球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第03話 叢雲の薬指 3

 天気予報では明日の朝から久しぶりに晴天が拝めるとのことだったが、窓の外はただひたすらに暗く、この執務室の照明で照らす範囲の雨が見えるだけだ。この分だと予報は外れるだろう。

 ふと、子供の頃に習った詩の事を思い出した。坊主が月下の門を押すか、叩くか、チャイムを鳴らすかを推敲する話だ。今のこの執務室の様子にとても似ている。月こそ見えないが、変わらない調子の雨音、それと時雨がペンを走らせる音が静けさを強調しているように思う。

「雨が気になるかい?」

[時雨;Lv.70]

「時雨に秘書艦を任せるようになってから、ずっとこんな空模様だったからな」

「僕が雨女だと?」

「違うのか?」

「僕は他の艦娘より少し運に恵まれていて、明日は久々の休暇を楽しもうと思っている。明日が晴れになるように今の雨があるのさ。どうかな、てるてる坊主よりは信じてもらえると思うけれど。【明日はきっと晴れる】」

「ふむ。確かに説得力はあるな。――少し休憩しよう」

 眼鏡を外して背筋を伸ばす。もっと良い椅子があれば私の仕事も捗るのだろうが、贅沢は口に出せば出すだけ虚しくなる。この簡素な椅子を私はずっと尻で磨き続けるのだろう。

 時雨は立ち上がって背伸びをして、窓の側に行く。硝子に映る時雨の姿が硝子の上を流れる雨水で歪められる。水平線も見えない黒一色の外に、時雨は何を見ているのだろうか。

「すまないな。こんな時間まで働かせて。疲れただろう」

 私がそう言うと時雨は何故か首だけをこちらに向けて、謎の深海棲艦Xでも見るように眉をひそめた。先日新たに発見された黒い棲姫の姿を見た艦娘の多くが同じような反応をしていた。コイツ何ゴスロリしてんだ? といった風の。

「なんだその顔は。私を轟沈させる気か」

「轟沈? 何の話だい? 提督こそ、少し疲れてるんじゃないかい」

「そんな顔で見物されるほど疲れてはいない」

「今日はもう休んだほうがいいよ。後は僕がやっておくから」

「秘書艦にすべて任せられたら提督はいらん」

「なら僕が提督代理として働こう。艦隊と叢雲の事はもう心配いらないよ――なんてね」

「こうも堂々と造反されるとはな。だが叢雲だけは何があろうと譲れん」

「艦隊の方はいいのかい……?」

「二人揃って寿退役した、ということで宜しく頼むぞ時雨新任提督」

「やめて。冗談だからやめてよ。……提督が叢雲以外の誰かに労いの言葉をかけるだなんて思わなかったから、少し驚いたんだ」

 悪気無く失礼な事を言ってくれる。確かに叢雲は別格だが、他の艦娘も我が鎮守府の大切な仲間だ。再認識などする必要もない。これまで上手くやってきたのが何よりの証拠だ。それにいくら叢雲贔屓だとしても、他の者に労いの言葉一つかけない提督など存在するのだろうか。してよいのだろうか。

「昨日の私はどうだった。お疲れ様の一言もなかったか」

「いや、そこまで気にしてたわけじゃなくて、さっきのことも――何て言えばいいのかな、少し空いた間で改まって言われたような気がして、ちょっと驚いたのさ」

「それならいいが」

「でも僕達が、まあ、叢雲までとは言わないけど、やさしい言葉が欲しいと思ってるのは事実だよ。今は叢雲以外に仕事を任せられる秘書艦を探してるんだろう。僕のように慣れた人選もいいけど、この機会にいろんな子に任せてみたらどうかな。意外と向いてる子がいるかもしれないし、交流を深めることもできる」

「金剛と比叡が今、長期療養中なのは元はといえば二人に秘書艦を任せたからだったんだぞ」

「……んん? 初耳だよそれ。何がどうなったら霧島が暴れることになるの?」

「霧島は何か言ってなかったのか」

「言ってはいたけど、僕達はメガネパンチが炸裂するのを離れて見ていただけだったし、金剛と比叡にまだ息があるかどうかでパニックで……」

 メガネパンチは金剛姉妹の内だけではなく艦娘達共通の呼称だったのか。どれだけ恐ろしいんだメガネパンチ。

「一度見てみたいな、メガネパンチ」

 私が適当に正拳突きの真似をすると、「メガネパンチはそうじゃないよ提督」と遮られた。

 時雨は両足を肩幅に広げ、両の拳を腰だめに据え置き、一度深呼吸をした。そして大きく息を吸うと、静から一点、両腕を交互に、滅茶苦茶に振り回した。腰を使うことなど考慮せず、とにかく空中の一点に向けて一発でも多くのパンチを、あらゆる角度から叩き込む。震えるぞハート。燃え尽きるほどヒート。刻むぞ血液のビート。メガネパンチはまさかのラッシュ系だった。

