金剛と一ノ傘副提督が猫られました。
『試飛会』とは日向が制作したラジコン飛行機のテスト飛行を行う会である。
戦艦から航空戦艦へと進化した日向は己の刃を研ぐべく航空機の研究に明け暮れ、定期的に切れ味を試すべくラジコンを製作しては戦艦寮上空を飛行させたり墜落させたりした。日々を深海棲艦との戦いに費やす艦娘にそのような暇があるのかと問うならば普通は無いと答え、日向は普通という枠を何食わぬ顔で切り捨てた。故に航空戦艦になってから随分と久しいものの練度に僅かの上昇も見られず、ラジコン飛行機の製作技術ばかりが無駄に上昇していった。勿論、この技術が深海棲艦に対する抑止力となった例は一度として無い(一度だけ、深海棲艦になりかけた艦娘を止めたことならあった)。本末転倒も甚だしかった。
「艦娘としてあんたそれでいいの!?」と叢雲に激怒されることは度々あり、日向も雀の涙くらいは気にしている。ところで雀に限らず鳥類が涙することなどあるのだろうかと日向は疑問に思い、つまり全く気にしていないと同義とも言えた。これぞ鋼のメンタルの成せる業である。
日向が製作するラジコンはいかなる機種であれ、全体をヘチマのような緑色に塗装され、両翼と胴体には赤いマル模様が入れられる。機体下部には固定翼機や回転翼機、アダムスキー型未確認飛行機だろうと何だろうと例外無く水上に浮かぶためのフロートが無理やり取り付けられ、つまりは瑞雲化改修が行われた。
制作する飛行機の機種はいつも自由自在だった。F-22ラプター、F-35ライトニングⅡ、A-10サンダーボルトⅡ、Ka-50ホーカム、V-22オスプレイ、サボイアS.21、コンコルド、気球船、果てはハインケル・レルヒェのような珍機体(特に航空戦艦が運用できそうなもの多)などがプロペラ駆動のラジコン飛行機となった。
半強制的に観覧に招待された最上が見守る中、日向のラジコンは戦艦寮前の空を優雅に飛行した。あるいは制御不能に陥った機体が爆発しない巡航ミサイルとして最上の頭や山城の部屋、葛城の意識を狙ったりもした。それら経験はすべて日向の糧となり、最上の精神的重石となった。
◆――――◆
毎度の如く招集され、重巡寮を陰鬱たる面持ちで出た最上は、はてな隣の戦艦寮前の様子がおかしいことに気付いた。それもただおかしいのではない、既に関わりたくない類のトラブルが発生していた。
常ならば試飛会が開催される時、戦艦寮前は日向と最上の貸し切りとなる。本当に誰も近寄らない。阿呆らしすぎて関わりを避けるために姿すら見せようとしなかった。ストレスを少しでも分かち合いたいがために最上が同型の三隈・鈴谷・熊野を誘ったこともあったが、姉妹艦三人にすらやんわりと拒否されて少しばかり涙ぐんだ程である。
そんな試飛会に日向と最上を除いた者が足を踏み入れたのは、あの木刀らしき棒を二本担いだ長門が初めてだった。慌てて最上は茂みの中に飛び込んで身を隠した。
◆――――◆
一ノ傘副提督と金剛の身に何が起こったのかは誰にも知り得なかった。ある日突然、二人一緒に姿を消したと思えばその数時間後、鎮守府の正門前にぼんやりとつっ立っていたのである。それから二人は人が変わったように大人しくなり、処理落ちしたパソコンのように何もしなくなった。
最後に金剛の姿を目撃している叢雲によると、密室となった第二執務室の中から忽然と姿を消したという。
「そんな筈はないだろう! 何かがあったから二人はああなったのだ!」
【長門:Lv.124】
長門の憤りは尤もだったが、叢雲に問い詰めたところで何が解決するわけでもないことも痛いほど承知していた。それでも許容し難い状況である。
一ノ傘と竹櫛の艦隊が統合される前より長門は、大艦巨砲主義の権化であり一ノ傘の主砲たる大戦艦と自負し、また天照大艦隊が結成されてからも己の火力を発揮しつつ、また快速の空母機動部隊に編成できる金剛の性能・洗練された戦術、自身とは異なる戦艦の在り方を高く評価していた。
「現状を軽く見ているようだが叢雲、これは我らの危機だぞ。見ろこの副提督と金剛の様を。なにが元気が出るまで遊んでいればいいだ! そんな場合か!」
