球磨の薬指   作:vs どんぐり

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最初、落書きレベルで投稿した話の手直し版です。
こういった形で投稿してみて、よーく分かりました。
……落書きにしたってひどすぎた!


第48話 アイアム深海棲艦ベリーマッチ!

 白露型が十人全員そろって食堂で夕食を食べていた時の出来事である。

 

 春雨がいきなりキレた。

 

「イイ加減ツッコミ入レテヨ!」

【春雨:Lv. 24-1 → 51-1】

「深海棲艦! アイアム深海棲艦ベリーマッチ!」

 

 

◆――――◆

 

 

 春雨の今日に至るまでの艦隊生活につっこみを入れるのは妖精に「プークスクス」と小馬鹿にされても怒り返せない行為であろう。すなわち野暮というものである。肌が少々青白かろうと彼女は天照大艦隊の仲間であったし、白露型姉妹の一人だった。

 

 天照隊の目を欺き、読者諸氏すらも巧みなカタカナさばきで煙に巻き、白露型の中に混じって過ごした彼女の日々は、なんと色鮮やかだっただろう。あんまりにカラフルだったために春雨は自身が深海棲艦であることを忘れることすら多々あった。いや、ほぼ忘れかけていた。

 

 春雨がパッと思い出せる思い出は良いものばかりである。であるのだが強烈なインパクトで悪夢の如く責めてくるものも少なくない。ミサイルをバットで打ち返そうとする阿呆な長女を前にして深海棲艦も艦娘もあったものではなかった。

 

 東京急行と称して『ペルソナ5』の聖地巡礼をし、駆逐艦寮の前で白露型六人が一列に並んで正座させられたのは良い思い出では決してあるはずがない。あの時の山風の悲痛な表情は春雨も目を背けた。縮こまって並んだ六人の前でガミガミと怒る叢雲の形相もまた春風の艦隊生活のうちの一色であった。東京急行が南方への鼠輸送作戦であると知っていながら聖地巡礼を敢行するのが白露型である。すべての責任は一番な長女にある。

 

 山手線を周回していても練度というものは少しずつ上昇するものらしく、気がつくと春雨の練度は50を超えていた。

 

「深海棲艦ッテ、ドウシテ普通ニ遊ビニ来ナインダロウ」

 

 無意識の独り言に春雨は勝手に衝撃を受けた。イヤイヤ、自分ダッテ深海棲艦ダカラ。ナニ普通ニ『ペルソナ5』ヲ十人デ遊ンデルノ? 主人公ノ総攻撃ノ後、手袋クイットスルヤツガ素敵トカ深海棲艦ノ私ニハ関係ナイカラ!

 

 

◆――――◆

 

 

 残念ながら春雨の心からの叫びは姉妹艦たちに届かなかった。

 

 せめて時雨姉さんだけでも私の葛藤に気付いて欲しい。そんな願いも南無三、ゾンビに慣れてしまっていた時雨は白露と大差ない反応だった。春雨がなんの前触れもなく大声を上げたことには驚き、心配はした。しかしただそれだけだった。

 

「なるほどね――うん。大丈夫。大丈夫だよ春雨」

【白露:Lv. 81】

「売店に正露丸が売ってるから。すごいんだよ、あれ飲めば大抵のことは治るから。寝る前に飲んどこう」

「真面目ニ聞イテ、コノ阿呆! 私ハ皆ノ敵ナノ! 麻婆春雨ダッテ実ハ毒ヲ盛ロウカッテ何度モ迷ッタンダカラ!」

「そっか……。実はね。あたしも春雨にずっと隠してたことがあったんだ。本当にごめん」

「ナ、ナニ?」

「一番艦だから我慢してたけど……麻婆春雨、あんまり好きじゃあないんだよ」

「ナンデ今カミングアウトシタノ!? モット早ク言ッテヨ、ケッコウ傷付クシ……。ウウン、許ス。許スカラ私ノ話モ真剣ニ聞イテ。春雨ハネ、深海棲艦ナノ」

「分かった。みんなは先に寮に戻ってて。ここはあたし、白露型一番艦に任せて。食堂中が注目しちゃってるし早く行こう、春雨」

「ドコニ行クノ?」

「だから売店だってば。お腹痛いんでしょ」

「阿呆! コノ阿呆! モウイイ、私ガ深海棲艦ダッテ行動デ証明スルカラ! 売店ナンテ壊シテヤル!」

 

