球磨の薬指   作:vs どんぐり

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ひとつ。投稿遅れました。
ふたつ。前回までのあらすじが必要だと思いましたが、体力的に限界でした。
みっつ。天龍田ファンの方々、ごめんなさい。どうしてもガッツある普通の艦娘が必要だったのです。


第82話 球磨争奪戦 ⑦ █性█ッペ█████

 長月はともかくとして、鋼のメンタルを持つ日向、そして売店のお姉さんこと極楽まで。

 強者が何故コソコソしなければならないのか。

 強いのだから堂々と歩きたい方向へ歩き、コンクリートの壁が邪魔ならば砕き、交通ルールでは誰が最も優先されるべきかを教えてやるのが強者の務めなのだ、さきほど極楽が片足で自動車をひっくり返したように。

 だのに強者三人ときたらコソコソと、あろうことか腰の高さほどの生垣の裏に隠れていた。隠れるなど弱者の所業に他ならない。アフリカゾウが弱肉強食の地で巨軀を隠すだろうか?

 

「やっぱり、だ、誰か連れてきたほうが……」

 

 そう言って立ち上がろうとした長月の頭を、極楽は「狙撃の的だ阿呆。戦場なら死ぞ」とよく分からない理由で引っ込めさせた。

 

「だが、どうする?」と日向。「航空戦艦はおよそ万能だが限度もある」

「いいからコイツの様子を見てろ。1分待て。我の頭を回す」

 

 

◆――――◆

 

 

 理由は重要ではない。

 ただ確かな事実として、球磨は売店でアサルトライフルと弾薬を万引きした。極楽が見ている前でも構わず堂々と掴み・使い・持ち去ったことを万引きと言い表せるのかはともかく、球磨には慈悲深い教育が必要だった。許容範囲を超えた愛情をそそがれた暁には売店内の空気にもお金を払うと言って聞かなくなるに違いない。取り敢えず売店から持ち出されたアサルトライフルは一発すら使われることなく、極楽はすぐに球磨を捕獲した。

 ここまでは極楽の考える『後でどうとでもなる』の範囲内だった。

 極楽がさてインタビュー(尋問)(愛情)するかと球磨を脇に抱えたところで現れたのが、また面倒なことに長月だった。

 長月はその球磨を渡せと言う。危ない奴が球磨を狙っているから喫茶店ハングド・キャットで匿まうと主張する。恐らく長月が言っているであろう危ない奴とは売店で暴れた陸軍人のことだろうし、それならとっくに無力化して地面に転がしているし、1週間後にしろと極楽が譲歩してやったにもかかわらず長月は今すぐにと言う。ワガママ!

『互いを知っている』二人は、原始的な奪い合いを始めてしまった。

 単純に、地と空を駆けるスピードは長月のほうが優れる。大和型戦艦撃破50%Speedrun(RTA)走者から逃れられる生物など地球上に存在するだろうか?

 ここに最低一名存在した。

 長月が「掴んだ!」と思ったものは球磨を抱えていない極楽の写し身、本物は50メートル離れた電柱の上にいた。極楽のドヤ顔は実際のところハッタリで、フィジカルモンスターと1対1の追いかけっこ、それも人間一人を抱えながらでは少々分が悪い。

 極楽の写し身が使ったテーザー銃の電撃をまったく意に介さず再度突進する長月。

 また新たにチープな足止めの策を具現化する極楽。

 航空戦艦が介入するまで時間にして30秒程度の追いかけっこだったが、二人のそれを強いて例えるならば、弾道ミサイルと迎撃ミサイルシステムの極限勝負と言ったところか。

 

 つまり――化け物たちの勝負に付き合わされ物理的に振り回された、普通より少々優秀な程度の球磨が無事であれるはずがなかった。

 

 

◆――――◆

 

 

 それはまあ極楽も、万引き犯を素っ裸にして売店の前で正座させようとは思っていた。だが、どうだろう、いま気絶して地面に寝かせている球磨もほぼ裸だ。辛うじてセーフと判断する者と即通報する者とでハッキリ分かれるだろう。

 衣服を脱がせるのと、結果的に衣服が無くなった、ではまったく意味が異なる。艦娘たちは激闘の中で好き好んで制服をビリビリに破くのか? 少なくとも天照大艦隊の中にそんな趣味を持つ者はいない。

 たった30秒の間で服がほぼ無くなってしまう程のダメージを受けた球磨の様子は、極楽・長月・日向に――真の強者たちに、

 

(これは……マズい)

 

 そう思わせた。それ以上の具体的な描写を無意識に避けた。

 

