「我の姉妹艦に始末を付けてやるためだ。悪いか」
そう極楽さんは言いました。やっと言ってくれました。ドーモ、斑鳩です。
誰かが訊かないと、この人、すべて自分の中で完結させてしまいますからね。目標を知らされないまま出撃する艦娘はいてはいけません。代行であろうと提督は提督なんです。説明すべきことは説明して然るべきでしょう。……と、お願いすること一週間。僕はようやく極楽さんの理解を得られたのでした。
うーん、傘姫提督を相手するよりつらい。
「悪いのか、斑鳩」
「まさか悪いだなんて。話してくれてありがとうございます」
「ふん」
……。
…………。
………………ほら、もう説明が終わる!
「あの。もうちょっと詳しく話を聞きたいんですけど」
「詳しく? 何をだ」
「その姉妹艦さんの名前とか。始末? の具体的な方法とか、それと――」
「どんだけ喋らせる気だ貴様。我に時報ボイスは実装されてないぞ」
戦艦極楽に実装されているボイスが少ないのは、この一週間でよーく思い知らされました。
いえ、喋らない人ではないんですけどね。雑談はしてくれます。が、戦略とか部隊編成の理由とか、何より面倒臭がりな人がわざわざ提督代行にまでなった理由とか、肝要な部分をまったく話してくれませんでした。「そんな事よりデビルメイクライ5の話が先だろ」みたいな。あるいは僕に丸投げでした。
「極楽さんと目標を共有したいんです。この天照隊分隊の秘書艦はほとんど僕ですから」
「肩肘張ってんな、お前」
「傘姫提督が指先ひとつで召喚されることには、今は敢えて触れません。そのかわり教えてください。この分隊がやろうとしていることを、一から十まで」
「――まあ、そうだな。率先して面倒事をやりたがるお前は貴重だ。練度もカンストしてるしな。最初から色々やらせるつもりだったが、さらに仕事をくれてやろう。だが、よく覚えておけ。お前じゃあ『寿』をどうすることもできん」
「寿?」
「我の姉妹艦の名だ」
◆――――◆
極楽さんの昔話を、僭越ながら僕の口から語りましょう。
僕が語る過去というのは、まだ現在のように海戦の研究が進んでいたわけでもなく、艦娘は手探りで深海棲艦を殴っていた部分が多々あった頃。
例えば、その当時の大和はまだ撃沈王と呼ばれてはおらず、最大射程距離と有効射程距離に大きな差があったはずです(当然? いえ、いえ。だから現在の撃沈王は最強と名高いのです)。
大本営直属の艦隊だけでなく、各泊地の艦隊も、量が少なく確証も怪しい情報を元に各々の戦略・戦術を組み立てては失敗しては再検討を繰り返していました。どこもかしこも非効率。強敵を叩いたという戦果を持ち帰り、一息入れている間に敵に回復の猶予を与えてしまう。
まあ、つまり、それだけ昔の話だということです。
その頃の極楽型戦艦の二人は、大本営直属であるという点をのぞけば普通の艦娘でした。
極楽さんと寿さん。
二人は『その名を知られないほど』優秀な艦娘でした。何故その名が世界に轟かないのか、まあ言うまでもないことでしょう。大和や武蔵さんと肩を並べるとは、そういうことを意味します。
極楽さんの辞書には最初から、謙虚という言葉がありませんでした。
「おいおい大和、我らは見えた深海棲艦に片っ端から砲弾ブチ込む委員会か? あんな適度に面倒臭そうなヤツはそのへんの艦隊に譲ってやればいいだろ。我は帰るぞ。帰ってスマブラをやる」
軍隊では無能な働き者こそ迷惑な存在だと言われていますが、旗艦大和に言わせれば有能な怠け者、その権化が如き極楽さんこそアレな存在でした。大和のために補足しておくと、大本営直属部隊は砲弾ブチ込む委員会でないのは確かですが、ある程度の深海棲艦群ならば殲滅できるほどの艦娘たちで構成されています。十分叩けると判断したならば叩いておくのも作戦のうちです。……どうして極楽さん、性格を理由に外されなかったんでしょうね。きっと大和より偉い人もまたアレだったのでしょうね。
◆――――◆
「我の判断こそ合理的だろう。適当な艦隊に仕事を振ってやれば戦果を稼がせてもやれるぞ」
「うーん、ノーコメントで」
◆――――◆
幸い、極楽型二番艦の寿さんが大和と極楽さんの間に入れる性格だったので、意見の衝突はそれほど深刻な問題になることはありませんでした。
極楽型の二人はとても良いコンビでした。この二人だったから極楽型は優れた戦艦足り得るのです。どちらかが欠けてはいけません。大和には武蔵さんが必要なように、極楽さんには寿さんが必要なのでした。
そして――いえ、だからこそ、と言うべきでしょうか。この昔話では別れが語られることになるのです。
ある日、ある時、時計の秒針がひとつ進んだ瞬間のことでした。
極楽さんは気付いてしまいました。
すべて、意味が無いことに。
艦娘?
