ここから電車とバスで三時間もあれば、一ノ傘のいる鎮守府まで行くことができる。私と奴の鎮守府はとにかく近い。海路ならば当然さらに近く、だったら艦隊を統合してしまえという意見もあるものの、敵は海のゲリラのようなものである。こちらの戦力も分散せざるを得ない。
戦術上の立地の話はともかく、一ノ傘は距離の近い鎮守府間を電車とバスより早く移動できる。奴はマイカー保持者なのだ。目覚ましい戦果を上げるブラック鎮守府の提督様であればローンを組めるのだ。決して羨ましくはない。私には変速ギア付きの自転車(パンク中)がある。
奴が失踪したと聞いてから予想通りの早さで、不審車両が警備員を無視して門を突破してきた。
「無理をして出てくる必要はないぞ叢雲。一ノ傘の相手など私一人で十分だ」
「悪いのは私よ、全部……。謝罪で済む問題じゃないけど」
そうは言うが、一ノ傘の車を見て縮み上がってしまっている。怯える叢雲を見るなどいつ以来か。
叢雲を怯えさせる悪魔は車を道のド真ん中に停車させ、後ろから走ってくる警備員など気にも留めず降り立った。あの男勝りな姿に惚れてしまった連中は多かったが、警備において男女差別など皆無である。対一ノ傘用のバリケードでも用意しておくべきだった。
「電はどこおるん」と一ノ傘は言った。
「久闊を叙する、という言葉を知らんのか貴様」
「あっれえ、叢雲がおるやん。へー、ワタシのこと待っとってくれたん?」
「は、はい。あの――」
「じゃあ早速やけど電んとこまで案内してくれん。一言も喋らんで、黙ってワタシを連れてって」
「私の叢雲に勝手に命令をするな」
言ってしまった。「私の叢雲」と言ってしまった。当然の表現ではあるが私の男らしさが溢れんばかりである。さらに叢雲を背に隠すように前に出る。
「お前が敷地に入る許可は出していない。電に会いたければ私の屍を超えてみせろ」
躊躇なく腰のホルスターから拳銃を抜く一ノ傘。ウチの大井並に頭がおかしい。
「おい馬鹿やめろ危ないだろうが貴様!」
「エアガンに決まっとるやん。銃持ち出したら捕まるし」
「エアガンでも捕まるぞ馬鹿者。こっちを向けるな」
「自分で倒せって言ったくせに」
バン。
「痛っ!?」
バンバン。
「お、お前もう許さん! 電と同じ医務室送りにしちゃらあ!」
「竹櫛が悪いんやろーがボケ! 死ね!」
◆――――◆
結果的にではあるが一ノ傘は電に会うことに成功した。私共々、医者に怒られた後に。頬に大きなガーゼを貼られた電は一ノ傘にとっては衝撃的だろう。
「大丈夫、電? 痛くない?」
「…………」
一ノ傘がこの鎮守府に来ることを知らなかった電は、医務室に入った最初こそ驚いて(恐らく来訪したことと怪我をしていることに)一ノ傘を凝視していたが、その後は俯いたまま目を合わせようとしなかった。他艦隊の提督にケッコンカッコカリを申し込んだのだから当然といえば当然である。
しかし一ノ傘に黙っていられる話でもなく、では電は落とし所をどう考えていたのだろうか。考えなしに発言するほど脳天気ではない。
「大した怪我じゃなくてよかった……うん」
一ノ傘が電に対して強く出られないのも計算の内なのだろうか。私が左足首を、一ノ傘が右手首を捻挫したのも計算の内、と言われたら今なら信じてしまいそうだ。
医務室で一人電に話しかける一ノ傘の声が虚しかった。艦隊の指揮を執る人間の情けない姿は、同じ提督として見ているのが辛い。
「一ノ傘。話がある。執務室まで来い」
「え? ……あ、うん……」
先ほど私にエアガンを連射して、弾を撃ち尽くした後はエアガンを鈍器代わりにして殴りかかってきた奴とは思えないほど、弱々しい返事だった。
電の考えは分からないが、こちらにはこちらの都合がある。一ノ傘の気が滅入っていることは、悪いがこちらとしては好都合だ。
◆――――◆
「Para-Ordnance」と、一ノ傘が携帯していたエアガンに刻印されている。全体は黒く、グリップ周辺のシルエットだけならありふれたデザインだが、銃身や銃口まわりに攻撃的な溝が掘ってある。反動を抑えるためだとかそういった目的で穴を開けると聞いたことがある。しかしエアガンに意味があるとは思えない。銃身の下にも何故か凸凹がある。
