「本物のガン=カタを知ってるか?
俺にはイラク帰りの兵士の友人がいるが、それでも思い知ったね。
俺が射線の検討を付けた瞬間、アイツはもういなくなってる。
フィールドを熟知した俺ですら射程外からスコープで初参加のアイツを覗くのが精一杯だった。
ゾンビだとか初速オーバーだとか的外れなイチャモンも、あれなら正直、仕方ないね。
現にナイフ縛りでやって貰ってようやく「互角が見えてきた」ってんだからふざけてる。
リアルナイファー・クマさんはゾンビじゃねえが、確かに人間離れしてる。それは間違いない。
まともなゲームにならなくても数ゲームでクマさんの技術を理解できれば上等ってもんよ。
ナイフアタックが気に入らなきゃあ、スタッフに頼むなり文句なり言ってみるといい。
OKが出た後、クマさん側のチームから半分以上の男共が異動させられる光景は必見だぜ。
……あの子の本名とかブログとか分かったら絶対教えろよ
いつも一緒にいるお姉さんみたいな人も。むしろ俺はあの人の方がいい。
お前も分かってるんだろ?」
◆― ここまでのあらすじ ―◆
カレンダーズ魚釣り大会の最中、長月は射撃場の影より偵察を試みる一人の間抜け陸軍人の姿を発見した。
巧み極まる嘘によりカレンダーズに悟られないよう避難させた長月は、執務室で働いていた秘書艦の電に速やかに報告、そして欠伸をしながら自室に戻った。
「面倒臭そう」という合理的帰結により長月の粛清を免れ、知らずのうちに命を拾ったスパイ、あきつ丸の運命や如何に!?
◆――――◆
一ノ傘が過酷采配を振るう本陣である総合棟は四階、第二執務室その窓から、四つの銃口と四つのレンズがそれぞれ対となって窓の外を油断なく睨みつけている。なるべく窓からの露出を減らすようにと体を壁に隠し、部屋の主の一ノ傘と秘書艦の球磨、隣室から作戦計画を練りに来た竹櫛と秘書艦の電は、今や気分は超一流スナイパーだった。ガラス窓は閉めている。この時間帯で監視のみが目的ならば外の光が反射して室内を隠してくれるだろうという判断である。
言うまでもなく四人のターゲットは陸軍の侵入者であり、もう一つ言うまでもなく四人が構えているライフルはエアソフトガンである。BB弾がポスポス出る。
侵入者は全長約2キロものレンジを誇る射撃試験・演習場の最尖端に隠れ潜んでおり、視力が悪くもなくも優れもしない竹櫛・一ノ傘では、言われてようやく豆粒のような何かに気づける気がする程度である。射撃場を建てた責任者の竹櫛自身が「誰だ2キロも必要などと話を盛った者は」と憤慨した。
「それにしてもすごいのです。この部屋みたいに高くもない場所からよく見つけましたよね、長月」
【電:Lv.109 → 114】
電が言う通り、いくら侵入者が間抜けであるとはいえ、秀でた視力とそれに勝る勘なくしては発見できない位置である。距離が距離なだけに相手が伏せているとあらば尚更その姿を捉えるのは難しい。
「特に菱餅のような小物を探すなら視力は大切ですものね!」と4コマ漫画第5巻78話を読んだ電は柄にもなく、大和を相手に八つ当たりしたこともあった。
秘書艦・電が連絡を受けて竹櫛は窓から確認しようとするも、自分の双眼鏡を紛失してしまったため、一ノ傘の部屋にあるライフル・スコープを借りるついでに対策会議を開くことにしたのだった。双眼鏡など不要だ(から失くした)と無駄に胸を張って威張る竹櫛を無視して一ノ傘は電から事情を聞くと、コレクションであるライフルを四丁用意した。
「おい一ノ傘。このスコープの倍率はどうやって変えるのだ。赤い点の明るさしか変わらないぞ」
竹櫛が構えているライフルはカービンと呼ばれる比較的短めなサイズの銃である。
「やっぱ知らん人は知らんもんやねえ、ダットサイト。それ倍率ないよ」
ほくそ笑みながら一ノ傘はDMR(デジグネイトされたマークスマンのライフル。つまりカッコイイ)に乗せた高倍率スコープを覗いている。重量が多少あるため一人だけ机を窓際まで引っ張ってきてバイポッドを立て、楽々と目標を見据えている。
「遠くまで見えるやつを貸せと私は言ったはずだが。倍率のないスコープに何の意味がある」
