「いや実は僕、漁支援にはまったく携わったことがないんだよね。去年もこれ言ったっけ?」
「あら、そうなの?」
「お父さんの艦隊にいた頃はアレでダメだったでしょ、その後の一年の空白でしょ、それから今ここの少人数艦隊」
任務で漁場まわりを遠くから広く哨戒していたことはありましたが、漁支援装備をガン積みして魚群を探しまわる艦の護衛をしたことは一度もありません。
僕の他に潜水艦五人(と提督と猫吊さん)しかいないこの分隊が、わざわざ本隊から人手と装備を借りてまで秋刀魚&鰯祭りに興ずるのは、それが任務だとしても、なんかほら、違うでしょう。
「お刺身とか蒲焼とかいろんな料理があるよ。食べにおいで」
と本隊から親切にも誘ってもらえているのは嬉しい限りなのですよ、しかしですよ。何もしていないくせに旬の魚に舌鼓を打つのは気後れしますし、かといってお断りてしまうのもスゴイ・シツレイだから悶々としている、ドーモ、斑鳩です。
「ふむふむ。じゃあ、こうしよう」とオカッパ頭の傘姫提督は言います。「斑鳩の分まで、私一人で食べに、行ってくる、ね」
「またサボる口実を……いや、うん。今回はそれでいいや。向こうの皆によろしく言っといて」
「今から行けば、ちょうど、お昼ごはんの時間、だね。さあ出張の、準――」
ピロロロロロ。
提督が立ち上がったと同時に執務室の固定電話が鳴りました。電話を取るのはもちろん秘書艦の仕事です(諸説あり)。
「提督に用事かもだから待ってね――はい、天照大艦隊分隊執務室です」
《その声は斑鳩殿でありますな!? ならば話は早い、大至急の支援を要請するであります!》
「えー……。そう言うそちら様の声は、あきつ丸……提督?」
あのアンポンタンを提督扱いしたくはないのですが、実際提督なので渋々、です。
《その通りヤーナム泊地のあきつ丸であります! 我が泊地は現在、かつてない危機に直面しているのであります!》
電話の向こうで、阿呆がかなり焦っている様子が感じ取れます。やいやいと騒ぐことが得意なあきつ丸の、こんなにも切羽詰まった声のトーンは初めて聞きます。
しかし何用でしょうか。漁支援のことでしょうか。
僕の知る情報が古いものでなければ、ヤーナム泊地に在籍する艦は、ここ天照隊分隊とほぼ同等で少ないです。神風型駆逐艦が五人いるだけ。あきつ丸を入れても六人。漁支援に割ける戦力は考えるまでもなくありませんから、悩む必要なんて逆にないはずなのですが。
「なんの危機? 秋刀魚と鰯の漁の任務なら余裕のある艦隊が――」
《秋刀魚? 漁? 遊んでいる暇などなひゃあ!?》
今、あきつ丸の声の裏で、ドカーン! と何かが爆発したような音がしました。その音は音割れを起こすほどでした。
「もしもし? どうしたの?」
《敵戦艦からの砲撃であります!》
「は?」
《深海棲艦の包囲艦隊が一キロ先まで迫っているのであります!》
「…………………………大丈夫?」
頭がイマイチ追いつかず、とりあえず大丈夫かどうかを聞いてみる僕。
大丈夫じゃあないに決まっているでしょうが僕もアンポンタン。
◆――――◆
艦娘はおろか深海棲艦すら忌避する海域は存在します。文字通りの『血の海』が脳の単純な部分を恐怖で塗り潰してしまう、そこはヤーナム島周辺。
と言ってもそれはちょっと前までの話で、大和が島を無害化してからは血もだんだんと薄まっていき、小規模ながらも僕ら人類にとても有利な、深海棲艦が寄り付かない泊地が作られたのでした。
……が、その約束された安全も、どうやら過去のものとなってしまったようです。
《どふぉあ!? 敵さん、また撃ってきたであります!》
「神風ちゃん達は!? まさか、まさか……!」
《いや神風たちは出撃させていたでありますから、帰還命令を出したところであります》
「そう。とりあえず無事でよかった」
《ちっともよくないでしょう!? 迎撃ができないであります!》
「大本営にはもう連絡したんでしょう? なら早く島の奥まで撤退して――」
《いや、ヤーナム島に詳しい貴官に支援要請を出すのが先でありましょう。現場の的確な状況判断であります》
「命令系統ガン無視にも程があるでしょうがコンチクショウ」
僕にどうしろと!
