球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第02話 叢雲の薬指 2

「Hey, 提督。ここんところ秘書艦をコロコロ変えてるけどサー、叢雲と何かあったネー?」

[金剛;Lv.85]

「何もない。いや何もないというのはここでは平穏であるという意味であり、決して私と叢雲との間に何かしらの不都合があるというわけではない。お前は不要な事に気を散らさず黙って補充要請書を書いていればよい」

「ヘーイ」

 球磨の、私のこめかみに砲口を突きつけてくるような話は、なに冷静になれば何のことはない、私にとって有益な情報でしかなかった。いっそ感謝したいくらいだ。全機器の回収は昨夜の消灯時間で終わり、これで事が叢雲に露見してしまう危険はなくなった。リスク管理というやつである。

 しかし残念でないと言えば嘘になってしまう。最初期こそ生意気盛りの叢雲であったが、共に死線を乗り越えること幾度、いつしか信頼し合う仲になっていたからこそ、私は前線だけでなく日常生活においても叢雲を支援しようと考え、実行していたのだ。そして支援には彼女の状態を常に把握する必要があった。ならばこそである。当然だが叢雲に「今日の調子はどうだ」と何度も聞くような真似はかえってプレッシャーをかけるだけだ。提督の体面という意味でも、あまり表立って叢雲ばかりを贔屓するわけにもいかなかった。球磨はどうやら勘違いをしていたようだが、この私の脳内にやましい電気信号は微塵も流れていないことをハッキリとさせておきたい。すべての秘匿には必然性があったのだ。

 機材を回収して叢雲の状態観察ができなくなってしまった今、尚以って叢雲を艦娘から普通の女性に戻し、結婚を急がなければならない。

 待てよ。それとも先に結婚してしまって、それを口実として解体するのも一つの手か。既成事実さえ作ってしまえば事が運びやすくなるのではないか。

 いや、やはりこうあるべき、という順序は海軍男子たるもの守って当然かもしれない。叢雲もどちらかと言うまでもなくルールを重んずるタイプだ。

 結婚が先か、解体が先か。

 字面が酷い。

 どうやらこれは卵と鶏よりも難しい問題のようだ。そもそも艦娘にとって解体とは、どういったものだろうか。試しに球磨を解体して様子を見ることも検討しておこう。

「書き方ワカラン箇所多すぎるよテートクー。叢雲呼んで来てオーケー?」

「遠征先から書類一枚のために呼び戻すつもりか」

「そもそも今時、紙とペンってどうかと思うネー。こないだ珊瑚諸島で怪しいシルエットを発見したって報告したデショ? あれスマホで写真撮ったのヨ?」

 スマートフォンを携行品として許可した覚えはない。まあ深海棲艦に奪われたとしても海中でスマホを使用できるとは思えないからどうでもいいが。

「秘書艦用のパソコンはあるにはあるが、使えない理由が三つある。一つ、書類の入力をデジタルにすると不慣れな秘書艦が訳分からんまま入力して訳分からん内容を訳分からん場所に送信してしまう事故があったからだ」

「オゥ、意外とそれっぽい理由ネー」

「私に二十五枚もの始末書を書かせたのは比叡だ」

「Oh……」

「二つ、これは秘書艦にある程度自由にさせた私も悪いが、定額課金制オンラインゲームに手を出した馬鹿者がいた」

「そ、それは私達も謝ったヨー。次のミスで霧島が比叡をスクラップにするって決めてるから勘弁してクダサイ」

「三つ――」

「ストップ!」

 椅子を蹴飛ばして倒して立ち上がった金剛は、変身ポーズか何かのように左腕を垂直に立て、手の甲を正面に構えた。超高火力を叩き出す戦艦とはとても思えない白く細い腕。叢雲には届かないがそこそこ見どころがあると言えなくもない――だが金剛が私に見せたものは腕でも手でもなく、左薬指で怪しく輝くアクセサリーだった。七百円で好評発売中のアクセサリーだった。

