[叢雲;Lv.101]
「山城を旗艦にし始めてから……あ、いえ、山城が悪いわけじゃないのよ? ただ羅針盤や電探が故障したり、海が予想外に荒れたり、民間船と揉めてる最中に不審船に襲撃されたり、ネウロイとかいう聞いたこともない敵と戦わされたり、アンラッキーが多くなった気はするけど」
ネウロイとかいう聞いたこともない敵と戦わされたり
ネウロイとかいう聞いたこともない敵と戦わされたり
ネウロイとかいう聞いたこともない敵と戦わされたり
◆――――◆
「お断りします。そんな事よりも扶桑姉さまを探しに行くべきです」
[山城;Lv.73]
提督は何も分かっていない。私が何のために練度を上げてきたのかを小一時間問い詰めたい。というか今更、いや常々思っていたけど、艦隊に扶桑姉さまがいない理由がサッパリ分からない。
「絶対これ陰謀とかそういうヤツよね。伊勢には日向がいるのに私に姉さまがいないなんてありえないし。なので潜水艦とか狩ってる場合じゃないと思います」
「お前は今、この鎮守府の近海に潜水艦が潜んでいることを「そんな事」と言ったか? 私の聞き間違いだといいが」
「クラゲが多いので敵は海中からは近づいてこないと思います」
「クラゲが抑止力になるなら世界は平和だ。あんなゼラチン生物が魚雷をどうにかできるものか」
「扶桑姉さまならやってみせます」
「意味もなく姉を持ち上げるな。砲弾にクラゲを詰め込まれたくなければ黙って聞け」
話に戻る提督。以前は伊勢が対応して、その時の話は聞いていたから作戦内容はだいたい知っている。
この辺りの海に敵潜水艦が頻繁に接近してくるようになった。日本全国でも同じような報告があって、つまり海面上で私たちに阻まれてばかりいた深海棲艦が、ならばと海中からこっそり近づこうとしているらしい。あるいは単純に、私達が見落としやすい海面の下だから防衛網をくぐり抜けられるのだとも言われている。どちらにせよ敵もがむしゃらに攻めてくるばかりではない、とかどうとか。
鎮守府近海を何度回って撃滅していっても、網戸の隙間から入ってくる小バエのように次々とやってくる理由、というかチマチマ対応するしか現状方法がないのは、敵潜水艦が臆病だから。こちらの本拠地に大胆に接近してくるくせに、大きな部隊で出迎えようとすると姿をくらましてしまう。だから小規模部隊でちょっとずつおびき出しては倒して帰る。また倒しては帰る。その繰り返し。私が本来姉さまを探すのに当てるべき時間をこれほど無駄に費やしてしまう任務は他にない。
「叢雲と飛鷹は何度か同じ作戦を行っているが、木曾と山城は初めてだ。特に木曾、ソナーと爆雷の扱いはいいな」
「問題ないね。ついでにクラゲも一掃して海水浴できるようにしてこようか」
[木曾;Lv.44 → 49]
「海水浴ができる範囲に爆雷を撒くな。作戦について何か質問はあるか」
「扶桑姉さま見ませんでした?」
「細かい判断は叢雲に任せる。では1030に出撃だ。装備の確認を怠るなよ」
◆――――◆
海。
海。
見渡す限り海。
たまに無人島。
見慣れた光景なのに、不吉な感じがしてならないのはどうしてだろう。
「そろそろ敵潜水艦が出てくるわ。木曾、ソナー使うわよ。山城と飛鷹は空からよろしく」
「了解…………あ」
そんなはずはない。そんなはずはないのだけれど、そんなはずがあってしまった。何度数えても瑞雲が10機しかない。余剰スペースには今日は絶対に撃つ場面がない三式弾をしこたま詰め込んでいた。
これポートワイン破壊作戦の時の装備まんまだ!