 

◆――――◆

 

 

 食堂を一人飛び出した春雨は総合棟の横を抜け、標的である売店がまだ閉店していないことを確認してから工廠へと向かった。深海棲艦といえども砲のひとつやふたつ持っていなければ阿呆姉さん達と大差ないからである。

 

 誰かが利用しっぱなしにしていたのか、工廠は春雨が訪れた時から明るかった。ひと通り見て回ったが中には誰もいなかった。

 

 作業をしながら、春雨はあの阿呆たちをまだ姉妹艦だと思っていることに気付いてしまった。自分は深海棲艦だと啖呵を切ったことも、白露型の一人であることも、どちらも彼女の存在を形作っていることを疑えず、捨てられない。どちらかを捨てようにも捨てがたい。やると決めて主砲を持ち出し砲弾を装填するだけのことに随分と時間をかけてしまった。

 

 ちょうど準備が整った時である。「誰かいるの?」と入口で声がした。叢雲だった。

 

「春雨? どうかしたの? フルメタル・ジャケットのデブ二等兵の最後みたいな顔色してるわよ。いつも青白いけど今は特に」

 

 売店よりもここで総旗艦を亡き者にしてやった方が天照大艦隊にとってダメージが大きく、本当の意味で自分は艦隊の敵、残虐な深海棲艦となって他の何もかもを捨てられるかも――デブ二等兵のM14の如く信頼できる連装砲が春雨の手にあった。

 

 タダ構エテ撃ツダケ。……デブ二等兵ッテ酷クナイ? ……イヤ今ハソレヨリ、サア撃テ私。

 

 春雨の頭の単純な部分はそう言った。だが冷静な部分が身体を押さえ付けてピクリとも動かさない。叢雲の正確な練度は知らないが春雨より一桁高いところにいるのは知っている。ハートマン軍曹のように簡単にやられてくれるだろうか? 春雨には自信が無かった。不意打ちの砲撃でもヒョイと躱されて死ぬほど怒られるビジョンしか見えない。いや、この状況からのフレンドリーファイアでは殺されるほど怒られるだろう。

 

 春雨の練度が決意に追いついていなかった。

 

「……私、深海棲艦ダカラ。モウ誰ニモ止メラレナイヨ」

「はあ」

「ソレトモ叢雲ガ今ココデ私ヲ……倒ス? ヤレルモノナラ――」

「練習熱心なのはいいけど早く休みなさいよ。消灯お願いね。射撃場の明かりも最低限にね。電気代けっこう馬鹿にならないのよ。じゃあね」

 

 総旗艦は行ってしまった。

 

 

◆――――◆

 

 

「ワ、私ヲ馬鹿ニシテ……!」

 

 春雨の目的と手段も入れ替わろうというものである。心のどこかに、天照隊の皆に深海棲艦だと認知させ、なんやかんやあって綺麗に海に帰り、あわよくばLv.1の艦娘・春雨に生まれ変わる願望があったことは否定しない。だが今はとりあえず売店を破壊したかった。

 

「正露丸ヲ一粒残ラズ焼キ尽クスンダカラ!」

 

 売店の周囲には誰もおらず、売店のお姉さんがちょうど店を閉めようとしているところだった。絶好の襲撃チャンスである。

 

 ここからカタカナトークが展開されることを読者諸氏にはご容赦願いたい。

 

 お姉さんには春雨と似ているところがある。お姉さんの肌も雪女のように青みがかっている。着る毛布の上からエプロンを身に着けていて、寒さに震えながら外に出していた商品を店内に運んでいる。