「そら勿論、はじめてダットサイト覗いた人の反応が楽しいけん」
「貴様っ……お前が何と言おうがスコープの形をしているのだから見えるに決まっている。この怪しげなネジを調整すればよいのだな」
「ああっ、やめてそこは触らんでゼロインやり直し面倒なんやから」
「……竹櫛司令、電は望遠鏡なくても大丈夫なので、コレ使ってください」
まったく緊張感のない提督と副提督に少々呆れながら電が差し出したのは、たいへん軽くて扱い易いボルトアクションライフルに適度な倍率のスコープを乗せたものである。
「肝心の提督が遊んでたら作戦会議もへったくれもあったもんじゃないクマー」
【球磨:Lv.78 → 95】
一ノ傘の隣で球磨が構えているカービンライフルは竹櫛のものとは種類が異なる。光学機器はホロサイト+4倍ブースターというチョイスであるものの、電と同じく目視できる球磨はレンズの歪みを嫌ってブースターを銃の横に倒して、ダットサイトを贅沢にしたようなホロサイトを通して監視している。四人の中で最も遊びに興じているのは雰囲気だけ真面目な球磨と言えた。
一ノ傘と球磨は仲良くサバイバルゲームに興じる間柄であり、一ノ傘のメインウェポンは気分によりけり、球磨はまさかのゴム製ナイフを使う。意外すぎる優秀さを発揮した球磨に遊戯のフィールドはあまりに狭く、本気でゲームに臨めばガン=カタの世界よろしく敵陣がゾンビで溢れてなお壊滅してしまい、女性ゲーマーを手放したくないフィールド運営者を悩ませてしまうのだった。その妥協点がゴムナイフなのだが、なおも強すぎる球磨は畏敬の念を込めて『リアルナイファー・クマさん』と地元では呼ばれている(仮にガン=カタを極めた者がいたとしても、球磨のような素の可愛さでも持ち合わせていなければ村八分にされた挙句インターネットに晒されるだけなのだ。紳士性が問われる遊戯での露骨な技術・装備などの誇示は控えたほうが賢明かもしれない)。
それはさておき、竹櫛が電に手渡されたライフルのスコープを通して侵入者の黒色の味気ない制服を辛うじて確認できて、ようやく会議の本題に入ることができた。
「陸軍か何か知らんけどさ、敵対行動するヤツに侵入された時のために皆で訓練までして備えといたワケやん? まさかの二回目が来たのは驚いとくとして……マニュアル通り動く?」
この鎮守府は過去に一度、一ノ傘の命を狙われる形で人間一人と深海棲艦(のなりかけ)一人の侵入を許したことがあった。詳しくは【叢雲の薬指 - 来訪者】を参照されたし。その時は竹櫛と叢雲を人質に取られるも、
リアルナイファー球磨
着任から初となる戦果を上げた日向
艦隊の頭脳と言われたい霧島
この三名の活躍により無事に状況を打開することができたのだった。
とはいえ過去の事例は過去の偶然に過ぎない。次の刺客も球磨のナイフや霧島のメガネパンチで撃退されるまで攻撃を待ってくれるとは限らない(ましてや隙を作ったのは日向が遊びで飛ばしていたA-10サンダーボルトⅡの奇跡的な事故だった。この事実は最上しか知らない)。一発のちゃちな銃弾であっさり昇天してしまう事実を痛感した竹櫛と一ノ傘は万が一に備えるべく、敷地内での脅威への対策マニュアルを作成し、それに基づいた訓練も入念に行った。竹櫛と一ノ傘と、指揮官が二名いるためどちらかが残念なことになった場合は言うまでもなく、あるいは二名とも残念なことになってしまった場合は叢雲ないし電が代理として指揮を執る(このあたりから叢雲は『総旗艦』と呼ばれるようになった)というものである。指揮系統が機能しなかった前回の反省が生かされた。
「艦隊は深海棲艦を敵とみなすべし。拡大解釈して敵を見つけたらそりゃあ深海棲艦である」一ノ傘は平然と個人的解釈を言ってのける。「じゃあ海も陸も関係なく問答無用で沈めるべし。仲間がやられてからじゃ遅いけんが、いつものように主砲ぶっ放そう。海より狭い敷地やけんフレンドリーファイアにだけは気をつけようね」
「待て一ノ傘。私はそのようなハードラインマニュアルを作成した覚えはない。勝手な解釈を加えるな」と竹櫛は反論する。「機動力も何もない陸では徹底して艦娘としての装甲を固めるのが最優先だ」
