球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第04話 叢雲の薬指 4

「あそこがただの待ち合わせ場所みたいでラッキーだったクマ。提督が壁にへばり付いてる間に時雨が何かやってたら全部台無しだったクマ」

 足手まとい扱いを隠そうともしない球磨に対して、何も言い返せない自分が情けない。各階の窓の間、三階と屋根の間は足をかけられる場所がなく(球磨はなんとジャンプで飛び移った)、降りてきた球磨が片足を出して私の足場となってくれたのだった。そのような調子だったので、屋根に到達するまで十五分以上はかかってしまった。これでも落下しなかっただけ良かったと言っておくべきだろう。

 本当に恐ろしいのは壁登りよりも今の体勢の方である。屋根は時雨がいる方向に下る向きにあり、そこそこの勾配があり、しかも昨日の雨で湿っている。立ちやしゃがみの姿勢では時雨に見つかる恐れがあり、寝そべって雨樋の先から見下ろしているわけだが、少しでも油断しようものなら転がり落ちてしまう。時雨に見つかるどころの騒ぎではない。提督が工廠の屋根から落下して死亡、などと新聞に掲載されれば私は地縛霊としてこの工廠と球磨を呪い続けるハメになるだろう。靴と靴下を脱いで、どうにかへばり付いていられるものの、時雨の観察が終わった後はどうやって地上に降りればよいのだろうか。

 余裕綽々の球磨は長い髪が風にさらわれないように片手で押さえてさえいる。

 これだけ苦労して監視しているターゲット――時雨はといえば、特に何かをする様子はない。工廠裏にあるものといえばペンギンの山くらいで、それらに近づきもせず、ただ壁に寄りかかっている。まさか貴重な休暇をこのような場所で浪費するのが趣味でした、という事は考えづらく、球磨の言う通り誰かを待っているというのが妥当な推論だろう。

「お洒落してないフツーな服装だから、こっそり誰かとお出かけするって線も消せるクマ。提督、これは案外、ヤバいパターンのことも覚悟して臨むべきかもしれんクマよ」

「縁起でもない事を言うな。時雨は叢雲の次によく秘書艦を任せているんだぞ」

「つまり時雨は艦隊の情報と影響力を持っていることになるクマ。こないだ提督が全部撤去した隠しカメラの事は知らないはずクマが――」

「貴様こそ危険な情報を持っているな」

「時雨を買収することで利益を得る奴もいるはずクマ。待ち合わせの相手と内容によってはここで時雨を始末して、もう一人から情報を聞き出さないといけないかもしれないクマ」

 球磨がどんどんおかしな奴になってゆく。私は諜報部隊を作った覚えはない。

「いいか、私達は改二の真相を暴くために今ここにいるんだ。それを忘れるな」

「改二になるために実は情報や、あるいは身体を売っていたとしたらどうするクマ?」

「なあ球磨、お前大丈夫か? 悩み事でもあるのか? 後で私とゆっくり話そう」

「誰か来たクマ」

 時雨が歩いて来たのと同じ道から一人、時雨とは違い警戒する風でもなく真っ直ぐ歩いてくる。緑色のジャージ姿で時雨よりも服装に気を遣っていない。布団から出てそのまま来たような感じだ。誰だか分からなくないそうな姿ではあるが、右目の眼帯だけはしっかりと付けている。

「木曾だキソー!?」

「声が大きい。それと語尾が変わっているぞ」

「そ、そんな……何かの間違いだキソ。木曾が悪事に加担するなんて悪い冗談だキソ。あ、あいつは木曾に変装した誰かに違いないキソ! たぶん最近異常に増えたスパイ報告と同時期に導入されてる夕雲型の誰かに間違いないキソ! ヤツの不愉快極まりない変装を剥いて洗いざらいしゃべらせて、それから息の根を――!」

 目を血走った球磨は震える手を服の中に突っ込み、鋭く輝く物を抜いた。大型のナイフだ。私が持っている支給品より一回りは大きい。しかも緊急ツールの形状ではないどころか、ランボーが使っていそうな形状をしている。明らかに格闘戦用として用意されたものだ。なんて奴だ、つまり普段からこんな、漫画の世界ですらなかなか見かけないナイフを隠し持っているというのか! こんな危ない奴が平然と鎮守府内をうろついているのか! ある意味、本物の熊より恐ろしいぞ。

