「おっそーい! 遅いおそいオソイ遅イおそまつさまっ!」
[島風;Lv.31]
「ぅるっさいわねぇ……あなた「速さ」と「早さ」の区別もつかないの?」
[天津風;Lv.11]
「つくもん! 分かるもん! だから時間が経つのが遅いって言ってるの!」
「朝っぱらから時間にケチつけるなんて詩的ね。ああ時の女神様、私はもう一度布団に入るまでにどれだけ長く苦しまなければならないのでしょう」
「え、天津風ってポエマーだったの?」
「あ、ん、た、ね、え……!」
「あーあ、どうして使えないんだろ。メイド・イン・ヘブン」
「素数でも数えてなさいよ。少しは落ち着きのある人間になれるかもよ」
「ねえ。どうしてメイドさんが天国にいると時間が加速するの?」
「話題を転がすのだけは無駄に早いわよね、あなた」
「ねえなんで?」
「なんでってそれは――ほら、天国のメイドだからに決まってるでしょ。悪魔のお屋敷のメイドは時間を止めたりするじゃない。なら天国のメイドは逆に時間を進められるってことじゃないの」
「おお! なるほどー。天津風って意外と物知りなんだね」
「意外と、は余計よ」
「ねえねえ、他には面白いこと知らないの?」
「そうねえ。例えばこんな話はどう? 人間は脳をたった10%くらいしか使ってないのよ。残りの90%には時間を止めたり加速させたりする超能力が眠ってるかもしれない」
「ホント!? なにそれすごい! じゃあ私もヘイスガとか使えるようになれるの!?」
「ヘイスガ? さっきあなたメイド・イン・ヘブンが使いたいって言ってなかった? ヘイスガって、いや、あなたがそれでいいならいいけど」
「よーし! 提督が戻ってくるまでに習得するよ! 40ノットを超えて、目指せマッハ40!」
「ヘイスガでメテオが降ってくるくらいの速度になったわね」
「連装砲ちゃん! 天津風にでんこうせっか!」
「やめてその勢いだけのノリやめて。あなた調子に乗って速さばっかり求めてると空気の摩擦で燃え尽きるわよ」
「それくらい知ってるもん。大気圏突入する時でしょ。軍艦の耐久はすごいから大丈夫だよ!」
「島風って宇宙戦艦だったの?」
◆――――◆
「遅いわね」
少しイライラしたように叢雲がそんなことを言うとは、珍しいこともあったものだ。バスの到着時間は決まっているのに、叢雲は腕時計に目をやり、溜息をついた。今朝から機嫌が悪かった、という風には見えなかったが。
ふと目が合った。かわいい。私の心配を読み取ったのか「ああ、違うの」と頭を振った。
「なぜだか分からないけど、留守を任せた二人が馬鹿なことを言いっ放しで散らかしてる気がするのよ。早く執務室に戻らないと」
「そうさせないために島風と天津風、二人組で置いてきたんだろう。天津風には少しでも仕事を覚えさせたかったしな」
「ああいう子ほど奇妙な勘違いをしてたりするのよ。メイド・イン・ヘブンの和訳を「天国の使用人」だと思っていたり」
「随分と具体的な例だな」
「ダメ、やっぱり気になる。後で謝るから、出迎えは任せたわ」
走って戻っていってしまった。大切な客人よりも心配になるほどのことだろうか。出迎える時はしっかり気を引き締めてと、いつも言っているのは叢雲だ。これまで私と叢雲の二人で出迎えなかったことは、私がどこだったかの海域での作戦で忙殺されていて、叢雲に任せた一度きりしかない。
島風は確かに天津風が来てからというもの元気を有り余らせている。同じ任務に就かせていれば練度も積極的に向上させようとするだろうという期待があり、実際それに応えてくれている。それをサポートの叢雲も否定したことはなかった。帰還してからの報告を聞くことしかできない私と違い、直接見ることができる叢雲ならば二人の関係をより深く知っているはずだが……執務室の留守は任せられないのだろうか。部屋を出た時は特に肯定も否定もなかったが。
こういう日もある、ということなのだろう。叢雲だって完璧ではないし、島風と天津風が執務室で、例えば叢雲のような言い方をすると――未だに人間が脳を10%程度しか働かせていないと信じていたり、宇宙船が大気圏突入時に高温になるのは空気との摩擦が原因だと勘違いしていたり、そういうことだろう。よくある話だ。この海軍の生き字引たる私であっても、ビフテキがフカヒレ料理の一種ではなくビーフステーキの略であると去年、知ったくらいだ。誰にだって間違いの百や二百はある(それでもビフテキには未だに納得がいかないでいる。ビーフステーキをわざわざ略す必要はないだろうに。美味そうな呼び方ではないだろう、ビフテキ。サイコロのほうがまだマシだと思う)。
0847。バスは時刻通りに到着した。
「出迎え頂きありがとうございます。竹櫛提督」