出撃前に装備の確認はしたつもりだったけど、たぶん何度も同じ装備で戦ってたから頭が勘違いしてたんだ。慣れって怖い。
「不幸だわ……」
「いや、それ不幸とか関係なく完っ璧に山城のミスでしょ」
[飛鷹;Lv.74]
「艦載機忘れる航空戦艦ってどうなのよ」
「うう、ごめんなさい……飛鷹、ちょっと分けてほしい」
「分ける? 何を?」
「流星」
「使えないでしょ何言ってんの!?」
「練習すれば使えるようになるかもしれないし。伊勢はその気になれば彗星飛ばせるってWikipediaに書いてたから、私も負けてられないし」
「装備忘れてくる時点で負けてるわよ。どうする叢雲、引き返す?」
「ここまで来て戦果無しは燃料が勿体無いわ」
トゲトゲ責められるかと思ったけれど、叢雲は困ったように笑うだけだった。時々、姉さまもこんな風に優しくしてくれるんだろうな、と思ったりする。扶桑姉さまへの想いは私だけでも、たぶんこれは艦隊の皆が同じように考えている。叢雲は艦隊全員の姉みたいなものだ。提督が無駄に猫可愛がりしているのとは違って、いてくれるだけで安心できる。
「相手も多くは出てこないし、戦力が足りないってことはないでしょう。今回は特に飛鷹に頑張ってもらうけどね」
「はいはいりょーかいしました。山城。帰ったら一杯おごりなさいよ」
「それに――まあ、これくらい誤差の範囲よ。ソナーはちゃんと動くし海は静かだし、何語しゃべってるか分からない人間が乗ってる不審船に威嚇射撃しなくて済んでるだけ今日はツイてるわ。ねえ山城」
みんなの叢雲お姉さんはわりと根に持つタイプみたいだった。
◆――――◆
索敵開始から三時間が過ぎて、私達四人はさすがに異常を認めざるをえなくなった。
敵の潜水艦どころか駆逐艦や軽巡、はたまた海鳥の一羽すら見当たらない。叢雲と木曾のソナーもパッシブタイプで性能がイマイチとはいえ、何も聞こえてこないようだ。目標ポイントをゆっくり徹底的に回って、現在は少し外れた位置、鎮守府からさらに離たところにいるけれど、何もない。何もいない。私と叢雲、飛鷹と木曾で交互に休憩を取りながら索敵を続けているけれど、ずっと不気味な何かを自分の肩にのしかからせているみたいだった。振り落としたくても、振り落とす何かがそもそも見えない。肉眼で見渡せる範囲はたったの4km。戦艦の私が本来は恐れる距離じゃないのに、今はこの半径4kmが怖い。
「ねえ、ちょっと怖くなってきたんだけど。これって異常じゃない? どうして何一つ見つからないの?」
彩雲を戻した飛鷹が私の思っていたことを代弁してくれた。
「俺は自分の耳が異常だと疑い始めたところだったぜ」と耳をポンポンと叩く木曾。
「少なくとも耳は正常よ。こっちが見落としたらあっちが魚雷撃ってくるだけだもの。でもこの静けさは経験したことないわ――嵐の前触れってこと?」
ちらりと私のほうを見る叢雲。なんでもかんでも私のせいにしないで欲しい。
「俺は難しいことは分かんねえけどよ。鎮守府近海に敵の姿はなかった。当面の安全は確保できた。じゃダメなのか?」
「それを確認できる材料が欲しくてここまで進んだのだけど……これは一度戻って、本格的に作戦を練ったほうがよさそうね。一ノ傘提督の管轄エリアも近いから様子を知りたいし……嫌な予感がするわ」
「だから私を見ないでよ。不幸とかじゃないから」
飛鷹は肩を抱いて身震いしながら聞いた。
「叢雲の嫌な予感って……あまり聞きたくないけど、例えば?」
「例えば――深海棲艦の拠点が新しく、ここ付近にできつつある。あるいは既にある」
「うわぁ聞かなきゃよかった」
「山城。春に港湾棲姫を破壊しに行った時、鳥とか魚とかクラゲとか、深海棲艦以外の動物を見た?」
「そういえば見なかった……って不気味なこと言わせないで。戦闘に集中してて覚えてないだけ!」
「アイツらはどうやって成長する? 港湾棲姫はどうやってあそこまで強くなった? 強くなるまでどうやって私達の目を逸らさせた? どうやって自分を守るように他の深海棲艦を集めて配備した?」
この四人の中でアレと相対したのは私だけだ。他の動物どころか雑多な敵戦艦すら目に入らなかった。考えてる暇があれば撃った。航空機に接近されても撃った。砲弾が雨のように降ってきても撃った。怪我をしても撃った。艤装が動く限り撃った。飛行甲板が破損しても撃った。観測機が飛ばせなくなったら着弾が見える距離まで接近して撃った。目に血が入っても拭うより先に撃った。壊れた甲板を盾にして撃った。アレと目が合っても撃った。アレの全攻撃が私の方を向いても――
「私達は深海棲艦のことを知らなさ過ぎるのよ」
「おい、何か来るぞ!」
木曾が叫んだ。
◆――――◆
青空に黒い塊が浮いていた。大きい。でも飛んでいる。それもかなりの速さで。まだ遠い。近づいてみる。
「ちょっと、どこ行くの山城!」
よく見ると黒い塊は飛行機のような形をしている。近代のステルス爆撃機のような形だ。でも大きさは大型旅客機くらいはある。機体には窓などはなく赤い模様がある。
黒い機体の周囲を、小さな人影が追いかけ回すように飛んでいる。数は四。その人影を払うように黒い機体から赤い線が伸びた。人影はそれを避けて――あれは攻撃している?
