球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第34話 叢雲の薬指 - 海花と海鳥 ⑤

 元は一ノ傘率いるブラック艦隊が拠点としていた場所なだけあって、常駐員が八人しかいない鎮守府としては不釣合いに広く、今も多くの建屋が来るべき何らかの未来のために保存されている。鎮守府の全景は、天照大艦隊の鎮守府から増築された部分と長過ぎる射撃試験・演習場を除けば丁度、同じような風になる。工業地帯を防衛する最重要拠点としては人々を不安にさせるほど寂れているように見えた。要となる施設機能を除いてほとんどの扉には鍵が掛けられたままであり、葛城や傘姫、潜水艦らは四階建ての総合棟の二階に寝泊まりしている。オリョール海は嫌だが階段の僅かな昇り降りしかしない生活も嫌だと言う潜水艦たちが羽を伸ばしに積極的に海に出るほど窮屈な日々を過ごしている。実際、一階の執務室に籠もることが増えた葛城は若者らしくもなく目や腰の疲れを訴えた。猫吊さんに関しては言うまでもなく、気分や体調どころかその生態がいつまでも謎のままである。

 不要な照明は分電盤から電力を断たれ、また蛍光灯も必要な場所のための予備として回収されている。無人となった寮などは廃墟と呼ばれるのを待つばかりであり、その有様が敷地内の夜間の闇をいっそう深いものにした。元々そこで生活していた旧一ノ傘艦隊の者たちは元の姿をよく知っていることもあってからか、最低限の機能を残すのみの鎮守府を見ると胸が傷み、夜になれば建物の輪郭すら見えなくなる暗さを恐ろしく思いできるだけ近寄ろうとしない。

 天照隊の鎮守府も同様に節電と規則正しい生活のため消灯されるものだが、夜の帳が下りて艦娘が任務から戻ると、どの建屋にもポツポツと灯りが見えるものである。夜勤、三交替業務、ただの夜更かしなど理由は様々ある。

 任務から鎮守府に戻る時、旗艦を務める睦月が短く探照灯を点滅させると、駆逐艦寮の眠っていない一室の窓から灯りに包まれた如月が手を振り返した。

「こういうのって、なんだかいいよね」と睦月は長月の側に寄ってはにかんだ。

 カレンダーズは温かい場所にいるべきだ。長月はそう思っている。

 腰のベルトに刺した信号拳銃に触れつつ陸を目指す。

 総合棟のように高い建物を見つけるだけならば10km以上先から可能だった。しかし低い位置まで見えるようになるまではもう少し近づく必要がある。普段ならば気にも留めない距離がもどかしかった。

 鎮守府全体が目視できる距離に入ったことで指折り数える程度の小さな灯りが見えた。不幸中の幸いか煙や火が立ち上る気配はまだない。深海棲艦と成った可能性のある葛城が潜む鎮守府で今尚、誰かが灯りを必要としていることになる。少なくともその辺りで見かける深海棲艦よりは秩序があると長月は見た。暗然たる影の上から雨のフィルターが覆い隠そうとするあの場所の、睦月は恐らく総合棟一階のどこかで助けを待っている。あれほど灯りの少ない場所で、睦月が心細げでないはずがない。長月はいっそう目を凝らした。

 長月が洞観者となり、猫に誘われるままに武蔵の様子を確かめに行ったことを思い出した。あの時はまだ猫を半分疑っており、見舞いを装って入り込んだ長月はくすねた包丁で艦隊を壊滅させる覚悟すらしていた。猫が人を動かそうとする理解不能な異常事態では万が一を想定せずにはいられなかったのだった。

 そして今、その万が一がコイントス程の確率となって再び長月を誘っている。

 被害が出てからでは遅いという大和の態度は艦娘ならば誰にだって理解できる。葛城が『その気』になっていれば鎮守府、そして周辺には既に悪夢のような炎と黒煙が上がっていたことだろう。鎮守府近隣の工業地帯までもが破壊されれば国の防衛力すらなし崩し的に傾くに違いない。睦月がその場に居合わせたらどのように動くかと分かり切った想像しかけるも、長月は頭を振ってその想像を払った。

 以前、武蔵の身に異変が起こった時は彼女がマトモであってくれたために荒事は回避できた。その時は運が良かっただけの話である。今から長月は再び尋常を踏み外した艦娘がまともであってくれるかを確かめ、目から青白い炎が出たからと言い訳をするならば躊躇無くその炎を首ごと胴体から切り離して鎮火させる。むしろ今回は望みが薄いと分かっているのが幸いして、睦月救出のみに専念できそうだった。ただ、今だけは睦月の正義感が大人しくしていてくれることを祈るしかない。

 全容が見えてきた総合棟の正面、埠頭に大きなテントと人影が見えた。大和との話の中でもまったく触れられなかったが、この艦隊には五人の潜水艦がいたことを長月は今になって思い出した。可能な限り関わりを避けてきた潜水艦である。

 五人が五人とも常識を踏み外してしまった艦娘――洞観者と成ってしまった彼女たちにも理由は必ずある。しかし先ほど電話をかけてきた武蔵までもが彼女たちの存在には触れなかった。五人の潜水艦はハングド・キャット、つまり猫の庇護を拒み続けているのである。時雨や木曾のように「比較的マトモな世界」から踏み外さないよう長月が見張っている、といったような特別な理由もないという。招待を無視され続けている武蔵は理解に苦しむと嘆き、長月に言わせれば奴らこそ深海棲艦よりも分かりやすい異世界からのアンノウンだった。相互理解など試みるだけ無駄と断定する他にない。

 その証拠にアンノウンらは、人類の脅威となった葛城ではなく、人類を救うべく単独で立ち向かう長月にロケットランチャーのような何かを向けている。

 同じ艦隊の仲間であったはずの大和まで一切言及しなかったのは、実は扱いきれない猛犬の事をわざと思考から追いやったのではないかと長月は勘繰った。

 

 

◆――――◆

 

 

