それと、投稿がやたら遅い連載モノでごめんなさい。
ヤーナム泊地の提督さんが言うには、どうしても、どうしても、どーしても僕らの艦隊に『挨拶』をしたいそうです。それも天照大艦隊の本隊の方ではなく、分隊であり面倒を見てもらっている僕らの小さな艦隊に。どーしても。
「んー……これは面倒の予感」
【斑鳩:Lv.155+1 → 165+1】
「ねえ傘姫提督。怒らないから正直に言って。なにか恨みを買ったりしたでしょ」
「失礼、だねえ」とオカッパ頭で細身の提督、一ノ傘姫乃は椅子をキイキイ鳴らしながら、健康雑誌の精査に勤しんでいます。仕事しろよ。「ヤーナム島のことなら、斑鳩のほうが詳しい、でしょ?」
「僕は少し攻略しただけだよ。その後で大和たちが苦労して泊地にしたとは聞いたけど。あんな場所を引き受ける人が現れたなんて未だに信じられない」
「でも、いるんでしょ? ヤーナム泊地に、提督さん」
「らしいね」
「艦娘も、活動してるんでしょ?」
「だろうね」
「怖い怖いって噂の、ヤーナム島を、拠点とする艦隊がある、と」
「その艦隊がね。何故か僕たちを名指しで『挨拶』がしたいって言うんだよ。というわけで提督、対応よろしく」
「絶・対・嫌」
◆――――◆
ヤーナム島というのは、簡単に言ってしまえば深海棲艦すら近づかない恐ろしい島のことです。艦娘たちの間では噂話上の存在でしたが、僕が見つけたそこは島の周囲十数キロが海水と血液が混じり合っているような島でした。劇場版艦これのような赤い海ではなく、鉄の臭いが強い血の海です。
島の攻略に艦娘の艤装はほとんど役に立ちませんでした。僕を餌にせんと襲い掛かる脅威を退けたのは洞観者としての能力でした。恐らく普通の艦娘ならば上陸すら叶わず、運良く上陸できたとしても数分後には獣の餌でしょう。これは僕の強さ自慢ではありません。この体で調べてきた事実です(大和からこっそり愚痴られましたが、大本営直属の調査部隊はあまりの恐怖に島に近づくこともままならなかったそうです)。
そんな曰く付きまくりのヤーナム島なわけですが、最強の艦娘、撃沈王・大和が負けっぱなしでいられるはずもありません。どうにかこうにかして島を無害化し、泊地としての機能を持たせることに成功したわけです。どうにかこうにか……何をしたんでしょうね?
かくして危険だったヤーナム島は、今や深海棲艦のみ寄り付かない貴重で重要な泊地となったわけでした。じゃあ積極的に寄港したいかと問われると、残念ながらネオサイタマ鎮守府とどっこいどっこいなのは仕方の無いことです。以前までの恐ろしげな噂も根強く残ってはいますが、そんなことより未だに海の赤色が少し残ってますしね。仕方がないですよね。まあアレです。重要なのは僕ら艦娘にとっての有利が増えたという宣伝的事実ですから。
◆――――◆
「艦娘にとっての有利、でしょ? じゃあ艦娘の斑鳩が相手、してあげてよ」
艦娘と艦隊を切り離して考える阿呆がここにいます。今日は昼食後のシエスタをさせないことにしました。
「いやいや。お昼寝、絶対にするからね」
「心は読んでもいいから口に出さないでってば」
「だって心当たり、本当に斑鳩しかない、よ? ヤーナム島に行ったこと、あるのも斑鳩だけだし」
「でも『挨拶』に来るんだよ? じゃあ提督が対応するのが普通でしょ」
「やだ。なんか怖い」
小さくとも立派な艦隊をまとめる大人が「なんか怖い」から僕に仕事を押し付けてきます。せめてもっとマシな言い訳は出ないものでしょうか。
「じゃあ私は出張。南鎮守府で定期連絡、してくる」
「一昨日行ったばっかりだよね。僕の横で置物になってるだけでもいいから、せめて顔くらい出して」
「『挨拶』って、何するの? 具体的に」
「そりゃあ……」
