「はぁ…………天使だ」
机に片肘をついて手にでっかちな頭を乗せたまま、かれこれ一時間は上の空でボソボソとつぶやいている提督。アンニュイな雰囲気の気色の悪いことといったら。
「へぇ~、工作艦に売店の店番やらせてる艦隊なんてあるんだ。贅沢というか、艦娘の無駄遣いすぎ」
【山城;Lv.86(非改二)】
「……ん? 明後日って打ち合わせがあるんじゃなかったっけ、あっちの鎮守府と? 叢雲が予定入れ忘れるなんて珍しいこともあるのね。ちょっと提督これ――」
「天使…………」
「もしもーし」
「……………………大天使」
「生きてますかー。返事してくださいよ」
「…………………………」
「……ていとくのあほー」
「…………………………はぁ」
いや仕事しろよ艦隊潰す気か、と本来なら言うべきなのだろうけれど、大規模掃討作戦『渾作戦』における私たちのノルマを余裕綽々でこなして【※】もう作戦内容すら忘れかけている今、我ら天照大艦隊は有り体に言えば暇だった。
【※ 読み飛ばし推奨】
日本各地域から烈々たる信条、そしてそれに見合うだけの勢威を持った鎮守府が招集される程の作戦がどうして楽ちんなのか? それはこの鎮守府のちょっと変わった体制とコネに理由がある。
この鎮守府は元々、竹櫛提督(今、天使がどうとかぼやいている阿呆)が指揮をとっていたけれど、呆れるしかない根深い痴情、もとい事情があって近隣の鎮守府から一ノ傘提督と彼女が率いる艦隊がまるまる転がり込んできた。一ノ傘提督は副提督という形で竹櫛提督の下に就いているわけで、表面的には艦隊の規模がおよそ二倍に増えただけのこと。でも一ノ傘副提督が良くも悪くもフリーダムなお人柄なので指揮系統を二つに分けることもでき、つまりこの鎮守府だけで連合艦隊を二つ編成、戦力の温存など考えずに二方面作戦を立てちゃえたりする。AL/MI作戦の時なんて初の大規模作戦ということで大本営から継戦についての注意喚起がさんざんアナウンスされていたけれど、
「これさ、私と竹櫛でAL作戦とMI作戦をそれぞれ分担するだけで、別にいつも通りやればよくない?」
一ノ傘副提督の身も蓋もない発言のおかげで、私たち艦娘はこれといった混乱も苦労もなく参戦、そして実に呆気なく終了。渾作戦では実戦経験の少ない子に連合艦隊を経験させることすらできた。強敵が出現したのにもっと頑張らないでいいの? といった具合で作戦終了までずっとソワソワさせられたくらい。
コネというのは、元々一ノ傘副提督が居座っていた鎮守府に新しく配置された艦隊に、大本営直属のアルティメット級戦艦『撃沈王』大和が何を間違えたのか所属していること。
そもそも渾作戦に限らず全国の戦力を結集する大がかりな作戦は当然ながら立案者がいるわけで、立案するには事前に情報収集を行う戦力が存在する。作戦の前哨戦を託される戦力。全国から寄せられた情報を元に出撃し、偵察と現場視点での分析、未知の強敵と遭遇した場合は「危険だからこそ接近して」交戦になったとしても必ず十全に情報を持ち帰って来る、私レベルじゃ手も足も観測機も届かない戦力。その一人である大和が電車とバスで三時間、車を出して二時間、海路なら飛ばせば一時間半の距離にいて、しかもそこの提督さんは一ノ傘副提督の従姉妹である――これを利用しない手はない。
大和からすれば作戦前からお疲れのはずだろうけれど、そこは皆して心の中で頭を下げつつ、大本営からの作戦発表を待たずして得られた情報から艦隊編成の準備に入るのだった。ズルい? いえいえ有事こそ人と人との繋がりを大切にするべきですから。
昨日と同じ風が緩やかに鎮守府内を流れ、手の空いた子らは休暇を取って外に繰り出すなり自室で怠惰の限りを尽くすなり、ここ最近は穏やかな時間がくるくる回っている。思えば私がここに着任してから、こんなにも平和なのは初めてなんじゃないか、というくらいの暇。
とはいえ天照大艦隊そのものに休業日などというものは訪れるはずもなく(艦隊が休めるのは戦争が終わった時か、私たちが終わった時かのどちらかですしおすし)、出撃部隊、遠征部隊、そして秘書艦山城この私は、今日も今日とて平常運転で働いている。
というわけで、上の空なアホ提督の頭を書類の束でひっぱたいた。
「ぬおっ!? 敵襲か!?」
「敵じゃありません。山城です」
「やましろ? ……なんだ山城か」
こんなにも真面目な私に対してこの言い草!