 トルピードランチャーを構えた潜水艦たちは単身で乗り込んできた間抜けにニヤリと笑みを作り形だけの敬意を表した。彼女らの旗艦・葛城に仇なす不埒な連中が少数精鋭で来ると予想しての準備だったが、大和の姿が見えないどころか、まさか駆逐艦が一匹、おまけに洞観者とは。海老で鯛を釣ろうと期待していたらシーラカンスが釣れたような気分だった。予想外の範疇をさらに越えての襲来が愉快でならなかった。

 水面下と水面上の両方に伊19、伊58、伊8、伊401の四人が遥か遠い的に向けて間断なく魚雷をばら撒いた。全速で突っ込んで来る駆逐艦を信管が捕捉し炸裂する。海中を進むだけでなくロケット弾のように空中からも突き進み派手に爆発する魚雷(?)を、しかし駆逐艦は堪えた様子もなくやり過ごして向かってくる。

「いいよいいよぉ洞観者……シーラカンスどころかドラゴン釣っちゃったね!」

 伊401だけではない。他の四人も悪鬼めいた笑顔を見せていた。

 艦娘としての練度が測定不能域にある彼女たちにとって普通の魚雷で沈む艦に価値は無い。そして一撃必殺の暴威を全方向から浴びているはずの、だが全く怯む気配を見せないあの大剣を持つ駆逐艦は最高だった。潜水艦たちが久しく感じていなかった強者と対面する感覚は絶頂までの道に近い。

 敵駆逐艦がさらに接近してくる。制圧雷撃とも言うべき殺意を好く好く送り続ける攻撃がまるで通用しない。

「――イヒッ♪」伊19が笑った。

 我慢しきれなくなった四人は『本気で』魚雷を撃ち込み始めた。既に鬼姫クラスの深海棲艦を数体は沈められる魚雷を消耗している。陸に立つ彼女らには山積みした魚雷を狙われても雷撃の壁で防御できる程の準備がある。

 申し訳程度の照準器が付いているトルピードランチャーから放たれた魚雷がようやく一発、小柄な駆逐艦の胴体めがけて空中を真っ直ぐ飛んだ。

「さあ死んでみせてよ」伊8が喘ぐように言った。「耐えきれたら犯したげるからさあ!」

 洞観者の木端微塵になる様は絶頂するほど素敵に違いない、四人がそう期待して目を凝らした瞬間だった。

 駆逐艦は水面を蹴って跳躍、魚雷を飛び越えるつもりかと思われた瞬間にさらに魚雷を踏みつけて跳躍、海面に踏み落とした魚雷が発生させた水柱を受けて見上げるほど高く跳躍――潜水艦らは一瞬、天に昇る龍を幻視した。

 遥か上空、制服の損傷一つ無い駆逐艦は姿勢を整え、スカートをちょこんと押さえながら雨と共に急降下した後に着水した。ハッキリとこちらの四人を見据えている。「着水の瞬間を狙ってくれても構わなかったのに」と、その目は確かに言っていた。

 両者の距離は約2km弱。最終決戦距離まで詰まっていた。

「もう我慢ならんでち!」

 伊58が叫んだ。他の三人も同じ気持ちだった。アイツと本気で海戦がしたい。命の駆け引きがしたい。

 トルピードランチャーを担ぎ直して四人は海に走り出そうとした。駆逐艦との距離はさらに1kmまで詰まっている。鎮守府という障害物のない海で戦いたい。殺し合いたい。

 しかしそれを制止したのは、ずっとテントの下でおあずけを食っていた伊168である。

「待ちなさいバカ達! 発情するなら300メートルまで引き付けてからにしなさい」

「「「「うへぇ~い」」」」

 一気に冷めてしまった四人の照準はやっつけ仕事的なものになってしまい、魚雷の一発一発から当てようとする意気込みが消失した。

 距離が近く直線的な回避が難しくなったというのもあるが駆逐艦も雰囲気の変化を察したらしく、逆に訝しんで速度を落とした。

 両者の間がジリジリと縮まる。伊168はこっそりと得意でもない小口径砲を装備した。

「もうすぐよ。合図したら予定通りフルファイア」

「「「「うへぇ~い」」」」

「3・2・1はい今!」

「「「「もっと早く言え!」」」」

 トルピードランチャーの一斉射撃により、もう目と鼻の先にいた駆逐艦の周囲に派手に何本もの水柱が立ち昇った。露骨な目眩ましと足止めである。再び怪人の如き跳躍をされる可能性もあったがやる気のない魚雷で速度を緩めさせたのが良い方向に働いたらしく、狙い通り駆逐艦は水柱の檻の中で停止した。

「この瞬間を待ってたのよ。海のスナイパー、イムヤにお任せっ!」

 水柱の檻には一方向だけ穴が開けられていた。檻の中の獲物と伊168を結ぶ直線上である。

 手練の駆逐艦は当然それに気付いた。その先でへっぴり腰で小口径砲を構える伊168にも。今までの陥穽はその一発のためか、ここに来てそんなちゃちな砲で私をどうにかできると思っているのか、そう言いたげに見つめている。その慢心こそ狙い通りと、伊168は引き金を引いた。

 魚雷よりも軽く速く放たれ、パコンと軽い音を立てて刀に弾かれたそれは砲弾ではない。

「ぃよしっ!」とガッツポーズをする伊168と自分が弾いた物を見て普通ではないことを悟った駆逐艦は、ここまで来てようやく刀を刀らしく構えた。檻を構成していた海水が滝のように駆逐艦の周囲に降り注いだ。

 小口径砲をポイと捨ててテントの中のパソコンの前に座る伊168の背後に、他の四人が集まった。モニターの明かりが五人の顔を照らす。

「どうなの? どうなの?」と伊19が急かした。

 

 

◆――――◆

 

 

