……なのですが、欲が出てですね。混ざってしまうわけですよ。
ごーめんねー。
撃沈王・大和と天照大艦隊は、互いに利用し合う関係にある。大和は天照隊を少しの罪悪感もなくそそのかす。天照隊は宅配ピザと引き換えに情報を引き出す。
これは癒着ではないのか? だがしかし、どうだろう。読者諸氏のスクワッドが銃火器をそろえようとする時、ウォルマートのカゴに銃と弾薬を放り込むよりも、テキサス生まれで遠縁のアンダーソン氏が経営するショップを利用するのが自然な流れではないだろうか? 要はそういうことである。
「午前中は特に艦隊運用がお忙しい頃かと思いますが、その中でお時間をいただき恐縮です」
第一執務室に迎えられた大和は柔らかく言った。
「捷号決戦、その後も特にさしさわりなく作戦展開を継続されていると、斑鳩より聞き及んでいます。流石です」
「艦隊として当然のことである」
提督の竹櫛はキリッとした感じを出そうと腹と顎のあたりに力を入れている。もはや顔なじみであるとはいえ、最強の艦娘たる撃沈王には色々とアピールをしたい男心である。秘書艦として同席している叢雲は知っている。大和が来る直前までこの男は仕事もせず捷号章を念入りに磨いていた。
「我が天照隊に活躍の機会を与えてくれたことに深く感謝している」などと偉そうにのたまう竹櫛であるが、言うまでもなく階級は大和のほうが上である。
「そんな、とんでもありません。本日は私が個人的にお礼を言いたくてお伺いしたのですから」
「はっはっは。我々はただ作戦に従い動いたまでのこと」
「天照隊にしか担えない作戦でした。サマール沖東方に同時展開していた佐世保の艦隊は、同海域の敵残存部隊があまりに早く崩れたため、罠かもしれないと必要以上に警戒してしまったほどです」
「それは申し訳ないことをした。球磨は――あの時の部隊旗艦はどうにも、チャンスがあれば作戦をステルスミッションに変更したがる悪癖がある。後で注意しよう」
「いえ。それこそ天照隊の本領だと思って、私はあの作戦を託したのです。どうしても激戦の長期化が避けられない大規模作戦の、疲れが隠せなくなる後段作戦ではトリックスターのような――」
「トリックスター?」
「あ、ええと……確実に作戦を遂行できる上で、さらに予想もつかない利をもたらして頂ける、という意味で申し上げました。ですが味方をも少々混乱させてしまった、という意味ではトリックスターという名もあながち間違いではないと思いますが?」
「なるほど。これは一本取られたな」
「ええ。ふふふ」
「ははは」
その後も大和による露骨な竹櫛リスペクトは続いた。多忙な彼女である、まさか目的も持たずに天照隊に世間話をしに来るなどあり得ない。今日はどんな面倒事を持ってきたのか……身構える叢雲をよそに世間話は続く。続く。これでもかと続く。
大和がなにをしに訪ねてきたのか、そのうちどうでもよくなった叢雲はあくびを噛み殺しながら、二人の湿気ったせんべいのような話が終わるのを待たされた。
◆――――◆
「あら。いけない、もうお昼前になってしまいました」
ついに大和は天照隊に何の要求もしないまま世間話を終えてしまった。
「長々とお付き合い頂きありがとうございました」
「こちらこそ充実した話ができた」と竹櫛はほめ上げられて満悦の様子が顔に出ていた。
「これから分隊の方へ行くのだろう」
「ええ。最近あまり顔を出せていなかったものですから。こちらの売店で食べ物を買ってから出発します」
「うむ。撃沈王からも傘姫提督をどうかよろしく頼む。叢雲、売店までの案内を頼む」
叢雲の後について執務室を出た大和はこっそりと言った。
「随分と変わった艦娘のようですね。球磨という方は」
「一度会ってるわよ。忘れたの? 例の『抜き打ち訓練』の時、私があんたに飛びかかったところを制止した軽巡洋艦」
「ああ、やっぱりあの時の。それに斑鳩から何度も繰り返し聞かされた話は本当みたいですね。私の部隊に加わってくれれば存分に活躍してもらえそうですが」
「スカウト?」
「駄目ですか?」
「球磨は絶対に渡さない」
「それは残念です」
「というか球磨よりも、長月の方が大きな戦力になるんじゃあないの?」
