デザイン性を捨てたBluetoothイヤホンのような機器。
高性能レーダーでターゲットをギリギリ捕捉できるかどうかの距離であっても余裕でストレスのない通信・会話が可能。
バッテリーもすごく持ちがよい。
その原理は世界大戦時のどこかの国が極秘になんかうまいことやって試作一歩手前まで漕ぎ着けたものである。
その頃、ヤーナム島にひとつの黒がありました。僕らの知りようがない黒です。
黒は、鮮麗な五色と混ざり合う時を、今か今かと待ち続けていました。
この日のために黒は風となったのです。
それはきっと綺麗な六色になるだろうと、黒は期待に胸を苦しいほど膨らませました。
◆――――◆
『ブソウヲホウキシタノチココマデコイ』
武装を放棄した後ここまで来い。
敵は、再び手旗信号で同じ要求を繰り返しました。
深海棲艦に「そちらの目的を問う」と聞くことがナンセンスだったのでしょうか。
主導権を握っているのは、人質を取っている敵の方です。こちらにはプロのネゴシエイターなんているはずがありませんし、味方の応援を待つため時間を引き延ばす術もありません。素人が刑事ドラマの真似事なんてしたら、六人も豊富にいる人質は数を減らされるに違いありません。
「瑞鶴、また敵方に向けて送信お願い。『そちらに行く。人質には手を出すな』って」
《ちょっ、本気なの?》と驚き半分、抵抗半分で言う瑞鶴の気持ちは分かります。が、
「作戦がある」
僕はズバッと言い切りました。
半分、皆に対するハッタリです。強がりです。
皆に腹を括って動いてもらうために必要なのは筋道、つまり作戦。それを用意します。
では何が半分ハッタリなのかというと……軍師でもない僕が立てた作戦なんて、ただ、今できることをやろう程度のものなのです。妙策どころか、ヤーナム泊地で囚われている六人に加えて犠牲者を上積みする下策かも……ああ、少しでも気を緩めると顔に出そう……。
「瑞鶴の攻撃隊から敵に送信を終えたら、翔鶴、瑞鶴、大鳳。攻撃隊全隊、帰還させて」
……いいえ、覚悟はさっき済ませたじゃあないですか。今ここで、僕らで、助けるんです。神風ちゃん達を。あと一応あきつ丸も。
《球磨は第二艦隊の旗艦だけど、作戦は斑鳩に任せるクマ。で、どんな?》
◆――――◆
元々のヤーナム島反撃作戦部隊はこんな感じでした。
第一艦隊、旗艦斑鳩、比叡、翔鶴、瑞鶴、大鳳、那智
第二艦隊、旗艦球磨、霧島、妙高、夕雲、巻雲、風雲
「どうやら敵には何か理由があって、人質を盾にして僕らを一方的に攻撃するのではなく、ヤーナム泊地まで呼び出したいらしいです。何をされるのか、させられるのかまではわかりませんが、それに合わせて部隊編成を変更します。第一艦隊は旗艦僕、翔鶴、瑞鶴、大鳳はそのままで、球磨さん、霧島が移ってきてください」
第一艦隊、旗艦斑鳩、翔鶴、瑞鶴、大鳳、霧島、球磨
「比叡と那智は第二艦隊に移ってもらいます。比叡はさっきお願いしたとおり第二艦隊の旗艦をお願い」
第二艦隊、旗艦比叡、妙高、那智、夕雲、巻雲、風雲
《旗艦はまっかせて!》と頼もしい比叡。《でも、どうして変更を? 元のままじゃダメなの?》
「僕らは航空機を全力発艦させちゃったけど、敵の方からは今の今まで何も飛んで来ないし、レーダーでもヤーナム島からここまでは探知できない。つまり、こちらの戦力はまだ『航空機の数から推測して少なくとも空母四隻』としか知られていない。だから泊地に出向くのは最低、空母四人だけでいい」
《それなら、空母四人に私と球磨を付け足したのは?》と言って霧島は眼鏡をクイッと上げました。