[電;Lv.136]
小柄な体躯には不釣合いなほど、電の敬礼は立派なものだった。
◆――――◆
電にとっては数ヶ月ぶり、私にとっては数分ぶりの執務室に入ると、折り畳んで壁に立てかけている机の横で島風と天津風が正座していた。なるほど家具を買う金がなければ艦娘を家具にしてしまえばいいじゃない、ということか。新奇なアイデアだ。二人が落ち込んだ表情をしているのもポイントが高い。島風は軍の広告に使われる姿形で、天津風はその友人。艦娘のチョイスも理に適っている。さらにレアリティの高い二人を無駄運用しているという背徳感が私の中の新たな感覚を掘り起こそうとしてくる。よいのではないか? これはよいものではないのか? そこで私としてはだ。正座させる艦娘を島風と天津風に限定する必要はない、と考えてみる。
「くだらないこと考えてる顔してるわね。電が困ってるでしょ、さっさと入りなさい」
叢雲の声で奈落の底に落ちかけた我を取り戻した。叢雲を家具にするなど想像するのもおぞましい。pixivで画像を探せば出てきそうなどと愚かなことを考える私ではない。醜悪なる悪魔の囁きめ、我が愛刀【丑の刻摩天楼】で一刀両断してくれる。
ここに戻るまでに叢雲が私の机の正面に椅子を二つ用意してくれていて、叢雲と電が座った。
「ごめんなさい、出迎えができなくて。そこのおバカ二人の相手をしてて」
「いえ、とんでもないです。私こそお忙しい時にこちらの都合でお邪魔しちゃってごめんなさい」
「必要な打ち合わせだし時間もあるからいいのよ。こうして会うのも久しぶりね」
「はい! お久しぶりです叢雲さん。お元気そうで何よりです。その――竹櫛提督もお変りなく、なのです」
「変わらないとは何だ。私は常に鍛錬に励み成長を続けているのだぞ。活目せよ」
「はわっ!? ご、ごめんなさい! そんなつもりで言ったのではないのです。その、健康的な意味での事でして」
電こそ私を「司令官」と呼んでいた頃から変わらない……と私の方こそ勘違いしそうになる。薬指に指輪を嵌めて、今や叢雲すら超える練度は伊達ではない。こうして談笑しているわけだが、執務室に入ってから一度も、微塵も、正座している調度駆逐艦二人には触れていない。余計な事に触れてはならないと理解しているのだ。さすがはピーコック島攻略作戦(ゴスロリ棲姫破壊作戦)に参戦した艦隊の秘書艦、この程度では動じないということか。恐るべし、一ノ傘率いるブラック鎮守府。
「間違ってないわよ電。この人は先週、球磨と遊んで気絶してたんだから。何一つ成長してないわ」
「気絶? 球磨さんと?」
「余計な事は言わなくていい。それに私は球磨と遊ぶ趣味はない」
「でも私を除いたら一番お付き合いが長いのは球磨さんですよね。……ケンカ、とかですか?」
「二人ともバカなだけよ」
叢雲は辛辣だ。
「雷はやっぱり、今日は忙しかったの?」
「司令官が、せめて雷だけは残せと」
「残念だけどしょうがないわ。こちらの暁と響が寂しがってたわよ。今日はあの二人は仕事を入れてないから、空いた時間にでも構ってあげて」
「はい! ありがとうございます!」
「電には今日一日だけでもいいから秘書艦を頼みたかったんだけどなあ」
「ええっ!? そそ、それは……ええと」
「あんた、電は打ち合わせに来てんのよ。一ノ傘提督の秘書艦様を働かせるだけの蓄えがウチにあるの?」
「以前、ピーコック島攻略作戦に参加するからと資材を無心されたのだ。奴め、我が艦隊のことを補給部隊と勘違いしているらしくてな、代わりに4tトラック分のペンギンを送っておいた。だから電が働いてくれた分、またペンギンをまとめて送ってやる。トラックの手配は面倒だが、同期のよしみでサプライズプレゼントだ」
「こちらの司令官、あれ、ものすごく怒ってました」
「戦争中に他所様に迷惑かけてんじゃないわよあんた」
「三式弾製造の歩留まりが悪いからといってノウハウを無償で提供しろなどとふざけたことをぬかした奴が悪い。友軍でもタダで融通できるものか。戦時中なら売店のパンが無料になるのかという話だ。そうだろ」
「あんただって一ノ傘提督に徹甲弾の開発方法を聞いてたじゃない。しかも九一式徹甲弾じゃなくてダーツみたいな、AP……何だったかしら」
「APFSDSですね。装弾筒付翼安定徹甲弾」
「そうそれ。電あんた、よくそんな名前がホイホイ出てくるわね。とにかく、この艦隊の指揮を執る人間は鋼材やボーキサイトどころかタングステンや劣化ウランを使おうとしてたのよ。信じられない。ねえ電、打ち合わせはこのバカを除いた私達だけでやらない? 今日も一泊していくんでしょう、決める事は早く決めて、食事でもしましょうよ」
