昼食をモリモリダラダラ食べていた連中の視線が、叢雲の隣に立つ一人に集まった。
「皆、ちょっと箸を置いてー」と叢雲。「新しいメンバーが加わったから紹介するわ。こらそこ! 焼きそばは後にしなさい! ――それじゃ自己紹介して頂戴」
その頭に可愛らしい鬼の角のような二本の髪を生やした子は、もうこの鎮守府では久しく見ていない気がするピッチリとした敬礼を見せてくれた。
多種多様な食べ物の匂いが食堂を満たす中、私の鼻が反応した。
「秋月型防空駆逐艦四番艦、初月です」
【初月:Lv.2】
「未熟者ですので、どうか僕を容赦なく鍛えて――」
その時、食堂中に衝撃が走った。
「いま、『僕』って言ったよね」
「ボクっ娘だ」
「斑鳩に続いて、これはもう来てるわ」
「しかもイケメン……」
「モガミンのアイデンティティが……」
「今ボソッと言ったヤツ出て来い!」
「最上の自己同一性が……」
「言い直したヤツ! 今言い直したヤツ!」
「最上さんのことをアレコレ言うのはやめてくださいまし! 艦娘もジェンダーフリーの時代でしてよ!」
「…………ボク、ちょっと気分が優れないみたいだ。利根、悪いけど予定、変わってくれるかい」
「お、おう。吾輩は構わんが……大丈夫か?」
「三隈はしばらく他の部屋で寝泊まりして。少し……一人になりたいんだ」
「ああっ、どちらに行かれるんですの最上さん! モガミンさーん!」
「はーい黙りなさーい」
叢雲が手を叩いたことで重巡を除いた者たちが静かになった。古鷹の注意まで逸れてくれるだなんて、いよいよ私の運に追い風を感じずにはいられない。――いいえ。これはきっと、扶桑姉さまが私を引き寄せて下さっている! 私はそう確信した!
今しばらくお待ち下さい姉さま。山城は必ずやこのチャンスを逃さず、万難を排してお傍に参ります!
叢雲は初月について補足した。
「この初月は正確には天照大艦隊所属ではなくて、分隊の大和のように席を一時置くって形になるわ。その大和からのミッションで、初月は最低でも天照隊の駆逐艦の誰よりも強くなってからでないと帰れないの。逆に言えば、私たちには初月を最強の駆逐艦に育てる義務があるってことよ」
皆の視線が叢雲だけでなく吹雪や、ここのところ急成長を遂げている睦月に注がれた。今日はここにはいない雷電姉妹だっている。誰もが私と同じように「(そりゃあ無理だ)」と思っているに違いない。たとえ明日にでも文字通り死ぬような経験をしたって、燃費の良さに特化したカレンダーズの誰の足元にも及ばないでしょうよ。いつか開発された産廃兵器『ファランクス』を防空駆逐艦らしく使いこなすとかいった才能でもあれば話は別かも分からないけれど。
「でも時間をかけずに練度が急上昇するなら、私たちはとっくに戦争を終わらせてる」叢雲は事前に初月と話をしていたのか、言い難いことをあっさりと言った。「だから最初は一ノ傘副司令が考える『研修』を中心として、普通に働いてもらうわ」
初月からは皆の表情が露骨に曇ったのが見えたらしく、たじろいだ様子だった。
「あんた達、さっきも言ったけど他人事じゃないわよ。副司令に全部任せてたら『今週中に戦艦レ級を五匹狩って来い』とか言い出しかねないから、負担の分担や仕事のフォロー諸々とついでに訓練も兼ねて、誰か数名に初月と行動を共にしてもらうわ」
食堂中に一斉に飛び交うブーイングを叢雲は「はーい黙りなさーい」と手を叩いて撃墜した。その手際の良さに初月は感心したようで、同時にブーイングに少し凹んだようでもあった。
「あんまり無茶な活動は竹櫛司令官が止めるし、何かあれば私か電に相談してくれればいいから。それで私からの相談なんだけど、初月と行動を共にしてくれるガッツのある艦娘はいないかしら。練度も艦種も問わないわ。この機会に集中的に訓練できるし、せっかくの防空駆逐艦から学べることもある。私としては時津風隊を新編するのがベストかなと――」
「この私、山城が引き受けたわ!」
自由の女神像がソフトクリームか何かを掲げている右手のように、私の右手は高々と立っていた。