「ふぅ……、やっぱり人の体には無理があるよ。でも霧島がやると腕が増えたように見えるくらいスゴイ技なんだ」

「霧島の練度は高くないが、ポートワイン破壊作戦に参加させてもよかったかもしれないな。港湾棲姫を一度のメガネパンチで破壊できれば資材を枯渇寸前まで使わずに済んだものを。勿体無い事をした」

「肉弾戦が通じるかな……? 資材がなくて休暇を取らざるを得ないというのもイマイチ格好が付かないね。中部や北太平洋まで出撃したかったのかい?」

「勲章四つで叢雲の改造設計図と交換できるからな。戦果を上げれば勲章もどんどん集まる」

「提督にとって勲章そのものは銀のエンゼルくらいの価値しかないんだね……。分かってると思うけど、叢雲は今のところ改二にはなれないし、仮に改造できてもそれ以上はないからね」

「時雨はどうして改二になれたんだ? 同じ駆逐艦だろう、コツがあるなら教えてくれ。やはり夕立と同じく、その動物の耳のような髪型に秘密があるんじゃあないか?」

「……提督、そろそろ仕事に戻ろう」

 

 

◆――――◆

 

 

 予報通り、あるいは時雨の強運が空から雲を追い払ったのか、今朝は空も海も見事に青い。あの水平線の彼方では他の艦隊が例の黒い棲姫を破壊するために戦っているのだろう。海の平和のため、我が艦隊の分まで頑張ってもらいたいものだ。しかし出撃前に演習の場で、戦艦に46cm砲の微調整を行わせるのはやめていただきたい。新たにやってきた天津風――陽炎型ではあるがやっと仲間が増えたと島風が泣きながら迎えた艦娘を木っ端微塵にするつもりか。

 まあ今は演習さえも極力控えなければならないほど資材が無く、どこか別の艦隊達が黒い棲姫を破壊するまでの間は資材の備蓄に努める他にできることはないのだが。頑張ってくれ全国の提督達よ。私は声援だけは惜しまない。

 従って本日の私の業務は海の彼方とは関係が無い。時雨の改二の秘密を暴くことである。

 勲章との交換で改二への改造設計図を入手することができる――これはつまり軍が目覚ましい戦果を露骨に要求してきたという事に他ならないと、私の鋭敏な頭脳が昨夜、布団に潜った瞬間に陰謀を見抜いた。勲章を要求される改造と練度のみで到達できる改造、それに何の違いがあるというのか。開発に技術や時間を要するから、とは言わせない。ケッコンカッコカリなどというシステム(七百円)で遊んでおいて、叢雲には改二どころか正確な時刻が分かるという謎の時報システムすら用意されていない。ふざけている。軍は戦争と叢雲をナメているとしか思えない。

 軍が動かないのであれば私が動く。今日は休暇である時雨を観察して改二の秘密を暴いてみせよう。

 

 

◆――――◆

 

 

 まずは食堂で姿を見つけようと歩いていると、角を折れてきた時雨とばったり出くわしてしまった。ラフな格好をしているが動物耳のくせ毛は変わらない。

「お、おはよう提督。食堂に行くの?」

「あ、あぁ」

「提督が食堂で朝ご飯を食べるのは珍しいね。僕はもう食べたから、それじゃ」

 探す手間は省けたが、これは幸先が良いと言えるのだろうか。時雨が私とすれ違って向かう先は工廠くらいしかない。数日前まで三式弾(とペンギン)を量産していて現在は資材不足により完全に稼働を停止させている。

 当然、私服での入場は禁じていて、それを時雨が知らないはずはないのだが……、それに出くわした時の様子も少し怪しかったように思う。どうやら観察開始からいきなり、時雨の秘密を暴くことができそうだ。

「ストーカー発見クマ。一度呼んでみたかったクマよ、憲兵さん」

 こいつ私の背後をっ……!