イムヤ「んん~……」

ゴーヤ「どうなんでち?」

イムヤ「やっぱり駄目。ノイズが多過ぎる」

ハチ「潜水艦がノイズを言い訳にするなんて情けない」

シオイ「波形の一番高いここが固有振動数じゃないの?」

イムヤ「これだけ他の周波数でも振れてたら、意味のあるデータとも言い難い」

ゴーヤ「意味わからん! そもそも固有振動数って何でち!」

長月「私も分からない」

イク「イクも分からないのね」

ハチ「私の読んだ本にも書いてなかった」

シオイ「もうさ、とりあえず撃ってみようよ。振動魚雷」

イムヤ「あんた達は今まで何をやってきたのよ……もう一回だけ説明するわよ。振動魚雷については霧の艦隊に関係する資料を後で読むこと。まずはとにかく、ただ爆発とか泡の膨張・収縮をぶつける単純な攻撃だけじゃ破壊力には限界があるの。せっかく当てた魚雷がダメージコントロール以前に装甲で対処されたら悔しいじゃない? そこで標的の固有振動数だか共振周波数だかの振動を持つ入力を相手にぶつけると、それが何倍にも増幅されて出力になる――つまりダメージが何倍にもなる。ここまでは極楽師匠に習ったからいいでしょ」

ゴーヤ「分かる?」

長月「さっぱり分からん」

イムヤ「だ・か・ら! 霧の艦隊とかナノマテリアルとか意味不明なものの特性なんて分かりっこないけど、艦娘と深海棲艦の外構造くらいなら普通の機械みたいに二次遅れ+むだ時間系で近似できるだろうと仮定するわけ。ああ理解しなくていいわ。普通の機械よ、普通の。そんなものと思っとけばいいから。じゃあそういう仮定で具体的に何が分かるかっていうと――こんな感じに山が一つあるグラフが書けるの。横軸が周波数で縦軸がゲ……ダメージ倍率」

シオイ「ほうほう」

イク「ふむふむ」

イムヤ「この山の高さがダメージ倍率を表してて、100の力で叩いたらダメージが500とか1000とか余裕で増幅されるわけ。で、この山がいちばん高くなるこのポイント。この周波数を固有振動数っつってんの。いいわね?」

ハチ「なーる」

シオイ「そういえば極楽師匠もそんな絵を書いてたよーな」

長月「誰だその極楽師匠ってのは」

ゴーヤ「極楽師匠は極楽師匠でち。それ以上でもそれ以下でもない」

イムヤ「じゃあ話を戻すわよ。固有振動数は相手の弱点みたいな数字ともう面倒臭いからそう覚えてくれればいいけど、問題はその周波数をどう測定しろって話なの。とにかく機械の色んな要素で特性は変質しちゃって、いざ機械を作ってみたら自分で発生させた振動で壊れちゃった物だって少なくないわ。共振アレルギーみたいに強く揺れたら共振だって決めつけちゃう人も少なくないリスクの高い現象なの。まあ私も極楽師匠から聞いた話しか知らないんだけど。一言で言ってしまえば振り子みたいだとか単純なのに、実際は振動が発生する要因や部分はたくさんあって、それを支えるたくさんの骨格はもっとたくさん。そんなの考えるなんて途方も無いでしょ。だから共振問題についてはシミュレートできるならできるに越したことはないとして、企業とか職人のノウハウで回避したり現場で試行錯誤したり、共振しても耐える強度になるよう後追いで補強したり、あるいは振動弾頭を開発したっていう天才チャイルドがいてくれたらなって感じなの」

シオイ「じゃあ私たち駄目じゃん」

イムヤ「最後まで聞きなさい。というか極楽師匠の話は全員で聞いたでしょうが……。だから私たちが作った振動魚雷は何というか、ローテクなの。まず相手にセンサー叩き込んで固有振動数を測定して、得られた数値を弾頭に入力して、それを発射する。対霧の艦隊用の魚雷が全自動でやってくれるっぽい作業を手動でやるってわけ。敵の艦種が同じなら別個体も固有振動数は近いはずだからデータの使い回しができるかもって期待してやってるんだけど、さっきも言った通り問題は肝心の測定方法っていうねえ」

イク「決められた通りの振動で強く震える弾頭を作るの、失敗しまくったのね」

イムヤ「何も知らずに作ってた意欲のほうがスゴイわ」

長月「レーザーだか音波だかで測定できるセンサーはないのか?」

イムヤ「あるかもしんないけどさー、ハンマーでガッ! とやって波形を観察するのが一般的。しかも打撃ポイントを何箇所も決めて、対象物に余計な振動が一切加わってない状態で、何回か叩いてみてやっと確証らしきものが得られるくらいよ。有線ハンマーの代わりに無線砲弾。対象は激しく動いてて、測定チャンスは限られてる。おまけにターゲットは戦艦を想定してたのに駆逐艦が来ちゃった。極楽師匠の教えだからここまで作ってはみたけど、あれこれ考えれば考えるほど、ねえ……」

ゴーヤ「どーすんでち! 大和を一撃で沈める魚雷はどうすれば作れるの!?」

イムヤ「ものすごく静かな環境であと50……最低10回はテストして波形を取りたいわ。測定弾は5発しか作れなかったから使い回すしかないわね。あるいは……」

ハチ「あるいは?」

イムヤ「普通に測定器付属のハンマーで叩く。これなら測定弾より数億倍マシだと思う。ケーブル長とか接近の問題とかあったけど、今はホラ、ここにいるわけだし。駆逐艦」

イク「それなら簡単そうなのね」

長月「ハンマーで叩くって、具体的には? ピコピコハンマーみたいなものか」

イムヤ「対象に観察できるくらいの振動を発生させないと意味ないし。五寸釘を打ちつけるくらいの強さで全体まんべんなく、いやトルピードランチャーで狙えそうな箇所に絞るかな? 各ポイントで5回くらいってとこかしら」

