おお我ら艦隊の慈母アマテラスよ、いるんだったら答えてください。
どうして私と扶桑姉さまがなんとか都合を付けた日に限って、急な仕事を入れてくるんですか? 私たちにはちょっと食事をすることも許さないスタイルですか? 神様にだってやっていいイタズラと悪いイタズラがあって、あなたのそれは後者だと思うんですが? 電話もメールもSNSも制限されている姉さまと予定を合わせることがどれだけ難しかったか、私、山城は憤りを覚えざるを得ませんよ。
……はぁ。姉さまをがっかりさせてしまったわ。この埋め合わせもどうせ難しいんでしょうね。埋め合わせの埋め合わせ、そのまたさらに埋め合わせもどうせ……不幸だわ……。
誰よ「戦争六周年おめでとう」とか言ってるの。馬鹿じゃあないの。こんな戦争がなかったら本当は今頃、私と姉さまは一緒に――いえ、百歩譲って戦争は仕方がないとして、どうして私は北鎮守府・分隊に呼集されなきゃいけないのよ。分隊の活動に戦艦なんて必要ないはずなのに。
◆――――◆
というわけで、私は分隊の方に集められた。
何故に? それは今から提督代行・売店のお姉さんから説明がある様子だった。
会議室には長机が四角に並べられ、
分隊の斑鳩と潜水艦五人
本隊の私と長月、時津風
が座っていた。てっきり洞観者の集まりなんだと思ってたけど、なぜ時津風がいるんだろう。まあどうでもいいけど。それを言ったらお姉さんも謎だし。
ああ、誤解のないように言っておくと、潜水艦たちは水着ではなくスーツ姿だった。それもちょっと着慣れてる感じの。カジュアルな姿のお姉さんよりビシッとしようという意気込みが伝わってくる。
お姉さんはホワイトボードのそばに立って、ボードにきれいな字で大きく『戦艦寿始末作戦』と書いた。
「うむ、よく集まってくれた。お前らを今ここに呼んだ理由は他でもない、今からお前らはこの作戦に従事してもらう」
そう言ってお姉さんはホワイトボードをペシペシ叩いた。
戦艦寿始末作戦。
戦艦の寿さんを始末する作戦。
なんとまあ分かりやすい面倒事ですこと。
私は無駄だと分かっていても挙手をした。
「なんだ、山城」
「私の代役は探すから南鎮守府に帰っていい? 今からでも扶桑姉さまと――」
「もういい黙れ。じゃあブリーフィングを始めるぞ」
ほら拒否権なんてない。知ってたわ。
「この作戦の目標は我の姉妹艦、寿を沈めることだ。鬼姫クラスのネームド深海棲艦を一匹ぶちのめしに行くようなもの、とは少し違うからな。だから我がわざわざ説明してやるんだぞ」
「その寿さんが深海棲艦になってしまっているんですか?」と斑鳩が聞いた。
「正直どんな状態かは分かってない。判明してるのは奴がいるとされる位置、それと能力の片鱗だけだ。だが奇跡的に艦娘のままであったとしても、深海棲艦になっていたとしても、状態に関係無く沈める。問答無用だ。つっても、お前らはそこんとこ深く考える必要はない」
いやいや考えないわけにはいかないでしょうよ、と言いたかったけど、とりあえず話を最後まで聞くことにした。
「毎度よくある、敵を倒しに行く作戦であるからして、今回の作戦も二段階に分けられる。いわゆる道中とボス戦だな。日帰り電撃作戦を予定している」
お姉さんは作戦の概要説明をはじめた。
◆――――◆
作戦は必ず晴天続きの日を狙って決行する。万一、運悪く雨に降られた場合については後で話す。
まず道中はルートもクソもない、一直線に寿を目指す。
寄り道は無しだ。つまり視界に深海棲艦があったとしても無視する。索敵も不要だ。楽だろう?
