球磨の薬指   作:vs どんぐり

47 / 85
今話の投稿日は12月21日、つまりクリスマス間近です。
……山城にめっちゃ高い指輪を渡して困らせたい。


第47話 ラックレッサー山城 6

「やったね山城!」

【古鷹:Lv.101 → 112】

「今の撃破で練度が始上限だよ! じゃあ早く――ケッコン、しないとね♪」

 

 うおーやべーこの子。

【山城:Lv.94+1 → 99+1】

 まだ私が敵部隊に初弾を命中させたばっかりなのに、反撃を掻い潜って指輪と書類とペンを差し出してきたよ。今ここでギチギチの絆を結べと? 古鷹と? 人様の身体を好き勝手にするだけじゃ飽き足らず心までも捧げろと?

 

「待って待って今はとりあえず戦闘しましょ。相手はまだ戦艦が三隻もいぎゃん!?」

 

 鈍足で大きな的である私は集中砲火を浴びて、戦艦にあるまじき吹っ飛び方をした……んだと思う。うおーやべー私。いつの間にか顔と海面がくっついてるわ。それ以外の感覚が全然無い。これ沈むっていうか、首から下はもうネギトロになって水没してんじゃあないの? 音も聞こえないし見えてるものも意味が分からないし――あれ、今って何だったかしら? まあどうでもいいわよね、眠くなってきたし。

 

 私は奇妙な眠り方をした。だって目を瞑る前から夢を通して様々な過去を振り返るなんて。

 

 こんなに楽しい夢を見、たのな、んて――。

 

 

◆――――◆

 

 

 臨死を体験できたのって、けっこう貴重なことじゃあないかしら。

 

 サンズ・リバーから戻った私はあの後どうなったのか、一緒に出撃していた陽炎に話を聞いた。大天使から大戦犯へと堕ちた古鷹は鎮守府に戻るやいなや叢雲に顔面を思いっきり殴られて鼻骨を骨折、殴った叢雲も手の骨が折れてしまったらしい。もうアレね、聞いただけでも痛々しいわいろんな意味で。こういう時こそ提督がビンタ一発でその場を収めるべきだったのよ。ああ情けない、頼りない男ですこと。

 

 叢雲がガチギレした理由は分かる。私が『洞観者』とかいうダメコンが使えない意味不明な艦娘になってしまったって、知ってしまったからに違いない。天照隊がダメコンに頼らない方針でやっていたとしても、保険のきかない私たち洞観者を危なっかしく思う気持ちは理解できるし気遣ってくれて嬉しいと思う。それと古鷹をぶん殴ったこと――グッジョブ。

 

 陽炎の話に戻って、私は九死に一生を得たものの、しばらくベッドから出ることを禁じられた。そりゃあそうでしょうね、全身が痛むのをベッドの上で我慢しているしかないわけだし。まあ心配してた首から下がちゃんと残ってただけでも良しとしときましょう。

 

 私が動き回れるようになってからのプランを考えている中、何人かが見舞いに来てくれた。嬉しいには嬉しいものの、皆が皆、リンゴ一個と果物ナイフを持ってくるのはちょっと勘弁して欲しかった。アンタら怪我人の横でリンゴを剥きたかっただけだろうと。動けない私は目の前で指をザックリ切りに来る阿呆共を追い返した。いや見舞いは本当に嬉しいけどね? 絆創膏も貼ってあげられない私の目の前でザクザク指を切られるのは見ているこっちが痛い。それに、ああ、リンゴよりも売店のカツサンドが食べたい。肉が食べたい。

 

 結局、古鷹は一度も見舞いには来なかった。

 

 

◆――――◆

 

 

「私、復活!」と窓から見える朝日に叫んでみた。

 

 まだ戦える体ではないけれど、今はとりあえず歩いて回れたらそれでいいわけよ。やるべき事の前にまずは肉。食堂で肉を補充しないと、肉を。朝食の時間なら――とにかく肉だわ。

 

 ……うん。迂闊だった。肉よりもっと考えるべきことがあった。

 