 

 春雨は連装砲をちらつかせながら、深海棲艦らしい薄気味悪さというものをせいいっぱい演じつつお姉さんに近づいた。

 

「オ姉サン……危ナイカラ逃ゲタホウガイイヨ」

「アン?」とお姉さんは面倒臭そうに振り向いた。「買イ物ナラ明日ニシロ。今日ハモウ閉店ダ」

「買イ物ヲ明日ニ?」春雨は可笑しくなってクスクス笑った。「ソレハデキナイヨ。ダッテコノ売店ハ今カラ……壊サレルンダカラ!」

 

 ついに春雨は連装砲を人に向けて構えた。当然、冗談であっても許されない行為である。さらにはつい最近、銃器を少々仕入れたお姉さんへの挑発行為であったことは春雨には知る由もない。

 

 お姉さんは模範的舌打ちをして、売店の奥に向かって怒鳴った。

 

「オイ磯風! オ前ノ友達ガ来テルカラ相手シロ!」

 

 しかし磯風は現れなかった。

 

「ソウダッタ、クソガ。コンナ日ニ限ッテ休ミダッタ。アイツ仕事ナメテルナ」

「絶体絶命ダネ」と春雨は言ってせせら笑った。「元艦娘ノ助ケモナイヨ。デモ少シ可哀想ダカラ、オ姉サンニハ十秒アゲル。スグニ売店カラ離レ――」

「オ前、ロードローラーノ質量ヲ知ッテルカ」

 

 お姉さんは春雨の話に耳を貸そうとはしなかった。

 

「道路工事デヨク見カケル、地面ヲローラーデ圧シ固メルヤツダ」

「ハ? ロードローラー? ……見タコトハアルケド」

「ソウカ。見タコトハアルカ。シカシ、ロードローラーノ車体裏側マデハ見タコトアルマイ。冥土ノ土産ニ見テオケ」

 

 そう言うなりお姉さんはトンと軽く数メートルほど跳び上がった。春雨から見るとお姉さんはジャンプするなり、まるで円筒から射出した打ち上げ花火のように空へと飛んでいった。

 

 春雨が口をあんぐりあけて空へ跳んだお姉さんを見上げていると、本当に打ち上げ花火のようにお姉さんの周囲で青い炎が爆ぜた。煙状あるいは雷状に形が安定しない炎はすぐに収束して具体的な形を持った。サファイアのような炎の青色も同時にくすんだ黄色と灰色に変色した。

 

 春雨はロードローラーの車体裏側を初めて見た。もちろん別に面白いものではなかった。そんなことよりも、数メートル上から降って来るロードローラーの真下にいることの方がよほど珍しい体験である。

 

「ィアッヒャア!?」

 

 春雨が転がるように逃げた場所にドグォン! と情け容赦のない質量が落ちた。春雨が下敷きになっていてもいなくてもコンクリートの地面が砕けることに変わりはない。

 

 地響きが空気までも震えさせるのは大戦艦の砲撃に近いものがあった。衝撃が体内を駆け巡り、心臓が喉から飛び出しそうになっている春雨とは対照的に、お姉さんはロードローラーの運転席にゆったりと腰掛けていた。

 

「オー。ヨク避ケ切ッタナ」とお姉さんは特段感心した様子もなく言った。「半分クライハ潰レルダロウト思ッテタンダガ。オ前、サテハ対空戦闘ニ慣レテナクテ逃ゲ回ル奴ダロウ」

 

 逃げ回る、という言葉が春雨を動かした。

 

 マッタクワケガ分カラナイ。

 

 汗がどっと噴き出す。

 

 アンナ死ニ方ハ嫌ダ。

 

 周りには誰もいない。

 

 突然ロードローラーガ降ッテキタ。

 

 潰れた自分を想像して吐きそうになった。

 

 手カラ滑リ落チタ連装砲ヨリモ今ハ逃ゲナイト。

 

 ドウシテ空カラロードローラーガ降ッテクル?

