球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第13話 龍驤ディスティネーション

「出撃前に言っておくことがある。心して聞け」

 先週から同じ海域に出撃しては戻り、また出撃しては戻りを繰り返してきた六人は皆、もううんざりだと言わんばかりに私をじろりと見つめている。彼女らが沖ノ鳥沖戦闘哨戒任務、Ope.No.2-5に飽き飽きしているのは私にもよく分かるし、我が鎮守府としても安全を考慮してこの任務を重火力で押し通る方針を取ったため、資材不足に悩まされている。

 しかしだ。それもこれも目的を達成できないのであれば意味がない。

「先週、諸君らを選抜した際に私が言ったことを覚えているか。北上」

 旗艦の北上は面倒臭そうに答えた。

「はあ。えーっと、帰ってくるまでが任務だ気を抜くな、でしたっけ」

「おやつは300円までかバカモノ。では古鷹ちゃん」

「『大鯨を連れて来い』……でしたよね」

[古鷹ちゃん;Lv.88]

「その通り。さすがは古鷹ちゃんだ。本作戦の最優先目的は大鯨だ。勲章などどうでもいい。上層部の思惑など心底どうでもいい。我が天照大艦隊に潜水母艦を導入することが最優先だ。……だがしかし本日より目的を変更する。諸君らには引き続き沖ノ鳥沖戦闘哨戒任務に当たってもらうが――いいかよく聞け。絶対に龍驤を連れて来るな」

「ブフッ!」と金剛が吹き出した。

「貴様、何がおかしいか!」

「ソーリー提督。でも、……ふふっ、まさかボスドロップが七連続で龍驤とは私たちもサプライズヨ」

 金剛の言うとおり私も驚いた。事の発端は――今となってはオカルトだと馬鹿にできないが――作品投稿サイト『TINAMI』に『改二とたこ焼き器とメガネ』を投稿した事だった。

『改二とたこ焼き器とメガネ』は龍驤改二の話を耳にした私が、しかし我が艦隊の龍驤は遠征要因であるため練度も高くなく、では改造は関係がない、そんな事よりたこ焼きが食べたい、といったことを記した手記だ。海の魔物から見ると龍驤を蔑ろにする内容であったと言われてもおかしくない。この件がどうやら悪い意味で艦これオカルト現象を呼んでしまったらしいのだ。

 一般的には(一般的と言えるオカルトがあってよいかは知らないが)勧誘したい艦種の絵を描いたりプラモデルを組み立てたりするとドロップすると聞く。私は意図せず龍驤の事を手記に記してしまい、ドロップ率をやたらと上昇させてしまったかもしれないのだ。

「こうなっては一旦、煩悩を禊がなければならない」

「煩悩にまみれてるのは提督だけネー」

「私に欲があったのは確かだが、お前たちの運の悪さも一因だ。昨日、土砂降りの雨の中から七人目の龍驤を連れて来たお前たちの姿は全員、山城のように見えたぞ」

 私の前に並んだ六人の顔が強張った。

「事の重大さをようやく理解できたようだな。どれほど優れた艦船であってもここぞの瞬間を決定付けるのは運だ。今日の出撃でもし八人目の龍驤を連れて来てみろ。年中宿命大殺界の山城と同レベルになるぞ。それでもいいか」

 全員が勢い良く頭を振った。名前を出すだけでこの威力とはさすが山城である。

「では気分を一新して出撃だ。いいか、今度は絶対に龍驤を連れて来るなよ。絶対だぞ!」

 

 

◆――――◆

 

 

「ねえ、もしかしてわざとやってない?」

 叢雲に資材管理票を机に叩きつけられても、私は何も言い返せなかった。もはや自分でも、無意識的ではあるが意図的に龍驤を呼んでいるとしか思えなかったからだ。

「大鯨を迎えるための作戦だから運悪く何度出撃することになっても仕方がないとは思うわよ。戦果に拘る一ノ傘副司令もそこだけは納得してるし。でも八人連続よ。八人も、連続で! 狙ってやってるとしか思えないんだけど」

「い、いやそんなまさか! そんなことができるなら大鯨を連続八人呼ぶことだってできるはずだ」

「じゃあ早くそうして。金剛はもう出せないわよ、前の出撃で戦艦用の弾薬が底を付いたから」

「冗談だろ?」

 資材管理票を取って見ると、41cm以上の弾薬全種類が指で数える程しか残っていなかった。35.6cm用をずっと昔、もう必要ないだろうと処分してしまったことが悔やまれる。

「今までこんなことがあったか? 資材の枯渇に気づかないなど!」

「一ノ傘副司令と共同で動いてるってこと忘れてるでしょ。あっちは演習でバカスカ撃ちまくってるもの」

「気づいていたのなら教えてくれよ」

「それは……ごめん。私も龍驤がドロップし続けることにばっかり目がいっちゃってて」

「叢雲が悪いわけではない。悪いのは――」そう言いかけた時。

 

