球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第27話 ラックレッサー山城 4 叢雲がウザい

「吹雪、ちょっといい? えーと、その、特型駆逐艦の先輩に聞きたいことがあって――いやいや何をご謙遜なさいますやららら! 天照大艦隊じゃ最古参でしょ、電と並んで。だから先輩。経験豊富。しかも改二! ヒューッ、頼れるぅ! で、その改二のことなんだけどね、どう? どんな感じ? ――特に何ともって、何かあったでしょ。例えば活力が溢れてくるとか全身が光ったとか。改造前後にどんな変化があったのか知りた――あんたが忘れてるだけで絶対に何かあるはずよ! お願い。どんな些細なことでもいいから、思い出したら教えて」

 

「よく似合ってるわよねえ、その制服。前のシンプルなセーラー服もよかったけど華やかにカスタムした今のほうが絶対いいわ。それに何より改二の大幅強化よ! やっぱり火力の秘訣はメガネなのかしら。鳥海が改二になったのはついこの前だし、やっぱりこう、その時の感覚とか体が覚えてるわよね? ――もう! それだけ変わって気分がよくなった程度なんてあり得ないわ! 大改造なのよ、大改造! 吹雪も鳥海も自分の変化にそんなに無関心でいいの!? ……ふむ。でも、メガネねぇ。念のため作っておいたほうがいいかしら、メガネ」

 

「ふーむ。特別な機能があるでもなし。普通のメガネだわね。――ああ、ごめん霧島にケンカ売りたいわけじゃなくて、今ちょっと調べてるのよ。改二改造に何が必要かなって。――もちろん知ってるわよ、高い練度でしょ? でも考えたのだけど、他に必要な要素があるんじゃないかしらと。例えば先輩空母のシゴキに耐えるとか、浜松町あたりの高級ホテルで挙式を……違う違う私はそんな妄想してない! と、とにかくアレよ、不精に亘るなんちゃらかの精神で出来ることはやっておこうかなって。よし、とりあえず私もメガネ買っとこう。売店にあったかしら?」

 

「みんな尊敬してると思うのよね、飛龍のこと。――違う違う変に勘繰らないで。別に何かさせようってわけじゃないわ。お世辞でもなくて、一ノ傘副司令の艦隊じゃ蒼龍とたった二人だけで空を制圧して、こっちに来てからも『まともな』正規空母として働いてくれてる。プリン一個のために殺し合いしたりしない。だからこそ改二になれたと思うのよ。どう、違うかしら? ――もーハッキリしないわねえ。副司令のことだから飛龍が改二になれるって分かった瞬間に飛びついたでしょ、その瞬間の何かを私は知りたいの。――弓を新調した、ねぇ。知らないけど竹よりカーボンのほうが湿気に強くていいんじゃないの? まあ私は弓を持とうとは思わないし関係ないか。でもやっぱり装備というかアクセサリーも重要よね。――ええ、さっき売店で買ったのよメガネ。もちろん伊達だけどね。最上が海軍精神注入棒を見つけたって言い出してから私も気付いたんだけど、無駄に色々と揃ってるのよね。もしかして改装設計図なんてのも売って……そうよ改装設計図! こんな重要アイテムのことを何で忘れてたのよ私は!」

 

「龍鳳って実質は改二だと思うのよ。私の勝手なイメージだけど鯨から鯉、鯉から龍にまで昇ったって感じで。潜水艦が一人もいないから潜水母艦が活躍できないってのは、事情のひとつでしかないわ。空母としての素質というか、潜在的な色々があったから進化できたのよきっと。でも艦種が変わるってどうなのかしらね。体に負担がかかったりしなかったの? それとも改造前に筋トレで弓を引く筋力をつけておいたとか、都合のいい話だけれど勝手に弓を扱えるようになったとか――だから、そういうものだったとか言われてもピンと来ないのよ。具体的にね、筋力がついたとか瞳が赤くなったとか、ないの?」

 