「働きましょうよ。ねえ。あなた仮にもここのトップですよねえ」
「仮にもとはなんだ虚空戦艦」
「コンチクショウ!」
しばらく書類を丸めた剣とペンケースでのチャンバラに興じる私たち。ゴキブリを叩くように書類剣を振り回せば振り回すほど、頭の片隅では執務室で何やってんだろうという冷めた思いがギンギンに強くなっていくのだった。
チャンバラは提督のペンケースから文房具がぶち撒けられるのと同時に熱も雲散霧消した。散らばった文房具を見ていると私と提督の何だかよく分からない虚しさがシンクロし、二人で何も言わずに文房具を拾い集めた。本当に、何よコレ。
「……それで」と気まずさを隠すように切り出す提督。
「何か問題でもあったのか。遠征に陸路を使った白露たちなら既に――」
「違います。仕事をしてくださいと言ってるんです。て・い・と・く・に」
「どういう意味だ? 私の働きに不満でもあるのか?」
ダメだこの人、自覚がない。
「ずーっと放心してたじゃないですか。天使がどうとか呟きながら」
「ああ、天使か……そうだな……」
はぁ、と提督はどこかうっとりしたような溜息をついた。また自分の世界に閉じこもりそうだったので書類剣を再び構えると、
「なあ山城。古鷹ちゃんはやはり天使だな」
などと意味不明の供述をするのだった。
◆――――◆
提督の古鷹贔屓は今に始まった事ではなく、私が覚えている過去の範囲では、提督は既に古鷹のことをちゃん付けで呼んでいた。それが当然であるかのように。最愛のはずである叢雲をも差し置いて。一ノ傘副提督の艦隊と合流した後も、それはなんら変わらなかった。
「飛龍と蒼龍はかなりの練度だが、旧一ノ傘艦隊に所属していたため連携の程はやってみなければ不明だ。旗艦の叢雲の指示に従い、金剛、古鷹ちゃん、北上は戦場での意思疎通に特に努めること。二航戦の二人もだ。演習であっても気を抜くな」
といった具合に。
たぶん誰もが気にはなったはずだけれど、あんまりにも自然に「古鷹ちゃん」と呼ばれているので、次第にそういうものだと思うようになり、疑問や違和感は消えていく。古鷹当人に何か理由があるの? と聞くより先に。
「古鷹ちゃん」は艦隊の暗黙の了解、というか、夕張と大淀が普通の軽巡洋艦よりも兵装を多く搭載できる特徴を持つのと同じように、重巡古鷹は名前をちゃん付けで呼ばれるものだと認識している。これは私だけでなく皆がそうだと思う。だって誰も本当にまったくツッコミを入れないし。
それが今更になって、元凶(?)である提督が古鷹についてどうこう言い出したとなると、思い当たるきっかけは一つしかない。
◆――――◆
「古鷹の改二装備の事ですか? あれに天使的な要素なんてなかったと思いますけど」
提督は肩をすくめ、やれやれとばかりに首を振り、私を無駄に煽ってくる。
「何も分かっていないようだな。私が装備だけを見て人を決めつける愚か者だと思うか?」
「潜水母艦の大鯨を副提督に速攻で軽空母に改造されて、ものすごく悔しがってたくせに」
「うるさい。過去のことなどどうでもいい。今は古鷹ちゃんだ。古鷹ちゃんが天使だという話だ」
してません、そんな話。
「私は天国や輪廻転生といった考え方に共感するところはないが、古鷹ちゃんという天使の存在だけは目に映る事実、いや真実として考えている」
「はあ……」
「そうだろう?」
「はあ……え? 今、同意を求めたんですか?」
「真実の確認に疑問を挟むな。お前は太陽が眩しい事を疑問に思うのか?」
「すみませんが、私には提督が何の話をしてるのかサッパリ理解できません」
提督の目が私を珍獣扱いしているのがよく分かる。私も提督のことが地球の裏側の人間のように思えてきたから、ここ第一執務室では今、生物学の発展に何ら寄与しない異種間コミュニケーションが発生しているらしい。深海棲艦のほうがまだ話が通じそう。