手に持った感覚としては、まず重い。1kg程ある。次に太い。持ちづらい。エアガンを無意味に持ち歩く時点で頭がおかしいが、仮にも女性でありながらこの銃の選択はあり得ない。普通エアガンといえば一発撃つ度にコッキングする安いやつを持ち歩くべきではないか。値段的にも、一ノ傘のこれは絶対に私が考えるエアガンより一桁は高いものだ。安物のエアガン同様コッキングしてみると――驚くほど気持ち良い。銃の中で金属がカチャリと動く音と感触がすごく楽しい。しかし安物と違って引っ張ったら引っ張ったまま、戻らなくなってしまった。
「スライドストップ触らんでよ。それ古いモデルやからノッチ削れ対策しとらんし」
秘書艦机に突っ伏しながら気の抜けた声で言ってくる一ノ傘。しかしスライドストップとやらが何なのか分からない。引っかかっている部分がある。これか、と押し下げてみると、ジャキッっと元の形に戻った。その感触がまた良い。私もひとつ欲しくなってきた。
「触んなっつったやん、あほー……」
「こういう機構なのだろう、問題あるのか」
「もう売っとらんのやからね、和のドーベルマン。壊したらアンタどうしてくれるん」
さっきこの銃で人を殴ったのは誰だったか。
「銃より刀だ。軍刀を持て。ほら見ろ我が愛刀【丑の刻摩天楼】の勇ましさを」
だらけきった一ノ傘は鼻で笑うだけだった。このドーベルマンとかいう玩具で切れ味を披露してやろうか。
「わざわざ軍刀買ったん? そのお金で射撃訓練とか手入れとか普通せん?」
「銃などあるか。自腹で買ったのは和弓くらいだ。お前も支給されただろ」
「いや、普通に拳銃もらったけど? 深海棲艦相手に9ミリ弾とか意味ないし自決用やって思っとったけど……。あれーまさか拳銃すら支給されなかった的なー? テュプヒー!」
「黙れ。飛び道具ならば和弓で十分だ。直心Ⅱだぞ。Ⅱだぞ」
「和弓! 空母でもないアンタが和弓! なんでせめて洋弓じゃないん? 矢一本いくら? ねえ銃弾一発より安いの? あきゃきゃきゃきゃっ! ……………………はぁ、死にたい」
執務室の空気が一気に淀んだ。気遣おうとした叢雲を手で制する。
「ねー叢雲ちゃん。もう怒っとらんから教えて欲しいんやけどさ。その……電が竹櫛にケッコンカッコカリしてくれって言ったのってさ……ガチやった?」
「……私にはそう見えました」
「やから叢雲ちゃん、ワタシに電話したんやもんねー。そっかー、電はガチかー。ガチなやつかー」
自分自身もガチなことを棚に上げたような言い方だ。
「んで竹櫛、話ってなん? 仕事の事やったら、ワタシもう提督やめたいんやけど」
棚に上げるどころか棚ごと全部捨てるようなことを言い出した。
「そう簡単にやめられるものじゃあないぞ。話は私の艦隊についてだが――」
「もうやだやめる。やめてワタシも艦娘になる。そんで轟沈して海の底で物言わぬ貝になりたい」
懐かしい歌を。と、電話が鳴った。誰だこんな時にと言いたくなったが相手は一ノ傘の艦隊の誰かに決まっていた。今は一ノ傘の相手をしているので叢雲に出てもらう。
「誰だ」
「雷よ。一ノ傘提督の艦隊の」
「聞いたか一ノ傘。お前が失踪してからあっちの鎮守府では終わりのないかくれんぼ状態だ。やる気を出せ。電のことは諦めろ」
「うっさいバカ! アンタは電から好かれとるから余裕があるんやろうけどね、ワタシはどないせっちゅー話よ! 昔アンタんとこから電借りてそのまんまにしとったワタシが悪いん!? 悪いんやろ!? 今更んなって元カレが忘れられんとか言われたら死ぬしかないやん! 電みたいな良い子に言われたら死ぬしかないやん! ……はぁ。物言わぬ貝と深海棲艦ってどっちがマシやろ」
起き上がって騒いだかと思えば再び机に突っ伏してしまった。忙しい奴だ。
「雷が一ノ傘提督に代わって欲しいって言っているけど……」
「一ノ傘、電話だ。雷から」
「死んだって伝えといて」
「早く来い」
のそのそと動いて叢雲から受話器を受け取った一ノ傘が「……もしもし」と言うと、私にも聞こえるくらいの音量で「心配したんだから!」という声が聞こえた。反射的に仰け反る一ノ傘。雷は一方的に喋り始めた。邪魔をしては悪いので(うるさいので)一ノ傘の側から叢雲と離れた。
「これからどうなるの?」
不安を隠さず叢雲が聞いてきた。私が聞きたいことではあるが、叢雲の前で情けない姿を見せるわけにはいかない。
「まずは一ノ傘が落ち着いてからだな。アレと電がどう折り合いをつけるかで対応も代わってくる」
