球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第01話 叢雲の薬指 1

 叢雲を解体する。

 言ってしまえばそれだけの事を、なぜ私がこれほどまでに、しつこすぎるほど自分に言い聞かせているのか、仕事そっちのけで机に突っ伏して煩悶しなければならないのか。それは艦隊の為であり、それ以上に叢雲のために他ならない。この事は他の誰よりもこの私が理解しているところであり、決してこの目的というか手段というか実行するに当たっての理由付け言い訳を何度も何時も考えているなどという女々しい事ではない。断じてない。

 ああ、叢雲と結婚したい。

 秘書艦とかそういうのはもういいから、これからは平和で安全な場所で私を支えて欲しい。

 いや、何を甘えた事を言っているのだ私は。男子たるもの艦隊と妻の両方を、この日々の書類仕事と開発の廃材ペンギンへの八つ当たりで鍛えた腕でもって支えて当然のことだ。例え腕相撲で叢雲の腕をピクリとも動かせなかった時があったかもなかったかも、それはきっと恐らくたぶん夢の中の話に違いなかったとしても、涼しい顔をして万難を排してこそ提督という立場にある男の見せるべき姿というものだろう。叢雲は軍令部からのイチャモンが記された書類などではなく、私の勇姿のみ見ていればいい。

 

 

 ◆――――◆

 

 

 ケッコンカッコカリなどという技術屋の悪趣味に、後ろ暗い胸の内を誰にも晒せないままこれまで付き合ってきたのは、叢雲の艦娘としての能力を少しでも強化し、あるいは安全祈願を形として表すために利用してやったにすぎないのだ。

 戦時であるというのに能力強化に紛らわしい名称と演出を付属するなど悪趣味が過ぎる。

 何が戦意向上か。むしろ逆効果であると私は激怒し、戦場を桃色の遊技場と勘違いしている上層部に思うがままを、ついでに資材配給の少なさやら備品の異様な高値についてやらも一緒に建白書にしたため、何度も送りつけた。いささか過激な内容になってしまい、しかし私一人がどう処罰されようとそれは我らが守るべきもののため、我が愛刀一本を携えての殴り込みも辞さない覚悟ではあったが、私の身はもはや私一人のものではない。そう、私がいなければ誰が深海に潜む悪鬼から叢雲を守るというのだ。決して我が身が可愛いなどということはない。そんなものは着任時にトイレに捨ててきている。トイレが詰まって職員に少々キツいことを言われたくらいだ。ペンは剣よりも強しとも言うし、ここは軍上部の反応を待つしかなかった。青葉が言う「確実に届けるルート」とやらを使っているのだから、程なく反応があってもいいはずだった。

 しかしケッコンカッコカリはいくら待てども姿を消さず、我が鎮守府の備蓄は育ち盛りの艦娘らに食い尽くされるし、暖炉を待っている間に季節が変わってしまった。

 そして我が鎮守府の風紀も、球磨のあの発言のせいで乱れてゆくばかりである。

 ケッコンカッコカリに必要となる道具、つまり指輪を叢雲にさりげなく渡すための作戦会議の場で、

「提督、それ七百円で売ってたクマー」

[球磨;Lv.59]

 と何も考えていなさそうに言い放った。

 直後に大井が会議室を飛び出していき、その翌日、大井と北上が揃って左手薬指の指輪をこれみよがしに輝かせたのだ。

「いやーごめんね提督。大井っちがどうしてもって言うからさー」

[北上;Lv.100に限りなく近い99]

 この私と叢雲を差し置いての蛮行、なんと私が二人仲良く営倉にブチ込むことすらも大井は織り込み済みだった。当然ながら二人の部屋は最大限離させているが、何故か大井は日に日にツヤツヤになっているとの話を聞いている。

「言っておくけれどあの二人、書類上ではあんたが相手方になっているからね。私たち艦娘にケッコンカッコカリ実行の権限なんてあるわけないし」

[叢雲;Lv.99]

「ならばどうして奴らは昨日の今日でしでかした? しでかすことができた? 私は何もしていないぞ」

「さぁ? ところで私もそれなりの練度に達しているのだけど。軍令部から届いた一式は使っていないのでしょう。あんたの命令なら私が使ってあげてもいいけれど?」

 私は叢雲の身に間違いが起こらぬよう細心の注意を払いつつ、先走った阿呆二人のような真似はせず一切の業務を停止し、ケッコンカッコカリの手続きに専念した。ウンザリした叢雲の顔は見飽きたものだが、球磨の失言、そしてハイパーズの大っぴらな暴挙を放置したのは失敗だった。艦娘達が自分達だけでもケッコンカッコカリができると知ってしまってからというもの、この鎮守府は桜の花見会場、上層部が思うがまま桃色の遊技場となってしまった。

 

 

 ◆――――◆

 

 