シオイ「面倒臭い……予めいろいろ想定するのが潜水艦というかさぁ」

イムヤ「いきなりだったんだから仕方ないでしょ。ていうか今の今まで何も知らなかったくせに」

ゴーヤ「メンドイけど、せっかく作った振動魚雷が無駄になるよりマシでち」

ハチ「えーと駆逐艦のあなた、そのまま動かないでね。最初は頭を強く測定した方が全身を調べるのに面倒がなくて――」

長月「発想が白露レベルだ阿呆共が」

 ネコノツメのハンマーのような棟が潜水艦五人の頭頂部に振り下ろされた。状況を弁えずはしゃいでいた声が無くなり、『Uボート誘致』パイプテント内は発電機がマイペースで働き続けるばかりとなった。

 猫を通して繋がり合ったはずの、しかしハングド・キャットの繋がりを拒否し続ける五人を、長月は複雑な目で見た。武蔵からは幾度となく説得を命じられていたが、腕っ節だけでは戦争には勝てないと教えたのも武蔵である。例えば長月に、あのラジコンで遊ぶことこそ使命と言わんばかりに働かない航空戦艦・日向を更生させることができるだろうか。いやできない。長月はハートまでもがネコノツメのように強靭であるわけではない、その点では他のカレンダーズと変わらない少女である。

 できれば一生、関わり合いを本気の本気で持ちたくなかった阿呆潜水艦たちをせめて並べてテントの中に寝かせて、長月はその場を後にした。

 

 

◆――――◆

 

 

 総合棟一階の窓は一箇所のみ室内の灯りが漏れていた。

 潜水艦たちが氷山空母をも撃沈させる勢いで魚雷をばら撒いたばかりであり、葛城がそれに気付いていないはずはない。元から楽に事が済むとは考えていなかった長月だが、ここに至ってもまだ窓ガラスの一枚も割れていない静けさは予想していなかった。

「心理戦というか……こういうのは球磨の領分だろぉ……」

 長月は海戦用の艤装を外し、ネコノツメと鞘、信号拳銃だけを持って恐る恐る明るい窓に近づいた。

 おっかなびっくり室内を覗くと、そこは客人を迎えるための小奇麗な椅子とテーブルがしつらえられた応接室だった。室内には誰もいない。

 秩序的な室内には特に荒らされた様子は見当たらない。テーブルには三人分の湯呑みがあり、放置された食べかけの煎餅が、つい先程までこの部屋が平和的に使用されていたことを表している。そして煎餅を食べ終わらぬまま部屋を出たらしく、出入り口の扉は開いたままだった。

 長月にとって部屋の検分といえば密室殺人よりもマウスポインタで室内をクリックしまくる脱出ゲームである。もしくは金田一的トリックに感心するのも嫌いではない。つまりはその程度の観察眼しか持たず、とはいえ応接室の扉は開きっぱなしで密室殺人も脱出ゲームも成立しないし、いつまでも雨が降り続く屋外から屋内を観察していてもしようがない。

 出来る限り静かに窓を破って中に足を踏み入れようとした、その時である。長月が差し入れた右足はブミリと柔らかいものを踏み付けた。

「ひゃうん!?」

 可愛らしい奇声を上げた長月は飛び跳ねて椅子を蹴倒してしまった。

 外からは死角になっていた窓の真下に罠のように設置されていたのは他でもない、長月が昼間にその姿を発見した時からすべてが始まった元凶、間抜け陸軍人が倒れていたのだった。

「……おい、生きてるか?」

 応接室に入った長月が陸軍人をネコノツメでつつきながら昼間の黒い制服姿と今の緑ジャージ姿を頭の中で比較していると、ふと、おかしな点に気がついた。ミステリに明るくない長月の脳にカミナリが走った。

 失禁である。ジャージの上から失禁しているのである。するとつまり陸軍人はわざわざジャージに着替えてから失禁したのである。茶をこぼした可能性も無くはなかったが湯呑みはすべてテーブルの上であり、加えて今この陸軍人が倒れている尻の下あたりの木床にシミができている。その場で失禁したと見て間違いないだろう。これはミステリである。名探偵ならば臭いをかいで確認したかもしれないが長月には勿論そのような趣味はない。

「普通、お漏らししてからジャージに着替えるんじゃあないか?」

 服を濡らしてしまうからジャージを着用するのであって、ジャージは濡れることを予期してオムツ的に使えるものではない。清掃のためにジャージを着用することならば長月にもあるが、葛城に嫌がらせをすることが目的だったはずの陸軍人にわざわざ制服を脱ぐ理由がない。仮に、百歩譲って、ジャージがそのようなオムツ的用途であったとしても、敵陣内部で着替える暇があるならば予めその辺で用を足してこいという話である。

 いくら葛城が目から青い炎を出したといっても自分の陣地を排泄物で汚されも無頓着、ということがあり得るだろうか。深海棲艦はそのあたりどうなのかと純粋な知的好奇心から知りたくなった長月だったが、陸軍人の目を覚まさせて詳しく聞きたいとまでは思わなかった。

「死んではいないみたいだし……いいか」

 かくしてあきつ丸の活躍は終わった。

 後日、なぜかジャージに着替えた上でお漏らしするアブナイ女と噂され、誤解を解こうと必死に無駄骨を折るのだった。この手の悲しきアクシデントの御多分に漏れず、それはまた別の話である。

 

 

◆――――◆

 

 

 長月が応接室から廊下に出ると、そこは外部の暗さが嘘のように照明が行き届いていた。鎮守府全体、建物内のおおまかな構造は長月ら天照隊のものと変わらないからか、廊下や扉の形質が同じであるのに案内板などの些細な違いが違和感を生み出し不気味だった。

 廊下はツンとした臭いで充満し、右手の曲がり角の向こうからバシャバシャと水が暴れるような音がする。

 長月は臭いの正体にすぐに思い至った。

 あれはいつかの昼食時のこと、阿呆空母共が「自分のカレーの肉が少ない」と食堂でいつものように争っていた。まとめて処罰されたため直接的犯人は不明のままだが、一航戦もしくは五航戦の誰かが手裏剣めいて投げたスプーンが消火器に突き刺さったのである。白桃色の粉末が、よりにもよって食堂中に飛散する。まさに地獄的光景だった。様々な意味での悪夢だった。阿鼻叫喚の食堂となってしまった。日常茶飯事の範疇を超えてさすがに腹を立てた他の艦娘たちは、必死に雑巾で食堂中を拭いて回る阿呆空母に見せつけるように出前の牛丼を食堂の外にレジャーシートを広げて美味そうに食べた。

