球磨の薬指   作:vs どんぐり

24 / 85
(R-15)第24話 叢雲の薬指 12 さよなら純情ようこそカオス

「え……エクスカリバーぁ」

【磯風:Lv.18】

 射撃試験・演習場に味気なく零れた掛け声はすぐに、連装砲の砲撃にかき消された。

 対空機銃から戦艦主砲、魚雷に戦闘機、ストレス発散までなんでもござれのこの設備は恐らく、鎮守府内では工廠の次にお金がかかっている。奥行き2キロを超える細長―い防音壁は海にまで突き出していて、騒音が陸地に漏れることは決してない。狭い日本、ご近所さんと私たちとの関係がいかに難しいかを如実に語っているとも言える。

 ……アニメーション記録で海上に的を立てて訓練していたシーンは、司令官・副司令官が最も難癖をつけたいシーンだったと珍しく意見を一致させていた。出撃口をはじめとして鎮守府にあれだけの無駄施設を用意しているくせに、なぜ訓練はWiiソフト『リンクのボウガントレーニング』以下なのかと。そんな体たらくだから近海まで強力な深海棲艦の侵攻を許すのだ。――とか何とか、食堂に用意されたテレビで鑑賞会をやっていたら一番はしゃいでいたのが司令官と副司令官で、そのせいで他の皆はというと、

「あのパフェ食べるためにさあ……うちらの艦隊ならどんだけ働かないといけないんだろうね」

「月一でもためらうよね……お金だけはあるんだね、あの世界」

「あたしならあの吹雪の100倍は戦えるのに、今日のおやつ何だったと思う? ……おにぎりせんべいの小さい袋」

「僕はボンタンアメ2個。……明日も2個」

「白露は我慢できなくて特盛りパフェ食べてきましたー! ……夕立さあ、アニメのギャラ入ってるよね? ちょっとでいいから……ね?」

「(最高に素敵な軽蔑の眼差し)」

艦娘という私たちにとって最高にホットな内容だったのに白けてしまった。アニメ見ようと何しようと勝手だろうけれど、立場とか年齢とか少しは気にしましょうよ。

 そういったわけで(?)キャットウォークで軽い散歩すらできる広い射撃試験・演習場は実は過剰で無駄なんじゃあないかと思えてきたところに、熱心にも施設の利用申請が入ってきて、今は二人が訓練に励み有効活用してくれている。

 時津風隊が一人、磯風は意味不明な掛け声を発して耳を少し赤くした。

「違う違う! 何度言ったら分かるの。心にこう、ブレイブなハートがない!」

【時津風:Lv.13 → 19】

「時津風隊はなんかこうガッツのある感じなの! 分かる!?」

 旗艦殿の曖昧模糊たる説教に、私たちはただ辟易するしかなかった。部隊を編成した時から時津風の言うことはいつもフワッとしていて、まさかその悪い癖がここまで酷いとは……と、二人の訓練を離れた場所から監督する私は時津風をどう矯正したものか頭を捻っていた。

「……時津風の士気は敬服に値すると思っている」

「そう? フフン、当然当然」

 近頃のフワッとした被害は磯風に集中していた。練度が一人突出している私はさすがに特別訓練は免除されるとして、他の隊員は磯風の武人気質を風除けにして逃げている。団結? 何それ燃料になるの?

「しかしこの訓練は……何の意味があるのだ?」

「だーかーらー、主砲は気合でドゴーン! ってやるでしょ? やりたいでしょ?」

「いや、別に……」脳筋純朴の気がある磯風の困り果てた表情はなかなかレアリティがあった。

「もう一回だけお手本見せるからね。よーく見て目に焼き付けること」

 時津風は100メートル先に新しくターゲットを出して、それに向けて連装砲を構えた。

 訝しげに見守る磯風と私。

 すぅ、と大きく息を吸った時津風は大声疾呼、

 

「 ス タ ー ラ イ ト ―― ブ レ イ カ ー !!!!!!」

 

 ドォン。ごくごく普通の砲撃音の後、的の後方約300メートルの位置で水柱が立ちのぼった。先の磯風の「エクスカリバーぁ」は同距離の的を狙ってしっかり当てているというのに、時津風隊の旗艦がこの体たらく……いや、それよりも天照大艦隊の総旗艦として憤悶すること甚だしい。ホントどうしようこの子、解体して資材の足しにしたほうがマシか知らん。

 砲撃の腕が悪いのか連装砲の整備を怠っているのかそれとも両方か、しかし外したことを気にする様子もない時津風は「ふぅ」とかいてもいない額の汗を拭った。「どう? 分かった? 間のタメがとくに重要だから」

「時津風。質問がある」

「なに、まだ分かんないことあるの?」

「分かる事の方が少ないのだが……差し当たり一つ。掛け声が違うのではないか?」

「ん? そんな事ないでしょ」

 磯風の混乱が極まったようで、生まれてこの方一度も使ったことのない顔の筋肉を動かしたような表情になった。恐らく私も似たような表情になったと思う。顎と頬のあたりが特に引きつって痛い。