「お、おい落ち着け馬鹿者、あれは本物の木曾だ。お前の妹の木曾だ。あと語尾をクマに戻せ」

「違うクマ。違うクマ。木曾が昨日言ってたクマ。今日はTSUTAYAでスパイダーマンの新しいやつのDVDを借りてくるって言ってたクマ。一緒に見ようぜって言って……ぐすっ……言って……ひっく……だから」

「妹を勝手に犯罪者だと思い込んで泣くなよ、どれだけお前の愛情は歪んでいるんだ。まだ朝だぞ、DVDを借りに行く時間なんてまだいくらでもあるだろうが」

「でも木曾はクマに、なんも言ってくれなかったクマ。ひぐっ……クマに黙って時雨とランデブークマ……」

「私達は改二の秘密を探りに来たんだぞ。よく考えろ、時雨はもう改二で、木曾は改二になるべく訓練中だ。つまり木曾は時雨に改二になるための教えを乞うとか、技術を受け取るとか、そういうことだとしか思えん」

「クマぁ……」

「まずはあの二人の会話を聞くんだ。球磨、お前がこのポジションを確保してくれたからできることなんだぞ」

「ぐすっ……分かったクマ。クマも「妹殺しのクマちゃん」とは言われたくないクマ」

 誰が呼ぶか。

 球磨は涙を拭って、逆手に構えていたナイフをクルリと器用に順手に持ち替えて、再び服の下にしまった。左脇の下あたりにナイフを収めるシースがあるようだが、セーラー服の上からではまったく分からない。私の立場としては没収すべきなのだろうが、今は改二のほうが優先度は高い。私も冷静になるべきだ。なに、艦隊にアサシンが紛れ込んでいることなど存在さえ知れていれば取るに足らない事である。我が艦隊は宗教や信条といったことでは差別を断じてしない。

 私と球磨が遊んでいるうちに木曾は「よう、随分と早いな」と工廠の裏、私達の眼下に来ていた。

「メシ食ってねえのか? そんなんじゃ力が出ねえぞ」

[木曾;Lv.44]

「やっぱりちょっとね……大丈夫、今夜もしっかりやるさ。長月は一緒じゃなかったのかい?」

「あいつも食堂では見かけなかったぜ。そろそろ時間だってのに、あいつが遅れるのは珍しいな」

「そんな日もあるさ」

「案外、腹壊してたりしてな」

「それは……ちょっと想像できないね」

「長月も来るクマ?」と、やっと普段通りの落ち着きを取り戻した球磨(こいつの「普段通り」がいったいどんなものか、もう私には判断が付かないが)。

「らしいな。睦月型の駆逐艦は改二からは程遠いと思うが」

「特型の叢雲達も似たり寄ったりだと思うクマ」

「叢雲だけ艤装が豪華だろうが。地味な主人公とその仲間達の中で一際輝いているだろうが」

「あーはいはいクマの失言クマ。ほら何か話してるクマよ」

 こいつ、さっきまで泣いていたくせに!

「しっかし久しぶりだよな。昨日アレを聞いてから昂ぶっちまってよ。この天気は皮肉なもんだよな」

「【明日はきっと晴れる】。……昨晩、提督にも同じ事を言ったけれど、僕は心の中でずっと、雨が降り続けばいいのにって思ってたよ。雨は、いつか止んでしまうのにね」

「不安なのか?」

「……木曾と長月を巻き込んでしまった僕としては、泣き言よりも感謝の言葉しか言うべきじゃないんだろうけどね」

「感謝なんか必要ないね。仲間だろ?」

「それでも、ありがとうの一言くらい言わせてほしいな。木曾は平気なのかい? 眠ってもいないのに悪夢を見るんだよ」

「ま、確かに気分がいいとは言えないな。でも、そうだな――俺には時雨と夕立を助けて、さらにこの鎮守府を守るって理由がある。深海棲艦と戦うのと同じ使命感ってヤツだな。それ以外の雑念がない。だから割り切れる。だから、あの気色悪くて胸くそ悪ぃ【ソロモンの悪夢】を見る事も蹴散らす事も、不安じゃねえなぁ」

 時雨と木曾が穏やかではない話をしているのは分かる。しかし私にはまるで心当たりが無い。ソロモンの悪夢とは夕立が言っている事を指すのだろうか。まさかガンダムの話ではないだろうが。