「そんな呑気なことしてられんクマ」ライフルを構えながら球磨は指揮官二人を横目に見た。「臨機応変クマ。各自が最善と思うことをしろって命令だったクマ」
「なるべく穏便に、だったと思うのです」とは電。「葛城さんみたいにお話すれば分かり合えるかもしれないから、説得とか交渉とかを試みる訓練をしませんでしたっけ?」
「いや電、それやとまず私が殺されてしまう。交渉ってのはまず相手を無理にでも席に着かせてから――」
しばらく四人はマニュアル化されたはずの対応をめぐり今更ながら言い合った。
実際のところはどのようなマニュアルであったかと書類棚の奥に埋もれてしまったファイルを引っ張り出すと、四人の言い分それぞれが記載されている。マニュアルに思いつくまま詰め込み過ぎてしまった結果、今更になって冷静に思い返すとなると各々が好き勝手に内容の一部分を切り取ってしまう有り様だった。量も種類もてんこ盛りのマニュアルは正規空母の弁当レシピに近いものがある。
襲撃された直後は竹櫛と叢雲が命の危険ギリギリに晒されたこと、葛城の鮮血に染まった会議室を見たことから、誰もが事件を重く見て積極的にマニュアルの作成と実践に臨んだものである。仮想敵に扮した山城(ジャンケンで決まった)が精一杯、悪役らしい身なりをして、
「えー……そのー……ザッケンナコラー!」
なぜヤクザスラングを叫ぼうと思ったのかはさておき、目前に現れたフコウ・ヤクザに今度こそ我等が鎮守府で好きにはさせまいと全員が本気になった。正規空母たちは襲撃当日は営倉にいたくせに弓を過剰な力で引き、カレンダーズはナイフを構えた球磨の後ろに隠れてぷるぷると小動物のように震え、とにかく誰もが切迫感に背中を押されるまま本気で何かをした。唯一される側に回った山城からすればたまったものではなかった。
このようにして零から作成されたマニュアルであったので、内容の充実は過剰気味になってしまい、マニュアル完成・訓練終了からひと月かふた月もすれば、指揮官の二人も含めたほぼ全員が全貌や詳細を忘れてしまう体たらくだった。
◆――――◆
「……で。マニュアルの事は一旦忘れて、今々はアイツを何とかしないクマ?」
球磨に似合わないまともな具申をできたのは、竹櫛と一ノ傘が言い合いの末に始めた責任のなすりつけ合いが非常に見苦しかったためでもあった。
秘書艦の二人にカッコイイ大人なところを見せたい二人は咳払いをして「う、うむ。そうだな」「そうやね。さてと」チクチク突き刺さる球磨と電の視線を我慢する。
艦娘の二人は目視できる分だけ、たとえ阿呆らしそうではあっても侵入者から感じる脅威は大きいという理由もあってやや緊張気味である。
「あの、本当にすぐどうにかしたほうがいいと思うのです……今日は誰も射撃場にいないですけど、なんだか寮の屋根にスズメバチがとまってるみたいな気分なのです」
「クマもそんな気分クマ。正直なとこ、気付かないほうがよかった早くどっか行ってほしい、とか、危害が及ぶ前に主砲ぶっ放してしまいたいクマ。とゆーかココが海上なら躊躇無く砲雷撃戦を始めてるクマ。横っ面を強襲された距離クマ。大井の性格なら敵影を確認する前にとりあえず魚雷ばら撒いて水柱で索敵しようとするクマ」
攻撃的な秘書艦二人に横からせっつかれ、しかし指揮官二人の反応は鈍い。
「鎮守府で気軽にドンパチさせないための射撃場なのだ。いいか誤解はするなよ? 私は決して強行路線を執って責任問題が発生するのを恐れているわけではない。断じてない。なあ一ノ傘、このエアガンで威嚇射撃を行うというのはどうだ? 安易な武力行使に踏み切らないのが日本人の美徳であろう」
「今だけは竹櫛に同調したいわー。でも残念やけどエアガンの有効射程ってせいぜい50メートルなんよ。本物のライフルがあっても2キロはふつう無理。威嚇するなら日本刀と対決して勝ったっていうマシンガンくらいは最低ほしいとこやね。それ以上は艦娘に出てもらったほうが早い」
「難しいか。では探照灯はどうだろう。まだ日中だが、だからこそ適度な明るさが、こう、目にやさしく、後になって失明の危険がなどと、いや私は決して後の責任追求を恐れているわけではないのだが」
