開発部からの連絡は非情なものだった。
重巡洋艦・羽黒は予め噂されていたからまだいい。確か一ノ傘(正確には電)が連れてきた艦隊の中にいたから改造するなり何なり好きにするといい。しかし噂のもう一人、我が艦隊では頼れる重巡として古鷹ちゃんと並ぶ鳥海の名が挙げられず、ひたすら遠征任務ばかりを任せていた龍驤に白羽の矢が立つのは許せない。
受話器を叩きつけて開発部員の鼓膜に我が怒りの音波をぶつけてやろうとしたが、電話機が壊れては困るので受話器をそっと置いた。
「どうだった」と叢雲がまるで期待していなさそうな顔で聞いてくる。「いや実際、何に期待したらいいのか分からないんだけど」
「鳥海を改二にしたいとは思わないか」
「できたらいい、とは思うけど」
「鳥海はメガネなんだぞ」
「? …………ああ、霧島繋がりね」
綿菓子のような軽いため息をついた叢雲は目を書類に戻してしまった。カリカリとボールペンを走らせては紙をめくってゆく。白露あたりに任せたら丸一日かかっても読み通せないかもしれない書類が、鉄板の上のたこ焼きのように次々とめくり返されてゆく。
そう、たこ焼きである。
「たこ焼きが食べたい」
「何?」
「たこ焼きだ。龍驤ならたこ焼き器を持っているだろう」
「知らない。というか、さっきタンカー護衛に出たばかりじゃない、龍驤の部隊。遊びたいなら一ノ傘副司令のところにでも行けば? あの人もたこ焼き作れそうじゃない」
「訛りで誤解されやすいが奴は北九州人だぞ。奴は自分の訛りを博多弁と北九州弁の組み合わせ方言だと思っている。だがそうだな、奴ならたこ焼き器くらい持っていそうだ」
「博多弁と北九州弁? あんなのだったかしら」
一度食べたくなると、食べるまで気が収まらないのが粉物の恐ろしいところである。
◆――――◆
「オウ、なんか用事ねテートク」
[金剛;Lv.85 → 89]
第二執務室はダンボールのジャングル地帯と化していた。この鎮守府に引っ越してきて何一つ整理していないどころか、運んだダンボールをそのまま乱立させるとは恐れ入った。ダンボール摩天楼は文字通り部屋を埋め尽くし、奥にいる金剛がいったいどうやってあそこまで入っていけたのか分からないくらいの隙間しかない。震度3~4くらいの地震で一ノ傘はダンボールに押しつぶされて死んでしまうだろう。
そんな中で一人黙々と仕事をしている金剛というのもよく分からない。
「一ノ傘はどうした」
「さあ、どこかに行ってしまったネー。雷が探しに行って、その間の仕事を頼まれてシマッタヨ。運が悪かったデース」
「よく引き受ける気になったな」
「恩は早い段階で売っておきたいカラネ」とにやりと笑う金剛。「というわけで今はワタシがこの部屋のマスターデース。提督、ご用事は何デスカ?」
「たこ焼きが食べたくなってな。一ノ傘ならたこ焼き器を持っているかと思ったんだが――」
天(井)にも届きそうなダンボール摩天楼を見上げる。引越業者はよくここまで積んだものだ。中国ですらもっとマシな建築計画を立てるだろうに。この中から存在するかどうかも分からないたこ焼き器を探すくらいなら龍驤の住む部屋に忍び込んだほうがマシである。
「諦めた。誰か外に出る者に買ってきてもらうことにする」
「ちょっと待ッタ! それなら任せてクダサイ。確か居酒屋鳳翔でそれらしき物体を見た気がシマース」
「鳳翔か。だが鳳翔も遠征に出てしまったぞ」
今度から龍驤と鳳翔はどちらか残そう。緊急時のたこ焼きのために。
「ちょっと道具を借りるだけデス、夜までに洗って返せば問題ナッシングネー」
「それもそうか。材料も揃っていそうだしな」
「じゃあ提督は行っててクダサイ。ワタシはコッチからじゃないと出られないノデ」
