10月を迎えて早数日。ちょくちょくあるオンデマンドでは埋めきれなかった分の補習にも慣れ始めた頃、寝袋にミノムシのように包まれた相澤が珍しく前置き無しに学生にとっての重大イベントを発表する。
「文化祭をやります」
「「「「「ガッポォォォイッ!!」」」」」
相澤による一大イベントの告知。しかもこれといって負荷のない青春イベントを前に生徒一同は学校っぽいと言い切らずに略してしまうほどに舞い上がる。しかしそこに意外な人物が待ったをかける。
「いいんですか!?このご時世にお気楽じゃあ!?」
「切島!?」「お前、変わっちまったなぁ…」
「でも、そーだろ!このヴィラン隆盛のこの時期に!!」
なんとビックリ、飯田でも少しビビリな峰田でもなくクラスの中でも盛り上げ役として一役買っている切島だった。伏黒的に見てもかなり意外だったため、少し驚いた。しかし、その変化はとても良いものとしても感じられた。すると確かにもっともな意見だという事で相澤の方から説明がいった。当たり前のことだが、雄英も他の学校でもそうだが、学校はヒーロー科だけで回っているわけではない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他のサポート科や普通科、経営科の生徒たちが主役となっている。その注目度は体育祭ほどでは無いにせよサポート科や普通科、経営科の生徒達にとって楽しみな催しとなっている。それに単純に楽しむだけでなく、サポート科では自身の傑作を披露してプレゼンをし、会社に売り込むことも出来るのだとか。もっと言ってしまえば現状、全寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じてる者も少なからずいるらしい。
それを聞いた切島は申し訳無さそうな顔をして席に着く。そしてそれを見た相澤からの説明は続いた。そう簡単に自粛とするわけにもいかないとのこと。今年は例年と異なり ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になるらしい。
「主役じゃないとは言ったが決まりとして1クラス1つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう……」
そう言うとクラス委員長の飯田と副委員長の八百万に後は全投して寝袋に包まるとそのまま眠りについた。あいも変わらずな光景に最早誰も突っ込むことはなく飯田から何か案がないかを聞かれる。すると、栓を切ったかのように風が巻き起こるのでは無いかという勢いで皆が挙手し始める。そうして集まった案は以下の通り。
○メイド喫茶(上鳴)
○腕相撲大会(切島)
○ビックリハウス(葉隠)
○おもちやさん(麗日)
○暗黒学徒の宴(常闇)
○ダンス(芦戸)
○オッパブ(峰田)
○コント(耳郎)
○郷土史研究発表会(飯田)
○殺し合い〜デスマッチ〜(爆豪)
○ふれあい動物園(口田)
○タコ焼き屋(障子)
○アジアンカフェ(瀬呂)
○演舞発表会(尾白)
○お勉強会(八百万)
○ヒーロークイズ(緑谷)
○手打ち蕎麦屋(轟)
○僕の煌めきショー(青山)
○カエルの歌合唱(蛙吹)
○クレープ屋(砂藤)
「一通り皆からの意見は出揃ったかな」
黒板に書かれた文化祭の出し物の案を見てふむ、と納得する飯田。ここまで案が出揃うと何気に壮観だと伏黒は思わされる。オッパブを除いて。そうして八百万が手元のタブレットを用いて不適切、実現不可、よく分からないものは消去していく。そうして「暗黒学徒の宴」、「オッパブ」、「殺し合い〜デスマッチ〜」、「僕の煌めきショー」の4つが削除された。案を挙げた爆豪、峰田、青山、常闇からクレームが入る。しかし、伏黒から見てもこの4つは意味不明。特にオッパブとか出店しようもんならA組が潰れる。そして追加で退屈という事もあって「勉強会」と「郷土史研究発表会」を取り消される。そうこうしていると皆の意見が錯綜しあっていき、収拾が付かなくなってきた。それに対して伏黒は手を挙げる。
「む!どうした伏黒君!」
「俺としてはメイド喫茶とクレープ屋も反対だわ」
「えぇ!?」
「なんでだよぉ!?」
