「炭だよ~、出来立ての炭はいらんかね~」
正月をあと数日に控えたある冬の日。竈門炭次郎少年はいつものように町へ炭を売りに出ていた。山奥で炭焼き窯を営む一家に生まれた炭治郎は、父が他界してからは家業をほぼ一人でこなし家計を支えていた。
「炭治郎、ちょっとこれ直せないかい?」
「どれどれ見せてください……ああ、これなら簡単ですよ」
「炭治郎、箪笥動かすの手伝ってくれんか」
「任せてください!!」
「炭治郎、うちのドラ息子見かけたら帰ってこいって伝えておくれ」
「分かりました、でもあんまり怒らないであげて下さいね」
「炭治郎兄ちゃん遊んで~」
「はいはい」
町の家々も正月の準備で忙しく、男手が足りていないようで、炭を売りにやってきた炭治郎についでだからと次々に雑用を頼んでくる。準備の邪魔だと家から出された子供達は遊び相手をせがむ。人のいい炭治郎は出来る事は全て請け負い、子供達が満足するまで付き合ってやるうち、気が付けば空に星が見え始めていた。あるお得意さんの家へ子供を送り届けた炭治郎は、カラスの鳴き声でまだ自分達の買い物を済ませていなかった事に気が付いた。慌てて挨拶を済ませ家から飛び出すと、不意に強い花の香りが漂ってきた。
辺りを見回すと、往来が随分少なくなった表通りに、見慣れない服装の青年の姿があった。旅笠に赤い羽織、癖毛の長髪を後ろで束ねている。先ほど炭治郎が飛び出してきた家の斜向かいの家の玄関で、そこの夫人と話している。右脇に抱えた木箱から何か取り出して夫人に見せているが、匂いの元はそれであるようだ。
「あれは?」
炭治郎は別れの挨拶を交わしたばかりのお得意さんに尋ねた。
「お香売りの行商さ、見たことないかい?」
「ああ。質のいいお香を安く売る人がいるって三郎爺さんに聞いて、来たらうちの分も買ってくれるようにお代を渡して頼んでるんです。あの人がそうなんですね、初めて見ました」
「そうだったのかい。まあこの町に来るのも年に二度あるかどうかくらいだし、巡り合わせが悪ければ一度も会わないこともありそうだね。三郎爺さんが代わりに買ってるんじゃ猶更だ」
「うちは山奥ですから、わざわざ来てもらうのはちょっと申し訳ないですよ」
確かに大変だねえ、と笑いながらお得意さんは続ける。
「でも変だと思わないかい?」
「何がですか?」
「火をつける前から向かいの家まで香るようないいお香なのに、値段は50本でたったの2銭。安すぎると思わないかい? それにお香を行商してるのもそもそも妙だ。あんな風に小売りの度に箱を開け閉めしていたら、香りが早く抜けてしまうだろうに。それから藤の花のお香しか扱っていないのも……」
「あの、店が閉まってしまうのでそろそろ行かないと。ごめんなさい!」
これは長くなりそうだ、と思った炭治郎は深々と礼をすると逃げるように早足で歩き去った。
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炭治郎が店が閉まる前に何とか買い物を終えた頃にはすっかり夜になっていた。早く帰らなければ家族が心配すると、家路である暗い山道を急ぐ。その途中にある、三郎爺さんと呼ばれる男の家の近くに差し掛かると、家の窓から三郎爺さんがひょっこり顔を出して声を掛けてきた。
「こら炭治郎、お前この暗い中山に帰るつもりか?」
「止めておくんだ少年、特に今日は」
一人暮らしのはずの三郎爺さんの家から、呼び止める声がもう一つ。町で見たあのお香売りの青年が、三郎爺さんと一緒に窓から顔を出していた。
「今日は……?」
青年の言い方に疑問を抱いた炭治郎が足を止めると、二人は揃って口を揃えて言った。
「鬼が出るぞ」