 

「「「「「「「「 うらめしやで~ 」」」」」」」」

 

 

 龍驤のいくつも重なったような声が執務室に響いた。どこからともなく声が湧いたように聞こえた。驚いた私は椅子ごとひっくり返ってしまった。慌てて周囲を見回したが龍驤の姿はない。窓と扉は開けっ放しにしているが、今の声はそんな所から発せられたようなものではなかった。まるで龍驤の幽霊のような……。

「な、なによ、今の。ねえこれ、あんたが仕掛けたの!?」

 叢雲は屈んで机にしがみついていた。

「ち、違う! 私じゃない!」

「じゃあ何よ、なんなのよ……で、出てきなさい龍驤!」

 震える声で叢雲は叫んだ。しかし反応はなく、代わりに隣の部屋から一ノ傘がやって来た。

「二人とも何しよん? 叢雲ちゃんの声が聞こえたんやけど」

「おい一ノ傘、廊下に誰かいなかったか」

「いや、おらんけど。どしたん、そんなお化けでも見たような顔して転がって」

「見たのではない、聞いたのだ。そっちでは聞こえなかったのか」

「何を?」

「龍驤の声だ」

「龍驤なら囮機動部隊組んで遠征に出とろうもん。居眠りしとって夢に龍驤が出たとかやないん? 叢雲ちゃんまで」

「ち、違う! 本当に龍驤の幽霊の声が聞こえたのだ!」

「はいはい、そら怖かったですねー。ほら竹櫛も叢雲ちゃんも、早く立ってくれん? ちょっと資材のことで話があるんやけど」

 演習で何人もの戦艦を動かし弾薬を枯渇させた一ノ傘に詰め寄りたくても、私も叢雲も僅かな風や床が軋む音に過剰に反応してしまい、ろくに話ができなかった。

 

 

◆――――◆

 

 

「十二人目。正式な報告は……明日でもいいかしら」

 大破した叢雲はふらふらとドックへ向かった。私はどうして叢雲を危険に晒したのかと、情けない気持ちで一杯になった。

 戦艦に続き重巡・航巡用の弾薬も乏しくなってきたため、駆逐艦を組み込まなければならなくなった。危険な海域であるため練度の高い叢雲と電を出撃させているが、やはり装甲の薄さはどうにもならない。

 共に出撃していた飛鷹に声をかけられた。

「空母が傷ついたらまともに索敵できないからって、無理して庇ってくれるのよ、叢雲も電も。私は足遅いから末期の機動部隊みたいな雰囲気になっちゃって……ねえ、どうにかならない?」

「ああ。少し考える。今はゆっくり休んでくれ」

 叢雲たちにここまで苦労させておいて今更大鯨を諦めてしまえばすべて水の泡となり、誰も報われなくなってしまう。しかし十二連続で龍驤が出るという異常事態の最中、また部隊を送り込んでも龍驤が増えるだけなのは目に見えている。

 オカルトにはオカルトで挑むしかなかった。

 

 

◆――――◆

 

 

「お邪魔しまーす。なんやこの部屋も久しぶりやなあ。ウチ秘書艦とか初めてやけど、どないしたん。やっとウチの実力を分かってくれた?」

[龍驤;Lv.34]

「うむ。実は考えを少し改めようと思ってな」

「ほっほー?」

「燃費の良い空母として飛鷹をばかり頼っていたのだが、やはり空母は速力に優れていなければならない。練度の高い飛鷹には悪いが、足が遅いことは諦めるしかないと考えていた――今までは」

「ふむふむ」

「しかし実戦ではやはり問題が出てしまう。ジャブのように軽く素早く繰り出せる機動部隊が必要になってくるのだ。私はその重要性にようやく気づいた」

「なるほど」

「だが話は簡単ではない。我らが天照大艦隊は大きくなったが故に軍上層部から過酷な任務ばかり回されてくる。もはや試験的に出撃させたり、試行錯誤の中で練度を上げていくことは難しくなったのだ」

「確かに」

「そこでだ。どうにかならないものかと私は名簿を眺めていると――いるではないか、改二になれる軽空母が!」

「おおっ!」

「私としたことが迂闊だった。龍驤のような優れた空母を使いにばかり出すなど、今まで何と勿体無いことをしてきたことか。私は提督失格だ」

「いやいや、そないなことあらへんよ。よう気づいてくれた。よう言うてくれた。その言葉をウチは待っとったで」

「そうか、そう言ってくれると私は救われる! ……たぶん本当に……。では早速だが、まずは秘書艦としての仕事を頼もうかと思う。書類仕事から艦隊を見渡すことも一流の条件だからな。それから今後は演習にガンガン出て貰おう。道のりは長いが、なあに、改二になった後の事を考えればどうということはない。これから期待しているぞ」

 

 

◆――――◆

 

 