 この場所でも消火器が破裂したのか意図的に使われたのか、どちらであっても良い状況であるはずがない。長月はネコノツメを構えながら水音がする方へと忍び足でゆっくり歩いた。

 廊下の角を曲がった先から続く廊下は便所と部屋二つが並ぶだけで短く、便所のあたりを中心に白桃色の消火薬剤が床から天井まで撒き散らされている。床には黄色い安全栓が抜けた消火器が転がっていた。

 そして水音は勿論便所の中から聞こえてくる。その音はまるで、女性の頭を掴んだ少女が水で満たしたバケツにその頭を突っ込み片手で押さえつつ、もう片方の手でホースを持ち水を継ぎ足しているようなものだった。

「…………」

 確かに見ているものを必死に理解しようとする長月の頭をじわりと頭痛が襲う。いくら大和型戦艦を無傷で撃破する洞観者であっても、女性の頭を掴んだ少女が水で満たしたバケツにその頭を突っ込み片手で押さえつつ、もう片方の手でホースを持ち水を継ぎ足している場面に出くわせば、思考回路のショートのひとつやふたつは発生するものである。潜水艦といい陸軍人といい、世界は阿呆に満ちていた。しかし少なくとも長月から見て、女性の頭を掴んだ少女――葛城の頭を掴んだ睦月は全身まんべんなく白桃色にしながらも構うことなく必死の形相だった。

 睦月の体を何度もタップしていた葛城の我慢が限界に達したのか、腕で強引にバケツを払いのけて便所のタイルに倒れ込んだ。

「ゲエッホッ! オゴェッ!」

「消えましたか葛城さん!? そんなっ、まだ消えない!」

 空気の代わりに体内に侵入した水で苦しむ葛城の顔面に、睦月は容赦無くホースで追撃的水責めを行う。人間よりも空母ヲ級に近い姿をした女性が水に苦しむ様は、長月には無駄に貴重な場面に見えた。重点的に狙われる葛城の左目からは水圧に押されながらも青白い炎が吹き出していた。

 葛城の容姿が容姿であることもあり、確かに左目から青い炎が出れば深海棲艦だと断定されても仕方がないのかもしれない。海で出逢えば誤射されても「そんな紛らわしい姿をしている方が悪い」とすら言われそうだった。

 だがこうして目の当たりにした炎に長月は心当たりがあった。のみならず長月自身、その輝きが炎の色であると、この場で初めて知った。

 長月は水と消火薬剤で酷い有り様となった便所に一歩踏み入った。

「それ水とか消火器じゃ消えない火だぞ。たぶん」

「長月ちゃん!? どうしてここにいるの!?」

 長月は睦月の無事が嬉しかった。そしてそれ以上に、このような葛城を見ても助けようとする、いつもの睦月であってくれることが嬉しかった。

「まず葛城に水をかけるのを止めてやってくれ。溺死するから」

 葛城が泳げないのは天照隊でも知るところだった。水に顔を付けることすら苦手であったらしく、大量に水を飲んでしまった葛城が話せるようになるまで睦月は背中を叩いたりさすったりした。その間に長月は葛城の涙目から出る炎をまじまじと観察した。

「ハァ……ハァ……ト、トイレデ溺レ死ヌトコダッタ……」

「ごめんなさい……」炎を消せなかっただけでなく、もう手遅れかもしれないと言わんばかりに睦月はしょぼんとした。

「睦月チャンハ悪クナイヨ。僕ノ目カラ変ナモノガ出チャッタノガ悪インダシ」

 葛城はぐっしょりと濡れた髪を掻き分けながら左目のあたりに触れた。指の隙間から熱気を持たない炎が逃げてゆく。諦めたように寂しく笑った後、長月の方を見た。

「ホラ、迎エガ来タヨ。僕ノコトハイイカラ逃ゲテ。大和ガ僕ヲ始末シニ来ルハズダカラ」

「嫌ですっ! 何も悪いとこなんてないじゃないですか、なのにどうして!」

「最後マデ信ジテクレル人ガイテクレルダケデ嬉シインダ、僕ハ。アリガトウ睦月チャン。イツカコウナルッテ分カッテタカラ大丈夫ダヨ。結局、僕ガ何ダッタノカハ最後マデヨク分カラナカッタケド、死ンダト思ッテタ海鳥ガ生キテタシ、不思議ダケド睦月チャンヲ見テルト明ルイ満月ニ照ラサレテル気分ニナレルンダ。僕ガヒトリポッチダッタラ未練ヲ残シテタ」

「そんなこと……言わないでくだいよぉ……」

「ヒトツダケ、オ願イシテモイイカナ」

「嫌です! 睦月は聞きたくありません!」

「大和モ優シイカラ、キット僕ノコトデ悩ムト思ウンダ。撃沈王ダッテ強クテモ普通ノ戦艦ト変ワラナイカラ、悩ンダママ危ナイ海ニ出テ欲シクナイ。ダカラ睦月チャン、モシ大和ガ泣クノヲ我慢シテタラ、ソノ涙ヲ分ケテアゲテクレナイカナ」