第一候補として挙げられた2つの案を伏黒が否定すると案を出した砂藤、上鳴から批判の声が上がる。それに対して伏黒は根本的な問題を挙げる事で対処する。
「メイド喫茶はいい線いってると思うぞ?『見る』『聞く』『食べる』の内、A組の女子はレベルが高いからな『見る』と『聞く』は満たせてる」
「お、おう。お前たまに凄いどストレートに言ってくるよな。見ろよ周りの女子ども照れてるからな?」
「それは後で確認するよ。で、肝心の『食べる』の面なんだが…。勝てるのか?ランチラッシュ先生の作る飯に」
伏黒の言葉に皆が気づいた。ランチラッシュとは雄英高校で育ち盛りの高校生の食事事情を支えている、ある意味で雄英の屋台骨である。コック帽と制服を身にまとい、顔にはパイプが付いた機械的なマスクを着けていると、コックを意識したコスチュームを着ている。そんな彼の作る料理なのだが、贔屓目に言っても一流。その料理の出来栄えは普段から良いもん食べているであろう、八百万の舌を唸らせるほど。おまけに学生でも手が出る範囲で出せる安価っぷりはどう足掻いても食事の出し物ではランチラッシュの下位互換となる。
100歩譲ってデザートという面では八百万に太鼓判を押された事もあってランチラッシュと良い勝負が出来る砂藤ならばどうにか土俵に上げられると思う。しかし、料理とは複雑な方程式のような物で少しでもミスがあれば答えが出なくなるのと同じように、一気に味が落ちる。砂藤以外にも料理を出来るのはいるがあくまでも家庭的の枠組みを出ない。故に必然的に料理面では砂藤に任せることとなるという負担が一人に寄りかかるのが目に見えている事もあって却下。メイド喫茶で女性陣を全面に出した見た目を重視するだけなど、負けず嫌いの多いヒーロー科の皆が納得するわけも無し。
「じゃあ!伏黒はどんな案があるってんだよぉ!?」
「ん?」
「確かに…君からはまだだったな。取り敢えずで良いから出してみてくれないか?」
上鳴が否定するなら代わりに案を出せと言われ、それに乗った飯田を見ると少し藪蛇だったかと思う伏黒。少し考えるが、色んな意味で貧困だった小中学生生活で文化祭などは流して過ごしていた事もあり、少ない考えを用いて必死に考える。少し悩んでいるとふと、ある考えへと行き着く。
「劇とかはどうだ?」
「…ベタだけど良くね!?」
伏黒の案に上鳴はいいんじゃないのかと反応する。劇の欠点としては配役やセリフ、舞台装置などを考えることに多少は手間取ることだ。しかしそれ以外はヒーロー科という世界にいる面々にとってはメリットしか存在しない。例えば教室をバッチリ装飾していくことや演技をするキャストなどを用いた『見る』という面。観客の近くでセリフを言う事もあって今後、メディアを相手にする時でも問題なく喋れるようにする『聞かせる』という訓練にもなる。それに劇である以上は普通のしゃべり方でも特に不自然ではない。おまけに体育館や教室を使った演劇なら、舞台の作成や教室の装飾に大きな労力が求められるため、出演するキャストと出演しないスタッフとの差を縮めやすいという利点も存在している。皆も良いアイデアではないかと納得しているのを見ると決定となる。その直前に伏黒のスマホから着信音が鳴る。
「伏黒くん!音で遮られる事もあるからやめたまえ!授業の時は電源を切れとは言わないがせめてマナーモードにするといい!」
「悪かった。…って、拳藤からだわ」
「拳藤って、伏黒の恋人の?」
芦戸の質問にまだ恋人ではないと返す。そして来た連絡に目を通す。それを見た伏黒は思わずと言った様子で目を閉じる。そして、
「飯田」
「む!なんだ、伏黒くん!」
「劇の案、やっぱり無しで。B組と被ったわ」
「「「「「……ええぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」」」」
伏黒の発言に皆が一斉に驚愕する。拳藤とついでに物間から送られてきたと思われる煽り文も添えたLINEの内容なのだが、どうやらB組の文化祭の内容が劇であるということだった。しかし、それを聞いて納得するA組では無く相手が確定してもいないかもしれないのに辞めたくはないという意見も出る。それもそうだと思いながら伏黒が拳藤にそっちの案はもう通って他の教師達にも伝えた後なのかと聞く。すると、答えは無常にも通った後だという返答が返ってくる。それを伏黒が伝えるのと教室にHR終了の鐘が響き渡るのは同時だった。鐘の音と共に寝袋から出てきた相澤が扉に向かいながら皆に向かって、実に非合理的な会だったと言い切るとこう言い残した。