「『スターライトブレイカー』だったではないか。私は『エクスカリバー』と叫ばされるために訓練に連れて来られたのだぞ」

「似たようなもんだし、平気平気」

「に、似たようなもの……!? エクスカリバーでなければ駄目だと言ったのは時津風ではなかったか! ならば普通に『撃て!』や『斉射!』などでいいだろう」

「駄目駄目、そんなんじゃ。面白くない」

「お、お、おもし、ろ……!」

「ほら。もう一回やるから早く構えて」

 プツン、と何かが切れる音がしたのは私の幻聴だとして、動揺に動揺を重ねた磯風は一周してピタリと冷静さを取り戻し、妖刀に取り憑かれた武士のような不気味な笑みを浮かべていた。

「じゃあ次は50メートルにしてあげよ」と設定する時津風の背後にゆらりと迫った磯風は、

 

「 エ ク ス ―― カ リ バ ー !!!!!!」

 

 綺麗な後ろ回し蹴りを食らわせ「へぐぼぉ!?」時津風を海へ叩き落とした。

 

 

◆――――◆

 

 

 時津風隊はあくまで実践経験を積むために編成した一時的な部隊で、駆逐艦だけを集めた作戦も今回でお終い。この次からは他の艦種とも組んでより難しい任務に当たってもらうし、また以前のように遠征にだって行ってもらう。いつまでも人員を比較的安全な海域で遊ばせておけるほど艦隊に余裕は……(まぁ、なくはないんだけれど)……とにかく今日が最後の基礎訓練ということになるから、明日からの過酷な仕事で折れてしまわないよう気を引き締ること。

 と、私は磯風にだけ出撃前にこっそり伝えた。

 本当はまだまだ不安要素だらけの時津風隊を解散させる予定なんてなく、結束が固ければ私だけを他の誰かと入れ替えてそのまま固定メンバーで任務をこなしてもらおうか、なんてことも司令官と話していたくらいだった。

 そう、結束さえ固ければ……。

 部隊解散の話をした途端、ブラック鎮守府の潜水艦娘のようだった表情をぱあっと明るくさせた磯風にとって時津風隊の結束なんて、首に巻かれた結束バンドのようなものなのかもしれない。締めることはできても緩めることはできない。今にも窒息してしまいそうだった磯風をあんまりにも見ていられなくて、時津風隊解散は私の独断でつい決めてしまったものだった。磯風云々がなくとも他の三人だって磯風を盾にする薄情者だし、遅かれ早かれ解散は決定的だったでしょうよ。

「そうか……! ああ任せておけ。この磯風、天照大艦隊の剣となり暁の水平線に約束された勝利を刻もう!」これほど高揚した磯風を私は初めて見た。

「いや、あの、意気込んでるとこ悪いんだけど、艦隊の剣は私っていう意味合いがあってね? ほら、天叢雲剣とかけて私が艦隊の名前を決めたというか、そういう設定とか事情が……」

「そうだったのか。いや単なるものの例えだよ。大船に乗ったつもりでいてくれということだ」

「私たち艦そのものなんだけど……小型の駆逐艦なんだけど……」

「フッ、軽い冗談さ。どうした叢雲、今日は調子が出ないようじゃあないか」

 あんたがどうした。

「ねえ磯風、いつも通りで今日が最後とはいってもこれから戦闘よ? 深海棲艦と命がけの戦闘すんのよ?」

「うん? ――ああ、うん、勿論分かっているとも。気を引き締めていかねばな」

 絶対忘れてたよこの浮かれポンチ。そこまで時津風隊が嫌だったか。

「……時津風隊が訓練目的の編成だってことも忘れてないでしょうね。今からの戦闘で無意味に大破してみなさい、さっきの話は取り消すわよ」

 一瞬固まる磯風だったが「なに、当然の働きをするだけだ」と軽く笑って余裕を見せた。

 世界はまだまだ解明されていない謎で溢れていて、それは当たり前と思っている日常の中にも理解の及ばない理(ことわり)として組み込まれている。事実は小説よりも奇なりと言うけれど、逆にベッタベタに手垢のついた流れを裏切らないのもまた事実。例えば熱湯風呂に入るのを躊躇していたら必ず誰かに突き落とされてしまうように。

 その後の戦闘で磯風は私の期待をまったく裏切らない結果を出してくれた。無論、悪い意味で。

 

 

◆――――◆

 

 

「そんなに酷いダメージ受けたの? この世の終わりみたいな顔してるわよ? ほら私につかまって、お風呂行こ? ね? 大丈夫よ、私が慰めてあげるから」

【雷:Lv. Lv.122 → 135】

 一人大破した磯風は帰投すると足の動かし方をも忘れてしまったらしく、雷に引きずられるように入渠していった。時津風たちが事情を知らないから良いものの、そこまで拒絶するのはさすがに酷いんじゃあないかと思う。