「主力だった雷巡が二人とも抜けてしまったのは痛い。木曾が遠征から帰投次第、改装に向けたトレーニングを始めさせる。それと球磨、お前も今から甲標的を扱えるようになっておくように」

「無茶振りクマ!? 無理だクマ、クマは重雷装巡洋艦にはなれないクマ!」

「誰も雷巡になれとは言っていない。発情したお前の妹二人分の穴を埋めろと言ったんだ。さらに失言によりこの鎮守府の風紀を乱し、全体的な戦力ダウンという結果を導いたお前には本来は営倉行きどころじゃあ済まない罰を与えたいところだったのだ。分かるか? お前に拒否権はない。それに同じ球磨型の妹にできて姉にできない事など無いはずだ」

「わんさかあると思うクマ……。それにクマは何も悪くないクマ! 悪いのは自分一人でケッコンカッコカリできなくて会議を開いた提督だクマ! 叢雲に直球でお願いするのが恥ずかしいからクマ達を呼んだんだったクマ。ビビリで、しかも会議に大井を呼んだ提督一人が悪いクマ」

「貴様……この軍人オブ軍人である私を指してビビリと言ったな!」

「言ったクマ。言ってやったクマ。ビビリてーとくざまぁみろクマ」

「いいか、この私には命令を強制する権限があるんだぞ。それを知った上での発言であるならば、その度胸だけは認めてやらんでもない」

「やれるもんならやってみるクマ、ビビリてーとく。解体処分なんてちっとも怖くないクマ。むしろ望むところクマ。クマは戦争なんかやめてのびのび暮らすクマ」

「ほぅ、ならばこれはどうだ? ――大井と北上の指輪を没収して来い、という命令」

「…………」

「どうだ、姉の貴様ならば妹の指輪を取り上げるくらい容易いことではないのか? いや北上はともかく大井には少してこずらされるのかもしれないなぁ。これはあくまで私の予想だが、我が鎮守府から初めて殉職者を出してしまうことになるかもしれない。悲しいことだ。絶対に艦娘を轟沈させないと誓っている私だが、まさか営倉での事故により尊い命を失ってしまうとは……。もっとも、この予測はクマお姉ちゃんの努力によって回避されるだろうが?」

「……じょ、上等だクマ。クマの生き様を見せてやるクマ。ただし、そん時ゃあクマも黙ってないクマよ」

「ほーう? 黙っていないとは?」

「そのままの意味クマ……、叢雲に全部喋ってやるクマ」

「ぐっ!? お前、叢雲は今は関係ないだろ! い、いや、だがその程度の報復でこの私が怯むと――」

「おっと、提督はまだ「全部」の意味を理解しちゃあいないクマ。理解の遅い提督のために、賢いクマがひとつ例を挙げてやるクマ。この一見して殺風景な司令室を、クマはゆっくりと眺めてみるクマ――すると秘書艦の席であるあの机。あそこによく座る叢雲はこう言っていたクマ。「部屋には提督と私しかいないのに、たまに何処かから視線を感じるのよ」」

「…………」

「さすがは最高練度の叢雲、勘の鋭さも一流と言いたいところクマ。しかしクマは死地に赴く前に、叢雲に一つの誤りを僭越ながら教えて差し上げなければならないクマ。叢雲それは「視線」ではなく「撮影」クマよ、と」

「き、貴様、何故それを知っている……!」

「ふっふっふ~、戦場に生きる艦娘を侮った提督が悪いクマ。おかしいと思わなかったクマか? どうして叢雲がよく使う一号ドックだけ利用者が極端に少ないのか。提督と叢雲はどうやら最古参メンバーのための心遣いと思っているクマね。勿論ソレは何も間違っちゃあいないクマよ。クマ達は一蓮托生クマ。クマはみんなのために、みんなはクマのためにクマ。だから提督がクマに「死ね」と言った時、それは同時に提督の最後にもなるのが必然ってものだとは思わんクマ?」

「……球磨一人で調べられるとは思えない。仲間は誰だ」

「知らんクマ~。仮に知っていたとしても仲間を売るような真似はしないクマ。おっとそういえば提督もイ・チ・オ・ウ・ナ・カ・マ、だったクマ。そうなるとぉ、提督が取るべき行動はぁ、必然的に一つに絞られるはずクマぁねぇ」

「…………こ、今回の件は不問に付す。なかなかどうして度胸があるじゃあないか球磨。ただクマクマ言っているだけの阿呆とばかり思っていたぞ」

「クマも提督のことをまともな判断ひとつ出来ない阿呆とばかり思っていたクマ。これからもナ・カ・マ・ド・ウ・シ、仲良くやっていくクマ。――それじゃあ、賢いクマはここで失礼するクマ。妹達が良い扱いを受けるものと、クマは期待しておくクマ」

 

 

 あんな小娘如きに、この私がぁぁああああああっ!!

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