窓を閉じていても、何かが破裂したような音が2回、売店の方からすれば聞こえるし……まあ、この程度のことならば、どうせまた売店のお姉さんが理解に苦しむニーズに応えたのだろうと、艦隊を指揮する者らは確認する気にもならない。
だがその後に聞こえた、「これ絶対に痛いやつだろう」と誰でも直感的に分かる悲鳴を無視していいはずがない。
総合棟4階、第一執務室の窓からは竹櫛提督と秘書艦の叢雲が顔を覗かせた。竹櫛は大和との疲れる話を終えて戻ったばかりだった。
第二執務室の窓からは一ノ傘副提督と秘書艦の電が悲鳴の発信元を探した。一ノ傘が最後にまともに登場したのが何時の何話だったのか分からないので補足すると、彼女は女性提督で、博多弁+北九州弁+鹿児島弁+α(+αが5割を占める)で喋る。
第一執務室と第二執務室は隣室なので、外に顔を出した4人がそのまま空中会議をすることもできる。
「ねー……竹櫛さぁ」
一ノ傘の迷惑そうな言葉から会議は始まった。
「アンタさっきまで大和と話しとったんやろ? 『アレ』、何なん?」
「私が『アレ』を知っていて許可を出していると思うのか? そもそも『アレ』はどう見ても大和と……いや待て。あのパンツは丸出しのくせにフードはしっかり被っているのは誰だ? 陸軍のような格好に見えるが」
「首に入場許可証があるのです」と艦娘らしい優れた視力を発揮する電。「外からのお客様のようですけど、どなたか許可を出しました?」
竹櫛、一ノ傘、叢雲はだんまりした。
この鎮守府は、あきつ丸に続いてまた不審陸軍人の侵入を許したのかと、電も含めた4人は言葉にしたくなかった。
しかし黙ったままでは会議にならない。
「つまり『アレ』は――」と叢雲は分からないなりにまとめた。「入場許可証をどうやってか手に入れたパンツ丸出しの陸軍人と、大和が、たぶん売店でお姉さんを怒らせたとかで捕縛されて、それと球磨もお姉さんに捕まってどこかに連れて行かれた、ってことね」
「叢雲さん。話がぜんぜんまとまってないのです」
「んなこと分かってるわよ私だって」
「パンツ丸出し陸軍人さんはともかく、もうひとりは撃沈王ですよ? いくらお姉さんがあまり普通でないにしても、あの撃沈王がですよ、ああも簡単に地面に転がされます? この世界のパワーバランスはどうなっているのです?」
「私が知るわけないでしょう。聞かないで」
「きちんとした装備、妖精のサポート、それら無しでも何とかなるレベルの人たちが売店の店主さんひとりに封殺されるって、もう艦娘の立場がないのです。どうしてくれるのです、この無力感?」
「だから私に言わないで。じゃあ電、あんたがアレ達に話を聞いてきて――」
叢雲も無力感からコンディション値を赤く下げていた、その時だった。
ちいさな何か、あるいは誰かが、大和とパンツ丸出しの不審者に目もくれずお姉さんが消えた方へと走り去っていった。「いま何かが」「何なん?」と竹櫛、一ノ傘にはよく見えなかったのも無理からぬことで、動体視力にも優れる艦娘である叢雲と電にはなんとか見えた。
建物4階の高さから俯瞰してようやくそれと分かるアノマラス存在など、叢雲と電が知る限りでは、天照大艦隊には1人しかいない。ちょうど艦娘の尊厳を取り戻したかった叢雲と電だが……強い艦娘が駄目ならば、もっと強い艦娘を出せばいいというのは……違う、そうじゃない。
(電、どうする? どう誤魔化す?)