 ……でもこれは、戦闘前に余計な事を吹き込んだ私が悪かった。

 旗艦という立場についたため目を濁りに濁らせた時津風も「そんなに痛かったのかな……ねえ叢雲、やっぱり輪形陣がよくなかったのかな」と、ズルズルと浴場に引っ張られてゆく磯風の後ろ姿を見ながら自省している。

 昼間は敵の軽巡と駆逐艦しか出て来ないと判明している海域に出撃したのだし、戦術的に言えば私たち駆逐艦部隊が旗艦を囲んで守る意味も、飛んで来るはずのない航空機を警戒する陣形を取る意味もない。にもかかわらず旗艦殿が「よぅし、今日は輪形陣やっちゃおう!」などとその場の思いつきで言い出し、私は失敗も経験になるでしょうとやらせてみて、脳筋磯風は普段ならば単縦陣以外あり得ないと言い出すところを素直に従った。

 せめて時津風を庇えていたならばまだ納得もできたでしょうに、たった一本の磯風を狙った(かどうかも怪しかった)魚雷を見逃し回避し損ねて大破するなんて、二〇一五年最初の失敗事例として記録に残るのは間違いない。

「そうね。輪形陣は単純に丸くなれば効果があるってものじゃないのよ」といいかげんな事を言う私だった。

「じゃあどうすればいいの?」

「ええとね……空母と一緒に編成される時にまた説明するから。それじゃあ皆、お疲れ様。それでね、今日はちょっと話があるから。皆で夕食しながら話すから、磯風が修復するまで休憩。そうね、一時間後にしましょう。一時間後に食堂前に集合。いいわね」

 時津風隊をいささか強引に駆逐艦寮に帰して(魚雷以外にも敵の攻撃が何故か磯風に集中したため他の皆はノーダメージだった)私は執務室に出向き、仕事中だった司令官と吹雪に時津風隊を解散させる旨を伝えた。

 仕事では根回しをしていないと落ち着かないタイプの私が独断かつ行成に部隊を解散させるなんて司令官と吹雪にとっても珍事だったらしく、部隊編成予定の変更よりも、時津風隊はいったいどのような闇を抱えていたのかと勘繰る二人の追求を躱すほうに苦労させられた。

 

 

◆――――◆

 

 

 一時間と、私が大遅刻して三十分後。

「まだ入渠中? 寮には戻ってないの?」

 見ていないと頭を振る時津風たち。

 磯風には勿論、食堂前に集合するようメールしている。電話には出ない。

 いくらボロボロに大破してしまったとはいってもそこはまだ練度の低い駆逐艦、修復はせいぜい数十分で済むはず。

 これから夕食と食堂に入っていく誰に聞いても磯風は見ていないと言う。

「ど、どうしよう叢雲。磯風って大怪我してたんじゃ……」

 私が倒れた時もそうだったけれど、時津風にメンバーを思いやれる旗艦としての責任感があったからこその、時津風隊を固定編成にする話だった。ただちょびっとばかり阿呆なだけで、『エクスカリバー』と叫ぶ訓練にしても決して悪気なんて見られず、本当にそれで磯風が強くなれると信じていたからこそだった。基本、阿呆ばかりが一つ所に集まった天照大艦隊なのだから、部隊の旗艦は人並み以上の阿呆(当艦隊基準)くらいが丁度良い。

 つい先程、解散を正式なものにしたばかりなだけに、時津風の子犬のように潤んだ目で見られるとバツが悪くなってくる……。こういう人事はやっぱり司令官から通達するべきじゃあないかしら。ほらだって私はこうした方がいいんじゃない? と提案しただけで最終決定を下したのは司令官なわけだし。天照隊の責任者だし。私なんて総旗艦と言われたところで中間管理職よりも権限のない、ただ阿呆たちがあんまりにも阿呆なことをしないよう見張っているだけの普通の駆逐艦だし。

 などなど言い訳をつらつら一通り並べて現実逃避は終了。時津風の動物の耳のように垂れた髪を両手で掴んで左右に引っ張った。

「わふっ!? なになに遊びたいの!? ごめんね今ちょっとアレだから後でね」

「磯風は大破はしたけど心配ないわよ。長湯したことなかったからのぼせて涼んでるだけよきっと」

「でもさ、電話にも出てくれないんだよ」

「私がちょっと浴場見てくるから。皆は先に食べてて。話があるって言ったけど明日にしましょ」

「……今日の叢雲、なーんか隠し事してる気がする」

 嗅覚も動物並かこの子は。

「えっと、だ、だから重大発表を明日まで隠すって言ってんのよ。ほら出撃もしたしお腹空いたでしょ? 酒呑み連中が騒ぎ出す前に食べちゃいなさいな」

 時津風たちを強引に食堂に押し込んで、私は浴場に向かった。その足は自然と早足になった。

 隠し事。それは時津風たちだけに対してではなく、私自身にも隠していた。考えないようにして走り出そうとするのを堪えた。私が焦燥に取り憑かれるほど、可能性がどんどん現実味を帯びてしまいそうだったから。

