球磨の薬指   作:vs どんぐり

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『極楽とは程遠い極楽』編は次話、最終話になります。


第68話 極楽とは程遠い極楽 ⑮

 午後05時42分。

 この日もまたハングド・キャットに通う大和だった。

 いつものカレーが目当てなのか、それとも武蔵に愚痴をこぼしに、はたまた姉妹艦の様子を見に来ているのかは大和自身、深く考えていない。考えたら武蔵に負ける、とは考えていた。

「サイズはこれくらいだ」と武蔵は両手で15センチ程度の高さを表現した。「こんな小ささの人形が本当に良くできていてな。いや、あれはもう生きていると言っても過言ではなかった。今思えば、そういう新たな生物だったのかもしれん」

「ふうん。でも人形なんでしょ?」

 大和の興味は武蔵の話に四割、今食べているカレーに六割といったところだった。

「お肉が皮を被って動いてるわけじゃあないんでしょ」

「お前、よくカレー食べながらそんな生々しい言い方できるな」

「……私に変なこと言わせないでくれる?」

「人形を構成する材質など気にもならなかったな。その動きに無機質な固さは感じなかったし、表情なんて私よりやわらかい程だろうよ。私の相手をしてくれたレラカムイというタイプの人形はだな」

「カモイ?」

「カムイだ。その時には既に旧式化していたらしいのだが、私にはどの部分が旧式なのかまったく分からない、技術の最先端めいた人形で――」

「カムイ……カモイ…………カモイ…………」

「ずいぶん気さくなAIだったな。言い方を変えると、AIが気さくさをあれほど表現できるのかと驚かされたものだ。妖精よりはるかに人間に近く――」

「カモ…………イ……………………」

「そのレラカムイ、識別名をコタマといってだな。おい大和、聞いて――」

 

「思い出したぁ!!」

 

 大和は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

「カモイだわ、神威!」

 驚いたのは店内の客やアルバイトだけではない。武蔵も少し身を引いたし、うつらうつらしていた猫たちは一斉に毛を逆立たせた。

「な、なんだ急にお前」

「神威よ、前に話した幽霊の正体!」

「幽霊?」

「《極楽とは程遠い極楽 ⑩》で私が言ったでしょ。深海棲艦なのかそうじゃあないのか分からない何かがいた、って」

「ああ……言っていたな、そんなこと」

「私としたことがなんて馬鹿なのかしら、仲間の顔を忘れるなんて。撃沈王失格だわ。いえ、こんなところで反省してる暇があるのなら早く助けに行かないと」

「お前のチームにいた奴なのか?」

「武蔵も一度は一緒に出撃したことがあると思うわ。補給艦で、目立った印象は、そうねぇ――とにかく極楽を徹底的に敵視してた」

「あの戦艦極楽をか? それじゃあ印象に残らん。極楽を嫌悪していた奴は両手で数えきれんしな」

「その中でも恨み数倍だったのが神威よ。私、知ってたもの。小分けしたドラム缶に交じって包丁を忍ばせてたの。あれ絶対に機をうかがって極楽を刺すためのものよ」

「怖すぎるだろ。やめさせろよ」

「たぶん神威が悪いのではないのよ。悪いのは神威をそこまで怒らせた極楽の方よ、どうせ」

「何をやらかせばそこまで恨まれるんだかな……ん? その神威、お前の目から離れたということは……」

「ええ……私の力不足で行方不明。もう捜索を打ち切って結構経つわ」

「そして今になって幽霊として見つかった、と」

「今度は幽霊でも深海棲艦でも何でも、ロープで縛ってでも連れ帰るわ。じゃあ私、行ってくるから」

「ああ。だがその前に会計が3,200円だ。今日は少なめになったな」

「お財布忘れちゃった。ツケにしておいて」

 

 

◆――――◆

 

 

「お前、誰だ?」

 

 飛び掛かってきたその女は、寿ではなかった。少なくとも。

 体つきが豊満であることだけは同じだが、逆に、それ以外に類似する点が見当たらない。その全裸の女からは、極楽が覚悟していた強さも感じられなかった。

 ただ、親敵線(親の敵と相対したときに顔にできるシワ)だけは恐るべきものだった。

 長く伸び放題にされていた髪を振り乱す様は、極楽がヤーナム島で狩った獣のよう。

 女は跳躍回避する極楽の姿をドス黒い目で追った。

 

「ツイニ……現レタナ、極楽ゥ!」

「うむ。とりあえず我にゾンビ的嫌がらせを続けてきた奴で間違いはなさそうだ。ところで――」

「死ネッ!」

 

 極楽の足元、海面下からゾンビの手が四人分伸びてきた。だが、ダンダンダンダン、と散弾銃でテンポ良く押し返した。

 同時に女が再び飛び掛かってくるも、極楽は右にひょいと避けて少し距離を取った。

 

「なあ、我は質問をしたいんだが」

「黙レ!」

「ここにいるはずの寿という戦艦を探していてだな」

「オ前ノセイデ! オ前ガイタカラ山本サンモ、私モ!」

「だから誰だよ、その山本さんも、お前も」

「泥棒猫! イヤ、クズ! 人間ノクズメ!」

「え、痴情のもつれ? そんな理由で我を攻撃し続けてたのか?」

 

 極楽は黙っていれば異性の目を奪うタイプである。あるいは物好きな男には、極楽の棘が美しく見えることもあった。だから、極楽にその気がまったくなかったとしても――思わせぶりな態度を取らなかったとしても、山本某が女と極楽との間にマリアナ海溝よりも深い溝を作ってしまったのは仕方のないことだった。

