零式艦戦21型(熟練)とか胸が熱くなりますな。
もっと早く読んでおけばよかったと思います。
「しつこく言うけど、くれぐれもクルーザーに深海棲艦の存在を気取られないように。交戦の音や敵が噴く煙、何一つ乗客に悟られるなという命令よ」
「無茶言ってくれるぜ」と天龍がぼやいた。
[天龍;Lv.39]
「金持ち共もニュースくらい見て海に出てんだろ? クルーザーの至近距離でリアルな戦闘ショーでも見せてやればチップくらい出るんじゃねえか?」
「かもね。でもその代わり護衛料が無くなるどころか違約金や慰謝料とか請求されるかもよ」
「面倒臭ぇ~!」
私だって馬鹿馬鹿しいとは思うけれど、こんなに実入りのいい任務は滅多にありつけないと一ノ傘副司令は言っていた。艦隊を統合する前はこんな(本当にくだらない)任務が存在するなんて知りもしなかった。それなりの実力があって、上からの命令に従順な艦隊――つまりご都合的な図上演習のとおりに敵を殴りに行く艦隊にだけ声がかかるってことらしい。
それでもまだ上には上がいる。たとえ天龍がどんなにあざといパフォーマンスを行ったところで、チップをポケットに突っ込んでもらえるのは豪華クルーザーの側にべったり張り付いて警戒航行する、それはもうたいへん優秀らしい艦隊様だけ。ブローチのように勲章を付けている、昨日の新聞にも写真が掲載されていた撃沈王とかいう艦娘がいる艦隊だ。乗客に手を振り延々と写真を撮られながらの不毛な護衛任務も楽ではないのだろうけど。
つまり天龍たちの役目は彼女らがつつがなくお送りするクルージングを水平線の彼方からこっそり守る、燃料と自尊心を消費するだけのやり甲斐のない仕事なのだ。その航海ルートにしたって、さらにどこかの艦隊が前もって命を張って安全を確保したものなのだから……そこまで理解しているらしい龍田が何も言わないでくれるのはありがたい。
「じゃあ天龍ちゃんはお留守番してる~? 敵のいない海域でクルージングなんて退屈なだけだし」
[龍田;Lv.39]
「出るよ、出る! 旗艦のオレが外れてどうするんだよ」
「それじゃあ他の皆も頼んだわよ。長くて退屈な任務だけど気を抜かないように。安全が確認されてる海域でも駆逐艦の一匹や二匹潜んでるかもしれないわ。何かあれば天龍の指示に従うこと。では出撃」
どこか気の抜けた足取りで遠い港を目指す六人を見送った。日が昇ったばかりの潮風は肌を刺すように冷たい。朝食まではまだ時間がある、けれどお腹が空いてきてしまった。昨日からずっとこの平和なクルージング任務の計画にかかりっきりだったから、天龍たちを送り出して気が抜けたのかもしれない。
今日の司令官の秘書艦は誰だったっけ? ――なんだか頭が回らなくなってきた。カフェオレでも飲もう。
冷えたカフェオレを一缶一気飲みして、体が芯まで冷えてしまった代わりにほんの少しだけ頭とお腹がマシになった。さて、今日は何をしよう。一ノ傘副司令がここに来てから初めて取得した休暇だ。最近オーバーワーク気味だったし有意義に使いたい。
空き缶を捨ててぼんやりしながら歩いていると、つい執務室の前まで来てしまった。
「……あう」
今日は休みでしょうに、と自分に言い聞かせても手が勝手にドアノブを回そうとした。鍵が掛かっているのだから開かないに決まっている。
「はあぁ」とよく分からないため息が出た。
二度寝してやろうと自室に戻ると吹雪が目を覚ましていた。
「おはよう。叢雲ちゃん」
[吹雪;Lv.105]
「おはよう。早いのね」
「叢雲ちゃんのほうが早いよ。私は今日、竹櫛司令官の秘書艦の日だから」
「ああ……」
吹雪だったか。そうだ、こっちの艦隊の仕事と雰囲気に早く慣れてもらおうって言ったのは私だった(元々一人部屋だったここに吹雪を誘ったのも私だった)。【天照大艦隊】なんて大げさなネーミングをした私がこうもぼんやりしてしまうなんて、今日はずっと布団をかぶっていようかしらん。
「なんだか元気ないね」
「そう見える?」
「うん。ええとね、本当はもっと竹櫛司令官の側にいたいのに――」
「ぶっ!? けほっ!」むせた。
「艦隊が統合してから忙しくてすれ違ってばかりな上に、電ちゃんっていう強烈なライバルまで登場して、あー今日も仕事があったら竹櫛司令官に会う口実が作れるのになー、どうして休暇なんて取っちゃうかなー私、って考えてるうちに、うっかり執務室に足を向けちゃったみたいな顔してるよ」
「……ず、随分具体的な表情ね」
FXで有り金全部溶かしたわけでもあるまいし。
「そう顔に書いてあるけど、違うの?」
「違うに決まってるでしょ。バカ言ってんじゃないわよ」
「う~ん、叢雲ちゃん本人がそう言うんだから気のせいだね。ごめん変なこと言っちゃって。顔洗ってくるね」
吹雪が部屋を出て鏡に詰め寄った。
「ふざけんじゃないわよ、私」
見慣れた顔を睨みつけると、向こう側の叢雲も私を睨みつけてきた。負けじと眉間に力を入れると左右対称の私もやっぱり同じ顔をしていた。
