グッズの売上を見れば、艦娘人気というものはそれなりに大きいものだと誰の目にも明らかである。商品棚を埋めては空けるを早いサイクルで繰り返す、これがどれだけ特異なことかを撃沈王・大和は正しく認識しきれていない。自分のグッズの売上がどうこうと右耳には入るがそのまま左耳から抜けてしまうからである。一方、姉妹艦の武蔵はこの恩恵に与っている。カレーが美味い、猫がいる、だがコーヒーが不味く立地条件にそれほど恵まれているわけでもない喫茶店ハングド・キャットが今日まで長く続いているのは、店員が艦娘だからである。「艦娘メイド喫茶」と揶揄されることがあるのも仕方のないことかもしれない。
その店員たち全員が、普通の艦娘ではない『洞観者』であることを、関係者にもあまり知られていない。ましてや客が知る由もない。彼女ら店員は小遣いを稼ぎつつ、洞観者の要所ハングド・キャットの運営に手を貸している。
それと、物は試しとレジ横に置いてみた大和型グッズもまたハングド・キャットのお猫様たちの餌代の助けになった。
「ほら見なさい。グッズを作られるのも悪いばかりじゃあないでしょう」
「大和お前、ときどき重度の御都合主義に走るよな」
◆――――◆
「ねえ武蔵。以前にもこの話したかしら、してないかしら。艦娘の中のごくごく一部がドーカンシャになる? のよね」
「なっているな。それが?」
「深海棲艦にも、ドーカンシャみたいな変り種がいると思う?」
「勿論いるだろう。しれっと百貨店で買い物をする鬼姫クラスがいるくらいだ」
「そういう話じゃ……いえ、そういうことなのかしら……んー」
「なんだ。変わった敵でも見つけたか」
「そうなのよ。その深海棲艦っていうのが――」
「待て。待てお前。この話は喫茶店でしていい話なのか?」
大和は店内をキョロキョロと見回した。
「大丈夫。猫しか聞いてないわ」
「色々と軽い奴だな、撃沈王」
「うるさい。変な組織のトップにだけは言われたくないわ」
「で? 変わった深海棲艦とやらは?」
「幽霊みたいな深海棲艦がいる、っていうピンと来ない情報が上がってきたから偵察に出たのよ。でも、そもそも普通の深海棲艦だって幽霊に見えなくもないし、半信半疑――いえ二信八疑くらいだったんだけどね。本当にいたのよ。武装もしないで、ただ空を見上げてるだけの、女性の姿形をした幽霊みたいなのが」
「お前まで『幽霊みたい』で済ませてどうする。もっと言葉で具象化しろ」
「鬼姫クラスの深海棲艦から艤装を全部取り上げた感じよ。ほぼ裸。ああ、幽霊とはいっても足はちゃんとあったわね。身体が透けて見えたわけでもないわ。でも、ただ海の上に立ってるだけで何も反応がなかったのよ」
「近付いて確認したのか」
「この手で触ってもみたわ。それでも反応なし」
「そこまで接触しておいて反応なしとは信じられんな。その幽霊、敵対しそうな雰囲気すらなかったのか」
「ええ」
「お前から攻撃を仕掛けたりはしなかったのか」
「観測機を此れ見よがしに飛ばしたくらいだったわ。無視されたけど」
「当然、話し掛けたのだろう?」
「文字通りの心ここに有らず、って様子だったわね。たぶん今々もまだ空を見上げてるんじゃあないかしら」
「ふうん。変わった深海棲艦もいるもんだ――いやちょっと待て。今々もまだ空を、ってお前、そいつのことを放置してきたのか」
「だってあまりに無害だったし」
「静かに沈めてやれよ。幽霊っぽかろうが何だろうが深海棲艦だったのだろう?」
「違うのよ。深海棲艦なのは確かだったけど、海の脅威とか、その子の鎮魂とか、そういうのは違うって気がしたのよ」
「よく分からんことを言うなあ大和よ。ああ、それで私に、深海棲艦バージョンの洞観者のような存在がいるか聞いたわけか」
「そう。私だってかなり迷ったんだから。沈めるか見逃すか、それとも担いで拿獲してしまうか」
「拿獲はさすがに危ないな」
「まあ、そうよね」
「かといって無視を決め込むわけにもいくまいよ。その幽霊が後の脅威にならない保証もないしな」
「……いいえ。だから、そういうことじゃあないのよ」
「あん?」
「私の勘がそう告げているというか、なんて言えばいいのかしら。『あの深海棲艦の物語に余計な手出しは許されない』ような気がするのよ」
「おいおい大丈夫か撃沈王。そんなフワッとした根拠で意思決定していいのか」
「これも勘だけど、もし武蔵があの深海棲艦に会えば、私と同じ気になると思うわ」
「お前一人でその幽霊を偵察してきたわけではないのだろう? 他のメンバーは何と言ったんだ。お前の判断に素直に従ったから幽霊はまだ空を見上げているんだろうが」
「……ま、まあ、ね……。そう、それともう一つ、今も頭の中で必死に記憶の掘り起こしをやってるんだけどね。その深海棲艦、昔どこかで見た気がしてならないのよ。頭からもう少しで出てきそうで出てこなくて」
「それはつまり――元艦娘で、お前の知り合いだったというヤツか?」
「そうじゃないかとも思ってるわ。でも、それなら忘れたりはしないと思うんだけど」
「なるほどな。お前の頭がアテにならないことは再認識した」
「私が知ってるなら武蔵も同じように知ってる可能性が高くない? それにもし幽霊がドーカンシャみたいな妙な存在だったら、武蔵なら何か分かるかもしれないし。というか何とかしてしまってほしいわ」
「私は行かないぞ」
「なんでよ」
「忙しいからに決まっているだろうが。お前の勘に付き合う暇はない」
「今こうして喋ってるくせに?」
「私は仕事中で、お前はただカレーを食っているだけの暇人だ」
「んまっ! 頼り甲斐のない姉妹艦ですこと」
「本気で私に押し付けるつもりだったのか」
「次の大規模攻勢の準備があって、無害で変な敵の相手なんてしてられないの」
「じゃあ、アレだ。極楽にでも依頼したらどうだ?」
「…………」
「『島攻略オンデマンド』のように金さえ積めば、奴がどうにか解決するだろう」
「……本気で言ってる?」
「適当に言っている」
「迷わせるようなこと言わないで頂戴」
「いや迷うなよ阿呆。大和型を貶めるような真似だけはするなよ」
「大和型が淹れるコーヒーは不味い、って私まで言われたことがあるんですけど」
「……きっと聞き間違いだろう」
「ため息も出ないわ、お馬鹿さん」