食堂中の視線が叢雲から私へと移り、当然その中には初月の視線も含まれている。――ああ、匂う。匂うわよ初月。ようこそ天照大艦隊へ。ようこそ私の元へ。
海の自由を象徴するが如く立ち上がった私を見た叢雲は、急に頭痛でも起こしたのかこめかみを軽く押さえた。
「えーと、ごめんね時津風。ちょっと待ってて。――確かに私はさっき『誰か数名』を募集したわ。でもね山城、あんたなら分かってくれると思うんだけど、ぶっちゃけ誰にも期待してなかったのよ。一ノ傘副司令に積極的にこき使われようとする子なんてほとんどいないでしょ。だから予め時津風に声を掛けてたってわけ。――で? 正直に答えて山城。何が目的なの?」
私の姿勢はピンとしたままだった。
「総旗艦・叢雲に具申します。大本営直属の防空駆逐艦であるならば様々な戦術を学ぶ必要があり、つまり教育係にも同様の手札の数を求められるはずです。即ち、この山城改二こそが適任だと考える次第であります」
「正直に話す気が無いようなので却下します」総旗艦殿は素っ気無かった。「それじゃ最初は初月と時津風でペアを組んで――」
「ちょっと待って!」
ピンとした姿勢、からのダッシュ、スライディング、そして土下座! 私は叢雲の足元の床に額をこすりつけた。プライドは姉さまを探す旅に於いては重荷でしかない。
「えっ!? ちょっ、なにごと!?」完全に叢雲の不意を衝けた。「やめて山城、立って。ほら初月がドン引きしてるでしょうが」
「お願いします! 私にやらせて下さい! これは運命なんです!」
「ち、違うのよ初月。一ノ傘副司令がブラックだとは言ったけど、こういう艦娘としての尊厳を捨てさせるようなアレじゃなくて、い、いい加減にしなさい山城! みんな見てるから!」
「どうか初月を私に預けて下さい! 叢雲が『分かった』と言うまで二十四時間ずっと土下座し続けてやる!」
「分かった、分かったからやめて!」
練度は叢雲のほうがずっと高くても、身長なら私のほうがずっと高い。土下座から立ち上がると叢雲の頭の謎デバイスがちょうど目の前にあって刺さりそうだった。自分よりはるかに背が高いヤツに土下座されるのって、どんな気分でしょうね。
「……何なのよ、もう」
叢雲の呆れ顔も、今の私にはあまり響かない。
食堂中が静まり返って私に異様な視線を向けられたって痛くも痒くもない。
時津風はまったく頭が付いて行けていない様子で、飼い主に投げられたフリスビーが空中で爆発四散するのを見た犬のようにポカンとしていた。
「時津風も通常業務で大丈夫だから。ぜんぶ、何もかも、この山城に任せてくれて構わないから。――はじめまして初月。ところで見ての通り今は昼食時なんだけど、もう何か食べた? まだなら私が奢るけど」
叢雲よりは少し背が高い初月であっても、私の圧倒的土下座を目の当たりにした新人は圧倒された様子だった。
「えっと……昼食はまだ、ですが大丈夫です。はい。……食欲が無くなりましたので」
◆――――◆
「初月が天照大艦隊に? 大和の勧めで? そう……心配だわ」
【扶桑:Lv.155】
南方海域の深部を目指す偵察部隊の旗艦扶桑は、まさしく鎧袖一触の勢いで進路の安全を確保し、しかし隣に並んだ照月の話には溜め息をついた。
「大和さんが監視してる艦娘がいて、前に扶桑さん大和さん達が攻撃したところですからね……初月、心配だなあ」
【照月:Lv.155】
隣にならって照月も溜め息をついたが、扶桑にすぐに「ああ、初月のことなら心配いらないわ」と否定された。
「大和がピザ食べに帰りたがる程度には懐が深い艦隊だから。むしろ私が心配なのは――そうね。大丈夫かしらね、初月」
「危ないのか危なくないのか、どっちですか」
「ヲ級みたいな斑鳩に取って食われるとかいった心配なら無用なのよ。でもねえ……私の妹がねえ……」
「扶桑さんの妹さんですか? その方が天照大艦隊に? なーんだ。じゃあ安心でき……え? 何が心配なんですか?」
「山城は誤解されやすいけれど、素直で良い子なの」
「何一つ問題の無い妹さんだと言って下さい扶桑さん。さもなくば照月は可及的速やかに帰投して天照大艦隊に向かいます」
「私そっくりよ。まあ、最後に会ったのはもう何年も前だけれど」