「おお、それナイスアイデアかもしれん。じゃあ……まず実験してみん? 射撃場でどれくらい効果があるか確かめんと」
「そうだな。そのための射撃場だからな。両端に誰かを立たせて――」
これぞお役所仕事の真髄、最適かどうかは不明であるも不適切ではない対応を取りつつ視界の端で様子を窺いできれば時間が解決してくれるのを待つスタイルである。つい先程まで侵入者に仏の慈悲など不要と言わんばかりに強行路線を語っていた元ブラック艦隊提督までもが一転して弱腰になってしまったものだから、電と球磨はいっそう呆れるばかりだった。竹櫛の少し情けないところも好きと言う電でさえ閉口してしまい、一ノ傘の遊び友達として球磨はお前そんなんでいいんクマ? とビンタで目を覚まさせてやりたい衝動に駆られた。
「球磨さん、どうしましょう……」
「……クマが何とかしてみるクマ。今度こそ敵に何かされる前に何とかしたいとは思ってたクマ。すっごい不服なのは置いとくとして……。電は射撃場に誰も近づかないよう見張っててほしいクマ」
「ごめんなさい球磨さん一人に危ない事を……よろしくお願いするのです」
球磨が窓を開け放って一歩踏み出しそのまま外へ、四階の高さがあるにもかかわらず躊躇無く身を躍らせても、話し込む指揮官はまるで気付く様子はない。
「探照灯で照らす役はやはり古鷹ちゃんが適任であろう」
「じゃあ照らされる役は青葉で決まりやね。眩しかったら『ワレアオバ』っつって」
「うむ。――いや待て。古鷹ちゃんが強力に照らしている先から発光信号を送られても見えないのではないか?」
「ああ、そうかもしれん。じゃあ、そうやねえ……逆に眩しくない間ずっと『ワレアオバ』させるのは? 『ワレアオバ』が途切れたら成功、って」
「なるほど。今日は頭が冴えるな一ノ傘。では早速、今から古鷹ちゃんが働けるかを確認するとしよう」
「じゃあ私は青葉に――」
「……あのぅ」と電は、2キロも続く射撃場のゆるやかな三角屋根の頂点をニンジャの如く軽快に駆けてゆく球磨を見ながら話に割り込んだ。
「お二人の理屈だと、照らされてる間は『ワレアオバ』が途切れたかどうかも確認できないと思うのです」
阿呆二人はしばらく固まった後、「確かに」と鹿爪らしく頷いた。電はイラッとした。
「盲点であったな」
「さすが私の電やね」
「ではどうする。青葉にも同じ明るさの探照灯を装備させるか」
「ここはもう叫ぶのがいいんやない? 『ワレアオバーッ!』て」
叫ぶなり電話なり無線なり好きにするのです。そう頭の中にだけ留めておいた電は、阿呆二人が球磨の邪魔をしそうにはないことだけは良しと逆に考えることにした。
◆――――◆
球磨が射撃場の側面にある簡素な通路ではなく屋根の上を走るのは、なるほど侵入して来た陸軍人に見つからないようにかと電が気付いたのは、球磨がそろそろ目標と接触する距離まで到達しかけている頃だった。
ナイフを構えた死神が猛スピードで接近しているというのに陸軍人は気付いた様子もなく、相も変わらず鎮守府の様子をうかがってばかりいた。ずっと電たちに観察されているというのに逃げるでも隠れ直すでもなく海面に匍匐したまま、そろそろ顔面を打つ細波に耐えかねたらしく首をやや上げたくらいの変化しかなかった。
もしかして陸軍の彼女は単なる情報収集などではなく別の目的を持っているのでは? そう考えるのと同時に電はもう一つ懸念した。
「球磨さん、どうするつもりでしょう」
「うむ」「ねえ」と相槌を打つ竹櫛と一ノ傘は、電の梅雨前線の如くジットリ湿った視線に耐えかねてライフルスコープの筒内世界に隠れ場所を求めた。
どうするかという点については、どうもこうもなかった。
至極当然クマ、と2キロ先から声が届いてきそうなほど慣れた手際で陸軍人を強襲した球磨は、手を後ろに縛ってとっ捕まえてしまった。セーラー服のスカーフは球磨に言わせれば装飾にも包帯にも手錠にもなる便利グッズである。射撃場の影になっていたため第二執務室からはその様子は残念ながら見えなかったものの、球磨が屋根から飛び降りた約十秒後には陸軍人を捕獲して側面通路に出てきたものだから、見守っていた三人にはハラハラする暇もなかった。
