ドールズフロントライン ~ドールズ・スクールライフ~   作:弱音御前

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明けましておめでとうございます。
気持ちの良い新年の始まり、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

新しい年明けだというのに、こちらは相変わらずの通常営業で連載している次第。
それでも、一時の息抜きにでもなってくれていたら幸いに思います。

では、新年一作目もどうぞごゆっくりと~


ドールズ・スクールライフ 12話

 10月12日 (土) はれ

 

 涼やかな風はそよそよと。赤と黄色に染まった葉は静かに揺れ、時折、風に連れ攫われて宙を

漂う。

 日が昇ってまだ間もない心地良い早朝、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

 ・・・等と、手紙の書き出しに申し分ないシチュエーションの中、指揮官は1人住宅街を小走りに進んでいた。

 早朝トレーニングというわけではない。せっかくの休日である。いくら指揮官といえども、まだもうちょっと微睡の中に沈んでいたいというのが本音だ。

 それを我慢して、ベッドから抜け出し準備もそこそこに飛び出すことになった発端は、ネゲヴからのメールであった。

 

(まったく・・・冗談で言ってるんだと思ったけど、本当に呼び出しかけてくるんだもんな)

 

 以前、ネゲヴの正体を目の当たりにしてしまった時の事を思い出す。

 魔法少女としてこの町の平和を守っている(らしい)ネゲヴは、その折に指揮官に協力を申し出ることもあるかも、という旨を仄めかしていた。

 その話が、よもや冗談ではなかったどころか、ほんの一週間後に現実になってしまったのだから、指揮官としてはたまったものではない。

 まぁ、呼び出しを受けたって断ればいいと言ってしまえばそれまでなのだが、キッパリと断れない辺りも指揮官の良さ・・・なのかもしれない。

 

(だいたい、俺が行ったところで何を手伝ってあげられるのか? って話し)

 

 ネゲヴや45はなにやら魔的な力を持つ特別な存在らしいが、指揮官にはそういったモノを備えているという自覚は無い。ネゲヴだって、指揮官が大して役に立たないことは承知のはずだ。

 あまり込み入った事にならないことを願いつつ、指揮官はメールで指示された場所へと進んでいく。

 

「東区と南区の境の公園・・・と、あの辺りかな?」

 

 道の先、立ち並ぶ家屋の上から木々の緑が覗いているのが見える。おおよそ、公園というのは

緑色の比率が高いものだ、という指揮官の固定観念の通り、しばし進んでみると、お目当ての公園に差し掛かった。

 まだ真新しい綺麗な塀と木に囲われたそこは、遊具施設は見受けられず、ベンチやテーブルが所々に設置されている。ここの地域住民の憩いの場、といった所なのだろう。

 公園の正面入り口から入り、まっすぐに伸びる石畳を歩み進む。

 こんな爽やかな陽気の休日、赤と黄の木々に彩られた公園を散歩する。自然と気分も晴れやかになろうというものだ。

 ・・・本来であれば。

 

「ん~・・・これは流石におかしいよな」

 

 園内は静まり返っている。まるで、時間が止まっているかのように徹底的に。

 辺りを見回してみても、指揮官以外の人の姿は誰一人として見られない。

 これだけ気持ちの良い朝だ。近所のおじいちゃんおばあちゃん一人でもお散歩していたっておかしくはない。

 強めに言ってしまえば、そうでなくてはおかしい。今、この場に指揮官一人しかいないというこの状況は、明らかな異常である。

 ネゲヴがまっているであろう公園の中央に進むにつれ、自然と心臓の鼓動が速度を増していく。まるで、指揮官に対して警鐘を鳴らしているかのようだ。

 

「来たわね。時間少し前に着くなんて、良い心がけじゃない」

 

 公園の中央、円状の広場に佇んでいるネゲヴの姿を確認出来て、ここでようやく安堵の息をつく。

 

「遅れたら何を言われるか分かったもんじゃないから、急いで来たんだよ。ひとまずおはよう」

 

 平静を装いながら、不安に駆られていた精神を落ち着けていく。

 高鳴っていた鼓動も徐々に速度を落とし、思考が冷静に回るくらいには戻ってくれた。

 

「なによ、その言い方は? このスペシャリストに目をかけてもらってるんだから、もうちょっと感謝の意とか無いわけ?」

 

「これから何をやらされるのかも分からないのに、感謝も何もあったもんじゃないでしょ」

 