「アンタほど外見が変わっておいて、覚えがないはないでしょうよ。アニメで光ってたじゃない。工廠のカーテン裏で異常なくらい変化したじゃない。で、実際アンタもそうなってるじゃない。総旗艦命令よ、あのカーテン裏で何やってたのか答えなさい。今しゃべるなら、実は本当にアンタは夕立の姉で入れ替わってましたトリックでも聞かなかったことにしてあげるから。……自分で言ってて阿呆らしいとは思ってるわよ。でも、そもそもよ、白露型は改二じゃなくても見た目が変わり過ぎなのよ! イイ感じに成長し過ぎなのよ! いっつも阿呆なことやってるせいでスルーされてるけどアンタらはもう軽巡訓練受けていいじゃない! 少しは五月雨と涼風を見習って大人しくなりなさいな! ――涼風はウルサイとか音量的な意味じゃなくて、やることなすことウルサイのよアンタらは! 遠征に出ておいてドラム缶に東京ばな奈をしこたま詰めて帰ってくるような真似をやめろと言ってるの! 東京でひよ子を買うと何故か一ノ傘副司令が不機嫌になるから二度とやらないで! というか東京急行は東京まで急げって意味じゃないって何度言えば分かるのよ! 観光すんな!」

 

「……本当は自分でも分かってるのよ。改二改造は余計な準備なしでいつでもできる。でもね、一度改造しちゃったら元には戻れないじゃない。こういうのを、えっと――そうそれ非可逆。取り返しがつかなくなっちゃう。木曾は改二で見違えるように良くなったでしょ。他の皆もそう。でも私もそうとは限らない。確実に強くはなっても、その代わりに大切なものを失うかもしれない。――あ、ごめん別に北上と大井のこと言ってるわけじゃ、というか最初から頭おかしかったじゃない、あの二人。じゃあ例えばよ? もし球磨が改二になって、今以上に……今異常に近接格闘戦に特化してしまったらどう思う? 『そうクマ……やはりこれからはCQCの時代クマ』って日向みたいなこと言い始めたら嫌でしょ? ――うん、例えが悪かったわね。既にそういう奴だったたわ意外に優秀な球磨ちゃんは。……はあ……私はどうしたらいいのかしら。木曾から見て私はどうしたらいいと思う? これじゃ仕事が手に付かないわ」

 

「ねえ金剛はどう思う? ――ちょっ、待って! なんで逃げるの!? 改二の話を聞きたいだけなの!」

 

「おーい古鷹―、今少し時間うわっ眩しい!? なに急にライトアップ!? やめなさ……あれ? 古鷹? どこ行ったの? なによ、ちょっと話し聞きたいだけなのにもう!」

 

 

◆――――◆

 

 

「叢雲がウザいので、さっさと改二にして下さい」

【山城;Lv.86 → 91(非改二)】

「あー口が滑りました。コホン……天照大艦隊総旗艦の改二を巡る言動が皆に受け入れられず、提督は早急に総旗艦の強化改造を執行されるべきと具申します」

 

 

◆――――◆

 

 

 ジャンケンほど非道な勝負はないと私は考える。

 食堂に集まった百を超えるメンバーからたった一人、あまりに低い確率で、しかし絶対に誰かが敗北者になるのは当たり前といえば当たり前で、その点にケチをつけようとは思わない。モンティ・ホール問題のような小賢しい話でもなく分母の大小にも関係なく、そりゃあ勝負を続けていけば次々と人数は絞られていって、最後に残った一人がアンダードッグの栄誉を賜らせられる。勝ち上がりとの違いは途中棄権できるか否かというだけで、皆がただひたすら1/3に全てを掛ける。ごく一部のコンマ数秒以下の世界に生きているインチキじみた奴らは幸運組と変わらないから無視するとして、皆は思い思いの理論で勝負に臨んだ。私もそうした。

 どうしても納得がいかないのは。深夜に叢雲を除いた皆がこっそり食堂に集まってジャンケンをすることにして、数グループに分かれての一回戦を始める前から「どうせ山城が負けるんだから最初から手を挙げとけばいいのに」的な空気が漂っていたのと、本当にその通りになったこと。