 磯風は極度に暗然としていた。あの刀剣のような武人気質が折れてしまって、そんな危うい状態の子を一人にさせてよかったのか。雷が浴場まで付き添ってくれていたから体の方は問題ない。でも入渠では心までは修復できない。

 まだ練度の浅い時津風にもできる気遣いができなくて何が総旗艦だ私の馬鹿。もし浴場で磯風が一人きりになったら、もし磯風が一人で何処かへふらりと行ってしまったら、もし――

「叢雲さん? どうしたんです、そんなに怖い顔して」

【電:Lv.102 → 109】

 

 

◆――――◆

 

 

 寝間着で駆逐艦寮から来たらしい電に、私はつい肩に手をかけ掴みかかってしまった。

「磯風見てない!? 入渠から戻らないのよ!」

 私と艦隊での立場をほとんど同じくする電を目にした途端、私の自戒はあっけなく崩れた。

「ちょ、ちょっと落ち着くのです」

「落ち着いてなんかられないわよ! 磯風に何かあったら――!」

「よく分かりませんけど、磯風なら雷とお風呂に入ったんですよね」

「え? う、うん。そうだけど何で知ってるの?」

「雷から連絡ありましたから」とスマホを取り出して見せる電。

「ところでこの連絡があったのって一時間半くらい前なのですが……磯風もまだ戻ってない?」

「磯風も? も?」

「私も雷を探しに行くとこだったのですが……ちょっと待ってください。嫌な予感がしますよ」

 電の肩に掛けていた手を離した。「どういうこと?」

「叢雲さん。まさか磯風って落ち込んでたりしてませんでしたよね?」

「落ち込むどころの様子じゃなかったから心配してるのよ。だからバカなことしないかって――」

 あちゃー、と電は額に手を当てた。

「叢雲さん。残念なお知らせがあります」

「な、なに? なにごと?」

「磯風はお風呂で絶賛バカやってる最中です。いえ正確に言うとヤられてる側なのですが」

「どういう事? ちゃんと言ってよ、わたし本当に心配してるんだから。磯風は無事なの?」

「あー……えー……無事かどうかは被害者の主観次第なのですが、少なくとも私が見てきた限り、被害者はみんな無事では済みませんでした」

「被害者って何よ? 何がどうなってるの?」

「磯風のことで頭がいっぱいになって忘れてるかと思いますが、叢雲さん」

 ハッキリした断定口調のわりに、電の目は不具合が出た魚雷のように泳いでいた。

「雷のダメ人間製造機の通り名は伊達ではないのです。私の姉は疲れた心を性的手段で癒やして中毒にしてしまう……変態です」

 私の思考ベクトルは危険を察知して急速反転し、何も無かったことにして食堂に戻りたくなった。

 人は失うことでしか持っていたものの大切さを理解できない。

 それは例えば、おバカだった時津風隊。

 本当になんておバカで楽しくて、私は解散なんてバカなことを考えてしまったんだろう。そのままで良かったじゃない。いつか磯風も時津風の事を分かってあげられる日が来るはずだったのに。

 すべて今更だった。

 司令官に正式に決定させたのは私。

 この手で幸せだった過去と幸せになれたかもしれない未来を捨てたんだ。

 私が間違ってた。

 過ちを犯した私にはきっと相応の罰が下る。私はそれを甘受する。だから……。

 

 ……磯風の事はもう諦めちゃダメかなぁ。

 

 

◆――――◆

 

 

 電とばったり出くわしていなかったとしても、どうやら浴場の異常には間違いなく気づけていたらしい。入り口にはちょっとした人集りができていた。

「お風呂場ってけっこう響きますからね。音とか声とか。中の音が外まで漏れちゃって、それを聞いて集まってるのですよ」

 あっちの鎮守府にいた頃はよくある風景でした、と、しみじみ言っていられる電の神経が私には理解できない。

 きっと磯風は部隊の悩みを打ち明けていて、天照隊の最高練度を誇る雷が親身になって聞いてあげているから長いこと話し込んでいるんだきっとそうだ、なんて淡い期待すらさせてくれないのかコイツらは揃いも揃って。

「どきなさいムッツリスケベ共!」

 入り口で耳を澄ませていた阿呆共を押し退けた私は、どうしてくれようか抑えきれない怒りにまかせて無人の更衣室を突っ切り、

「あの、叢雲さん――」

 曇りガラス戸を勢い良く開いた。

 浴場を貸し切りにしていた二人は足だけを湯につけてタイルの上に重なっていた。

 雷と目が合い、その下で薬物でも摂取したようにおかしくなった誰かを見た――私の常識とか理性とか、そんなのが一瞬吹っ飛びかけた。私の知らない世界がそこにはあった。人間があんな風に人を貪ったり、また貪られるがまま嬌声を上げたりするなんて知らない。