《球磨はもう分かったクマ。いつものパターンクマ》
「はい。第一艦隊は武装を解除されながらも敵が待つ泊地まで行かないといけない“海軍陸戦隊”です。頑張りましょう」
出撃前、大和が作戦部隊に球磨さんを入れるよう言ったのは、まさかこの状況を見越してのことだったのでしょうか。だとすればさすがは撃沈王、潜り抜けてきた修羅場の数が違うようです。
あ、加えて霧島までいてくれたのはただのラッキー、いや我らが太陽神が与えたもうた奇跡でしょう。
ですが艦娘とは、海の上を滑り踊る者。
《はあ!? 海軍陸戦隊ですって!? 冗談じゃないわ!》
瑞鶴の反発も、いやこの反発こそ、もっともです。
《まさかアズールレーンのアニメみたいに弓矢で戦えっていうの!?》
「ごめん。残念だけど人質の命がかかってるから、装備はここで全部捨ててもらう。海の中にドボン」
《んなっ……!?》
予想できていたこととはいえ、皆からの「コイツはなにを言っているんだ」という視線が痛いです。ですが、ここが旗艦としての踏ん張りどころ。
《ヤーナム泊地の顔も知らない艦娘のために、私たちが死ねって――!?》
「絶対とは言わないけど勝ち目のない勝負はしない。地上にいる敵は戦艦2、空母2、重巡1。それぞれの立ち位置次第だけど、砲撃してくる戦艦2と重巡1は僕と霧島、球磨さんで速攻で倒す」
球磨さんについては今更、言うに及びません。
霧島は、僕は実際に見たことはないのですが、そのメガネパンチなる技は『星の白金のような残像が見えるラッシュ』だそうです。速さもさることながら威力も折り紙付きで、過去、ゲームキューブをメリケンサック代わりに装備したパンチで僕のお父さんの顔面を真っ平ら以上にしました(第18話『叢雲の薬指 - 来訪者』での出来事です)。お父さんの顔は数回手術した今でもちょっと見れたものではありません。
「球磨さん、刃物は今どれくらい隠し持ってます?」
《人をやべーヤツみたいに言うんじゃあねークマ》
そう言いつつも、球磨さんが両手を掌底打ちのように軽く振ると、長袖の下からアサシンブレードがジャキンと二本飛び出しました。それを引っ込めると今度は背中に手をつっこんで、鉈よりも大きなナイフをするりと抜きました。僕を刺したことがあるヤツです。コワイ!
「その大きなナイフ、空母の誰かに貸してもらえませんか」
《慣れないものを貸したくはないけど……まあ、素手よりはましクマ》
《あの、待ってください》と言った翔鶴の顔に表れているのは、怯えの色でした。《私たち空母は、本当に戦えないというか、足手まといにしかならないと思うの》
《私も、戦えるとは言っていませんが?》と霧島が同調しようとしましたが、スルーでいいです。
「翔鶴と瑞鶴、大鳳には敵空母2隻を、僕か霧島か球磨さんの誰かが駆けつけるまで、航空機を飛ばさせず、できるだけ長く怯ませておいてもらいたいんだ。やっつけろとは言わない。ナイフで脅すでも石を投げるでもいい。タックルしたり掴み合いしてくれればもっといい。とにかく時間を稼いで欲しいんだけど――できるかな」
《で、でも、喧嘩みたいな荒っぽいことは――》
「え。しょっちゅうしてるよね。赤城と加賀たちとで」
翔鶴と瑞鶴の目が古代エジプトのメジェドのそれのようになりました。
「やってくれる、よね?」
《わ、分かったよ! 本当に時間を稼ぐだけだからね!》
《はぁ……でもこれも旗艦命令だし》
瑞鶴と翔鶴はやっと折れてくれました。
「大鳳。お願い、していいかな」