「いいじゃない図上演習板くらい。どうせ役に立たないんだし、せっかく比叡がボードゲームに改造したんだし。ねえ金剛、楽しい?」
「……………………うん」
「ほら。ホコリかぶってるより有意義な使い方よ」
「道具の問題ではない、艦隊の戦力の問題だ! 副提督の代わりなど誰にも務まらんのだぞ! 金剛だってそうだ、高速戦艦に求められるのは空母機動部隊を率いることができる経験に裏付けされた練度だぞ!」
「分かってるわよ。だから今は訓練も兼ねた哨戒メインでやってるじゃない」
「不測の事態に備えられず何が大艦隊か!」
「ちょっ、つば飛ばさないで……」
「総旗艦がたるんでいるとは何事だ!」
「納得できないなら電に言ってよ。あっちの方が付き合い長いでしょ?」
「ああ既に言ってあるとも。今のお前と全く同じ反応だった」
「……でしょうねえ」
トラック泊地を守り抜いた人類側を次に襲ったのは、他でもない貧窮だと大和コネからこっそり窺っていた。
兵站なくして勝利なし。それ以前に先立つ物がなければ始まらないわけで、アニメーションの売上に不安を覚えた司令部は菱餅を作って売るという迷走に打って出た。負担するのは当然ながら全国各地の鎮守府であり、深海棲艦と菱餅に何の関係があるのか知らされないまま、どうかすると大規模作戦より苦行とも感じられた任務に嫌々当たることとなった。任務を放棄した艦隊も少なくない。
天照大艦隊も例外ではなく菱餅任務に当たった。この任務は司令部の回りくどい金策だと大和から直接聞いた叢雲と電は「あーはいはいそんなことだろうと」と呑気な感想を漏らせる少女ではいられなかった。日頃から大和のコネクションを利用する者として、今回は逆に大和に利用される側であることに気付いてしまったからだ。
大本営直属の最強戦艦が直々に頭を下げているのだから、天照大艦隊の皆様ならば積極的に精力的に、少なくとも他の艦隊の倍は任務目標を達成して当然ですよね、と。
一ノ傘のような交渉術を持たない叢雲と電は下請けの頼りない営業のように、大和の表面的には温和な圧力の前に屈する他になかった。相手を宅配ピザ食ってばかりの世間知らずのお嬢様と侮った結果がこれである。
「……初めて副提督のありがたみが分かったのです」と電は、気が抜けた一ノ傘を見ながら重い溜息を吐いた。
誰も参加に手を挙げようとしなかった菱餅作戦部隊の旗艦を務め続けた二人は燃え尽きた。最初から灰色だったため燃え尽きるという表現が適切かどうかは定かではないものの、とにかく気力が枯渇した。やるべき業務は食堂で目が合った誰か(覚えていない)に総旗艦権限を行使して丸投げして、自分たちは日中はぼんやり、夜になれば好きでもない酒を呑んだ。
二人は何もこのまま堕落し続けて解体処分されたいわけではない。ただせめて、菱餅作戦の副収入分くらいの休暇が欲しかった。自分たちの苦労はすべてジャンクフード大好き大和の胃袋を満たすためだったことを忘れる時間が欲しかった。もし今後、天照大艦隊に潜水艦娘が配属されることになった時は、オリョールクルージングだけは絶対にさせないでおこうと、ジョッキを片手にベロンベロンになりながら叢雲と電は語ったのだった。
「だから、つまりその……長門だって疲れたでしょ? 何処の誰に利があって益があるのか分かんない菱餅。しかもトラック泊地の作戦が終息した直後に。私たちは原子力で動いてるわけじゃないんだから、そんなにストイックにならないで休まないと。気を抜く時間が要るのよ。副提督と金剛だって……時間がいろいろ解決してくれると思う」
「副提督と金剛のアレは休暇ではない、事故だ! トラブルだ! 速やかに対処すべき問題だ!」
「あーもう、じゃあ長門が何とかしてよ。私と電は完全にお手上げ。ただいま艦隊構成員からの冴えた解決案を募集しています」
「良い機会だ。この艦隊のたるみきった連中に活を入れてやる。手始めに戦艦共を立派に生まれ変わらせてやるから見ていろ。その次は駆逐艦だからな。総旗艦とて例外ではないから覚悟しておけ!」
◆――――◆
