球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第56話 極楽とは程遠い極楽 ④

 それは大和が『撃沈王』の名を冠するずっと前のことだった。

 彼女は最強であることを期待され、それを証明するために北へ南へ、東へ西へと戦場に投入された。常に最前線にいた。常に見知らぬ艦娘たちと、同じものがひとつとしてない作戦に従事した。最強の証明とはつまり、彼女にありとあらゆる任務を経験させ、達成させることだった。勝ち続けさせることだった。敗北は許されなかった。

 まだ未熟だった彼女にとって戦争とは、顔と名前が一致しない仲間を率いて戦うことだった。

 まるで傭兵のようだ、と思うこともあった。

 その境遇を分かち合うことができるのは姉妹艦の武蔵と信濃だけだとばかり思っていた彼女だが、ある日、武蔵から自分たちと似たような境遇にある戦艦がいることを聞いた。

 極楽型戦艦、極楽と寿だった。

 

 

◆――――◆

 

 

 会合、というといささか大仰に聞こえるが、応接室に三名がただ集っただけである。

 撃沈王、大和。

 天照隊の暗殺者、球磨。

 売店のお姉さん、極楽。

 大和と球磨の前にデンと座った極楽は着る毛布にくるまったままの姿で、ヤル気とは正反対のものを大層アピールしている。

 

「ええ。よく覚えているわ」と大和は言った。「極楽、昔からあなたには緊張感というものが欠如していた。それとTPOをわきまえる姿勢を見せたこともなかった」

「我ニ言イタイ事ハソレダケカ? 分カッタ次カラ善処シヨウ。ジャアモウ一人ノ――名前ハ確カ――多摩」

「球磨だクマ……」

「ソウダッタ、球磨ナ。オ前ハ何ノ用ダ?」

「お姉さんのこと、少し調べさせてほしいクマ」

「阿呆カ。断ル」

 

 取り付く島がない、とはこのことだった。

 

「我ト喋リタイ話ハソレダケダナ。ジャア解散ダ」

「大和……知り合いなら説得してほしいクマ」

「私まだ質問のひとつもしてないんですけれど」

「ジャア我カラ逆ニ質問シテヤロウ。大和、昨晩オ前ハ何ヲ食ベタ?」

「ピザだけど。それが何?」

「美味カッタカ?」

「……ええ、まあ」

「ソレハヨカッタナ。我モ今晩ハ宅配ピザヲ取ルトシヨウ。質問ハ以上ダ。オ前ラ、モウ帰ッテイイゾ」

「会話のドッジボール……クマ」

「極楽あなたねえ。軍法会議を知らないとは言わせないわよ!」

「知ラン。オイ多摩、売店ハ午後カラ開ケルコトニシタト各寮ニ伝エテ回レ」

「だから多摩じゃなくて球磨……」

「どうして生きているのか、どうやって生き延びてきたのか。今日までの経緯、いえ最初からすべてを話してもらうわよ」

「撃沈王ッテ奴ハ暇人ナノカ? 羨マシイナ、我ト多摩ハコノ部屋ヲ出タラ別ノ仕事ガアルノニナ」

「絶対に、絶対に! あなたは今ここで話さないと後悔することになるわよ!」

「ドウデモイイ事ダガオ前ラ、コノ暖房ガキイテナイ部屋デ寒クナイノカ? 我ハ寒イ」

 

 

◆――――◆

 

 

「で? 結局なに一つ聞き出せないまま会合は終わった――というより始まりすらしなかったのか」

 

 極楽との弁舌勝負に完全敗北した大和は、その後、鎮守府を出て喫茶店ハングド・キャットに立ち寄った。

 店はそろそろ片付けに入る時間になっていた。

 店のマスター、武蔵にはどうせ馬鹿にされると思いつつ今日の会合の様子を話した大和だったが、意外にも武蔵は理解を示した。

 

「いや、意外でもない。相手はあの極楽だろう。私が覚えている奴の性格が変わっていないなら、会合に呼べただけでも運が良い方だ」

「運……」

 

 撃沈王がただの幸運でしか相手にされなかったのは屈辱だった。

 

「そうかもしれないけど……でも腕っ節の強さまでは記憶にないわ。力尽くで座らせることもできなかったのよ。武蔵は知ってた?」

「知らなかったが、ひとつ合点がいった。『島攻略オンデマンド』で長月の代わりにヤーナム島を無害化したのは極楽なのだろう」

「……ああ、そういうことだったのね」

 

 島攻略オンデマンド――天照大艦隊、南鎮守府の売店がはじめた商売は、金さえ積めばどのような島であろうとフィクサーを用意し制圧する、というものである。

 血と獣の島、ヤーナム島の実在に悩まされていた大和はこの胡散臭いサービスに飛び付き、島は営業の言った通り無害化された。

 悪夢が具象化したようなヤーナム島は現在、簡易的ながらも泊地として機能している。

 

「私は知らずに極楽を雇ってたってわけね」大和は重い溜息をついた。

「確か長月に匹敵するフィクサー、という触込みだったな。となるとだ、大和。和平的な話し合いで極楽を捕らえようとして、それ以上の深追いをしなかったのは正解だったわけだ」

「正解? どこがよ」

「長月レベルを相手に武力行使をしなかったことだ」

「私も一度、長月ちゃんと一対一の演習、やってみようかしら。武蔵の話だけだと、どう聞いても誇張としか思えないのよね」

「全力で殴りかかっても軽々とめられたのだろう?」

「まだ『全力で殴りかかっても軽々とめられただけ』よ。その程度で諦める撃沈王がいますか。それに、長月ちゃんレベルだって自分から教えてくれたのなら、有り難くその情報を活用させてもらうまでだわ」

「忠告しておいてやろう。望みを持ったまま長月のレベルを知れば絶望するぞ」

「大和型の二番艦が情けないわね」

「まあ、しかし――何を考えて売店など開いているのだろうな、極楽は。目的がまるで分からん」

「喫茶店やってる武蔵がそれ言う? どうせ極楽にも、ろくでもない理由があるんでしょう。天照隊の誰かがそのうち聞き出してくれると思うわ」

「なんだ、ここから先は神風主義か?」

「注視はもちろん続けるわ。でも残念だけど撃沈王は暇じゃあないの。生きてた亡霊より怒れる照月よ。早く仕事に戻れってメールが何通きてると思う?」

「前から思っていたのだが、その照月、お前にやたら厳しいな」

「逞しくなり過ぎたのよ、きっと。戦場は人を変えるわね」

「いや、お前が仕事をしないからだろう」

「してますー。ちゃんとしてますー」

「じゃあさっさと職場に戻れ」

「カレー食べたらね。ほら、早く出して頂戴」

「食ってばかりの撃沈王に幻滅したんじゃあないか、照月は」

 

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