夏がその牙をチラつかせはじめましたね。極楽さんが動き始めた頃はもっとずっと寒かった気がするのですが……ええ、気のせいでしょう。
ドーモ、斑鳩です。
海はどこまでも広く、僕らが把握し得ることなんて果てしない未知で塗り潰されてしまうもの、なーんて知った風なことを言ってみます。
天照大艦隊を好き勝手に振り回していた極楽さんも、とどのつまり、振り回される側の人間だったということです。
何がどういうことだ? と読者諸氏は思われたことでしょう。
では、何が起こっていたのか、それから何が起こったのかを、僭越ながら僕から語るとしましょう。
まずは、そうですね、極楽さんが海に飛び出した直後からの出来事です。
◆――――◆
極楽さんが先手を打たれたと見て出ていった後の北鎮守府は、それはもう「ゾンビのDoS攻撃か!」と言わんばかりの、バイオハザード RE:2すら生温く思えるゾンビの波状攻撃を受けていました。極楽さんがそこにいたから、というだけの理由で。
雨が降り続く中、海から次から次へと這い上がってくる腐った手足。崩れ落ちた顔。
僕ら陸の守護者は、鎮守府を最終防衛ラインとし、青い炎を燃やして決死の覚悟を――しませんでした。
だってネコノツメを装備した長月ちゃんがいましたからね。文字通りの一騎当千です。僕や潜水艦たちも構えてはいましたが、手を出しても長月ちゃんの邪魔にしかなりません。
「ぜりゃぁっ!」
長月ちゃんの刀一振りで十数体のゾンビが切られ、海に押し返されます。五十メートル離れた場所にまたゾンビの群れが? でも大丈夫です。ほぼ瞬間移動めいた速さで走った長月ちゃんが、やはり一振り。これの繰り返しでした。無双系テレビゲームのような、という比喩じゃあなく、それそのとおりの無双です。僕らの鎮守府がバイオ攻撃を受けているというのに、小さな駆逐艦の女の子がズバズバと敵をやっつけている姿を見ていると、もうね、爽快感すら覚えました。長月ちゃん、本当に強い。そしてかわいい。
ゾンビの波状攻撃は数時間も続いたのですが(長月ちゃんはちょっと水分補給をする程度の休憩を挿んだだけで戦い続けたのですが)、夕方頃になって、ゾンビの出現がパッタリと止まりました。そうして僕らは知ったのです。ああ、極楽さんは寿さんとの決着を、勝利か相打ちでかはともかく着けたんだなと。
「おつかれ長月」と山城が長月ちゃんを労いました。
「ああ。さすがにちょっと疲れたな」
「今日はもう休んじゃっていいわよ。あとは私たちでやるから。お姉さんの帰りを待つか、帰らないお姉さんの捜索になるかは分かんないけど」
「任せた。じゃあ私は風呂……いやその前に何か食べたいな」
こうして僕ら、北鎮守府待機組の戦いは、無事、終わったのでした。
僕、この分隊の一応は総旗艦なのに、最初に時津風ちゃんを助けた以外に何もしてなーい。
そうそう。この作戦に参加した中で唯一の洞観者“ではない”時津風ちゃんですが、極楽さんはこの日のうちに帰ってきて、休息よりも僕らへの説明よりも真っ先に、時津風ちゃんにクラスB記憶処理を施しました。副作用を伴ってしまうものでしたが、これは僕も仕方がないと思います。恐ろしいゾンビや洞観者のことなんて、知らない覚えてないに越したことはありませんから。
極楽さんが沈めたのが寿さんではなく神威さんだったと僕らが知ったのは(まあ、どちらも顔を知らないのですが)、翌々日のことでした。
◆――――◆
その一方で大和は、翌日、翌々日なんて悠長なことを言っていられませんでした。
ハングド・キャットで3,200円分の無銭飲食をして職場に戻り、すぐに神威救出部隊を編成して海へ飛び出しました。その頃には日は落ちていて、ちょうど極楽さんと入れ違いの形になりました。
幽霊みたいな深海棲艦のような、接触しても何の反応もなかった謎の存在、その正体である神威さんの最終目撃ポイントまで、大和たちは夜の暗さに雨雲の影まで落ちた中を一直線に進みました。
道中、なぜか深海棲艦の部隊がいくつか潰された形跡が散見されましたが、その謎をただのラッキーと置いておいて、大和たちは目標ポイントに到達しました。
しかし、そこにいたのは謎の幽霊――神威さんではなく、まるで『場所が空いたからそこに陣取った』かのような深海棲艦の小部隊でした。