《……分かったわ。できるだけやってみる》
《球磨、そのナイフ私に貸して。どうせならアズレンの同名キャラみたく刃で活躍してやるんだから》
《ナイフを奪われないよう、過信も相手を甘く見るのも禁物クマ。ほら、腰の後ろにでも挿して隠しとくといいクマ》
球磨さんが瑞鶴にナイフを渡しているところで、霧島が僕の側に寄ってきました。
「もう一度言うわよ。私も、戦えるとは言っていませんが?」
「『金剛型戦艦に容赦など不要』って金剛さんが言ってたから、それに甘えようかと」
「お姉さまが?」
「うん、金剛さんが」
「…………今回だけよ」
渋々といった様子で、「艦隊の頭脳になるには……」などとしばらくブツブツ言っていました。
◆――――◆
「さて、第二艦隊の方だけど」
《敵の目が届かない地点で、万一に備えて待ってるしかなくない?》
比叡は若干気楽に思っているらしくて申し訳ないです。
「うん。待つには待っててもらって――」
僕は第二艦隊の皆に向かって手を合わせ、オジギをしました。
「僕からの合図で、最大速力で、主砲撃ちまくったり偵察機ブンブン飛ばしたりして可能な限り目立ちながら突撃してきてください」
《うわー。つまり敵のヘイトを集めろと》
「陸戦隊が攻撃を仕掛けるきっかけが欲しいんだ。敵が僕ら陸戦隊から視線を外して、海の方に注意を向ける瞬間が欲しい。それと人質確保まで上手くいった後も、焼け落ちてない建物の裏側まで隠れに背中を晒しつつ走らなきゃいけない。欲を言えば島の奥、ヤーナム市街まで逃げたいけど、そこまでは難しいなぁ」
《海上の敵の規模ってどれくらいだっけ?》
「空母2、軽巡2、駆逐艦11。それと未確認だけど潜水艦もこっちの索敵に気づいた時に隠れた可能性がある。敵のヘイトが第二艦隊に向いたら、陸戦隊は泊地で使えそうな装備を探して加勢するから」
《もういっそのこと、今から全員で突撃するのはどうだ?》と大胆に提案したのは那智でした。《装備を捨てた者を先頭にして、その背後に完全武装した者が隠れながら進むんだ》
「ジェットストリームアタックみたいな? あ~……」
下手な作戦を考えるよりいいかも、とはちょっと思いましたが、僕はガンダムにまるで明るくないので却下です。
と、ここで帰還命令を出していた航空隊が帰ってきました。僕ら空母の飛行甲板に次々と着艦させていきます。
装備の妖精たちも、ここで第二艦隊に預かってもらいます。
「みんな聞いて。敵が痺れを切らして偵察機を寄越してこっちの全戦力を見られたら、本当に詰む。だからお願――いや、やるよ。第一艦隊、海軍陸戦隊は刃物以外のすべての装備を海に捨てて。――ああ分かるよ、勿体無い以上に無防備になるのは怖いけど作戦は必ず上手くいく! 第二艦隊は第一艦隊出発から五分後に行動を開始して。比叡が積んでる高性能レーダーを頼りに敵の索敵範囲ギリギリ外まで近づいて待機、合図を待って」
第一艦隊の皆が手放した装備が次々にボトボトと海の中に……ああそっか、弓と飛行甲板って海に浮かぶんだ……いや僕が惜しんでどうする。
「よし。第一艦隊、進撃開始!」
◆――――◆
ヤーナム島周辺の海は以前と比べたらいくらかマシになった、というだけで、まだ「間違ってもこの海水を口に入れたくない」と思う程の血が混ざっています。鉄の匂いも鼻を突きます。
単縦陣でこの海域に侵入してから、僕ら部隊の進む速度は二割ほど遅くなっていました。速度を一定に保ちつつ先頭を行く僕がちらりと後ろを振り返ると、後続を置いて行きそうになっていたのです。――二番艦の、球磨さんすらも。
