今回は前話【球磨争奪戦 ② カレンダーズ】と同時刻の出来事である。
いわゆる「一方その頃」というやつである。
……が、しかし、信じ難いことに、第49話【撃沈王の世間話】(2018/04/19投稿)から続く話でもある。
2年。
2年もの空白。
恐らく大和も、竹櫛も、誰も覚えていないだろう。
作者ですら覚えていなかったのだから。
◆――――◆
大和型戦艦1番艦『撃沈王』大和とは、あまねく知られる切り札、最初にして最終の決戦艦である。
最初にして――彼女がいなければ脅威度を計れない。作戦すら立てられない。
最終の――強力な敵主力を相手にする最終段階で彼女を温存するほどの愚はない。
彼女が1撃目を放つのにかける計算の長さには賛否があった。「あなたにとって作戦よりも狙撃距離の世界記録の方が大事なのか」と。時には、せっかくの超々長射程も敵艦隊に接近の時間を与えるだけだと友軍から批判されもした。……この点は大和が悪い。友軍への説明が足りない。
「まず私が敵の旗艦を仕留めます。それから皆さんで――」
艦隊決戦では最初に敵旗艦を沈めておけば有利でしょう、と教科書以下の理想論を前提として戦術を組み立てる大和に、幻滅に近い感情を持ってしまう者も少なくなかった。なぜ期待してしまったのか、所詮ただの大本営直属の箱入り娘だった、と。
賛否があった。
批判されもした。
幻滅に近い感情を持ってしまう者も少なくなかった。
所詮ただの大本営直属の箱入り娘だった。
すべて過去形である。
今となっては――。
片方間違えたソックスがリスペクトされるわ(寝てなくて素で間違えた姿が注目されてしまった)、
勝手にライバル認定されて1対1の演習を迫られるわ(スケジュールは安易に組めないが少なくとも十数ヶ月待ち)、
拒否権のない大和型グッズ展開にゴーサインを出させられるわで(最近、自分は炎上しなかったことがラッキーだったと思っている)、
結局、大和がため息をつく頻度は昔も今もあまり変わらなかった。
だが、今のため息は昔のものより随分と軽い。
◆――――◆
ライトネイビーの地味なジャケットとパンツ姿の大和は、天津風と島風に案内され、通された部屋は応接室。
応接室にはこの鎮守府内で2番目か3番目くらいに良い椅子が使われている。どうでもいいが1番良い椅子は比叡のゲーミングチェアである。
応接室には先に男が1人、待っていた。
「できれば、次からは2日か3日前くらいには連絡が欲しい」
竹櫛は挨拶を省いた。
大和は一応、天照大艦隊の分隊に自分の席を作っている。だから身内が身内を訪ねるような気軽さで――昨晩、大和は竹櫛にメールを送った。何なら事前連絡なしに竹櫛のいる第一執務室を訪問しても、大和的にはそれはそれでよかった。
大和は竹櫛の苦言を無料の笑顔で流した。
竹櫛は、とりあえず大和に座るよう手で促し、天津風と島風に言った。
「天津風、島風。ご苦労である」
「はーい」「じゃーねー大和」
駆逐艦2人は仕事から開放された。普段の2人は客人の前ではビシッとしている。オッサン相手に愛嬌を振りまくことがかえって仇になることを経験的に理解しているからである。
応接室で向かい合って座った竹櫛と大和、どちらの方が偉いのかは言うまでもない。応接室のそこかしこに、天照大艦隊がいかに上手くやってきたかを雄弁に語る品々が飾られている。
茶のひとつも出ないことに大和は気にせず気付きもせず、やはり今更、天照隊の提督相手に堅苦しい挨拶も不要とばかりに、彼女は開口一番、訊きたいことを訊いた。
「球磨型軽巡洋艦1番艦、球磨には話をしていただけましたか?」
「既に答えた通りである。球磨に話す必要はない」
「私は『個人的なお願い』ではなく『戦艦大和からの命令』をしました」
「既に答えた通りである。私は拒否する」
応接室で向かい合って座った竹櫛と大和、どちらの方が偉いのかは言うまでもない。応接室のそこかしこに、天照大艦隊がいかに上手くやってきたかを雄弁に語る品々が飾られている。――そのうちのひとつ、額に入れられた表彰状は大和から天照大艦隊に贈られたものだった。
一介の提督ごときに拒否を許してしまうほど、大和は天照大艦隊と仲良くなり過ぎていた。
「なにも球磨さんを大本営直属部隊に差し出せと言っているのではありません。入隊訓練を受けてみないかと――いえ、受けるべきだと推薦したいのです」
「仮に球磨が、ただ珍しい徽章か何か欲しさだけで訓練に臨んでも?」