最上が観察するに、長門が持っている二本の木刀には黒文字でデカデカと『棒入注神精軍海』と書かれていた。所有者の主義主張が一目で理解できる便利アイテムである。フリーダムこそ最大の特性であり武器であるとばかり思われている艦娘には、無関係どころか真逆の代物なのではと最上は首を傾げた。
「うん? 木刀など持ってどうした長門。すまないが今からこの場所は我々が使うのでな、素振りなら他所でやってくれないか」
フリーダムの権化にして鋼のメンタルを持つ日向には、長門の圧力などそよ風ほどにもなり得なかった。世界を構築する力は重力などの四種類に分けられると言うが、あるいは航空機を浮かす揚力になり得るか否かの二種類にも分類できる、と講釈を垂れる日向の前で、最上は小一時間ほど傾聴させられたことがあった。長門の圧力はどうやら後者に分類されるらしかった。
今更日向に察することは期待していないのか、長門は左右の手で二本持っているうち右手の方でコンクリートの地面をゴツンと殴った。威迫のつもりらしい。
「私は安易に暴力に訴える指導を良しとはせん。しかし時として人は痛みから学ぶこともあると理解している」
海軍精神注入棒を持った人間がそんなことを言っても、少なくとも最上には体罰の言い訳にしか聞こえなかった。
長門は海軍精神注入棒の一本を放り投げて、日向はそれを器用に掴んだ。
「日向。堕落したお前をこれから、剣を交えて、誇りある戦艦になるまで叩き直してやる。体が自然と艤装を装備したくなるようになるまで休憩はないものと思え」
「ただの戦艦ではない。航空戦艦だ」
「つまらない口答えをするな! いいか、お前が気を失おうが血反吐を吐こうが私は続けるぞ。今まで甘やかされてきた分を取り戻すのだからな。陸で遊んでいるより海で深海棲艦と戦っていた方がマシだと思えるようにしてやる。この長門の辞書に情け容赦に類する言葉は一切ないからな!」
長門が海軍精神注入棒を正眼に構えたことで、ようやく得心がいったらしい日向は「なるほどな」同じく渡された海軍精神注入棒を構えた。
「つまり剣道がしたかったのか」
ダメだあの人この修羅場をサッパリ理解してない! と最上が茂みの影で焦っていると、
「おい最上、さっきからどうしてそこに隠れているのか知らんが、ちょっと審判を頼まれてくれないか」
日向はあくまで気楽に、最上を修羅場へと引きずり込んだ。練度10しかないくせしてなんて索敵能力……と危うく言い捨てそうになる最上だった。仕方なしに向かい合う二人の前に出た。
「できませんよ審判なんて。ルールも知りませんし。木刀じゃなくて竹刀と防具がいるってことくらいは分かりますけど。危ないですし……普通の演習にしません?」
「防具など必要ない」と強気の長門。「棒切れなどに臆する者は戦艦にあらず。もし日向が装甲を求めるのであれば用意しても構わん。装甲ごと臆病を砕いてくれよう!」
「そうだな。飛行甲板は盾ではないからな」
話が噛み合っているのかいないのか最上には分からないし知りたくもなかった。
「あの、二人とも怪我だけはしないでくださいよ? 正規空母たちのせいで感覚が麻痺してますけど、私闘はかなりよろしくない事ですからね?」
「これは喧嘩ではなく精神鍛錬である! では始めるぞ日向、歯を食いしばれ!」
◆――――◆
頭頂に60W白熱電球ほどの大きさのたんこぶを生やして気を失ってしまった長門を医務室のベッドに寝かせて、ようやく日向は殊勝な顔つきになった。
「なあ。最上の意見を聞きたい」
「……なんですか?」
「私は手加減をすべきだったのだろうか。不器用な私が手を抜けば長門のプライドを傷つけてしまうと考えたのだが」
「海軍精神注入棒を持って指導しようとして、返り討ちにされるほうがヘコむと思いますけどね……頭へのダメージで長門さんの記憶が飛んでいることを願いましょう」
医務室を後にした二人は戦艦寮に戻る道すがら売店に立ち寄って缶コーヒーを買った。ビニール傘と並んで海軍精神注入棒が一本千円で売られていることに最上は初めて気付いたが、すぐに忘れることにした。
