球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第44話 日向は富士急ハイランドに行きたい

『試飛会』とは日向が制作したラジコン飛行機のテスト飛行を行う会である。

 戦艦から航空戦艦へと進化した日向は己の刃を研ぐべく航空機の研究に明け暮れ、定期的に切れ味を試すべくラジコンを製作しては戦艦寮上空を飛行させたり墜落させたりした。

 日々を深海棲艦との戦いに費やす艦娘にそのような暇があるのかと問うならば普通は無いと答え、日向は普通という枠を何食わぬ顔で切り捨てた。故に航空戦艦になってから随分と久しいものの練度に僅かの上昇も見られず、ラジコン飛行機の製作技術ばかりが無駄に上昇していった。勿論、この技術が深海棲艦に対する抑止力となった例は一度として無い(一度だけ、深海棲艦になりかけた艦娘を止めたことならあった)。本末転倒も甚だしかった。

「艦娘としてあんたそれでいいの!?」と叢雲に激怒されることは度々あり、日向も猫の額くらいは気にしている。ところで猫の額とは面積の狭さを例える言葉であり思慮の大小を表すのには使えないのではと日向は疑問に思い、つまり全く気にしていないと同義とも言えた。これぞ鋼のメンタルの成せる業である。

 日向が製作するラジコンはいかなる機種であれ、全体をヘチマのような緑色に塗装され、両翼と胴体には赤いマル模様が入れられる。機体下部には固定翼機や回転翼機、アダムスキー型未確認飛行機だろうと何だろうと例外無く水上に浮かぶためのフロートが無理やり取り付けられ、つまりは瑞雲化改修が行われた。

 制作する飛行機の機種はいつも自由自在だった。F-22ラプター、F-35ライトニングⅡ、A-10サンダーボルトⅡ、Ka-50ホーカム、V-22オスプレイ、サボイアS.21、SH-60K、テポドン2号、コンコルド、気球船、果てはハインケル・レルヒェのような珍機体(特に航空戦艦が運用できそうなもの多)などがプロペラ駆動のラジコン飛行機となった。

 半強制的に観覧に招待された最上が見守る中、日向のラジコンは戦艦寮前の空を優雅に飛行した。あるいは制御不能に陥った機体が爆発しない巡航ミサイルとして最上の頭や山城の部屋、斑鳩の意識、金剛の後頭部、北鎮守府の執務室を狙ったりもした。それら経験はすべて日向の糧となり、最上の精神的重石となった。

 

 

◆――――◆

 

 

「ふざけるな有給を消化する権利があるのは働いている者だけだ貴様が通算でどれだけ働いていないか――艦これが四周年を迎えたばかりだから貴様の不労記録も四周年記念だおめでとう阿呆が何故この私が穀潰しをいつまでも艦隊に置いているか分かるかむしろ私が知りたい何故お前は遊び呆けていられるのだ全世界の労働者の敵め富士急ハイランドの前に行くべき場所があるだろう艦娘にはいやそもそもお前は艦娘なのか艦娘だったのかすら分からんがとにかく許可は断じて出さんぞ!」

 

 

◆――――◆

 

 

 日向の考えでは「今回は試飛会の場所を戦艦寮前から変えるか」程度のものだったため、少々長めの遠征許可(普段は勝手に外出している)が拒否されるとは、まさかであった。

「いやいや流石に有給って……ほぼ四年も働かなかった艦娘が有給って」

【最上:Lv.66 → 79】

 竹櫛提督のいる第一執務室の場所をまた忘れたからと日向に付き合わされて、至極当然な罵倒を聞かされて、最上は総合棟外のベンチでぐったりした。

「せめて最初に言っておいて下さいよ。有給を取りに行くって」

「ほう。最上が言えば取得できていたのか」

【日向:Lv.10】

「無理です。あーいや、ボクの分だけなら取れますけど、ボクだけ行っても」

「有給休暇とは難しいものだな。社会問題にもなるわけだ」

 誰でもいいからここを通り掛かって、隣に座る日向を海軍精神注入棒で殴ってはくれないだろうか。最上は見上げた太陽に期待せず祈った。

 

 

◆――――◆

 

 

 日向ならば富士急ハイランドに行きたがること間違い無しと艦隊の誰もが予想して、だから何だということもなかった。

 今更である。遊びに行きたければ勝手に行け、である。

 であるのに有給休暇など余計な気を回してしまったものだから、鎮守府からの外出ごと禁止されてしまった。

「ボクは別に関係ないですよね?」と聞きづらくなってしまった最上まで巻き添えを食ったにもかかわらず、日向は次なる一手を考えていた。鋼のメンタルはここに健在している。

「仕方がない。少々割高になるだろうが売店に行くとしよう」

 そう言って日向は腰を上げた。

「売店?」最上も立ち上がった。「売店でどうするんです?」

「富士急ハイランドまで行く手段を買いに行く。決まっているだろう」

「なんですかそのピンポイントな商品……」

「たぶん売っている。いや間違い無く」

「いや無いですって」

「いや、ある」

「絶対無いですってば」

 

 

◆――――◆

 

 

「ソコノ航巡。我ノ売店ヲ舐メテルダロ」

【極楽:Lv.155+2】

 売店のお姉さんはなんでもお見通しだった。細く青白い指先にビシリと額を小突かれた最上はよろめいた。

「い、いやでも、この人、そもそも外出禁止ですよ?」

「ツマラン事ヲ気ニスル奴ダ。黙ッテレバ電車ニ揺ラレテ一眠リデキル料金プランダッタノニ」

「最上。真面目であるに越したことはないが、時には柔軟性も必要だぞ」

 ならばお姉さんにいくら払えば日向を殴ってくれるだろうか。

「それで、我々はどのようにして富士急ハイランドまで行けばいいんだ?」

 当然のように最上を頭数に入れた日向の注文に対して、しかしお姉さんは急にやる気を失った。「阿呆ラシイ」と口にも出した。

「梅雨入リデ気ガ滅入ルトイウノニ、活発ナノハ阿呆バカリ……。オイ、アルバイト。休憩ハ終ワリダ。チョットコイツラヲ富士急ハイランドマデ連レテ行ケ」

 