(叢雲さん、後で長月にお説教を)
微妙に息が合っていない秘書艦2人のアイコンタクトを邪魔するように、第一執務室の内線電話が俺も会議に混ぜろと鳴き叫んだ。叢雲が乱暴にそれを取る。
「ああもう誰よこんな時に。もしもし? 今ちょっと立て込んでるから後に――あ、ああ失礼しました。そうです総旗艦の叢雲です。――ええ――ええ……え? んん? すみません、ちょっと意味が分か……ですよね、はい、直接確認に向かいます。――そうですね、門だけ閉じて他は一旦そのままで。お願いします」
叢雲は電話を終えて、空中会議に新たな厄介事を上げた。
「正門の警備からの連絡だったわ。ええと……見るからに屈強な男4人が乗った車が鎮守府内に強引に入ってきて、その車の前に売店のお姉さんが立ったら車がひっくり返って、中から出てきた男たちをお姉さんがテキパキ拘束して、それから空からロードローラーが3台降ってきて車を押し潰した……らしいわ」
「叢雲さん。話どころか自然法則すらぜんぜんまとまってないのです。意味が分からないにも程があります」
「だーかーらー、じゃあ電、あんたが正門に行って直接その目で確認してきなさい。これ総旗艦命令だから。今すぐ行きなさい」
「おのれ総旗艦、ズルいのです」
「では私も提督として命令するとしよう。一ノ傘副提督、お前も大和のところに行ってアレの事情を確認してくるのだ」
「おのれクソ提督、ズルい奴め」
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ここから本編と関係ないヤツ
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◆― 親潮あるいは朝潮 ―◆
別のシリーズからで申し訳ないです。
別シリーズ:撃沈王の土産話
最新話【艦船ステータス】
その直後に発生したインシデントです。
◆――――◆
長月が口を滑らせてくれたおかげで、私と電、分隊の斑鳩は、大和がスーパーアカウントを持っていることを知った。いや、それ以前にスーパーアカウントなるものの存在を知った(私の推測だけど、斑鳩は今まで知らなかった振りをしてた)。
大和がそのアカウントでログインしたアプリを起動したまま街中を歩くと、もし近くに艦娘がいた場合、同意も無しにその子を自分の部隊に編成したり詳細情報を取得したり、勝手に物を装備/解除したり、それとここからは私たちの推測だけど、無理矢理アイス最中を口に突っ込ませたり、問答無用のロック解除から解体や近代化改修(あるいはその素材に)したり、練度99なら一方的なケッコンカッコカリだって可能なはず。
「でも叢雲さん。思うのですけど」と向かいに座って昼餉のチャーハンセットにいただきますする電は言う。「大和さんなら、どれも『撃沈王の命令』とか言えば大抵の艦娘は逆らえなくないです? きっと普通の艦娘には分からない理由があるんだと思って。それにそもそも、権力が通じないなら当然のように腕力に頼るタイプですよね、あの人」
「まあ、確かにね。電ならどうする? いきなり『解体されろ』って言われたら」
「説明を要求しますし、たぶんできる限りの抵抗はします。でも……指輪だけは手放さないのです」
長月はスーパーアカウントの存在を漏らした罰として分隊の方で自主的な反省中で、そのスーパーアカウントを持つ大和がひきこもる部屋の監視任務をやっている。
聞いた話によると大和は、頭がおかしくなるほど疲労を溜めこんだせいで、複合機(コピーとか印刷とかする事務機械。断じて生物ではない)にお茶を飲ませるという奇行に及んだらしい。その直前、深夜にずっと自撮りをやっていた記録も見つかっていて、
「もう死にたい……誰か私を殺して……」
と発言したことから、大和型戦艦2番艦・武蔵の助言もあって北鎮守府で休んでいるのだとか。
「理由は分からないのですが、何かの間違いだったと思うのです。疲れてるのは事実だとしても」
「ウミガメのスープとかの水平思考パズルみたいな事が実際に起こったって? 何をどう間違えたら複合機にお茶を飲ませるのか……うん、サッパリ分からない。それはともかく電も、疲れたのなら言いなさいよ」
「そっくりそのままお返しするのです」
うどんの上のエビ天が丁度いい感じになってきたので食べようとしたところだった。騒がしい雰囲気が近づいてきて、私と電は目配せし合った。
「総旗艦が2人、ちょーどいーねー、いーよいーよー」
「時津風、総旗艦はこの人だけなのです」と私を指さす電。
「時津風、仕事の相談ならそっちに言いなさい」と電を指さす私。
「2人とも、この話は知ってる?」
時津風は私たち2人にだけ話があるらしく、キョロキョロ警戒しつつコソコソ言った。
「天照大艦隊七不思議」
◆――――◆
鎮守府に七不思議なんてものがあっていいはずがない。もしあるならそれは『不思議』ではなく『管理不十分』と言う。
私が言えた事じゃあない管理不十分はたくさんあったけど……多分まだあるだろうけど……総旗艦として、適切に対処していく所存です。
電も同じ考えであってくれてるらしく、ビシッと言ってくれた。
「時津風……鎮守府の中でお化けを目撃してもいちいち報告しないように、って忘れたのです?」
「お化けじゃないよっ! ……でも言われてみると、どっちかがお化けかも」
どっちかが?