 ところで。

 とんでもなく今更な事ではあるが、この世界には高速修復材いわゆるバケツというものが無い。この時点まで一切描写していない(はず。……間違いが無ければ。かなり自信がない)。風呂兼ドックはある。応急修理要員・女神もある。

 だが医務室もある。医者もいる。大事あれば外の大きな病院に移す。医療関係者は口を揃えて「一瞬で修復? 医療にオカルトを持ち込むな」と言う。

 

 

◆――――◆

 

 

「よし」と1分を4秒オーバーして極楽は頭を上げた。

 

「我が球磨のコピーを作って、しばらくそっちを本物として生活させる。長月お前は、そろそろ捕縛した大和と陸軍人が野次馬を集めてるだろうから――」

「ああ、そういえばお姉さんを追いかけてた途中に何かいたな」

「『齟齬があった何もなかった』とか言って全員解散させてこい。大和と陸軍人もだ。もし陸軍人がゴネるようであれば、構わん、ぶちのめせ」

「球磨は任せていいんだな」

「我の人脈はお前の想像の数百倍に達する。ほら騒ぎが大きくなる前に、さあ行け急げ」

「分かった」

 

 長月は何も疑問に思う様子もなく生垣の裏から飛び出していった。

 

「お姉さん。コピー、とは何を意味するのだろう?」と日向は当然知らない。

「分身とかクローンとか、そんなんと思っとけ」

「ふむ……長月の疑いがない反応を見るに、不思議だが可能なのだろう」

 

 航空戦艦の頭脳は、ニンジャが何人に分身しようとも混乱しないほど実際柔らかい。

 

「日向はそこ、正門の混乱をなんとかしてこい。というか球磨はここから迂闊に動かせる状態じゃあないから、我がコピーを作り終えるまで誰もここに近付けさせるな。覗かれたら球磨は死ぬ、尊厳を失うという意味で」

「身体を隠すものくらい取ってくるが?」

 

 極楽が指をパチンと鳴らすと、青い炎が一瞬だけ薄く広く広がって、それがそのままブルーシートの形に具現した。ついでに、それを見せた航空戦艦に「ほう。やるものだ」とコピー云々の大凡の理屈を理解させた。

 

「べつに今更、大浴場を使う連中が鎮守府内で裸を見られたところで死にはせん。死にはせんが……過去、ただ唯一のたった一人だけコピーを作るのに全面的に同意し協力した頭のおかしい人間ですら、作業後に目撃者を、つまり我を殺そうとした。……まあ我も、マイナスドライバーで刺されてやるくらいには……アレだったな」

 

 という理由で売店のアルバイト、磯風のコピーが作られることは、一度さえ我慢すれば後々どれだけ便利になるか明らかであっても永遠にない。

 

「お姉さんに任せてよいものか疑問に思えてきた」

「今はその協力者は2倍の生を楽しんでる。勝手にコピーを応用して好き勝手やってるくらいだ、球磨なら喉元過ぎればアレ以上に好き勝手やるだろ。たぶん」

「…………球磨を思うなら急いだ方がよさそうだ。作業にはどれくらい時間がかかる?」

「前の時は、我の方が躊躇したせいで1時間以上かけてしまったからな。そうだな、【今回は30分くらいで完了するはずだ】」

「まあ、お姉さんを信用しなければ進む話も進むまい。私も行くぞ」

「もし球磨の悲鳴っぽい何かが聞こえても――」

「いや、もう十分だ。これ以上聞くと逆にお姉さんを止めたくなる」

 

 

◆――――◆

 

 

 天照隊の副提督、一ノ傘鉄子は思った。

 これ、ワタシの仕事やなくない?

 撃沈王大和と不審パンツ丸出し陸軍人の二人が、背中合わせで捕縛された状態で雑に放置されている。地球ロックされるでもなく見張りが立っているでもなく、しつこく巻かれた結束バンドだけに二人を任せるあまりの雑さ。手も足も(二人が協力し合わなければ)動かせないようだから危険は少なく拳銃も刺股も不要だろう。

 アンタらウチの鎮守府で何しとるん? と聴取するだけならば普通は長門あたりに任せるし、万が一を考えるならば一ノ傘より長門のほうがずっと適任だと誰でも考える(竹櫛提督の場合は山城か霧島に事を投げる)。提督から副提督に「Do it.」と命令されたとはいえ――そんなん知らん。

 しかし天照隊の副提督、一ノ傘鉄子はこうも思った。

 陸軍人なら……珍しい装備、持っとるよねぇ。

 以前(第31,32話)鎮守府に愚かにも侵入した不審陸軍人あきつ丸からは、見逃す対価としてカ号観測機を置いていかせた。天照隊の対潜戦闘能力がどれほど向上したことか、一ノ傘は笑いが止まらず無駄に敵潜水艦を狩りまくり「もう投げる爆雷が残ってないのです!」と電に怒られた。