 一旦ガラス戸を閉めた。

「心してかかったほうがいいのです。あっちの世界は初見だときっついですよ」

「……い、言うのが遅い!」

「あ、やっぱり初めてだったんですか。こういうの」

「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!!!!」

「まあまあ。ここは私が先に行くのです。姉妹の不始末は姉妹で処理しますから」

 余裕綽々といった感じで電は靴下を脱いだ。その一方で気づけば私なんて土足だった。なにこの差。全っ然羨ましくないのに、私の知らない世界でレベルの差を見せつけられたみたいで悔しくて堪らない。この経験値ってどうやったら稼げるの? 清く正しい人として稼いでいいものなの?

 とりあえず私もいそいそと靴と靴下を脱いだ。服は……いや脱ぐ必要ないでしょ私のバカ。電も寝間着のままだし。

「それじゃあ突入します。心の準備はいいですか?」

「う、うるさいっ。早く行くわよ」

「では――」とガラス戸に手を掛けてからの電の行動は紛れも無いプロのそれだった。

 戸を開けるなり積んであったケロリン桶を引っ掴み、躊躇や姉妹艦への気遣いといったものを全く感じさせない勢いで投げつけた。

 日本全国の銭湯でおなじみのケロリン桶は、子供が蹴飛ばそうが腰掛けようがビクともしない強度から『永久桶』の別名を持つ(と紹介されているけれど私は永久桶と呼ぶ人を見たことはない)。その信頼性は毎日のお風呂や正規空母の度重なる乱闘で証明されている。風呂桶にそこまでの強度を持たせる意味が果たしてあるのか、つくづく日本人のガラパゴス努力はよく分からない。

 そんなケロリン桶が電の手から放たれ、見事スコーン! と雷の頭に命中した。アンパンマン新しい顔よと言わんばかりの勢いだったので雷の首が一瞬、不自然な方向に曲がった。

「いいかげん死ぬのDEATHこの万年発情猫!」

 雷が怯んだ僅かな隙に電は素早く急接近、背後に回ると胴体を掴み磯風から引っぺがすように抱え上げてそのまま仰け反りジャーマンスープレックスを決めた。魚雷が炸裂したかのように湯船に立ち昇る水柱。お湯のプールがあるとはいえよいこはまねしちゃいけないレベルの危険さに見える。

「げえっほ! うぇぷ……!」とふらつきながらも雷は立ち上がり、少しホッとした。

 しかし同じく湯船に落ちて寝間着をびしょ濡れにした電にはまだまだ許すつもりはないらしく、湯船をリングとした雷電キャットファイトのゴングが鳴った。

「はぁ、はぁ……な、なんだ?」

 電が雷を相手にしているのだから、磯風は当然私が何とかすることになる。直視もできないのに。

 

 

◆――――◆

 

 

 私がさっき磯風を見て一時撤退したのは、本能に近い所から出て来る背徳を感じたからだった。

 あの武人気質で、堅物で、脳筋で、一本の筋を通した磯風が、

「い、いかずちは? なぜ途中で……もう少し、だったのに……っ!」

 まるで野生を忘れた犬のように仰向けになり、雷に何もかもさらけ出し、挙句その体を這い回る雷の手や舌を求めるように自ら腰を上げている姿なんて死んでも他人に見られたくはなかったでしょう。私ならそんな醜態を見られたら死ぬ。それを心の準備なしで見せられる私の事情も少しは考慮して欲しい。

 いつまでも入り口に突っ立っているわけにもいかず、仕方なしに私は磯風に恐る恐る様子を見ながら近づいた。

「ね、ねぇ……大丈夫?」

 一応聞いてはみるもののどう見ても大丈夫ではない。雷を引き離してもなお全身は痙攣しているし、上体を起こすどころか四肢からはほとんど力が抜けていた。それに何より、あれだけ凛々しかった表情は熱々のトーストに載せられたバターのように変わり果ててしまっていた。

「……むら、くも?」

「そう叢雲よ。もう大丈夫だから上がりましょ?」

「だ、駄目だ……駄目なんだ……!」

 虚ろに濁っていた磯風の目から突然、涙が溢れてきた。既にさんざん泣き腫らした痕の上を大粒の涙が流れ、緩みきった口からは嗚咽――ではなく、さっきまで浴場の外にまで響かせていたものに近い色の声をあげた。

 何がもう少しで駄目なのかサッパリ分からず混乱する私の目を盗んで、磯風の両手には力が戻っていた。たぶん無意識なのだと思う。私に見られていることなんてお構いなしに磯風の手は、雷に教え込まれたらしい場所を這い回っていた。

