「こちら大和。天照大艦隊への潜入に成功したわ」
◇――――◇
「竹櫛くんと、ピザでも、食べよっか」傘姫は撃沈王の眼光をまったく意に介さない。
「……遠慮します。傘姫提督はまた仕事を抜け出して、斑鳩に怒られますよ」
◇――――◇
「どうして大和ったら、こんな影に、隠れてるの? 大和って、売店にも行けない、くらい、お嬢様、だったっけ?」
「――いいえ。お陰様で、もうコソコソする必要はなくなりました」
「売店、に行くの、やめた方が、いいと思う、けどなあ」
◇――――◇
「これは私、大和個人のお願いではありません。撃沈王の命令です。『島攻略オンデマンド』の責任者を出しなさい」
「あ、ああ、分かった。少し待っていてくれ」
◇――――◇
「どうして……あなたが生きてるのよ。極楽」
◇――――◆
以前の、数メートルもの高さからロードローラーが落下する轟音。
今の、怪しげに天照大艦隊に探りを入れる撃沈王・大和。
これに気づかない球磨ではない。大和が分け入った売店の客の一人となって球磨はその様子をつぶさに観察していた。
「どうして……あなたが生きてるのよ。極楽」
「我ガ生キテタラ不満カ? 最悪ノ人権侵ガア゙――――――――ッ!? クソガ! 芋ッテンジャアネーヨ死ネッ!」
球磨は大和の背後から音も無く忍び寄った。
ナイフで脅すか? いや半端で大人しくなるお姉さんではない、問答無用の暴力で制圧する。得意とする徹甲弾めいた蹴りを大和の影から放つ。
「グマ゙――アぁ!?」
五体を奪った責任は問い質した後でとればよいと覚悟して放たれた蹴りは、球磨の足は、だが極楽に片手で容易く掴まれた。鋼板に穴を空けるほどの蹴りが、である。
大和も直感に従って右拳を、顔面を砕く勢いで放っていた。だがこれも極楽のもう片手が止めた。
「アー? オ前ラ我ヲ殺シテ店ヲ奪ウツモリカ?」と売店のお姉さん、極楽は両手を痛がるそぶりすら見せない。球磨の蹴り、大和の拳は通常の艦娘が放ちうる最高クラスの当身技である。それを真正面から受け止めてもなお、極楽の面倒臭そうな顔は崩れなかった。「オイ仕事シロ磯風。コイツラヲ店ノ外ニツマミ出セ」
「大和も磯風もすっこんでるクマ。クマはお姉さんに話があるクマ」
「あなたがどいていなさい。極楽の相手はこの大和がせねばなりません」
「お、落ち着かないか二人とも」と磯風は三人の間にぎゅうぎゅうと割って入った。「いったいどうしたというのだ。お姉さん、何をすれば二人をここまで怒らせるのですか」
「あらあら。ケンカ、かな」さらには傘姫まで追って来た。「よくない、ねえ。ほら、みんな仲良く、ね」
売店のバックヤードのさらに奥、六畳ほどのお姉さんの部屋でわちゃわちゃと言い争う五人。
「まさか磯風もグルクマ? どうなってるクマ?」「なぜここに傘姫司令が?」「極楽あなた、ずっとこんな場所に隠れてたのね」「このお店、大丈夫、なの? みんな見てる、けど」「傘姫提督、あなたにも聞きたいことがあります」「クマの邪魔すんなクマ!」「おちつけ球磨、ほらどうどう」「あなたの用事は後になさい。今は私の仕事中です」「はぁ!? 撃沈王が天照隊に何の用クマ!」「まあまあ。みんな、ほら、まあまあ」「お姉さん、ほんとうにもう何をしたんですか」
「オ前ラ全員出テケ! 我ノ部屋カラ出テケ!」
◆――――◆
「明日クマ。明日、売店のお姉さんに問いただすクマ」
叢雲、金剛、電、雷、吹雪を内密に集めた球磨は核心に迫るための一手を五人に話した。
ここ天照大艦隊には、艦隊を崩壊させようとする者の手がかかっている。それは例えばようかん味のカロリーメイトという形をした惚れ薬で総旗艦を失跡させるような、艦隊を内部からむしばむ手段を取る魔の手である。あっさりと罠にかかった叢雲は実際、艦隊からの逃亡まであと一歩のところだった。叢雲と共に逃亡を図った磯風は艦娘を辞め、売店でアルバイトをするまでが事の顛末だった。
犯人探しのほとんどを球磨まかせにしていた他の五人は、まさか売店のお姉さんがという盲点を、難しい顔をして頭の中で検討した。
「お姉さんが普通じゃあないのは間違いないクマ」
球磨の言うことを盲目的に信じたい五人は、いや球磨も含めて、とてもシンプルな疑問を持たざるを得なかった。なぜ売店のお姉さんなのかと。そして売店のお姉さんがなぜ、なのかと。
確かにお姉さんは愛想まで売るような人物ではない。アカシマートという暗黒メガコーポのフランチャイズ戦略に唾を吐き、天照大艦隊の提督に頭を下げることも一度としてなく、まるで孤立無援のように見えながらも悪魔的品揃えを維持し続けている。その品揃えは艦娘たちのためでは決してなく、あくまで売店に金を落とさせるためのものだった。お姉さんの趣味は旅行であり、夢は豪華世界一周クルーズである。
「――本当にお姉さんが黒だとして」と金剛は眉を八の字にしながら言った。「目的は何ヨ? 動機は?」