 思うに私は前世で何か神様の気に障ることをやらかしたに違いない。あるいはご先祖様か、ご近所様か、それら全員か。扶桑姉さま以外の過去現在未来にわたる全員が敵のように思えた。

 勿論「みんなグルだったでしょ絶対!」と叫ばずにはいられなかった。ワラワラと私を取り囲む百人以上いる誰に噛み付いてやろうか唸っていると、肩にポンポンと手を置かれた。金剛だった。

「大人なワタシたちが示してあげるべきなんデス」

「はあ? 何を」

「大切なのは誰が負けるかじゃナイ。誰かが負けた、その『結果』が必要デショ?」

「意味が分からないんだけど」

「山城は負ける。分かりきってることでもやらなきゃいけないのが仕事ってもんネー」

「ちょっと殴ってもいいですかね……!」

「皆の不正と自分の運を疑いたくなるのも無理はありマセン。じゃあこうしまショウ。今から金剛型四姉妹と一人ずつジャンケン勝負してクダサイ。誰か一人にでも勝てたら役を交代スル。Hey,シスターズ、問題ありマスカ?」

「お姉さまの仰る通りに」と比叡。

「何度でもお相手しましょう」と榛名。

「ハンデはこれだけで十分ですか?」と霧島。

「じょ、上等じゃない……扶桑型戦艦を侮ったことを後悔させてやるわ!」と私。

 四連敗した私の後ろで「もはや様式美だ」と誰かがつぶやいたので振り返って睨みつけようとするも、皆ゾロゾロと食堂を出ていくところだった。

 こうして真夜中の、叢雲がウザいので何とかさせる係を決める茶番劇はお開きとなった。

 後になってよくよく考えてみるに、叢雲がウザいと本気で考えていた連中は自分で言いにくいことを他の誰かにやらせたかっただけに他ならなかった。ほとんどの連中は私と同じように、ソワソワする叢雲を見ているとカレーのジャガイモの切り方がいつもと違う程度に落ち着かないから元に戻ってほしい、くらいにしか考えていなかったはず。金剛の言い方を借りるならば私は、皆の前でルールに従い順当に敗北するという結果を確たるものと成し、何が公平だ卑怯だ卑劣だ薄情だと言い逃れを許されない責任を背負わされた間抜けだった。

「叢雲と提督が怒っても私は知らないからね!」

 ひっそり集まった深夜の集会だったので、どいつもこいつも重たい瞼をこすりながら私の怨嗟の叫びに聞く耳を持たず寮に戻っていった。

 ぽつんと食堂に一人残された私は誰かがキープしていたボトルを掴んだ。明日の仕事がなんぼのもんじゃい。

 

 

◆――――◆

 

 

 なんだか眩しくて体も痛くて、頭を上げると皆がご飯を食べていた。時計は正午を回っていた。働きもせず酒瓶を倒したまま食堂で昼まで爆睡する人を放置するのが果たして優しさなのか冷たさなのか、私にまともな判断ができるはずもない。しかし断固として視線を交えることを良しとしない姿勢を貫く連中を私は仲間だと認めたくない。

 背中にはジャージが掛けられていて、ヨダレをぬぐった私の前にコトリと水を注がれたコップが置かれた。

「大……丈夫?」

【古鷹;Lv.97 → 101】

「大丈夫に見える?」

「……だよね」改二重巡の目は泳いでいた。

 コップの水を高速給水して食堂を飛び出して、途中ちょっとお花摘みに寄って、私の足はスタコラとまっすぐ第一執務室に向かった。

 ノックもなしに扉を開け放ち、面食らう提督に

「叢雲がウザいので、さっさと改二にして下さい」

 と言い放った。さすがに不意打ちストレートが過ぎると思い当たり、

「天照大艦隊総旗艦の改二を巡る言動が皆に受け入れられず、提督は早急に総旗艦の強化改造を執行されるべきと具申します」

 と言い直した。

 提督と、本日の秘書艦を務める天照大艦隊総旗艦、叢雲は呪いでロウ人形になったかのように凍りついた。少し遅れて私も凍りつき、酔いが覚めてしまったのは不幸中の不幸と言えた。