「改二になったことにより古鷹ちゃんの輝きが増して、私は目眩がするくらいだぞ」
「落ちてるものでも食べて三半規管がやられたとか、そんなんじゃないですか?」
「なんだと貴様」
「それより私。私は? 私も改二になれるんですけど? 練度的には余裕なんですけど?」
「古鷹型重巡に加わるにはなぁ。まず装備が違いすぎて」
「私は扶桑型の航空戦艦! 渾作戦で勲章いくつか貰ったじゃないですか。あなたの目の前に、お手軽に強くなれる戦艦がいると言ってるんです。勲章ください」
「勲章なあ」と乗り気の無さを全面アピールしてくる提督。
「叢雲の将来のために八つは最低、取っておくとして」
「四つでいいでしょ、四つで」
叢雲dreiにでもする気かしらん、この阿呆。
「一ノ傘と分けたら残り二つだ。当面は大規模な作戦はないだろうから改修資材とやらに交換しようと思っていたのだが……はて、そういえばどこにしまったか」
「どうして勲章なんて貴重品を、銀のエンゼル程度に扱うんですか。その神経が信じられません」
「成る程、古鷹ちゃんは元々が天使だから、金のエンゼルがなくとも改二になれたというわけか。その発想はなかったぞ山城、お手柄だ」
「……ええ。私にもありませんでしたよ。そんなしょーもない発想」
さあ仕事仕事。
◆――――◆
艦隊が暇ではない平時よりも閑散とした食堂でひとり蕎麦をすすっていると、「おはよう山城」と丁度HOTな声をかけられた。黄金色に輝く左目が、私のどんよりと淀んだ目にはいささか眩しい。
「おはようって、もう昼よ?」
「あ……あはは。休みだから、つい加古と一緒に寝過ごしちゃって」
【古鷹;Lv.97】
「ごめんね、山城は事務で忙しいのに」
「忙しくなんか……ただ提督がちょっとねー」
「ふふっ、お疲れ様です」
私の前に座った古鷹は「いただきます」とカレーライスに向かって手を合わせた。
改まって正面から観察しつつ思い出を振り返ってみると、なるほど、確かに古鷹ほど艦隊中に慈愛を振りまく子は見当たらない。どちらかといえば低燃費・低火力の重巡洋艦でありながら高火力殲滅組と肩を並べ、相当な練度に達しているのは、信頼の高さから来る一緒に出撃した時の安心感が大きい。役割分担・連携の意思疎通を図るのが誰よりも上手く、縁の下の力持ちのようであまり目立つことはないけれど、帰投して入渠した時には古鷹にお礼を言っていることが多い。というか、提督が艦隊編成に悩んだ時はまず古鷹に出撃命令を出して、それから他の五人を考える、なんて滅茶苦茶なことが月に一回ペースであったりする。それに私を「お疲れ様」と労ってくれる人なんてほとんど……ああ、扶桑姉さまは何処に……。
(天照大艦隊のお姉さんである叢雲も似たタイプではあるけれど、さすがに駆逐艦に重巡のような重い役割はこなせないし、あと優しさに比例して小言も多い)
「――それ聞いた青葉が休暇を取ってまで葛城と大和を取材しに……山城?」
「え? あ、ごめん聞いてなかった」
「ぼんやりしてたけど大丈夫? 調子が悪かったらちゃんと言ってね、いつでも仕事、代わりに出るから」
「ありがと、なんでもないから」
この気遣いの抜かり無さは、天使と呼ばれても不思議じゃあないかもしれない。……逆に言えばこの鎮守府の他の連中はどんだけ他人への思いやりを欠いてんの、とネガティブに見てしまう私も人様の事を言えたもんじゃあないけれど。
普段は日中なら食堂に限らず必要以上に賑わっているから、誰も彼女も区別なんてあったものでなく、あまり気にもかけないことだけれど、今こうして静かな中で向き合ってみると、古鷹からはいい匂いならぬいい雰囲気がほわほわと漂ってくる(古鷹はカレー食べてるんだから匂いは当然スパイシー)。どう言い表せばよいのだろう。ありきたりな表現だと、一緒にいて落ち着くとか? 殺伐とした艦隊に重巡古鷹が! とか?