血で足を濡らすのは、まるで彼岸花を踏み荒らすようだ、などと安易に比喩できません。恐怖が足首に鎖を巻きつけるのです。
各艦二十メートルほどの距離を取っているので、話をするならやはり通信装置が便利です。
「斑鳩から第一艦隊各艦へ。泊地の火災の煙が見えてきたよ。みんな心の準備はいい?」
二番艦の球磨さんから順に霧島、瑞鶴、翔鶴、大鳳が、
《問題なしクマ》
《問題なし》
《問題なし》
《問題なし》
《問題なし》
問題大ありです。皆、返事が硬い。
「斑鳩から第二艦隊、比叡へ。そっちは順調?」
《待機位置に着いた。ええもうヘイトも経験値もガンガン稼ぎますとも》
「了解。活躍に期待するね」
◆――――◆
ヤーナム島に残された市街や聖堂街がもっとも美しく見えるのが、今の夕暮れ時です。
泊地まであと一キロ、つまり敵の姿も人質たちの姿も目視できるここに至って、ようやく僕は思うのでした。ぱっと見では考える頭のなさそうな敵駆逐艦も、上位個体に従って無防備な艦娘を攻撃しないでいる知能はあるんだな、と。
僕らが近づくと、海上に無秩序に集まっていた深海棲艦たちはサーッと左右に分かれて、奥まで入って来いと言っているようでした。深海棲艦に道を空けられるのは、これが最初で最後の経験になるでしょう。僕らは拒否できないし、するつもりもありません。用事があるのは陸上にいる者らです。
あきつ丸と神風ちゃん達は、岸壁に横一列に並ばされていました。翔鶴の攻撃隊の報告通り、膝をついて両手を頭の後ろに回しています。僕らを見つけた人質たちが期待と喜びの表情を見せたのは、ほんの一瞬のことでした。当たり前です。救出に来てくれたのだと思った部隊が、一切の武装をしていないのですから。ただ人質を無駄に増やしに来ただけなのか? それともせめて人質を交換しに来たのか? 何にせよ、失望はされたでしょう。
泊地の少ない建物のいくつかから火が上がっていました。提督、あきつ丸の部屋がある木造二階建ての建物はほとんど崩れ落ちてしまっています。この泊地はまたほぼゼロからやり直しだ、と嘆かれるに違いありません。主に大和から。
僕は通信装置へ小声で喋りました。見れば誰でも分かることですが一応言っておきます。
「陸上の敵は偵察通り戦艦2、重巡1、空母2」
敵戦艦はタ級が二隻、重巡はネ級が一隻。人質たちに砲を向けています。空母はヲ級が二隻、人質たちの前、つまり地上の先頭に立っています。手旗信号を送ってきたのもこいつらで、僕らを迎える役なのでしょう。せっかくの顔があっても表情からは何も読み取れません。
「作戦は予定通りやるよ。右の戦艦は僕がやる。真ん中、人質の奥の戦艦は球磨さん。左の重巡は霧島」
CQCに持ち込みたい僕らは可能な限り、一メートルでも一センチでも岸壁に近づく必要があります。敵がどこまで接近を許してくれるかが勝利の鍵です。
二百メートルまで近づくと、僕らに道を空けていた深海棲艦たちが背後を封鎖するように回り込んできました。問題ありません。僕らは前にしか進みませんから。
僕らは陣形を単縦陣から、僕を右側とした単横陣に変えて、ランニングくらいの速度(約四ノット)で慎重に進みます。
空母ヲ級との距離百五十メートルまで近づきました。まだ止められません。
距離百メートル。全力で速度を上げれば何秒かかるでしょうか。
距離五十メートル。まだ瞬間的に詰められる距離ではありません。
距離二十五メートル。泳げない僕にとって苦々しい距離です。
距離十五メートル。あれ? とっくにスリケン投擲の射程範囲では?