直前に夜偵からの情報を得ていた大和は、一足遅かったか、と臍を噬みました。ですがそれは諦める理由にはなりません。速やかに敵部隊を蹴散らし、神威救出部隊の皆で探照灯を照らしました。するとすぐに、大和が見つけました。人の裸の姿らしきものが海面にプカアと浮いてきたのです。見る限り肌は深海棲艦のような青白いものではなく血行良好そうな色をしていました。
大和がそばに寄って抱え上げると――間違いありません。ハングド・キャットで思い出した顔、神威さんでした。
「神威! しっかりしなさい! 目を開けて!」
大和が神威さんの頬をペシペシと叩くと、「ん、んん……」神威さんが目をゆっくりと開いた――と思った瞬間、その目が急にクワッと見開かれました。
「極楽ぅ! 殺す!」と神威さんは大和の顔面に拳を叩き込みました。
「あだっ!?」
「おああああああああっ!」
読者諸氏には説明するまでもないことかもしれませんが、神威さんは元々、こんなバーサーカーではありませんでした。誰にでも温かく給油してくれる、そう、皆の物資と心の支え、給油艦たるに相応しい女性でした。……でした、のですが、極楽さんと山本某さんとの三人の間に悲しい何かがあったようです。彼女をここまで変えてしまう何かが。第三者が想像をめぐらそうとする前に察してしまえるほど辛いことだったのでしょう。でなければ、撃沈王大和に出会って即パンチなんてなかなかできることではありません。
「ちょ、ちょっと落ち着いて神威! わた痛っ! わ、私よ、大和よ! 敵じゃあない!」
「死ね! 死ねえええええええっ!」
「待って、ちょっ、ねえ待ってってば!」
「お前が! お前のせいでえええっ!」
「ああもう!」
是非もなし。大和はおそろしく速く見逃しちゃいそうでもない手刀を、荒ぶる神威さんの襟首に入れました。すると神威さんはプッツリと意識を失い、ようやっと静かになってくれました。
「まったく……まあ元気なのは結構なことですけど」
大和は左手で鼻をさすりながら、右腕で裸の神威さんを抱え上げました。
神威救出部隊、あとは帰れば任務達成です。救出作戦を計画通り終えられるなど喜ばしいことこの上ありません。しかし神威さんが再び目覚めた後のことを考えると、大和は少しだけ憂鬱になるのでした。
◆――――◆
これで寿さん、ではなく神威さんの一連の騒動は終わりました。となると当然、疑問が残ります。
じゃあ寿さんはいったいどこに行ってしまったのかと。全艦娘の所在安否をハッキリさせられるほど優しい世界ではないにしても、です。
数年がかりで計画を進行させてきながら空振りに終わってしまった極楽さんに、もはや追加調査をする気力は残っていませんでした。加えて言えば、極楽さんとて万能ではありません。ですので極楽さんは、人に頼ることにしました。渋々、嫌々、不承不承、洞観者の洞観者による洞観者のための組織、ハングド・キャットに名を連ねることにしたのです。
世界に散らばる洞観者たちは多種多様な能力を持っています。長月ちゃんのような戦闘向きの能力が意外にも少なかったりするくらいです。
極楽さんはハングド・キャットから得たネットワークを使って、人探しを得意とする洞観者に寿さんの捜索を依頼しました。
すると一週間とかからずに、あっさり「我の……今までの苦労……」見つかりました。ラバウル基地にいました。
《極楽とは程遠い極楽 ⑪》で極楽さんが言ったことを、読者諸氏は覚えておいででしょうか。
『殺し損ねた気がしてならんのだ』
『うっかり沈めた程度で済ませてしまったかもしれん』
気がしてならない。かもしれない。
そうです。極楽さんにはそもそも最初から、自分の手で寿さんをちゃんと始末したという確証がなかっただけなのです。よくありますよね、出掛けた後で寮の自室の鍵をちゃんと閉めたかどうか不安になったり。で、気になって気になって、戻ってみたらちゃんと閉まっていたり。このパターンでした。極楽さんは昔ちゃんと、寿さんを始末できていたのです。といっても完全な殺害ではなく、それは本来洞観者には与えられないはずの、かすかに希望のある轟沈。さすがは極楽さん、器用なことをうっかりでやってしまうものです。