いかにも優しそうな外見だって重要なポイントに違いない。私と古鷹が並んで道端に立っていたら、道を尋ねるとしたらそりゃあ誰だって古鷹を選ぶに決まっている。私だって古鷹に声をかける。改二になったことで気が引き締まったのか、少し大人びたような気がしてはいたけど、まじまじ観察するとやっぱり若干、変わったらしい。より良い方向に。
私も改二になれば変われるのかなぁ。あんまり自分を変えたいとか自分探しとか考えていると、ますます欠陥戦艦とか虚空戦艦とかの声が大きくなりそうで嫌なのに、現に目の前にウルトラグレードアップを果たした古鷹がいると――
「やっぱり変だよ山城」
「ぅえ?」つい変な声が出た。確かに変だ。
古鷹は手を伸ばして私のおでこにぺたりと触れた。絶妙な冷たさがこれまたグッド。
「熱はないみたい……でも今日はもう休んだほうがいいよ。秘書艦は私が代わるから」
「大丈夫、別に風邪とかじゃないから」
「でもさっきからずっとボーッとしてるよ」
「ちょっと考え事してただけで、本当に何ともないから。古鷹こそ休暇でしょ、心配させといて言うのもなんだけど、今日くらいは加古のぐうたらっぷりを見習ってみたら?」
「うん……何かあったら言ってね、部屋にいるから」
私も見習ったほうがいいのかもしれない、この天使を……と、つい阿呆提督と同じことを考えていることに気がついてしまった。古鷹の雰囲気は良し悪しで表すよりも「天使」と言い切ってしまったほうが正しいのではなかろうか。
私は当然ながら天使様になど謁見したことはなく、天使という言葉から真っ先に連想するのは『聖☆おにいさん』に出てくるイケメン大天使、という程度の興味の無さ。ごく普通の日本人だと思います。だから天使の雰囲気なんて私の妄想でしかないし、古鷹から、東京の立川駅から離れた途端に賑わいが霧散する味わいの無さを感じ取ったわけでもない。
こういうことは概ね、考えるより感じた方がいいとは偉大なる拳法家の残した言。私は直感を信じて、まだ若干私を心配そうに見ている古鷹に、蕎麦をすする手を止めて、つい素朴な(誤用だけれど、ここはあえて素朴と言わせてもらう)疑問を投げかけてしまった。
「ねえ。古鷹ってさ、天使なの?」
この手の言った直後に後悔する言葉を、なぜ私は繰り返してしまうんだろう。ただでさえ不幸の星の下に生まれてきたというのに(決して扶桑型戦艦が悪いという意味ではない。この命にかけて)自分から「阿呆」と言われる所に積極的に足を踏み入れてどうしたいというのか、私は。いっそ年中口をつぐんでいたほうが何かしら具体的なパラメータが上がりそうな気さえしてきた。山城改二は寡黙キャラにしたほうがいいのかしらん。
「間違えた間違えた。古鷹は天……天ぷら蕎麦は好きかなって――」
自分でもわけが分からない訂正を、幸か不幸か聞き流してくれた古鷹はスプーンをピタリと止め、少し俯いてしまった。そして、
「山城も……やっぱり私って……天使、なのかな」
私よりも数段わけが分からない切り返しをしてきた。
◆――――◆
古鷹の名誉のために念頭に置いておかなければならないのは、彼女は決して自身の事を天界から堕ちた記憶喪失の天使、といった思春期にありがちな設定上の存在とは思ってもいないということである。古鷹の言う天使のイメージは、翼を生やして頭頂を輪形の蛍光灯で照らすお迎え、というよりも、どちらかといえばお迎えされる側のネロとパトラッシュに近かった。
