球磨の薬指   作:vs どんぐり

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キングダムハーツⅢをやってました(近況報告)


第62話 極楽とは程遠い極楽 ⑨

「駆逐艦、長月。一発芸、スプーン曲げマジックをやらさせていただきます!」

 

 酒が提供されはじめた食堂中に、長月は私を見よと声を張った。

 これは罰ゲームとしてやらされているのか? 否。長月はジャンケンで一発芸枠を『勝ち取った』。天照大艦隊の夜とはそういうものである。

 

「まず種も仕掛けもないことを証明します」と長月は皆に言った。「誰か、適当にスプーンとかフォークとか渡してくれませんか。それを曲げてみせます」

「ハイハイ! じゃあこのスプーンを曲げてみせて。今日こそ絶対にトリックを見破ってやるんだから」

 

 スプーンを掲げたのは瑞鶴だった。そのスプーンは念の為と数人の手をリレーして、ごくごく普通のステンレス製品であると確認されてから長月の手に渡った。

 

「よしよし。このスプーンだな。じゃあいつも通り、まずスプーンにおまじないをかけます」

 

 チャラララララン。と、長月はベタなノリでスプーンを撫で回した。瑞鶴たちによく見えるよう『何か仕込むおまじない』で皆の目を手先に集めた。このアツい視線である。これだけ熱心な注目が集まるから、夜の一発芸はやめられないのだった。

 

「はい。今このスプーンに宇宙のパワーが宿りました。それではいよいよ――」

「ちょっと待った!」

 

 またしても瑞鶴が手を挙げた。

 

「その宇宙パワーが宿ったっていうスプーン、もう一度調べさせて」

「瑞鶴、おとな気ないわ」と翔鶴は言ったが無視された。

「いいですよ。でも宇宙パワーを扱えるのは私だけです」

 

 余裕たっぷりの長月の一挙手一投足に注意を払いながら瑞鶴は前に出て、スプーンを受け取った。

 瑞鶴は軽く力を入れて曲げようとした。曲がらない。長月のおまじないを真似てから曲げようとした。曲がらない。指でこすって温めてから曲げようとした。やはり曲がらない。

 

「んんー? んんん……」

「満足しましたか? 私にしか扱えない。それが宇宙パワーなのです」

「ぐっ……いいわ。まだ普通のスプーンとしか思えない」

「いいですね。ではいよいよ曲げて――」

「待った」

 

 またも物言いがついた。今度は加賀だった。

 

「長月、あなたは宇宙パワーで曲げると言ったわね」

「そうです。宇宙パワーで」

「今スマホで調べたのだけど、普通はテコの原理を利用して曲げるらしいわ」

「加賀さん、おとな気なさ過ぎます」と赤城は言ったが無視された。

「あなたの宇宙パワーが本当なら、支点・力点・作用点を作らず曲げられるはず。そうでしょう?」

「つまり、テコの原理が働かないような持ち方で曲げてみせろ、ということですね?」長月はニヤリとした。

「ええ。私たちによく見せながら曲げてみて頂戴」

「ファイトよ長月ちゃん!」と如月の応援が飛んだ。

「分かりました」と長月は右手でキツネ・サインを作った。「ではこのキツネの一噛みで曲げてみせましょう」

 

 長月は親指と中指と薬指をくっつけて作られたキツネにスプーンを噛ませた。

 食堂中が長月の『両手』に注目した。加賀の悪辣な物言いをいかな演技で躱すのかと、長月にそんな高度な誤魔化しができるのかと、ヒヤリとさせられた。ともすると折角の一発芸が台無しになってしまう。

 だが長月の右手のキツネはスプーンをくわえて前に突き出され、左手はだらんと下にさげられた。

 

「ではいきます」と長月。

「ワン、ツー…………イヤーッ!」

 

 すると、おお、本当に宇宙パワーが働いたのか、キツネがくわえている点がヘニャンと曲がったではないか! スプーンは長月の言った通り本当に曲がった!

 

「馬鹿なっ!?」

 

 おとな気ない加賀の目が大きく見開いた。密着した親指と中指と薬指、それ以外は何もスプーンに触れていない。手品師の演出のようにスプーンを振ったり回したり隠したりもしていない。ただ長月が前に突き出しただけのスプーンがヘニャンとなったのだ!

 

「「「すっごーい!」」」とカレンダーズが叫び、どっと食堂中から長月に拍手が送られた。

 喝采を浴びた長月は左手を振りつつ、右手のキツネで曲がったスプーンを元のまっすぐに戻した。瑞鶴と加賀、それと何人かがそのスプーンを見せろと長月に迫った。

 聡明な読者諸氏は長月の『宇宙パワー』に既に気付いておられることだろう。一般人ならばステンレス製スプーンでは不可能でも、プラスチック製ストローならば同じことが容易に可能であるはずだ。要はそういうことなのだ。

 長月は満たされまくった承認欲求を肴に、今日はうまい酒が呑めそうだった。

 

 

◆――――◆

 

 

 そんな騒ぎから遠く、食堂の隅で安酒、電気ブランをちびちびと呑んでいる二人がいた。

 向かい合って座る叢雲と電、二人の間に会話は無い。ただ世の理不尽を面持ちで語るだけだった。長月が光なら叢雲と電が闇、とまで名状し得るほど雰囲気に差があった。電灯を消しているわけでもないのに二人の空間だけ影がかっていた。

 皆、そんな二人に気遣って声を掛けなかった。或いは気遣ったわけでなくとも何とも言えなかった。

 ただ一人、勇気ある時津風を除けば。

 

「ねーねー二人とも。長月のマジック見なかったの? ねーってばー」

 

 時津風は二人の肩を掴んでゆっさゆっさした。この子は空気を読めないのか? それとも読んだ上でゆっさゆっさしたのか? それは時津風にも分からない。

 

「……うぇう」と叢雲の口から妙な音が出た。顔と目を真っ赤にしていた。「時津風ごめんね、なんでもないから気にしないで」

「うっそだー。叢雲はフツーそんなにお酒のまないじゃん。そーでしょ?」

「ああ……………………うん」

「面倒くさそーにされたー! どうしちゃったのさーむらくもー。電も。どうする、誰か叩く? 叩いたら解決する?」

 

 叢雲と電、二人は誰かの名前を口にしかけて、やめた。代わりに電気ブランを一口呑んだ。

 

「ん~? ……なるほど。なるほどねー」と時津風は一人で勝手に納得した。「分かった。そういうことなら時津風にまかせてまかせて!」

「……時津風に何が分かるのです」

 

 電の少々トゲのある言葉を聞いても、時津風は尻込みしない。その程度で下がる時津風ではない。

 

「叢雲は時津風隊の一員だったからね! 電は――うん、電も今から時津風隊の一員ね。じゃあ待ってて二人とも。すぐに元気にしてあげるからね、たぶん! じゃなくて絶対!」

 

 そう言って時津風は食堂の明るい方、皆の方へと戻っていった。

 叢雲と電は顔を見合わせた。

 

(何だったのかしらね)

(何だったのでしょうね)

 

 二人は鉛のようなため息をついて、再び電気ブランを黙々と減らす作業に戻った。

 


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