「総旗艦が二人とも倒れた!? はいぃ!?」
大和が因縁の再開をはたした翌日、戦艦極楽を糾弾するために再び南鎮守府にやってきてはじめ聞かされたのがそんな話だった。
本隊の総旗艦は卒倒。
分隊の提督は失踪。
天照大艦隊は見るに堪えない状態になっていた。
「分隊の方の総旗艦、斑鳩は今日も傘姫提督をネズミの穴まで探してるし……加えて極楽をずっと匿っていたなんて、本当にもう、どうなってるのよこの艦隊は」
さしもの撃沈王も助言のひとつも出せず、ただ呆れる他になかった。
「ごめんクマ……」と普段は強気の球磨も、アホ毛をしなだれさせていた。「でも別に、売店のお姉さんは匿ってたわけじゃあないクマ」
「ええそうですね。天照隊にサテライト席を作った時から気づかなかった私の落度だわ。それで、倒れた叢雲と電の二人は大丈夫なのですか? 極楽との会合まであと三十分。もう私一人で、今すぐ極楽の売店に突撃してもいいかしら」
「だめクマ。売店は昨日の閉店からずっとシャッターを下ろしたまんまクマ」
「シャッターの一枚や二枚、今更なにを気にしますか。壊してでも押入ればよいでしょう」
「会合の前からお姉さんの機嫌を損ねてどうするクマ」
「私が極楽に気を遣う理由がありません」
「売店で買い物するクマ達の身にもなってほしいクマ……。つーか、どうしてそこまでお姉さんを敵視してるクマ? まあ、お姉さんは友達よりは敵を作るタイプなのは分かるクマ」
「極楽型戦艦が二人いたのは知っていますか?」
「んー、初耳クマ」
「極楽はただ一人の姉妹艦、『寿』を沈めました。誤射ではなく故意に」
◆――――◆
売店のお姉さん、極楽が店のシャッターを下ろしたままにしているのは勿論、ただ単に、大和らと顔を合わせるのが面倒だからである。店を開けば混沌の使者共、彼女の平穏を踏み散らかす野蛮な連中が会合の時間を待たずにズカズカと入ってくるに違いなかった。だからシャッターの表には『本日臨時休店』の張り紙をしていた。買い物ができない天照隊の艦娘たちの事を思うと彼女の心は痛んだ。その痛みはワサビ気持ち多めの寿司に比類する。
炬燵に入った極楽は、アルバイトの磯風が淹れた茶を飲みながらテレビのニュース番組をぼーっと見ていた。芸能人が不倫しただとか何とか、しょうもないニュースが彼女の頭をからっぽにした。
「あの、お姉さん?」と言う磯風も一緒に炬燵に入っていながら、極楽とは対照的にソワソワしていた。「店を開けないのであれば私は休暇でいいでしょうか」
「駄目ダ。オ前ガイナキャ他ニ誰ガ茶ヲ淹レル?」
「叢雲が倒れたんです。気が気でなくて――」
「ソウダ、磯風。仕事ガ欲シイノナラオ前ガ会合ニ行ケ。大和カラ何ヲ聞カレテモ適当ナ返事デ構ワン」
「いいやよくない、困ります。相手は撃沈王ですよ? 昨日だって『島攻略オンデマンドの責任者を出せ』と、すごい剣幕で内心怖くて怖くて」
「撃沈王ダロウト何ダロウト艦娘ハタダノ艦娘、以前マデノオ前ト何ガ違ウ」
「全然違います。練度が桁違いです」
「オ喋リニ練度ハ関係ナイダロ。使エン奴ダ。――仕方ナイ。磯風、今カラ我ガ2人ニナルガ驚クナヨ」
「2人になる?」
「質問モスルナ。説明ガ面倒ダ」
極楽はパチンと指を鳴らした。
するとその瞬間、極楽の隣で青い火柱が立ち上った。部屋の天井まで届こうかという猛烈な、しかし冷たい炎である。
その火柱は磯風が驚きで湯呑を倒すと同時、すぐに圧縮され、形を変え、色を変え、人の姿となった。
極楽の言った通り、二人目の極楽がそこに立っていた。炬燵に入っている極楽と外見が何一つ変わらない、着る毛布姿の彼女である。
驚くな、と言われた磯風だがそれは無理だった。火柱で死ぬかと思えば、二人目の極楽は増える悪魔である。自分が茶をこぼした事にすら気づかなかった。
新たに出現した方の極楽(スレーブ)は「オー寒ッ」と言いつつ、炬燵に入った。
マスター:イヤ炬燵ニ入ッテンジャアネーヨ。我ノ代ワリニ会合ニ行ケ。
スレーブ:ハア? 知ルカ、貴様ガ行ケ。
マスター:間抜ケカ貴様ハ。何ノタメニ貴様ヲ出シタト思ッテンダ?
スレーブ:同ジコトヲ言ワセルナ。知ルカ、クソ間抜ケ。
マスター:コノクソ役立タズメ、ソレデ我ノドッペルゲンガーヲ語ルナ。
スレーブ:我ハみかんヲ食ベルノニ忙シイ。貴様ノ方ガ暇人ダロウガ。
マスター:勝手ニみかんニ触ルナ。貴様ニハ一房サエ勿体無イ。
スレーブ:貴様ノ雑菌ダラケノ手デ触レラレタみかん達ガ可哀相ダ。スグ腐ルゾ。
マスター:無駄口タタイテナイデ失セロ。我ノ視界カラ失セロ愚図ガ。
スレーブ:貴様ガ炬燵カラ出テケ。外デ乾布摩擦デモヤッテ腐ッタ根性ヲ鍛エロ。
マスター:出テイクノハ貴様ダ。貴様ガイルダケデ部屋ノ空気スラ腐ル。
スレーブ:腐ッタみかんガ喋ルナ死ネ。鏡ヲ見テミロ、皮膚ガ死体袋ミタイダ。
マスター:貴様ガ視界ニイルダケデ目ガ腐リソウダ。手足ガ生エタ雑菌風情メ。
スレーブ:オ前、艦娘ニ向イテルゾ。深海棲艦スラ顔ヲ背ケル醜サダ。
極楽(マスター)が指を鳴らすと、極楽(スレーブ)はパッと青い火の粉となってあっけなく消えてしまった。
「……フム。ソロソロ会合ノ時間ニナルカ。ヤレヤレ面倒ダガ仕方ナイ。少シダケ連中ニ付キ合ッテヤルトシヨウ」
「…………」
「ナンダ磯風。言イタイコトガアルナラ言エ」
「いえ、別に」
「我ハ出掛ケル。オ前ハ留守番シテロ。――ソウダ忘レテタ、新シイビジネスヲ始メルカラ、ソノ広告ヲ作ッテロ」
「ビジネス、ですか。島攻略オンデマンドみたいなものですか?」
「『提督代行サービス』ダ。ソロソロ需要ガ生マレルダロウカラナ。取リ敢エズ我ガ戻ルマデニ広告ノタタキ台ヲ考エテオケ」