 古鷹は食堂で一人、手付かずのご飯を前にしてただ座っていた。叢雲に殴られた鼻はもう回復したっぽいけれど、そんなことよりも顔のやつれ方が目に見えて深刻だった。輝いていた左目は電池が切れたように黒く暗くなっていて、もし古鷹が本当に天使だとしたら「終末まで……残り一時間……」とか呟いていそうだった。

 

「(山城おっそーい! 早くアレ何とかしてよ、空気が重い!)」

【島風:Lv.31 → 79】

「(待ちなさい島風。デリケートな問題なんだから。山城、慎重に行くのよ)」

【天津風:Lv.11 → 76】

 

 二人の駆逐艦にグイグイと背中を押されて、券売機ではなく古鷹の前まで来てしまった。そんな私と二人の姿も古鷹の目には入らなかったようで、私は恐る恐る声をかけた。

 

「お、おはよう古鷹。えっと、いい朝ね」どこがいい朝だ阿呆。

 

 跳ね上がるように顔を上げた古鷹は私の顔を見るなり逃げ出した。お盆を持った摩耶にぶつかって朝食をぶちまけても振り返ることなく走っていってしまった。

 

「あーあ。山城が遅いから」と島風。

「ほら、摩耶も察して怒らないでしょ。この空気どうするのよ、山城」と天津風は私を責めるように言った。

 

 えぇー……これって私の責任?

 

 

◆――――◆

 

「オ前ガ悪イ」

【極楽:Lv.155+2 → 165+2】

 

 食堂に居づらくなって売店に逃げてきたわけだけど、売店のお姉さんが言う事は相変わらず無責任にトゲトゲしていた。何処に逃げても責められる不幸な私。

 

「集中砲火ヲ浴ビタ程度デ轟沈シソウニナル戦艦ガソモソモ悪イ」

「あ、けっこう手厳しいこと言うのね」

「オ前ラハ本当ニツマラナイ事デ隙ヲ作ルナ。死ヌナラセメテ店ニ全財産ヲ落トシテカラ死ネ」

 

 長身で青白い女性の「死ネ」は鋭く冷たかった。

 

「マア、生キテルノナラオ前ノ有リ金ハ仕方ナイ。今日ハロースカツサンド、ハムカツサンド、コロッケサンド。店ニ並ベタ我ガ言ウノモ何ダガ偏リ過ギダロ。野菜系モ買エ」

「先週ずっとリンゴ食べてたから身体が肉を欲しがってるのよ。――それと、なんだけど。ええっと、そのー……。指輪とかって、置いてないわよね?」

「アー?」

「ほら。700円の。あるでしょ? 高い練度が必要になる儀式ともいいますか」

「ケッコンカッコカリ?」

「そ、そうそうそれそれ! 私、指輪と書類一式が欲しいの」

「フウン。艦娘自ラケッコンヲ押シ付ケヨウトスルトハ、竹櫛モヤル事ハヤッテルラシイ」

「ち、違っ! 私は、私には、姉さまがいるし――ただ強くなりたいだけだし。だから一人でパパッと限界突破しようと思って」

「恥ズカシイナラ適当ナ男ヲ紹介シテヤロウカ? 我ガ最後マデ面倒見テヤルカラ」

「余計なお世話過ぎるわ。とにかくレベルを上げたいの。そのために頑張ってきたんだから」

「面白味ノナイ理由ダ」

 

 そう言ってお姉さんはレジ台の下から「コレガ指輪ト、書類ダ」弁当の割り箸の如き味気無さでサンドイッチと一緒に並べた。……確かにケッコン云々を省略したいと言ったのは私だけれどもよ。なんだか私のケッコンが安―い感じで扱われた気がしてならない。いや700円だったとしても。

 

「指輪と書類一式で700円ジャアナイゾ。『ケッコンカッコカリ』ノ面倒臭イ手続キヲ我ガ代行スルカラ6,500円ダ」

「……ぼったくり」

「ブチ殺スゾ。ホラ今ココデサッサト書類に記入シロ」

 

 お姉さんにペンを投げて渡され、仕方なく6,500円の書類にサインをす……んん?

