球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第65話 極楽とは程遠い極楽 ⑫

 天照大艦隊本隊、南鎮守府は今日も穏やかな一日を始めようとしていた。

 

「おっ、いいところにマシュ風はっけん♪ ねーねーマシュ風さー、ねー」

「時津風、お願いですから私のことは、普通にマシュか浜風かのどちらかで呼んでください。自分でも混乱してしまいますので」

「あのでっかいシールド貸してほしいんだけど。何日間か。何週間か」

 

 朝食をしっかり食べてしっかり元気なのが時津風の良いところだった。

『あのでっかいシールド』とは、長月のネコノツメと並ぶ駆逐艦寮内の珍物である。マシュが何故か自室に飾っている、十字架を模したような巨大な盾がそれである。大きさはマシュの身長を超え、戦艦の装甲にするにも大き過ぎる。そんなものをマシュがなぜ大切そうに持っているのか天照隊の誰も知らない。知ろうとしたことはあったが、そもそもマシュ自身がすらよく分かっていない。

 

「はあ。何に使うんですか?」というマシュの疑問は尤もである。「時津風には大き過ぎて何にも使えないと思いますが」

「来たる戦いに備えないとさー。あたしってば時津風隊の旗艦だし?」

「戦い、ですか。それほど身構える必要のある作戦はなかったと記憶していますが」

「実はね」と時津風はあたりを見回しつつマシュに耳打ちした。「叢雲と電に元気がないでしょ。あれ、攻撃されてるからなの」

「そうなんですか!?」

「シーッ、声が大きい」

「す、すみません。それで、攻撃とはいったい何から?」

「たぶん北鎮守府、分隊の方から」

「(ごくり)分隊が……それは穏やかではありませんね。しかし何故……」

「分かんない。でも今週のあたしの運勢は『北の方角に注意』ってニュースで言ってたって雪風が教えてくれたし間違いないよ」

「それで、具体的にどのような攻撃が分隊から?」

「それが分かればあたしも苦労しないってばー。ほら、ニュースの占いって細かいことまでは教えてくれないし。でも雪風が言ってたんだよ」

「えっ?」

「うん?」

「あの、時津風? ニュース以外の情報は?」

「これから集めるよ。だから威力偵察のためにマシュ風のシールドを借りたいの。あれすっごく強そうだし」

「……ええと……重たいものなので、気をつけて遊――使ってくださいね」

「うん、ありがとうマシュ風!」

 

 

◆――――◆

 

 

 磯風は今や立派な売店のアルバイトである。売店の主、極楽お姉さんが分隊の提督代行サービスで不在のため、磯風は一人で売店を切り盛りしている。これはもう、来る日には南鎮守府を離れ、北鎮守府の売店のオーナーとなるのも確実かと思われた。

 だから、いまさら「艦娘に戻らないか」と言われても彼女は困ってしまうのである。

 

「叢雲を助けるため――か」

 

 昼食時を過ぎて、売店にはカウンターに立つ磯風と客でもない時津風しかいなかった。無駄に品揃え豊富なこの売店は次のおやつタイムまで暇だった。

 

「すまない時津風。それでも、私は私の仕事から、この売店から離れるわけにはいかない」

「なんでさー」

 

 話に乗ってもらえるものとばかり思っていた時津風は、散歩の途中で引き返された犬のような顔をした(それがどんな顔かは作者にも分からんが、たぶんそんな感じの顔である)。

 

「一緒に戦ってよ。時津風隊だった時みたいに」

「今でも戦友と思ってもらえているのは嬉しい。だがな。この磯風の今の戦場は、ここなんだ。ここで皆に必要な物資を可能な限り提供するのが戦いだ」

 

 実際、今の磯風はお姉さんに代わり一人で暗黒メガコーポ『アカシマート』(①話参照)とギリギリのところで戦っているのだが、そのことをひけらかす彼女ではない。

 

「兵站を司る、と大げさに言うつもりはないが、あれこれが欲しいとやってきた客が何の不思議もなくそれを買っていける拠点でありたいんだ。この磯風がいなければ皆が困る。皆を困らせるようであれば私が困る。それがもし、鎮守府が敵の空襲を許してしまっている状況下であろうと変わりはない。例え爆炎の中であろうと戦意高揚のために菓子でも何でも売り続けてみせよう」

 