深海棲艦?
貴様らは何を戯れ合っているんだ?
一匹撃沈した?
二人轟沈した?
それは何が楽しくてやっているのか?
大和が砲撃用意の合図を出している状況の中で、極楽さんは目覚めてしまいました。
今迄の全てが夢だったような錯覚と実感。自分自身にさえ説明出来ない幻想と正体。
極楽さんでさえ困惑するのは仕方のないことです。まだ例の無いことでしたから。この極楽さんのように目覚めてしまった艦娘たちが自らのことを『洞観者』と呼称しはじめるのは、何年も先のことでした。
◆――――◆
「では、最初の洞観者は武蔵さんや長月ちゃん達じゃあなく、極楽さんだったんですか?」
「我より先がいないと断言はできんがな。少なくとも武蔵よりは先だ」
◆――――◆
極楽さんが動きを止めてしまったことで戦況は悪化し、大和たちはギリギリのところで撤退に成功しました。
当然、大和は命令無視について問い詰めようとしましたが、それより先に極楽さんは寿さんに訴えました。
こんな戦争に意味など無い、と。
我らだけでもこの無意味な状況から抜け出すぞ、と。
ですが寿さんは静かに、姉妹艦の突拍子もない言葉に首を横に振りました。
寿さんもまた、極楽さんと同時に目覚めてしまっていたのです。それでいて大和たち、普通の艦娘たちと共に戦うことを決意していたのです。
◆――――◆
「二人同時に洞観者に……何か原因があったと考えるのが普通ですよね」
「さあな。近くにSCP-040-JP(ねこです。よろしくおねがいします。)の汚染源でもあったんだろ」
◆――――◆
極楽さんは寿さんの意志に従い、艦娘として戦い続けることに頷きました。
ですが、それはただ自分に無理矢理言い聞かせているだけでした。無理がありました。まったくの無駄だと分かっている戦いなど長く続けられるはずがありません。極楽さんがそれに気付いたのは、寿さんの様子が日に日に『おかしく』なっていたからでした。
無理をする理由など何処にもない、と極楽さんは口癖のように言い続けていましたが、寿さんは無理をし続けました。
続けて、続けて。
我慢強さが災いして、寿さんは限界以上に我慢し続けてしまいました。
そしてついに、寿さんは極楽さんにお願いしました。
「私を殺して」と。
◆――――◆
「殺し損ねた気がしてならんのだ」と極楽さんは、まるで寮の自室の鍵をかけ忘れたくらいの口調で言いました。「うっかり沈めた程度で済ませてしまったかもしれん。姉妹艦が相手だったからな。我ともあろう者が不覚だった」
洞観者――今の僕らは、多くの仲間と手を強く握り合っているから戦えています。戦えなくなったとしても『ハングド・キャット』というセーフティーネットがあります。だから、僕には極楽さんにどうこう意見することはできません。昔の極楽型の二人にもです。だって僕はハングド・キャットに命を救われたから。ハングド・キャットがなければ僕は斑鳩という名を与えられることもなく始末されていたから。
そう。始末。
「やっと理解してくれたか斑鳩。そうだ。寿を始末してやらねばならん。だが我の姉妹艦がそう簡単に殺されてくれるはずもない。だから我は考えた。寿を確実に始末できるだけの艦隊を持とう、とな」
「それで、この分隊を乗っ取って提督代行を請け負う真似を……」
「その通り。この艦隊は特に都合が良いだろう? 昔から良かったが、天照大艦隊になってからはさらに良くなった」
「……思考を放棄して言いますけど、呆れます」
「ふははは好きに言え。まあ、かなり時間は掛かってしまったが、奴は待つのを苦にしない性格だった。問題なかろう。では寿始末に向けた仕事をはじめるぞ斑鳩。駆逐艦の長月をこの鎮守府に呼べ」
「っ! 長月ちゃんに何をやらせるつもりで――」
「違う違う勘違いするな。長月程度の力で寿を相手させるつもりはない。だが我がここにいる以上、雨が降るとこの鎮守府はゾンビに群がられるぞ。お前、バイオRE:2はやったか?」
「ゾンビ? 今度は何の話ですか?」
「今週末は天気が崩れるらしいから、その時にでも見ておけ」
また意味不明なことを言い出す極楽さんです。ですがどうせまた説明は無いんでしょう。これ以上の話を引き出すのも疲れるだけですし、言われたとおり今週末を待つことにします。
しかし、寿さん……極楽さんの言っている通り、今もどこかの海で待っているのでしょうか。深海棲艦になりかけの僕が、極楽さんの話を疑うのはおかしいでしょうか。
この『無意味な戦争』の中で、僕らはこれ以上何をやればいいというのでしょうか。
体感で1万5千文字くらい書いたつもりだったんですが、その実たったの3786文字でした。
ひどいことだ。頭の震えがとまらない。