名刺交換みたいなもの、と言いかけて言葉に詰まりました。思い当たる理由がこれっぽっちもないのに、わざわざ挨拶がしたいとの申し出があれば誰だって訝しみます。ただのラブコール――な訳はないでしょう。面倒くさい系の裏があるに違いありません。
それに『挨拶』と言えば……嫌なことを思い出しました。僕は自分の事を深海棲艦だと言って、お父さんに連れられて天照隊を襲撃した前科持ちです。お父さんは『挨拶』をしに鎮守府に入り込み、一ノ傘副提督――傘姫提督の従姉妹の命を狙ったのでした。
「こういう面倒事って、ほとんど斑鳩絡み、だよねえ」
「いや待って。それは認めるけど過去の話にしたい」
「というか、斑鳩だって私に、押し付けたい、でしょ?」
「そんなこと……確かにあるけど。でも仕事だから無視もお断りもできないし……」
「じゃあ、大和、呼ぶ? 実際あの子がヤーナム島を無害化、したんだし」
「大和の仕事の邪魔はさすがに……ああもう分かった僕が対応するよ。でも提督も最初に顔だけは出して、呼んだら来てよね。一ノ傘副提督のところにお茶しに行ったりしないこと」
「んま。ちゃんとした仕事、だよ」
「丸一日のほとんどを雑談で潰す出張は許しません。イムヤ達に見張らせるから」
「あの見張り、トイレにも自由に行けなくなるの、どうにかしてよ」
◆――――◆
ヤーナム泊地に返事をすると、明後日、相手はまずは艦娘を寄越すとのことでした。最初は軽くお話でも、ということらしいです。本当に、どうしてここまで僕らの艦隊と外交をしたがるんでしょうね。とりあえず傘姫提督の出番は無さそうです。
相手方の目的――普通だったら「深海棲艦になりかけた僕のピンチ!」と安直に考えるのが妥当なのですが(いや、好き好んでピンチになりたくはないのですが)、今回は相手にも事情があります。なにせ相手はヤーナム島の住人なのですから。
「新しいメール、来たよ」と提督。
「なんだって?」
「えっとね――遠回しだけど、斑鳩に会いたい、だって」
「……そう」
大本営直属の調査部隊すら恐怖で追い返す島を根城としてしまう艦隊とは、どれほどの化物……いえいえ、強者集団なのでしょう。実際にヤーナム島を歩いたことのある僕が推測するに、どうしても、かなりのレベルで、危ない像しか浮かび上がってきません。
想像してみて下さい。使い込まれた血染めの制服。奇妙かつ合理的に変形する艤装。そして影となった表情から漏れる笑い声……。
僕だって決して弱くはないつもりですが、念のために球磨さんか長月ちゃんを呼んでおいた方が安全でしょうか。いざとなったら――いやいや早まるな僕。いざって何だ。挨拶だから。ただの挨拶ですからね。洞観者の『アイサツ』でもなく普通の、交流のための『挨拶』ならお茶を飲みながら近況を聞いたり言ったりしていればいいんです。相手も同じ艦娘。じゃあ僕だって艦娘らしいことをして、後の提督同士の話に繋がるようにしておけば十分でしょう。
「確かにこのメールだと僕を指名して……ちょっと待って。なんで夜のお店がもう予約されてるの? 普通こういうのって迎える側が準備するものでしょ?」
「気合、入ってるねえ」
「他人事みたいに言わないでよ。何この意味不明な接待。僕は何を要求されるの?」
「ヤーナム泊地なら、そうだねえ。斑鳩の珍しい血液、とか?」
「笑えないからね。ヤーナム島って本当にそんなところだからね」
「まあまあ。明後日になれば、分かることだよ、危なくなったら、やっつけちゃえばいいし」
「よくないし」
でも、本当に身の危険を感じたら……明日は久しぶりに青い炎を慣らしておくとしましょう。
◆――――◆
そしてこの日を迎えました。
……………………
…………
……
◆――――◆
その翌朝、という感じがしません。朝日が昇らなければ昨日が永遠に続いていたでしょう。あの子たちと別れたのは――何次会でしたっけ?