「お前ら明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合…公開座学にする!」
と。もはやいつもの授業内容の垂れ流しを文化祭でやるという暴挙を言い渡す。他の生徒であれば脅しだと流すが、相手は合理主義と有言実行の塊であるイレイザーヘッド。クラスメイト達はそのことを把握していた為、急ぎ今日中に出し物を決めようということとなった。
◇
「まさか補習と被るとはな…」
「こればっかしは仕方ねぇよ」
そうして皆が文化祭に向けて意見を出し合おうと纏まりかけていたのだが、ここである問題が生じる。それがインターン組による緑谷、切島、蛙吹、麗日、常闇、伏黒の計6名による補習授業であった。この補習があるせいでインターン組は文化祭の準備にあまり関われていない。文化祭の出し物が決まったのもインターン組が補習を行なっている最中だったので、インターン組は後から知らされることとなった。その内容は生演奏とダンスを複合させた物だった。これを聞いた時、常闇は思わずといった様子でため息を吐き、伏黒もため息こそ吐かなかったが足並みを崩したことにそこそこの申し訳なさを感じていた。
幸いと言ってもいいの分からないが、今日で補習は最後。これさえ乗り切ればあとは文化祭を考案しているグループと合流して考えていけばいい。そうしてインターン組は意気込みながら相澤主催の補習授業を受けた。途中の説明でエリという人名と思しき単語を前に伏黒と常闇は首を傾げたが、緑谷、切島、蛙吹の3名が反応しているのを見ると死穢八斎會の一件であることを察する事があったなどのイベントがありながらも夜が耽るまで補習の授業は続いた。
◇
「お!戻ったか補習組!」
「うーっす」「遅れて悪いな。漸く穴埋めが終わった」
時刻は午後20時30分。漸く課されていた補習の全工程が終わった事で緑谷、切島、蛙吹、麗日、常闇、伏黒の補習6人組は寮へと帰還することが出来た。どうやら補習を受けている間にも下地は出来ていたようで、音楽はニューレイヴ系のクラブロックに決まり、楽器全般を扱える耳郎がベースでピアノが得意な八百万がキーボードとなった。そしてなんとも意外なことに、
「
「喧嘩売ってんのか影野郎ォ!?利子つけて買ってやんぞォ!!」
そうまさかの爆豪がドラム担当。伏黒は唯我独尊を自で行く爆豪がメインを請け負わずにサポートに行ったことに素直に驚いていた。まだ一役空いていると思っていたらどうやら肝心のボーカルがまだ決まってないようだ。すると、それを聞きつけてきた
「私は麗日ちゃんと同じで耳郎ちゃんだと思うんだよ!前に部屋で教えてくれた時、歌がもの凄くカッコよかったんだから!」
「飯田に用があったから耳郎の部屋通り過ぎんだが、あの綺麗な声は耳郎のだったのか」
「そうそう!!」
するとそんな中で葉隠は耳郎を強く推した。伏黒としても成り行きとは言え耳郎の歌声を一度聞いた事があった為、反対するつもりはなかった。そして候補者達も含めて全員が見守る中、耳郎は静かに歌い出した。歌を聞いて胸を打たれる。それを実現したかのような美声に思わずと言った様子で聞き入ってしまうクラスメイト達。ハスキー気味の綺麗な高音で奏でられる歌声はこの場にいる全ての者の心を掴んで離さなかった。
「ど、どうかな?」
おずおずといった様子で聞いてくる耳郎に対してもはや誰もその歌声の実力を疑う者などおらず、口々に「耳が幸せ!」「ハスキーセクシーボイス!」と言って褒め称えると満場一致で耳郎のボーカルが決定する。その後、余ったギター枠として間抜けな面をしながらもやる気充分の上鳴と切ない音を奏でることのできた常闇が決定した。そしてその他にもボーカル、ギターと両方省かれた峰田にはダンス枠としてハマってもらうことにした。
「友よ、お前はどうするのだ?」
「俺は演出に周る。最近発案したあの技も上手く使えんだろ」
「むっ!確かにあの影の王国はさぞや映えるだろう」
伏黒は自身の【
「…なんだ?」
「伏黒ちゃんの歌声を聞いてみたくなったの」
「俺、演出なんだが」