距離十メートル。……まさか、ここまでいけたらいいなと思っていた距離です。
更に五メートル進めたところで、やっと、空母ヲ級のうち右の一隻が手と口を動かしました。
「止マレ」
叫ばずとも普通に話ができる近さです。
このまま突撃してしまおうか一瞬悩みましたが、「全員、止まって」と指示を出しました。作戦にないことはできません。
二隻のヲ級は岸壁の上、僕らより一段高いところにいます。
僕は二隻を少し見上げながら尋ねます。
「言われた通り、ここまで来てあげたよ。装備も見ての通り全部捨てた。改めて聞く。そちらの目的はなに?」
こちらが仕掛けない理由はもう、これを聞くためしかありません。
「この泊地の奪取? 人質を集めて愉快な作戦でも考えてる?」
止マレ、と僕らを制止した方のヲ級がはじめて、読み取りやすい表情を作りました。眉をひそめたのです。
「…………」
そして、言いました。
「……
次の瞬間、そのヲ級の頭が、右側から『何かに撃たれて』爆ぜました。
「なっ――!?」
ヲ級一隻が倒れた直後、再び右方向からの『砲撃』。もう一隻のヲ級も頭に強烈な一撃を食らいました。
僕が、いや敵も味方もほぼ全員が砲撃音のした方を向いた瞬間――球磨さんだけが、叫びました。
「斑鳩!」
「っ! 球磨さん、霧島、突撃!」
三人は一足目で五メートルの距離を詰め、二足目で岸壁に乗り上げました。
僕は青い炎を左目から、そして両手から燃え上がらせました。目標は混乱状態にある戦艦タ級。岸壁の舗装面に青い炎を引火させて引っ剥がしました。これで圧し潰――そうとした直前、またしても右から飛んできた砲弾がタ級の頭にぶち当たりました。
同時に、人質たちの上を飛び越えた球磨さんのアサシンブレード二振りがもう一隻のタ級の首と胸を貫き、また距離を詰めた霧島の数え切れない拳が重巡ネ級に叩き込まれたのです。
僕は通信装置へ叫びました。
「比叡! 陸は片付いた! 攻撃お願い!」
《了解!》
「翔鶴たちもこっちに上がってきて! 逃げるよ!」
ようやっと砲撃のあった方向を見ると、黒髪に黒い振袖、黒い腰帯、黒い袴、黒いロングブーツの――駆逐艦? が海上の深海棲艦たちの方へ躍り出たところでした。
◆――――◆
深海棲艦を一掃した頃には、もうすっかり夜でした。月昇る海も歩く艦娘にとって満天の星は見慣れたもので……夜のとばりに溶け込む敵影がないか水平線にばかり目を凝らしてしまうものですが、静穏を得たあとに見る星々は、見上げた空は、素直に綺麗だなと思うのでした。
僕ら陸戦隊と、比叡たち、あきつ丸と神風ちゃん達、そして謎の助っ人は、念の為海から離れておこうと、泊地から島の少し奥に進んだ先、ヤーナム市街に建っている旧診療所に集まりました。
「斑鳩。斑鳩。今気づいたクマ。この島、マジで妙に生暖かいクマ」
「でしょう。本格的な冬になるまでコタツいらずの島です」
「いや、でも、この空気はちょっと……クマぁ……」
建物の中はだいぶ埃臭いですが、ここなら、人質になっていたせいで疲弊が著しいあきつ丸と神風ちゃん達が横になれるベッドがそろっています。明かりは十分なロウソクがありますし、不思議なことに人っ子一人いないヤーナム島では火種に困ることがありません。
天照隊からの増援はあと一時間以内に到着してくれるとのことですが、
《ヘーイ斑鳩。こちら増援部隊の旗艦、金剛デース。も少しだけ待っててネ。ところで比叡と霧島はちゃんと働いた?》
「大活躍でしたよ。むしろ僕が二人の働きっぷりを自慢したいまでありますね」
《ほほう? 自慢話、楽しみネー》
天照隊鎮守府への帰還は明日にしました。休息が必要なあきつ丸と神風ちゃん達の泊地はしばらく使い物になりませんから、僕らの艦隊に一時避難してもらうことになりますし。装備を捨ててしまった僕と球磨さん、霧島、瑞鶴、翔鶴、大鳳は夜間にこっそり鼠輸送のように帰るのがよいのでしょうが――僕らにも休息が必要だと判断しました。疲れました。