 私の目の前で磯風がやっていることは分かる。知識としては頭にある。

「……はっ、はぁ…………んっ!」

 けれど実践されるとなると理解とはまったく別の次元にあった。

 お子様体型の雷と違って磯風はけっこう良いスタイルをしている。出ているところは出ているし、締まるところは締まっている。長く綺麗な黒髪が白いタイル上で濡れて、横たえた身体に絡みつき強調されたラインから目が離せない。

 誰もが羨むだろうこの身体が今、誰の手にも渡らないまま持て余されている。

 左の指を食い込ませている胸は左右の大きさは違わずバランスの良い形をしていて、触ったらきっと気持ちいい。これだけ自分で弄っているのだから触られても気持ちいいのかな……。右手はまだ何処をどう触ればいいのか迷っているようで、そこ全体をマッサージするように揉んでみたり一箇所を擦ってみたりと落ち着かない。たまに一点に指が触れて、その瞬間だけ磯風の腰が大きく跳ねるけれど、すぐに手放してしまうのは怖いからかも――

「んんっ! ――ぁ、あ、だ、だめなんだ、もう少しなのに……っ!」

 ……磯風が何か言ったことで、自分がついまじまじと観察していたことに気付いた。うわぁいやだこれじゃあ私もスケベじゃない。

「叢雲、頼みがある」と言いながらも磯風の手は身体を休ませようとはせず、苦しむ身体を逃がさなかった。

「な、なに?」

「こんなに切ないのに、――んっ! じ、自分じゃ駄目なんだ……! 途中で止められて頭がどうにかなりそうなんだ……!」

 あんたの頭は既に手遅れです。

「少しでいい……手を貸してくれ」

 そう言われて本当に私の手そのものを必要とされたのは初めての経験だった。磯風は了承もなしに私の右手首を掴むと、孫の手でも使うかのように大事な部分にあてがった。

 その瞬間に感じたモノを、私は何と表現したらいいのか分からないし知りたくもない。ただ、ずっと目の前で綺麗な身体が悶え喘ぐ姿を見せつけられて、周りが見えなくなったというか理性が欠けたというか、そういうものはあったかもしれない。

 私の指が僅かに撫でただけで反応する――ほう、と気持ちよさそうに満たされた吐息と安心した顔は私にすべてを開いてくれたということだった。誰もが求めるこの美しい身体に私は求められ、だから求められるまま、求められる以上に、磯風を乱れさせたい。

「んあぁ!? ま、待っ――んっ! いきなり、つよくはっ……!」

 触れたものは柔らかいけれど複雑なカタチをした箇所もあって、私はさっき磯風の弱い場所を何度か見せつけられた。だからそこを触りたいと思うのは当然だった。ここが磯風の欲求を満たす場所なのに、決壊が怖くて自分では触れられない。相反する願望を私だけが叶えてあげられる。拒絶される程の快楽を与えてあげられる。この綺麗な身体をどうにでもしてしまえる高揚感に打ち震えた。

「はぁ、はぁ……あ、あんたがやれって、言ったんだからね……!」

「っ……い、いやだっ! そこ、はあっ! くるし、やだっ……!」

「でもここがいいんでしょう? ……ふふふっ」

 なんて可愛い顔をするんだろう。――もっと見たい。もっとこの凛々しい顔を歪ませたい。

「だめだ、やめて――あっ! んん! んっ――!」

 磯風の全身が強張り、私の右手を跳ね返すように強く跳ねた。望んでいた崩壊。歯を食いしばり奔流に耐える表情も素敵――だけど、私はまだぜんぜん足りない。私だけが満たされない!

「っはっ! はっ、ま、待って、もうじゅうぶ、んんっ!? やだ、やだ本当に限界なんだ……!」

「な、なによ……はぁっ……こっちはずっと見せつけられてたんだからね……はあ、ははっ、あははっ! もうちょっと付き合いなさいよ……!」

「だ、誰か助けひあっ!? もう死んで、しまう! やだっ、次のが来たら……!」

「次のってなぁに? ほらちゃんと言いなさいよ、雷に教えられ――」

 雷の名前を出して、私は唐突に現実に帰ってきた。

 場所は浴場。そこで雷に襲われている磯風を助けるために電と二人で突入したんだった。そうだったそうだった。私は部隊編成の事などなどで悩む天照大艦隊の多忙な総旗艦、叢雲だった。

 助けようとした磯風は私が覆い被さった下でたった今、惰性で動いていた私の右手により鶏を〆たような悲鳴を上げて失神した。あらまあ可哀想に。よっぽど気持ち良……苦しいことがあったんでしょうね。素っ裸で風邪もひきそうだし、すぐに医務室に運び込むとしましょう。

「じゃ、じゃあ二人とも。磯風を担ぐの、手伝ってくれる?」

 磯風と同様に全裸の雷、寝間着をずぶ濡れズタズタにした電はさっきまでプロレスに興じていたはずなのに、気が付くと二人は大人しく並んで呆然と私を見ていた。見知らぬ獣の不思議な生態でも観察したかのように。

