球磨の薬指   作:vs どんぐり

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あまり深く考えず読んでもらえると助かります。はい。


第38話 温度差

 同艦隊内であっても寮が変われば寮内文化も変わる。

 例えばプリン。

 天照大艦隊においてプリンの単純所持はこれを禁止されているが、その受け止められ方が大きく異なる。

 駆逐艦寮では、せいぜいが大っぴらに買ったり食べたりしてはならない程度である。どこかの冷蔵庫を漁れば奥の方から必ず名前が書かれたプリンが出てくるし、時間が空いた時など自作にチャレンジしたりもする。

「こらープリン持ち込むなー」と怒る叢雲でさえコッソリ外から買ってくる有様だった。

 一方で空母寮はというと、プリンが違法薬物めいた扱いをされている。元々が極度の需要過多だった上に禁止されたことが重なり寮内価値はさらに上昇、菓子という本質が消え失せ価値ばかりがインフレした。

 鎮守府内に存在する『闇プリン』はプッチンするものやふんわりしっとり贅沢品を問わず、価値が二極化してしまっていた。階級差など無い仲間内で非常に危うい温度差が生まれているのだった。

 この温度差が保たれるなど寮以外の設備が共用であるはずの共に戦う仲間ではあり得ない。しかし現に駆逐艦寮では毎日のようにこっそりと楽しまれているし、空母寮では闇プリンの情報にすら値が付いた。

 そして最も割を食っているのは、そのバランスが熱力学的な流れによる崩壊を迎えぬよう奮励努力する中間層である。

 

 

◆――――◆

 

 

「今日は何の日? ねの「トリック・オア・トリート!」

「夜分すみません」

「素敵なパーティっぽい!」

「阿賀野さーん、まだ寝ないでくださーい」

「お菓子くれなきゃニンポを使うよ!」

「バカ。ニンポなんて小学生にも笑われるでしょ」

「じゃあ何? カラテ?」

「うーちゃんプリン食べたいぴょん!」

「あ、あの、プリンは一応禁制品ですから」

「カラテ・オア・闇プリン!」

「糖分を重点!」

「今ダイエット中なのに……」

「センダイ=サンのニンジャめいたクッキー・スリケンだ!」

「おい躱すな! 勿体無いだろ全部受けろ!」

「ははっ。こうして見ると駆逐艦は子供ばかりだな」

「今の聞いた!? 売店のアルバイトがナメたこと言ってる!」

「磯風破城槌だ担ぎ上げろ! 軽巡寮をこれで突き破るぞ!」

「ニンゲンギョライ・ジツを喰らえっ!」

「人間魚雷……」

「ひどい……」

「ブッダ……」

「ナムアミダブツ……」

「ご、ごめん……あたしはそんなつもりじゃ……」

「なんか独占のチャンスだよ白露型! 総員突撃―っ!」

「突撃ナラ白露姉サン一人デシテヨ」

「あれ? 暁の姿が見えないわね」

「仮眠のつもりが、ってやつさ。せめて枕の横にカボチャを置いてきた」

「暁型は一周回って姉妹に冷たいのう」

「磯風槌スタンバイOK」

「お、おい本当にやるのか!? 陽炎たちはどうして助けてくれない!?」

「陽炎型なら普通にハロウィンしてらい」

「売店にコスプレグッズを置かなかった報いを受けるがいいわ」

「おっきいカボチャ被ってるの龍田さんだよね?」

「あの人やっぱりカワイイよね」

「実際カワイイ」

「あ、照れてる」

「カワイイね」

「実際カワイイ」

「照れ隠しで天龍さんが刺された」

「カワイイことするね」

「実際カワイイ」

 

 軽巡寮前の賑わいにハロウィンらしいオレンジ色の灯火は少なかった。ただハロウィンだったので駆逐艦たちは隣の軽巡寮に菓子をねだりに来て、軽巡たちはたくさんの菓子を用意して待ち構えた。それだけだった。

 休むか飲むかを選択するこの時間に、寮の外に一団が出来上がるのは珍しいことだった。遠征に出ていたり休息に入っていたりする者を除いても駆逐艦の人数は多く、加えて誰にも酒が入っていないことが不思議と彼女らを寄せ集めて気分を踊らせた。

 今までやったことのなかったハロウィンを今年はやろう。最初にそう言ったのが誰なのかは分からない。ただ、無闇に膨れ上がる駆逐艦たちの菓子強盗ムードに合わせて用意していた軽巡たちも、財布は寂しくなったが心はランタンのように明るくなった。

 自分たちは戦うだけの艦じゃない――そう考える者もいるかもしれない。しかし世間が楽しんでいるのだから自分だって。そして或いは、肩に重荷を乗せた仲間を支えるために。

 深い意味は彼女たち自身にも自覚はない。

 磯風破城槌が軽巡寮の扉を突き破れず「鼻血がー! 誰かティッシュー!」茶番になってしまった後も、駆逐艦と軽巡洋艦の交流は続いた。

 ハロウィンっぽくはない。しかし、楽しければそれでいい。鼻を押さえた磯風も含むこの場の誰もがそう思った。

 

