球磨の薬指   作:vs どんぐり

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叢雲の薬指 3、4(3年半前)の話を今更になって拾っていくスタイル


第46話 そんなの『艦これ』の設定に無い

 誰にだって忘れてしまいたい失敗はあると思う。例えばカロリーメイト(ようかん味・惚れ薬)を迂闊にも口にしてしまうとか。

【叢雲:Lv.111 → 130】

 悪意があったかどうかも分からない誰かが仕掛けたカロリーメイトは私と磯風の胃袋におさまり、それから二人は堕落の限りを尽くし、艦隊からの脱走まで試みた。――なんだか他人事のように思えてさえくる。この私が艦隊から脱走? 私がいなくなった艦隊で司令官になにが出来るというのだろう。司令官がいなくなった私になにが出来るというのだろう。

 

 明かりを落とした部屋で、同じ布団に入った磯風は言った。「たまにこうだ。叢雲は私ではなく司令を見ている」

 

 もちろん布団くらい二組ちゃんとある。けれども二人で一つを使った方があったかいというか距離の問題とか――察して欲しい。私たちはこれでもかなり自重するようになったわけだし(隣室の綾波に壁ドンされた時のいたたまれなさは半端じゃあなかった)。

 

 明日は雨が降るらしく、今夜は外がいちだんと暗かった。私たちはこういった理由を見つけては抱き合……仲良く一緒に寝ることにしている。

 

「司令が気になるか?」と磯風はささやいた。「こうしている今も」

「……ごめん」二人の部屋で、取り繕う意味は失われていた。

「責めるつもりはないんだ。司令のことを見ているのも、私と触れ合うのも、叢雲はそういうものだと理解しているつもりさ」

 

 あのカロリーメイトのせいで磯風は艦娘を辞めて、売店でアルバイトとして働くようになった。一方で私だけが艦娘を続けるどころか未だに総旗艦だなんて大仰に名乗っていて、本当によかったのかと未だに思う事もある。幸い、売店の仕事はけっこう充実してるらしいけど。

 

「ただな。この部屋の中、この時だけは私の方を向かせてやりたくなる」

 

 磯風の手はもう私の寝間着の中に入り込んでいた。抵抗したり逃げたりするだけ磯風をその気にさせてしまい、私はそんな気にされてしまい、綾波に壁ドンされるのも仕方ないかなーと、もう諦めていた……都合の良い言葉よね、諦めるって。

 

 磯風の顔が、息のかかる近さにあった。いつも不意に指の動きを変えて私の反応を楽しもうとしてくる。だから私にできる抵抗は、もっと顔を近づけることだった。部屋は暗い。でも待ち望んでる磯風の表情ははっきりと捉えられる。少しでも主導権が欲しくて私は、はしたなくも舌を出しながら――。

 

「ゲフンゲフン。お邪魔してるクマ」

【球磨:Lv.95 → 99】

 

 いつの間にか枕の側に立っていた球磨は私たちを見下ろしていた。……あるいは見下していた。

 

 

◆――――◆

 

 

「ノックぐらいしなさいよ!」

「こっそり叢雲だけ起こすつもりだったクマ」

「あと……せめて何か反応はないわけ!? スルーされると余計に恥ずかしいのよ!」

「阿呆な妹たちを持つと嫌でも耐性がつくクマ」

 

 大井北上と同レベル扱いされた私はとりあえず手に取ったものを着込んで球磨の後を追い、駆逐艦寮を出た。部屋に置いてきた磯風は、先に寝ててと言っても寝られないでしょうよ。

 

 外は冬らしく冷え込んでいた。球磨は何枚重ねしたのか着ぶくれしている。それにやたら大きなバッグを持っていた。私が追い付くと、球磨は何も言わず工廠の方へと歩きだした。

 

「ねえ。何の用事かくらい言ってくれてもいいじゃない」

「すぐに着くクマ。それに誰にも聞かれちゃあいけないクマ」

 

 夜更かし好きだったり用事があっても、こんな時間にこの寒さじゃあ建物の外には誰も出ていない。それでも球磨が警戒するなら、私も黙って歩くしかなかった。球磨の声はシリアスだった。

 