叢雲は軽くかまをかけてみたものの、大和は叢雲の期待した反応とはまったく異なる、悲痛な表情をつくった。
「……『抜き打ち訓練』のその後、長月さんの調子はいかがでしょうか」
「え? ……あ、ああ。全然普通よ。今日だっていまごろは、遠征任務の真っ最中でしょうし」
「あの時は訓練に巻き込んでしまい、何度謝っても私が許されることは――」
「も、もう気にしてないわよ、長月も私たちも。ずいぶん前のことだし」
「お心遣いありがとうございます。確かに長月さんは、集中砲火の中を生き延びた驚異的な生存力をお持ちの艦娘ですし、もし大本営直属の部隊への転属を希望されるのであれば遠慮なく連絡をください。歓迎しますよ」
叢雲は『洞観者』について撃沈王の立場からの情報を聞き出すつもりだったのだが、話の振り方を下手に間違えたせいで聞きづらくなってしまった。
総合棟を出て、大和は「売店の場所は分かりますから」と言った。
「さっきはすみません。長話に付き合わせてしまって」
「あ、いや、うん」
「では、私はこれで。また天照隊には協力をお願いすることがありますし、その時は総旗艦。よろしくお願いしますね」
「ああ、うん。こちらこそ」
売店の方へ歩いていく大和の背中を見ながら叢雲は、言葉に表しがたい違和感を覚えずにはいられなかった。
◆――――◆
叢雲の視線が切れたあたりで大和は周囲を見渡した。幸い艦娘二人とすれ違っただけで他には誰もいなかった。近くの建物の影に身を潜め、スマートフォンで電話をかけた。
「こちら大和。天照大艦隊への潜入に成功したわ」
《お前知っているか? 喫茶店は今が一番忙しい時間帯だ》
通話は一方的に切られた。大和はすぐさまかけ直した。
「こちら大和。天照隊への潜入に成功したわ」
《お客様のおかけになった電話は現在、この武蔵の邪魔だ》
「鎮守府の中で一人になることに成功したのよ」
《よかったな》
「これから売店に向かうわ。なるべく人目につかず行くにはどうしたらいいかしら?」
《知らん。じゃあな》
「アドバイスくれるまで何度でも電話するわよ。スマホの電源切ったら、次はハングド・キャットの電話が鳴ることになるわね」
《……昼食時の混雑が過ぎるまで待てばいいんじゃあないか》
「なるほど。でも待って武蔵」
《なんだ》
「待ってる間、私はどうするのよ。お腹が空いたわ」
通話は再び一方的に切られた。
「使えない姉妹艦ですこと!」
大和はスマートフォンに毒づいた。気が緩んでいたといえば緩んでいた、その時である。不意に声をかけられた。大和がよく知る声だった。
「お昼ご飯、私が奢ろう、か?」
身体が反射的に飛び退くほど大和は驚き、声の主をまさかと凝視した。
細身のオカッパ頭「傘姫、提督……?」彼女はニコニコと大和の側にいたらしかった。傘姫だけではない。もうひとり、白猫の前足を吊るしてブラブラさせているセーラー服の少女が隣にいた。
登場があり得ない二人だった。ここは天照大艦隊の本隊がある南鎮守府であり、二人が所属しているはずの分隊がある北鎮守府は陸路で三時間かかる場所にある。
昨日、大和は確かに分隊の斑鳩に確認を取った。今日の傘姫は溜まった仕事を片付けるために北鎮守府の執務室から出る暇などないと。今日ここ南鎮守府で出くわすはずはないと。
「竹櫛くんと、ピザでも、食べよっか」傘姫は撃沈王の眼光をまったく意に介さない。
「……遠慮します。傘姫提督はまた仕事を抜け出して、斑鳩に怒られますよ」
傘姫と猫吊さんの二人が突然現れた。この事実だけで既に大和はいくつかの確信を得ていた。
「傘姫提督。猫吊さん。二人とも私なんかにかまっていては斑鳩が過労死してしまいます。早く北鎮守府に戻ってください」
「斑鳩は大丈夫、だよ。本隊に助けて、もらってる、から。それより私、心配だよ。どうして大和ったら、こんな影に、隠れてるの? 大和って、売店にも行けない、くらい、お嬢様、だったっけ?」
「――いいえ。お陰様で、もうコソコソする必要はなくなりました」
「売店、に行くの、やめた方が、いいと思う、けどなあ」
「何故ですか? 話してください」
「んー。何となく?」
「私は猫吊さんと同等の権限を持っています。力ずくで聞き出すことも可能ですが?」
「にはは。私は大和の、ためを思って、言ってるん、だよ?」