 龍驤が竹櫛の秘書艦を務めた翌日、第二執務室のソファには大鯨がぽつんと座っていた。ソファの周りには着替えや文庫本が置いてあり、先週からこの範囲は彼女の生活スペースになっていた。花を摘みに出る時のための変装用のカツラと綾波型の服まで用意していた。

「あのぅ……事情はまだよく分かってませんけど、もういいんじゃないでしょうか」

[大鯨;Lv.1]

「まだまだ。これからが楽しいところやで。ウチが沖ノ鳥沖戦闘哨戒に出て、こう、スパッ! と一発で大鯨を連れて帰るんまでが今度の話や。いやぁ~一ノ傘副提督に相談したんは正解やった」

 この日の一ノ傘の秘書艦は龍驤だった。竹櫛は龍驤を演習に出したつもりだったが、その演習監督はしばらく一ノ傘が引き受けていた。演習の内容も竹櫛は知らされていなかった。

「さすがの腕前でんなあ。竹櫛提督の出した部隊に先回りして敵さんを電光石火で叩いて、ボスドロップに龍驤さんの用意や。完璧すぎてちょっち恐ろしいわ」

「もう隠しとった資材もなくなりかけとるし共犯の長門たちも流石にバテバテやけどね。竹櫛があとちょっと鈍かったら危ないとこやったわ。あの幽霊作戦が良かったんかね。でも『うらめしやで~』はやっぱないと思う」

「まあそれは……、兎も角、後で長門たちにもお礼言わんとなあ。ウチを表舞台に出してくれたんやから」

 一ノ傘と龍驤、二人の会話を大鯨は呆れながら聞いていた。籠の中の鳥のような生活を送っているため艦隊のことを知っているわけではないが、ちょっと戦争を始めたレベルではない、かなりの規模の艦隊をこの二人は欺いているのだ。なんて自由な人たちなのだろう、と関心もした。

 二週間をこの第二執務室で過ごした大鯨は、一ノ傘のことを悪い人間ではないと考えていた。恐らく共犯者であろう、秘書艦を務めた戦艦や重巡たちと仲が良さそうに見え、雷に至っては「司令官と二人だけの時間が欲しい」と言って潮に変装した(俯いていればバレないとアドバイスしたのは雷だ)大鯨を三時間ほど追い出したこともあった。艦娘からの信頼は厚く、一方でたった一人の軽空母のために大型艦を秘密裏に動かして艦隊を欺く悪行を働く。

(クーデターとか、しちゃうのかな)

 大鯨には一ノ傘がそのような人物に見えた。実際、大鯨の今の境遇は人質のようなものだった。

 龍驤は気持ちよさそうに秘書艦机の上で伸びをした。

「これでウチもやっとスポットライト当ててもらえるっちゅうこっちゃ。お使いも飽き飽きしとったし、これからは前線に立って活躍して、まあ危ないこともあるやろうけどそん時ゃ引き返――」

「本当に危ないけん回避行動は練習せんといかんよ」

 一ノ傘の言葉で龍驤は固まった。

「ん?」

「艦載機あんま載せれんやろうけど、制空権取らんと爆撃されながら撤退とかせんといかんハメんなるし、頑張ってよ」

「い、いやいや副提督。それどこの海域の話やろ。なんかウチの練度じゃどうしようもないレベルの話しとりませんか」

「改二になるんやろ? そりゃ特訓せんと」

「いやいやいやいや死にますって! 改二になる前に沈んでまいますって!」

 龍驤は席を立って一ノ傘に抗議した。

「もっと安全に、演習とかありますやん。特訓言うたら普通まず演習でしょ」

「そら勿論。やからまず怪我せん演習やって、エンジン温まってきたとこで出撃。やろ?」

「いや、あの、ウチも頑張りますよ? せやからもうちょっと控えめなトレーニングメニューをですね……」

「この艦隊の弾薬をほとんど龍驤ちゃん一人のために使ったんよ?」

 一ノ傘はニヤリと笑った。大鯨はその表情を見て身震いした。

「私の元の艦隊やと、空はずーっと蒼龍飛龍に任せっきりやったんよ。今の天照大艦隊になって、竹櫛は空母に力入れとったからもう全然心配せんでもいいんやけど、仲良くできる空母がもっとおったらなーって常々思っとったんよ。例えば、ほら――誰かにこっそり相談持ちかけられて動く時に共犯者になってくれる軽空母とか」

 龍驤の顔がみるみる青ざめていった。木偶人形のように歩いて秘書机に戻りはしたが、机の上を呆然と見つめたまま震えている。

(うわぁ、嵌められたんだ)

 先輩空母の哀れな姿を見つつ、大鯨ははっと気がついた。自分も改造すると軽空母になってしまう。恐る恐る一ノ傘を見ると、大鯨を見つめて微笑んでいた。その微笑みに大鯨は先の悪さを感じはしなかったが、何を意味するのかまでは分からなかった。

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