 工廠――というよりそこから海に向かって約2kmも伸びる射撃試験・演習場の影に隠れたような場所、破棄されたものがゴロゴロあるだけの岸壁で球磨は足を止めた。工廠の向かい側の30mくらい先からはコンクリート製の高い壁が海と鎮守府を隔てている。工廠と壁の間の隙間、私たちが立っている場所はぽっかりと海へと開いていた。警備上は問題ないと思い込んでいたのにこんなにも大きな穴があったなんて、長い鎮守府生活の記憶の中でも空白の場所ということらしかった。まあ、こんな場所には誰だって用事はないでしょうよ――球磨みたいなヤツを除けば。

 

「この艦隊には『敵』が潜んでるクマ」空白の場所に着いて球磨はようやく口を開いた。「カロリーメイト事件でケンカ売ってきた奴クマ」

「まさか犯人を見つけたの?」

 

 球磨は首を横に振った。

 

 

◆――――◆

 

 

 天照大艦隊の中に『敵』が潜んでいる――私たちがそう考えてるだけで、敵の姿どころか痕跡も、もっと言えば実害すらはっきりしていない。私個人はただのイタズラだったという可能性も捨ててはいないくらいだった。

 

 金剛、球磨、電、雷、吹雪、そして私の六人で内密に対処することにはしたけれど、実際に動いてるのは球磨だけだった。というか私ら他の五人は何から手を付けていいかも分からなかった。精々思いついたのが聞き込み調査……金剛は「内密云々が早速終わりそうデース」と言った。

 

 逆に球磨はただ歩き回るだけで見るべきものが見える探偵のようだった。それも安楽椅子探偵とは真逆、見渡すべき場所に到達し、探るべき場所に忍び込み、それらを気付かれることなくやってのける。意外に優秀な球磨ちゃんなんてレベルを越えている。第六感なのか野生の勘なのかは分からないけど、こんな仲間がいれば私のような凡人はむしろ下手に動き回るだけ邪魔になってしまう。

 

 さらに加えて球磨は、単純に強い。たぶん艦隊で一二を争うくらい強い(たぶんも何も霧島との二強だろうけど)。アクティブな探偵は得てして危機に陥るもので、球磨なら立ち塞がる悪者共をキック&ナイフで全滅させるタイプだと思う。私も球磨に稽古をつけてもらってるけど未だにまったく追いつける気がしない。さらにさらに、目の前の障害物を倒すのではなく避ける術にも同じくらい長けていて部隊の被害を何度減らしたか数え切れない。

 

 球磨が仲間でいてくれたことは奇跡だとつくづく思う。艦隊の最初期から今に至るまでずっと、私たちは球磨に頼ってきた。そしてこれからも頼っていく。……おんぶにだっこを良しとしてるんじゃあなくて、例えばナイフを振り下ろして返り血を浴びることに躊躇しないなんて他に誰が真似できるのか。いやできない。少なくとも私には。

 

 

◆――――◆

 

 

「手詰まりクマ」と球磨は言った。「それっぽい手がかりが何一つ見つからんクマ。だから叢雲には取り敢えず、別件のやべーヤツを知らせておくクマ。状況を変えれば何か出て来るかも分からんクマ」

「……やべーヤツ、と言うと?」

「その目で見るまで絶対に信じないと思うクマ。だからまずは分かった事実をそのまま言うクマ」

 

 で。その意外に優秀な球磨ちゃん曰く、

・雨上がりの夜、草木も眠る丑三つ時、この工廠裏の岸壁からゾンビが這い上がってくる

・雨が降らなければ何も現れない。逆に雨が降り止んだ後は必ず現れる

・この事を知っている長月、木曾、時雨が今までゾンビ退治をやってきていた

・実際に退治をしているのは長月で、木曾と時雨は誰も近づけないよう見張っている

・巨大な剣で戦う長月の強さは艦娘のレベルを超えている。だから鎮守府は今まで平和だった

 

