球磨の薬指   作:vs どんぐり

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第07話 叢雲の薬指 6

 ケッキョンキャッキョキャリしてください。を改めて

「ケッコンカッコカリしてください」

 と電は言い直した。ライトノベルの主人公がだいたい共通して習得している当身技【ン? イマナニカイッタカ】を封じるように聞き取り易く、視線でも私を縫いつけて離させようとはしなかった。情けない限りだが、私はこの駆逐艦の小娘から逃れるどころか羨望すら覚えてしまった。叢雲をも超える練度は伊達ではない。

 我が艦隊の最初の一人だった頃の電は、今のように私を真っ直ぐ視ることすらできなかった。簡単な指示を出しても、実作業よりも慌てている時間のほうが長かったくらいだ。私に意見をするなどあり得なかった。私も新米だった頃だ、二人目の球磨、三人目の叢雲の配属があと少しでも遅ければこの近海は今頃、深海棲艦の勢力下にあったことだろう。

 そんな小娘が私にケッコンカッコカリをしてくれと頼んできた。

 本当に強くなった、と心から思い、口に出しかける寸前、叢雲が電の顔を殴った。小柄な体はあっけなく弾き飛ばされて壁にぶつかった。いくら電が小柄だからといって叢雲との差はあまりない。叢雲は手加減をしていなかった。怒り狂った叢雲を私は初めて見た。

「あんた電、こんな最悪なこと、どこで覚えた!」

 詰め寄る叢雲の肩を押さえたが動かない。私がビビってどうする。

 叢雲は倒れた電の胸倉をつかんで無理矢理起こした。

「こんなゲスな手段をどこで覚えたかって聞いてんのよ! 答えろ!」

「うぅっ……」

「いいわ、あんたの飼い主に直接聞いてやる。出ていけクズが、二度と来るな!」

 そう言い放ち、電の胸倉をつかんだまま扉まで引きずって執務室の外へと放り出してしまった。言動がもはや私の知る叢雲ではない。恐ろしい。夢なら醒めて欲しい。こういった場面での提督としての振る舞い方を考えるも見えるのは走馬灯のような光景だけ。軍は艦娘がキレた時のマニュアルを作成すべきだ。叢雲から「あんたもよ、出ていきなさい」と言われたのは皮肉な幸運だった。

 正座をしていて足が痺れてみっともなく呻いていた島風と天津風も追い出されて、執務室の扉は鍵をかけられた。それはいい、今は叢雲よりも倒れたままの電だ。意識はあるが眼の焦点が合っていないように見える。鼻血が出ていて右頬が内出血している。あの勢いで殴られたのだから骨が折れている可能性もあった。慌てて周囲を見回す。廊下の見える範囲に私達四人しかいないのは幸いだった。電に上着をかけて顔を見られないようにした。とにかく医務室へ行かなければ。

「島風、天津風、手伝え」

「「はい」」

「いいか、さっき見たことは忘れろ。誰にも言うなよ」

「「なにも見てません。なにも聞いてません」」

 二人にはメンタルケアが必要かもしれない。

 

 

◆――――◆

 

 

 艦娘でなければ病院送りだ手術必須レベルだ障害が残る可能性もあった提督アンタはこの鎮守府で何をやってんだ金剛比叡球磨アンタの次は他所の秘書艦か監督する立場にある人間としての自覚がない、と医者に散々罵倒されながら、電が処置を受けているのを見守っていた。処置を終えた頃には電の意識ははっきりとしたものになっていた(罵られる私を庇おうとはしてくれたが、電も動くな喋るなと怒られるだけだった)。とりあえずベッドに横になってもらった。ひとまず安堵はしたが勿論、電の晴れやかな表情を拝めるはずはなかった。理由はともかくとして古い付き合いの叢雲に殴られ罵倒され、その心中を察することなどできない。

 一段落がつき、いや問題は何一つ解決していないのだが落ち着いたところで、今後の事を考えなければならない。順を追って考えるとしよう。

 一つ、電がケッコンカッコカリを、一ノ傘ではなく他の艦隊の提督である私に申し込んだこと。前例を聞いたことはないが、軍隊的にかなりマズいことではないか?