 副提督としては、次は強力な対地装備が欲しい。

 

「貴様は陸軍とサンタクロース村を識別できないのか?」

 

 不審パンツ丸出し陸軍人、神州丸は拘束され横たわっていながらも強気、いや――。

 

 話がしたい。だから一歩、近寄った。

 

 一歩。

 

 ただの一歩。

 

 だが一ノ傘の経験になかった一歩。

 

 足が勝手に止まってくれたはいいが、それを感じ取れてしまったことが手遅れの左証。

 

 それは、誰もが言葉だけは知っている。

 

 それを『間合い』と言う。

 

「本艦に迂闊に近寄らないことは褒めてやる。天照大艦隊の副提督、一ノ傘鉄子」

 

 一ノ傘より先に五人の野次馬艦娘が集まっていた、のだが、一ノ傘と陸軍人二人とやはり同じ距離に縫い付けられ何もできないでいた。何もできない。本当に何も。「不審パンツ丸出し陸軍人発見!」と笑えない。笑えば――死ぬ。殺される。スマートフォンに本艦の情報を4ピクセルでも記録したら殺す、などと言われたわけではない。数分前の球磨のように刃を突き付けられ勝手に駆け引きをはじめたわけでもない。今一度の確認、陸軍人の手足は動かせる状態にない。それでも。

 

 この陸軍人は、あまりに恐ろしかった。

 

 球磨のサバイバルゲーム仲間でありエアガンを買い漁っている一ノ傘は目敏く拳銃に似たもの、テーザー銃が落ちているのを見つけた。……だから何だというのか。自分が死ぬ理由を増やしてどうする。

 

「すみませーん。どなたかハサミか何か持ってきてもらえると助かるのですが……」と大和は簡単に言う。

 冗談じゃあない。

 テーザー銃ですら何も保証されないというのに。

 ハサミなど、そんな『危険極まる凶器』を持って近付けば切り裂かれるのは首か、それとも突き破って心臓か。

 

 

◆――――◆

 

 

「大和を取り囲んで、一ノ傘たちは何をしているのだ?」

「さあ?」

 

 総合棟4階、第一執務室にいる竹櫛と叢雲には分かるはずもない。

 神州丸――専門家はあの球磨の背後を取れるのだ。自他の気配を殺す者が間合いより外に恐怖を振り撒くはずもない。

 縛られている陸軍人など、安全な位置からでは『どうせまた、あきつ丸みたいな阿呆なのだろう』としか見られない。

 

「そういえば副司令は結束バンドを切るものを持っていったのかしら」

「売店のお姉さんがわざわざ縛ったものを切ってよいのだろうか」

「んー……いや大和の方はいいでしょう。事情があったとしても」

「事情か。誰もまったく動かない、と言うより硬直している理由と関係があるのだろうか」

「大和は何か言ってるみたいね」

 

 

◆――――◆

 

 

「あのー、一ノ傘副提督?」

 

 大和には見えないのか。わずかに震える一ノ傘の足が。

 

「こんな醜態をさらしながらのお願いで――」

「いま、長門を呼ぶけんが」

 

 そうは言うものの。

 

「そのまま待っといて。お願いやけん動かんでね。……みんな、下手に動いちゃあいけんよ」

 

 組織を束ねる者の一人として命令を絞り出した。しかし脂汗が出るばかりで自分のスマートフォンを取り出すことさえできないでいた。

 何でもいい、この状況を変えてくれる要素が……。

 

「おーい! そこのみんなー!」

 

 要素は、とても軽い感じで来てくれた。

 

 

◆――――◆

 

 

 いかな長月とて普通の感覚を忘れたわけではない。陸軍人はどうやら近付く者を殺したいらしい。あまり近い距離で可愛いパンツ(長月のより可愛い)を見られたくないのだろうか。

 しかし残念。よほど消耗していない限り、刃が心臓を貫いた程度で長月は倒れない。まあまあ痛いことは痛いかもしれないが、貫いた刃が魔を帯びていたならばむしろ真の力に目覚めてしまう可能性すらある(ない)。

 危ないけん来んな! と一ノ傘が警告するより先に陸軍人の間合いに入ったカレンダーズ8番艦、ハングド・キャットの関係者と知られた少女は――あまり物語をインフレさせるべきではないのだが……上には上があるから仕方がない。

 

「みんな聞いてくれ」長月は言う。「これは……えーと……間違いだ」

「は?」と神州丸。

「ほら、よくあるだろ、間違い。例えば……間違い電話とか、音楽性の違いとか……そういうアレがあったんだ。だよな? 大和、ゴッドランド」

 