そう言うと金剛は錨(イカリ。猫じゃない)を手に持って、秘書艦机の背後の窓を開いた。錨に繋がったロープを外に落として、錨を窓の縁に引っ掛けた。あの錨は雷が持っているものか。なるほど、あれがこの部屋の鍵代わりになっているのか。自分の装備品を鍵にしてしまうとは、さすがは本艦隊の現状最高練度を誇る艦娘のセキュリティだ。私ではあの鍵を渡されてもまず入ることすらできそうにない。
金剛は忍者のように窓の外から出ていってしまった。仕事はいいのだろうか。
◆――――◆
「見つからないネー。そういえば提督」
「なんだ」適当に戸を開いてみるが皿や仕込み済みの具材、調味料ばかりでたこ焼き器の姿は見当たらない。蛸だけは冷凍庫で見つけた。
「「たこ焼き器」って日本語おかしくないデスカ?」
名付け親が誰かは知らないが、お前にだけは言われたくないことは想像に難くない。
「たこ焼きを作る機器なら「たこ焼き製造機」じゃないとおかしいと思いマース。それか、たこ焼きを焼くんだから「たこ焼き焼き器」にするべきデス。「たこ焼き器」だと普通にたこ焼くだけの機器になっちゃいマセンカ?」
「ただ蛸を焼くためだけの機器が存在し得ないから「たこ焼き器」で通じるのだろう。お前こそ、英国帰国子女が蛸をどうこう言うのはどうなのだ。デビルフィッシュとは言わないのか」
「あー忘れ……美味しければなんでもいいネー。そんなことより見つからんネーたこ焼き器。これくらいしかなかったヨ」
金剛は小麦粉とお好み焼きソースを持っている。なるほど、惜しい。いやもう私もそれでいいような気がしてきたところだった。よく考えてみると、わざわざ丸い物体を作るのは例えそれ専用のたこ焼き器があったとしても面倒臭い。作ったことが一度だけあったが、あれは大量生産して売り捌いて儲けを出してようやく楽しめるものだった。
たこ焼き器を探している間に様々な食材を見せつけられたせいでますます腹がへってきた。もうたこ焼きのような味であればなんでもいい。
「よし、お好み焼きを作ろう」
◆――――◆
「タコは?」と叢雲に至極当然の質問をされた。冷凍庫で見つけたのであればせめて使えという話だ。しかし蛸は私の記憶が正しければ一度茹でる必要がある。それに八本の足はともかく頭の部分をどう使用したらよいか分からない。
「手間を加えるより肉を加えよと金剛が言ったのだ」
「デース」
「まあ、下手なもの食べさせられるよりいいけど」
執務室で出来たてのお好み焼きを三人で頬張る。キャベツと肉だけでも私の舌はどうやら満足したらしい。ソースとマヨネーズ、かつお節、青のりさえあれば何でもよかったような気がする。叢雲も箸を止めないようで何よりだ。
「ところで提督はどうしてたこ焼きのためにあそこまでバーニングしてたネー」
「はて。忘れた」
「龍驤の名前が出たからでしょ。改二のこと」
「そうだった。なあ金剛、鳥海を改二にしたいのだが、霧島のメガネ――」
ガチャン、と金剛は皿と箸を落としてしまった。顔から汗が吹き出て固まっている。「おいどうした」と声をかけても反応しない。どんどん顔が青ざめていく。
「メ、メメ、が、めガ、……めがね。メガネ、メ、メガネパンチ」
「だ、大丈夫?」と叢雲に肩を叩かれると、
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
雄叫びを上げながら執務室から飛び出していってしまった。残された我々二人は暫くぽかんとするしかなかった。
とりあえず片付けを叢雲に手伝ってもらい、遠征から帰った鳳翔に事情を説明して使った材料分の料金を支払った。
翌日の早朝、金剛は第二執務室で発見された。私が気付かなかったことから深夜に入ったものと思われる。第一発見者の雷が部屋に入るとダンボール摩天楼は全て倒壊しており、微かに動いていた山の下から埋もれていた金剛は無事救助された。憔悴し怪我もしていたので医務室に連れて行こうとすると、いやだ外にはメガネがいると怯えて動こうとしなかったため、数人がかりで無理矢理連行したらしい。