戦艦寮の入り口の強烈な日差しの影から最上は、コンクリートの上に止まっているオスプレイをじっと見ている。オスプレイは生きた猛禽類ではなく、ここ海軍鎮守府に相応しい、日本国民をいくらか騒がせた輸送用ティルトローター機である。
最上の目の前にあるオスプレイは近隣市民の感情を逆撫でることはない。手に抱えることができるサイズのラジコンであるし、最上が最初にそれを見た時、
「あの有名なオスプレイだ。知っているだろう」
[日向;Lv.10]
いや、知りませんよこんなの、と言いかけた口を閉ざして首肯しておいた。
日向のラジコンオスプレイは全体的にキュウリのような緑色に塗装され、両翼と胴体には赤いマル模様が入れられている。毎度の事ながら瑞雲を意識したカラーリングだった。さらに機体下には水上に浮かぶためのフロートまで無理やり取り付けられており、もはやオスプレイを瑞雲風に改造したのか、それとも瑞雲をオスプレイ風に改造したのか分からなくなっている。しかし日向がオスプレイだと言うのだから、コンクリート上にフロートで立つ謎の機体は紛れもないオスプレイなのだ。最上はそういうことにしておいた。
この鎮守府において、航空戦艦としての仕事はほぼ全て伊勢と山城が担い、仕事がないことを日向は雀の涙ほど気にしている。雀が泣くことなどなかろうと考えている日向はつまり全く気にしていないと言えないこともない。伊勢と山城に少しは働いてくれと懇願されたとしても「まあ、航空戦艦の時代はすぐそこだからな」と繰り返し、鋼鉄製のメンタルは微動だにしない。日向は目先の深海棲艦などより来るべき航空戦艦の時代ばかりを見ていた。あんまりにも見すぎて本末転倒になっていることに気付きはしても、鋼メンタルはその程度ではやはりビクともしなかった。
自発的に持て余した時間で日向は二つの能力を会得した。ひとつはラジコンの外装を大きく改造することである。
「時代が求めているのはステルス性……ATD-Xか、よし」などと言いながら、鳥人間コンテストに出てきそうな機体をスケールダウンしたようなプロペラ飛行機ラジコンを、極めて近代的で洗練されたフォルムに大改修した。翼は短く幅広く、機体そのものがミサイルとなって飛びそうであり、原型は動力のプロペラを除いてまったく残っていない。初めから必要な部品のみ選択して買うのは日向の性に合わなかった。それでも安定して飛行できるのだから最上は度々、脅威の無駄技術に舌を巻いた。しかしやはり機体は瑞雲調に塗装されておりステルス性を台無しにされ、ミサイルの代わりなのか外見的ミスマッチが過ぎるフロートが付いていた。
日向はどのような機体を作る時も、一度は参考にした機体を作り、そこから瑞雲に改修(?)した。日向と伊勢の部屋には、これまで日向が作ってきた機体が飾られている。F-22ラプター、Ka-50ホーカム、コンコルド、気球船、果てはハインケル・レルヒェのような珍機体(特に航空戦艦が運用できそうなもの多)も並び、どれもやはり瑞雲化に例外はなかった。
もうひとつ、有り余る時間で発芽した能力は今から発揮されるところだった。
「よく見ていろよ最上。飛ばすぞ」
日向はフンと腹に力を込め、ヒトデのような形をしたエンジンがウヨウヨと動き回転する様子を想像した。すると瑞雲風オスプレイの両翼の端に付いているローターが、ゆっくりとではあるが回転を始めた。日向はコントローラーを持たずにラジコン飛行機を、文字通り思うがまま操作できるのだ(さすがにバッテリーは要る)。理屈は日向にも、ましてや見ているだけの最上にもさっぱり分からない。日向は星型エンジンを想像しているがラジコンはモーターでローターを回しているし、本物のオスプレイはターボシャフトエンジン駆動である。細かいことは航空戦艦の枯れた素質と鋼メンタルでどうにかなるらしかった。
ローターの回転数が徐々に上がっていくところがいかにも本物らしく、最上もそこは気に入っていた。出撃しないにもかかわらず無駄に鍛えているらしい日向の腹筋あたりから電波が出ているのかもしれないと想像して、こっそりと口元を隠した。
日向の新作を飛ばす『試飛会』に最上は必ず招待された。あるいは強制参加とも言った。残念ながら日向のような鋼メンタルを持たない最上は、鎮守府のほとんどの人員同様に普通に働いている。しかしどうやら日向は自分の都合に合わせて飛行機の制作予定から立てているらしいことに気づき、少々の予定はキャンセルすることがままあった。「まぁいいか」と思えるのは、最上も毎度毎度みょうちくりんな飛行機が飛んだり墜落したりする試飛会を楽しんでいるからだった。
一方、鎮守府の人員のほとんどに含まれない日向は、伊勢と山城の言葉には耳を貸さないくせに最上の予定は気にかけた。最上の出撃が増えると労い、さらに増えると提督に苦情を入れ、怒り心頭に発する叢雲と不毛な言い争いの末に伊勢か山城を代打に送り出した。代打の当人たちには事後承諾で。
プロペラが回る音が甲高いものとなり、瑞雲風オスプレイはいよいよ浮き上がり、車輪代わりのフロートをぶらつかせた。地上から僅か数センチのところを真横に向かって滑ってゆくのを見て、最上は思わず口をぽかんと開けた。
「どうだ最上。やはり時代はVTOLだな」
問われた最上はオスプレイに目を奪われているふりをして無視した。