 長月がジャージのポケットから取り出したのは手のひらサイズのカッターナイフ。青い炎の刃を顕現させるには何でもいいから依代となる刃物が必要で、いつも念の為に持ち歩いている。

 そのカッターナイフで二人を縛る結束バンドを切る――ように、一ノ傘ら野次馬たちには見せ掛けた。

 大和と神州丸(長月はまだ彼女の本名を知らない)には、素手で結束バンドを引き千切って見せて、

 

「そうだろう二人とも。ちょっとした間違いだったよな? な?」

「え、ええ……私の勘違いだった、かも?」と大和。

「…………この状況は本意ではなかった」神州丸は、後でハングド・キャットに関するレポートを真面目に読み返そうと思った。

 

 拘束を解いて長月の仕事はだいたい終わった。陸軍人ゴッドランドも抵抗しそうにないし、後はみんな勝手に帰ってくれるだろうと楽観的に考えた。

 気になる売店のお姉さん、極楽の方は――見ると、ちょうど球磨がこちらに向かって走ってきていた。どうやらあちらも上手くいったらしい。流石はお姉さん、【仕事が随分と早い】。

 睦月たちのところに戻る前に、念の為ゴッドランドが帰るのを見届けたほうがいいだろうと彼女を見ると、振動するスマートフォンを取り出していた。

 

 

◆――――◆

 

 

 このタイミングで電話を掛けてくる空気の読めなさ、やはりあきつ丸からだった。神州丸は着信画面を苛立たしく見た。

 

 現在時刻、第76話(球磨争奪戦 ① アサシンフリート)で斑鳩がこう話している時である。

「でも、なーんか引っかかるんだよね。黒風ちゃんみたいに、姉妹艦がいるから、相当の理由を持っていてヤーナム泊地の仲間になりたがる人がそうそういる? いや普通いない。きな臭い。……こういう時に球磨さんがいてくれたらなあ」

 

 あきつ丸からの呼び寄せを利用し、うっかり天照大艦隊の分隊ではなく本隊の方に行ってしまった、手違いで南鎮守府に入ってしまった、そんな『てい』で球磨を確保する計画を練ったのは神州丸たちだった。

 それがどうだ。

 時間を掛け過ぎた。まだ球磨を確保できていない。おまけに結束バンドを手編み糸のごとく引き千切る謎のバケモノに目を付けられた。

 作戦は、ほぼ失敗した。

 逃げるは逃げるとしてその前に、あきつ丸に八つ当たりしたい気分だった。

 

 

◆――――◆

 

 

 ああ間違いやったん? なんだ心配して損した。……と思えるほど一ノ傘鉄子は能天気な生き方をしていない。

 大和は善し悪しも分かりづらい、ぎこちない表情をしている。

 陸軍人はスマートフォンを睨んでいる。

 拘束が解かれた二人は先程、立ち上がると、テーザー銃からワイヤーで繋がる背中に刺さった電極を文句のひとつも言わずに自分で乱暴に抜いた。一ノ傘は銃火器が好きでもテーザー銃には詳しくなく体験したこともない。それでも「間違い」で撃たれてよいとは思えないほど強烈なのは知っているし、釣り針のようなカエシがある電極の針は見るから痛そう。そんなものを二人は「間違いだった」で納得した?

 恐らく事情を知っている長月は……何故『並べて世は事も無し』という態度をしていられる?

 副提督として明らかにすべき何かがあるらしい。

 立場が上の撃沈王。

 許可されていない入場許可証を持つ陸軍人。

 偶然居合わせた? カレンダーズの一人、長月。

 今ここにはいない売店のお姉さん、それに球磨。

 全員から、全員の話の辻褄が合うまで、徹底的に聞き取る必要が――。

 

 ドン。

 

 と一ノ傘は背後から何かにぶつかられて転んだ。

 前を見ずに走ってきた時津風でさえ大人を倒すほど強くはぶつかってこなかった。転んだ先はコンクリート。サバイバルゲームでもこれほど派手で痛いアクシデントに見舞われたことはない。

 

「オレ達を……甘く……っ!」

 

 一ノ傘に体当たりをかましてくれたらしい、この声は天龍。

 

「っ……あた、ま……おかしく……?」

 

 もう一人は、苦しそうだが龍田?