 二人の視線は私の左手に集中していた。磯風に求められたのは右手で、じゃあ空いた左手は何をしていたのかと見てみると、いつのまにやら勝手に私の下着の内側に滑り込んでいた。磯風も同じ事をしていたけれど無意識って怖いわね。急ぎ指揮系統を奪い返した左手の指を動作確認のため動かすと「んひっ!?」ゾクリとしたものが身体の芯を走った。

 雷が恐る恐る口を開いた。

「えっと……欲求不満なら、いつでも言ってくれていいのよ?」

「……そういう気遣いはいらないから」

 

 

◆――――◆

 

 

 制服のまま浴場に入って濡れ鼠になり風邪をこじらせた、という設定で医務室の布団をテント代わりに籠城すること一週間。ようやく気持ちの整理が少しだけついて、テントから出る決心ができた。

 そろりと廊下に出ると、医務室前をタイミング悪く時津風が通りがかった。

「あれ、もう大丈夫なの? 熱が50度も出たって聞いたけど」

 死ぬわよ。でもここはやり過ごすしかない。

「うん。まあね。おかげさまで」

「そっかー。良かった良かった。でもねー、病み上がりで悪いけど悪いニュースがあるんだー」

「な、なに?」

「時津風隊が解散させられたんだよ~。今はみーんな別々に動いてるの。残念だよねぇ。納得いかないよねぇ」

「あー」あったわね、そんな話。一週間前はものすごく悩んでいた気がするのに、今は正直どうでもいい。

「解散しても任務次第ではまた同じメンバーが揃うことだってあるわよ」

「ホント!?」

「うん。たぶん」

「その時はまた旗艦やってもいい!?」

「いいんじゃない? ……それよりも、さ。ちょっと聞きたいんだけど」

「うんうん。なんでも聞いて」

「私が風邪ひいたのってさ、えっと……どうしてだっけ。50度の熱のせいであんまり覚えてなくて」

「50度じゃ仕方ない仕方ない。実は磯風がねぇ、お風呂に入ってる時に雷とおしゃべりし過ぎてのぼせちゃってさあ」

「へ、へぇ」あの時、浴場前で磯風の喘ぎ声を盗み聞きしていた連中には箝口令をしいてあるはず。時津風の様子からして電は私が土下座して頼んだ通りにやってくれているらしい。

「そこに叢雲が助けに行ったんだけど、自分も風邪ひいちゃうのはよくないなー。ゾンビ取りがゾンビになるってやつだね」

「ミイラね」

「自分のことも気をつけないとダメだからね。困ったことがあったらいつでも元時津風隊の旗艦、この時津風に頼っていいからね!」

「ありがとう。頼りにしてるわ」

「へへっ。それじゃ遠征行ってくるねー。あ、そうだ叢雲は知ってる?」

「なに?」

「磯風って栗が弱点なんだって」

 むせた。

「……誰が言ってた? それ」

「知らないけどお風呂で雷と話してたらしいよ。おいしいのにねえ」

「そ、そうねえ美味しいのにねえ」ドロドロトロトロ湧いてくる方のイメージを払拭すべく必死にモンブランケーキを思い描いた。

 じゃーまたねー! と去ってゆく時津風の後ろ姿が、何故だかとても尊い存在に見えた。

 

 

◆――――◆

 

 

 駆逐艦寮の自室前で、そういえば吹雪と相部屋だったことを間抜けにもここにきて思い出した。

 吹雪が時津風のように純真無垢であればよかったのに、残念ながら彼女はとうの昔に雷に美味しく頂かれて身も心もあの万年発情猫を是としている。私や磯風の事を伝言ゲームで聞いただけでも間違いなく嘘を見破り正解に辿り着くはず(仮に本当に何も無かったとしてもいかがわしい方向に考えそうですらある)。

 これからもずっと一緒に布団を並べて生活を共にするのだし、じゃあ私はどう振る舞えばいいのだろう。

 何事も無かったように過ごす? 吹雪なら触れずにいてくれるとは思うけれど私が居た堪れない。

 それならいっそ開き直る? 磯風の栗がおいしくてさーとか言っちゃって……私のバカ!