捕まえた陸軍人に前を歩かせて球磨は「おーいクマー」と2キロ先から呑気に手を振った。「カブトムシ見つけたクマー」と無邪気な台詞でアテレコされても違和感がなさそうだった。
「竹櫛さあ」
一ノ傘がぽつりと言った。
「この鎮守府の警備、もう球磨ちゃん一人に任せん?」
「今日はやたらと気が合うな。私も今、同じことを考えていた」
「もう! お二人ともそろそろ他人事スタイルはやめにしとくのです!」
◆――――◆
長い長い射撃試験・演習場は工廠から生えるように建造されており、開発された主砲などをすぐにテストすることができる。性能評価も各種訓練も可能な合理的施設は必然的に予約の奪い合いが生じる殺伐空間でもあり、今日のように砲撃音や喧嘩の声が聞こえてこない日は珍しかった。
電は念のためにと工廠に転がっていた小型砲を掴んで球磨を迎えに走った。竹櫛と一ノ傘は射撃場外壁の側面通路の始点で待つことにした。先程まで警備責任のなすりつけ合いをしていた二人とも偉そうにふんぞり返っている。一ノ傘は竹櫛を盾にしていつでも工廠内に逃げ込めるように通路と工廠を隔てる扉から離れなかった。
側面通路は簡素で頼りなく、戦艦数人が艤装を背負って歩くだけで壁からもげてしまいそうだった。ただ点検などのために、鉄柵が水平線まで届きそうなほどダラダラ続くばかりである。
長い道のりをはるばる歩いてきたクマ警備と先行した電は、まさしく陸軍の者を連れて来た。
声が届く距離まで近づき、竹櫛と一ノ傘がツバを飲み込むと、後ろ手に縛り上げられた者はまったく唐突に叫んだ。
「この『あきつ丸』の目は誤魔化せないであります!」
【あきつ丸:Lv.38】
あきつ丸と名乗る阿呆陸軍人に臆した様子はなく、むしろ何処か知れない所から湧いてくるらしい自信を糧として竹櫛よりも偉そうな表情をしてすらいた。天照大艦隊の周囲に現れる阿呆はだいたいが偉そうであるとはいえ、他所様の敷地に侵入しておいて捕まり手を縛られて、なおも偉そうな態度を通してくるとは四人の予想外だった。竹櫛と一ノ傘、電、のみならず楽々と捕らえたクマ警備ですら僅かに怯んでしまった。偉そうな阿呆に弱腰の態度を見せればさらに増長させてしまうと経験から学んでいる四人の、これは迂闊だった。
案の定、四人の狼狽に勝機を見出したあきつ丸は、この場で畳み掛けて圧倒的優位に立ってしまおうと、用意していた切り札を早くも切るのだった。
「いくら隠蔽しても自分のカ号は真実を暴くであります!」
カ号に索敵値は設定されていないが、細かいことを気にするものではない。
「確かな情報を掴んでいるであります――この艦隊では『葛城』と名乗る深海棲艦を罪深くも匿まっていることを! であります! ふっふっふ。深海棲艦を鹵獲した、そこまでは悪くなかったでありますな。しかし詰めが甘い! のであります。激戦区である呉からならばこっそり艦名を拝借してもバレないと思ったでありますか? では自分が呉に停泊した時にカ号の一時着艦を許可してくれた彼女、紛れも無い正規空母は誰だったでありますか? 自分に対空理論や大規模輸送などの極意を伝授してくれた葛城殿こそ正真正銘本物の正規空母! であります! さあ、このあきつ丸を前に悔悛するがいい! であります! ここで匿われている深海棲艦を大人しく自分に差し出すべし! であります!」
鎮守府の指揮官らしい二人と艦娘二人が呆気にとられるのを見て取ったあきつ丸は「これぞ強襲揚陸艦の真髄であります」とほくそ笑む。鼻息をあまりに荒くしてしまったため笑いを隠し切れていないが、それでも彼女的には「してやったり、であります」とクールに任務を遂行したつもりだった。
聡明なる読者諸氏は既にお気づきであろう。
竹櫛、球磨、電がどれほど呆れているかを。
しかし一ノ傘のブラック的思考はこの時、既にその一歩先を進んでいた。
珍しい装備を持っているらしい陸軍人が過失を宣伝しながら工廠に来た。
即ち、カモがネギをしょって台所まで歩いて来たに等しい!