「相手の戦力は瞬時に見極めなければならん。もし長門の相手が私ではなく深海棲艦であったら今頃は海の底だったぞ。そのあたりを伝えたかったのだが、指導とは難しいものだな。飛行甲板を持たない者のやることはよく分からん」
甘く見られて面白くなかったというのもあったのだろうと最上は推し量った。先の試合(?)では長門が僅か様子を見ようと切先を動かした瞬間、既に日向の海軍精神注入棒は振り下ろされていた。せめて長門がもう少し天照大艦隊の真っ当ではない部分を認めていたならば、格の違いを思い知る時間くらいは稼げたかもしれなかった。それも二人の練度の差を考慮すると難しいことではあるが。
長門:Lv.124
日向:Lv.10
(最上:Lv.66)
練度12.4倍の戦艦を躊躇も容赦も無く殴り倒した航空戦艦はコーヒーを飲み干し「しかし解せんな」空き缶をゴミ箱に放り投げた。
「長門は果たして何を求めていたのだろうか。航空戦艦を倒せば航空戦艦になれるとでも思ったのだろうか。――ははあん、なるほど。さてはアニメにそういう描写があったのだな? 仲間とすれ違い、衝突し、認め合うことで秘めた能力に目覚めるような展開が」
「違……わなくもないですけど、その想像とは全然違いますからね、アニメも長門さんの考えも」
「ほう? では最上は見抜いているわけか。やるじゃあないか」
このままでは艦隊のためを思って真面目に行動した長門の殴られ損である。あんまりである。ここで長門の意思を継がなければ最上型ネームシップの名が廃るというものである(それと長門が目覚めた後が怖かった)。
副提督と金剛に異変が起きた事を始まりに、天照大艦隊が疲弊している現状を丁寧に伝えた。通常任務は勿論のこと菱餅任務なども他人事の怠惰戦艦にどれだけ大変だったかを説明するのは骨が折れたが、売店近くを通りがかった者を数名つかまえて愚痴らせることで、なんとか日向に現状を認識させるに至った。
「そうだったのか。いろいろと大変だな」
「完っ全に他人事ですね」
「ここのところ寮を出入りする金剛に覇気がないとは思っていた。金剛一人が静かなだけで戦艦寮は随分と落ち着いてな」
「副提督も同じ様子なんです。艦隊に支障があるのもですけど、特に旧一ノ傘艦隊のみんなは心配で、でもどうしていいか分からなくて」
「それをカバーするために長門は鍛錬を積もうとしたわけか」
「だから違……ええ、その通りです。長門さんは特に責任感が強いですし」
日向との付き合いで大切なのはちょっとした誤差を無視することだと最上は心得ていた。どうせ長門でない他の誰だったとしても、日向の鋼のメンタルをどうこうするより深海棲艦との戦争そのものを終わらせる方がまだ現実的とすら言えた。
「指揮を執る人と艦隊の主力が病気? みたいですから何とかしなくちゃとは思ってるんですよ、みんな。でも菱餅が絡んだ任務のせいで疲れ果てちゃって、艦隊は開店休業です。出撃も遠征も最低限にとどめてます」
「それはいかんな。しかし水臭いじゃあないか」
「水臭い?」
「こういう時こそ航空戦艦を頼ってくれなくては。もっと早く相談して欲しかったものだ」
「…………」
同じ航空戦艦の伊勢と山城が疲労困憊で休んでいる中、さっきまでラジコンで遊ぼうとしていた輩のセリフとは思えなかった。
「どれ。ここはひとつ私がひと肌脱ぐとしよう。副提督と金剛は何処に?」
「第二執務室です」
「それは何処だ?」
「いや、第一執務室の隣ですけど」
「だからそれは何処だ」
「提督がいるところですよ……まさか忘れてませんよね?」
「そういう事務的な場所は艦娘になじみが無いだろう?」
やっぱりこの人には一度、海軍精神注入棒による指導が必要なんじゃあないかと日向を少し蔑視する最上だった。
◆――――◆
死んだ魚のような目を、二人はしていた。
「王手」
「Check」
図上演習板をボードゲームに改造した比叡がどのようなルールを定めたのかは不明だが、少なくとも最上から見て、一ノ傘vs金剛のゲームがルールに則っている様子は皆無だった。
「王手」
「Check」
「王手」
「Check」
「王手」
「Check」
「王手」
「Check」
「王手」
「Check」
「王手」