 二つ、他艦隊の秘書艦様を叢雲が殴り怪我をさせてしまったこと。アウトだ。霧島が金剛と比叡を殴った事とは話が別だ。我々、艦娘を戦力とする艦隊には普通の軍隊と違い、精々どこぞの学校の校則に毛が生えた程度の縛りしかない。その方が艦娘の個々の戦力を最大限生かすことができる、という研究結果があるからだ。だからといって、例えば他校の生徒を殴れば停学・退学になる、といったような単純な話ではない。艦娘に期待される戦力、それも艦隊の第二の頭脳である秘書艦を作業不能にさせてしまったのだ。一ノ傘の艦隊への影響は計り知れない。

 三つ、電が私にケッコンカッコカリを迫り、その回答――よし決まった。全て隠匿するとしよう。

 今日、執務室にやってきた電はウッカリ酸素魚雷を自分に向けて発射してしまった。以上。いやあ、もし爆発していたと思うと、叢雲があれほど怒るのも無理はない。めでたしめでたし。

「電いる!?」

 ドアを破りかねない勢いで叢雲が入ってきた。

「なんて姿に、私のせいで。ごめんなさい。全部私の勘違いだったの……!」

 

 

◆――――◆

 

 

 今日ほど叢雲が表情豊かな日はかつてなかった。できれば喜怒哀楽の不景気な二種類はやめてほしいと注文を付けたい。

「……ごめんなさい。待たせたわね」

 私が一人で執務室に戻って一時間ほど過ぎたところで、まぶたを泣き腫らした叢雲は帰ってきた。

「それと……何度も言うけれどごめんなさい。私の勘違いのせいであん……提督にすごく迷惑がかかるかもしれない」

「今までどおり「あんた」と呼べばいい」

 頭を振る叢雲。

「一ノ傘提督にね、変な誤解をしてて、電話して、全部喋っちゃって、でも一ノ傘提督は何も知らなかった――つまり電はあの子自身の思いで提督にケッコンカッコカリをお願いしたの」

「待て待て待て待て。それはそうだろう。そうに決まっているだろう。勘違いの余地など微塵もないだろう」

「いや、その……ほら、一ノ傘提督のところの艦隊って、えっと、とても仕事熱心じゃない。だから資材を調達するためにあん……提督を……ね? 電を使って、懐柔とかしようとしたんじゃないかって、思って」

 ハニートラップ。

 くだらない作戦だと考えられがちだが、ハニートラップという言葉を耳にする時があるとすれば、その時既に作戦はほとんど成功していると言っても過言ではない。眉唾ではあるがヲ級に懐柔されてしまった提督がいて鎮守府を丸ごと深海棲艦に乗っ取られた、という話すら聞いたことがある(不自然な情報操作の痕跡が見つかっているが関連は不明)。それほどに恐ろしいものではある。

 だがしかし。

 だがしかし。

「この私がハニートラップに引っかかるとでも?」

「引っかかるでしょ」

 即答だった。

「戦争が長引いても、電だけはまっすぐな子でいて欲しいと思ってるの。昔からの付き合いだし。それだけは確かめられて良かった」

「手が出るのが早かったぞ。叢雲、私はお前にも真っ直ぐであって欲しいのだが」

「だって……あんたに本気でケッコンカッコカリをお願いするなんて思えなかったし」

「泣くぞ。今のはさすがの私も傷ついた」

「それより」と話を流されてしまった。本当に泣きたい。

「一ノ傘提督にはもう話したけど、電に怪我させてしまったこと……私はどうやって責任を取れば……」

「責任を取るのは提督である私だ」

「そう、なるのよね。……ねえ、もしもの話よ? あんたが提督を解任されたら、どうなるの?」

「変わりの人事異動があるだけだ」

 居場所のない私は元の文民のような生活へ……そこで閃いた。少々不謹慎だが、これは叢雲と結婚するチャンスではないのか? いやチャンスという言い方も良くない――そう、私には叢雲を守る義務がある。衝動的に電を殴ってしまった負い目がありながら、また他の者への示しを付ける必要もあり、艦隊での肩身が狭い中での仕事は困難を極めることだろう。ならばいっそ叢雲を解体処分という形にして、同時に私も引退する。完璧な作戦、もとい事後処理ではないか。