 極楽に落ち度が1ミリもない珍しいパターンである。

 

「殺ス! オ前ハ、絶対ニ!」

「いやいや山本さんの方を殺せよ。我は知らんて」

「ウルサイ……ウルサァイ……極楽オ前ハ絶対殺ス! ァアアアアアアアッ!!」

 

 女は空に向かって吼えた。

 発狂したか、と見て取った極楽は二十メートルほど後方にステップして距離を取った。窮鼠猫を噛む、と言う。極楽に追い詰めた気はなかったが女の方が勝手にその気になってしまった。強くなさそうに見える相手でも、僅かでも引っ掻かれて傷口から雑菌が入るのはよろしくない。散弾銃を、軽くだがはじめてきちんと構えて様子を見た。

 女は両手を海面下に突っ込んだ。ウエイトリフティングのように何か重たいものを持ち上げるように見えたが、

 

「オオォオオオアアアッ!」

 

 幅五十メートル強の海面ごと、女の足元から持ち上がった。水飛沫が大瀑布を逆流させたかのように立ち上った。

 極楽は「おほーぅ」と珍しく関心した様子で、さらに十メートル後方に下がった。

 女が海から引っ張り上げたもの、それは巨大で、腐りきった、帆船だった。

 例えれば、映画パイレーツ・オブ・カリビアンに出てきそうな呪われた船。

 フジツボや海草などは不思議と付いていないものの、形作る木材も鉄材も朽ちていながら、なお海上に浮かび上がり、鎮座した。帆船といっても、そこにあるべき帆のほとんどがボロ布になってしまっているか、わずかも残っていない。極楽を驚かせたのは、片舷に見える三層五十門の大砲である。過去、熟練した艦娘であった極楽でも、これほどの数の砲を一斉に向けられた経験はない。

 全百門もの大砲を内包した船は、まるで女の闘争本能の表れのようだった。

 大砲が突き出す窓の隙間から見える船内には無数の蠢く人の姿があった。その人々も船と共にやはり腐っていて、女が呼び出していたゾンビ達だった。――つまり、この船は帆で風を受けることはできなくなっていても、船内から操れる分だけのことは、できる。砲弾を吐き出すことは、できる。

 船の上、上甲板には女が一人だけいた。

 その女が一言、叫んだ。

 

「撃テェ!!」

 

 五十門の大砲が、一斉にと言うにはまとまりのないタイミングで五十発、極楽めがけて砲撃した。黒色火薬が生み出す白煙はまるで煙幕のようだった。

 猛烈な横殴りの砲弾の雨が放たれて――『そんなものが、極楽に当たるはずがなかった』。

 

「くははっ、なかなかの迫力だな」

 

 極楽は砲弾の雨の一発目が女の船から吐き出された刹那、跳び上がっていた。女のいる高さより高く、帆柱よりも高く、海面から百メートル以上の高さにいた。

 

「ここにきてまさかの海戦とは面白い。なら――」

 

 極楽は散弾銃を手放し、右手の指をパチンと鳴らした。

 

「――船には艦だ」

 

 極楽の頭上に一瞬、女の船の数倍、超高層ビル程の圧倒的に巨大な、青い火柱が立ち上った。その炎の発生は衝撃波を伴うほどで、また、まだ暗い時間ではなかったがかなり広い範囲を鮮やかに青く照らした。

 極楽の能力はコピー・アンド・ペースト。

 例えばアメリカの戦艦ミズーリを観光で見に行った時に、極楽の炎を走らせてミズーリをコピー(スキャンと表現した方が正確かもしれないが、極楽はコピーと言っている)しておけば、後でいつでもどこでもペーストできる。まさに今、やっているように。

 極楽の真上に、基準排水量45,000tの戦艦ミズーリが、艦首を真下に向けた艦らしからぬ姿勢で、現れた。

 さすがに極楽がミズーリを支えるわけではない。重たいものは、ただ落下するだけである。

 

「じゃあ、誰だか知らん奴、死ね」

 

 戦艦ミズーリの重力を利用したラムアタック。

 極楽が最後に下を見た時、帆船の上にいた女は上を向いて目を見開き、ポカンと口を開けていた。この時だけは、極楽への敵意よりも『わけのわからなさ』が勝ったようだった。

 

 

◆――――◆

 

 

 極楽がミズーリを青い炎に戻して回収した跡に、帆船の一部だった木材がプカプカと散らばって浮かんでいた。女の極楽を憎悪する声はもう聞こえない。

 極楽は叫んでみた。

 

「おーい寿! 本当にいないのか?」

 

 なんの返事もなかった。極楽が見渡す限り、海が水平線の向こうまで広がるだけなので、当然といえば当然である。

 

「我はもう帰るぞ! 疲れたからな! 本当の本当に帰ってしまうぞ!」

 

 極楽が一人でずっと温めていた計画通りならば、もしも今、寿との勝負になってしまえば、ミズーリの具現で疲弊した極楽に勝ち目はない。しかし幸か不幸か、極楽を引き留める声はない。

 

「本当の本当の、本っ当に我はもう……! …………阿呆らしい。もう知らん。寿なんぞ」

 

 ジャージのポケットからスマートフォンを取り出した極楽は、コンパスアプリを立ち上げて帰路に着いた。

 それにしても、あの裸の女は誰だったのだろうと極楽は考え――ることは勿論なかった。

 

「なんだったんだろうな、我が今まで積み重ねてきた努力と苦労は。いやマジで」

 

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