「信じるクマ?」

「――球磨の言う事は信じるつもりよ。でも『ゾンビ』って何? 何かの隠語?」

「ウィキペディアに書かれてる『ゾンビ』そのまんまクマ」

「あの……ウボァーって感じの?」

「そんな感じクマ」

「じゃあ、長月が強いって? そもそもカレンダーズの長月のことで合ってる?」

「合ってるクマ。あの低燃費駆逐艦が強いどころの話じゃあないクマ。駆逐艦寮の玄関に飾ってある大剣を振り回してたクマ」

「大剣ってネコノツメのことよね。それなら見間違いよ。確かに飾ったのは長月だけど、あれ三人がかりでも持ち上げられないくらい重いのよ」

「触って確かめたから知ってるクマ」と球磨は言いつつ左腕の下に隠している飛び出しナイフを外し、指先でクルクル回した。「クマがこんな風にナイフを扱うのと同じように、長月はあの大剣を持ち出してブンブン振り回してたクマ。しかも片手で」

 

 長月が、あくまで駆逐艦の中では、力持ちなのは寮の中ではよく知られていた。部屋替えの時なんかは家具を一人で軽々と持ち上げられるからって手伝わされる姿をよく見かけるし(五百円かお菓子で引っ越しを手伝ってくれる)。でも本棚やミニ冷蔵庫なんかとネコノツメはとても重さを比べられるようなものじゃあない。――そして私の知る長月と球磨の言う長月も、別人としか思えなかった。

 

「叢雲が理解できなくて当然クマ。だから今、明日深夜のために呼び出したってわけクマ」

「明日?」

「明日は朝から雨が降って昼には晴れるらしいクマ。だからその雨上がりの夜、その目で確かめてほしいクマ」

 

 

◆――――◆

 

 

 こういう偵察こそ球磨の得意分野で、一日中茂みの中で隠れていろと言われてしまえば従うしかなかった。

 

「さ、寒……」

「我慢するクマ」

 

 球磨の大きなバッグの中身はお泊りセット(偵察)だった。全体を葉っぱで覆った大きなポンチョを被り、顔まで徹底して草木色にした私たち二人は工廠裏から離れた場所で、音を立てずにその時間を待ち続けた。夜が明けても雨が降り出しても。

 

「風邪ひきそ……」

「クシャミだけは我慢するクマ。あの長月ならたぶん気付かれるクマ」

「ねえ、仕事は? 丸一日すっぽかすことになるんだけど」

「吹雪に適当にやっとくよう頼んどいたクマ」

「なんで仕事だけ適当になるのよ」

 

 

◆――――◆

 

 

 鼻水を静かにすすった午前二時の十五分前、球磨の言った通り本当に長月と木曾、時雨が工廠裏にやってきた。特に緊張した様子もなさそうで、木曾と時雨は工廠裏の海に背を向けた。一方で長月は大剣ネコノツメを本当に軽々と担いで海の方へと一人で向かった。

 

「マジっぽいわね」と私は小声で球磨に言った。

「マジなのはこれからクマ」

 

 午前二時、草木も眠る丑三つ時。海から這い上がってきたのは、深海棲艦が萌えキャラに思えるほどの化物だった。

 

 その化物を長月は、まず一体――続けて二体目、三体目、四体目、五体目にネコノツメを滑らせ、暗い海へと還した。

 

 約三十分間の出来事だった。

 

 

◆――――◆

 

 

「どうした叢雲。マスクなんかして風邪か」

【長月:Lv.42+1 → 58+1】

 

 食堂では幸運にも長月が一人で朝食を食べていて声をかけやすかった。数時間前には大剣を振り回して戦っていた――長月の表情からはそんなこと、全然読み取れなかった。

 

 私はというと情けないことに熱が38度も出た。体の節々が痛い、けど今はそんなことを気にしてる場合じゃあない。

 

 私は長月の前に座った。「えーと……長月はさ、今日の予定は何かある?」

「別に。明日からの遠征の準備くらい」

「そう。なら悪いんだけど、一三〇〇に一〇三会議室に来てくれないかしら」

「何かあるのか。私だけ?」

「ううん。他に二人いるわ」

「…………用向きは?」

「実はね」球磨とも相談したけど、やっぱり直接聞いてみるしかない。周りの誰も聞いてないことを慎重に確認した。「昨晩のこと、見てたのよ。長月がゾンビをやっつけてるところ。だから少し話がしたいの。咎めたりなんて全然しないのよ。ただアレが何なのか、総旗艦として――は勿論だけど、何より仲間として知っておくべきだと私は思うの」