「おい、どうした山城!」
「ちょっと、ほんとに何!? 何なのアレ!?」
銃撃だ。けれど黒い機体の大きさに対してあんな豆鉄砲じゃ意味がない。幸いあちらから近づいてきてくれるから姿勢を安定させられる。一斉斉射。
三式弾が上手く命中した。黒い機体のほぼ全体に当たって右翼は折れて、墜落――しない!? 姿勢が崩れただけ!?
だったら粉々にしてやる!!
私の真上を通り過ぎる時に黒い機体から赤い線が走って、主砲が一基やられた。あれは霧の艦隊の超重力砲みたいなものだ。けれど大した事はない。弱い。港湾棲姫と比べて弱すぎる!
「ウィッチ!? どーして陸戦ウィッチが海にいるんですか!?」
「今は夢でも幻でもいい! あの、さっきの砲撃もう一度お願いできますか!」
空を飛ぶ人が黒い機体の片側に集まって集中砲火を浴びせる。さすがに装甲が持たないのか、私から逃げようとしていた黒い機体は大きく旋回しようとする。次弾装填完了。的が近づくまで3、2、……
「今です!」
「一斉斉射っ!!」
――――弾が出なかった。もう一度、一斉斉射! ……やっぱり弾が出ない。
さっき受けた攻撃で艤装全体がダメになったらしい。ワンパン大破されたらしい。気が抜けてしまうと、叢雲達が私を見ているのに気付いた。三人とも、早く撃てよお前、と顔に書いていた。
「……不幸だわ」
◆――――◆
ダメージを受けてヘロヘロ状態の敵に対して、こちらには雷撃機流星を操る飛鷹がいるのだから、決着はとてもあっけないものだった。空を飛ぶ人達が黒い機体を追い回している隙に流星部隊が、かなり無茶ではあったけど航空魚雷を直接落っことし、黒い機体は爆散した。
爆発の破片はまるでダイヤモンドダストのように洋上に舞った。一つ一つの破片が自ら輝いている。元があの黒い機体だったとは思えない。とどめを刺した飛鷹も他の二人も目を奪われている。こんな光景、この先二度とお目にかかれないだろう。
「あのっ。先ほどの応援、感謝致します」
空を飛んでいる人――両足にレシプロ機の胴体をズボッと嵌めたような道具でホバリングして、とんでもなく古臭い機関銃をスリングで背負った少女は丁寧な敬礼をした。
「単独演習中に先のネウロイと遭遇してしまって……私達だけでは対処しきれなくて」
後ろで他の三人も同じ装備、同じ服を着ている。服はパッと見お固い制服だけれど、じゃあなぜ上着だけを着ていてズボンなりスカートなりをはいてないのだろうか。邪魔になるからだとしても短パンという選択肢もあるはずなのに。趣味なのか。はいてないのは誰の趣味なのか。
「私、扶桑海軍兵学校一号生、服部静夏と申します」
「扶桑!? いま扶桑って言った!?」
「は、はあ」
「じゃあ扶桑姉さま、えっと、私と同じ格好した髪の長い美人を見たことない!?」
「いえ、ご期待に添えず申し訳ありませんが……、あなた方のような海の上に立つ技術が開発されていたことすら、今初めて知ったもので」
「そう……扶桑違いね」
「あ、あの! もしかして皆様は極秘任務中の方々だったのでしょうか!? ああじゃなくて、ネウロイを誘導してきてしまいお怪我までさせてしまって大変申し訳ありません! でも強力かつ正確な砲撃、被弾しても全く怯まない勇猛果敢さ、皆様は凄腕のウィッチであるとお見受けします!」
「ウィッチ?」
魔女という意味のウィッチだろうか、箒で空を飛んだりするやつ?