「そうですか。お気遣いには感謝します」
大和は傘姫と猫吊さんを押しのけて建物の影から飛び出した。二人とも大和を止めようとはせず、追いかけてもこなかった。
大和が一直線に売店に向かっている途中、前にいた艦娘は道を開けた。撃沈王だから、ではない。足早に突き進む大和の表情がそうさせた。
品揃えがやけに豊富であることを除いてこれといった特徴のない売店では、磯風がレジ台で客をさばいていた。そこに鬼気迫る表情をした大和が入ると店内は一瞬、静まった。
並んでいる客がいるのにも構わず大和は、手が止まった磯風に一枚のチラシを突きつけた。パソコン教室に通いはじめて五時間ほどの初心者が作っていそうな出来栄えのチラシである。
「『島攻略オンデマンド』の責任者はどこですか?」
店内で買い物をしていた艦娘たちにはわけが分からなかっただろう。彼女らには撃沈王が何かに怒りながら、わざわざこんな普通の売店にクレームをつけに来たように見えたはずなのだから。だが彼女ら以上に混乱したのが磯風だった。正直に言って磯風は、自分が考案した『島攻略オンデマンド』の存在を今この瞬間まですっかり失念していた。
「これは私、大和個人のお願いではありません。撃沈王の命令です。『島攻略オンデマンド』の責任者を出しなさい」
「あ、ああ、分かった。少し待っていてくれ」
撃沈王の脅しに近い命令に磯風はあわてて店の奥に引っ込んだ。そして数秒の後、『ゴチン☆』と音がしたかと思うと、磯風は頭頂部を押さえながらヨロヨロとレジ台に戻ってきた。
「すまない大和。忘れていた。この磯風が島攻略オンデマンドの責任者だった」
「だった?」
「いや失礼、過去形ではない。ちゃんとした責任者だ」
大和は当然、怪訝な顔をした。長月のような例外の存在を認めているにしても、目の前の駆逐艦相当の少女が何らかの特別性を持っているようには見えなかった。
「あなたが?」
「そうだ。企画をしたのも、そのチラシを作ったのも私だ」
「私と武蔵に営業を送ったのも、あなたの指示?」
「まあ、そういうことになるだろうな」
この子は形だけの責任者だ、大和は確信を得た。島攻略オンデマンドの営業として現れたイムヤとゴーヤ、あの控えめに言って頭アイアンボトム・サウンドの潜水艦たちが斑鳩以外の言うことを聞くはずがない。
「――では、ヤーナム島を無害化できるレベルのフィクサーを手配したのも? あなただと言うの?」
「それは……ちょっと複雑な事情があったんだ」
買い物客たちが野次馬になろうとするのにもお構い無しに、大和は磯風に詰め寄った。
「奥にいるのね? 事に詳しい誰かが」
「待ってくれ。お姉さんは今……あー、百人の真剣勝負で忙しい」
「お姉さん? お姉さんって誰?」
「お姉さんは売店のお姉さんだ。それ以上でもそれ以下でも――ま、待ってくれ大和!」
大和はレジ台の奥に押し入り、腰にしがみつく磯風を引きずりながらダンボールのジャングルめいた薄暗いバックヤードを突き進んだ。
「今はまずい! 今度こそドン勝が食べられそうなんだ! 邪魔しないでくれ!」
さらに奥に進むと、急に生活感にあふれる六畳ほどの茶の間に出た。部屋の中心からまだ撤去される気配のない炬燵のまわりはゴミこそ落ちていないものの、炬燵から少し身体と手を伸ばせば冷蔵庫や戸棚などから物を取り出せそうだった。部屋の主の面倒くさがりな性格がそのまま模様として表れている。電源タップには複数台のスマートフォンが乱雑に繋がれている。部屋の奥に配置された大型モニターでは今、ヘルメットを被った男がライフルを持って草むらの中を匍匐前進していた。
そんな部屋の様子も、スマートフォンも、ゲームの画面も、大和の目に入らなかった。
「どうして……あなたが生きてるのよ。極楽」
「我ガ生キテタラ不満カ? 最悪ノ人権侵ガア゙――――――――ッ!? クソガ! 芋ッテンジャアネーヨ死ネッ!」
茫然として立ち尽くす大和に向かって、売店のお姉さん、極楽はヘッドセットを投げつけた。
作者のリハビリ回です。
大和と極楽がガッツリ久闊を叙する予定でしたが、ちょっとしんどいので、極楽はPUBGで忙しいから大和の相手なんてしてられない(出番ばっさりカット)、という変更をしました。