「その強さを少しでいいから分けて欲しいよ」

「一番最初にたった一人で立ち向かおうとしたお前は十分強いぜ、自信持てよ。もしお前に勇気がなくて最初に逃げてりゃ、ここは間違いなく壊滅してたんだしな。それに俺は軍艦としての練度じゃお前にはまだ届かねぇし、ゾンビ駆除の腕前じゃ長月の足元にも及ばねぇ」

「長月に関しては同意するよ。夕立が改二になったあの日、あの時、長月が偶然近くにいてくれなかったらと思うとぞっとするよ。実は今でも疑ってるんだけどね。実は長月はこっちが本職で、だからタイミング良く助太刀に来てくれたんじゃないかって」

「ああ、違いねぇ。あいつは戦闘の天才だ」

「まだ僕と長月だけで戦ってた頃、長月がゾンビに背中を見せたことがあってね。僕が危ない! って叫ぼうとしたら振り向きもせずに首を刎ねちゃって。で、ボソッと言ったんだ。「私は出演するゲームを間違えたかもしれない」って」

「ブッハハハハ! 自分で言ってんじゃねーか! そうだよ長月にとっちゃ艦これなんて温過ぎるだろうよ。あいつはバイオハザードとかデビルメイクライみたいな、いやダークソウルくらいが丁度いいか?」

「言えてる言えてる。この前の鼠輸送作戦中、レ級に見つかっちゃった時なんて――」

 時雨と木曾の会話があまりに突飛すぎて理解が追いつかない。長月の強さ談話で楽しんでいることだけは分かるが、私は長月には燃費の良さから遠征だけを任せているはずである。ならば単純にゲームか何かの話か、とも考えられるが、それにしては時雨の語っていた内容は重すぎる。

「提督、長月ってそんなに強かったクマ?」

「遠征だけで練度が高いと言えるほど上がるとは思えない」

「じゃあ練度とは別の種類の強さクマ? メガネパンチが恐ろしい霧島とか、そういう方向の強さクマ」

「お前達は私に隠し事をし過ぎだ。霧島が強い、長月が強い。それにお前はどうしてナイフなんか隠し持っている」

「護身用クマ」

「十得ナイフが見つかった時の言い訳みたいなことを言うな。あんなゴツいナイフが護身用であってたまるか」

「木曾も改二で軍刀を持つクマ。それと一緒クマ」

「お前は改二ではないし、仮に改二になれたとしても絶対にナイフを持ち歩くキャラにはならない。木彫りの熊でも持ってろ」

「改二の話はどうなったクマ。時雨と木曾の言ってることがサッパリ分からんクマ。骨折り損の草臥れ儲けクマ」

「それどころじゃないだろうが。あの二人、怪しすぎて――」

 

 

「二人とも動くな」

 

 

[長月;Lv.16]

 私とクマの話を遮るように、顔と顔の間に刀の切っ先が割って入ってきた。音もなく、雨粒が落ちるように自然に、しかし刀は屋根から数ミリ程の隙間を残して止まった。球磨が顔を上げたので、私もそれにつられて刀が伸びる方向を見た。長月がいた。屋根に寝そべっている私達を見下ろす形で立っている。刀は長い。長月の体格が小柄なための錯覚もあるかもしれないが、少なくとも私のような大の大人が扱う長さ以上はある。

 恐ろしいのはその眼だ。エメラルドグリーンの、まさに宝石のような眼は確かに私を捕捉している。観察ではない。ただ動きを捉えてさえいればいいという冷淡さが伝わってくる。

 ようやく「動くな」と言われた事を思い出した。私と球磨は迂闊にも振り向いてしまったが、これは許されたらしい。

「時雨! 木曾! この二人に後を付けられていたな!」

「えっ、長月? ――提督!? どうしてそんな所に!?」

「姉ちゃん!? お前何やってんだ!」

「それはクマの台詞クマ! 木曾はスパイダーマンのDVD借りに行くんじゃなかったクマ!」

「まだTSUTAYAが開く時間じゃねーよ! 後でちゃんと行くよ!」

「あとゼロ・グラビティ! ゼロ・グラビティも借りてきてほしいクマ!」

「これだから朝は行きたくなかったんだよ! どうせ俺が出かけた後になってアレもコレも借りてこいって、いっつもそうじゃねーか! 自分で行けよ、もう!」

「木曾、今それはいいから……。提督。そんな場所にいるって事は、本気で僕達を監視してたってことだよね。理由を聞かせてもらってもいいかい?」

「お前達の説明が先だ。三人は何の集まりなんだ? 深海棲艦以外の何かと戦っているのか? だから長月がこんな物騒なモノを持っているのか?」

「…………」

 返事がない。屋根の上からでは俯く時雨の表情は見えないが、沈黙は肯定と受け取って間違いない。では時雨は私の問いかけのどこまで肯定した? 否定の一つもない、ということは全て外れてはいないということか?