「まぁ、その言い分も一理あるけどね。・・・ちょうど良かったわ。説明するよりも見てもらった方が早いものね」

 

 言って、ネゲヴが指揮官から視線を外す。

 その視線に釣られ、広場の中央、芝生が植えられた円形のエリアに目を向けて、指揮官は思わず息を呑んだ。

 本来ならば鮮やかな緑色に彩られているはずのそこは、一面が紫色の水面。ぶどうジュースのような良い意味の紫色ではなく、いかにも毒々しい蛍光色の謎の液体が広がっている。

 

「・・・何これ? 見ても全然わかんないんだけど」

 

「以前、言ったでしょう? 私は魔法少女で、この街を魔的なモノから守っているって」

 

 あまりにも不気味な光景を目の当たりにして顔をしかめる指揮官。そんな彼を尻目に、ネゲヴはポケットから弾丸を1つ取り出した。

 鏡のように輝く真鍮製の5.56ミリ弾の表面には、何かの意味を込められているのだろう、幾何学模様が刻まれている。

 指で摘まんだ弾丸の先端にネゲヴが軽く口づけする。瞬間、ネゲヴの身体が桃色の光に包まれたかと思えば、つい先日の可愛らしい魔法少女姿のネゲヴが姿を現した。

 彼女が姿を変えたという事は、今はそれ相応の状況なのだと指揮官は把握する。

 

「それは簡単に言えば、この街に漂う負の魔力が溜まったもの。本来は自然へ還って浄化されるのだけどね。雨が降った後、道路の窪みには水溜りができるでしょ? それと同じようなものよ。

魔力にも、溜まりやすい場所があるの」

 

 言って、彼女はどこからか銃を取り出す。彼女の持つネゲヴマシンガンは、本来の武骨な黒ではなく、服装と同じような色調で、ハート柄の可愛らしいエンブレムまであしらわれている。

 ガンマニアな指揮官としてはツッコみ所満載なカスタムだが、今は納めておく方向でひとつ。

 

「つまり、これって危ないものだってことだよね? そんな所に何で俺を呼ぶのさ? 前にも言ったけど、俺、魔力とか霊力なんかは全く縁ないからね?」

 

「今はね。素質はあるみたいだから、ちゃんと私の戦い方を見て勉強なさい。近々、私の右腕として活躍してもらう予定だから」

 

 あまりにも強引なネゲヴの言いっぷりに、反論する気も消え失せてしまう。

 

「さあ、出てくるわよ」

 

 紫色の水面がせり上がる。一体、どれだけ深い淀みに沈んでいたのだろうか。見上げるほど巨大な異形が姿を現し、指揮官は知らず息を呑み、言葉を失ってしまう。

 例えるならば蛸。それも、異国の伝承に聞く巨大な水魔、クラーケンといったところか。風船のように巨大な丸頭に、水面と同じく毒々しい紫色の体表。8本どころか、数十、いや、百は優に超えるだろう数の触手を不規則にうねらせる様は、嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

「$&%#&$#$&‘%$’」

 

 おまけに、読経のように低く響くような音で言葉のようなものを延々と呟いているのだから、

指揮官の正気度にも大ダメージである。

 

「ねえ、もう帰っていいかな!? やっぱり、俺がいる必要ないでしょ!?」

 

「ダメだっての! 私のそばにいれば平気だから。こんな三下の魔物、楽勝楽勝」

 

 直後、ベチン! という音と共に、すぐ横にいたネゲヴの姿が消え去った。

 

「・・・へ?」

 

 魔物が振るった触手によってネゲヴが弾き飛ばされたのだと、即座に察する。

 その証拠に、ネゲヴが吹っ飛んでいったのだろう先、公園の端の植え込みが騒めきたっている。

 

「ちょ・・・マジ?」

 

 今までに遭遇したことのない、魔物と呼ばれる未知の敵を前にして、たった1人。

 これで、魔力を持たない指揮官には目もくれずにお引き取り下さったらまだ良かったのだが。

 

「%#$&%$‘%&##=%」

 

 一層に触手をうねらせて興奮している様子からして、そう上手くいってくれないのは明白だ。

 遥か頭上から、指揮官を叩き潰すべく触手が振り下ろされる。

 

「っ!」

 

 咄嗟に体を横に投げ出す。

 重い地響き。ネゲヴは魔法少女ということで、それなりの防御性能を有しているのだろうが、

指揮官は完全に生身である。直撃したら即死。死ななければ御の字といったところか。

 

(まったく! これのどこが楽勝なんだよ!)