 長月はものすごく困った顔をした。「……何処から見てた? 木曾と時雨が見張ってたのに」

「離れたところに球磨と隠れてたのよ」

「ああ球磨かぁ……やられたな。隠し通すつもりだったんだが」

「覗き見したのは本当に悪いと思ってるわ。でもほら、途中で話しかけに行くわけにもいかなかったし」

「分かった。話はする。でも時間と場所は私が指定する。それと木曾と時雨は無関係だから見逃してくれ」

「無関係って、でも三人で一緒に――」

「そういう意味じゃない」と長月は力強く言った。「あの二人は普通の艦娘で、ただの協力者で、私が異常なだけなんだ」

 

 

◆――――◆

 

 

 長月に話し合いの調整を任せたら一週間後になってしまった。

 

 指定された場所、『THE HANGED CAT(ハングド・キャット)』は艦娘が出迎えてくれる喫茶店ということで結構な有名店だった。磯風が売店のアルバイトを始める前に研修を受けていたり、斑鳩が謹慎と称して寝泊まりしていたお店だったりと、鎮守府からの距離は近くはないけど少しだけ私たち天照隊にも関わりがあった。暇ができたら行ってみようと思ってはいたけど、こんな形で実現するとは。

 

「風邪はもう治ったのか」と長月が聞いてきた。

 

 私と長月の二人は私服姿でバスに揺られていた。球磨は「お喋りは任せたクマ」と言って後処理を私に投げ、金剛や電たちは出撃している。

 

「一日で治したわ。――ねえ。今更なんだけど、話をする場所ってハングド・キャットじゃないと駄目なの?」

「駄目だ」と長月はキッパリ言った。

「ふ、ふうん。ハングド・キャットに何かあるの?」

「そうだ。私たち洞観者はハングド・キャットからの指示で動いている」

 

 急に長月がB級映画っぽいことを言い出した。

 

「…………長月って、まさか本当にサイボーグとかそういったアレ的な何?」

「違う違う。とにかく私じゃ説明しきれないし、余計なことを言うなって厳命されてるんだ。だからハングド・キャットできちんと話を聞いてもらわないと」

「ま、分かったわ。到着までは聞かないでおいてあげる」

「バレたのが叢雲と球磨でよかった。他の奴らだったら艦隊全体に広まってたかもしれないしな」

「私と球磨に見つかったんだから、いつか他の誰かも見つけるわよ」

 

 

◆――――◆

 

 

 コーヒーとカレーの香りが混ざり合う珍妙な喫茶店、ハングド・キャットはこれまたB級映画っぽい(私の偏見)洒落たお店だった。

 

 店のあちこちに賢そうな猫が鎮座してるし、艦娘の店員とそれ目当ての客――なるほど、朝っぱらから客が入ってるわけだ。

 

「猫カフェだぞ叢雲。すごいだろ」

「いや、うーん……普通の喫茶店に猫を放してるってだけな感じ。どう見ても一般的な猫カフェじゃあないわ」

 

 長月が予約していたらしく私たちは一番奥の四人掛けの席に通された。現役の艦娘に接客されるのは、なんだか磯風からパンを買う時のことを思い出させた。

 

「まだカレーって時間じゃあないしな。叢雲もシフォンケーキとコーヒーでいいか? ここは私が奢るから」

「ああ、うん。ありがと」

 

 長月はメニューも見ずに注文した。それに店員の艦娘とはどうやら顔見知りらしい。この喫茶店には相当馴染んでる様子だった。

 

 しばらくして私でも顔を知ってる店員さんがケーキとコーヒーを三人分運んできた。店員さんは配膳すると、そのまま長月の隣に座った。……そういうことか。

 

「私は大和型戦艦二番艦、武蔵だ」

【武蔵:Lv.151+1 → 158+1】

「艦娘ではあるが、この『ハングド・キャット』の責任者でもある。つまり洞観者たちをまとめているのは私だ」

「…………どうも。天照大艦隊の、叢雲です」

 

 エプロン姿なのに気圧される。ものすごい気圧される。大和型の一番艦、撃沈王にはもう慣れたけど二番艦には別種の凄みがある。怖いとかじゃなくて、これぞ超弩級戦艦といった感じの。ラムアタックされたら衝突前の気迫だけで木っ端微塵になりそう。

 