 

 

◆――――◆

 

 

 ド直球に「ウザい」と嫌厭を隠さずに言われて傷つかない人はいないと思う。程度の差はあれ負のリアクションを起こさずにはいられないはず。私なら何もかもを捨てて扶桑姉さまを探す旅に出る。

 叢雲の場合はまず涙が滝のように流れ、表情がくしゃりと歪んだのは涙の数秒後のことだった。

 自分で状況を作っておいて何だけれど、それからはもう私の手に負えなかった。

 叢雲がわんわん大声で泣き始め、提督が私に向かうか叢雲に向かうかオロオロしているうちに隣の部屋から騒ぎを聞きつけた一ノ傘副提督と電が飛んできて、副提督は「と、とりあえず落ち着かん? ね?」とたいして役に立たず、電(勿論ジャンケン大会に参加していた)は立つこともままならない叢雲を背負うようにして執務室の外へ曳航していった。私とすれ違う時に「……できる限りのフォローはしますので」と、ボソリと言い残して。フォローが欲しいのは今現在この場でだと、どうして分かってくれないのだろう。

 誰かが泣いた後の部屋というのは、なんだか、静か過ぎてかえって落ち着かない。そんな中に残った三人は頭を落ち着かせ、先の騒動について話し合うことにした。

「よし分かった。まず最初にだ。扶桑型戦艦山城は本日をもって解体追放処分とする。姉でも誰でも勝手に探しに行ってしまえこの馬鹿!」

「そう来ると思ってましたよーだ。解体した私の不幸艤装を誰かに合成して運をマイナスまで下げてやる」

「二人ともちょい落ち着いてん。なんか知らんけど山城ちゃんにも事情があるんやろ? 意味もなく叢雲ちゃん泣かすような子やなかろうもん」

「副提督……!」

 味方! 初めての味方!

 夜な夜な艦娘が集まって叢雲がウザいと言い合っていたことを洗いざらいゲロってしまう欲求に負けそうだったけれども、一ノ傘副提督に免じて思いとどまることにする。ブラックなお方だとばかり思っていたのに、なるほど長門たちが付き従うのも頷ける。

「まず山城ちゃんが何したかを、理由も含めて教えてくれんかね。あそこまでのガチ泣きを見たんは学生時代以来やわ」

「この馬鹿はあろうことか叢雲がウ、ウザいとぬかしたのだ!」

「はいはい竹櫛の話は後で聞いちゃるけん――山城ちゃん、ほんとに言ったん?」

「……弁解をさせて下さい。悪意はないんです。むしろ善意でして」

 私が筋の通った言い訳を考えている間に、唐突ですが竹櫛提督と一ノ傘副提督の喋り方について解説します。読み飛ばしても問題ないです。

 二人とも昔からの付き合いで福岡育ちだそうです。訛りを気にした竹櫛は標準語をマスターできず文語のようになってしまい、逆に訛りを気にしなさ過ぎた一ノ傘は喋りたいように喋るため独自の方言を構築していきました。博多弁+北九州弁+鹿児島弁+αと本人は思っているそうですが、+αがおよそ五割を占めていることに気付いていないようです。ただ二人とも共通して「阿呆」は軽口のように受け止め、「馬鹿」を明確な侮蔑とみなしています。各々の感覚で捉えるべきニュアンスに明確な基準があるのは良いことでしょうね。艦隊のトップがそうなので必然、私も「この阿呆!」と言われたら「何よ阿呆!」と言い返す余裕はありますが、「馬鹿」と言われたら脳内ゴングが鳴り響くようになりました。他の艦娘もだいたいそうです。自由奔放、ただし影響を受けるもまた自由、という感じでしょうか。長々と何が言いたいかと結論を出しますと、さっき提督に「この馬鹿」と言われた私はとてもイラッとしたというわけです。私に落ち度がなければグーで殴っていました。ええ解体上等ですともよ。

 ――よし策は整った。ついでにここで一つ、私の立場をか弱いものに演出するため小芝居を打ってみるのも悪くない。叢雲を泣かせてしまった弁解をするならば、私だって精神的に追い詰められていましたとアピールするのが得策。

 秘技! 年中睡眠不足による欠伸を利用した嘘泣き!