 

 地面を転がり、態勢を立て直しながら銃のグリップを掴む。

 敵を正面に捉え、引き抜くと同時に発砲。的が巨大なので、ロクに狙いをつける必要もない。

 

「$‘%($~~~$)$!!」

 

 4発全弾命中。しかし、45口径弾のパワーを以てしても、ダメージを与えているような様子は見られない。

 

(そりゃそうだよな。あの図体だし、そもそも、魔物って呼ばれてる相手に物理攻撃が通じるかもわからない)

 

 ネゲヴが扱えるような、魔力を利用した攻撃でなければ効果が無いと結論づけて良いだろう。

 

 つまり

 

「無理だこれ!」

 

 そう察するが早いか、回れ右して全力撤退。

 公園の出口に向けて疾走する指揮官。

 

「#$&%‘$(#$’!!)

 

 そんな指揮官を追いかけ、這い寄る混沌。無数の触手を蠢かせながら移動するその様は、さながら、水面の上を進んでいるが如く気持ち悪い。

 

「何でついてくる!? 魔力を持ってるネゲヴを狙えよ!」

 

 女の子を囮にしようだなんて男の風上にもおけない、と思うことなかれ。人間誰だって自分の命が一番惜しいのである。

 見た目は巨大であるが、移動速度はそれほど早くないようで、指揮官の足の方がやや早いくらいである。

 じわじわと距離を開きつつ、公園から脱出する。

 

「公園から出てきた魔物だ。公園の外には出られないってことは・・・ないか!」

 

 しっかりと公園の外まで追いかけてきた魔物を見て、再び駆け出す。

 まだ早朝という事で人出がないのは不幸中の幸い。爽やかな住宅街を全力で駆け抜けていく。

 差し掛かったT字路を華麗なコーナリングで曲がりきる。

 その先で・・・

 

「あら、指揮官様。ごきげんようですわ」

 

「おはようございます、指揮官殿。朝から精が出ますね」

 

 あまりにも偶然、仲良くお散歩でもしていたのだろうタボールとファマスの2人組と出くわした。

 

「2人とも、危ないから早く逃げて!」

 

 急ブレーキをかけ、2人に注意を促す。

 あまりにも藪から棒な声かけだった為、言葉の意味を分かっていない2人は揃ってぽかんとした表情を浮かべている。

 

「えっと・・・危ないとは、どういう状況なのでしょうか?」

 

「私達、これでもグリ女の生徒ですので。どんな危険でもたちどころに解決してみせましてよ?」

 

「いや、さすがにこれはキミたちでも・・・」

 

 会話をしているうちに、追いかけてきた魔物が路地から姿を現した。

 その異形を目の当たりにして、再び言葉を失う2人。

 

「ほらアレ! さっさと逃げないと!」

 

 2人に逃げるよう促す指揮官だが・・・

 

「あんなキモイ怪物をこの街にのさばらせてなるものですか! ファマスさん、迎撃しますわよ!」

 

「指揮官殿はさがっていてください。ここは私達が」

 

 立ち向かう気満々な2人はその場で銃を構え、戦闘態勢に移行してしまう。

 

「いやいや! だから、銃弾は効かないから、逃げないと・・・」

 

 指揮官の言葉が銃声でかき消される。

 

「%#$&$‘&#%#$“!」

 

 全弾命中は言うまでもない。拳銃弾とは比べるまでもなく威力の高いライフル弾ならもしかしたら、という期待もあったが、弾丸は泥の中に埋もれでもするかのようで全くダメージになっていない。

 

「まったく、あの化け物はなんですか? 榴弾を使いますよ、タボール!」

 

「よくってよ! 吹き飛ばしておやりなさい!」

 

 タボールが射線から退いたのを確認するや、ファマスが榴弾を撃ち込む。

 弧を描きながら殺傷榴弾が飛んでいく。弾着炸裂ならば今度こそ効くだろうと、この場にいる誰もが期待したことだろう。

 しかし、あの怪物は触手を器用に操り、榴弾を空中でキャッチしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるファマスを尻目に、怪物は頭に開いた通気口のような穴に榴弾を放り込む。

 いや、食べたというべきか。

 もちろん、体内で爆破などという良い結果になることはない。

 

「やっぱりまともに戦えるあいてじゃないって!」

 