暴れないよう拘束済みですらある!
なんたる幸運!
身包みを剥がす口実を具体的に考え始めた一ノ傘の眼光が探照灯のように輝いた。
←←←←←←←←←←←←←←←←←
TO BE CONTINUED なのです!
←←←←←←←←←←←←←←←←←
◆― あきつ丸の扱いが酷いので第六駆逐隊フレーバーで和らげるのを目的とした、本編となんら関係の無いおまけ ―◆
いつもの飲み会場と化した夜の食堂。
思い思い好き勝手に酒を呑んでいた者たちの視線が、カウンター横の特設ステージに集まった。第六駆逐隊の四人がその期待に応える。
「一フジ……」
「二タカ……」
「三なのです!」
第六駆逐隊による渾身の一発芸が誘う大爆笑。広々とした食堂はアルコール臭く、誰が何をやってもウケた。よほどでなければ滑ることがなかった。
だが低過ぎる沸点が笑いの妨げとなる事も時としてある。
この一発芸は電の「三なのです!」の後に、雷の「って、あんたは三番艦でしょうが!」というツッコミが入って完成する計画だったのだ。
電の勢いがウケてしまうのを見越せなかったのはネタを考えた響の手落ちである。ウケたから結果的に良しとするのは愉快的思想の退廃に他ならない。第六駆逐隊の四人が示し合わせた通りに笑わせなければ意味が無いのだ。
「(しかし今から雷がオチを言い直しても……)」
ステージ上で響のみならず暁と電も歯噛みした――その瞬間、雷は一歩前へ出た!
「じゃーん☆ 第六駆逐隊でしたー!」
ワザマエ! 当然のようにシメを告げつつ、最後にしゃしゃり出てトリを攫ったように見せることで自身への注目と更なる笑いを誘っているではないか! 食堂中から拍手と同じ量の「お前は何もしてないだろ!」とツッコミが飛んで来る! 刹那のタイミングを逃さない恐るべき判断力が織り成す笑点!
それだけではない。雷は逆境からさらなる笑いを作り出すに留まらず、敢えて戦果を独り占めすることで第六駆逐隊の気まずい雰囲気をも吹き飛ばしたのだった!
これぞ天照大艦隊の最高練度が魅せる機転!
「ハラショー……美味しいところを奪ってくれるじゃあないか」
響は皮肉混じりに言った。
「あら悪かったわねぇ。それじゃお詫びに一杯奢るわ」
ステージを降りてゆく四人の姿を、観客席の数人は確かに見ていた。
その輝かしい絆を!
ユウジョウ!
「あ、次ですか? ……えっと、頑張ってください……なのです」
しかし、去り際の電に声をかけられた山城ただ一人だけは、そんな第六駆逐隊の姿を忌々しく思った。次は彼女がステージに上がる出番である。果たして第六駆逐隊が大成功を収めた後で、彼女の一発芸『扶桑姉さまモノマネ ~六月の幸運編』は笑いを勝ち取ることができるだろうか。
あまりにハズカシイ間違いを訂正……。
動画のオッサンは「でざいねーてっど」って発音したと思ったんですけどなあ、単語帳の発音記号が「でじぐねいてっど」ならば、そりゃあ自分の耳が駄目なわけですわ。
いやぁ、他言語も勉強するものですね。なお私のTOEICスコアは400を切ります……。