「外見じゃなくて中身です。中身の問題です」
「素直で良い子。でも、どうしてかしらね。犬も歩けば棒で殴られると言うでしょ。あの子は昔から歩く先々で棒を探し当ててきたのよ。今思えば、本当に棒を持った男に襲われて返り討ちにした時から、戦艦としての才能が開花したのかしら」
「……扶桑さんにも似たような武勇伝、ありませんでした?」
「似たもの姉妹ねえ。うふふ」
「心配だなあ……」
◆――――◆
涙が出てくるほど悲しいことに、いつも(なるべく)綺麗に片付けている私の部屋を訪ねてくる人は、古鷹という招かれざる例外を除いてほとんどいない。比叡たちとスマブラをする時だって「山城の部屋って、無敵のゲームキューブですら壊されるかも分からないし」窓から徹甲弾が入ってくる紛争地帯のような言われ方をして避けられる。言い返せず比叡の部屋に行く自分、そして私の窓ガラスを割りまくる阿呆共が憎らしい。――けれども、めげずに部屋を片付けてきた努力は今日、報われた。
私と向かい合って正座をしている初月はとっても落ち着かない様子のイケメンだった。
「さて。いきなり部屋に連れて来てしまったから、改めて自己紹介といきましょうか」
土下座のことは棚に上げて先輩の威厳っぽいものをあらん限り発しながら言うと、初月の背筋がピンと伸びた。フフフ。大本営直属といっても、まだまだ可愛らしいものよのう。
「私は扶桑型の二番艦、山城よ。艦種は――分かるわよね?」
「は、はい。扶桑さんと同じ航空せん……あっ」
この子が「扶桑さん」と言った途端によく分からなくなって、体が勝手に初月を抱き締めていた。
「え!? え!? 山城さん!?」
以前、斑鳩から貰ってきた黄色い被り物、あれよりもっともっと強く確かな匂いが、この子から感じられる。
間違いない。ほんの数日前に、この子の手は、扶桑姉さまに握られた。
「あ、あの……事情がサッパリ呑み込めないのですが、僕がさっき言ったことは間違いで――」
「ええ。ええ。扶桑姉さまの秘密と安全を守ってくれてるのね。偉いわ」
どれだけ粘っても口を割らなかった斑鳩と比べるのは、さすがに私自身のことを再び棚に上げる必要があるものの、躾不足。はっきり言ってこんな体たらくでは姉さまの隣には立たせられない。少しでも口を滑らせた時点で叱るべきでしょうね、教育係としては。
でも、そんなものは私が姉さまに会った後でいい。姉さまに会えたら何もかもが解決する。
「と、とにかく離れませんか?」
「離れません」
教え子はちょっと未熟なくらいが可愛いとも言うし。初月が私と姉さまの『かすがい』のように思えてならなくて、より強く抱き締めて頬を重ね合わせた。
姉さま。山城は早くも幸せです。
「お、大声を出しますよ」
「大丈夫よ初月。怖がらなくても。あなたはとっても大切な子だもの。それと――この天照隊では悲鳴なんて日常茶飯事よ。離して欲しければ扶桑姉さまの居場所を教えなさい」
「誰かー! 誰か来てくれー!」
初月が叫んだ次の瞬間、部屋の窓に砲弾でも撃ち込まれたような乱暴な衝撃が走った。
「クマッ!? ――っ痛いぃクマ……」
何をどうやったら二階の窓に飛び蹴りをかますことができるのか、いまさら驚く私じゃあない。むしろガチな防弾ガラスにほんのちょっぴりでも罅を入れられた球磨に拍手を送りたい。でも残念ながら私の両手は初月で塞がっている。
「フハハハ熊も木から落ちるって言うでしょうが阿呆め! 私がそう何度も窓を割らせるとでも思ったか!」
どうやら戦艦寮の周りで私たちを監視していたらしく、下から球磨を心配する声が聞こえてきた。そんなに初月が心配か。そんなに私が信用ならないか。
「用事があるなら普通に入り口から入ってきなさいよバーカ!」
今度は入り口の扉から、木の板が容易く割れる音がした。
そういえば、いつもいつも窓ばかり破壊されるものだから、扉の方の補強はちっとも考えていなかった。いやあ、うっかりうっかり。
一連の襲撃が怖かったのか初月は私の服を掴み、初月を手放したくない私はそのまま、二人で抱き合った私たちは、扉を突き破った拳がそのままカギを回すのを呆然と見ていた。