 

「ねえ、お姉さん」

「ナンダ」

「この書類って『ガチ』なやつじゃない? ガチな婚姻届じゃない? ほらこことか、初婚・再婚を選ぶ欄まであるし」

「実際イルダロ、再婚者」

「は? ……ああ電ね。じゃあ私の夫は誰になるの?」

「モンキー・D・ルフィ」

「逆に安心できる名前で良かったわ」

 

 

◆――――◆

 

 

【山城:Lv.99+1 → 100+1】

 私が架空の海賊と架空の絆を深めた直後から、天照大艦隊の空気はさらなる悪化の一途をたどった。

 

「そこどいて!」

【雷:Lv.135 → 154】

「山し――航空戦艦なら丁度いいわ、出撃するから一緒に来て!」

「え、ちょっ、なにごと?」駆逐艦らしからぬ馬力に私は引っ張られた。

「叢雲が潜水艦にやられたの! 助けに行くわよ!」

 

 これが鎮守府の近海じゃあなかったらと思うとぞっとする。対潜よりも速力を優先した装備で急いだ私たち応援部隊が目にしたのは、意識のない叢雲を背負った隼鷹と、体を張って魚雷を止める島風と天津風だった。

 

 

◆――――◆

 

 

「艦隊の雰囲気が悪くなるとさ。戦力もガタ落ちするんよ」

 

 一ノ傘副提督に呼び出された私は、秘書艦の仕事だけじゃなく説教をされるんだなー、と第二執務室に入った時から勘付いていた。

 

「あんねぇ山城ちゃん。竹櫛に一言も無く勝手にケッコンカッコカリはいかんって。言いづらいんやったらせめてワタシとかさ」

「あのー。艦隊の雰囲気が悪いのと私のケッコンに何か関係があるんです?」

「あるから言っとるんやって、もー……」

 

 前々から思っていたけれど私って、この女性副提督と相性が良くない。

 

「隣の部屋におる竹櫛はね、めっちゃ滅入っとるんよ。自分はカッコカリですら拒絶されるほど提督として信頼されとらんのやって」

「提督がですか? 信頼はともかくケッコンについては今更過ぎると思うんですけど。私よりも前にほら、金剛とか球磨とか」

「マジで艦隊の緊急事態やから隠さず言うけどね。竹櫛の奴、山城ちゃんがレベル90を超えてからずっと用意しとったんよ。指輪と書類一式」

「はい? ……い、いやそれは私じゃなくても誰かが始上限に到達した時のため――」

「他でもない山城ちゃんのため。酔ったところを聞き出した」

「うそ……。な、何かの間違いですよ。だって、あの、提督が」

「やからさ、全部言わせんでよ」一ノ傘副提督は――副提督も、少し苛立っていた。ここ最近の天照隊は皆そうだった。「竹櫛は山城ちゃんのこと、ああもう何て言えばいいか分からんけど、けっこう好きやったんよ」

「す、好きぃ? 阿呆阿呆ってよく罵倒されてるんですが」

「男心を全然分かっとらんねえ」

 

 そんな中学生みたいな男心なんて知りません。

 

「叢雲ちゃんは叢雲ちゃん。それはそれとして山城ちゃんとも仲良くしたかったんよ。ケッコンしてイチャイチャしたかったんよ、竹櫛は」

 

 そんなダメ男なんて知りません。

 

「とにかくよ。大切に保管しとった指輪がふいにされて――叢雲ちゃんも悩みがあったんやろ? んな状態で出撃した結果が意識不明の重体で、今マジで竹櫛の精神状態がヤバいわけよ。艦隊のトップが駄目んなると艦隊そのものがおかしくなるってワタシが一番よく知っとる。やけんが山城ちゃんは竹櫛に言ってやって。『気恥ずかしかったから売店で済ませた』って」