前回の『試飛会』にて鳴り物入りで登場したF-35ライトニングⅡは、艦載機という仕様に惹かれた日向がF-35Cをベースにし、F-35Bの短距離離陸・垂直着陸(STOVL)を「垂直に着陸できるのならば離陸もそうだろう」と独自に解釈して垂直離着陸(VTOL)に変えて機体に組み込み、例によって瑞雲化されたものだった。その結果、垂直に離陸することには成功したが、離陸というより発射に近い勢いで機体が跳ね上がり、一気に数十メートルまで上昇したところで機体がバランスを失い反転、ミサイルの如き勢いで背面垂直着陸を敢行した。最上の回避があと少し遅ければ、F-35C or B or 瑞雲は最上の頭頂に着陸して木っ端微塵になっていた。鋼メンタルを持つ日向が珍しくしょんぼりしたのは最上を危険に晒したからか垂直離着陸に失敗したからか、最上には分からない。
しばらく低空をふらつきながらオスプレイの操作感覚を腹筋かどこかに馴染ませた日向は、空中で機体をピタリと停止させるホバリングに成功した。日向のエスパー的操作が成せる技なのか、操縦に成功する時は一発で本当にあっさりと成功した。一度安定してしまえば最上は安心して見守ることができた。
「驚くのはまだ早いぞ。この機体の本領はここからだ」
戦艦寮の二階あたりまで高度を上げたオスプレイは、翼端ふたつのローターを前方に傾けた。すると高度が下がり多少ブレたものの、比較的安定して飛行機らしく前進した。回転翼機のどこか危なっかしいバランスと固定翼機の忙しない動きが見事に相殺されていて、最上は心の中でひたすら称美した。自分に向かって墜落してくる今までの機体は何だったんだ。
オスプレイを見上げる最上の表情を見た日向は気を良くして、さらに機体の高度を上げた。二階建ての戦艦寮の屋上からさらに数メートルは高い位置でホバリングさせ、そこから二人を囲むように大きく旋回させた。地上からはオスプレイのずんぐりとした胴体が見えた。空に大きな円を四回描いたところで停止すると、ローターを今度は機体後方に傾けた。するとオスプレイは奇妙にも尾翼の方向へゆっくりと後退した。航空機がムーンウォークをしているかのようで最上は思わず「おおっ!?」と声を上げてしまった。
『試飛会』において最上は可能な限り言葉を慎んだ。日向のESP的コントロールの妨げにならないように、ではなく、コメントをすると日向は決まって調子に乗り、航空機を墜落させる確率が酷く上がるからだった。
「ふふっ……どうだ、最上もこの機体に興味が出てきただろう」
「そ、そうですね。……あの、そろそろ着陸させたほうがいいんじゃ」
「うん? バッテリーなら心配ないぞ。充電にぬかりはない」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「ではいよいよ本領発揮だ」
日向が念じると、オスプレイのローターが前方に90°倒れて固定翼機のような形態となった。最上がよく知るプロペラ機と同様に高速での飛行が可能となる。オスプレイは固定翼機と回転翼機の特性を併せ持ち、さらに日向の瑞雲化改修により水上での運用も可能だった。
しかしローターの操作が性急だったためか、オスプレイは揚力を失うばかりかローターを水平に向けての速度は日向の想像を大きく超えていた。
「こんなはずではない」と思った頃には手遅れなのがラジコン航空機というものである。
制御を失った瑞雲風オスプレイはさながら爆撃機・彗星の急降下爆撃の如き鋭さで遥か上空から戦艦寮を目掛けて突進した。慌てた日向がローターの向きを変えるもオスプレイは勢いに任せ、戦艦寮の一室の硝子窓を突き破った。さらに室内で何かを確実に破壊した音が聞こえた。最上は一刻も早く逃げ出したかった。
「あそこは山城の部屋だったか」日向は鋼メンタルをここぞとばかりに発揮している。
オスプレイが山城の部屋に突撃してしばらくして、最上を罪悪感で絞め殺しかねない悲痛過ぎる悲鳴が割れた窓から聞こえてきた。怪我をしたような悲鳴ではないものの、窓硝子より遥かに価値のある物が失われたことは確かだった。日向は腰に手を当てて嘆息した。
「まあ……なんだ。もう少し段階を踏んで練習するべきだったな」
この人のメンタルはどうなっているんだろう、最上は呆れを通り越して感心していると、割れた硝子窓を律儀に開いた山城が、ところどころ破損した瑞雲風オスプレイを片手に持って泣きながら出てきた。
「ふざけんな日向ぁ!」
二階から山城が投げつけたオスプレイを日向は見事にキャッチした。さらに怒り心頭の山城はパソコン用らしきモニターを構えた。モニターは割れている。ケーブルがぶら下がったままのモニターを、文庫本を、目覚まし時計を、山城は次々に色々なものを投げて、日向は避けた。日向の足元で様々なものがコンクリートに激突し砕けていった。
「今度という今度はもう許さない、その辺の浅瀬に大破着底させてやる!」
「悪かったよ、そう怒るな。同じ航空戦艦だろう」
「黙れニート戦艦! あんたみたいなのがいるから姉さまがいないんだ!」
「やれやれ、時代は航空戦艦だというのに、なあ最上。……最上?」
山城に顔を見られる前に最上は戦艦寮から離れていた。遠く離れて山城と何か言い合っている日向をこっそり見ながら、次の『試飛会』も何事もなかったように開催されるんだろうなあ、と悄然として山城に頭を下げた。