「初月にひとつだけアドバイスを送るわ。今後メガネの艦娘には注意しなさい」
「…………はい」
自分のコブシこそ戦艦寮のマスターキーだと言わんばかりの霧島が部屋に入ってくるのを見ながら、私はいつか雷にも扉を破壊された時のことを思い出していた。
そう。あの時の私は確かダウジングで扶桑姉さまを探そうとして、雷の一人遊びを探し当ててしまったんだった。なんて阿呆だったのだろう。オカルトに頼るだなんて。私は扶桑姉さまを何だと思っていたのか。
「……姉さまに、私は会う」
初月を引き剥がそうとしたヤツを、私は殴り飛ばしていた。
「姉さまに、私は会うんだ!!」
◆――――◆
初月が出て行った鎮守府の正門のすぐ側にテントを張って生活するようになったのは、決して霧島を殴って戦艦寮を追い出されたからでも、初月を転属させた罰でもない。むしろ鎮守府から出てよければ駅の改札前に住みたいくらいだった。提督なら「もう勝手にしろ、この阿呆」とか言いそうだけれど。まあ、既に同じようなことを言われたからこうして正門でキャンプしているのだけれど。
正門生活をしていると、鎮守府の出入りが海の方ばかりじゃなくて陸の方も多いことに改めて気付かされた。
色々な人が出入りしていく。
同業者に「何だアイツ」みたいな目で見られた。
外に出掛ける霧島に「風邪はひかないように」と差し入れを貰った。
小さなリュックを背負った白猫が堂々と入ってきて警備員の手を擦り抜けていくこともあった。
色々な人が出入りしていく、それを存分に眺めるだけの日々が過ぎた。
提督が「必ず来る」と言ったのだから、嘘ではないのでしょう。
また今日一日分の資材を磯風が配達に来た。
「『配達なんて本当はうちの売店のやることじゃない』と、また今日もお姉さんに小言を言われたぞ。もう普通に戦艦寮で待ったらどうだ」
「せっかく磯風を雇ったわけだし、無駄に充実し過ぎてる品物はより積極的に売りに行くべきよ」
「こんなところで一人、山城は暇じゃないのか? 電話にも出ないそうだが」
「スマホの電池が切れたのよ。でも私は読書で暇を潰せるから」
「さっき叢雲が言ってたぞ。大切な連絡も拒否するつもりなら別に構わない、と」
「お願い磯風、バッテリー売って。当然あるでしょ?」
磯風はニヤリとして「税込みで一万円になります」と言った。
「足元見やがってチクショウ……!」
「人聞きの悪いことを言わないでほしい。偶然、たまたま、輸入したハイエンドモデルしか残っていないんだ。ほら、ソーラーパネル付きだぞ」
「……わ、分かったわ。ツケにしておいて」
「フフン。毎度あり」
妙な方向に逞しくなってしまった磯風はさておき、私はここしばらく沈黙していたスマートフォンに電気を食べさせ、第一執務室に電話を掛けた。
『たった今、無視しようと決断しかけたところだ。この阿呆』
久しぶりの会話なのに提督はいきなりご立腹の様子だった。
「人のことを阿呆阿呆って、そればっかり。今までけっこう働いてきた戦艦に対して他に言うことがありますよね」
『やかましい。扶桑型戦艦は呪われているのか? 先程連絡があって、駅で拾ったタクシーが何を間違えたのか山奥に入ったそうだ。艦娘が何の用事で山に行くのか――』
「私が行きます。私がお迎えに参ります提督」
『お前もどうせ迷子になるだろうから、せめて夜までには帰って来い』
「迷子になんてなりません。……あの、提督」
『なんだ。タクシー代は経費にならんぞ』
「その……ありがとうございます。色々と便宜をはかってもらって。一応、お礼は言います」
『私はお前が姉さま姉さまと五月蝿いのにウンザリしていただけだ。それと大和にも大きな貸しを作ってしまったことを忘れるな』
「ぜんぶ姉さまに会った後で考えます。では、行ってきます」
◆――――◆
朝から乗ったタクシーを一日中乗り回せば当然、メーターはすごいことになる。運転手のおじさんがピリピリするくらいで、私は嫌な汗をダラダラさせていた。だって私の財布には磯風に一万円を出すこともできないくらいの残弾しかなかったから。