叢雲達を見ても首を傾げるだけだった。
「もし宜しければお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「すぐそこの鎮守府所属の航空戦艦、山城ですけど」
あっちの方、と私が指差すと、今度は服部静夏さん達が首を傾げた。
「あっち、というとリベリオンの方向ですが、すぐそこと言える距離では……、太平洋ならば第508統合戦闘航空団、マイティウィッチーズのように船舶での活動をされているのでしょうか」
言葉は通じているのに何を言ってるのかがサッパリ分からない。知っている単語だけでも、
「太平洋は向こうでしょ?」
「向こうは扶桑です。皆様は言葉も姿も扶桑人のようですが、あの、失礼ですけど迷ってます? 宜しければ陸までご案内しましょうか。改めて先ほどの戦闘のお礼もさせて下さい」
扶桑人。なんて素晴らしい響きだろう。分かってきた。私はその扶桑という場所に行かないといけない。姉さまも必ずそこで戦っている。必ず探し出して私も隣で戦って、それからずっと一緒に――
「私は第508統合戦闘航空団所属、特別戦艦隊隊長の叢雲少佐だ」
私と服部静夏さんの間に叢雲が割って入ってきた。何? 今の変な名乗り。叢雲はいつから少佐になったの?
服部静夏さん他三人は途端に体を強張らせ、一人がバランスを崩して海に落ちてしまった。私達のように海面上に立てるわけではなく、ストライカーを外せだの紛失して帰ったら怒られるだの喚きながら、二人がようやく引っ張りあげた。両足に付けていたレシプロ機のようなものは海の底に捨ててしまったらしく素足だった。そんな騒ぎを気にも留めず服部静夏さんを睨む叢雲と、どっちに対応していいのか分からず結局叢雲に向かってさっきよりもキレのある敬礼をしてみせた服部静夏さん。
「服部候補生」とやけにドスをきかせた声で叢雲は呼んだ。
「は、はいっ!」と当然ビビる服部訓練生。
「貴様はさっきこう言ったか。極秘任務中の方々だったのかと。私の聞き間違いだったらいいのだが、なぁ服部候補生。海軍には貴様のような学生が知る極秘情報など存在せず、また知る者も存在しない。情報の取り扱いについては勉強しなかったか? 例えば不必要に漏れてしまった重要な情報はどうやって処理するか――いや、これはこちらの話だったか、気にするな。こちらとしても不幸中の幸いだ。何せここは陸から遠い海の上で、遭遇者は我々の装備で容易く撃墜できる士官候補生四人のみ」
学生達の顔が青ざめる。
「同じ海軍として将来有望な士官候補生を一度に四人も失うのは残念に思う。いつだって人手不足の時代に貴様、貴様、貴様、そして貴様のうち誰が――」
もったいぶって一人一人を指差していった叢雲。ウチの艦隊には暇人が多数いることを棚に上げている。
「将来戦争に貢献するかは分からん。だが貴様らヒヨッコが育つのを敵は待ってはくれない。よって貴様達はここで先の異形と戦い、戦死したこととする」
一人が海に落ちた子の手を離して回れ右をしようとした瞬間、叢雲は副砲を一発ぶっ放した。私達にとってはメインとして使うには頼りない武器でも、小銃を抱えた程度の人間相手ならば威嚇だけで十分すぎる効果があった。一人で逃げようとした子は落下し、さっき海に落ちた子も手を離されて再び落ちた。そして手を離した子はわんわん泣き出してしまった。一人だけ冷静に――いや服部訓練生もいつの間にか大粒の涙をこぼしていた。すごい、ちゃんと気をつけの姿勢を崩さない。将来大物になるかもしれないけれど叢雲曰く彼女に明日は無い。
「最後に何か言いたいことはあるか。貴様らが残したメモを拾った、という事にでもしておいてやろう」
「……は、発言、よ、よろしいでしょうか」
震えながらも服部訓練生は口を開いた。
「言ってみろ」
「大変、あっ、厚かましいお願いではありますが、どうか、自分達を見逃して頂けないでしょうか」
「見逃せだと? 命乞いなどしていてはどの道、軍人としての見込み無しだな」
「じ、自分には! まだやるべきことが残っているであります!」
「はっ、未来でも見えるというのか」