「私はどうなってもいいけど、この艦隊は大丈夫よね」
「叢雲含め問題無い。事と次第によっては一ノ傘に指揮を任せればいい」
「……何よそれ。じゃああんたはどうするってのよ」
「どうしたものか。職でも探すか」
「バカ言わないで。真面目に考えて」
「ならば叢雲。もし私が提督を辞めたら――」
一ノ傘が受話器を置いた。電話が短すぎる。タイミングが悪すぎる。
「電んとこに戻るよ、二人とも」
何か決意したような表情の一ノ傘に促され、私と叢雲は顔を見合わせた。
◆――――◆
「電、ワタシじゃダメなん? 竹櫛のほうがいいん?」
雷は何を言って焚き付けたのだろう、一ノ傘は直球勝負に出た。
この場面に私と叢雲は立ち会う必要があるのだろうか。そもそも全ての発端は電の軽率な発言である。叢雲が負い目を感じる必要はない。色恋沙汰は自分達の鎮守府でやって欲しい。
「…………夜」
一ノ傘の挑むような目に応えるためか、考えがあってのことか、長く沈黙を続けていた電がようやく口を開いた。
「今夜、飲みながら話すのです」
◆――――◆
「だいたい一番最初に仲間になった艦娘を他所の司令官に預けるとか意味分からんのです。
同期のよしみで戦力をレンタルするとか、じゃあポケモンマスターになるためにライバルからポケモン借りるかって話なのですよ。
他力本願で殿堂入り目指して何が楽しいのかってことですよ。
あり得ます?
そりゃあの時、一ノ傘司令官の管轄海域はヤバかったですよ?
わたしがいなかったら壊滅待ったなし状態でしたし。
でもそれ完っ全に一ノ傘司令官のせいですよね?
資材全部溶かして上からものすごい怒られてましたよね?
戦争じゃなきゃ自業自得で見捨てられてましたよね?
その尻拭いをどうして竹櫛司令官の秘書艦がやらなきゃいけなかったのか、当時の二人に聞いてみたいですよ。
わたしは普通に秘書艦したかったのに、球磨さん叢雲さんが仲間になって艦隊が形になりつつあるなーってワクワク思ってた直後にコレですもん。
マサラタウンにさよならバイバイですもん。
いいんですよ?
人助けは別にいいんですよ?
わたしだって最初は出来るなら敵も助けたかった博愛主義者でしたよ。
ええそうでしたよ、わたしも未熟でしたよ。
でも敵どころか味方すら助けるのが難しい状況ってどうですか。
味方艦娘は吹雪一人で、一ノ傘司令官はまさかの役割論者ときましたよ。
主砲ガン積みwwww魚雷無しwwwwとか、駆逐艦の存在意義を入渠中に吹雪と二人で考えてましたもん。
蒼龍が味方になってくれてからも深海棲艦より資材不足と論者積み装備のほうが深刻でしたよね。
いい思い出ですよね本当にまったく。
なんとか山を乗り超えて、やっと竹櫛司令官のところに帰れるって思ってたら話をうやむやにされたんですよ、信じられます?
あなた方のこと言ってんですよ、聞いてます?
打ち合わせで時間作ってこっちの鎮守府に戻ったら竹櫛司令官は叢雲さんとイチャついてますし、戻ったら戻ったで一ノ傘司令官のセクハラが待ってますし、最悪最低ですよこの環境。
もう限界です。
電の堪忍袋の緒は切れました。
今から好きにやらさせてもらいます。
こんな指輪なんてポイです。
ポーイっ。
わたしは竹櫛司令官の元に帰ります。
今からのわたしの居場所はここです。
一ノ傘司令官は一人で帰ってください。
今日サボった分だけ明日はキッチリ働いてください」
◆――――◆
「妖精の場所の確保も目処がつきました。あっちの鎮守府に新しく着任する提督さんも明日から正式に活動を始めるそうです。これでやっと一段落ですね、司令官」
[電;Lv.136 → 99 → 100]
太陽のような笑顔が眩しい。目を背けたくなるのはしかし、単純に眩しいからではない。この部屋――執務室改め第一執務室――に当然のように座っている電がどうして笑顔でいられるのかまるで分からないからである。今はなきブラック鎮守府の秘書艦は心を鋼鉄製にする必要でもあったのか。だとすれば一ノ傘はどこまでも自業自得だ。私も一翼を担ってしまっている以上、人のことを言えたものではないが。
「そろそろわたしたちも新体勢で動いてみませんか。交流会でも雰囲気良さそうでしたし」
「あれでか?」
「良さそうでしたよね」
「……ああ、そうだったかもしれん。ところで電」
「なんでしょう」