「Check」
青色と赤色の兵棋が戦略もへったくれもなくボード上で争っている。編隊が崩れた空中格闘戦のように青が赤を襲い、赤が青を食らい、奪った駒はすぐさま再び戦場に投入された。凸形の駒それぞれに外見的区別はなく、どれがどちら側の駒なのかは一ノ傘と金剛にも把握できていないようで、向かい合った相手の方を向いていれば自分の駒とした。肘が当たって駒の向きが変わればあっさり寝返るザルっぷりである。
「王手」
「Check」
すべての駒が玉将でありキングでもあった。また「王手」「Check」と言いつつ駒を奪ってもゲームは続いた。そもそもゲームとして成り立っているのか誰にも分からない、不毛過ぎて見ているだけで頭がどうにかなりそうな勝負は、深く沈んだ一ノ傘と金剛をさらなる影で塗り潰すしかないように思われた。
だが腐っても天照大御神の名を借りた艦隊には、状況を変え得る可能性を秘めた様々な艦娘がいる。虚空から混沌、混沌から狂気に近づきつつある一ノ傘と金剛のゲームに介入し得る、鋼のメンタルを持つ航空戦艦がここにいる。
青赤の味気ない兵棋が入り乱れる戦場に突如として乱入したのは、1/48スケールの瑞雲だった。
「ふふ。悪いがこの海域は私のものだ。航空戦艦を投入して制圧させてもらうぞ」
金剛のターンに割り込んでデン! と瑞雲を鎮座させた日向は周囲の駒をごっそり奪った。一瞬で一ノ傘軍と金剛軍の一部を葬る様は戦術核の如し。積み木の城を怪獣の玩具で蹂躙するレベルの軍事介入を行う極めて程度の低い第三勢力だった。
突如として現れた(一応、第二執務室に入る前にノックはした)日向と戦場の一部を制圧した瑞雲に呆気に取られ、一ノ傘と金剛は手を止めて乱入者を唖然として見た。日向の背後で見守る最上ですら理解できないでいるのだから、魂の抜けた一ノ傘と金剛がポカンとするのも無理からぬことである。
「うん? どうした、次は誰の順番だ? 忠告しておくが航空戦艦に容赦はないぞ」
二人が手を休めた(処理落ち)と見るや、日向は第二の1/48スケール瑞雲を発艦させた。その威力はまたしても規格外で、絨毯爆撃により多数の駒が海域から消えて日向の手に渡った。図上演習板がどこの海域のものかは最上には分からないが、縮尺からすると瑞雲はトラック諸島くらいなら余裕で制圧できる規模の戦力らしかった(敵味方の区別なく葬ることになるが)。
呆けていても自分の駒を一瞬で大量に奪われたのには堪らなかったようで、一ノ傘と金剛はそれぞれ駒をひとつ手に取り、
「王手」
「Check」
瑞雲に襲いかかった。しかし先も言った通り、航空戦艦に容赦はない。
「その程度の兵力ではどうにもならんよ」
二人の手から直接ひょいと駒を取り上げてしまう日向だった。これには傍観していた最上ですらどついてやろうかと思った程であるから、元々が負けず嫌いな性質である一ノ傘と金剛が何も思わないはずがない。輝きを失っていた二人の双眸に蝋燭ほどの小さな、しかし血を滾らせるほど熱い火が灯った。
「王手飛車」
「Checkmate」
二人が両手に駒を持ち、同時に瑞雲に突撃を敢行した。今が誰のターンかなど一対一のゲームに第三勢力が割り込んできた今更、どうでもよかった。
「ふっ、甘いな」
またしても日向の神の手は襲い来る二人の駒に直接伸びてあっさり奪っていった。
「さ、さすがにソレはどうなんですかねぇ」
最上はプルプル震えながら海軍精神注入棒を握り締めていた。野球盤の打球を手でキャッチするに等しい蛮行を黙って見ていられるほど日和ってはいられないのである。たとえ日向であっても看過できないと最上の水雷魂のような何かが叫ぶのである。
「守りましょうよ、ルール。乱入するにもマナーってものがありますよねぇ」
「おいおい、これは戦争のシミュレートだぞ最上。相手に情けをかけては意味がない」
「現実から程遠い超兵器で図上演習も何もないと思いますが」
「勘違いしているようだが、兵器には二種類の使い方がある。破壊と威圧だ。航空戦艦の圧力は時として戦略核すら超える範囲をも制圧してしまうものだ」