執務室の机でぼんやり昨晩のことを思い返していると、猫吊さんが時間通りに仕事を始め、それから提督が仕事をぼちぼち始める時間になっていました。
「うわぁ……斑鳩、もしかして、朝まで呑んで、たの?」
「空が明るくなるまでだから、たぶんそう」
「接待に満足し疲れた人の顔、って感じ、だよ」
「あー……。うん」
「部屋がお酒臭い。お風呂行って」
「もうちょっとこうさせて」
「臭い」
「もうちょっと」
座り心地は微妙だと常々思っていた椅子も今は快適に感じます。まあ、ただ動きたくないだけなんですけどね。
グデッとした僕の姿を提督はスマホで撮影して見せてきました。
「どう? この自分の姿」
「……命からがら逃げ延びた空母ヲ級」
「睦月ちゃん達に、こんな姿を見られ――」
「ごめん提督、猫吊さん。午前は休ませて」
◆――――◆
「ひとつ、ハッキリしたね」と提督は、仮眠から戻った僕に言いました。
「なにが」
「斑鳩は、少女が好き」
「いやいやいやいや! そんなんじゃなくて!」
「じゃなくて? 駆逐艦の子たちに楽しく接待されて、カレンダーズ(睦月型)は大好きで。――大丈夫、だよ。私は差別したり、しないから」
「違うってば! 提督も見たでしょ!」
ヤーナム泊地からの使者は大正浪漫の風を吹かせ、現代の俗物を色鮮やかに染め上げるが如く舞い歩む駆逐艦、神風型五人衆でした。
「それは、認める」と提督は肯きました。「確かに、すごい可憐な感じだった」
「でしょう。艦娘だって言われなかったら歌劇団的なヤツだと思うよね? でもね、実際そうだったんだよ」
「へえー」
「最初に予約されてたお店にステージがあってさ。入った時はブルースやってて気取ってるなーと思ったら、次にステージに上がったのが神風ちゃんと春風ちゃんだよ!? まあ、ちょっと場違いだけどカラオケが好きなのかなと思うじゃない。でもそんなレベルじゃあなかった。春風ちゃんの意外と軽快な歌も良かったけど、それに合わせた神風ちゃんのステップ! あの大正浪漫スタイルがステージ上でくるくる回るんだよ! 長い髪と袴が歌と一緒に飛び回って、ステージをカツカツ踏むブーツもまた上手く魅せるんだ! まだあんまり酔ってなかった僕が確信したんだから間違い無いね。あの神風型の子たちは『ヤーナム歌劇団』だったんだ!」
「へえー」
「二軒目が面白くてさあ。お腹痛くなるまで笑ったのっていつ以来だろう。五人で『ロミオ達とジュリエット達』って……ぷふっ……いやごめん、思い出したら笑っちゃって。あんなの卑怯だよ。歌劇団だから普通にやるのかと思ったら、まさかのコントなんだもん。お淑やかな旗風ちゃんの口からガチ暴言が吐かれるわ、僕までロミオにされてグーで殴られるわ――いやあ楽しかった」
「へえー」
「んで三軒目は確か――」
「分かった。斑鳩が楽しんだのは、分かったから」
「まあ、とにかく良い子たちだったよ。来週がちょっと楽しみかも」
「来週? 何か、あるの?」
「今度は僕がヤーナム泊地に『挨拶』に行かないと。そうでしょ?」
「……いいけど。本当に大丈夫、なの?」
「泊地になる前に僕一人で攻略した島じゃない。今はもっと安全だよ」
「そういう意味、じゃないんだけど、なあ」
「むしろ提督に悪いと思ってるよ。いやあ僕ばっかり楽しんでいいのかなー全然いいよねーむっははは」
「猫吊さん。憲兵呼んで、コイツ黙らせよう」
◆――――◆
一人で向かったヤーナム泊地周辺の海は、以前と比べて血の赤色がかなり薄れていました。大和が言っていた無害化の影響だと思われます。島に遺された背の高い廃墟群も青い海を眼下にすることで見た目の脅威度がグッと下がっています。艦娘たちの間でヤーナム島が廃墟探索スポットになる日もそう遠くないでしょう。