「山城ちゃん嘘泣きとか巫山戯たことしたら鎮守府から追い出すよ」

 あ、ダメだ副提督この人超怖い。

「えーとですね……叢雲には強くなって欲しいんです。今のままでも練度は十二分ですし、作戦での状況判断力なら彼女の右に出る者はあんまりいません」

「あんまりとは何だ貴様! 叢雲にケチをつけるのか!」

「竹櫛うるさい。私の電とかおるやろ。ねえ山城ちゃん」

 実際に海に出るわけではない二人には説明のしようがない事もあるので、スルーして話を続けた。

「だからこそ改二になることを躊躇しないで欲しいんです。お二人もここのところ叢雲が悩んでるところを見てますよね。強くなれるのなら強くなればいいのに、って思いません?」

「うんうん。私もそう思っとった」副提督はこれで完全に私の味方になった。「ごちゃごちゃ考えとる叢雲ちゃんは置いといて、竹櫛あんた何でさっさと改造してやらんの?」

「き、貴様らのように人の成長までも安直に考える連中とは違うのだ! ……難しい問題なのだ!」

「難しい問題なんですか?」「いやあ、別に?」私と副提督は顔を見合わせた。

「特別な設計図はいらんし、そら魔法でもないんやから費用はかかるけど何人かの改造くらい見込んどるのが予算ってもんやし、後は……改造後の能力と燃費がどうやろね、ってくらいやろ」

「だそうですよ提督。というかあなた以前、叢雲改造のために勲章八個も温存してるとか言ってましたよね。改二どころか改三まで無意味に見越してましたよね。まさか叢雲の改造に設計図が必要無いのが逆に不満だとか言いませんよね」

「そんなわけがあるか」

「じゃあ何ですか面ど……」危うく普段のように暴言を吐きかけた。一応、今は私の立場が悪いので自重しないと。

「……ならば一ノ傘、お前はどうだ。仮に電が改二になれるとしたらどうする」

「はあ? んなもん全てに優先して改造するに決まっとろうもん。当たり前やん」

「本当にそうか? よぅく考えてみろ――大幅に強化され別人のようになり、外見まで大きく変わってしまう可能性もあるのだぞ」

「ハッ!?」雷に撃たれたように副提督。

「しょうもない!」つい叫んでしまった私。

「何を悩んでるかと思えば発想が叢雲以下! 面倒臭い! 女々しい! ウザい!」

「死活問題だ! お前程度に理解できるものか!」

「理解したくもない! こないだの鳥海の時は惜しみなく勲章使ったくせに! というか私はいつまで改のまま放置されてりゃいいんですか! そんなに扶桑型戦艦が気に入らない……あれ? まさかですけど、私も外見が変わることを気にして……とか?」

「ふん。お前なんかに勲章は勿体無いからに決まっている」

「くたばれ!」

 

 

◆――――◆

 

 

 提督を殴り倒して自主的に営倉にひきこもること丸一日、内側から施錠できない扉がキィと音を立てて開いた。

 恐る恐る姿を見せた叢雲は制服がバージョンアップされていて、ますます特型駆逐艦のよその子へと変貌していた。それと頭の謎デバイスの形が変わったような気もするけれど、元の形がどんなのだったかはっきり覚えていない。思い出す前向き気分になれない。球磨の影響を受けた太腿のナイフホルスターだけは相変わらずだった。