そして寿さんはと言うと、Lv.1の艦娘としてラバウルの艦隊に拾われていたのです。かなり前の話だそうです。できればドロップしたことは内密に……としたそうです。
寿さんは電話で言いました。
《だって……自分から『殺して』とお願いしておいて、後でちゃっかりまた艦娘として甦りました、だなんて……分かるでしょう?》
極楽さんはかつてないほど怒り狂い、
「分かるかボケェ! もいっぺん死ねッ!」
寿さんとの通話を乱暴に切りました。
この電話を最後に、極楽さんの北鎮守府・天照隊分隊での提督代行サービスは終了しました。
◆――――◆
極楽さん(と寿さん)に振り回されたのは僕ら分隊に集まった洞観者だけではありません。天照大艦隊が、いったい何のための大艦隊だと言いたくなる混乱を来したのです。
簡単に、起こったこと――起こされたことをおさらいしましょう。
事は分隊を預かる傘姫提督から始まりました。この人は突然、青い炎となって、青い火の粉となって、
「バイバイ、元気でね」
僕の前から姿を消しました。分隊を放り投げて勝手に消えやがったのです。いったい誰の許しがあって……いえ、僕の所感はどうでもいいですね。とにかく分隊・北鎮守府から提督がいなくなってしまったのです。
しばらくの間は暫定的に僕が提督代理を務めていたのですが、それでは困ります。僕の胃が痛くなるばかりですから。本隊・南鎮守府から一ノ傘副提督に助けに来ていただく予定でした。
……が、その予定日のことです。本隊の皆が朝食を食べている前で、竹櫛提督と一ノ傘副提督は手を繋いで、こう宣言しました。
「この度……――私と一ノ傘鉄子は身を固めることとなった」
当然、艦娘皆は大混乱しましたし、竹櫛提督に恋慕する二人の総旗艦、叢雲さんと電さんなんて聞いた瞬間に卒倒しました。
おまけに売店のお姉さん、極楽さんが見計らったタイミングで『提督代行サービス』なるものを始めたおかげで、竹櫛提督とイチャついていた一ノ傘副提督は「じゃあそれでいいやん」と分隊に来る予定をキャンセルしてしまいました。
そんなこんなで、提督代行としてやって来た極楽さんが分隊に洞観者を集め、戦艦寿始末作戦に取り掛かった、というのが一連の流れでした。
指揮系統を本隊の中で二つ、分隊一つ。三人の提督に三人の総旗艦――に分けておけばリスクを分散できる、というのが天照大艦隊の強みだったはずですが……極楽さん一人に呆気無く瓦解させられる程度のものという実情が露呈してしまったわけです。船頭多くして、と思っていたら三人の船頭さんのうち一人は行方不明、残る二人は勝手に山にハイキングに行っちゃう始末です。これからもこの体制で続けて大丈夫なんですかね、この艦隊。
さて、艦隊デストロイヤー極楽さんは、目的を望ましくなかった結果になったとはいえ果たすと、艦隊を操るのを止めました。具体的にはカロリーメイト(ようかん味・惚れ薬)の供給をストップしました。たったこれだけのことです。
すると、イチャつき合っていた竹櫛提督と一ノ傘副提督はこんなことを言い合い出しました。
「たかが指輪に三ヶ月分の給料だと!? 馬鹿を言うな! 貴様には700円のカッコカリ用すら勿体ない!」
「はぁぁぁあ!? そもそもワタシ、アンタからの指輪とか触りたくもないんやけど!」
「ハッ、どの口が言うか。欲しがったのは貴様であったろうに」
「スケベ心が丸見えやん。マジキモいわー。ダンボールにでも腰振っとけ」
「貴様のそういうところが人として情けないと教えてやったのだ! 艦娘たちの上に立つ者が本当に情けない!」
「世界一情けない男がようそんな言えるわ。え、何? 自分に提督の器があると思っとるん? 割れたお猪口の小っさいカスが?」
「心も部屋も汚い女は言葉遣いも汚いものだな!」
「死ねクズ!(エアガン乱射)」
二人の醜いケンカを止めに割って入った叢雲さんと電さんは、呆れながらもニッコニコしていました。
◆――――◆
「えぇ……。じゃあ何? 今、僕の眼の前にいる傘姫提督は極楽さんが生み出したコピーで、本物の一ノ傘姫乃は別にいるってこと? で合ってる?」
「そうそう」と細身でオカッパ頭、傘姫提督はあっさり首を縦に振るのでした。