「絶対に嫌です! 嫌ですよっ……!」

「傘姫提督ハ……イイヤ。アノ人ハスグ地獄ニ来ソウ。先ニ行ッテ待ッテルッテ伝エテクレル?」

「自分で……言ってください……」

 睦月は葛城の胸に顔をうずめた。

「ゴメンネ。重タイ連絡任務バカリデ」

 葛城は睦月の頭をやさしく撫でた。それは御伽話のように尊く、慰め合う二人は本物以上に本物らしい姉妹のようだった。

 二人への声の掛けづらさといったら、不機嫌な叢雲へのそれとは比べ物にならない。「……あのー」長月は二人に聞こえるか聞こえないか程度の声を掛けた。

 炎を纏いながらも優しい目で長月の方を見た葛城は、長月が持つ刀を見てぎょっとした。巨大な刀身が死神の大鎌を連想させたのだろう。「……空母ハ駆逐艦ニ処分サレルッテ思イ込ミハアッタケド」自分を殺しに来たのが大和ではなく駆逐艦で、しかも雷撃でもなく斬首が今時のスタイルなのかと勘違いをした。「コノ世界ノベテランダト自負シテタケド、艦娘ノ首ヲ落トスタメノ刀ガアルナンテ……初メテ見タヨ」

「あ、いや」長月は慌ててネコノツメを鞘に納めた。「待て待て、早まるな」

「どういうこと長月ちゃん!」と睦月はまだまだ泣き足りない顔を葛城の胸から上げて、長月に噛み付いた。

「その刀、そんな風に使うものだったなんて睦月は聞いてない! ただのインテリアだって言ってたのに、睦月たちのこと騙してたの!?」

「ち、違うんだ。私の話を……」

「駄目ダヨ睦月チャン、アノ子ダッテ覚悟シテ来タンダカラ。僕ハ大丈夫ダカラ、任務ハ全ウサセテアゲナイト。……僕トアノ子ノ覚悟ガ揺ラグ前ニ」

「待てってば、私はそうじゃなくて……」

「睦月はそんなことさせないっ! 葛城さんも長月ちゃんもみんなみんな、誰も悲しませたくない!」

 睦月は清掃用具置き場の中からモップを掴み、それをぎこちなく構えて長月と葛城の間に割って入った。

「葛城さんをどうこうしたかったらまず睦月を倒してからにして、長月ちゃん!」

 葛城とは感動的な抱擁をしていた睦月が「えいしゃらぁ!」と姉妹艦を威嚇するというのは、長月の心を堪らなく凹ませた。カレンダーズは天照大艦隊の中でも類を見ないほどの素朴な仲良し姉妹である。その素直さこそがカレンダーズであり、その象徴が一番艦の睦月なのである。「そいやっさぁ!」そんな睦月に、あまりに掛け声や構えが情けないとはいえ、敵意を向けられるのは辛いことだった。人懐っこいと言われる動物に噛み付かれるようなものである。

「……何もしないから、ほら」と言って長月はネコノツメを壁に立て掛けた。「だから落ち着いてくれ。私を嫌わないでくれ。頼む」

「わっしょーい! ……ホントに何もしない?」

「猫に誓って何もしない。闇プリンをかけてもいい。私を信じてくれ」

 闇プリンとは天照隊内で原則として禁止されているプリンを鎮守府外で購入し内部に持ち込んだ違法隠匿菓子である。

 葛城にも「大丈夫ダヨ睦月チャン」と言われた睦月は振り上げていたモップを下ろした。

「でも長月ちゃん、葛城さんの目とか大和さんが来るとか、どうしたら……」

「それなんだがな。葛城、あんたも落ち着けるだけ落ち着いてくれ」

「……落チ着イテルヨ。僕ハモウ覚悟デキテルカラ」葛城はタイルにへたりこんだままだった。

「そんな切腹する侍みたいな覚悟も捨てて、心と体の両方をリラックスさせてくれ。全身の筋肉から力を抜いて心拍数が普段通りになるくらい」

「ヤメテヨ。色々言ワレタラ怖クナッチャウカラ」

「武蔵の時といいあんたといい、私は心がどうとか詳しくないんだぞ。でもとにかく、その青い炎には心当たりがあるんだ」

 ネコノツメを試す一対一の演習時、長月は武蔵に自分の技を『魔法』だと指摘された。その時は深く考えず否定した。しかし本当はどうだろうか。何らかの物理現象が働いた結果として成せたと長月がいい加減に考えていた超長距離斬撃、それはネコノツメを振れば遠方の的が切れるような単純なものだっただろうか。武蔵の砲撃を躱しつつ戦艦の射程距離から相手の背にある艤装だけを狙って局所的斬撃を発生させ、切断することなど可能だろうか。ネコノツメの長さを13kmに伸ばして武蔵ごと艤装を斬るのとはわけが違う。

 長月とネコノツメは狙った場所に斬撃を生み出した。長月がネコノツメを振り、武蔵の艤装が位置する空間のみを切断する。確かにこれは魔法と呼べるのかもしれなかった。

「魔法でも何でもいいけど、今は原理がどうとか考えてる暇はない」

 肝心なのは、長月が生み出した斬撃が、記憶に焼き付くほど強い光を放った一閃が、葛城の炎と同色の青白い閃光を放ったことだった。

「たぶん気合とかヤル気とか緊張した状態でその青い炎は出る。本当にたぶんだけど。だから落ち着け。具体的には、大和が今までにこの鎮守府で食べたピザの枚数を言えるくらいに落ち着け」

「大和ガ? ピザ?」

「そう、ピザ。その枚数が知りたい。私じゃ信じられないか? なら睦月からも頼んでくれ。私は大和が食べたピザの枚数が知りたいんだよ。今すぐに」

「…………」睦月はしばらく考え込んだ。「……あの。長月ちゃんって姉妹艦の中でたまに変なこと言うんですけど、それは皆のためにわざとなんです。皆がサメにびっくりしないようにとか気を遣ってくれたり理由があるんです。だから葛城さんも信じてくれませんか?」

 駆逐艦二人にじっと見つめられて、葛城は「分カッタ分カッタ」と言いつつ立ち上がった。

 

 

◆――――◆

 

 