「一曲だけでいいの。ダメかしら?」
蛙吹の提案を伏黒は断ろうとしたのだが、伏黒が歌うというレアイベントを前に一斉に集い出した何名かのクラスメイト達をそれを望み始める。多勢に無勢という事もあって伏黒は少し悩んだかと思うと軽く歌う。そして30秒ほどしてから歌い終わると皆が自身に目線を向いていたことに気がつく。
「何だよ…」
「伏黒。あんたボーカルその2に決定ね」
「は?」
いつの間にか詰め寄っていた耳郎の言葉に伏黒は思わずといった様子で反応する。断ろうと周りの評価を聞いたのだが好評で「透き通った美しい歌声だった!」や「普段落ち着いた声なのに歌うと少し高めで安定感抜群の歌声でギャップがある!」などと伏黒にとっては嫌な意味で好評だった。その後も何度か断っていたのだが、最終的に校訓である"Puls Ultra"を人質に取られて了承してボーカルは耳郎と伏黒のデュエットとして決まった。そして話し合いは続き、時刻が深夜1時を回った頃に
「よぉぉぉし!これで全役割決定だ!」
目をキレた死柄木ばりに血走らせながら飯田が絶叫する。長い話し合いの末、ようやく全員の役職が決まったのだ。バンド隊は耳郎、爆豪、上鳴、八百万、常闇、伏黒の六人。演出隊は伏黒、青山、口田、切島、瀬呂、轟の五人。ダンス隊は飯田、芦戸、緑谷、麗日、蛙吹、葉隠、尾白、砂藤、障子、峰田の10人となった。
「明日から忙しくなるぜぇぇぇ!!!」
「「「「オオォォォォォォ!!!」」」」
こうして長きにわたる役職決めは皆の絶叫と共に幕を閉じた。
◇
「曲は決まった!ウチらはひたすら…」
「「「「殺る気で練習ゥう!!」」」」
そうして役職が決まった次の日。土曜日となった。幸いなことに爆豪や轟の仮免再試験組の二人には補講がないらしく皆が揃っての文化祭練習となった。バンド隊は当たり前というかひたすら曲の練習。皆で波長を合わせながら何度も何度も何度も演奏を繰り返す。音楽経験のある爆豪と八百万と耳郎の3人はすでに独自での練習に移行している。そんな中で未経験の上鳴、常闇、伏黒は耳郎監修の元、指導を受けながら特訓に励んでいた。
初めこそ初心者特有のベタ踏み感が否めなかったが耳郎の指導は思いのほか上手かった為、ズブ素人であった上鳴と伏黒は一週間でコード進行までたどり着いていた。Fコードで躓き断念したとされている常闇は今となっては伏黒と上鳴以上に上手く楽器を扱えていた。そして伏黒なのだが、
「伏黒、もう少しこっちに合わせられる?」
「高くか?低くか?」
「低くで頼む!」
「おいコラ、影野郎!音が合ってねぇ!こっちに合わせろや!」
「それはお前がアレンジしてるからだ、爆豪」
「まぁまぁ、落ち着けって2人とも」
「「テメェが一番合ってねぇんだよ」電気野郎ォォ!!」
「まさかの総スカン!?」
割と苦戦していた。形にこそなりつつあるが、そもそもカラオケなど歌に関する施設の類に一度も行ったことのない人間にプロ並みの腕を持つ人間と「デュエットしようぜ!?」と言われても一朝一夕で出来る物ではない。演出で【嵌合暗翳庭】を展開してギターを演奏しながら歌を耳郎に合わせたり、一人のパートで歌うなど使い分けなければいけないところは中々に苦労がいるのだ。因みに爆豪のことに関しては出来るだけ柔軟に対応することにした。そして間に入ってきた上鳴を撃退すると少し疲れながらソファに体を預ける。すると、いい香りが伏黒の鼻に届く。
「八百万。紅茶変えたか?」
「分かりますの!?お母様から仕送りで頂いた幻の紅茶”ゴールドティップスインペリアル”ですの!皆さんも召し上がってくださいまし!」
伏黒が香りの変化に気づいたことに八百万は目を輝かせ、嬉しそうな様子で紅茶を紹介する。紅茶が運ばれると幻の紅茶とやらを口に運んだ。先ほどまでの疲れや少し悪い雰囲気はすっかりと消え去り、伏黒達はゴールドティップスインペリアルを堪能していた。
そして次の日の朝。耳郎は伏黒達の動きや歌を歌う際の問題点を挙げたノート作成に勤しみ爆豪は仮免の補講へと行っているため、今日の午前中は自主練という形となった。そんな中で伏黒はあまり慣れない歌を歌い続けていた事もあって少し筆休めならぬ声休めを行うついでに他の雄英生徒達の出し物でどんな物が出るのかを見るため校内を散策することにした。