 

◆――――◆

 

 

 軽巡寮二階にいる木曾は賑わいを横目に、駆逐艦寮とは反対方向に位置する重巡寮に懐中電灯を向けて点滅させた。

《問題無いか》

 すると重巡寮からも同じように小さな光が点滅して返ってきた。

《問題発生》

 木曾の相手をしているのは衣笠である。

 予想していた状況であり、予想していたからこその通信ではあるものの、ウンザリせずにはいられない。

 正直に言えば、思いの外楽しそうであるハロウィンに混ざりたい。自分も駆逐艦に菓子をくれてやりたい。しかし軽巡寮前の笑顔を守るために彼女はこうして重巡寮の方を見張っているのである。

 笑顔で溢れる軽巡寮は言わば天国の門であり、その門より先は魔境である。大天使と名高い古鷹ちゃんまで居る重巡寮も今ばかりは地獄を閉ざす門と化し、駆逐艦たちが混沌に足を踏み入れぬよう――そして暴虐を始めた地獄の住人を寄せ付けぬよう防衛ラインが築かれた。

 地獄でもまた、ハロウィンは開催されていた。

 

 

◆――――◆

 

 

 山城の部屋の窓ガラスを突き破った矢は攻撃ではなく矢文だった。もう何度破られたか分からない窓から身に沁みる冷気が容赦無く吹いてくる。

「『大人しく投降して菓子を出せ。さもなくばイタズラする』……ふざけんなバカ空母共ォ! この寒い夜に人様の窓ガラス割っといてイタズラもクソもあるか! コレもう戦そウボッ!?」

 不本意に空いた窓から身を乗り出した山城の顔面に非致死性のゴム矢が的中した。戦艦寮前に設置されたバリケードの何処からか飛んで来たものだった。数少ない戦艦寮住民を一人無力化したことでバリケードは一歩前に進んだ。

 攻めてくるにしてもスタンダードなバカ四人だけだろうと油断していた戦艦たちは真っ先に最大戦力である霧島を沈められていた。酒の力を借りた空母たちの人海アウトレンジ戦術は、装甲とプライドが高く少人数でありながらまとまりのない戦艦寮を確実に陥落させるためのものだった。

 何より天照隊で空母の数を揃えるということは常識人までもが動員されたことを意味する。球磨に負けず劣らずの戦闘力を持つはずの霧島の轟沈も、まさか信じていた大鳳に裏切られたショックによるところが大きい。ジャック・オー・ランタンに愚痴るほどベロンベロンに酔ってなお狙いを狂わせない練度が今この時だけは仇となった。

「ブッダファック! そんなに菓子食いたきゃ鎮守府の外行けヨ! 艦隊から逃げてもオマエラは止めネーヨ!」

 山城がやられたことを自室から音を聞いて悟り地団駄を踏む金剛に、比叡が恐る恐る提案した。

「お、お姉さま。こうなったらおやつを渡して帰ってもらうしかないんじゃ……?」

「アホ! アホなこと言ってんじゃあナイネ!」

「アイエエエエ……」

「コッチが投降しようとしまいとイタズラされるに決まってるデショ!? でも確かにこのまま籠城してるばかりじゃジリー・プアー(徐々に不利)……何かフーリンカザンを……ハロウィン……オヤツ…………閃イタ!」

 金剛はクローゼットの奥に隠していたものを取り出した。それはつい最近、天照大艦隊を過去最大の危機に陥らせた毒物、ようかん味のカロリーメイトだった。

 何も知らない比叡には普通のカロリーメイトにしか見えなかったが、金剛の慎重に扱う様から何か恐るべきものであることは理解した。ゴクリと喉が鳴る。

「お姉さま、それは……?」

「これはアンタイ・カンムス・フードとでも呼ぶべき悪魔の菓子ヨ。こうなったらヤバレカバレしか道はナイ。ヤツラにコレ食わせれば空母寮は退廃ホテルに様変わりしてグワーッ!?」

 金剛の頭を非致死性のゴム矢が撃った! 禁断の兵器を使おうとしたことがインガオホーしたのだ!

「アイエエエエエッ!?」

 目の前で金剛がボーリングのピンめいて倒されたことで比叡は失禁――はしなかったものの、続け様に飛来するゴム矢によって「アバッ!?」金剛と並んで気絶!

 空母たちはいよいよ戦艦寮突入を開始した。対する戦艦の戦力は侵攻の妨げにすらならない程度である。誰にも相手にされないが唯一この場を鎮められるであろう日向は鋼のメンタルを発揮し安眠中だ。十数分もあれば戦艦寮からようかん味のカロリーメイトも含めた食料という食料が略奪され尽くすことだろう。

 その様子を観察していた重巡寮は絶望アトモスフィアに包まれながらもイクサに備えて動いていた。

 空母たちが戦艦寮だけで満足してくれる望みは薄い。

 衣笠も他の重巡と同様に決断的ハロウィン闘争衣装を纏い、軽巡寮の木曾に向けて最後の信号を送った。

《我ら、決戦に突入す!》

 

 

 

 

お わ り

 

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