 

◆――――◆

 

 

 艦娘とは電車やバスで陸を移動するのではなく、海に波風を立てるものである。お姉さんの案とは海路で富士山の近くまで行き、あとは売店のアルバイトに荷物持ちやヒッチハイクなど適当にやらせるものだった。

 なるほど外出は禁止でも遠征ならばよい(よくない)。

 しかし最上、日向、そしてアルバイトの磯風は三人で単横陣を取りつつ、海に余計な波風を立てていた。間違いなく敵潜水艦に見つかっている状況で、最上は右手の日向、左手の磯風がとにかく恐ろしかった。

 まず磯風はとっくに艦娘を辞めていて、現在ではすっかり売店のアルバイトとして馴染んでいる。即ち久々の抜錨だった。装備一式も勝手に予備品を拝借している。艦これアニメ第一話の主人公の如く進む姿は非常に危なっかしい。道案内はできても戦力にはなりそうになかった。

 磯風に多少の勘が残っているならば、約四年ぶりの日向には残る勘すら無いはずである。現にその海を滑る姿は腕を組んでの直立不動、芯がまったく振れないのが逆に気持ち悪い印象を最上に与えた。乗馬に手綱を必要としない類の人外らしかった。

「えー……二人とも、聞いて下さい」と最上は言った。

「観測できました。ボク達はもうすぐ敵潜水艦に攻撃されます。けっこう囲まれてます。ヤバいです。……磯風は大丈夫そう?」

「だ、大丈……いや申し訳ない。正直に言って足手まといだ」

「だよね。とにかくソナーに集中して。それで……」

 最上が気を遣いたくない右手を見た、その瞬間だった。

「ふんっ」

 日向が足踏みをした途端、一帯の海水が波紋状に広がりながら固まったように見え、波紋の到達した一点が大爆発を起こした。当たれば重装甲をも破壊する深海棲艦の魚雷である。

 最上と磯風はポカンとして見ているだけだった。

「ほう、やはりアレは魚雷だったか。見るのは久しぶりだが――速度はあんなに遅かったかな」

 ちなみに日向は艦載機を一切使っていない。何故ならそれらは富士急ハイランドで使用するからである。

「今の、何ですか?」と最上が聞いた。

「敵の魚雷だった」

「いやそうじゃなくて、足で、こう」

 最上と磯風は日向の真似をして海面を踏みつけてみたものの、当然パシャパシャと鳴るだけである。敵潜水艦に自分を狙えと言っているようなものだった。

「む。二人とも戦場での油断は感心しないぞ」

 そう言って日向は、今度は何かを投げた。すると投げた方向でまたしても大爆発。

「いやだから何してんですか」

「ああすまない。自分で迎え撃ちたかったのか」

「そうじゃなくて!」

「少し待て。相手も本気になったようだ」

 最上と磯風の間に割って入った日向は迫り来る魚雷をまったく寄せ付けなかった。

「水は意外にも硬い物質だと言うだろう。それに鎧通しの技を合わせるわけだ」

 意味不明な解説の後に徹甲弾を投げつけ、異様な相手を観察するため顔を出した敵潜水艦を沈めていった。

「なんだ磯風、爆雷を持っているじゃあないか。ちょっと分けてみろ」

 二時間ほどの戦闘を、日向はたった一人で苦もなく「たまにはこんな運動も悪くないな」乗り切った。

 全自動潜水艦迎撃兵器の下で最上は、阿呆らしくなって艦載機を戻した。自分で立てた波風を自分で乗り越える。哲学的サーフィンをしながら一行は磯風ナビに従って進んだ。

【日向:Lv.10 → 13】

 

 

◆――――◆

 

 

「もう帰って叢雲に癒やされたい……」

 艦娘を辞めたとはいえ、対潜装備を整えていたにもかかわらず何の役にも立てなかった磯風は上陸するなり座り込んでしまった。

 最上も似たような気分なので体と心が休息を求めるものの、スマートフォンで調べた現在地を見ると、どうしても動かざるを得ない。海から富士山に近づいて、これから富士山のほぼ反対側の富士急ハイランドまでどうしろと言うのか。もちろん回れ右して海路で帰るなどできるはずもない。

「ねえ磯風。装備とかは磯風がどうにかするって売店のお姉さんが言ってたけど」

「……この辺にでも、置いておけばいいんじゃないか」

 最上は日向の様子を伺った。何としてでも行く気で満ち満ちていた。

「もう行けませんからね」

「何を言う。折角ここまで来たというのに」

「こっそり鎮守府を抜け出した方がマシでした」

「あまり時間も無いな。走ってどれくらいの距離だ?」

「日本ナメすぎです! けっこう広いんですからね!」

「ではヒッチハイクになるか。金があればな」

「この状態の磯風をどうするつもりですか」

「そうだな。こんな時の売店でもある。磯風、ちょっと売店に電話をしてくれ」

「こんな体たらくを知られたら……お姉さんに殺される……」

「磯風をこんな風にしちゃって心が痛むでしょう。ボクは痛いです」

「なあに安心しろ、最上」

 日向は親指を立てて言った。

「『瑞雲祭り』で元気になるさ」

「やかましいよ」

 

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