 

 後ろを振り向くと、天龍が右に、龍田が左に投げ飛ばされたところだった。

 

 投げ飛ばしたのは、球磨。邪魔な二人を掻き分けたようにも見えた。ゴミのように退けた。

 

 球磨は両手の下から伸びる刃、二人分の血を吸ったばかりのアサシンブレードを一ノ傘に向け、飛び掛かってきた。

 先程まで感じていたのは、恐怖。

 今、感じているのは――何もかもを最後にする、死。

 

 

◆――――◆

 

 

「あーもう! 邪魔するな引っ掻くな猫畜生が! いいか、お前が我の邪魔をすればするだけコイツはアヘ顔を晒し続けるんだぞ! 分からんのか! 分からんよな、猫に言うだけ無駄だよなクソが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆――◆――◆――◆――◆

ここから本編と関係ないヤツ

◆――◆――◆――◆――◆

 

 

 

 

 

 

 

 

◆― 『 !? 』 ―◆

 

この話は「SCP財団」に基づきます。

http://ja.scp-wiki.net/

 

このコンテンツは、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンス(http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja)の元で利用可能です。

 

加えて、上記ライセンスに関する記述は妖怪猫抱きフ█ック「アングリーSCPナード」のライセンスガイドより丸コピしています。

https://scp-event.tokyo/licensing-guide/

 

◆――――◆

 

 

 自らを『初期艦のGotlandですが何か?』と言い張るSCP-████-JP-2に私たちはエアリアル日銀砲を以って応戦、これの撃墜に成功した。

 

 

◆――――◆

 

 

アイテム番号:SCP-████-JP

[天照大艦隊七不思議]

オブジェクトクラス:Euclid

 

特別収容プロトコル:

 SCP-████-JPは天照大艦隊█隊が活動拠点とするサイト-81██所属のSCP-████-JP-aの口をダクトテープで塞ぐことで収容されます。SCP-████-JP-aが食事や睡眠などの前に口を開くことを要求した場合、要求された者はSCP-████-JPについて発言しないよう「指切拳万」を行った後にダクトテープを必要とされる時間だけ剥がしてください。天照大艦隊█隊関係者にカバーストーリー『あの子、今ちょっとアレだから』を適用することでSCP-████-JP-aの口を塞ぐダクトテープは適切に管理されます。SCP-████-JP-aがサイト-81██外へ出撃するには総旗艦1名の許可が必要です。

 

説明:

 ……叢雲さんが、自分で作ったカバーストーリー『あの子、今ちょっとアレだから』を自分にまで適用させちゃったせいで、現在の天照隊は傍から見てわけのわからない状態になっちゃっています。例えば、█鎮守府がサイト-81██と呼ばれたことなんて今まで一度もなかったんですけどね。なので代わりに、カバーストーリー(これもSCP-████-JP-bと指定しておきましょう)の適用を免れた洞観者である僕から説明しますね。

 

 ドーモ。斑鳩です。

 

 SCP-████-JPは、2020年6月27日以降SCP-████-JP-a[陽炎型駆逐艦10番艦 時津風]ちゃんが発見した天照隊内の七不思議です。

「七」不思議、とは言われていますが、特別収容プロトコルが適切であったおかげでSCP-████-JPは不思議を2つ発露させただけで、現在は非活性化状態にあります。

 発見された不思議は以下の2つです。

 

SCP-████-JP-1:親潮あるいは朝潮

SCP-████-JP-2:初期艦Gotland

 

 ここから、報告書の中で申し訳ないのですが、当然のことながらハッキリさせておきたい事を記させてください。

 

 特別収容プロトコルに指示がないことからも分かるとおり、親潮ちゃんあるいは朝潮ちゃん、それとGotlandなる者をもう気にする必要はありません。時津風ちゃんの口をダクトテープで塞いでさえいれば、SCP-████-JPはこれ以上の異常性をばら撒くことなくきちんと収容されるという寸法です。

 

 時津風ちゃんが自分で勝手にダクトテープを剥がす心配?

 ありません。

 恐らく時津風ちゃんにもSCP-████-JP-bが適用されているとか、指切拳万で約束させているとか、そんなんでしょう。ただ僕が詳しく聞かなかっただけなのですが、何らかの特別な対策を講じる必要などない、だから特別収容プロトコルで『適切に管理されます』と断言されている――と僕は叢雲さんを信じています。

 

 もっとSCP-████-JPについて詳しく調査すべき?

 せめてその存在が減法的に推測される残り5つの不思議を明らかにすべき?

 ナンセンスです。そんなことはできません。

 天照隊には艦隊という性質上、機動部隊の構成員となり得る精鋭、つまり艦娘はたくさんいます。

 が、けれども!