「時雨、答えなくていい。私が二人の記憶を消す」

「長月に見つかってたクマね。やっぱり提督がここまで登るのにモタモタしてたのが悪かったクマ」

「いいや、私が見つけたのは通路の舗装外にあった不自然な足跡だ。昨日は雨だったからな、クッキリと跡が残っていた。隠れているところを背後から仕留めるつもりだったが、さすがに屋根に潜んでるとは考えもしなかった。おかげで見つけるのに時間がかかって、余計なことを聞かれてしまった」

「長月、お前はいったい何者だ」

「睦月型八番艦の平凡な駆逐艦だよ司令官。それだけの認識でいい。悪夢を見るのは私達だけで十分だ。じゃあな、明日からはまた艦隊の指揮に――」

「クマァッ!!」

 ナイフを抜いた球磨が長月に飛びかかる。うつ伏せの体勢から、とんでもないバネだ。しかし対する長月は踊るように体を一回転させただけで球磨をいなしてしまった。金属が衝突する甲高い音は聞こえたが、私の眼には長月がただ回っただけで、球磨は勝手に転んだようにしか見えなかった。受け身も取らず屋根に突っ込むように倒れてしまった球磨は手足を投げ出したまま動かない。血は流れていないようだから斬られてはいな――――

 

 

◆――――◆

 

 

 目を覚ました私はまず、自分が記憶喪失になってしまったのではないかと疑った。例えば交通事故に遭い医務室に担ぎ込まれた、といったフィクションにありがちな展開だ。しかし「ここはどこだ」と見回すお決まりのリアクションは取れなかった。この部屋が我が艦隊の拠点の医務室だと一目で分かってしまうのだからから面白くない。付き添いが一人もいないのも面白くない。さらに隣のベッドで球磨がヨダレを垂らして眠っているのも尚一層面白くない。何故叢雲ではなく球磨なのか。

「……すぅ…………ジョジョ……ジョジョも借りて…………クマァ」

 傷病者には見えない。少なくとも向かいのベッドで仲良くミイラの仮装をしている金剛と比叡に比べたら健康そのものだろう。

 さて、私がこんな場所で寝ていた理由だが、頭頂部が痛い。コブができているらしい。それくらいしか体の変調がない。昨日酒を飲み過ぎて覚えていない、という事ならば二日酔いで苦しんでいるのだろうが。やはり何らかの理由で頭を強打して気絶したのだろうか。

 だとしても、タンコブを作ったきっかけどころか、気絶してしまう、あるいは眠ってしまう前までの覚えすらないのはどういうことだ。壁に掛かった時計の針は六時三五分を指している。外は明るいから今は朝だ。カレンダーはあるが今日が何月何日なのかまでは分からない。では昨日の私はいったい何をしていた?

「キルミー……ベイベー…………クマァ」

 コイツは寝言でも語尾にクマを付けるのか。

 窓の外は明るいが、私が覚えているのは雨が続いていた日の事までだ。遅くまで働いていて、マヨナカテレビでも見てみようかと考えていたが、時雨は翌日は晴れると断言した。そして私は艦娘の改二について考えながら、当然、医務室ではなく自室に戻った……はずである。果たしてそれは昨日の事だったのか、それとも何日か過ぎてしまっているのか。

 

 

◆――――◆

 

 

 執務室で日付を確認すると、時雨が翌日は晴れると太鼓判を押した日は一昨日だった。つまり私には丸一日分の記憶が無い、という事になる。例えるならばペルソナ4でカレンダーが勝手にスキップして攻略計画を潰されたような気分だ。マヨナカテレビに叢雲が映っていたらどうするつもりだ。ウチのクマの何と役に立たないことか。着ぐるみ以下の軽巡とは情けない。