その遺跡の正面に新設された建物はどれも極めて簡素な造りをしています。というか仮設キャンプを少しマシにした程度で、お金が無かったのか工事業者の度胸が無かったのか、といった感じになっちゃっています。見た目雅な神風ちゃん達がここで暮らす風景が想像できません。まあ、想像しなくても目の前にある風景がそうらしいのですが。
「流石は練度最上限の空母。時間通りだ」
【松風:Lv.30】
「ようこそヤーナム泊地へ。――と言っても見ての通り、お客さんを十分持て成せる場所じゃあないんだ」
「先週、十分過ぎるお持て成しを受けたよ。はいこれお土産」
「悪いね。いや、僕らも久々の本土だったからさ。はしゃいじゃって」
一人称が被りました。
「少し休憩するかい? 安全過ぎるルートも案外疲れるものだろ」
「いや、早く帰って来いってうちの提督がうるさくて。こちらの提督さんは?」
「あそこの二階に居座っているよ」と松風が指したのは木造の平べったい二階建ての建物でした。古き良き小学校の校舎というか、まさに『あの時代』の建築物というか、そんな感じです。
「しかしキミは本当に不思議な存在だな。正直、空母ヲ級に似ていることよりも不思議だぜ?」
「どういうこと?」
「僕らの司令官に直々に指名されたことに決まっているだろう。あの奇人といったい何が繋がっているのやら」
「やだ、その人ってどんな人?」
「元陸軍人、とだけ言っておこうか。すぐに分かるさ」
◆――――◆
松風ちゃんは恐らく「会ってみれば分かる」くらいのニュアンスで言ったのでしょうけど、僕はその提督の顔を見てすぐに理解しま……いや、理解できませんでした。
「よおく来たでありますなあ!」
【あきつ丸:Lv.38 → 提督】
「どうでありますか、我が活動拠点と部下は! あ、松風。今日は煎餅の気分であります」
なーんでコイツがこのタイミングで現れるんでしょうね。海って本当に不思議でいっぱいです。
この阿呆陸軍人についてご存知ない方々のために簡単に解説しておきましょう。僕がまだ自分を『葛城』と勘違いで名乗っていた時に現れたのが、あきつ丸でした。本物の葛城である僕の妹を知ったあきつ丸は鬼の首を取ったように僕を偽物扱いしに訪れて……悪者を退治したかったのか、あるいは勲章でも欲しかったのでしょうか。僕があきつ丸に糾弾された後の展開が超々々弩級のドッタンバッタン大騒ぎで凡人の出る幕ではなくなってしまい、結局あきつ丸の出番は途中からサッパリありませんでした(事件の後、天照隊の調査によると失禁して気絶していたそうです)。
僕に『斑鳩』という名が与えられるきっかけを作った人物、という意味では忘れてはならないでしょうね。それは認めます。ですが強引なやり方のせいで長月ちゃんは全身をズタズタにされ、あと少し間違えていたら僕と睦月ちゃんは肉片すら残せず死んでいたに違いありません。結果オーライだなんて誰が言うもんですか。
「ふっふっふ。驚いた顔をしているでありますな。とりあえず座るであります」
パイプ椅子に長机です。やっぱりお金はあまり無いらしいです。
「驚いたというか何というか――何やってるの?」
「むっふっふ。ここヤーナム泊地で提督をやっている、であります」
意味不明すぎます。
「陸軍のフリーランスとして活躍していた自分に、この危険な島の管理を任された、というわけでありますな。現状の海軍には務まらない責任を、この! あきつ丸が! 預かったのであります!」
「……ああ。なるほど」
天照隊に独断で迷惑をかけたことで陸軍を追い出され、誰も欲しがらないヤーナム泊地の椅子(パイプ椅子)に座ることになった、ということでしょう。
「じゃあ僕が呼ばれた理由は? というか事情は分かったから帰っていい?」