「だって今まで誰もツッコミ入れてくれなかったんだよ!?」
古鷹には悪いのだけれど、俗っぽい言い方が私のツボに入ってしまい、しばらく表情が歪むのを堪えるのに必死だった。
「私だけちゃん付けで呼ばれて続けて練度九七! 最初だけかなーとか、新しく配属された艦娘だけかなーとか自分に言い聞かせ続けること練度九七! 自分でもびっくりだね!」
「そ、そうね」
「自分からは言い出しづらいし、でも絶対おかしいから誰かツッコんでくれるかなって待ってたのに、逆にツッコミづらい雰囲気ができちゃったんだよ? 私の後に着任した子どころか、一ノ傘副提督の艦隊が丸々加わった時なんて、私しばらく皆からすごい目で見られてたんだから。電も認めた提督の古鷹ちゃん。何故か一人だけ古鷹ちゃん。叢雲が妻ならじゃあアイツはいったい何なんだ古鷹ちゃん!」
人を外見で判断するのはよくないね。古鷹は着任した時から、笑顔の裏に脈々と蓄積してゆく苦悩を隠し続けていたんだから。
「あんまりスルーされるから私もう、本当は幽霊とか深海の怨念とか、そういう何かなのかなって……秘書やってた時に思い切って提督に聞いてみたら『? 天使だからだが、それがどうした?』だよ!? もっとわけがわらなくなっちゃったよ! そうですか天使ですか、霊長類よりも幻想種に近い存在ですか。おかしいなぁ、私そんな大層なものじゃなあいんだけどなぁ、ちょっと左目が光るだけの重巡洋艦だと思ってたのに」
ピカーと私にサーチライトを当ててくる古鷹。
「これ、ただの光じゃなくてヤコブのはしご的なものだったんだ、わー幻想的だね、これなら夜戦もちゃん付けで呼ばれる理由もバッチリです! みんな気を遣ってちゃん付けをスルーしてくれてるんだよきっと。ここは本っ当にとてもいい部隊ですね♪ ……ごめん皮肉みたいになって。山城やみんなに不満があるわけじゃなくて、私これからもずっとこうなのかなって」
「うん、私は別に気にしてないから、ちょっと左目の明かり消そう」
「あ、ご、ごめん」
あまり賑わっていないとはいえ三分の一程度は座席が埋まっている食堂で、至近距離でライトアップされていればさすがに目立つ。お盆を持って私たちの近くに座ろうとした陽炎型ご一行様が全員揃って目を逸らし、他の席を探し始めた。駆逐艦の子らに避けられるのって傷つくわぁ……。周りで食べてた奴らもご飯残ってるのに、いそいそと席を立っていくし。
軽く落ち込む私と一緒に、貯めに貯めた呪詛を吐き出した古鷹も暗い顔を――と思いきや、モジモジしながら表情を緩ませていった。どころか、
「ふぅ……こんなに思い切った話をしたのって初めて。本当に誰にも話したこと、無いんだよ? 山城が、その、初めてで……うん。初めてなんだ。えへへ。自分を開放するっていうのかな。ちょっとだけ恥ずかしいけど、今、すごく気持ちいい……」
なんだか恍惚とし始めた。まずい、これはまずい。雷がターゲット(性欲処理フレンド)を見つけた時と同じ臭いがプンプンする。いやムンムンする。
「ねえ……山城はさ、私が天使なのかって、聞いたよね」
「そうだったかなー? 記憶にございませんなー?」
「私にとってはね」古鷹はテーブル越しに手を伸ばして私の手を熱くホールドした。ついでに感情が昂ぶったためか、再びライトアップ。目が潰れそうなほど眩しい。
「山城こそ……その…………天使、だと思うんだ。それで、って言い方は変かもだけど、今日は具合悪そうだし、私の部屋で休んでいかない?」
超弩級のベタな誘い文句!