 

 オ姉サンハモノスゴク高クジャンプシタ。

 

 私ハ喧嘩ヲ売ル相手ヲ間違エタ。

 

 間違エルコトハ悪イコトダカラ罰トシテ圧シ潰サレル。

 

 アノロードローラーガ私ヲ轢キ潰スマデドコマデモ追イカケテ――。

 

 春雨自身は全速力で走っているつもりだったが、実際には腰が抜けて地べたをのそのそと這っていた。「アウ、アウ」とあえぎながら質量の悪魔から必死になって逃げた。生き延びる殺されるの問題ではなかった。ただただグシャリと潰されるのが怖かった。

 

 背後のロードローラーが動き出す音はしない。その代わり、パチンと指を鳴らしたような音がした。すると春雨の目と鼻の先で、またしてもドグォン! と地面が炸裂した。飛び散ったコンクリートの破片が春雨の顔を直撃した。錯乱極まった頭で、今の衝撃はさっきのものと同じだと感じ取った。

 

「オイオイ逃ゲルノカ? 逃ゲタラ我ノ店ヲ壊セナクナルト思ウケドナァ」

 

 春雨の背後から悪魔の声がした、その直後、彼女の耳元で同じ悪魔が囁いた。もはや彼女の世界の常識は木っ端微塵になっていた。

 

「我ノ懐ハ深イカラナ、暴挙ニ走ッタ理由クライ聞イテヤロウ。PTSDデモ発症シタカ? 男子ニ捨テラレタカ? ン? ――返事ナシ。磯風ヨリツマラン奴ダ」

 

 お姉さんが二台目のロードローラーに触れると、ロードローラーは青い炎へと姿を変えてお姉さんの手に吸い込まれていった。

 

「鎮守府デオ前ラ艦娘ガイクラ騒ゴウト我ノ知ッタコトデハナイガ、我ニ迷惑ヲカケルナ。砲弾一発デモ店ニ撃ッテミロ、オ前ノ全身ノ穴トイウ穴ニ同ジ砲弾ブチ込ンデヤル。分カッタカ?」

 

 春雨は頭を掴まれて、無理やり肯かされた。

 

「ヨーシイイ子ダ。ジャアサッサト帰レ」

 

 

◆――――◆

 

 

「お昼の時間だね。今日は食べれそう?」と白露に聞かれて、春雨は頭を振った。あれから三日、何も食べていない。ずっとベッドの上にいた。顔の傷も癒えておらず、まるで大災害からの奇跡の生存者のようだった。

「そっか……。リンゴはまた冷蔵庫に入れとくね。あたしが隠してた闇プリンもあるから食欲がでたら食べていいからね」

「……白露姉サン」

「ん、なに?」

「迷惑カケテ、ゴメンナサイ」

「昨日の夜もおんなじこと言ったよ、春雨ってば。白露型に遠慮はナシだってルール忘れちゃった?」

「ソレト……聞イテモイイカナ?」

「うん。なになに?」

「私ッテ、普通ダヨネ」

「全然普通じゃあないよ! 白露型駆逐艦はいっちばんすごいんだから!」

「……ソウダネ。ソウダッタ。ジャア、私ハ、白露型駆逐艦――デイイノ?」

「変なこと聞くね、春雨ってば。やっぱりまだ体調が悪いのかな。『売店で』正露丸買ってきたんだけど――」

「ヒッ!?」

「あ、ごめん苦手だった? 仕方ないよ、臭いもん。それじゃあ私はもう行かなきゃだけど、何かあったらみんなにメッセージ送ってね。絶対だよ。一人で無理しないでね」

 

 白露が出て行った後、春雨は自室で一人、布団の中で静かに覚悟を決めた。

 

 私ハ白露型駆逐艦五番艦、春雨。

 

 ソシテ『普通の艦娘』。

 

 最後ノ時マデ貫キ通ス。

 

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