 妙にオドオドした叢雲は中に入ってくるでもなく、気まずそうにしている。

「改二になったんだ?」

「ええ、まあ……」

「可愛い制服ね」

「そ、そう? ありがと」

「改造はどんな感じだった? 期待してた感慨はあった?」

「いやあ……特になかったです。はい」

「そう。じゃあ叢雲改二さん、扉閉めてくれる? 私は今からおやすみなさい」

 毛布にくるまり直そうとした私を「待って待って!」と叢雲が扉に手をかけたまま邪魔をする。

「叢雲の事をウザいと言い放ち提督をブン殴った私に用事があるとすれば、処罰か復讐の二択だと思うのだけど、どっち?」

 叢雲は顔をうつむき気味にしたまま言った。

「憎まれ役になってくれたんでしょ? 敢えて挑発することで、改二になる決心がつかない私の背中を押そうとしてくれたって」

「はあ。どこ情報よそれ」

「電が教えてくれたのよ。だからその……山城にはお礼を言ったらいいのか謝ったほうがいいのか分からなくて」

 叢雲の好感度が下がらずに済んだだけでも有り難いと思わないといけない。最初から電がやればよかったじゃないと文句を言ってもいけない。だって私は不幸だから。

「私は提督を殴ったんだけど? 鼻血を見て怖くなってここまで逃げてきたわけだし」

「アイツが酷いこと言ったそうじゃない。副司令に説教されたそうよ。鼻血垂らしながら」

「ねえ叢雲、あんな男のどこがいいの?」

「んなっ!? べ、別にいいでしょ私のことは!」

「もう隠しも否定もしないんだ」

 バンと乱暴に部屋の扉が閉じられ、カチャリと鍵がかかる音がした。気難しいなぁ総旗艦殿は。

「……で、あのバカが無駄に溜め込んでた勲章、山城に使うことに決まったから」

「改二になれるってこと?」

「そ。何か不満ある?」昨日まで改二になろうかどうしようかとウジウジ悩んでいたくせに、叢雲は偉そうに扉の小窓から睨んできた。

「不満はないけど……自分のこと殴った艦娘に貴重な勲章を使うとは思えない」

「その辺も副司令に反省させられて同意したから問題ないわ。アンタが次に顔を合わせる時は『私は山城に対して不適切な接し方をしていました。もうしません』って謝罪されるわよ。まあ、副司令は大艦巨砲主義なところがあるから、山城改二の火力に期待してるってのもあるかもだけどね」

「ふうん。副提督って頼もしいと言うか狡猾というか、改めて難しい人だと思うわ」

「ふふっ、まったくね」

「ところで叢雲さんや」

「なんじゃ山城さんや」

「改二改造したばかりなら分かると思うんだけど――その改造は営倉の中でもできるものなの?」

「無理に決まってるじゃない」と言いつつ鍵をチラつかせてくる。ウザい。

「よし分かった。ジャンケンで勝負して、私が負けたら鍵を開けて工廠まで連れて行って」

「……なんで負けたら? そんなに勝つ自信ないわけ?」

「問答無用! ジャーンケーン――」

 ポン! で私は非必殺のナマクラ、チョキを出した。

 叢雲は小窓から私のナマクラ鋏を「ふむ」とじっくり観察した後で「はいパー。私の負け」とても素っ気無かった。

「ちょっと! 後出しじゃない!」

「じゃあ後出しで私の負け。残念でした」

「卑怯者! 叢雲がそんな奴だなんて知らなかった! 分かった、改造ミスで性格がねじ曲がったんだ」

「あのねえ山城――」毛布の中から吠える私に、溜息まじりに言う叢雲。

「どうせ幸運の女神に嫌われてるから絶対に負けるとか思ってるんでしょうけど、私たちが祈るとすれば、それは勝利の女神よ。どんな不運も覚悟の上、それに撃ち勝つのが私たち艦娘ってものでしょ」

 あんまりにも受けた衝撃は大きく、私はしばらくポカンとした。

「な、何よ。反応くらいしなさいよ」

「改二になっても運のパラメータ、あんまり上がらなかったんだ」

「うっさいバカ! いいでしょ別に!」

「冗談ですごめんなさい――いや本当に、感銘を受けるっていうの? なんだか不幸でもいい気がしてきた。そうよ勝てばいいのよ。むしろ今まで生き延びてきた分、私には勝利の女神がベッタリしてくれてるのよ!」