「お化けかもしれないなら、それはプラズマなのです」と言い切るプラズマ。「全部のお仕事がこんな風に『それはプラズマです』で説明できれば楽でいいのに」
「じゃあ電は、親潮と朝潮、どっちがプラズマだと思う?」
「はい?」と電。
「なんですって?」と私。
「ほらーやっぱり誰も気付いてないもん。でもあたし、ちゃんと調べたからね」
時津風が言う天照大艦隊七不思議のひとつ。
「親潮と朝潮、2人ともいるけど、本当はどっちか1人しかいないんだよ。怖くない?」
◆――――◆
食堂を見渡すと、すぐに見つけた。
「親潮があそこで食べてるじゃあないの。マシュ風の横、大淀の後ろ」
私が言うなりマシュ風はスマホを取り出して――私のスマホが鳴った。
《総旗艦叢雲。私のことはマシュか浜風かのどちらかで呼んでください、と何度もお願いしたはずです》
「大変失礼致しました」
私は言い直した。
「マシュの横、大淀の後ろ、ほらあそこ。親潮がちゃんといるじゃあないの」
「じゃあ朝潮は? いま何処にいる?」
「んー、食堂にはいないみたいだけど――。電。今進行中の任務に朝潮は入ってたっけ? 入ってないわよね?」
「はい。今日の仕事はないはずなのです」
「分隊に手伝いに出てる駆逐艦は長月を除けば特型からだけだし、なら朝潮は売店にでも行ってるんでしょうよ」
「どこにもいない」と妙に強気に言い切る時津風。「売店にも、寮にも、トイレにもお風呂にも、絶対いない」
電は飼い主とはぐれた犬をなだめるように言った。
「時津風、疲れているなら北鎮守府で休みます? 今なら撃沈王に添い寝できるのです」
「いないもん!」
「本当に鎮守府にいないのなら……外出許可願も今日はまだ誰からもないし、いやでも、いないはずがないでしょう」
またスマホを取り出して、今度は朝潮に電話をかけてみた。するとすぐに出てくれた。
《お疲れ様です叢雲さん。新しい任務ですか?》
仕事に対して真面目すぎる。
「いえ、朝潮がいま何処にいるかなって」
《この朝潮が、ですか?》
「ええ。悪いわね変なこと聞いて」
《今はお昼なので食堂にいますが》
「食堂?」
《あ、後ろです。叢雲さんの―》―背後からですみません」
生の声が後ろから聞こえて振り返ると、プラズマではない普通の朝潮がすぐそこにいた。
「電さんと時津風さんもお疲れ様です。この4人での任務でしょうか」
「ごめん。本当にただ朝潮が何処にいるか気になっただけなのよ」
「はい。所在確認は大事だと思います」
「ほら時津風、この通りよ」
「むぅ~……」
「あの、ここにいては駄目だったのでしょうか……?」
「違う違う本当にごめん。時津風がね、朝潮が何処にもいないって言うから――」
「いない……のです」
今度は電が何か言い出した。
「この朝潮が見えないの?」
「親潮がいないのです」
まさか、さっきまであそこに――と思っていたマシュ風の横、大淀の後ろには誰もいなかった。空いた場所のテーブルの上には昼餉もない。
「……私たちが少し目を離しただけなのに、親潮が消えた、みたいな言い方しなくていいでしょ。ただマシュ風より食べ終わるのが早かっただけよ」
再び鳴る私のスマホ。
《マシュ or 浜風です叢雲。頭にキャメロット城ぶつけますよ》
「ねえマシュ、親潮はもう食べ終わって行っちゃったの?」
《親潮? 親潮がどうかしましたか》
「マシュと2人で食べてたのに、親潮のごちそうさまがやけに早いじゃあないの。もう食堂から出て行っちゃったの?」
《どういう意味でしょう?》
マシュ風の表情はキャメロットぶつけんぞと親を脅してそうなものから、怪訝な色に変わった。いったい何を言っているのか、と言わんばかりに私たちの方を指さした。
《いま叢雲たちと話していたのではなかったのですか?》
「私たちが話してたのは朝――」
時津風が「ああああお化けぇえええええ!」と叫んだせいで、食堂中の視線が私たちに集まった。
「と、時津風!? 私はお化けじゃありません! ちゃんと生きてます!」
慌てて否定する『さっきまで朝潮だった親潮』は――私が見た限りでは親潮だった。
◆――――◆
聞くのが怖い。でも総旗艦として聞かないわけにはいかない。
「ね、ねえ時津風。その……天照大艦隊七不思議ってのは、こんなのが他に6つもあるの?」
「むっふっふ~叢雲も興味あるでしょ? 興味あるよね? だよねだよね?」
「いや、だって……」
親潮は確かにこの艦隊にいる。
朝潮も確かにこの艦隊にいる。
なのに、いくら手を尽くしても、2人のどちらかしか存在を確認できない上に『なにも矛盾しない』。
「頭がおかしくなりそう……なのに、矛盾しないから現実を受け入れるしかないって悪夢じゃあないの。だから他6つの悪夢――艦隊のバグも、今、まとめて教えて。ああ寒気がしてきたわ。本棚の裏にあんな大きなのがずっと潜んでたみたいな、あああ変なこと思い出しちゃったじゃあないの」
「そこまで怖い? 七不思議なんてずーっと昔からあるじゃん。たぶん艦これ七不思議も腐るほどあるし、天照大艦隊七不思議は2つ目がもう少しで出来るとこだから、乞うご期待!」
「は? もう少しで……出来る? 何が?」
「でもそんなに知りたがりな叢雲にだけ、こっそり予告してあげる」
なにがなんだか分からないけど、私は……。
「ゴトランドって艦娘のこと知ってるよね? 知らないわけないよね? だって『司令と副司令の初期艦なんだから』」