「こんなところで何をしている」

「鎮守府内で女の子をストーキングしてる怪しい男を見張ってるクマ」

「ストーキングなどしていない。あっちいけ。食堂で焼き鮭の皿ばかり取って皆に迷惑でもかけてろ」

「叢雲の次は時雨クマ? 時雨にお熱になっちゃったクマ?」

「阿呆が。私が心変わりするなど断じてあり得ん」

「え~、でもこの写真はどう見てもだけどクマ~?」

 球磨が持つスマートフォンの画面には、遠ざかる時雨とそれを角から頭だけ出して観察する私が映っていた。スマートフォンを奪おうとしたがヒラリヒラリと躱す球磨。よりにもよってこんな面倒臭い奴に背後を取られ妨害を受けるとは考えもしなかった。

 いつまでも遊んでいたら時雨を見失ってしまう。

「この写真を叢雲に送るか時雨に送るか、実に悩ましいクマ。果たしてどちらの方が楽しめるか――」

「クソッ、ちょっと来い」

 球磨のスマートフォンを持っていない方の腕を掴んだ。このチャンスをモノにするためだ、想定外の事態が発生しても臨機応変に対応する他はない。

「なっ! な、何すムグッ!」

「黙ってついて来い。交換条件だ球磨。「改二」になりたくないか?」

 球磨を引っ張ったまま時雨が歩いて行った先に向かった。幸いすぐに見つけることはできたが、時雨は周囲をしきりに見回しながら歩いている。物陰に隠れながら、諜報員にでもなったような気分で後を付ける。

「時雨はどこ行ってるクマ? 改二って何の話だクマ? 時雨と何か関係あるクマ?」

「そうだ。時雨の様子は明らかにおかしいだろう。あの行動から重要な何かを掴むことで、どんな艦でも改二になれると考えている。球磨型の長女であるお前が誰よりも考えたんじゃないか? 北上、大井、そして木曾が雷巡になれて自分にもなれない理由はないはずだと」

「まあ。……少しは思ったかもクマ」

「改二に隠された秘密があるのは明らかだ。私はそれを暴いて叢雲を改二にする。球磨、お前がここで静かにしていたら、叢雲の次に改造してやろう」

「確信があるクマ? 本当に改二になれるクマ?」

「何の根拠も無く休暇中の時雨の後を追うと思うか? そして見ろ、あの挙動不審っぷりを。分かったか? 分かったら静かにしていろ。そしてさっきの写真を消せ」

「……分かったクマ。ただしクマからも一つ条件があるクマ。叢雲の次に改二になるのはクマじゃなくて多摩だクマ」

「なんだ。いいクマお姉ちゃんじゃあないか」

「好きに言ってればいいクマ。ほらさっさと動くクマ。この場所だと先に隠れる場所がなくなるからあっち側に移るクマ」

「お前、本職はアサシンか何かか?」

 

 

◆――――◆

 

 

 工廠に向かっていた時雨はしかし、周囲に誰もいないことを確認すると中へは入らず、建屋の裏側へと回った。私が提督に就任してから一度も行ったことがない――行こうと思ったことすらない場所だ。どんな方向音痴の者でも迷い込んだりはしないだろう。私の知り得ない目的でもない限りは。

「工廠の裏に何かあるクマ?」

 廃材の影から覗き込む球磨。隠れている様子がどうしてだか様になっていて気色悪いが、ずっと誰かに見つかるのを警戒している時雨に見つからずここまで尾行できたのは、球磨の的確な隠伏術があったからこそだった。もし私一人だったらすぐに見つかっていたことだろう。

「失敗ペンギンくらいしかないんじゃないかクマ?」

「私も知らない。とにかく時雨が見える位置まで移動するぞ」

「待つクマ。位置的に隠れ場所が風上に限られるクマ。……よし。工廠の屋根に登るクマ」

「待て球磨。どうやって屋根まで登るつもりだ。それに屋根には角度が付いているから転げ落ちるぞ」

「いいから黙って付いて来るクマ。このチャンスを逃すわけにはいかんクマ」

 言うが早いか工廠の扉まで近づくと、なんとドアノブに足をかけた。これならピッキングでもしてくれた方がいくらかマシである。僅かな出っ張りに手をかけ足をかけ、迷いなく登ってゆく。クマは木登りが上手いと聞くが、野生のクマでもここまで上手くはあるまい。

「モタモタしてんじゃあないクマ。今、時雨が何かしてたらどうするクマ。早く登ってくるクマ」

 そして当然のように同等の技術を要求してくる。

「無茶を言うな。私は野生の勘など持ちあわせていない」

「意味わからんクマ。じゃあクマが登ったルートを真似するクマ。ドアノブが最初の足がかりクマ」

 足がかり、という言葉をこの歳になって物理的な意味で使われるとは思いもしなかった。

 

 

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TO BE CONTINUED クマ♪

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