 磯風の、そのまっすぐ見据える眼が、不思議と時津風を理解させた。

 時津風はそれを自分の言葉では言い表せない。しかしなんとなく、磯風はただ午後のおやつを売るだけのアルバイトではないらしかった。

 

「なにー、難しい話?」へいへーい、と時津風はカウンター越しに磯風の頬を指でつついた。

「いや。とにかく」磯風はその手をペシンとはたいた。「すまないが他を当たってくれという話だ。以前の時津風隊にはこの磯風と叢雲の他にも仲間がいただろう」

「五月雨とか、か……。ん、やっぱやめとく。あたしの戦いはあたしがやらなきゃ。あたしは一人でやれる艦娘だからね」

「そうか。時津風がそう思うのなら、それが正しいのだろう。頼む、叢雲を助けてやってくれ」

「うん! ありがとね磯風。バイト頑張ってね」

「ああ。時津風も、何をするのかは知らないが頑張れ。うむ、何をするのかサッパリ知らんが」

「聞きたい? 聞きたい?」

「いや、別に。と言うか私はそもそも叢雲と同室で生活しているからな」

 

 

◆――――◆

 

 

「普通の駆逐艦風情が、なぜ我が『作戦』に打って出ると知ってる?」

 

 天照隊分隊、提督代行、極楽は眉をひそめてみせた。

 極楽は温めておいた『作戦』を自分と洞観者たちだけで済ませるつもりでいた。無論、他言は許していない。

 しかし、どういうわけか、マシュから借りた巨大な盾をわっせわっせと北鎮守府の執務室まで運んできた時津風は言った。

 

「お姉さん、あたしは知ってるんだよ。叢雲と電が落ち込んでるのはお姉さんに原因があるんだよね。その企み、この時津風が見破ったり!」

「(洞観者となって日が浅い山城あたりが喋ったのか?)総旗艦の二人か。ご愁傷様だが我にそれ以上の感想は無い。というか貴様、巨大な十字架を背負うヤツとかリアルで初めて見たぞ。それは何だ、貴様の墓標になる予定か」

「このシールドで何でも弾き返せるよ」

「ほう、それで?」

「とにかくこの北鎮守府が怪しいの。あたしに隠し事とかよくないなぁ~」

「ああもう面倒臭い。おい斑鳩、てきとーに相手してやれ」

 

 話を振られた秘書艦・斑鳩はだが、パソコンのモニターを凝視して仕事の方が忙しいとアピールしている。隣の猫吊さんと同じように集中力を真正面にのみ集めていた。段々と極楽の扱い方が分かってきた斑鳩だった。

 極楽はこれ以上ないほどわざとらしい舌打ちをした。

 

「なぜ天照隊には面倒事に首を突っ込もうとする阿呆が多かったり少なかったりするんだ」

「阿呆じゃないよっ!」

「叫ぶな。やかましい。……まあいい。どうせ洞観者だけでは少し人数が足りないと思ってたところだ。作戦に参加したいと言うなら参加させてやる。赤ブルをしこたま詰めたドラム缶を運ばせるとしよう」

「輸送作戦? 今から戦うんじゃないの?」

「今から? 何と戦うつもりだ?」

「いやだから、お姉さんと? そんでもって叢雲と電が元気になって?」

「は?」

「え、やらないの」

「……ああ、我はいまやっと理解した。いいかよく聞け駆逐艦の何とやら。お前が真に戦うべき相手はここから東の方にいて、そこに辿り着くルートを固定するにはドラム缶をガン積みした駆逐艦が一人必要だ。つまり、お前の力が要る」

「あ、そうなの。でもせっかくマシュ風からシールド借りてきたんだよ」

「余計な伏線を張るな、我の物語が散らかるだろうが。今日までに返してこい」

「ちぇー」

 

 こうして戦艦寿始末作戦のメンバーが出揃った。

 旗艦、極楽。

 洞観者の長月、山城、斑鳩、伊168、伊19、伊58、伊8、伊401。

 そして普通の駆逐艦、時津風。

 この作戦、この物語の結末は極楽だけが思い描いている。ましてや洞観者ですらない時津風には、結末も、ルートも、何も見えなかった。

 

「え、んな阿呆な。ルートくらい先に教えといてよ」

「おーい斑鳩。おいコラ秘書艦。お前の仕事だぞ」

「…………(ガン無視)」

 

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