あれほど夢見ていた感動の再会になるはずだったのに、名前も知らない夜の町で、私は扶桑姉さまに泣き付いた。もちろん感動の涙も混じっていた。でも、どちらかと言うと、無心する感じの泣き付きだった。いくら平和を守るために戦っているとはいえ、ほぼ無賃乗車のような真似は非常にマズい。
「山城、大丈夫よ」と姉さまは優しく仰ってくれた。「私的にタクシーチケットは使えないけれど、カードがあるわ」
「さすがです、姉さま……!」
そして全身をくまなく探っても財布が出て来ないところも、流石は私の扶桑姉さまだった。姉さま、よく電車に乗れたなぁ。
「や、山城にこんな事をお願いするのは心苦しいのだけど、どこかでお金を下ろせないかしら」
「申し訳ありません姉さま……できれば最初からそうしたかったのですが、リスク分散のためにカード類は置いてきてしまいまして……」
二人の運ちゃんが今にも通報しそうだったので、どうにかこうにか天照大艦隊に所属する艦娘であることを説明して(姉さまも天照隊の一員ということにしておいた。本当にそうなればいいのに)、遥か遠い南鎮守府を目指してもらった。
「お任せ下さい姉さま。鎮守府にさえ着けばお金はどうにかなりますから――竹櫛という提督が、たぶん」
「ずいぶん気前の良い方なのね」
「土下座すればお給料の前借りはできるはずです」
「そんなのよくないわ。二人で一緒に土下座しましょう」
「はい、姉さま!」
姉さまと一緒なら、私は何だってできる気がした。
「大和から色々と聞いているわ、天照大艦隊。山城から見てどんな艦隊なのかしら」
「それはもう阿呆ばかりでして――」
二人を乗せたタクシー(と後方に一台)がどれだけ長く走っても、姉さまとの話が途切れることはなかった。
姉さまはお忙しい身で、南鎮守府に到着してもすぐに帰らなければならないという。
初月が将来そうなるように、存在が秘密兵器。外部との連絡にも制限が掛かる。
だから、いっぱい話した。ずっと話したかったこと、恥ずかしくて隠しておきたかったことも、全部。
涙声になってしまっても、声にならなくなってしまっても、姉さまは聞いてくれた。
「お手紙、送るからね」
「はい……絶対ですよ、姉さま……!」
違う。
こんな情けない姿を見せるために戦ってきたんじゃない。
私は涙と鼻水を拭った。
「……姉さま」
「なあに」
「山城は必ず強くなります。強くなって必ず、姉さまのお側に並んでみせます」
「まあ。逞しくなったのね」
「私の仲間も、阿呆ばっかりですけど、強いです」
「心強い味方がいることも山城の強さよ」
「私と姉さまで、暁の水平線に勝利を刻みましょう! その後は、ずっとご一緒に……!」
「本当に強くなったわね山城、本当に。嬉しいわ」
「ですから、今は少しだけ……お手紙くらいだけ……甘えます」
座席で姉さまに寄り掛かりながら、なんだか死亡フラグっぽいことを言ってしまったかなと思った直後だった。
“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまった運ちゃんはどうやら私たちの語らいに感銘を受けたようで、視界が滲んで電柱に突っ込んでしまったらしい。ぶつかったのが人じゃなくて、運ちゃんも痛そうにしているけれどエアバッグに助けられたみたいで、これぞ百年に一度の不幸中の幸いだった。
戦艦的耐久力でピンピンしている私と姉さまは、扶桑型が二人も乗って、そりゃあ“事故(ジコ)”るわよねと申し訳ない気分になりつつ、救急車と警察を待つ間は運ちゃんを介抱していた。
道路の左右は真っ暗な林という場所で、もう一台のタクシーだけが私たちを照らす明かりだった。他に車が通る気配もない。
ひしゃげたタクシーの外で肝試しのような静けさを味わっていると、暗闇の中からヌッと黒い小さな物体が姿を表した。きちんとした首輪を付けた黒猫だった。
「私に近寄るサメとアホウ以外の動物なんて珍しいわね。何か用?」
黒猫は私の足に身体を擦り付けると、そのまま暖を取る気なのか座り込んでしまった。
「山城? 何か言った?」とタクシーの中から姉さまが顔を出した。
「いえ姉さま。ただ――」
【山城:Lv.94 → 94+1】
「たった今、世界が変わったような気がしました」