《ヌッ。どうやら敵包囲艦隊がジリジリと前進を始めた様子であります。これは……深海棲艦による上陸作戦? おのれ反撃がないからと甘く見て!》
「ああもう! 敵の規模は?」
《こちらの見える範囲で……ちらり。空母4、戦艦2、巡洋艦3、駆逐艦11、識別不能1、潜水艦不明。あの識別不能の敵からは、ちっこいながらも鬼姫級の気配が――あっ、いま確かに目が合ってしまった! であります! ここはまずい、撃たれるであります!》
「ああああああもう!」
◆――――◆
猫吊さんの神懸かり的な伝達手腕のおかげで、とても厳しい命令系統のガン無視事案を巧妙に隠しつつ話は速やかに進み、ヤーナム島反撃作戦が発令されたのでした。
僕は右手で出撃準備を進めつつ、左手にスマホを持って通話しているところです。
《……確認させて頂戴。この私が》大和です。《あきつ丸提督に対して、軍事機密を管理している建物に火を放った後、オドン教会なる場所まで撤退するよう指示を出した。また帰還中の部隊はまっすぐ泊地に戻らず、ヤーナム島北東部にある漁村の方から島に入ってあきつ丸提督と合流すること。――ということになってるのね? そう口裏を合わせたいのね?》
「はいその通りです。本当に申し訳ない」
傘姫提督ならともかく、一兵卒の僕がアレコレとあきつ丸提督を動かすのはよろしくないでしょう。なので猫吊さんは、撃沈王に責任を押し付けてしまうのがよい、と判断したようです。ヤーナム泊地を作ったのは大和ですし……という理由が通るのかは分かりませんが。
「腐っても一応は元陸軍の揚陸艦が、敵に上陸の動静ありって言うものだから、迎撃できないなりに何かしないと、と思って……その、焼却してしまうのはやりすぎだったかなと反省してます」
《ふふふ……斑鳩は私が作ったヤーナム泊地を破壊するのが何よりお楽しみのようで…………なんてね、冗談よ。奪われるよりずっとマシだわ》
それから五秒ほどの沈黙。たぶん大和は僕に聞こえないようにため息をついたのでしょう。それと冗談なのは半分ほどなのでしょう。
《じゃあ、ヤーナム島反撃作戦は天照隊に任せちゃっていいのね》
「うん、任せて。って言っても僕一人の他には本隊から出てきてもらうんだけどね」
《今はみんなソナーとか探照灯とかばっかり装備して出撃してるんじゃあないの》
秋刀魚&鰯祭りの邪魔をしてしまうのは悪いよね、それも、
「泊地が敵の攻撃を受けているから今すぐ助けて」
なんて重たい作戦で割り込むのは止む無しとはいえ心苦しいよね。と僕も提督も思いつつ本隊にお願いをしました。ところが返事は、
「漁支援にもちょうど飽きてきたところだった」
とのことで、本隊の皆さんは快くヤーナム島反撃作戦に手を貸してくださることになりました。ストレス溜まりそうですもんね、漁支援。
《深海棲艦が増えておおごとになる前によろしく頼むわよ。あ、そうだ。せっかくなら――天照隊にはあの子がいたわね。差し支えなければ部隊に入れてもらえないかしら》
◆――――◆
第一艦隊旗艦斑鳩、第二艦隊旗艦球磨さん率いる十二名からなる空母機動部隊、出撃です!
「なんで球磨だけ、撃沈王からご指名いただいたんだクマ?」
後編につづ……く?