「昼休み終わったから。それじゃ」真面目に働きに行こうとする私の手を、古鷹は離してくれない。
「駄目だよ安静にしてないと。私のベッド使っていいから」
「いや休むとしても自分のベッド使うからね!?」
「なら山城の部屋に行くから。私が戦艦寮に行くから」
息を荒くしながら食い下がってくる。笑顔が怖い笑顔が怖い。
「いやいや秘書艦を代わってくれるって話はどこ行ったの?」
「他の誰かに頼めばいいよ。私がずっとあったかくしてあげるから」
「そもそも体調悪くないんですけどね!?」
「体調は自分じゃ分からないものだよ。ほら目の下にクマができてる」
「元からだから! そういうアレだから!」
「きっと寝不足なんだよ。私と一緒に――寝よう?」
古鷹は天使の皮を被ったガチレズだった。
そっかー。ストレス貯め続けたらこうなっちゃうんだー。そういえば大井とかもそんな雰囲気あるもんなー。パンパンに膨れ上がってたのを私がうっかり針でつついちゃって、溢れ出したダークマターが340m/sで降りかかってきてるわけかー。そっかー……。
「さらばっ!」
繋がれていた手を無理やり振りほどいて、食べかけの蕎麦をそのままに私は食堂を飛び出した。
「あっ、待って山城!」
誰が待ちますかい。
以前、雷と死の鬼ごっこをした時の経験を活かして、鎮守府内で完全に人目につかない場所に潜むことにした。そう、雷が自分を慰めていたあの場所、変電所付近の電気室、その中。かなり寒いけれど毛布でもくすねてきてじっとしていれば、大天使古鷹なら(まだ古鷹のことを信じていたい私がいる)少し時間をおけばきっと冷静さを取り戻してくれるでしょう。
秘書艦の仕事は……どうせ提督が呆けていては進まないし、べつに問題はないでしょうよ。
◆――――◆
私の戦略はあまりに浅はかだったと言わざるを得なかった。
以前戦ったのはこの艦隊で最高練度を無駄に誇る雷、とはいえ所詮は小娘であり、改二にまでなった古鷹は格が違った。
「見ぃつけた♪ 駄目だよ山城、こんな場所で一人で寝ようなんて。わざわざ毛布まで用意して、まったくもう」
それはそれは嬉しそうに言う古鷹だった。
電気室の扉がこじ開けられ、サーチライトに照らされるまで逃走開始から十五分もかからなかった。キィと軋む音を立てながら扉がゆっくりと開かれ、ギラリと覗いた左目はかなりホラーだった。どうやら高性能な電探をフル活用したらしい(それにしたって早過ぎる)。
本気で逃げるのならば鎮守府の外に出るべきだった。わざわざ人目につかない所に場所を変え、毛布まで用意するなんてこれじゃあ――美味しく頂いて下さいって誘ってるようなものじゃない!
「寒いよね? 大丈夫、今あったかくするからね」
セーラー服を脱いだ古鷹はそれを私に掛けて……くれるはずもなくポイと捨てて、隅っこに逃げる私にジリジリと迫ってくるのだった。
信頼していた古鷹までこんなんだったなんて、いったい私は誰を信じたらいいんだろう。
今、確信した。もうこの艦隊ダメだ。汚されまくるわ危ない奴が多すぎるわ、もういやだ、他の鎮守府に行きたい。扶桑姉さまに会うまでに私の身体はきっともたない。
「山城って、思ってたよりもあったかいんだね――」
私を取り巻いてもみくちゃにしてくれる環境を嘆き現実逃避をする他に、私にできることは何一つなかった。古鷹は雷とは違って、それはもう天使のように優しく私に尽くし、どこまでも高く昇らせまくってくれた。私が神様に祈るように許しを請うても、天国への階段を引いて行く手はむしろ加速するばかりで、天使(のような悪魔)の抱擁は時間の感覚が無くなるまで続いたのだった。