「何一つ分かっていないようでありますな!」と無駄に憤るあきつ丸。「本題以前に感想をまだ聞いていないであります! この島を統べる自分を尊敬したくなったとか。この泊地には大きな期待を寄せているとか。思うがまま言葉にすることを許可するであります」
「帰る前に神風ちゃん達に挨拶したい」
「駆逐艦はさっきの松風も含めて近海の警戒中であります!」
「松風ちゃんはさっきまでここに……ねえ。もしかしてこの泊地にいる艦娘って」
「話が早くて助かりますなあ。伊達に葛城殿の姉をやっているわけではなさそうであります。――その通り。ここヤーナム泊地に在籍する艦娘は神風型の五人のみであります。まあ、いざとなれば最終決戦兵士の自分が出るのもやぶさかでないのでありますが」
あきつ丸は煎餅に手を伸ばし、最終兵器らしくバリッと豪快にかぶり付きました。ドヤ顔です。自分で言うのも何ですが、よくもまあ練度カンスト空母を目の前にして自信満々でいられるものです。
というか僕相手にドヤってる暇があるならば艦隊の規模を大きくした方がいいでしょう。ヤーナム島に深海棲艦が近づかないから今が成り立っているだけで、血の海のような異常が消えた後も敵に避けられ続けるとは思えません。神風ちゃん達には悪いですが――悪いのは目の前の阿呆ですが、僕一人に殲滅されてしまう程度の戦力では泊地と言えるような安心感はありません。
「しかし戦力が揃わない現状では難しい場面も多々あるであります」
曲りなりにも提督を名乗っていれば、流石に戦力不足も理解できるようです、が……。
「だからこうして他の艦隊から、なるべく高練度の艦娘を引っ張ってこようと思いついたのでありますな」
「…………は?」
「貴官とは顔見知りで、しかも荒れていた頃のヤーナム島を一通り歩いた実績があると聞いているであります。最早、このヤーナム泊地で働けと天啓を得ているようでありますなあ。自分もそうだったであります」
「いやいや。ちょっと聞き取れなかった。耳の調子が悪いみたい。――何だって?」
「特別に一人部屋を用意しているであります。向かいの建屋がそうであります」
「えー。あのですねー。僕は天照大艦隊の分隊の総旗艦をやらせて貰ってましてー」
「総旗艦! 良い肩書きでありますな。では貴官をヤーナム泊地の総旗艦に任命するであります」
「そんな冗談はいいから」
「艦隊を強くするためには少々の強引さも肝心。艦娘は海を渡り時に流されるもの。貴官には早速当たって貰いたい任務が多くあるであります」
「……神風ちゃん達に僕を誘い出させて、何かと思えば……僕を怒らセナイデ。雑魚相手ダト加減ガ難シイカラ」
【斑鳩:Lv.165+1 → 165+2】
怒りは僕にとってある意味で最も制御し易い状態です。無理をしなくても心を水底で足掻かせることができ、冷めた息苦しさが青い炎となり左目より燃え上がります。熱ではない、僕の心と性質を持った炎です。
「で、でで、出たでありますな! 深海棲艦のような炎!」と後退るあきつ丸。「し、しかし、その姿を見たのは二度目! しかもよく考えてみれば以前も今も、立っているのは陸上であります。つまりは元陸軍人である自分こそ圧倒的優位!」
あきつ丸は部屋の隅に事前に用意していたであろう軍刀を引っ掴み抜き放ちました。
「やはり力づくになったでありますな。上等であります。このあきつ丸の強さにひれ伏し艦隊員の一員と――」
「僕ノ炎ノ性質。僕ノ能力。万物ハ僕ノ艤装トナル」
パイプ椅子に炎を引火させれば、パイプ椅子は僕の装備品。机も、煎餅も、壁も、へっぴり腰で軍刀を構える阿呆すらも。引火させたモノは全て僕の装備品。
床に手を付いて炎を引火させ装備。僕の意のままとなった床を――部屋全体をひっくり返す!