 ごちゃごちゃと考えるのをやめて出たとこ勝負、ノックして「ただいま」扉を開けると、

「おお叢雲、復活したか! 元気も戻ったようで何よ――」

 一歩引いて扉を閉めた。いま吹雪が陽炎型の十二番艦に見えた気がした。一週間で部屋の場所を忘れちゃったかなハハハと表札を見ると『叢雲・磯風』と書かれていた。

 さて、再び考えてみよう。おかしいのは私の目か、頭か、それとも世界か。この三つに絞れると思ったらよくよく検討すると視覚情報は目というレンズから入ってくる光を脳で処理しているんだし世界についても私が知り得る限りのものでしかないんだから頭の中に存在すると言ってよくつまり今現在脳内会議を繰り広げている小さな私たちそのものがエラーという結論に――

「気持ちは分かるが、恥ずかしがることはないだろう」中から出てきたのは改二となって間もない吹雪とは似ても似つかない磯風だった。

「……恥ずかしがってなんてないわよ。何してんの」

「ん? 暇だったから本を読んでいたが」

「違う、そうじゃない。私と吹雪の部屋で何してんのって聞いてんの」

「なんだその事か。叢雲が医務室から出て来なかったからな。事後承諾になるが吹雪と部屋割りを変わってもらったんだ。これから宜しく頼む」

 私に何を宜しくしろと言うんだろうこの脳筋阿呆。

 磯風の肩越しに部屋の中を覗き見ると吹雪の私物は一切が消えていて、代わりに見知らぬ居住空間が発生していた。なんだか新しい住人を迎え入れたというか、元の住人に見捨てられたって気分になってくるんですけど……。

「吹雪に変わってもらったって言ったわよね」

「ああ。二つ返事だったぞ」

「二つ返事で見捨てられた……」

「さすがは最古参の艦娘と言わざるを得ない洞察力だった。私の情感などお見通しらしい」

 磯風は頬をポッと紅色に染めた。

「……この部屋の防音性はイマイチだから、夜は少し静かにしたほうが良いとアドバイスまで貰ったぞ」

 この部屋割り異変の謎すべてに、性的欲求という一本の筋道を立てることで説明が付いた。だからといって私が納得するかは全っ然別問題であって、誰かとナニコレするつもりなんてこれっぽっちもない。本当にない。あの浴場での出来事はほんの気の迷いというか磯風が辛そうだったから仕方な~く救命処置のような感じで対処したのであって、決して私はそういうのじゃない。過去の業務日誌『叢雲の薬指 10』あたりに明記してある。私はノーマルです。二刀流でもありません。

「……この磯風では駄目か?」

 急にチワワのような瞳をしないで欲しい。

「磯風がダメとかじゃなくてね……そうだ吹雪! 吹雪がいるじゃない!」

「なぜ吹雪が出て来るのだ?」

「あんたさっき自分で言ったじゃない、吹雪はなんでもお見通しだって。ほら、冷静になってよく考えてみて。吹雪はなんでも分かってくれるのよ? そんな子と一緒に生活したくない? 私なんかよりずっと――」

「分かってない。分かってないぞ叢雲!」

「へ? きゃっ!?」

 手を引かれて部屋の中に転がされた。畳には布団を敷かれていたから痛くはなかったものの……どうして昼間なのに布団が出しっぱなしになっているんだろう。

 磯風は後ろ手で部屋の扉を閉めた。

「これから侵食を――ああいや寝食を共にするのだから隠し事は無しにすべきだと思う」

「私はお互いのプライバシーを大切にすべきだと思う」

「一週間……私は耐え抜いたんだぞ」

「はい? 何を?」

「私は叢雲に飢えているんだ! あの時、もう自分だけではどうしようもないと……そんな私を救ってくれたのは叢雲ではないか!」

「ちょっ!? 声が大きい。さっき防音はイマイチだって言ってたでしょ」

「だが安心してくれ。この磯風、もはや叢雲なしでは生きていられないが、相方に尽くすことも決して忘れはしない」

 鼻息は荒く、瞳孔を全開にした磯風はいつの間にか外していたセーラー服のスカーフをはらりと落とした。

「戦闘以外は不器用なのは自分でも承知している。しかし私だけが世話になってばかりはいられない。だから頼む。まずは叢雲の身体を研究させてくれ」

 狭い二人部屋で入り口を塞がれては逃げ場なんてない。

「不安になるのも分かるが私を信じて欲しい。不器用な私のために吹雪は特殊装備まで貸してくれたのだ」

「特殊装備?」

 磯風がゴソゴソ取り出したるは、簡素なリモコンに細長いケーブル、そしてうずらの卵のようなものがひと繋がりになった……なにが特殊装備だ本当にバカじゃなかろうか。

「これで初心者も安心だ。大丈夫、既に自身で試してみて――うん。悪くなかった」

「ふぶきー! 出てきなさいふぶきー! あんた私を裏切ったこと後悔させてやる! というか誰か助けフグッ!?」

 口の中にハンカチを押しこまれて、さっき捨てられたスカーフをぐるりと巻かれて固定。この間わずかコンマ五秒。

「あまり大きな声を出されては困る。叢雲とて、その……自分の恥ずかしい声というものを響かせるのには抵抗があるだろう?」

 この時から既に私は涙を流していた。好き放題にされるのが悲しいからなのか惨めだからなのか理由は定かではなく、声を出せていれば小さな子供のようにわんわん泣いていたと思う。

 私が声を上げようとすればする程、磯風は何を勘違いしたのか一人盛り上がっていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。