「今はわからないクマ。だから明日、本人に話してもらうしかないクマ」
「球磨にしては手ぬるいネー。脅したりしないノ?」
「それがそうはいかないクマ」
「どうしてよ」と叢雲。「まあ、ナイフを突き付けて怯むお姉さんも想像できないけど」
「今更、驚愕のマジやべーことが分かったクマ。お姉さん、桁違いに強そうクマ。長月みたいな非常人の類クマ」
「あの冬の寒さも夏の暑さにも弱いお姉さんが?」
「そのお姉さんがクマ」
皆、さらに困るしかなかった。
極楽型戦艦の一番艦だった、それはお姉さんが隠していた事でもない。戦艦らしく少々強かろうが特別驚きはなかっただろう。だがそれ以上の事も、言われてみればアルバイトの磯風が語るお姉さんの武勇伝には荒唐無稽なものが多かった。
「今まで誰も、ずっと気づかなかったって……そんなの……」とつぶやく吹雪は首をかしげすぎて頭が愉快な方向を向いている。
「Hey,球磨。だから明日、お姉さんから話してもらうことにしたノ?」
「そういう約束をして、とりあえず解散したクマ」
「私の知ってるお姉さん、そう簡単には納期以外の約束を守らないヨ?」
「クマもそう思うから、こうして困ってるクマ」
「Oh……」
「大和も同席する予定クマ。だから少しは……少し、は……クマぁ……」
◆――――◆
一方で大和は、傘姫提督と猫吊さんを探していた。共に一度、北鎮守府に戻るためである。
ところが、「あの、傘姫提督を見ませんでした?」と誰に聞いても知らないという。現れたのが唐突であったのなら姿を消すのもまた唐突だった。
「まだ南鎮守府から出てはいないはずだけど……一瞬でも目を離したのが失敗だったわ」
仕方がなしと大和はとりあえず武蔵に電話をかけることにした。戦艦極楽の生存、これには武蔵もさぞや驚くことだろうと。いや、驚き以上に血をたぎらせるだろうと。
しかし武蔵は電話に出なかった。コールが留守番電話に変わり「私わたし、大和よ。早く折り返し電話して」とメッセージを残し、ひとりで北鎮守府に向かおうとしたところだった。すぐに着信音が鳴り、大和は足を一歩で止められた。
《大和お前、天照隊の傘姫提督を見なかったか》
武蔵の声は変に緊張していた。
「見たというか、さっきまで一緒にいたけど見失ったわ。それが?」
《最後に見たのはいつだ。お前は今、何処にいる》
「はい? だから、ついさっきまで一緒だったって言ったじゃない。天照隊の南鎮守府の中で見失ったから探してたところよ」
《念の為に確認するぞ。お前の言う「ついさっき」は一時間や二時間ではないんだな》
「五分も経ってないわよ。ああ違う間違えた、そこから見失ったことに気づいて二十分くらい探し回ったわ。けど、なに? なんなの?」
《…………》
「ねえ、聞いてる?」
《……北鎮守府にいる斑鳩から連絡があった。傘姫提督が――青い炎を伴って、突然現れたそうだ》
「待って。言ってる意味が分からないわ。武蔵、ちゃんと話を整理してから教えて頂戴」
《事実を整理して簡潔に言ったつもりだ。だから確認がしたい。お前は確かに、さっきまで南鎮守府で傘姫提督と一緒にいたんだな? 間違いはないんだな?》
「え、ええ――そうよ。私はここで傘姫提督と一緒だった。だから北鎮守府にいるはずがない」
《ならば二つの可能性が考えられる。私の知り得ない洞観者の能力で傘姫提督がテレポートでもしたか、提督自身がそれ相応の能力を持っているかだ》
「とても分かりにくくて助かるわ。ドーカンシャって本っ当に迷惑ね。でもそれが本当なら、やっぱりそうだったんだって納得してしまう自分がいるわ。武蔵もそう思って私に電話したんじゃあないの? 提督が『羊の皮を被ったエイリアン』だっていう証拠が――」
「誰がエイリアン、なのかな?」
その声は大和の目の前で立ち上った青い炎の中から発せられた。
まるでハリー・ポッターの映画のようだと大和は思った。
青い炎の柱はほんの数秒で人の形をつくり、より具象的な人間へと変質した。線が細いオカッパ頭、傘姫はその意図を読み取りづらい微笑を大和に向けた。
「あ、電話中。誰と、私の話をしてる、のかな? 武蔵さんかな?」
「――今、傘姫提督が目の前に現れたわ」と大和は通話を切らずに言った。「傘姫提督。あなたは今まで、この二十分間、何処にいましたか?」
「やだなあ。さっきまで一緒に、売店に、いたじゃあない」
「……分かりません。なぜこの期に及んで白を切るのですか。私や武蔵、斑鳩をからかうためとしか思えません。いったいあなたは……何なんですか」
「にはは。何、だろうねえ。難しいよねえ」
「傘姫提督!」
「斑鳩のこと、これからもよろしく、ね」
大和はとっさに手を伸ばした。しかし掴んだのは冷たい青い炎だった。
傘姫は風に吹かれたように、大和の前から姿を消した。