 我が艦隊員は全員、一ノ傘のところに転属させてしまおう。電に怪我をさせてしまった詫びだ。奴の艦隊は火力に特化している分、鈍足で燃費も悪い。さらに安定して戦える空母が蒼龍と飛龍しかいないのは馬鹿だ馬鹿だと馬鹿にし続けていたが、この機会に強化するといい。支援などと言わず艦隊を丸ごとくれてやるのだ。奴も納得するに決まっている。

 善は急げと受話器を取った。

「どこにかけるの?」

「勿論、一ノ傘にだが」

「ねえ、あんたはさ……この艦隊のこと、好き?」

「嫌いではない」

「そう……」

 叢雲はそれ以上何も言わず俯いてしまった。なんとなく気不味い雰囲気になってしまい呼び出し音をずっと聞いていた。

 二十回ほど呼び出し音を聞いたくらいか、やっと繋がった。

《今は忙しい。すまないが急ぎでないなら後にしてくれ》

「竹櫛だが、忙しい原因はこちらにあるか?」

《竹櫛提督か? その通りだとも。おかげ様で今、鎮守府総出で提督探しだ。ああ私は長門だが――》

[長門;Lv.109]

《どんな魔法を使ったんだ? この私が海に出ず座って留守番など考えた事もなかったぞ。雷が詳しく話さず他の全員を捜索に当たらさせてはいるが、なあ、何かあったのか? そちらには電がいるんだろう》

「詳しい事は話せん。放送で呼び出せないのか」

《もう試した。電話越しでもいいから電の声で放送させてくれ。それなら鎮守府内にいる限り必ず出てくるはずだ》

「電の声で? それこそ魔法だな」

《魔法ではない、愛の力だ》

「アイ? なんだそれ」

《愛は愛だ。愛情の愛。溺愛の愛。英語でラブ。愛する電の声を聞けば提督も戻って来るだろう。もしかしたら電に会いにそちらに向かっているのかもしれないな。そんなことあるわけないとは思うが、もしこちらの提督を見》

 長門には悪いが受話器を置いた。まだ正午にもなっていないのに、問題の嵐が頭の中で暴れまわっている。一難去らずにまた一難。

「一ノ傘提督はいなかったの? 電話の相手は」

「長門だった。一ノ傘は行方不明で、現在鎮守府内を捜索中らしい。だが奴は恐らくこちらに向かっている。そんなことより叢雲」

「そんなことで済ませちゃダメでしょ」

「一ノ傘にはさっきの事をどこまで話した? どんな話をした?」

「……問い詰めるつもりで電話しちゃったから、あんたにケッコンカッコカリを迫ったことを言って、一ノ傘提督はそんな卑怯な真似するはずがないって。じゃあどうして電がケッコンカッコカリを迫ったんだって私が言うと一ノ傘提督はそんなはずはないって否定して、その流れを何度か繰り返したわ。で、私が誤解に気付いて謝っても一ノ傘提督は納得しなくて、電を出せって言われて」

「怪我をさせてしまったから出せないと」

 ばつが悪そうに頷く叢雲。

「一方的に電話を切られたわ」

「状況が悪すぎるな。さっき長門に聞いたのだが、一ノ傘は電のことを一人の女性として好きらしい」

「はいぃ?」

 私も驚きたいところだが、言われてみると思い当たる節がないでもない。そもそも奴が提督になった理由がそうだ。今でこそ奴はブラック鎮守府の見本のようなことをやっているが、それも、まるでハニートラップに引っ掛かったように戦争に駆り出されたことがはじまりだった。

「じゃあ電が今、薬指に嵌めてる指輪って、ケッコンカッコ【ガチ】なの?」

「一ノ傘の気分的にはそうだったのだろう」

「でも、電よ? 電に魅力がないって事じゃないけど、そういう事ってあるの?」

 我が艦隊にも大井・北上という例がいることを、叢雲はすっかり失念している。

「電のことが一人の女性として好きって――一ノ傘提督も女性よ?」

 

 

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あと一回 TO BE CONTINUED です!

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港湾棲姫より3-1羅針盤のほうが強い……
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