「だからどうして艦娘が私の知らないところで勝手にケッコンカッコカリしているのだ。そもそも金剛、お前はまだそこまでの練度に達していないはずだぞ」

「別に手続きしなくてもリングを指に嵌めることはできマース。こういうアイテムに大切なのは、ハートだと思いまセンか?」

「ハートが籠もらないからカッコカリなのだろう」

「このリングをくれたのは比叡なんデス」

 聞けよ。

「昔こそ私も提督のナンバーワンになりたいと思っていたこともありマシタ。今だって提督からのケッコンカッコカリのお誘いを……待って……一応待ってマス。でも提督のナンバーワンは私が英国から帰国した時からずっと叢雲。そしてコノ私は他の誰かのナンバーワンでもあったのデス」

 こんなトークができるのは提督だけネー。そう言ってはにかんだ金剛は、確かに誰かの一番になるに値する華を持っていたと認めざるを得ない。叢雲という既に心を決めた相手がいる私でさえ、そう思わずにはいられない。比叡とって指輪を贈るに値する、愛する自慢の姉、なのだろう。

「私もどうやら比叡のことをどうこう言えない、根っからのシスコンのようネー。比叡だけじゃなく榛名も霧島も、私の最愛の妹達なのデス。だから提督、こんな事は良くないと分かってマス。でも比叡がこれ以上何かやらかしても少しの間だけ――長女である私が責任を取るまで、どうか猶予を与えてはくれまセンか? パンチメガネ霧島には私から話しますカラ」

「なぜ霧島なんだ」

「さっき言ったネ。比叡が次、何かやらかした時は霧島がメガネパンチで比叡の顔面を粉砕してしまうヨ。……提督はメガネパンチの威力を知らないknow?」

「知らん。そんなしんみりした顔でメガネパンチとか言われても冗談にしか聞こえん。なんだメガネパンチって、もう少しマシな技名はないのか」

「メガネが放つ必殺のフィストに余計な装飾は不要ネー」

「今お前、最愛の妹である霧島をメガネと呼んだぞ」

「気のせいネー。……じゃあ提督、話してもらいまショウ。秘書艦のパソコンが使えなくなった三つ目の原因トハ!?」

「OSがWindows XPだったからだ。サポートが終了した」

「…………」

「アレは元々、私が叢雲のためにポケットマネーで購入したもの痛いっ!? やめっ、お前モノを投げるな!」

「フ○ック! そんなショボい理由でマイシスターの話させてんじゃネーヨ!」

「ショボいとは何だ! お前のように安い紅茶だけ買っていればいい奴と私を一緒にするな!」

「シャラップ! ファ○キン提督の下で働く私らがどんだけ苦労してると思ってるネー! 消費税増税だか何だかにかこつけて給料ダウンさせヤガッテ! 超弩級戦艦が穴の空いたソックス捨てるかどうか悩むとか意味わからんヨ!」

「それはお前が比叡のゲーム代を肩代わりしているからだろうが!」

「私がゲーム代なんか出すわけ……! …………What? パードゥン?」

「どうした、突然顔が青くなったぞ」

「何の話ネ。ゲーム代って何のことネ」

「知らずにケッコンカッコカリの指輪を受け取っていたのか」

 あまりにも金剛が可哀想だったので、私は可能な限り丁寧に説明してやった。といっても、ややこしい部分は一つとして無い。

 事の発端は比叡が秘書艦(叢雲)用のパソコンで始めた定額課金制ゲームだ。途中で止めさせたところで、一度手を付けたならば当然、料金が発生する。しかし比叡は宵越しの銭は持たない性質だった、……と言えば格好がつくと本人が思っているかどうかはさておき、とにかく金を持っていなかった。支払期日と給与支給日のタイミングが神がかり的に悪かったこともあり、姉の金剛が肩代わりすることになったのだった。

「それは知ってるネ。それだけは知ってるネ」

 その翌月、再び同じ形式の請求書が届いた。オンラインゲームは中毒性が高いと聞いている。つまり比叡はゲームを止めてはいなかった、ということなのだろう。初回とは異なり、請求項目が増えていたことから、比叡がゲームにはまっていることが窺い知れた。

 そして(金剛にとって)肝心の請求先だが、我が鎮守府の「巡洋戦艦、金剛型一番艦、金剛」だった。私としては問題さえ起こさなければ、ゲームをするのも支払いを他人に押し付けるのも艦娘達の自由と考えている。念の為、比叡に確認して問題はないと聞いていたので、好きにさせていた。