明日、増援部隊を頼りにしつつ、大人数で帰りましょう。
◆――――◆
さて。ではそろそろ話してもらわなければいけません。
「私ハ……ク、黒風(クロカゼ)。神風型の黒風」
そう名乗った謎の助っ人の子は、長い髪を右でまとめて縦ロールにしています。
「黒風?」「まあ……」「黒風、だって?」神風ちゃん達は颯爽と現れた姉妹艦に……困惑しているようです。
神風ちゃんが一歩前に出ました。
「本当にごめんなさい黒風。私、あなたのことを今まで知らなくて――」
「イヤ、気ニシナイデ。私ハ隠レ……隠サレテタ存在ダッタカラ。誰モ知ラナイノハ仕方ナイ」
「なら今からでも、あなたのことを教えて。神風型の何番艦なの? もしかして十番艦?」
「エッ? ソレハ、ソノ……エット…………零(ゼロ)」
「ゼロ?」
「……零番艦」
「「「「「 零番艦!? 」」」」」
神風ちゃん、朝風ちゃん、春風ちゃん、松風ちゃん、旗風ちゃんのすごい食い付きです。それはそうでしょう。響きがカッコ良すぎます、ゼロ番艦。
「私よりお姉さんってこと!?」
「『ぷろとたいぷ』ということでしょうか」
「ああ、きっとそうなのでしょう」
「ねえ。全身真っ黒だけど、朝と夜、どっちが好き?」
「まあ待ちなよ皆。続きはベッドの上で話さないかい?」
「アノ、待ッテ。今コレダケハ聞カセテ」
黒風ちゃんはひとつ深呼吸をして、一歩踏み出すように言いました。
「私ハ、皆ノ……『仲間』ニ、……ナレルノカナ」
「変なことを聞くのね」
そう言って神風ちゃんは、黒風ちゃんを優しく抱きしめました。
「仲間――家族じゃない姉妹艦なんていないわ。これからよろしくね」
きっと、それは今まで黒風ちゃんにとって、当然のことではなかったのでしょう。黒風ちゃんは強く抱きしめ返し、肩を震わせたのでした。
◆――――◆
ヤーナムの夜明け。
ヤーナム島反撃作戦に関わった皆は、空腹に起こされたようなものでした。
市街から泊地に出て、燃えずに残っていた食料は、神風ちゃん達のあまり大きくない寮に残っていた煎餅などのお菓子や、大量に備蓄していたカップラーメンでした。朝から空きっ腹にラーメン、これはこれで乙なものです。
どうでもいいことですが、僕は春風ちゃんがカップラーメンを食べる姿が想像できませんでした。いやまあ、今も今、春風ちゃんがカップを持って麺をすすっているのを見ているわけですが。
僕は煎餅をかじりつつ、あきつ丸に話を聞きに行きました。
あきつ丸は一応、ヤーナム泊地の提督であって、彼女の泊地がこんな有様になってしまって……でもカップヌードルを腹におさめて、元気をあっさり取り戻した様子でした。
「やあ斑鳩殿。この泊地で食べる煎餅は美味でありましょう」
「で? 昨日、どうして島の奥まで撤退せずに捕まっちゃったの」
「おっと前口上もなく始まる聴取――泊地に火を放った後は速やかに転進しようとしたのであります。が、島の奥から、待ち構えていたように敵巡洋艦が一隻現れ、行く手を阻まれてしまったのであります。自分がせめて軍刀さえ携えていればと、悔んでも悔みきれないでありますなあ」
「その巡洋艦はどこに行ったの? 僕らが倒した数に入ってないけど」
「それが不可解で、鬼姫級らしき個体に『粛清』されてしまったのであります」
「シュクセイ? って、独裁者が好きな排除のことだよね。どうして? 何か粗相でもしたの、その巡洋艦が?」
「そういう風には見えなかったのでありますが、その巡洋艦が包囲艦隊に合流するなり、鬼姫級は言葉も交わさずにズドン! と巡洋艦の腹に穴を空けたのであります」
「……その鬼姫クラスっぽい個体、どんな見た目だった?」
これは人類側全員が共有しておくべき情報でしょう。