 提督たちは評議会員ではありません。総旗艦たちはレベル4セキュリティクリアランスを持つ研究員ではありません。たくさんいるからといって、艦娘たちがDクラスに分類されるなどあってはなりません。

 実験として、時津風ちゃんに、僕の思いつく範囲では……口頭ではなく紙とペンで記述してもらった場合どうなるのか様子を見るとか、█鎮守府から遠く離れた泊地で喋ったらSCP-████-JPはそこで活性化するのかとか――いったい誰が、我ら天照隊に、次にそう識別番号を割り振られるであろうSCP-████-JP-3にも対処できると保障してくれるのでしょうか。

 

 SCiPを収容している自覚が足りない?

 ええ、ええ、でしたら是非、胡散臭い財団とやらのエージェントを紹介してください。

 この文書が公開された時、恐らく「██」こんな黒塗りが多用されているでしょうけれど、実は「SCP-████-JP」の黒塗り箇所は最初から黒塗りでした。識別番号なんて元からありません。叢雲さんがそうした理由は2つあります。1つ、時津風ちゃんが見つけてくる面倒事を管理するフォーマットとしてSCP報告書という合理的なものがあったから拝借しただけ(なのだけれども、SCP-████-JPの説明項目以降は叢雲さんが作成できなかったのは前述の通り)で、将来的には絶対に消去する文書に仮でも番号を与えたくなかった。2つ、もし本当に財団エージェントと接触できたら、SCP-████-JPの管理はお任せしてしまって、天照大艦隊七不思議なんて意味不明なもののオブジェクトクラスをEuclidからNeutralizedにする方法、というか異常を完全に消し去る方法をお願いだから教えて欲しい……というもの(さては叢雲さん、僕ら洞観者もNeutralizedにするつもりですね)。

 

 僕たちが望んでいるのはSecure(確保)・Contain(収容)・Protect(保護)でも、Destroy(破壊)・Destroy(破壊)・Destroy(破壊)でもなく……英語で、えーと……平和・平穏・また平和です。それでなくても大規模作戦で慌ただしいのに、なんですか異常存在って。勘弁してください。

 

 

◆――――◆

 

 

 自分で作ったカバーストーリーに頭をやられてしまった阿呆な私が、代書してくれた斑鳩にはとても言い辛いのだけど……。

 

「私の気持ちを酌んで熱弁してくれたのは嬉しいわ。ただ、オブジェクトの説明はもうちょっと坦々としてるべきかなって、いやスーパー秘書艦斑鳩には釈迦に説法だと思ってるのよ」

《にはは……正直、書いてる途中から自覚はありまして》

 

 分かる。私が書いたなら多分、時津風と、親潮あるいは朝潮と、自分を初期艦と言い張る不審者に対する小言まみれになってた。

 

《でも叢雲さんが元にしたSCP報告書っていう体裁なら、特別収容プロトコルの部分だけで十分じゃないです? いやあ本当によく出来てるなーと思ったんですよ。「細かいことは気にするな。とにかく時津風ちゃんの口をダクトテープで塞げ」で異常がサッパリ解決するんですもん》

「ええ……その、特別収容プロトコルのことなのだけどね」

《もう電話切っていいです?》

「斑鳩が番号振った通り、SCP-ナンタラ-JP-3が発生したわ。時津風は、変なものをただ見つけて指をさして、誰かに知らせるだけでよかったみたい」

《全然よくないです。やっぱりSCP-カンタラ-JP、異常存在の中心は七不思議じゃあなくて時津風ちゃんの方なのでは?》

「今はとにかく新たな異常を……どうにかできる気が全然しないわぁ……」

《そ、そんなにマズいことが……?》

「いや全然。危険度はゼロと言っていいわ。ただ……『圧』だけがすごい」

《圧、ですか》

「16時からちょうど1時間の間、戦艦霧島が何か言うと頭の上に『 !? 』って出る」

《 !? 》

「そうそう。その感じの圧を20倍くらいにしたような」

《いや、ぜんぜん分かりません》

「見れば分かるわ。『 !? 』が見えるの。なぜか。……ねえ、おかしいのは実は私? なんで記号が見えるの……?」

《僕に聞かれても……で、でも少なくとも時津風ちゃんにも見えてたんですよね》

「ええそれはもうハッキリと」

 

 だって気圧され過ぎて漏らした程だし、とは時津風が気の毒すぎて言えない。

 

《霧島当人は、いったいどれだけのコワイ表情と台詞を?》

「廊下の曲がり角でぶつかりそうになっただけ。『おっと『 !? 』』ってものすごい圧で」

《南鎮守府って廊下で不運(ハードラック)と踊(ダンス)ってるんですか?》

「16時からちょうど1時間の間、霧島の周囲ではね」

《……取り敢えず、SCP-ナンタラカンタラ-JP-3の封じ込め、応援しますので》

「応援に来てよ、斑鳩が。私にどうしろって言うのよ」

《…………頑張ってください》

 