この朝、傘姫提督は当然のように極楽さんが空けた席、提督の席に着いているのです。
「そうそう、じゃあないでしょうが。ダメでしょうが倫理とかいろいろな問題的に。いつから? 本人と入れ替わってたの?」
「やだなあ。斑鳩とは最初から、ずっと、一緒だった、よ? 斑鳩はまだ、『葛城』って名乗ったまま、この鎮守府に迎えられて。私も、そのとき同時に、着任して」
「えーっと……僕の推測だけど。僕を見張る司令官が必要になったタイミングで、極楽さんは本物の一ノ傘姫乃に接触して、コピーのあなたを作ってこの鎮守府に着任させた、ってことでよろしい?」
「そう。そうそう」
「どうして」
「うん?」
「どうしてわざわざコピーなの」
「その方が、極楽に都合が、良かったから、じゃない?」
「んあーそうじゃなくてぇ……あなた傘姫提督が、どうして、それでいいのかって聞きたいの。だってこれがもし映画フィルムの中だったら、本物の存在と自我意識の間に押しつぶされて葛藤したりするのが鉄板でしょうに。いや、その前に――」
「いろいろ、難しく考える、ねぇ」とコピー人間さんは他人事のようですらあります。
「――その口振り。極楽さんと本物傘姫さん、コピー前に随分と円満な契約を結んでいるね? そしてそれはコピー傘姫さんも。……僕には分からない。僕だったらたぶん、いや絶対に、耐えられない」
“自分は空母・葛城ではない”と知った時のことが思い出されます。
「けっこう大変、だったんだよ? コピーされてる時、なんて、青い火が体中、ぞわぞわぁ~って。うわっ、思い出した、だけで鳥肌が」
「そこはどうでもいいよべつに。……疑問だらけで、逆にこれ以上何を聞けばいいのかも分からないや。とりあえず、あなたがコピー傘姫さんだってことは、竹櫛提督と一ノ傘副提督、天照隊の皆には内緒なんでしょ」
「うん。察しがよくて、助かる、よ」
「じゃあ大和と武蔵さんは? あの二人には、人間ではない疑惑をもうかなり高いレベルで持たれてると思うよ」
「秘密、ひみつ」
「僕は聞かれても知らぬ存ぜぬで通すからいいけど。提督と極楽さんがどこまでしらを切り通せることやら。特に極楽さん、面倒くさくなったら全部喋りそうだし」
◆――――◆
「へっくし!」
カウンターに右肘をついていた極楽さんはくしゃみをしました。
「誰かが我の話をしているな。許されることではない」
天照隊の本隊がある南鎮守府の売店に極楽さんが戻り、売店は元の姿を取り戻しました。
極楽さん不在の間、一人で切り盛りしていたアルバイトの磯風ちゃんは、今は落ち着いた様子で昼食時に向けての品出しをしています。鬼の居ぬ間に何とやらだった部分も磯風ちゃんにはなくもなかったものの、やはり極楽さんという強い人がいると、安心感が違うようです。
「ところで磯風。このメモは何だ?」
極楽さんは何かがビッシリと記されたA4用紙をピラピラと振りました。
「それはお姉さんが不在だった間に、アカシマートから受けた攻撃のメモです。記録しておいた方が良いだろうと思って」
「フン、なるほど――どうやら我の不在をチャンスと見たらしい。磯風、これが何を意味するか分かるか」
「…………アカシマートの刺客が天照隊の中にいる、ですか」
アカシマートとは、暗黒メガコーポのフランチャイズ戦略によりほぼ全鎮守府・泊地・基地に展開している売店のことです。つまり極楽さんの敵です。そこいらの艦娘ならば『売店・イコール・アカシマート』という認識でしょう。詳しく調べたことがないので知りませんが、この認識でない例外は天照隊だけではないでしょうか。
「そうだ。まったく愚かなことだ。これでは自ら見つけてくれと言っているようなものじゃあないか。まあ泳がせておくが。というか、しばらく人探しは積極的にする気になれんな」
極楽さんは「はーぁ……」とひとつ溜め息をもらしまいた。
「磯風。今の我の気分が分かるか」
「いえ、さあ?」
「寿司屋に行ってだな。こう、いかにも旨そうなウニの軍艦巻きに手を伸ばすわけだ。だが口に入れて一噛みしたその瞬間、我に衝撃が走った。ファッキンクソ不味いと。おせち料理の具材を全部生でミキサーにかけた感じの後味は、その後何を食っても舌に残ったままだった。あれはショックだった……そんな気分だ」