 そんな武蔵は表情は柔らかく、コーヒーにミルクを注ぎながら言った。

 

「叢雲。君の事は長月から連絡を受けるより前から知っていた。天照大艦隊とは色々あってな。そこの総旗艦を知っておかない理由はないだろう?」

「は、はあ……」

「いきなり長月との間に入ってすまない。まずはコーヒーを味わって欲しい。今日のはなかなか悪くない」

 

 頭が追いつかず、言われるままにカップに口を付けてみた。

 

 ……………………

 

 …………

 

 ……

 

 びぃみょぉぉおおお……。

 

「あー……叢雲」と長月。「ケーキは――ケーキもいいぞ。食べてみてくれ」

 

 長月が助け舟を出した通り、シフォンケーキは良い口直しになった。なにこの喫茶店。朝からこの店に通う客は好きでこのコーヒー……いや泥水を飲んでるわけ?

 

 頑張れ私。顔に出すな。武蔵の威厳は泥に沈んでしまったとしても、まだ自己紹介が終わっただけだ。話を終えるまで上手いことアレして頑張るのよ私。

 

 

◆――――◆

 

 

「さて。君は長月の魔人的な強さを見たのだったな」

 

 腕を組んで話す武蔵に「魔人とか言うな」と長月がつっこんだ。

 

「超人でも何でもいい。あれは洞観者が燃やす青い炎、その中でも長月が持つ固有の性質だ」

「あの。その『洞観者』って何なんですか?」

「隠すわけではないが全てを話すと長くなるからな。艦娘の異端、突然変異、猫に導かれた者……そんな連中だと認識してくれ」

「じゃあ、武蔵さんも」

「武蔵、で構わない」

「――武蔵も、洞観者、なのよね?」

「そうだ。ちなみに私の炎の性質は簡単に言えば、艦娘としての能力を極限まで研ぎ澄まさせる。誤解しないで欲しいのだが、私を含む洞観者の誰もが長月のような強さを持っているわけではないからな。一人一人、能力はまったく異なる。例えば天照大艦隊だと最近、山城という戦艦が洞観者になったのだが」

「山城も!? 長月と同じ!?」

「だから秘密なんだって。基本的に」と長月が言った。

「その山城の能力が微妙でな……」

 

 武蔵は右手の指をパチンと鳴らした。すると、まあなんということでしょう。さっきから青い炎がどうとか言ってたけど、本当に人差し指の先からライターくらいの青い炎――と言うには小さな火が現れた。手品には見えない。

 

「触ってみてくれ」武蔵は青い火をズイと私に近づけてきた。「大丈夫だ熱は無い。少し冷たいくらいだから」

 

 恐る恐る人差し指を(E.T.みたいに)近づけて火に触れた――すると、冷たっ、と思った瞬間に私の指に燃え移った!

 

「うわぁっ!」

「あ、すまん! 引火を忘れていた!」

 

 私は咄嗟に泥水もといコーヒーに指を突っ込んで「あっつい!」飛び上がった。

 

 

◆――――◆

 

 

 人目を引き過ぎた私たちは店の裏口から外に出て話を続けることにした。

 

「驚かせるつもりはなかった」最強の戦艦、大和型にペコペコ謝られるってのも貴重な体験かもね。「私の炎に害は無い。むしろさっき言ったように能力を向上させる効果があるだけだから……コーヒーが少し冷めていてよかった」

 

 指を念のため氷袋で冷やしてはいるけどこれ、逆に外の寒さと合わさって良くないんじゃあなかろうか。

 

「とにかく。長月と山城が洞観者っていうものなのね。それは分かったわ。まさか他にはいないわよね」

「斑鳩がそうだ」と長月。「あと潜水艦の五人」

「……ああ、そう」

 

 すごく納得した。むしろ普通の艦娘である方がおかしい連中だし。

 

「なら木曾と時雨は洞観者じゃあない、って意味で無関係だって言うのね。長月、山城、斑鳩、それに潜水艦たち計八人でゾンビ退治をやっていて、木曾と時雨は普通の艦娘でただ協力してるだけだったって」