かといって敵に見つからないよう微速でコソコソするのは我の趣味じゃあない。
そこでだ。我々は深海棲艦に偽装する。敵になりきって堂々と進軍する。カムフラージュ率は80%以上を目安とする。具体的な偽装方法は第47話『ラックレッサー山城 6』で斑鳩がやったのと同じだ。深海棲艦から奪った装甲やら何やらを斑鳩の能力で体に貼り付け、ついでに山城の能力で青い炎をそれっぽく体に点ける。これで十分なカムフラージュ率が稼げるだろう。
敵に接近することになってもキョドるなよ? 間抜けな深海棲艦になりきれ。
「ここにいる全員分、深海棲艦の装甲が必要なんだよな」と長月。「かなりの量を奪わなきゃいけないと思うが」
「このブリーフィングが終わった後、お前らに集めに行かせるから心配するな。細かい部分はペイントでカバーする」
偽装した我々は脇目も振らず寿を目指す。
だがもし運悪く、遭遇した深海棲艦が、我らが艦娘だと気付いて行動してきた場合は、潜水艦たちが迅速にトルピードランチャーで片付ける。十分に偽装した我々には敵も慎重になっていることだろう。そこを瞬殺させてもらう。
航空機に見つかった場合は少々厄介かもしれんが、その場合は斑鳩と山城も能力使用に支障がない程度に加勢しろ。長月、お前はここでは戦うなよ、力を温存しろ。
まとめるぞ。
基本、我々は斑鳩と山城の能力で深海棲艦に偽装し、戦闘を避けて一直線にボスへと向かう。
万一、余計な戦闘が発生した場合は潜水艦らで速やかに対処する。
ここまでで何か質問は?
「ねー、あたしの役目は?」と時津風が手を挙げた。「あたしも戦えるんだけど」
「お前は赤ブル運搬要員だ。我がいつでも飲めるように、我の隣にいろ。それと、そうだな、深海棲艦なりきりグッズの予備も用意しておくか。とにかくお前はドラム缶を運ぶ役だ」
◆――――◆
次にボス戦、つまり寿との決戦だが……。
奴は我の姉妹艦、極楽型戦艦の二番艦だ。つまり残念なことに我と同等の強さが期待されてしまう。そうなると普通程度の戦力じゃあ邪魔なだけだ。
長月以外は数キロ離れていろ。我と寿の戦いに巻き込まれないことだけを考えろ。うっかり流れ弾か何かに曝されたと泣き喚いてもコラテラル・ダメージ扱いだからな。自己責任で身を守れ。
長月には状況を見てから指示を出す。悪いがこればかりは今の我には分からんのでな。ネコノツメはもちろん装備させておくが、ちょっとしたサポートをするにとどめるか、我と挟撃のカタチに持ち込むか、とにかくお前はボス戦で何かするものと構えておけ。
寿の能力は分かっている限り、死霊術の類を行使する。
我のことがよほど憎いのか知らんが、ドス黒い死霊をゾンビ的なものに変換して襲わせる――のが可愛い方だろうと我は想像しているな。
お前らもよく知ってるだろ、海ってヤツは今現在、深海棲艦という分かりやすい形で敵意をアピールしている。『それ』が何を意味するのか洞観者であるお前ら……あー、時津風を除いた奴らには今さら説明しないぞ。
「あたしにも説明してよっ!」と時津風は当然の権利を訴えた。
「なに、直に見れば分かる程度のことだ」とお姉さんはなだめた後にボソッと言った。「まあ、作戦後にクラスB記憶処理を施すがな」
『それ』を寿はどうやら濃縮還元できるらしい。まったく我が姉妹艦ながら悪趣味な能力だ。まあ少ない情報からの推測だけどな。実際もっと美しい能力であることを、極楽型戦艦の一番艦たる我は願ってやまない。
さて、あれこれ言ってもボス戦で戦うのは我と、状況によっては長月の二人だけだ。他の奴らは戦闘が終わるのを遠くで待つだけだ。質問はないだろう?