 

 

 

 

 

 

 

◆― 提督兼マスター、副提督兼指揮官(少し加筆) ―◆

 

 

「やった……ついにやったぞっ、山城!」

「やりましたか!」

 

 秘書艦用の椅子を蹴飛ばして、提督を押し退けてパソコンのモニターを奪った。ブラウザは『さあ! この栄光の瞬間をスクショして永久保存してください!』と言わんばかりの表示を――してない。

 ただ普通に、見慣れた母港画面で、瑞鳳2号(改二までまだまだ)が待機してるだけだった。瑞鳳をクリックしても「天山は――」とか「彗星は――」とか言うだけで、もちろん天照大艦隊の輝かしい勝利を私たちと共に喜んでくれたりはしない。

 

「え? 提督まさか、第4作戦(E-4)に瑞鳳2号を送ったんですか? いえ、まあ、1号を温存できたなら、そりゃあイイことですけど」

「なにを言っている」

「というか作戦に成功したなら、普通はリザルト画面とか報酬を見せてくれません? どうしてすぐ母港に戻っちゃいますかねー」

「その瑞鳳2号は1時間ほど前に演習を終えたところだぞ。つまり、1時間ほど休ませているとも言う」

「…………つまりつまり、この瑞鳳2号は1時間ほど何もしていないと? さっきからずっと?」

「私が言ったことを繰り返すものではない。それに、いいか、瑞鳳2号と随伴艦たちは休息中だ。休息のない仕事など私は断固認めん」

 

 充実した演習後の艦娘って、むしろキラキラしてるはずなんだけど。

 悲報。瑞鳳2号、戦意高揚状態のまま1時間も『おあずけ』される。

 

「じゃあ、やっぱり予定通り瑞鳳1号を旗艦にして突破したんです?」

 

 私を提督の机から押し退けようとしてくる男を遮りつつ、マウスをポチ、ヨシ! ポチ、ヨシ! 大規模作戦中は1回ポチする毎に指差し確認ヨシ! を怠らない優秀な私。

 

「ん? ……はあ? ……あの、本当はこんな呼び方したくないんですけど、おい阿呆――いえ、クソ提督」

「なんだ不幸の権化」

「どうして第4作戦のゲージが回復してるんです? 私たち頑張って、ちょびっと削りましたよね」

「クサイ特効艦攻を3セット。これを用意してボスに与えられたのは擦り傷。……勝てるわけがない……」

「実際に出撃して戦う艦娘、つまり私たちが『あんなの無理!』って言いましたよそりゃあ。でもですね、いくら竹櫛提督のアカウントだからって、秘書艦に一言もなく難易度を下げるとか信じられな――……いや、さっきハイテンションで『ついにやったぞ』とか言ってましたよね? 何やったんです?」

「見ろ、これだ」と提督はスマートフォンを差し出してきた。「まさか、こうもあっさりとカーマを召喚できるとは。先日もメルトリリスやアナスタシアの召喚に成功したし、いやはや、聖晶石をコツコツと貯めてきた甲斐があったというものだ」

「はあ。このアンニュイな表情した銀髪の女の子が、そのカーマ=サンですか」

「非常に強力なアサシンだ」

「はあ。球磨より強いアサシンですか?」

「金背景と星5なら、星5の方に軍配が上がろう」

「はあ。すごいですね。ところで提督、このカーマ=サンは艦娘ですか?」

「サーヴァントだ。艦娘には恐らくなれない」

「じゃあ、この子は我ら天照大艦隊の何の役に立ってくれるんです?」

「私のカルデアの戦力が整うほど、Fate/Grand Orderの攻略がスムーズになる。マスター兼提督である私の仕事がスムーズになるほど、何もかもが上手くいく」

「なるほど。万事理解しました」

「うむ。理解のある秘書艦は優れた秘書艦である」

 

 提督が手を伸ばしてきたけど、私はそれをヒョイと躱した。

 提督のスマートフォンは私の手の中。その意味するところは――提督のカルデアも私の手のひらでコロコロされるという事実! 戦艦山城が英霊になったらクラスはアヴェンジャー、航空戦艦に改造されたらフォーリナーに変化する感じでお願いします。

 

「いくらカーマ=サンが優れたサーヴァントだとしても、レベル1では戦力にならないでしょう。優れた秘書艦であるこの山城が責任を持って育成します。おや、丁度良い経験値になりそうな星5サーヴァントがいますね。メルトリリス=サン、アナスタシア=サン、あなた方の霊基は決して無駄になりません」