「いや、それは違う」武蔵はキッパリと言った。「ゾンビ云々については天照大艦隊にのみ出現する問題だ。他のどの鎮守府や泊地にも例が無い」

「でも長月がずっと戦ってくれてたから私たちの艦隊はゾンビに襲われずに済んでるんでしょ」

「洞観者とゾンビの間に関連性があるかどうかも分からない。長月たちは色々と条件を探ったそうだが、天候の他に条件は見つかっていない。天照大艦隊は不運にも何故かゾンビの襲撃を受け続け、幸運にもそれを退けられる長月がいた。残念だが今はそう考えて撃退に集中するしかないだろう」

「まあ正直、叢雲と球磨に見つかって少し気が楽になったよ」と長月は言った。「さすがに三人だけでコソコソ対処してるのも眠かっ……危なかったからな。これからは二人にも協力して貰いたい」

「勿論よ。帰ったら話し合いましょ」

「叢雲。帰る前に約束をして貰いたい」

 

 武蔵は真剣な表情で言った。――あれ? 私、もう帰らされちゃうんだ。まだまだ聞きたい事が山ほどあるのに。

 

「洞観者は猫に好まれる代わりに妖精との距離が空く。通常の装備ならば機械的に働いて貰えるのだが、妖精の頑張りに大きく左右される装備はまったく使えない」

「――ダメコンは?」

「流石は総旗艦を名乗るだけはある。明察の通り洞観者にダメコンを持たせても意味が無い」

 

 天照隊は基本的に、ブラックな一ノ傘副司令であっても、ダメコンは使わない。どうしてもという子だけがお守りとして持つことがあるくらいだった。それでも、だとしても……最後に生き残る手段が使えない奴が、今までずっとそれを隠して戦っていたなんて。

 

「そう深く考えるな」と武蔵はわざとらしく軽く言った。「だからこそ私がハングド・キャットを立ち上げて洞観者たちを管理している。再び山城を例に出すと、洞観者になった直後から長月と斑鳩にフォローさせている」

「山城も……長月も、武蔵も、どうして洞観者になったの? 望んでそうなったの?」

「恥ずかしながら分かっていなくてな。それは猫にしか分からない――つまり約束して欲しいことの一つは、難儀な洞観者に少しだけ気を配ってくれ。無駄にダメコンを持たされると逆に緊張してしまうものだからな」

「分かっ……たことにしておくわ」

「それともう一つ。これは絶対に守ってくれ」

 

 それは武蔵に言われるまでもなく察してたことだった。

 

「洞観者の存在は、秘密だ」

 

 

◆――――◆

 

 

「情報が断片的すぎるクマ」

 

 ハングド・キャットから帰った私はその夜、また工廠裏で球磨と話をした。

 

「なんでもっと詳しく聞いてこなかったクマ? 洞観者とかいう人のネットワークがあったならせめて成り立ちくらい聞いとくのが普通クマ」

「だって武蔵も忙しい仕事を抜けてきてたんだもの」と言い訳する私。「長月には後で色々と詳しく教えてくれるよう約束したわよ」

「まぁいいクマ。とりあえず姉ちゃんに隠し事をしてた愚妹を責めるのは勘弁してやるクマ。代わりに斑鳩が何を隠してるのか、問い詰めるのが楽しみクマ。もしかしたらカロリーメイトの件にも進展があるかもしれんクマ」

「木曾と時雨は本当に関係薄そうだし、私たちも知ってしまったからには手伝うわよ。ゾンビの件」

「……クマに戦闘の手伝いを期待してるクマ? それは無理クマ」

 

 私が想像だにしなかった返事だった。

 

「じゃあ叢雲に質問クマ。ゾンビに噛みつかれたら何が起こるクマ?」

「そりゃあ――」

「ゾンビが増える、と普通は想像するクマ。じゃあもう一つの質問クマ。洞観者とかいう異常存在だったからこそ平気で戦ってた長月の隣に、ちょっと戦える程度の普通なクマが突っ立ってたらどうなるクマ?」

 

 今、私たちが立っているこの場所にゾンビは海から這い上がってきて、長月は凄まじいとしか言い様のない戦いをしていた。30m程の岸壁の端から端までがワニワニパニックのような戦場で、私より少しだけ背の低い少女は一切の鎮守府への侵入を許さなかった。幅が30mもあるワニワニパニックをたったの一人で攻略するには? ――長月の答えは単純明快だった。瞬間移動に近い速さで動けばいい。

 