「頭の天辺から足の爪先まで、黒い装甲で固めていましたな。まるで西洋の騎士が鋼鉄のスカートを穿いて、全身を黒く塗ったような姿であります。装備していた主砲は普通の深海棲艦らしくない、我々が使う工業製品っぽかったであります。ああ、それと身長は駆逐艦並でありましたな」
「聞いたことない個体だなあ。それで、その鬼姫クラス一隻は僕らが駆けつけた時にはいなかったけど、どうなったの? まさか神風ちゃん達で倒した、ではないよね」
「神風たちを捕らえてきた敵部隊を引き連れて、南の方の遠くへ行ってしまったきりであります。もしそのままここに留まられていたら我々にとってさらなる不利だったのでありますが、敵の落ち度に助けられた、であります」
「んー……何なんだろう。ぜんぜん意図が読めない」
「自分も同感でありますが、我々の勝利に変わりはないのであります」
糖分が充実していない今、どれだけ考えても仕方がなさそうです。
「今考えなくとも、まあまあ。貴官らの鎮守府に行って泡の出る麦茶などを一杯やれば何か見えてくるはずであります」
「泊地がこんなことになっても本当に、普通に前向きだね。いや、こういうとこが美点なんだろうけど」
皆が朝食を済ませた頃、金剛さんが「ヘーイ、みんなー!」と呼びかけました。
「そろそろ出発するヨー! 十一時のティータイムまでには帰りたいから飛ばしていくヨー! さっさと出撃準備を済ませるネー!」
装備を捨ててしまった僕には出撃準備も何もありません。
伸び~とストレッチをしていると、スマートフォンが鳴りました。大和からの電話でした。
「もしもし?」
《お疲れさま、斑鳩。作戦は成功したって聞いたわ》
「まだ終わってないよ。母港に帰るまでが作戦で、ちょうど今からヤーナム島を出るところ」
《あら、これは私としたことが失礼。ところでみんな無事?》
「うん。奇跡的に四人がちょっと被弾した程度で済んだよ。貴重な装備を大量にロストしちゃったのは痛いけど」
《装備は私にできる範囲で作り直しを援助するわよ。じゃあ軽巡洋艦の球磨という子も無事なのね》
「ん? ああうん、無傷だけど――そうだ大和の読み通りだったよ! 球磨さんがいてくれて本当に助かったんだ!」
《ふむふむ。結構結構。帰投したら詳しく聞かせて頂戴。それじゃあ気をつけて帰ってきてね》
「了解です」と通話を切りました。
……今の電話、何の必要があったのでしょう?
ヤーナム島の黒い風 おわり
後日。
天照隊本隊(南鎮守府)から、慢性的な人手不足の分隊(北鎮守府)へ派遣された白露型駆逐艦・春雨は、一時的に滞在しているらしい『ヤーナム歌劇団』神風型駆逐艦たちへ料理を振る舞おうと思った。
得意料理、麻婆豆腐を。
聡明な読者諸氏であれば「いやそこは麻婆春雨だろう」と訝しむことだろう。古事記にもそう書かれている。しかし麻婆豆腐なのである。
白露型の一番艦がこう言ったせいであった。
「お、おいしい! 春雨が作った麻婆豆腐すっごいおいしい! 麻婆春雨はあんまり好きじゃあなかったけど、この麻婆豆腐はなんで!? なんでこんなにおいしいの!? ご飯何杯でもいけちゃう! 週一で食べたい! 麻婆春雨は月一でも嫌だったのに!」
姉を殴らない春雨はよくできた子である。
それはさておき、麻婆豆腐が出来上がった。食堂で待っている神風たちの喜ぶ顔を期待しつつ皿を運んだ。
テーブルでは赤・青・桃・緑・黄・黒の子たちが、すでに麻婆豆腐の香りを楽しんでいた。
――ン? 黒?
春雨はその黒い子をよく見た。
「…………ン゙ン゙ッ!?」
その黒い子、黒風も春雨をよく見た。
「…………ン゙ン゙ッ!?」
世の中は広いようで狭いと、よく言ったものである。
艦これ、アズレン、FGOとイベント盛り沢山……!
やることが……
やることが多い……!