「いえ、まだ自分には大きな魔法は使えませんが、それでも! 扶桑皇国の英雄を助けたりしないといけない気がするんです! この私にしかできないことがあるんです! それが扶桑の――いえ世界の! 人類を守ることに繋がるんです!」
「……クッ、クハハハハハハッ! なるほど人類を守るときたか。英雄を助けるとは夢の話か?」
「い、いえ、これは、なんといいますか勘のようなもので……ですが、絶対です! 絶対に私だけができることをやらなきゃならないんです!」
「英雄になる、ではなく英雄を救うことで人類を守る、か。なるほど運命的だ。それは私にはできないことだなぁ。しかし英雄を守る者もまた英雄。世界のヒーローを秘密兵器が殺してしまったんじゃあ本末転倒か。――では服部訓練生。答え方を誤ってくれるなよ、貴様は今日、何を発見した?」
「えっと、い、一機の大型ネウロイであります」
「それをどうした」
「我々第三班が単独で撃墜しました」
「海上の一点に長時間留まった理由は」
「二名がネウロイの攻撃を受け墜落、ストライカーを紛失してしまい、人員の引き上げ作業に当たっていました」
「では次に急ぎ行うべきは何だ」
「単独演習終了! 総員帰投!」
まだ空を飛べる二人が海に落ちた二人を拾い上げ、一目散に帰っていった。方向は太平洋だけれど、帰る先は扶桑皇国という素晴らしい名前の国。四人の姿が見えなくなるまで見送った。また会えるだろうか。こうして海に出ていれば、いつかまた。
「じゃー私たちも帰りましょっか。今日はもう早く休みたい」
高圧的でもツンデレでもない、普段通りの優しい雰囲気に戻った叢雲は、帰る間ずっと引きつった顔をマッサージしながら、報告書どうしよう報告書どうしようと唸っていた。
◆――――◆
「失礼します」
[山城;Lv.73 → 74]
提督は電話中だった。そこに座れと提督が指差した秘書艦用の机には誰もいない。今日は秘書艦がいないのだろうか。机に書類が散らばったままだ。提督の電話は長そうなので、座ったついでに目を通す。みんなの休暇・外出申請書と今週分の第二、三、四部隊編隊・活動予定表、それと全員分の行動予定表だ。でも肝心のチェックリストがない。誰かがやりかけで逃げたんだ。……ここに来るのやめとけばよかった。これ絶対私がやらないといけないパターンだ。別にいいけど。
折角だし目ぼしい記録がないか漁ってみようとしたところで、丁度提督の電話が終わってしまった。
「予算を決めるだけが仕事の奴が羨ましい。配る金を減らした分だけ自分の評価は上がるんだからな。減らすのならば減らして出た実害の責任まで負ってほしいものだ。どうする山城、奴ら燃料の消費を抑えるために小さな島は徒歩で横断しろと言い始めたぞ」
「いや無理ですから。通過する島全部の山をならして舗装してタクシーでも置いてくれるなら考えますけど」
「地図は平面だからな。電話の向こうで陸の形と地名しか書かれていない地図を広げて得意げにしゃべる奴の顔が、いや不愉快だ想像したくない。――ところで丁度お前に話があったんだが何か用か」
「聞きたいことがあって来たんですけど、提督からどうぞ」
「三式弾を何発か私物化しているだろう、お前」
バレテーラ。
「な、何のことやら」
「ネウロイがどうとかいう報告を聞いた日から数が合わない。叢雲の言うことだから信用はするがな、あの日お前が誤って対港湾棲姫用の装備のまま出撃して、ネウロイとやらのために四発使ったそうだな。それはいい。全部ペンギンに変えたとでも思っておく。だがストックがあと二十発分も足りないんだぞ。二十発だ。いざという時のために取っておくべきそれを、よりにもよって航空戦すらない潜水艦狩りに持ち出す阿呆がいるのだ。この阿呆」
「阿呆って何よ! 役に立つ時が実際にあったわけだし、叢雲の報告を信じたんでしょ」
「返せ」
「いやです。扶桑姉さまに会えるまで返せません」
「意味が分からん。理由を説明しろ」
「ネウロイとかいうのと「扶桑」って名前が関係あるらしいんです。だからいつでも対空戦ができるように備えておかないと」