「デモ大和ガコノ艦隊ニキテカラ食ベタピザッテスゴイ量ダヨ? 初メテ食ベタ時ナンテ注文シタノガ届クマデ『お箸でいいのかしら? 手で取るのは品がないかしら?』ッテ言ッテタクライ物ヲ知ラナイオ嬢様ダッタノニ。ソレトコーラモ。『ラムネとは違ったシュワシュワですね』ッテ言イナガラ、ピザ食ベテコーラ飲ンデピザ食ベテコーラ飲ンデピザ食ベテコーラ飲ンデピザ食ベテピザ食ベテピザ食ベテピザ食ベテピザ食ベテ……ケッコウ多メニ注文シタハズナノニ、アットイウ間ニ消エチャッタンダカラ。僕ト提督ノ分マデ。大和ハ提督ノコト苦手ミタイダケド、ピザ食ベテル時ダケ提督ヲ圧倒シテ絶句サセテルノニ気付イテナインダヨ。ドン引キダモン。アノ傘姫提督ヲ黙ラセルッテスゴイコトナンダカラ。アニメノ大和ガ死ヌホドゴ飯オカワリシテタデショ、アレヲ目ノ前デ見セツケラレルト実際引クヨ。アサリシジミハマグリサンヲ絶滅サセタ後ハ、生態ピラミッドノ大和カラ下ノ階層ヲ食ベ尽クシタ後モ止マラナイ勢イダト僕ハ思ウネ。普段モットイイモノ食ベテルデショッテ聞いたら『ピザは別腹ですから』ッテ笑顔。Lサイズノピザ3枚ガ余裕デ収マル別腹ッテ何? 別ジャナイ方ニハ何ガ入ッテルノ? アア勿論、撃沈王ハ体ノラインモ英雄ラシク保タナイトイケナイカラ、プロポーションハ知ッテノ通リ完璧ナンダ。オ風呂デ見タカラ間違イナイ。タブン食ベタモノヲ片ッ端カラ体内デ燃焼サセテルンダロウネ。脂肪ノ燃焼トカイウレベルジャナクテ千何百度ノ火デバーニングサセテル感ジデ。最強ノ戦艦ッテ言ッテモ燃費ガ悪イトカイウ次元ジャナイヨ。一時期ハホントニ艦隊ノオ金ガ食費ニ圧迫サレテ無クナリソウダカラッテ提督ガ泣ク泣クポケットマネーヲ使イ始メテ、サスガニ大和モ察シテ、少シハ落チ着クカナト思ッタノガ甘クテサ。今度ハ大和ガ自腹ヲ切リ始メタンダ。アア勿論、天照大艦隊モ同ジダト思ウケド食費ハオ給料ニ含マレル感ジダカラ食ベタケレバ好キナダケ財布カラ出セバイイシ、量ト出費ヲ減ラスノモ自由ダヨ。イヤ確カニ自由ナンダケドサ。大和ノオ金ダカラ僕ラハ口出シデキナイナーッテ思ッテタラ、今度ハ僕ガ深海棲艦的パワーデ大和ヲ洗脳シテオ金ヲ出サセテルンジャナイカッテ疑惑ガカケラレチャッテ。マア確カニ正直ナトコロ、ピザデ大和ヲ釣ッタコトモ何回カアッタヨ? ソノ時ハ僕モ地味ニピンチニナッテネ、ダッテ撃沈王ノ安全ガカカッテタワケダシ。遠回シニ大和ニ、ピザ洗脳中毒疑惑ガ深マルトモウ食ベラレナクナルカモッテ伝エテ事無キヲ得タヨ。撃沈王ノ影響力モスゴイケド、ソレ以上ニピザパワーガ凄カッタネ。日本ノ平和ハピザデ支エラレテルト言ッテモ過言ジャナイヨ。ほんとに。呆れるけど。日本ノ英雄、撃沈王大和ガコノ鎮守府デピザノ味ヲ覚エルマデこの国はどうやって戦ッテタンダロウね。僕も一応ベテランだけど不思議ダヨ。ソレデ大和が僕ノ無実を証明スルタメニどうしたカッテイウとね、冷凍ピザ買ってきたの。自分デ。そのへんのお店カラ。一枚一枚が袋に入ったものなら日本中の誰でも食べられるし深海棲艦は関係ないでしょうって。そういう問題じゃないと僕ですら思ったんだけど、まあ何故か僕の疑惑はそれで晴れたというか大和が根負けさせたというか、結果オーライだからいいんだけどね。食パンとか焼いてる食堂のオーブンが小さいからって特大オーブンまでわざわざ買ってきて。あのお嬢様が自分でだよ。ポイントカード作ったのも嬉しそうにしちゃって、もっとすごいカード持ってるくせに。僕とは関係無くピザが好きなんだって主張したかったとは言うけど、案の定それ口実だったよ。『量と質は落ちるけれど値段が一枚あたり十分の一なのよ。つまり十倍食べられるってことなのよ、すごいと思わない!?』だって。その単純計算が成り立つ方がすごいよって教えたくても、とっくに最適な焼き加減の研究を進めてたしさ、どうしようもなかった。定期的にデリバリーも食べて幸せ気分になるんだけど、自分で好きなだけ焼いて食べるのも楽しいらしくてね。焼いて食べてのサイクルを弾数無限の機関銃みたいに繰り返せる胃袋って、あれ絶対に研究する価値のあるホモサピエンスの突然変異的な何かだと思うんだ。それか体内にブラックホールを飼ってるか。ああ勿論、大和は健康にも気を遣って野菜とかいろんなものもちゃんと食べてるよ。ピザと一緒に。だってピザは別腹だしね。ついでに食後のデザートもそれはまた別腹なんだって。もう意味不明。何にせよ猫吊さんの存在と同レベルの不思議だね。勘違いしてもらっちゃ困るけど全部事実だよ。僕の頭がおかしいんじゃなくて大和の食欲がおかしいんだからね」

 

【偽葛城:150+2 → 150+1】

 

 

◆――――◆

 

 