「つまり凡人は邪魔にしかならんクマ。しかも長月だから噛みつかれてウイルス的なものに感染するミスが皆無だっただけで、強くないクマが戦えばマジモンのバイオハザード発生源になりかねんクマ」

「じゃあ……球磨ってエアガン好きだし鉄砲も扱えるわよね」

「深夜の鎮守府でパンパン鳴らしてもいいクマ?」

 

 そうでした。

 

「総旗艦として心配するのは分かるクマ。だからまずは長月たちに詳しい話を聞いて、それから手伝えることを考えればいいクマ」

「まあ、そうね。天気予報だとしばらく雨は降らないからゾンビも出ないし、長月だって次はやられちゃうかもってレベルの強さじゃあないし」

「ところで叢雲。銃にはサプレッサーという便利なアタッチメントがあるクマ。アサルトライフルとサプレッサーを支給してくれたらクマでも――」

「それ絶対、アンタが趣味で欲しいだけでしょ」

「ゾンビには剣より銃クマ。王道クマ」

「却下します」

「じゃあ売店で取り寄せを試してみてもいいクマ?」

「本気で欲しいのね……勝手にしなさいな」

 

 

◆――――◆

 

 

 いつもそうやってきたと三人は言った。だから今回も次もそうだ。長月も、木曾も時雨も、無事に艦隊を守ってくれる――はずだった。

 

 ……なーんてお決まりの事故もなく、次の雨の日は長月がまたしても魔人的活躍を見せていた。近くで見ると余計に動きを目で追えなくなる。

 

 一方、本当にライフルとサプレッサーを調達してきた球磨ちゃんはというと、ゾンビではなく銃の故障と戦っていた。

 

「何処の誰が作ったM4クマ!?  ――うわぁガスピストン化に失敗してやがるクマ。意味が分からんクマ。技術がないなら最初からHK416とか買えよアホークマー!」

「おい球磨。私の代わりに戦ってくれる話はどうなった」と長月は剣を振るいながらも余裕たっぷりだった。

「銃が届いたのが今日だったからテストできなくて……お、落ち着くクマ。ボルトアクションとしてなら使えなくも――チャーハンが折れたクマー! どーやったら折れる部品クマ!?」

「邪魔だから下がってろよ、もう!」

 

 ついこの前まで天照大艦隊で最強の戦闘能力を持っていたと思ってた球磨が「邪魔だから下がってろ」って……。とぼとぼ引っ込んできた球磨は売店で掴まされた不良品を「クソが!」と地面に叩きつけた。

 

「ちょ、ちょっと静かにしなさいよ。気持ちは分かるけど」いや本当は分かんないけど。

「弾薬代も考えてお金がないから安いので、でも西側の銃がいいって売店のお姉さんに注文したクマ……。これじゃあ実パ取りにもならんクマ……」

「つ、次は私もお金出すから、ね。工廠もこっそり使っていいから、次はもっと小さくて安くて確実に動くものにしときましょうよ」

「そうするクマ……。拳銃が二丁あれば『リアルナイファー・クマさん』のガン=カタを披露できるクマ。でも欲しかったクマぁ……アサルトライフル」

「やっぱりあんたの趣味じゃないの」

 

 まあ今回のところは様子見と、少し邪魔が入った程度では長月には全然問題ないことが分かっただけでも良しとしましょう。

 

 ゾンビに洞観者。艦隊の問題が二つほど新たに発覚したことで頭を痛めるべきか、発見できてよかったと思えるか、また私の中で整理はついてない。対処を誤らないよう慎重に考えて動かないと。

 

 ――ところで。私たちって『艦隊これくしょん』をやってたんじゃなかったか知らん。

 




前話から出て来た洞観者の固有能力、ゾンビ、そしてカロリーメイトその他諸々。
艦隊に潜む異常の元凶を暴きにかかっているのですが……3年と半年も前になりますかぁ。
今回の話は「長月木曾時雨に関する設定はずっと変わってねーですよ!」という意思表示でもあったのですが、一方で大きく変わったものもあります。
最近出て来ない竹櫛提督――主人公から扱いに困るキャラクターになってしまいました。だって主人公級キャラが他に増えちゃいましたしおすし。
誰を軸にして次を進めたものか、どうしましょうね。
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