「今日の秘書艦は叢雲のはずなのだが」
「代わってもらいました。叢雲さんは第二執務室です」
叢雲を遠ざけられる私。
電にそっちのけにされる一ノ傘。
その一ノ傘の相手をさせられる叢雲。
誰が一番可哀想だろうか。
「お邪魔しまクマー」
[球磨;Lv.59 → 63]
「球磨さん! お久しぶりなのです!」
「おひさクマ! 電が忙しそうだったから球磨から会いに来たクマ。今晩のお誘いに来たクマ。最初期メンバー四人で飲み会やらんクマ? 叢雲と吹雪はさっき誘ってきたクマ」
「うわあ、いいですね、是非お願いします!」
「じゃあ今晩、外に出かけるクマ。人が二倍に増えてから居酒屋鳳翔が三倍はうるさくなったクマ」
「球磨、第二執務室の様子はどうだった」
「くまぁー……入っただけで胃が痛くなってくるような雰囲気だったクマ。副提督も叢雲も黙々と仕事してたクマ。ブラック鎮守府の執務室ってどこもあんな感じクマ? クマは絶対、一ノ傘副提督の秘書艦はやりたくないクマ」
「雷が慰めてそのうち元気になりますよ。そうだ、今から雷に叢雲さんと交代させましょう。副司令官が落ち込んでる今こそチャンスですし」
「チャンスとは何だ?」
「雷が一ノ傘副司令官を口説き落とすチャンスです」
「それはアレか、ガチなやつか」
「ガチなやつです」
またガチか。二つの艦隊を統合させてしまうほど甚だ酷い風紀の乱れにはまだ奥があるらしい。今まででさえ問題だらけだったのだ。艦娘がおよそ倍に増えて、今後平穏でいられるはずがない。せめて寮の拡張工事が終わるまでは私と叢雲の気苦労を増やさないでほしいと願うばかりである。営倉まで拡張したくはない。
「では少し席を空けます。雷が代わりますから叢雲さんは今日はお休みで問題ないですよね」
「いや叢雲はここに呼――」
「竹櫛司令官。わたしは竹櫛司令官のことが好きです。ガチなやつです。敬愛よりも熱い気持ちです」
「…………」
「ではすぐに戻りますね」
言い逃げるように執務室を出ていってしまった。私はこれから電にどう接していけばよいというのか。電がこの艦隊に戻ると言って、その流れで一ノ傘の艦隊が丸ごと転がり込んでくる間はできるだけ考えないようにしていた。今後も考えたくない。叢雲のことだけを考えていたいのに、まさか最古参の電が立ちはだかるとは。マサラタウンで別れたライバルが最後のボスとして襲ってくるような気分だ。
「提督も隅に置けないクマ」
「五月蝿い。ああそうだ丁度いい、これを一ノ傘に――」
「うおおおお銃向んじゃねークマ! 危ね……なんだエアガンだクマ。でも腐っても軍関係者が銃を人様に向けてんじゃあないクマ! 銃口管理ができんヤツが銃の形したもん持ってんじゃあないクマ!」
「ああすまん。これは一ノ傘の物なのだが、よく一目でエアガンと分かるな」
「先に言っとくクマ、絶対に銃口を覗いちゃダメクマよ。銃口からアルミの細いインナーバレルが見えるクマ」
なるほど銃口かとうっかり見ようとしてしまう前に、球磨にエアガンを取り上げられてしまった。初めて球磨に感心してしまった。艦娘は拳銃であっても扱いに慣れているものなのだろうか。艤装を装着したままうろうろしている連中だらけで考えた事もなかったが。
「この安っぽくない感触、あーやっぱりウエスタンアームズのガスブロだクマ。パラ・オーディナンスとは変わったチョイスだクマ。でも変な形してるクマ。オリジナルにしても目指した方向がさっぱり分からんクマ」
球磨は妙に手慣れした手つきで弾倉を抜いたりあちこちを弄ったり眺めたりしている。
「一ノ傘は犬みたいな名前を言っていたぞ。ダックスフンドだとか、いや違ったか?」
「ふーん。この妙ちくりんなデザインは間違いなく古き良き時代の産物クマ。いーなー一ノ傘副提督はお金持ちクマ。クマはマルイのガスブロも買えんクマ」
「その銃、お前の物にしてもいいぞ」
「マジクマ!? これ副提督の物じゃないクマ!?」
「奴が忘れていったんだ。失くしたことにしておけばいい」
「キャッホウ! レアモノ、ゲットだクマ!」
「その代わり、今晩、電達と飲むのだろう。そこで電に私のことを諦めるよう誘導しろ」
「……返してくるクマ」
ウエスタンアームズのガスガンは撃って楽しいのですが、それ以上にコレクション性が高いため思い切り扱うことができません。
これを「マグナのジレンマ」と名付けます。