「べ、別に恥ずかしくなんて……」

「つべこべ言わんで竹櫛を何とかしろ。これ厳命やから。洒落んならんレベルで艦隊の雰囲気が悪いんやって。雷電姉妹に艦娘たちのサポートを任せとるけど厳しいやろなぁ……。あーもう。こういう時こそ深海棲艦の異常個体とかが近海に出現して皆でブチのめす中で雨降って地固まらせるのが王道なんやけど……その辺におらんかなぁ鬼姫クラス」

 

 現実を徹底的に直視するタイプの副提督があり得ない妄想を語り始めてようやく、私は今の天照大艦隊のヤバさを実感するのだった。

 

 

◆――――◆

 

 

「ねえお姉さん。ケッコンがあるならリコンもあるんでしょ。その手続きがしたいんだけど」

 

 売店に誰も立ち寄りそうにないタイミングを見計らって、私は再び売店に入った。

 

「モウ離婚スルノカ。ソンナニ旦那ノルフィガ気ニ食ワナカッタカ」

「そ、そうなのよ。艦娘が海賊とケッコンなんて許されないかなって」

「最初カラ竹櫛ノトコロニ行ッテオケバイイモノヲ。ハハァ、サテハケッコンヨリモ子作リノ方ガ目当テダナ」

「…………子作り…………んばっ!? ば、ば、馬鹿言ってんじゃあないわよクソ店主!」

「冗談ダ。オ前ニ子供ハマダ早イカラ避妊ハシッカリシテオケヨ。ココデ買ッテクカ?」

「い、い、か、ら、リコンさせろ!」

「分カッタ分カッタ五月蝿イナ。ホラ書類ダ。7,900円ナ」

「ケッコンより値段が高い意味が分からない」

「結バレル時ヨリ、離レル時ノ方ガ面倒ガ多イカラニ決マッテルダロ」

「カッコカリなのに面倒って……」

 

 私はただ、扶桑姉さまに一秒でも早く追い付きたいだけなのに……どうしてこんなことに。

【山城:Lv.100+1 → 99+1】

 

 

◆――――◆

 

 

 皆、鎮守府から逃げるように出撃してしまった。昼食時の食堂がこんなにも静かだったことなんて、私が覚えている限り天照大艦隊が結成されるよりずっと前の人手不足だった頃くらいだったと思う。

 

 一人でうどんをすすっていると前の席に唐揚げ定食が入ってきた。雷だった。

 

「山城の左手薬指。今日も寂しいままね」と雷はツンとした顔で言った。

「……雷は出撃しないの?」

「みーんな欲しくもない戦果稼ぎに出ちゃって、叢雲もまだ動けないのよ。この鎮守府は誰を頼ればいいのかしら。ねえ?」

「すみません……」

 

 今の状態はある意味、天照隊の強みを最大限に発揮していると言えないこともなかった。二人の提督に二人の総旗艦、さらに総旗艦をそれぞれバックアップする艦娘。大きな木が二本あるから枝はそう簡単には途切れない(頭が統一されない組織は弱いのが常識だけれど、勝てばいいのよ艦これは)。バラバラに散ってしまったように見える今の艦隊も、金剛に球磨、電、長門、吹雪、そして雷がしっかり繋いでいた。

 

「せめて竹櫛司令官が気力を取り戻してくれたら少しは艦隊も落ち着くのに。でも分かるわよ、山城が素直になれない気持ちも」

「だから、私はそういうのじゃなくて」

「じゃあ、どういうのなのよ」

 

 雷にも、私自身にも、姉さまを言い訳に使わずどう説明したらいいのか分からなかった。

 

「力になってあげたいけど、こればっかりは山城が自分で解決しないといけないことなのよ。カッコカリだからって強くなる以外は無駄なことだと切り捨てちゃうの? 始上限までの長い道は誰かと一緒に歩いてきたんじゃあなかったの?」

「余計なお世話だっつってるのよ。副提督も雷も、私のこと知った風なこと言わないで」

「知ってるわよ。山城が司令官の秘書艦やってる時はいつも、二人とも楽しそうなの」

「はーあ!? 馬鹿言わないで!」

「馬鹿はどっちよ!」

 

 雷と取っ組み合いを始める寸前だった。訓練でしか聞いたことのなかった空襲警報が突然、鎮守府内に鳴り響いた。

 