本当はもっと竹櫛司令官の側にいたいのに、艦隊が統合してから忙しくてすれ違ってばかりな上に、電ちゃんっていう強烈なライバルまで登場して、あー今日も仕事があったら竹櫛司令官に会う口実が作れるのになー、どうして休暇なんて取っちゃうかなー私、って考えてるうちに、うっかり執務室に足を向けちゃったみたいな顔をしていた。
◆――――◆
「……お腹空いた」
結局二度寝もできずに、ただ布団の上で下着姿で転がっているだけで休日の午前を終えてしまった。なんて時間の無駄使い。じゃあ何かしないと、と考えてみるも、とりあえずお腹に物を入れないことには動けない。
「はあぁ」とまた今朝のようなため息が勝手に出た。
鏡で顔を確かめてみたら、普段通りの自分だった。何を当たり前のことを。さっきは吹雪に変なことを言われたせいであんな風に見えてしまっただけ。思い込みだ、思い込み。
服を着て部屋を出て、食堂に向かうべく一階へと階段を降りていった。誰とすれ違ってもいつも通りだ。私が気にしすぎているだけらしいようで安堵した。これで落ち着いてたぬきうどんが食べられる。
「おいすクマ。今日は休みクマ?」
[球磨;Lv.72 → 78]
食券を持って並ぶ列の、私の後ろに球磨が続いた。一ノ傘副司令に気に入られてしまったおかげで、最近ガンガン練度が上がっていっている。任務から帰還する度に担架で運ばれて、さすがに司令官がストップをかけたけど。
「ええ。たまにはね」
「ん?」と眉を顰めた球磨は私の顔を覗きこんできた。
「ど、どうかした?」
「んん~? 叢雲、悩み事とかないクマ?」
やだ、なんか怖い。『対FXで有り金全部溶かす人電探』みたいなものでも開発されたんだろうか。
「本当はもっと竹櫛司令官の側にいたいのに、艦隊が統合してから忙しくてすれ違ってばかりな上に、電ちゃんっていう強烈なライバルまで登場して、あー今日も仕事があったら竹櫛司令官に会う口実が作れるのになー、どうして休暇なんて取っちゃうかなー私、って考えてるうちに、うっかり執務室に足を向けちゃって、そんな恥ずかしい真似するくらいなら部屋で二度寝でもしてたほうがいいやって思うけど、バカみたいに不貞寝してる間に今日の秘書艦の吹雪はどんどん竹櫛司令官と仲を深めていってるのよ、なにやってんだろう私、って顔に書いてあるクマ」
「これあげる。火急の用事を思い出した」
たぬきうどんの食券を球磨に押し付けて走って食堂を出た。
「ちょっ、こんなに食べきれんクマー!」
◆――――◆
……空腹を我慢する限界が近づいてきた。こんなことなら煎餅でも何でも買っておくんだった。うん、明日買いだめしよう。明日は出撃があるから、その前にでも売店に寄って……、明日の秘書艦って誰だろう。
「はあぁあああああああああああああ……」
「ど、どうしたの叢雲ちゃん!?」
いつの間にか吹雪が帰ってきていた。
「おかえり。あれ、今日はもう終わり?」
「うん。明日は私も出撃するから早く休んでおけって。だからご飯食べて戻ってきたけど、叢雲ちゃんはもう食べたの?」
「食べてない。今日はなーんにも食べてない」
「ええっ!? だめだよちゃんと食べるないと! まだ食堂開いてるよ」
「部屋から出たくない」
「初雪ちゃんみたいなこと言ってる……。もしかして具合悪いの? なんだか、本当はもっと竹櫛司令官の側にいたいのに、艦隊が統合してから忙しくてすれ違ってばかりな上に、電ちゃんっていう強烈なライバルまで登場して、あー今日も仕事があったら竹櫛司令官に会う口実が作れるのになー、どうして休暇なんて取っちゃうかなー私、って考えてるうちに、うっかり執務室に足を向けちゃって、そんな恥ずかしい真似するくらいなら部屋で二度寝でもしてたほうがいいやって思うけど、バカみたいに不貞寝してる間に今日の秘書艦の吹雪はどんどん竹櫛司令官と仲を深めていってるのよ、なにやってんだろう私、こんなんじゃ明日の出撃でみっともない姿見られて幻滅されて主力から外されて竹櫛司令官の秘書艦なんて二度とさせてもらえなくなるかもしれない、そうなったら私もうどうしたらいいか分からない、って顔してるよ」
「……そうですか。じゃあ売店でパン3つ買ってきてくれたら元気になるかも」
財布をそのまま吹雪に渡した。
「お医者さんに診てもらわなくて大丈夫なの?」
「からかってる? 私の顔に、本当は(中略)分からない、って書いてあるって言ったのはあんたでしょうに」
「からかってなんかないよ。よくある悩みだもん。私だって、いろいろ、雷ちゃんと……う、ううん何でもない。じゃあ買ってくるね」
吹雪は慌てて部屋を出て行った。そういえば吹雪はダメ人間製造機・雷の手中に堕ちていたんだった。最近は山城が陥落したって噂も聞くし……ルームメイトに誘ったのは失敗だったかな。ちょっと気をつけよう。でもこうして動けなくなった時(今は情けない理由でだけど)に手を貸してくれる人がいると安心できる。これで私は十数時間ぶり――いや昨日の晩からだから約二十時間ぶりに食事にありつける。
安堵したせいで、また口からため息が出た。けれどため息のくせに、それは言葉のようにも聞こえた。
「好き」