「修了の後に最低数ヶ月、我らの下で勤務できることが資格要項にあります。ですが、これはあまり大きな声では言えないことなので秘密にしてくださいね。第二次南方作戦に私と並んで参戦した大和型戦艦2番艦、あのお馬鹿さんは――」
「お馬鹿さん?」
「コホン……あの私の姉妹艦は実は、とうの昔に大本営直属部隊への入隊資格を失っています。状況中、『たまたま我が部隊と武蔵の進路が重なった』だけなのです。このような偶然があるのなら逆もあることでしょう。球磨さんに与えられた任務の性質上、我が部隊から単独で離れて天照大艦隊と行動を共にすることが最も効果的である、といったような偶然があっても私は不思議に思いません」
「……すべての仮定が、球磨が訓練から脱落しないことを前提としているようだが」
「もちろん訓練はとても厳しいものです。私から推薦されたからといって合格ラインが下がることは有り得ません。しかし私も、訓練を突破できそうにない艦を無闇に推薦したりはしません。撃沈王の名が廃りますから」
「なおさら理解に苦しむ。優れた艦が求められるのならば練度で球磨に勝る者は少なくない。特に斑鳩など、私よりも大和のほうが付き合いがありよく知るのではないか? 練度の上限が見直される度に数値が際限まで上がってしまう程だ」
竹櫛のこの発言は迂闊だった。
向かいの相手に気付いた様子はなく、大和は付け入り言い包める道を見つけた――のだが、やめた。あの奇妙な友人をダシにしたくはなかった。
「確かに斑鳩は、我が部隊にできなかった様々をやってのけた等実績は十分で、泳げないことに目を瞑れば訓練を受けさせる時間すら勿体無いほどの戦力でしょうが……あの子に限っては引き抜いてはならない理由が多過ぎます。斑鳩を失った傘姫提督がどうなるか、想像はできませんが最悪になることだけは断言できます」
「うむ、傘姫はそうであろうな。『羊の皮を被ったエイリアン』が何をしでかすか私にも分からん」
「それに、もう忘れられかけていますが、斑鳩は深海棲艦のなりかけです。存在がそもそもグレーですからね」
他にも、斑鳩がドーカンシャであるという大きな理由もあるものの、大和自身が未だドーカンシャの存在を受け入れきれていないために口を滑らせることはない。
ところで。
球磨よりもカレンダーズの長月を勧誘するほうが簡単かつ色々と手っ取り早いのでは? これについては大和も当然考えた。大真面目に検討した。試せる範囲で試した。結果、大和と武蔵はひとつの有力な仮説を立てた。
『長月の全力投入は世界終焉シナリオに至る近道ではないか』
「揚げ足を取るようで申し訳ないが、先程斑鳩に対して、引き抜く、という表現を使っ――」
「我が大本営直属部隊は球磨さんの『タカの眼』が欲しいです、喉から手が出るほどに。なにも彼女を差し出せと言っているのではない、と私は言いましたが、こちらが譲歩しても受け入れて下さらないのであれば、次はより強い命令になってしまいます」
だが大和はまだ言い足りない。
「はっきり申し上げますと、球磨さんをただの軽巡洋艦として扱うなど信じられません。世代ひとつふたつを超えた艦ですよ? 戦艦に例えるならば、前弩級戦艦と超大和型戦艦を同一視しているようなものです。ああ、超大和型戦艦というのは、およそ量産型撃沈王とお考え下さい」
「……話を逸らすわけではないが、その超大和型戦艦というのは、私も噂には聞いていたが……実現可能なのか?」
「計画はあります。ご理解いただけたでしょうか。その領域に、球磨さんはどうやってか到達しているのです」
超大和型戦艦――噂はあり、実際計画も確かにあり、それを撃沈王が大真面目な顔で口にしたとなれば、竹櫛でなくとも「有り得るのか」と思ってしまう。
しかし、聡明な読者諸氏は既にお気付きのことだろう。
深海棲艦を相手に建艦競争を繰り広げてしまえば、その先に待つのは『自滅』である。ネオサイタマ鎮守府を除いたすべての拠点の提督たちはこう教育されているはずである。
《工廠に膨大な資材を投入する必要に迫られた場合、その前に子犬などの動物を記録した動画を1時間以上視聴せよ》
実際、この警告を無視した結末が第8話【叢雲の薬指 7】である。
ここ天照隊でさえ長門改二と陸奥改二の戦線投入は慎重になってしまう。そんな胃を痛める判断をいつも迫られる竹櫛は腕を組んで熟考するフリをして大和の表情をチラリとうかがった。……嘘をついているようにはとても見えなかった。あくまで戦艦に例えただけの話ではあるが、軽巡・球磨が超大和型ほどの艦なのか……? こうして撃沈王が自ら勧誘に来ているのが何よりの証拠、と考えてよいのか……?
