わい尽くすよりも前に直哉が倒れてしまった。恐らくだが、あのままあの全能感を味わえていたら至れていたかもしれない。個性の核心そのものに。
「伏黒…?おい、伏黒!」
「ん?ああ、何だ?」
「何だじゃねぇよ驚かせやがって。まだ痛むのか?」
「そのあたりは【円鹿】で治してたから問題ねぇよ。いやな、結局タルタロス送りは2人だけだったなと思ってな」
「扇と直哉のことか?」
考え込みすぎて反応のなかった伏黒に拳藤が慌てた様子で話しかけてくるのを伏黒は捕まった禪院家の皆の話をすることで逸らした。一斉検挙後の禪院家の行く末なのだが、禪院甚壱、蘭太や躯倶留隊の部下達を除いた面々の終身刑が言い渡された。特にヴィラン連合と共謀して脳無を呼び込み前当主を殺した扇と雄英の生徒である伏黒を殺すように扇動したとされている直哉はタルタロス行きが確定した。本来であれば裁判などがある筈なのだが、出てきた罪の数が多すぎたこともあってオール・フォー・ワンの時と同様に異例の速さで罪が確定した。その際に知ったのだが、どうやら直哉は扇の妻に腰を刺された影響で神経に甚大なダメージを与えられて2度と立てなくなったらしい。強さに執着した直哉にとって個性そのものを奪われたと言うことは一体どれほど辛い現実となるのか想像に難くない。
「それにしても濃い2週間だったな…」
「ああ、本当にな。未だに世間ではオールマイトがいなくなったことで浮かんでた心配を払拭するのに足りる事件だって騒いでた。感慨深く感じるし、私は今回のことを忘れないよ」
「禪院家を崩壊させたという事実を忘れるってことは無いだろ」
伏黒の呆れたような言葉に拳藤は違いないと言って朗らかに笑い飛ばす。そして少しすると新幹線が止まり、雄英がある駅へと辿り着く。そしてホームから出て歩いて雄英へと向かった。道中で禪院家のことで通行人に揉みくちゃにされたことなどがあったが、なんとか切り抜けて実に2週間ぶりに見る雄英高校へと到着した。
「それじゃあ此処で」
「うん。またね、伏黒」
そう言って互いに寮が違うこともあってそれぞれの道へと足を運び始める伏黒と拳藤。少し懐かしく感じる道を歩いていくと学生寮である《ハイツアライランス》に到着する。伏黒は大きく息を吐くと寮の扉に手をかけた。扉を開けてまず初めに目に写ったのは私服姿のA組の皆の姿だった。伏黒としては確実に何名かは上にいるくらいには思っていた為、正直これには意外だと思った。
「あー…なんだ、その…ただいま?」
2週間という短期間であったとはいえ、久々の邂逅と二度と会えないと思っていた節もあった為、少々戸惑いながらも無難な挨拶を選択する。玄関先にいる伏黒を見たA組の面々は少しだけ固まる。そして次の瞬間、
「「「「「「おかえりーーーーー!!!!」」」」」
一斉に伏黒目掛けてA組の皆が駆け出した。
「帰ってきたァァァァァ!!伏黒が帰ってきたぞォォォ!!」「ニュース見たぞ、オイ!!」「お騒がせさん☆」「帰ってくるって言ってたけど、禪院家滅ぼしてから来るかぁ!?」「無事で何より」「伏黒ちゃん、疲れたでしょう。今は休みなさい」「ケッ!」「伏黒君!禪院家の連中に何かされなかった!?」「待て待て皆んな!落ち着きたまえ!」
そして口々に伏黒の安否を気にする声を十人十色にかけてくる。わいの、わいのと騒がしくなっていく寮内に伏黒はポカンとしている。帰ってきただけで複数名の人間達に歓迎されていることは伏黒にとっても初めてのことだった。伏黒は騒がしいのが嫌いとまで言わないが苦手な部類に入る。故に雄英に入ってすぐは戸惑いを覚えたりもした。しかし、今この瞬間、久々に会えた彼らの騒がしさが伏黒にとってとても心地良く感じられる。その事実に伏黒は思わずと言った様子で笑ってしまう。とりわけ反応が顕著だったのは八百万だった。伏黒の姿を視認した瞬間、伏黒目掛けて抱きついたのだ。伏黒はギョッとしていると少しだけ肩が震えていることに気がつく。
「本当に…本当に…心配、でしたのよ」
「八百万…」
発した声もどこか涙で濡れていた。彼女も彼女で自身のことを案じていたのだと知った伏黒はどこか感慨深く思っている。取り敢えず、抱きしめたまま頭を撫でて宥めていると飯田の方から声をかけられていたことを思い出す。
「心配してくれてありがとよ。飯田も事情聴取の時とかで休めたから問題ねぇよ」
「むぅ…。それならばいいんだが…」
「それに疲れてたって言うんなら、緑谷や麗日、切島、蛙吹だってそうだろ?聞いたぞ、死穢八斎會の一件。滅茶苦茶、大変だったらしいじゃねぇか」
「伏黒君のやったことに比べれば一歩どころか100歩も劣るよッ…!?」
「1000年以上も続いた家を完全に潰しましたからね」
「そう言えばさ。緑谷とかは伏黒呼びだけど今は禪院と伏黒、どっちで呼べばいいんだ?」
「禪院家は滅ぼしたからな。もう禪院じゃねぇ、今は伏黒だ」
伏黒がなんて事無さそうな顔してそう答えると皆が安心したような態度を取る。その後、伏黒が無事であった事もあって帰ってくると聞いた時に企画していたパーティを開くこととなる。その際に禪院家ではどんな生活を送っていたのか、どんな相手と戦ったのかを聞かれた。他にも伏黒が必殺技を新しく作れて今ではA組の全員がかりでも完封できると言った瞬間、好戦的な爆豪が反応して一悶着あったなどして心から楽しんでいた。就寝時間となりパーティが終了すると片付けを手伝おうとした伏黒に皆は今日は休んでくれと言われ、風呂を入った後に自身の部屋へと戻る。
「たった、2週間ぽっちなのに久々に感じるな…」
荷物が戻されいつの間にか元の配置に戻っていた自身の部屋を見て思わずそう呟く。そうしてベッドに寝転がり電気を消すと目を閉じる。久々に心地よい眠りが出来そうだと思いながら伏黒は眠りについた。