 秀でた戦闘能力を持つ長月も、それ以外の部分は他のカレンダーズ同様に平凡な駆逐艦であり、今の今まで時間を確認しなかったというミスも犯してしまう。

「……まずい、遊び過ぎた!」長月が渡された腕時計をふと確認すると、大和に与えられた三十分もの時間は丁度、残り一分を切ったところだった。

 長月が唐突に腰のベルトから信号拳銃を取り出したため睦月と、大和ピザトークですっかり頭を冷やし左目の炎が消えた葛城の二人は長月から飛び退いた。

「それで結局、何枚なんだ!」長月は葛城に怒鳴った。

「え? 何が?」

「だから大和が食べたピザの枚数! 見ろこの信号拳銃、鍵が掛かってるだろ。これの暗証番号なんだよ。これを撃たないと海でスタンバイしてる大和たち戦艦六人がこの鎮守府を攻撃してくるんだよあと45秒!」

「はあ!?」「ええっ!?」葛城と睦月が疑う余地もないほど長月はあからさまに焦っていた。

「早く言え!」

「知るわけないよ、そんなの!」

「なんで!?」長月は手汗で信号拳銃を落としそうになった。

「大和があんたなら知ってるって言ってたぞ!」

「僕だってさっき言ったでしょ、大和がどんだけ食べたか!」

 葛城と長月を交互に見る睦月は鎮守府を狙う大和の姿を想像して涙を浮かべた。

「だから、そのどんだけ食べたかを聞きたいんだよ!」

「分かるわけないよ! 1000から先は数えてない!」

 まさかの四桁。

 ダイヤルの一桁目はゼロだろうと予め合わせていたが、それすらも違う。力が抜けて信号拳銃がタイルにカツンと落ちた。何もかも諦めかけた、その時である。

「こ、この鍵……壊せないのかなぁ」

 睦月は藁にもすがる思いで口にしたのだろう、だが長月は「あ。そうか」落としかけた気力を辛うじて掬い上げ、壁に立て掛けていたネコノツメを掴んだ。

「自分で気付け私のアホーッ!!」

 抜猫した長月はタイルに落ちた信号拳銃の鍵にネコノツメを突き立てた。戦艦の装甲すらも容易く切断する刃が鍵を直下のタイルごと砕いた。

 長月にとっては鍵もタイルもガラス同然でも葛城と、壊せないかと言うだけ言ってみた睦月はまた長月から一歩離れた。

 尋常ならざる刀、ネコノツメの開発を主導したのは大和だと長月は聞いている。果たして信号拳銃を渡した大和が、長月が鍵を自力で破壊することまで織り込み済みだったか、それを考えている暇もない。

 信号拳銃を掴んだ長月は一足で便所から廊下を飛び越え窓を蹴破り、雨の降り止まぬ外に躍り出ながら時計を見た。

 残り二秒。

 一秒。

 アラームが鳴った。

 疾うに覚悟を決めた大和らは時間と同時に斉射しただろう。砲撃音が届くより早く徹甲弾の雨が降ることになる。だが長月は構わず雨雲を照らすように信号弾を空に放ち、海の方へ走って総合棟を背にし、ネコノツメを構えた。

 信号弾を確認した大和らは攻撃を中止するだろうが、既に放たれた一撃目は止まってはくれない。鬼姫クラスの深海棲艦を殺す気で絨毯爆撃めいて降ってくる砲弾を睦月と葛城が躱せるはずもない。ならば長月が防ぎ斬り守り切る。

 最悪の視界の中、長月は音速を遥かに超える速度で飛来する粒のような砲弾群を捕捉した。先に大和が言っていた通り三式弾でなく徹甲弾なのは幸いだった。

 この鎮守府に睦月を迎えに行く途中、自分のスマートフォンを切り捨てた後にイメージの構築は済ませた。ただ想定していたよりも的が小さく超音速で大量に飛んで来る、それだけのことだった。

 一閃で幾十の斬撃を。武蔵が言った魔法を。洞観者の青白い炎を。

 この世界には深海の闇ですら消せない炎が存在する。

 迫り来る砲弾群の一発に一閃、目視した全砲弾に重ね掛けて幾十閃。正面上空、圧縮された青白い炎の刃が空を砕く亀裂となって走る。それは鎮守府全域を覆う網を成し、砲弾の嵐を真っ向から受け止めた。発生した衝撃が一帯のガラスを残さず砕く。ネコノツメ自身も悲鳴を上げるように空気を切り裂いたため、長月が立つ周囲の物を金属だろうと何だろうと例外無く衝撃波で爆砕させた。

 赤く燃え広がる炎、青く鋭く走る炎、性質の全く異なる炎が混ざり合い闇夜を暁の太陽よりも明るく歪に照らす。

 ネコノツメを振り切った長月は爆発の中から一発、防衛網を潜り抜けた砲弾を見つけた。しかしその砲弾は運良く総合棟の四階、使用されていない部分に着弾し、多大で無意味な破壊をもたらした。鎮守府まで届いた弾はそれだけだった。

 爆風に煽られる中で長月は、自分で空に咲かせた花火の汚さに苦笑した。芸術性に著しく欠ける点は勿論のこと、一発が着弾するだけでも驚く音が何十と重なって音響兵器のようになってしまうのは耳と心臓に悪い。

 花を形作っていた赤と青の炎が同時に薄れてゆき、鎮守府一帯に小さな破片が撒き散らされる。壊れる物は既に吹き飛んでしまっているので構わない。自分の方に降ってくる真っ赤に焼けた破片を躱そうとしたその時、不意に全身の感覚がぱったりと無くなり視界が急転した。意識まで薄れてゆく中で目だけを動かすと、風景が左に九十度倒れていた。倒れているのが自分であることに気付くまで少しかかった。

 この世界には深海の闇ですら消せない炎が存在する。長月はその炎の正体をぼんやりと掴んだような気がした。

「長月ちゃん!? 長月ちゃん!!」

 長月が聞きたかった声が聞こえて頭がグイと動かされた。正面に見えた睦月の表情はまるで、徹甲弾の破片を至近距離で浴びて血塗れになった者を見るかのように酷いものだった。

 自分は大丈夫だと言う力も残っていないのは残念であるものの、睦月の無事な姿と顔が見れた。長月にはそれで十分だった。

 

 

 

 

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 TO BE CONTINUED なのです!

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