竹櫛は大和に何かを言おうとしてはやめて、聞こうとしてはやめて、結局10分以上も応接室を静かにしてしまった。10分という時間は字面以上に長い。ましてや撃沈王の前では。
多忙な身であるはずの大和は結論を急かそうとはせず、竹櫛の沈黙に付き合った。眉をひそめることもなく、むしろ10分以上ずっと微笑をたたえていた。
大和の思惑どおり悩みに悩み――竹櫛はようやく1つ言うことができた。
「大和、
応接室で向かい合って座った竹櫛と大和、どちらの方が偉いのかは言うまでもない。応接室のそこかしこに、天照大艦隊がいかに上手くやってきたかを雄弁に語る品々が飾られている。そのうちのひとつ、額に入れられた表彰状は大和から天照大艦隊に贈られたものだった。
「試す、だなんてまさか」と大和はしれっと言った。「この大和、天照大艦隊を一際信頼しています。以前、少しの間だけ預かっていただいた秋月型防空駆逐艦、初月という艦を覚えていらっしゃいますか」
「……あの時は、うちの山城が迷惑をかけてしまった」
第42話【ラックレッサー山城 5】を参照されたし。
「もし初月が予定通りここで経験を積んでいたら、私は、あの子をそのまま天照隊の防空の要として使って頂いても構わないとすら考えていました」
大和が満足気に立ち上がっただけで、部屋の空気がまるで応接室ではなく談話室のように軽くなった。彼女は自分が贈った表彰状を見つけて――これには、年相応の少女の満足さを見せた。
「竹櫛提督。本日はお時間を割いて頂きありがとうございました」
「待て。いま天津風と島風を呼ぶ。それともここにピザを運ばせた方がいいか?」
「そうも露骨に警戒なさらずとも――」
「だがこの後、売店に行くのであろう?」
「半分だけ正解です。球磨さんを見つけようとはまったく思っていませんし、もし偶然見かけても話しません。天照隊を裏切るような真似などできませんよ。ただ売店には、極楽のだらしない姿を拝みに行くだけです」
「そうか、そういえば売店のお姉さんとは旧友の間柄だそうだな」
「きゅ……っ」
本日はじめて大和の眉が良くない方向にピクリと動いた。
「……え、ええ。そうです」
「これは失礼した。ならば付き添いは野暮であったな」
「おほほ……」
「ところで。最後にひとつ撃沈王に聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「自転車には乗れるか?」
「自転車……ですか? え、自転車?」
「うむ」
「……事故があってはならないので自転車に乗ることは原則禁止されています。車とバイクの免許も一応持ってはいますが緊急――」
「許可不許可はともかく自転車を運転することはできるのだな? ペダルを漕いで前に進むことが」
「ええまあ、普通にできますけど?」
「であるなあ。そう、それが普通だとも。やっとスッキリした。感謝する」
「いえ……どういたしまし、て?」
試したことへの意趣返し? 自転車と撃沈王に何の関係が? 大和は思考を巡らせたが何ひとつ思い浮かばなかった。当然である。竹櫛の超個人的な、ただの自己満足のためだったのだから。