 球磨に深海棲艦の着ぐるみを装備させて出撃させるのも悪くないと考えていると、執務室の扉がノックする音とほぼ同時に開いた。

「こんな所にいて、もう。せめて先生の許可くらい貰ってくれない? みっともなく気絶して担がれてきたんだから」

[叢雲;Lv.99 → 101]

「何も覚えていない。私は昨日どうしていたんだ」

「こっちが聞きたいわよ。球磨と一緒に工廠の近くで気絶してたって時雨と木曾は言ってたけど、朝早くから何やってたんだか。遊びで皆に迷惑かけるんじゃないわよ」

「遊んではいなかっただろう。私が球磨と遊ぶはずがない」

「じゃあ閉めてた工廠で何やるってのよ。頭打って気絶って、少なくとも馬鹿やってたのは確実じゃない」

 反論できない。記憶がないと人間はこうも不利な立場に立たされるものなのか。記憶がないと言い張る政治家も、そういえばあまり見かけなくなった。

「まぁいいわ。昨日はどうせ暇だったし、あんたも球磨も今は問題なさそうだし。それより仕事前に朝食にしなさいな。昨日の朝から何も食べてないんだから」

「ああ、そうしよう」

 叢雲に気遣わせてしまうとは情けない。

 

 

◆――――◆

 

 

「あー。もう起きたっぽい? 提督さんっぽい人」

[夕立;Lv.58]

「提督さんっぽい人とは何だ。ただの不審者になるだろうが」

 夕立は私に歩調を合わせた。適当に何か買って執務室で食べるつもりだったのだが、たまには食堂で食べるのも悪くない。TKGは暫くぶりだ。それに覚えがないとはいえ丸一日眠ってしまう何かがあったのだ。せっかく食べるのであれば健康的なもののほうがよい。

「ねえ提督さん、時雨の具合が悪いっぽい。今朝も顔色が悪かったし、朝ご飯もいらないって。昨日は提督さんのこと心配してたけど、関係あるっぽい?」

「迷惑をかけたらしいことは申し訳ないと思っている。だが私も覚えていなくて、むしろ時雨に聞きたいくらいだ。なあ夕立、時雨は昨日、何をしていたか知っているか」

「木曾と一緒に提督さんと球磨を運んできて――」

「その前だ。私と球磨は工廠の近くに倒れていたのだろう。もっと詳しい事を言っていなかったか」

「べつに言ってないっぽい」

 昨日は工廠の稼働を停止させていた。当然用事のある者はいない。だとしたらどうして私と球磨はそこにいて、さらに時雨と木曾は気絶していたらしい私達に気付くことができた? 仮に叢雲の言う通り私と球磨が工廠付近で、闘牛ごっこでもして二人揃って気絶したとすると、誰にも気付いてもらえず丸一日、誰かが工廠を開けに来るまで野ざらしになっていたはずではないのか? それはそれで嫌な話ではあるが。

 この出来事はに十分ミステリとして成り立つ要素がある。ミステリに詳しいわけではないが、少なくとも「誰が」「どうやって」「なぜ」の三つが見事揃っている。しかし悲しいことに騒ぐ者は誰もおらず(夕立もこのように呑気に朝食の時間だ)、謎を解決してくれる探偵役がいない。ミステリにはなり得るが、ストーリーにするための魅力が皆無である。せめて球磨が死体で発見されるくらいのインパクトが欲しいところだ。

「後で時雨にちゃんとお見舞いしてお礼言ってよ。じゃないとせっかくの休暇が台無しにされて可哀想っぽい」

「木曾にもな。特別休暇でも与えたほうがいいだろうか」

 食堂の扉に手を伸ばそうとすると、ちょうど長月が扉を開けて出るところだった。

「ん、目を覚ましたのか司令官。頭の調子はどうだ」

「ダメっぽい」

「お前、今日は雑用係だ」

「大丈夫そうだな。今日も我らの艦隊は平和だ」

 それじゃ。もう屋根には登るなよ。

 長月はそう言って去っていった。

「提督さん、まさか屋根に登って落ちたっぽい?」

「そんな阿呆なことをするものか」

 遠ざかっていく長月の小柄な姿が私にはどうしてだか頼もしく、また恐ろしく見えた。

 




ランボーナイフは実際かなりデカい。小剣レベル
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