球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第61話 極楽とは程遠い極楽 ⑧

 天照大艦隊はおかしくなっている、と言わざるを得ません。ドーモ、斑鳩です。

 午前八時。天気は上々。執務室のエアコン設定温度は少々高め。だというのに僕の気持ちは低空飛行。不安で不安定。そして憂鬱。これなら戦艦と空母と潜水艦の混成部隊と演習をやっていたほうがマシというものでしょう。

 傘姫提督がいなくなってしばらく、この天照隊の分隊は提督不在で動いていたわけですが、今日からようやく提督……を仮で名乗る人の管理下に置かれるようになったのです。

 

「ココガ我ノ席カ。ソシテオ前ガ秘書艦ノ――」

「斑鳩です」

「マズハ茶、イヤ、珈琲ガイイ。珈琲ダ斑鳩」

 

 提督代行サービス、だそうです。お金を払えば南鎮守府の売店のお姉さんが為政してくれるという……。ええ。どうかと思いますよ僕はそりゃあ。でもお金を出したのは(たぶん)竹櫛提督と一ノ傘副提督ですから、つまりお二人が売店のお姉さんを認めたということです。僕はてっきりお二人のうちどちらかに北鎮守府に来ていただけるものとばかり思っていましたので、まあ控え目に言って意表を突かれたわけです。

 この分隊においては飲み物はセルフサービス方式だったのですが、そんな小さなことを言っても仕方がありません。

 

「どうぞ。珈琲です」

「ウム、ゴ苦労。座ッテイイゾ」

 

 艦隊運用は提督の性格が出ます。ではこの人の場合、この分隊をどうするつもりなんでしょうね。

 

「あの、提督代行」

「ナンダ、ソノ中途半端ナ我ノ呼ビ方」

「まだお名前を聞いていなかったので」

「我ハ極楽。極楽型戦艦、ソノ一番艦ダ」

 

 この人、艦娘だったんだ! という驚きもありますが、それより気になったのは聞き覚えのある名前です。

 

「もしかして、イムヤたち潜水艦に『極楽師匠』と呼ばれてる方ですか? 振動魚雷とか教えたっていう」

「ホウ。我ヲ知ル者カ」

「潜水艦たちを逞し過ぎるくらい育てたようで、ありがとうございます。ところで極楽さん、ひとつお願いをしてもいいでしょうか」

「言ッテミルダケ言ッテミロ」

「カタカナで喋るのを、普通にひらがなにしてもらっていいでしょうか。せめて提督代行を務める間だけは――できますか?」

「我ニ……アー、あー、できない事は無い。だが何故だ。我のトークがそんなに気に食わんのか貴様」

「いえいえ。ただの個人的な偏好で申し訳ないのですが、カタカナで喋るのは僕的に本気を出す時、だと思ってまして。炎を燃やす程の」

「ふうん。まあ、秘書艦の頼み事だ。ひとつくらい尊重してやろう」

 

 僕はお願い事の一枠を早くも使い切ってしまったらしいです。

 

 

◆――――◆

 

 

 極楽師匠とはどんな人物か? と潜水艦たちに聞いた事がありました。

「強い」

「実際強い」

「鬼」

「すごい」

「暗黒面に堕ちたメシア」

 つまりよく分からないけれど、潜水艦たちの尊敬を集めるに足るモノを持っている人物らしいです。

 読者諸氏が指揮する艦隊の潜水艦はどのような艦娘でしょうか。

 海のスナイパー?

 オリョクルから解放された高練度低燃費の任務遂行者?

 ここ天照大艦隊、分隊の潜水艦たちは狂ってますよろしくおねがいします。彼女らは独自に開発したトルピードランチャーを担いで今日も破壊力を追い求めています。とても素直に任務を承諾してくれるのはホント有難いんですけどね。彼女らは潜水艦なのにいつも爆音と共にあります。狙撃手がロケットランチャーを使いますか? おかしいと思いませんか? あなた。

 そんな潜水艦たちから『師匠』と呼ばれる人物ですから、極楽さんが普通ではないことは確実です。そして極楽師匠はまさかの、南鎮守府の無愛想な売店のお姉さんでした。謎とその正体は慮外、身近に潜んでいるものですよね。

 

 

◆――――◆

 

 

「そうだな。まずは基本、編成任務からだな」と極楽提督は意外と堅実なことを言いました。「とりあえず知った顔のイムヤ達に近海の掃除でもやらせるか――何か言いたそうだな秘書艦」

「『提督代行サービス』なんて聞いたこともなかったので。でも安心しました。艦隊運用はお任せしてよいですね」

「金を取ってるからな。その分だけはやる」

「では僕はやっと、傘姫提督探しに本腰を入れられます」

「あー?」

「早々にすみません、秘書艦は他の艦娘にバトンタッチさせてください。猫吊さんもいますし、僕は出掛けても――」

「却下だ。お前はその椅子に座ってろ」

「え……でも、あの」

「無駄に仕事を増やすな。近海の草毟りが終わったら、次はお前ら洞観者たちの性能を計るからな」

 

 極楽さんは出し抜けに話をすっ飛ばしました。

 提督代行が相手だとこうも勝手が違うものなのでしょうか。……いやいやいや。

 

「分かったか? 分かったなら返事をしろ」

「いえ……すみません、ちょっと混乱してます」

「一ノ傘姫乃のことは忘れろ。お前は我の秘書をやっていればいい。つまり、言われたことをやっていればいい。珈琲淹れとかだ」

「……どういう、ことですか?」

「何がだ」

 

 聞きたいことは幾つもあります。ですが今はとにかく、ひとつ。

 

「傘姫提督を探すな、って、どういう意味ですか?」

「別れの言葉を聞いただろう。じゃあそれで納得しとけ」

 

 有り得ない。この人は有り得ない!

 

「極楽さん。あなたは知っていますね」

「知らん知らん。立ち上がるな、大人しく座っとけ」

「話してもらいますよ。全部、何も彼も」

「磯風とはまた違った面倒臭い奴だな。ほれ」

 

 極楽さんはパチンと指を鳴らしました。すると僕の前に青い炎の火柱が立ち上り、その中から――。

 

「傘姫……提督?」

「あらら。また会っちゃった、ねえ、斑鳩」

 

 しかしそれは白昼夢のように朧げで、つかまえようとする前にフワリと消えてしまいました。

 

「これで満足か? 理解したか? おーい聞こえてんのかお前」

 

 僕はしばらく、ぼうっとしていました。

 同じ執務室にいる猫吊さんは、いつものように何も言いませんでした。

 


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