「様子がおかしいとは思っていたヨ。一人部屋を欲しがったりティータイムに顔を出さなくなったり……私はそれをとても心配したヨ」

 左薬指の指輪――つい先程まで大切そうにしていた比叡からの贈り物を抜き取った金剛は、海を目掛けて窓からブン投げた。一連の動作に躊躇いがまるで無かった。

 金剛に黙っていた比叡も比叡だが、蛙の子は蛙というか、悪い意味でこの姉にしてあの妹ありというか、二人とも誠に残念な戦艦だった。先ほど私が不覚にも美しいと思ってしまった金剛は、メッキが剥がれてしまえば七百円の絆などゴミ同然に扱う輩である。

「この鎮守府にネトゲやってるだけの穀潰しの居場所なんてナイ。今日から金剛型は三姉妹になりマス」

「やめろ。奴はあれでも貴重な戦力だ。勝手に艦娘を解体するな」

「解体? 何を生温いことを言っているネ提督。今、この私は『怒り』というエモーションをコントロールすることで感覚が研ぎ澄まされた――即ち、イージスシステムを会得した新たなる『こんごう』であると考えてもらうヨ」

[金剛;Lv.85 → こんごう;Lv.999]

「そんなので身に付くものだったのか、イージスシステムは」

「奴の存在を手に取るように感じられるネ。愚かなり我が元・妹ヨ。それ程に私の監視網を避けてゲームがしたかったのならば、最低でも私のSPY-1 レーダーの探知距離以上は離れておくべきだったと、元・姉妹のよしみとして最後に教えてヤるとするヨ」

「ほぼ日本に居場所がなくなるぞ」

「今日はこれで秘書艦任務を終えさせてもらうヨ提督。戦力の事は心配無用ネ。霧島と妙高、鳥海、それに榛名にもイージスシステムを習得させて、最強の艦隊を結成するヨ。奴はその生贄として殺ってヤるネ。フフ、フフフフ……」

 イージスシステムを会得した代償なのか、金剛、もといこんごうの目は、ビタミン剤を摂取したムスビのそれに似ていた。

 

 

◆――――◆

 

 

「ねえ、下の騒ぎは何? 霧島はどうして暴れてるの?」

「気にするな。ただの姉妹喧嘩だ」

「あれ放っておいたら金剛と比叡の顔の形が変わるわよ」

[こんごう;Lv.999 → 金剛;Lv.85]

「それより叢雲、演習の調子はどうだった。木曾は物になりそうか」

「あのねえ」と執務室の扉を閉める叢雲。

「今までずっと大井と北上に任せっきりにしてたポジションが、今々で、急に他の誰かに務まると思う? 木曾はあんな性格だから頑張ってくれてはいるけれど――」

 そう言いながらも叢雲は、下の階で制裁を加えられている今日の担当秘書艦が投げっ放しにしていた書類を手に取り、目を通していく。遠征から帰った直後であっても事務の事を気にかけ、こうして真っ直ぐ執務室に足を運んでくれるのはさすがの貫禄であると賛辞を贈りたいところだが、私達の間にそのような言葉は野暮というものである。

「――まだまだ時間が必要よ。営倉でイチャついてる二人を出す気がないのなら、戦線はこのまま暫く偵察と牽制程度にしておいた方がいいかもね。まあ、それはあんたが判断することだけれど。予備戦力の強化には私も賛成よ。層が厚くなればなるほど私達も安心できるしね。木曾にはプレッシャーをかけるようで悪いかしら」

「問題なかろう。あの球磨の妹だ」

「球磨?」

 そう言ってはみるものの、球磨型の姉妹関係はどうなのだろう。霧島をピラミッドの頂点に据え置く金剛型姉妹より複雑だと推測するが――いや、だからこそ考えるだけ無駄か。

「今の話で遠征の報告を受けたこととする。今日はもう休んでいいんだぞ」

「誰がこの書類を片付けるのよ。疲れてる私を労うのなら、下から今日の秘書艦だったはずの金剛を連れてきてよね」

 金剛の言っていたメガネパンチが本当ならば、それを喰らった金剛が今、意識を保っているとは思えない(直に見てきた叢雲も分かって言っているのだろう)。

 叢雲には余計な迷惑をかけてしまった。早く風呂にでも入りたいだろうに。明日からはもっとマシな秘書艦の人選を行わなければ。

 




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