「なに、今日って訓練の日だったの?」喧嘩の腰を折られた私は脱力した。「ほとんど人が出払ってるのに」

「違うわ。訓練は再来月の予定だもの」

 

 人の焦燥感を刺激するアラームが鳴り続ける中、今度は一ノ傘副提督の緊迫した声がアラーム以上の大音量で発せられた。

 

《襲撃警報! 襲撃警報! 鎮守府東北東より強大な敵空母一隻が接近中!》

 

「う、うそ。マジで?」

「黙って聞く!」雷は冷静だった。やっぱ差が出るなあ。

 

《今から名前を呼ぶ者は大至急出撃準備! 雷、山城、古鷹、五月雨、涼風、初春! もっぺん言うけん雷を旗艦としてダッシュで出撃して! 旗艦雷、山城、古鷹、五月雨、涼風、初春! 他に残る全員も対空戦闘準備! 敵の一機たりとも陸地を観測させるな!》

 

「山城は軽巡寮と重巡寮を念のため回ってから対空特化で準備して! 私は駆逐艦寮で指示してから追い付くから!」

「戦艦寮と空母寮は?」と口に出してから気付くノロマな私。

「戦艦も空母もいないの! しかも敵は空母で、迎え撃てるのは航空戦艦の山城だけ! 今から制空権のお勉強する!?」

「わ、分かってるわよ。とにかく暇人共の尻を蹴った後で古鷹を連れてくるわ」

「じゃあそっちは任せたわよ!」

 

 

◆――――◆

 

 

 一旦引いてきた対潜哨戒部隊と合流して話を聞くと、敵はたったの一隻がいきなりポッと湧いて出たらしい。

 

「見たことも聞いたこともない深海棲艦だったよ」

【鬼怒:Lv.58】

「航空機は余裕の温存されちゃった。でもアレはパナイ!」

「四人とも無事だったから良かったけど、何がどうパナイのか説明して」と雷は苛立ちを抑えつつ言った。

「こっちが副砲くらいしか装備してなかったから牽制で撃ったんだけど、敵の周りの海水が立ち上がって壁になったんだよ! しかも鬼怒たちが倒した潜水艦の残骸を回収して装備しちゃうんだもん! 空母のくせに魚雷とか使ってくるから気をつけて」

「――分かったわ。そいつは私たちで倒す。でも四人とも悪いけど鎮守府に戻ったら休まず換装して警戒をお願い。飛鷹一人でも空母がいてくれて心強いわ」

 

 鬼怒が言った通りの余裕なのか、見渡す限り空に敵機の影は無かった。

 

 

◆――――◆

 

 

 その空母は偵察機すら出さず私たちの前に姿を表した。

 

 空母ヲ級の変異種のようにも見えた。黒い着物のような服を着ている。頭の発艦口が無い代わりに身体の各部を、まるで他の深海棲艦から剥ぎ取ったような装甲で覆っていた。右手にクロスボウのようなもの、左手に飛行甲板、そして鬼怒が言っていた通り装甲に混じるように雑に装備された魚雷発射管が多数――姿をつぶさに観察できるほど両者の間は縮まっていた。私たちだけじゃあない。黒い面をしたアイツも私たちを観察している。青く燃える左目の鋭さは鬼姫クラスのそれだった。

 

「見た目は空母なのにアイツ何がしたいの?」私は装填した三式弾をもう敵本体に撃ち込んでしまうか迷っていた。

「空母と魚雷、それに鬼怒が言ってた海水防御――いいわ山城。三式弾の斉射」

 

 雷に指示されて棒立ちの相手にぶっ放した。普通ならよほど頑丈な敵でもない限り撃破できる。

 

 謎の空母は敢えて後手にまわっているようだった。私の発射動作と同時に海面を踏み付け、すると空母の前の海水が高く厚い壁となって突き上がった。確かにこれはパナイ。こんな超自然的な力を持った深海棲艦がいるなんて。それに何より、アイツは『私が撃つ砲弾が三式弾だと読んでいた』。

 

 三式弾の弾子が海水の壁にあっさりと阻まれたのを皮切りに、敵空母はいきなり空母らしく大量の航空機を発艦し始めた。あれは……色は黒いけど流星?