何故だろう、叢雲が冷たい。今日は合同作戦に向けた、本会議前の軽い状況確認程度の打ち合わせとはいえ、私がいなければ進まない話もあるというのに。私が仕切ればどんな話もすんなりまとめて見せるというのに。冗談でも叢雲に除け者にされるこの痛み、分かち合いたい相手も叢雲であるという矛盾。男は一人、黙って耐えるしかないのか。男はつらいよ、とはよく言ったものである。
私にやさしくし続けてくれるのは電くらいのものである。それは昔から変わらない。変わらないといえば、正座させられている島風と天津風の体勢も変わらない。本当に置物のように正面を向いている。ねんどろいどのほうがまだ表情豊かである。
「いえ。竹櫛提督にもいて頂かないと絶対だめなのです!」
「わ、分かってるわよ。本気にしないでいいから」
「支援のお願いもありますし、どなたに出撃して頂けそうか確認もさせて頂きたいです」
「そうは言っても今すぐ出られるメンバーは限られているのだがなあ。砲撃火力を揃えるならば山城、伊勢、古鷹ちゃん、鳥海、あとは軽巡でよければ球磨くらいだな」
「(古鷹さんだけちゃん付け……?)」
「金剛と比叡は病み上がりで、復帰にはもう少しかかるだろう。最近になって霧島の戦闘力が異常に高いことが判明したのだが、射程距離は魚雷どころか文字通り手の届く範囲だ。支援どころか最終決戦レベルだな」
「霧島と榛名も前に出していいんじゃないの? 山城を旗艦にし始めてから……あ、いえ、山城が悪いわけじゃないのよ? ただ羅針盤や電探が故障したり、海が予想外に荒れたり、民間船と揉めてる最中に不審船に襲撃されたり、ネウロイとかいう聞いたこともない敵と戦わされたり、アンラッキーが多くなった気はするけど」
「確かに不幸だ不幸だと聞かされ続けていれば気が滅入ってくるしな。霧島と榛名の活動制限はもう解除でいいだろう」
「?」
霧島と榛名を第一線に立たせなかったのは私に考えがあったからではない。金剛が妹達を危険に晒したくないと訴えてきたからだった(比叡は金剛とほぼ同時期に来たため、当初は一緒に海に出ていた)。自分が前に出るから妹達は後ろへと。あの頃は本当に美しい姉妹だった。どんどん力を付け、艦隊の主力になり戦い続けていたのは、常に艦隊を導く光のように輝いていたからだったのかもしれない。しかし時間は残酷である。次女に裏切られ末っ子にボコボコにされた今となってはもう、金剛は今までの姉ではいられないだろう。いや、個人の事情については、まあ、提督である私の関与すべきところではない。より親身になって話を聞ける叢雲に任せるとしよう。
「航空支援はどうですか。私のところは相変わらず蒼龍と飛龍の二人だけで回しているので、空母の方々にもお願いしたいのです」
「個々の練度は高いんだがな。まともなのは大鳳と、軽空母の飛鷹だけだ」
「……赤城さんと加賀さん、翔鶴さん、瑞鶴さんも何か事情が?」
「打ち合わせが終わったら弓道場を見学しに行くといい。ではそろそろ会議室に行こうか」
「あ、あのっ!」
ゴキブリでも見つけたような勢いで電は立ち上がった。つられて静かに置物になっていた島風と天津風が驚きで動き、うめき声を上げ始めた。正座で足が痺れているらしい。だから動きたくても動けなくなっていたのか。倒してしまった椅子を慌てて立てて、しかし座らずに「えっとですね!」と電は続けた。
「も、もう一つ、竹櫛提督にはですね、お願いといいますか、こんな事はやっぱりよくないと思ったのですが暁と響と雷に相談して決心がついて、ああごめんなさいこれは私の気持ちの問題でした! いえでも気持ちの問題なんです! そうなのです!」
叢雲が珍しくポカンとしている。私も似たような顔をしているだろう。
「戦争に行く時はやっぱりいろいろと整理をしないといけませんし、ちょっと遅いかもしれませんけど私もそうしなきゃとずっと思ってまして、これはもしかして「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」とかいうわあああああああ!! ち、違います! これは死亡フラグの喩え話なのでその、け、ケ、ケッ……というのは違うんですけど当たらずといえども遠からずといいますか、つ、つ、つまり、ですね竹櫛提督――」
机に頭突きでもしそうな勢いで電は頭を下げた。
「私とケッキョンキャッキョキャリしてください!」
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TO BE CONTINUED なのです!
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連装砲ちゃん! こうそくいどう!