「あのなあ。扶桑の事は一ノ傘のところの電にまで捜索を頼んでいるんだぞ。あのブラック鎮守府の秘書艦様にこっそり頼み事だぞ。ツケがどれだけ溜まっているか考えたくもない。それこそ三式弾二十発どころの話ではないぞ」
「ならこの艦隊で本格的に扶桑姉さまを探しに出たほうがいいと思いますけど」
「海に出る安全を確保するために潜水艦を狩っているところだろうが。もういい、お前が保管しておけ。その代わり絶対に撃つなよ」
「ネウロイと交戦する時はどうしろっていうんですか」
「交戦するな。得体の知れない敵を増やすな」
ため息をついた提督は「今日は疲れる話ばかりだ」と酷いことを言った。
「それで、私に聞きたいことがあると言っていたな。武勇伝か」
「提督はこの艦隊に来る前は軍の学校に通ってたんですよね」
「ああ。弓道の腕前はそこそこだったぞ」
「今、海軍に所属してる学生に連絡ってつきます?」
「…………姉の次は男か?」
「違いますから! 女の子です。服部静夏っていう士官候補生で、年齢はたぶん叢雲と同じくらい」
叢雲の名前を出せば少しは食いついてくるかもと期待していたけれど、案の定、怪訝な顔をされてしまった。
「もし海軍が一つの会社だったら内線で話ができるんだろうが……山城まさかお前、本当に頭の調子がよくないんじゃあないか」
「ええ聞くだけならタダだと思ってた私が馬鹿でした。用事は以上ですこれで失礼します」
「まあ待て座れ。誰もやってみないとは言っていない。私がチャレンジしている間、その仕事でもやっていてくれ」
提督が指差したのは勿論、秘書艦机の上の紙。
「今日の秘書艦は?」
「白露だった」
「だった?」
「うやむやな感じで逃げられた」
「うやむやな感じって……」
「書類だけを見てやるべきことが理解できる山城はすごいんだぞ」
「唐突におだてられても、馬鹿にされてる気分なんですけど」
「それと駆逐艦の使う砲身が寿命が近いものが多いらしい。今週中に全点検と、できるなら新品への交換までさせておきたい。その連絡書も作ってくれ」
「今週中? 砲身の予備なんてあるんです?」
「ああ、足りない分の手配も頼む」
「……ちょっと白露探してきます」
「待て待て。奴にやらせても終わりが見えないから逃したのだ。机の一番下の引き出しに確か、誰かが菓子を入れていたぞ。それでも食いながら励んでくれ」
言われたとおり引き出しを開けると、金魚鉢が入っていた。
「…………」
閉じた。ちょっと目が疲れているかもしれない。
……もう一度開けてみたけど、やっぱりお菓子ではなく金魚鉢が入っていた。チャプンと水まで入っていて、中に白いものがいる。金魚鉢を持ち上げた。
クラゲが入っていた。
ちょっと意味が分からない。しばし考える。……やっぱり意味が分からない。
「提督これ、お菓子じゃないと思うんですけど」
「ん? ……んん!? まだあったのかソレ!」
「知ってるんですか」
「夕立がどこかの海で捕ってきて持ち込んだものだ。捨ててこいと言ったのに――そうか昨日は村雨が秘書艦だったぞ。仕事はしないくせにこんなくだらない連携だけはして、白露型は時雨以外どうしてこうなんだ!」
それより秘書艦机の引き出しの中で飼おうとするほうが意味不明すぎる。なぜ自分達の部屋でなくここなのか。そんなに執務室でクラゲの飼育がやりたいのか。せめて水槽を用意して観賞用にするなら分かるけど、引き出しの中って。引き出しの中に金魚鉢って。どれだけ玄人好みなんだ。シュールレアリスムか。現代アートか。というか臭い。
「捨ててきてくれ。トイレには流すなよ、詰まるから」
「一応海に返してきますよ、まだ動いてますし……面倒だけど」
「すまんな。売店にでも寄って何か買ってくるといい」
そう言って提督は小銭をジャラジャラ何枚も出してきた。百円玉は二枚しかなくて、他は全部十円以下。クラゲほどじゃないけどドン引きした。千円札くらい出せる提督であって欲しい。
「ついでにコーヒー買ってきてくれ」
コーヒーを買うと、私の取り分も百円と少ししかない。押し付けられた仕事の対価が掌の上でジャラジャラと虚しく鳴る。今日も私はいつもと変わらず――
「不幸だわ……」
どんな高いステータスも不幸の前には無駄無駄ァッ!