「じゃあ今すぐ出撃してきましょうよ。その圧力なら一週間もあれば太平洋は平和になる計算ですが?」
「まあ待て。その前にこの二人の相手だ。ようやく本気を出したらしいぞ」
「はい?」
元から滅茶苦茶だったゲームに荒らしまで現れた今更、何を――ゲーム板を見た最上に衝撃が走った。
金剛側に、新たな駒が追加されていた。凸形の味気ない兵棋ではなく、ねんどろいど金剛型四姉妹である。改二の姿を見慣れた今では艤装に差異を見受けられるものの、各々の特徴が見事にデフォルメされていた。2.5頭身となった四姉妹は今にも叫び出しそうに、主砲を瑞雲に向けていた。
瑞雲に制圧された海域を挟んで向かいの一ノ傘側では、蒼き鋼の潜水艦イ401が板上に凛々しい姿を現していた。宇宙戦艦を潜水仕様にしたような規格外の戦闘力は艦娘であれば誰もが「あんなバケモノどうしようもない」と口を揃える。景気良くばら撒かれる追尾魚雷、野生海獣のような機動力、運良く爆雷で捕捉できても衝撃を無効化してしまうバリア。同時に出現した霧の艦隊も含めてとても人類の手に負えなかった艦艇を、一ノ傘は戦場に投入した。
日向という理不尽の塊に煽られ、一ノ傘と金剛はかつての炎を取り戻していた。
「王手――さらに猪鹿蝶、赤短、五光!」
「Check ―― and Full House, Four of a Kind, Royal Flush!」
「挟み撃ちというわけか。ならばさらに瑞雲を投入するぞ」
「国士無双!!」
「JACKPOT!!」
「4スロット目はまさかのSH-60K(ロクマル)だ!」
もはや三人が何をやっているのか外からでは理解不能な領域に入ってしまったが、楽しそうで何よりである。元気(敵意)も溢れてきたようで何よりである。ここでルールが云々と横槍を入れるのは野暮というものである。最上はそっと日向の背後を離れ、音を立てないように第二執務室から退室した。
日向が意図しての事なのかは置いておいて、とにかく副提督と金剛に元気を取り戻させることに成功した。大きな功績と言えよう。月間MVPは日向と最上で間違いない。天照大艦隊にそんな気の利いた顕彰制度は存在しないが、叢雲に言えば夜の食堂で一杯タダになるくらいの便宜は図ってくれるかもしれない。
後は日向に殴り倒され意識を失った長門が、ついでに記憶も失うことを願うばかりだった。
◆――――◆
最上に対して友好的ではない幸運の女神が珍しく気まぐれを起こしたのか、長門は日向をどうこうしようとしたことを綺麗サッパリ忘れてくれていた。
「トラック泊地に敵の大部隊が接近しているのだぞ! なぜ我々は暢気に……は? もう終わった? 上からの発令はつい先日……今日は何月何日だ? 待て。少し待ってくれ。陸奥、ちょっと私の頬を引っ張ってくれ痛い痛い! ちょっとだと言っただろう!」
海軍精神注入棒を持った長門に妨害された『試飛会』は今日、改めて開催されることとなった。今回はなんと、毎度おなじみ最上に加えて、新しい見物客が一人増えていた。試飛会が開催されること幾度目の中で初めての来客である。
「フ~ンフンフフ~ン♪ Hey♪ You♪ What the fuck is wrong with you♪」
「その歌ってさ、にこやかに歌うものじゃなくない?」
「モガミンは細かいこと気にするタイプだったんデース?」
「金剛が細かいこと気にしなさすぎるんだと思うよ。あとモガミンやめて」
「航空甲板持ちは皆サン気難しいネー」
「その括りもやめて。ほんとやめて」
「ところでモガミン、このサバトの事なんデスが」
「サバト!? 違うよ! ラジコン飛ばすだけだよ!」
「いろんなモノをデストロイする儀式だって噂ヨ?」
「……否定できないなー」
「実際のところ目的は何なのネー? 戦艦寮の前でやってるの、いつも気になってたヨ」
「本当にラジコン飛ばすだけだって、試飛会は。何事も無くフライトして終わる事だってあるんだよ」
「山城が壊されたディスプレイ、三万円だって言ってマシタ」
「うっ……」
「葛城が気を失った時の損失額を試算したら五十万を超えたらしいデス」
「ううっ……」
「いやー戦艦寮前はリッチなプレイスポットネー」