「イヤーッ!」
「アイエエエエエ!?」
言うなれば畳返しを強力にした感じです。僕以外の物が派手にかき混ぜられた室内であきつ丸は、それはもう見事にやられてくれました。宙を舞う中で棚に鼻をぶつけ「アバッ!」、床が抜けて落下する中で椅子と机に鼻をぶつけ「アバッ!」、持っていた軍刀に鼻――だけは運良く回避して下の部屋に落っこちました「アバーッ!」。
「フゥ……久々にすっきりした」
【斑鳩:Lv.165+2 → 165+1】
「これに懲りたら、明日からはちゃんと提督らしく振る舞いなよ」と下の階でのびているあきつ丸に助言をしてあげました。
さてと。勢いで部屋を壊してしまって、神風型の五人には何と言い訳をしたものでしょうか。
◆――――◆
悪かったのは絶対にあきつ丸でしたが、それでも怒られるのは絶対に僕でした。
「随分と長かった、ねえ。大和のお説教」
僕が怒られるのを楽しんでいたのか、提督はニコニコして執務室で待っていました。
「キレるのを我慢してた感じだったよ。あー怖かった。大和が色々と手を回して泊地――っぽい形に整えた島だからね。あきつ丸を懲らしめたことよりも建物を壊したことの方が痛いんだってさ。だから提督、その、悪いんだけど」
「私たちは、しばらくヤーナム泊地のお手伝い、でしょ? 全然問題ない、からね」
提督が珍しく気の利いたことを言ってくれました。
「本隊に、斑鳩の代理で叢雲ちゃんとか、助っ人、お願いしてるから。斑鳩はしばらく、ヤーナム泊地で頑張って」
やっぱり薄情でした。
「ずっと向こうで仕事しろって? 嫌だよ。環境云々じゃなくて阿呆の下で働くのが嫌だ。提督だってこの前まで挨拶すら嫌がってたじゃない。僕の気持ちが分かるでしょ」
「向こうで、神風ちゃん達が待ってると、思うな」
「……………………せめて潜水艦たちを連れて行きたい。いいでしょ」
「やっぱり斑鳩は、少女が好き」
「し・ご・と!」
「ヤーナム歌劇団、だっけ。動画送って、ね」
「し・ご・と!」
「そうだ。カレンダーズにも、お手伝い、お願いしようか?」
「ぼ・く・の・し・ご・と! もういいって。壊した分は働いてくるから」
もう二度と見たくなかった阿呆の顔ではありましたが、とはいえ僕の強さを十二分に味わってもらったわけです。次に会う時は、阿呆とはいえ、少しくらい自重していることでしょう。
……そう思っていたのもヤーナム島に到着する前まででした。島の浜辺であきつ丸は、一人ノルマンディー戦(ドイツ側)で僕らを出迎えてくれました。高く積まれた土嚢の上に機関銃を乗せて待ち構える阿呆は僕らに向かってこう叫びました。「かかって来い! であります!」
「……うん。そんな気もしてた。じゃあイムヤ達、アレは弱いから手加減してあげて」
うちの潜水艦たちはとても頼もしいことにトルピードランチャーを装備しています。ノルマンディーの防衛施設といえども空を高速で素っ飛ぶ魚雷(あくまで魚雷です)にかかればたったの一発で爆発四散してしまいました。
もちろん僕らは無傷で悠々と上陸を果たしました。そして生かしておいたあきつ丸も勿論、これにすら懲りることはありませんでした。
……ヤーナム泊地滞留の初日から何やってるんでしょうね、僕は。