 

「対空戦闘始め!」雷が叫んだ。「この距離を保ったまま敵機を全て撃墜するわよ!」

「えっ? 徹甲弾なら壁を――」

「山城危ない!」

 

 私の前に古鷹が躍り出て、爆発的な水柱が上がって、ようやく私は何が起こったか理解した。海水の壁ばかり見ている下で敵空母は魚雷を発射していたんだ。

 

「古鷹!」

「だい、じょうぶ……まだ、守れるから」

「なに言ってんの! 守るなら自分を守りなさいよ!」

「ごめんね山城……ずっと……謝りたかった」

「……別に怒ってなんかないわよ。まあ、心配させたって意味では怒りたいけど」

「あはは……ごめんね」

「だから謝らなくていいって」

「……うん」

 

 なんて呑気に仲直りしていると後ろから頭を引っ叩かれた。

 

「古鷹は下がって。山城もさっさと瑞雲を飛ばして。五月雨たちがキツいの」

 

 

◆――――◆

 

 

 敵空母の戦術は、自分を海水の壁で守りつつ攻撃機と魚雷で私たちを囲んでしまうえげつないものだった。全方位から襲来する魚雷を――。

 

「爆撃機じゃ!」

 

 初春のファインプレーで出し抜けの急降下爆撃は防げた。けど何故? 深海棲艦ってこんなに捻くれた戦いを仕掛けてくるかしら。

 

 雷は「爆撃機は陸地空襲のためだから飛ばしたくないんでしょ」と言うけど、私にはそうは思えなかった。

 

「雷。私に策があるわ。あの敵空母を一人で叩くから航空機を引き付けておいて」

「アイツの秘密が分かったの!?」

「いや分かんないけど、たぶんアイツは乗ってくる」

「たぶんじゃダメ!」

「雷も航空機だけ相手して、私の方は見ないで。深海棲艦に読み合いで負けたくないのよ」

 

 たぶんアイツは乗ってくる。アイツは深海棲艦のくせに『空気が読める』。さっき私と古鷹が見つめ合っていた時だって、鋭い勘を持っているならその隙を見逃さないはずがない。

 

 私は一人、輪形陣から外れてゆっくりと敵空母の前に出た――ほら、やっぱり魚雷攻撃を止めて警戒体勢に入った。徹甲弾は確実に読まれてる。それを躱してカウンターで襲ってくるのは魚雷か爆撃機か、いや絶対に別の手をまだ隠してる。でも恐れるな山城。私の能力は有効射程が20mにも満たない。

 

「焦らせ……焦らせ……」

 

 相手が砲撃を誘ってるのと同じように私も攻撃を誘う、わけじゃあない。戦艦の装甲ナメんじゃあないわよ。もう少し近く。一歩でも近く。これがマカロニ・ウエスタンだと思わせろ。もう少し……。もう少し……。

 

「…………――ッ!」

 

 気付かれた! アイツ私の目を見て砲撃する気が無いことまで読んだ!? 動きだした敵空母は水面に両手を付いて、一部隊くらい隠せそうな横幅の広い海水の壁を張った。位置の撹乱とはちょこざいな。

 

「これだけ近づけば……ヤッテヤル!」

【山城:Lv.99+1 → 99+2】

 

 青い炎を生みながら海水の壁に接近するやいなや、広い壁の全面から魚雷がポンポンポンポン何本も一斉に飛び出してきた。いやらしい奴、たったの一人で戦ってると思わせておいて背後に仲間を隠してたなんて。いいわ、魚雷の3,4発くらい貰ってあげようじゃあないの!