「……金剛って意外とねちっこいんだね。アニメみたく頼れるお姉さんって感じだと思ってたのに」
「冗談デスよ。イッツ、ジョーク。こうしてモガミンと日向と親睦を深めに来てるんデスから」
「そういえば重巡と戦艦って役割がハッキリ分かれてるから、あんまり接点ないね」
「よく見かけるのはモガミンと日向、あと最近よく山城の部屋に古鷹が来るようになりマシタ」
「古鷹かあ……」
「呼んだ?」
【古鷹:Lv.97 → 100】
「うわっ!?」「Wow!?」
「あ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど。私がどうかしたかなって」
「う、ううん何でもない。ちょっと話に出ただけ」
「き、気にしないでクダサイ。別に悪口とかじゃないデス」
「そう。金剛、また戦艦寮にお邪魔するね。それじゃ」
「「ごゆっくり~」」
…………。
「……あのさ、古鷹と山城って噂されてるけど……できてるの?」
「フクザツなジジョーがあるみたいデス……山城は存在しない姉一筋なはずデスのに、夜になると……」
「よ、夜になると……?」
「モガミンはそういう話、ないんデスか? ボーイッシュな感じがウケそうネー」
「金剛もそういうこと言っちゃう? バレンタインでチョコ貰う側だとか言っちゃう?」
「違うんデスか?」
「……ホワイトデーものっすごく大変だった」
「アラマー」
「どさくさに紛れて正規空母もどっさりお菓子持ってきてさ。ただの冗談だと思って受け取ったのが間違いだったんだ……。ほら、ホワイトデーは三倍返しって言うよね」
「変なカルチャーで……え? まさか……いやいや冗談だったんデショ?」
「ボクも冗談だと思いたかったさ。でも当日になって真顔で要求されたよ……三倍」
「マジデスカー……」
「当然そんな量を用意してなかったのが不幸中の幸いだったよ。目の前でクッキーの奪い合いが始まってさ、かろうじて逃げる隙ができたってわけ。渡し損ねた駆逐艦の何人かには後でパフェ奢る羽目になったけど、矢が飛び交う戦場にいるよりは――ねえ?」
「そんな事件があったトハ……モガミン、これから命の危険を感じたら戦艦寮に逃げてクダサイ。ワタシが守りマス。いざとなれば霧島のメガネパンチでクレイジー空母共を黙らせますカラ」
「……いいの? 本当の本当に頼るよ?」
「No problem! 超弩級のキャパは伊達じゃないヨ」
「金剛…………ぐすっ」
「ちょっ、泣くほどデスか?」
「なんだろう、人の温かさに触れたのが久しぶりな気がして……ずびっ」
「Oh...も、もう安心してクダサイ。今日から金剛型と最上型は姉妹艦も同然ネー!」
「なんだか気を遣わせちゃって。ありがとう。こんなに安心したのは久しぶり……いや初めてだよ」
「もっと色々、モガミンのこと教えてクダサイ。……営倉の準備も必要みたいデスシ(ボソッ」
「何か言った?」
「独り言ネー。ところで話を戻しマスが、この、シッピカイ? は何をするんデス? やっぱりサバト?」
「だからラジコンを飛ばすだけ――あ、でも一つルールというか、ジンクスがあるから気をつけて」
「What?」
「試飛会の間は絶対に喋っちゃいけないんだ。黙って見ていれば何事もなく終わるけど、一言でも、ちょっとした感嘆詞であっても口に出すと……」
「口に出すト?」
「……墜ちる」
「やっぱりサバトじゃないデスか」
「いや大丈夫! 黙ってれば本当に何も起こらないから! うん。大丈夫。それはボクが保証する。約束する。安心安全セーフティ」
「まあモガミンの言うことなら信用しマスが。じゃあ今こうしてトークしてるのはセーフなんデスね?」
「……え?」
「……エ?」
「……………………」
「Hey, いきなり黙らないでクダサ――」
本日の試飛会で戦艦寮前を飛行する機体は、日向の4スロット目に搭載されているらしい、まさかのSH-60K(ロクマル)だった。
来客が嬉しくてうっかり話し込んでしまった最上が迫り来るローターの風切り音に気付いたのは、SH-60Kが金剛の後頭部に衝突する約0.1秒前の事だった。