「できればその勝利の女神の恩恵、艦隊の仲間にもお裾分けして欲しいくらいよ」

「勿論。じゃあ早速工廠に行って改二改造しないと。なんてったって勝利の女神は私についているのだから!」

「ごめん。それはちょっと待って」

 小窓越しに話をしていた叢雲はプイとそっぽを向いてしまった。

「あのね、実はここに来る前にお願いされたのよ。山城に悪いことしたからお詫びがしたいって。二人っきりで、できれば誰の声も届かない場所でって。営倉なら都合がいいからちょっと中で待ってもらっていてって」

「総旗艦殿には釈迦に説法だろうけど、そういう話は『誰が』の主語を付けた方がいいよ」

「……古鷹が」

「お願い出して! 今すぐここから出して!」

 扉に飛び付いて叩くと叢雲はゆっくり離れていった。

「だ、大丈夫よ。古鷹なら営倉の鍵を預けてもいいくらい信頼できるわ」

「耳。赤くなってるんですけど」

 慌てた叢雲は両手で耳を塞いだ。

「古鷹が何しに来るか分かってんじゃない、このムッツリスケベ!」

「は、はあ!? ただのお詫びの何処にスケベ要素があんのよ! アンタの思考こそスケベなのよ!」

「言っとくけど磯風みたいな小娘にダウン取られるようじゃ古鷹相手だと死ぬからね! 地獄を天国で上書きされたことある!? 涙が枯れてからが本番なんだから!」

「だったらそのまま死んでしまえ変態!!」

 そう叫びながら叢雲が走り去っていったことで、私は自ら最後の逃げ道を捨ててしまったことに気がついた。「待って叢雲、むらくもー!」と、いくら叫んでも聞こえるはずはない。だってここは誰の声も届かない場所。古鷹が都合が良いと言った場所なのだから。

 どうせ古鷹は叢雲が出ていくのを今か今かと待ち構えていただろうから、どうして私がこんな羽目にと嘆く時間はほとんど無い。風が吹けば桶屋が儲かるように、叢雲がウザくなれば古鷹が潤う。もう慣れっこですよこんな負の連鎖は。

 ところで風が吹いて桶屋が儲かるまでの過程について考えを巡らせると、失明してしまう人と三味線にされてしまう猫が出てくるのは現代的思想に基づくといささか不謹慎ではなかろうか。いやいや時代が違い過ぎるし「風が以下略」を偶然の奇跡か非現実的かのどちらのニュアンスで使うかを議論したいわけでもない。

 ただ、叢雲が改二改造を渋るところから始まり、古鷹が嬉々としてここ営倉に来るまで、あんまりにも私が可哀想過ぎませんかと声高に主張したい。偶然を重ならせるにしたって不幸という鎖で繋がなくてもよいでしょうよ。たまには幸運が幸運を呼んでもいいでしょうよ。1/3なんて贅沢は言わない。せめて1/5くらいの確率で私が美味しい思いをしたっていいでしょうよ!

「そうだよ。だから山城には今からたくさん、気持ち良い想いをしてもらうから――」

「オーケー観念するから今は待って古鷹。私、昨日からずっとここにいたの。ジャンケン大会の前からお風呂入ってないの。分かるでしょ」

「知ってる? 山城の匂いって優しくて、落ち着くんだよ」

「そんなに息荒くした人の言葉とは思えない」

「戦艦寮だと気を遣うけど、ここは大丈夫だから。山城の苦労に免じて好きなだけ休暇を取っていいって許可も貰えたから。ほら見てこれ、使われてないのを見つけたよ、手錠。すごい場所だよねえ営倉って。普通こんなの使わないよねえ――えへへ♪」

 

 

◆――――◆

 

 

 R指定は良くないと思うので結果だけを簡単に言うと、気が付くと私は改二になっていた。比叡が言うには、レベルアップ時のHP・MP全回復を利用するようなスマートな方法なのだとか。私には応急修理女神に頼ることを前提としたゾンビ進撃と同レベルのブラック理論としか思えない。

 改二改造と意識の覚醒、どちらが「ついで」だったのかは誰も答えてくれなかった。

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