 

「グッ……! ッコノ程度、扶桑型ヲ舐メルナァ!」

 

 青い人魂がフワリと私の周囲にいくつも浮かび上がる。壁の向こうのお相手様に不足しないようにまだまだ燃やして、いっそ冥界を作ってあげましょう。私の立つ場を悲しげに飾る人魂たちよ、「行ケ」。

 

 魚雷のお返しに、人魂たちに一斉に海水の壁の上を乗り越えさせた。するといとも容易く「ヒャアッ!?」というやけに可愛らしい悲鳴が真正面から聞こえてきた。

 

「ソコカッ!」

 

 壁を強引に突破して手の届く距離、敵空母の黒い面に右拳を叩き込んだ。顔を隠していた面が割れると同時に左拳で殴り飛ばす!

 

「ソシテ食ラ――え?」

【山城:Lv.99+2 → 99+1】

 

 近接格闘からの砲撃コンボは『艦娘が一度はやってみたい技』ランキングの上位に入ると思う。私だってやりたい。でもやれなかった。

 

 私は吹っ飛ばされながらも怯まない敵空母の表情を見た。

 

 

◆――――◆

 

 

 山城と私の関係は今までが行き過ぎてたのかもしれない、だからこれからはお互いのペースで付き合っていこう、なんて古鷹は天使のような悪魔の言葉をささやいた。許しを請う私の耳元で。

 

「山城には私の気持ちを押し付けてばっかりだったから、ね♪」

「■■■■――■■■■■■■■!!!!」

「ああ……そんな表情も綺麗だよ、山城」

 

 場所を選んだはずなのに、艦隊の空気は紫色から桃色へガラリと変わってしまった。言っておくけど私は古鷹と付き合ってない、って前々から説明してきたつもりだったのに既成事実化してしまっている。私にできることはもうチラチラとそんな目で見られるのを七十五日くらい我慢する他にない。

 

 視線と言えばもう一つ。近海に出現した敵空母討伐部隊の雷、古鷹、五月雨、涼風、初春にはやっぱり見られていた。そう、あの肝試しの時くらいしか役に立たないと思っていた私の能力、青い人魂。普通の艦娘に青い炎を見られるなと厳命されているわけだけど、幸運にも(幸運にも!)私が普通の艦娘とは違うことは悟られなかった。

 

「足はちゃんと本物?」と雷は言った。「夢で死神や閻魔大王は見なかった? 寮の部屋に彼岸花は生えてない? また人魂が現れたら絶対に私に相談するのよ」

 

 さて、天照大艦隊の問題はあと一つ。最も面倒臭い問題が一つ。

 

 

◆――――◆

 

 

 黙々と秘書艦の仕事を片付けていたら一日が終わりそうだった。時刻はフタサンサンマル。私が根負けするしかないらしい。

 

「……そもそも。悪いのは提督なんですからね」

「悪いことをした覚えはない」と竹櫛提督は言いやがった。

「私が改二になった時のこと、もう忘れたんですか。頑張ってる艦娘に面と向かって勲章は勿体無いとか言い放つ阿呆提督がいたんですよ」

「…………」

「ケッコンカッコカリなんて尚更、拒否されると思っちゃうじゃあないですか。どうなんですか。何とか言え阿呆提督」

「やかましい。どうせ一ノ傘から余計な事を吹き込まれたのだろう」

「ええそうです。だからこうして『指輪ください』って恥を忍んでお願いしてるのに……正直、男性としてどうかと思います。マジで」

「……ならば言う。だがこの事は他言無用だ。他の誰かに知られたら私は艦隊から去る」

「な、なんですか。そんなに重い話なんですか」

「約束しろ」

 

 私は深く頷いた。

 

「いいか。私は始上限に到達した阿呆共に指輪を丁寧に渡そうとした。カッコカリなど馬鹿馬鹿しいとは思っていてもだ。記憶に残る大切な儀式のようなものだと私は考え、私なりに誠意を尽くした」

「はれ? いつもの提督とは思えない行動、良いじゃあないですか。そうですよ、それを求めてたんですよ。グッジョブですよ」

「……金剛と球磨に笑われた挙句、拒否された」

「い、今から二人で飲みに行きましょう提督。私は提督の味方ですから。絶対に笑ったりしませんし誠意の込められた指輪を拒否だなんてそんな……アイツら絶対にぶっとばす……ほ、ほら元気出して提督。らしくないですよ。さあさあ外に出掛ける準備してください、ね」