「あの、ちょっと聞きづらい事ですけど」と斑鳩が恐る恐る言った。「そのボス戦は一回で終わらせる予定ですか? 例えば一戦目は様子見に徹して改めて寿さん対策を練るとか、もしくは……もし極楽さんがその、大破してしまった場合の撤退とか」
「ははあ。つまり我が負けるパターンか。なるほど全く考えてなかった。盲点というヤツだな。そうだなあ――」
言ってなかったが、お前らをこの作戦に組み込んだのは、道中、我を守らせるのと他にもう一つ理由がある。
『お前らは寿が始末されたと認知する証人だ』
我が一人で出撃して寿を沈めてきてもだ、それを疑う馬鹿共のせいで噂話の方が真実を塗り潰し、寿という存在をまた作り上げてしまうだろう。妄想、幻想、怨念、執念をカタチにするのが奴の能力だからな。
だから、お前ら、世界を冷めた目で見る洞観者が目撃しろ。この極楽が寿を始末したという記憶を持ち帰れ。その後は日記に書いたりツイートしたりしろ。
で、斑鳩の質問だったな。寿を目前にして背を向ける場合についてだが、そんなもんは無い。我が万が一にも負けたら――つまり殺されたらという意味だが、寿は次にお前らを殺すだろう。形勢が不利だから撤退するとかいう甘えなど無い。
おいおい、そんなシケた面をするな。なんだなんだ我がそんなに信用ならんか貴様ら。
じゃあ分かった。妥協案を出してやろう。
斑鳩、もしお前のギリギリで撤退可能かどうかの線が見えたら他の全員を連れて逃げろ。必死こいて戦っているであろう我を囮にして、という意味だ。
「私はどうしたらいい?」と長月。「あんたの指示で動いてるはずだが」
「斑鳩の撤退命令を優先しろ。というか多分そんな状況になったら、お前がしんがりで守ってないと逃げることも叶わんぞ」
逃げる話が出たついでに言っておくがお前ら、変な正義感を発揮して我に手を貸そうとか、愚かにも助けようとかするなよ。アイアンマンとハルクの喧嘩にポメラニアンが割り込むようなものだ。さすがの我も無意味にお前らを死なせちゃあ後味が悪くなる。
とにかくボス戦はだ、もう一度、念押しでまとめるが、我が戦う。長月がサポートする。他の奴らは遠く離れて待機。事が片付いたら、道中と同じく偽装効果で悠々と帰投だ。
うむ、シンプルでパーフェクトな作戦ほど美しいものはないな。
◆――――◆
お姉さんはブリーフィングの最後に「ただし、だ」と付け加えた。
「天候にだけは気を遣うが、もし不運にも作戦中に雨に降られてしまったら、作戦の中止か強行かを我が判断する。お前ら、死にたくなかったら雨雲が近づいてないかを特に注意しとけ」
◆――――◆
「山城はこの作戦、どう思う?」
秘書艦の斑鳩を除いた私、長月、時津風、潜水艦の五人は深海棲艦の『ガワ』を集めるクエストに駆り出された。イムヤが言うには、コツはポケモンを捕獲するように深海棲艦をギリギリまで弱らせることらしい。もちろん私たちに必要なものを剥ぎ取った後は容赦なく沈める。作戦を始める前から悪夢的だった。
長月はスイーと私に寄ってきた。
「私はどうも何かが間違ってると思うんだ」
「ええ間違ってるでしょうよ。だって、寿さん? が問答無用で地獄に蹴落とされるんだもの」
「そういう意味じゃあなくて……お姉さんが言うようには上手くいかない気がするんだ。気がするってだけだけど」
「長月、ひとつ確実なことを教えてあげるわ」
「なんだ?」
「作戦には私が参加する。私は不幸な何かをやらかす。ほら何も起こらないわけがない」
「……なんか、すまない」
謝られてしまった。
「長月のこと、頼りにしていいのよね。私が自己防衛するより確実なんでしょ」
「ああ。安心して私に任せてほしい」
「そのセリフ、扶桑姉さまに言ってみたいわ」
「しかしなぁ……上手くいく気がまったくしないのは何故だ……」
この深海棲艦のガワ集めクエスト中、長月にお願いして全力の戦闘を見せてもらった。お姉さんや斑鳩が信頼を置く力ってやつをこの目で見ておきたかったというか、私はまだ長月がとんでもない怪力を持つってことしか知らなかったし。力持ちなら戦艦の艤装だって何だって要塞の如く好きなだけ装備できるでしょうけど、それ以上にはならないのでは? と思っていた。
「刃物がないと本気は出せないんだけどな」
いけしゃあしゃあと言う長月は艦これの世界の住人じゃあなかった。あの音は確実に音速を超えた音だった。時津風なんてその目で見ておいても最後まで信じなかった。
それでもまだ、長月は戦艦寿始末作戦に不安があるようでブツブツ言っていた。