「お姉さん、疲れてますね」
「分かってくれたか。よし今度寿司屋に連れて行ってやろう。ウニとサビ抜きな」
「え、私はウニも食べたいのですが」
「お前ウニ好きなのか!? つーか寿司食ってんのか」
「陽炎型の皆でたまに。もちろん回転する方のものですが」
「なるほど、姉妹艦と飯かぁ。そうかぁ」
極楽さんはしみじみ言いました。
「なあ磯風。お前、姉妹艦は好きか」
「真っ直ぐ聞かれてしまうと答えるのは少し恥ずかしいですが――当然好きです」
「当然か」
「ええ。当然です」
「じゃあ、その大好きな姉妹艦から『私を殺して』と言われたら、どうしてやる?」
「ずいぶんと極端な事例ですね」
「そうでもない。よくある話だ」
「私にはあまり想像できませんが……仮に姉妹艦の誰かが、いや艦隊の仲間の誰かが私にその苦難を打ち明けてくれたとしたら、この磯風、まずは全力でそのメッセージの原因を探るでしょう。それから――」
「原因を取り除いてやる、と言うのだろう?」
「誰だってそう考えるでしょう」
「状況によるとは思わないのか。例えば、そいつがもう助かる見込みがないほど苦しんでいるとか」
「お姉さん、そういう仮定を付け足していくのはズルいと思います」
「……それもそうか。我としたことがつまらん事を聞いてしまった」
磯風ちゃんは止まっていた手を再び動かしはじめました。その姿を、極楽さんはしばらくボーッと眺めていました。棚に整然とおにぎりやサンドイッチが並べられていきます。
極楽さんはまた、思いついたことをそのまま口に出しました。
「じゃあ磯風。例えば誤射とかで、自分の手で致命的にヤってしまった奴が、何かの間違いで生きていたとしたら、そいつ相手にどんな顔向けをする? いや悪いのは射線上に入ってきた奴の方なんだが」
「そういう経験をされたんですか?」
「我はそんなミスは犯さん。なんとなく聞いてるだけだ」
「ふむ…………お姉さんは“にわかせんぺい”をご存知でしょうか」
「博多の菓子だろ。まあまあうまいな」
ご存知でない方はググってください。情けなく垂れた目と眉を印としている珍妙な煎餅です。
「あれのおまけとしてついている面でも顔に貼り付けていけば、少しは気まずい雰囲気も和らぐのでは?」
「なるほどな。ふざけても別にいいもんな。悪いのは我ではないわけだしな」
「やはりお姉さんの事じゃあないですか」
「お前も覚えておけ。現実にはな、理解者なんて一人だっていやしないものだ。『仲間殺しは死ね』と仲間だった奴らは口を揃える。それが姉妹艦殺しだったら尚更だろうな。そうなった後どうなるかはお前にも想像がつくだろう」
「はい。理解し合えるまでぶつかり続けるのはつらいでしょう」
「想像できない子だったかお前は。誰にも理解されないと言っただろう」
「ですから、お互いに長い時間を必要とするのでしょう。長い努力をするのでしょう」
「いやそうでなくてな? 結局は最初から自分一人しかいないという話で――」
磯風ちゃんは言うのです。
「少なくとも、この磯風は、お姉さんの理解者です」
磯風ちゃんは、その力強い瞳で極楽さんを見据えました。
極楽さんはポカンとしてしまいました。
極楽さんはポカンとしてしまいました。
極楽さんはポカンとしてしまいました。
………………。
…………。
……。
「お前……ホント言うようになったなぁ」
「言い続けますとも。理解し合えるまで」
「フン、ならば今晩だ。今晩、寿司を食いに行くぞ磯風。といっても、お前にはウニしか食わせんがな」
「なんでですか。他のも食べたいですよ」
「ウニ丼を見ただけで吐き気をもよおすようになるまで口の中に詰め込んでやろう」
「贅沢なのか何なのか」
「我の理解者だと豪語するのなら、まずウニの真なる不味さを魂に刻め」
「やっぱり私にはまだお姉さんの領域は早すぎたようです。理解したくありません」
「じゃあお前の好きな寿司ネタを言ってみろ。何が食いたい?」
「やはり王道の大トロ辺りでしょうか。あ、それと意外にもアボカドとか――」
「ことごとく却下だ。お前はウニを食え」
「お姉さん、もう逆にウニが好きでしょう」
極楽とは程遠い極楽 おわり