 

【山城:Lv.99+1 → 100+1】

 

 

◆――――◆

 

 

 低迷していた本隊のために何かしたいと、確かに僕は言いました。ドーモ。斑鳩です。

 

 この分隊、北鎮守府に手伝いに来てくれていた誰もが暗い顔をしていましたからね。いつもお世話になってばかりいる本隊のために、たまには分隊が諸肌を脱いでサポートするのが仲間というものでしょう。

 

「もう。鉄ちゃんも竹櫛くんも、艦娘心を全然分かってない、ねえ」

 

 天照大艦隊の三人目の提督にして『羊の皮を被ったエイリアン』傘姫提督はそんなことをのたまいやがったのです。補足ですが『鉄ちゃん』とは一ノ傘副提督、一ノ傘鉄子さんのことです。

 

「仕方がない、から助け艦を出そう。ね、斑鳩?」

「僕だって出来るものならとっくにやってるよ。でも今回の敵は深海棲艦とか資材不足とかじゃあなくて人間関係のこじれだよ。先に言っておくけど南鎮守府に行って何とかしてこいとか言われても僕には――」

「斑鳩もまだまだ、だねえ」

 

 わざとらしく肩を竦められてもムカつきませんでした。慣れましたから。

 

「仲間の雰囲気が険悪になる。そこに強い深海棲艦が現れる。一緒に立ち向かって、倒して、絆をいっそう深める。鉄板、でしょ?」

「アニメじゃあるまいし。それに今の天照隊のコンディションだと敵主力群まで辿り着けるかも怪しいよ」

「だから、近場で済ませちゃおう」

「烈風を餌にして北方棲姫でも連れて来る?」

「ここにいる、よね? 強い空母が」

 

 そんなわけで指をさされた僕が深海棲艦に扮しました。影の功労者はイムヤ達です。深海棲艦から適当な装甲やら何やらを奪ったり、一人ポツンなはぐれ空母と見せかけて足元では潜水艦たちにじっと待機してもらっていました。

 

 仮面を付けていても斑鳩だってバレるんじゃあないかと心配していたんですけどねー。というか気付いて欲しかったんですけどねー。変装が完璧だったのか、それとも僕が深海棲艦に変質しても気付いて貰えないのか……いや仮面が割れたら山城は気付いたわけですし。もし最後まで気付いてもらえなかったら本気デ本隊・南鎮守府ヲ潰シテヤロウとか全然ちっとも思ってませんでしたよ。いやほんとに。

 

「私だって頑張った、よね?」と傘姫提督は主張します。

「まあね。本隊にすぐ動ける空母が残ってたら少し面倒だったし、長月ちゃんなんていたら逆に僕が瞬殺されてたし。よくタイミングを見計らったとは思う」

「ふふん。そうでしょう」

「でも提督が作戦立案者だってことは忘れないでよね。大和はすぐに勘付いて怒りに来るだろうなー。僕とイムヤ達は提督の命令に従っただけだから」

「怒られて終わる、それまでが、ぜんぶ斑鳩の任務、なんだから」

「し―らない知らない。僕は明日からヤーナム泊地の仕事があるから。怒れる撃沈王の対応よろしく」

 

 とか言っていたその日のうちに彼女から電話が掛かってきました。天照大艦隊の前に突如として現れた謎の敵空母、その話を掻い摘んで聞いただけで僕のことが頭に浮かんだらしいです。海水で壁を作るような異常個体が、しかも鎮守府近海にいきなり現れたと無闇に全国に周知されてしまったら――そりゃあ箝口令ものです。本隊の方には既に調査の打ち切りと資料の破棄、そして絶対に口外しないよう竹櫛提督に頼み倒したそうです。

 

「提督。あと一時間くらいで大和が来るから正座して待ってよう」

「嫌だ。せっかく良いこと、したのに」

「ねー。僕ら良いことしたのにねー」

 

 僕も山城に負けず劣らずの不幸体質じゃあないでしょうか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。