「そんな真似をしてみろ。私が許しても、マシュ風が絶対に貴様を許さんぞ……!」

「マシュ風が身内に厳しいのをご存知でない? 提督が作戦ほったらかして大奥で遊んでるなんて知ったら……あー……絆が弱いので、せいぜい悲しい目で見られる程度ですね」

「フン。貴様が私のグランドオーダーの何を知って……そうなのか? マシュ風がそう言っていたのか……?」

「弱ったゴルドルフ所長みたいな顔やめてください。見てるこっちの胸が痛くなるじゃあないですか」

 

 提督のスマートフォンを破壊する気も失せた。

 

「ほら、スマホは返しますから。とにかく1時間も放置された瑞鳳2号に何か指示してあげてください。それから、せめて副提督には作戦難易度を下げた連絡をしましょうよ」

「……一ノ傘は何と言うだろうか……?」

「だからそのゴルドルフ顔やめてください。分かりましたよ一ノ傘副提督には私から伝えますから。ほら早くパソコンの前に座って」

 

 

◆――――◆

 

 

 秘書艦はつらい、なんて今更になって思う私だった。副提督の反応を想像すると実際つらい。

 嫌で嫌で仕方なくても……本当、私ってば不幸の権化だわ……秘書艦の職務を遂行すべく第二執務室の扉をノックした。

 

「どうぞ、なのです」

 

 こっちの秘書艦、電は副提督の席に着いていて、じゃあ一ノ傘副提督はというと。

 

「ねえ、電」

「はい、どうしたのです?」

「電の隣で床に正座していらっしゃる副提督はいかがされたの?」

「今の聞きましたか『指揮官』さん。山城はまだ、あなたのことを副提督と呼んでくれてますよ」

「…………」副提督、俯いたままだんまり。

「ああ、分かったわ。隣の部屋の竹櫛氏がFGOのマスターをやってたように、こっちの一ノ傘氏はアズレンの指揮官をやってた、と」

「半分正解なのです」

「その台詞リアルで言われたの初めてだわ。半分?」

「この一ノ傘鉄子さんは『ドールズフロントラインの指揮官』なのです」

 

 さすがは総旗艦叢雲とほぼ同等の権限をお持ちの電、行動力が半端じゃあない。私にできなかったことをやっていながら涼しい顔をしてる。正座する副提督(指揮官)の前には、半分に折りたたまれたスマートフォンがあった。言うまでもないことだと思うけど一応言っておくと、そのスマートフォンの折りたたみ構造は電の暴力によって付与された様子。

 

「それはそうと山城、さっき何と言いました? 『FGOのマスター』とか何とか聞こえた気がしたのですが――」

「私、作戦のことで連絡しに来ただk「良い機会なので聞いておきましょう。そのマスターさんのお気に入りキャラは? 絆レベル上限到達サーヴァントは、まさか……可愛かったり美人だったりする女性オンリー、だったりしませんか」

「霊基一覧を絆レベル順でチラリと見たわ。半分……いえ、四半分正解ね」

「と、言いますと?」

「タマモキャット・アタランテ[オルタ]・フランケンシュタイン。確かにカワイイヤッター!」

「やっぱりヤッター!」

「でもそれ以上に星4バーサーカーで、ストーリー2部3章くらいまでずっとメインアタッカーだった。打たれ弱さは令呪か聖晶石でカバー。迷いのないコンティニューで全員NP100%チャージすれば実際撤退より早いし強い! あ、マシュ風とフレンド様にはいつもお世話になっております」

「ははあ、それがフォーリナー過剰信仰の理由ですか。バーサーカーに有利なクラスはまさに自陣営の理を否定する、星界からの使者だと」

「絆レベル上限到達があと一人。ほぼ最初からいたせいで存在の有難味にまったく気付けなかったらしい、諸葛孔明」

「……たぶんですが。エルメロイⅡ世がいなかったら旅は『面倒臭い』を理由に途中で終わってましたよそれ」

「私らの艦隊から時間を奪った男、とも言えるわ」

「それもそうなのです。これだから見目麗しい男性は」

「えっ」

「えっ」

「電、今の『どっち』に言った?」

「作戦のことで連絡があるのですよね山城。何でしょう」

「ねえねえ今どっちに言った? 第1第2のエルメロイⅡ世? 第3最終のウェイバー? それとも両方?」

「ウザい! 新しいオモチャを見つけた雷くらいウザいのです!」

「そのオモチャはどっちとどうやって遊ぶのぉ電ぁぁ~ッ」

「この部屋から出ていけ! 新しい山城がドロップしたら山城1号このウザいのは強化素材にするのです!」

 


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