「ちぃ、仕方ありませんわね。ファマスさん! 指揮官さん言う通り、一時退却ですわ」

 

「そうですね。悔しいですが、その通りに・・・」

 

 やっと2人が撤退を決めてくれたと思った、そんな矢先だった。密かに地面を這って忍び寄っていた触手が2人の足を絡めとった。

 

「いやん!?」

 

「きゃあ!?」

 

 抵抗する間もなく、ファマスとタボール揃って宙づりにさせられてしまう。

 振り子のようにフラフラと揺れる2人の四方八方から、数えきれない量の触手が迫る。

 

「2人とも、そのまま大人しくしてて!」

 

 指揮官の放った弾丸が命中するたびに触手が弾かれる。それでも、ダメージを与えているわけではないので、その触手は再び2人へと伸びていく。

 装弾数の少ない拳銃で的確に触手を撃ち抜いて凌いでいるが、彼女たちと触手との距離は段々と縮まってくる。

 

「ファマスさん、これは覚悟を決めるしかなさそうですわね」

 

「さすがタボール、気が合いますね。指揮官殿、もう私達には構わず、せめてあなただけでも逃げてください」

 

「くっ・・・でも・・・」

 

 仲間を置いて逃げるのは指揮官の信条に反する。

 何か、この状況を打破できる手立ては無いか・・・

 

「随分と楽しそうなことをしているわね。私たちも混ぜてもらっていいかしら?」

 

 思案する指揮官の背後から聞き慣れた声。誰が現れたのかは、振り向くまでもなく分かることだ。

 

「Ⅿ14、G3、左右に展開。直ちにあの化け物に鉛玉を叩き込んでやれ」

 

「無闇に撃ってしまって大丈夫でしょうか? タボールさん達に当たってしまうのでは?」

 

「大丈夫だって。当てないように撃つくらい、私達なら余裕だよ。2人とも、下手に動くと当たっちゃうから気を付けてね~」

 

 いつの間にやってきたのか、FAL、M14、G3の3人組が道路の道幅一杯に展開。コンクリート塀に左右を挟まれたその間で、フルサイズ弾の銃声が豪快に響き渡る。

 

「~~~~!」

 

 咄嗟に耳を塞ぐが、空気を伝播した轟音が体に直接伝わってくるので、まるで効果が無い。

 バトルライフル総出のあまりにも激しい銃撃。指揮官の45口径拳銃弾よりも格段に高い破壊力を受け、触手群が一斉に押し戻されている。

 敵がたじろいでいる影響でファマスとタボールの身体も宙で大きく振られるが、それでも、

FAL達の弾は掠りもしていない。

 改めて、彼女たちの技術力の高さには驚かされる。

 こっちに来い、というジェスチャーを送ってくるFALに従い、身を屈めたまま彼女の下に歩み寄る。

 

「勢いで手を出しちゃったけど、これ、どういう状況? アイツは何なの?」

 

 ネゲヴが魔法少女だというのは秘密の事なので、そこだけは隠したまま、公園からここまでの顛末を説明する。

 もちろん、頭が揺さぶられるような銃声に負けないよう、声を張り上げて、である。

「はぁ? 何よそのわけわからない状況は? 見た感じ銃弾が全く効いてないし、このままだと無駄な抵抗だわ」

 

「だから、一時撤退するしかない。ファマスとタボールを開放できるように狙い撃てる?」

 

「この状況でそこまで正確な射撃を要求するのはリスキーね。それよりも、ネゲヴを連れてきた方が早いわ。アイツが関わってるっていうなら、アイツならなんとかできる手段も知ってるんでしょうし。ほら、そうと決まったらさっさと行きなさい。ここは私たちが押さえ込んでおくから」

 

 FALの提案に賛同するや、指揮官が走り出す。

 今しがた通ってきた道は化け物がいるので引き返せない。碁盤の目状に敷かれた住宅街の道を迂回して公園へと急行する。

 角を曲がっては走ってを繰り返し、進むこと数ブロック。未だに鳴りやまぬ銃声が遠くに聞こえる。

 

「たぶん、この先を曲がれば公園の傍に出るはず」

 

 綺麗に整地された住宅街はどこを曲がっても、その先には同じような風景が伸びていて、まるで迷路さながらである。まだこの一帯の土地勘が無い指揮官が頼れるのは方向感覚のみ。

 見立てでは、もう2ブロックも進めば公園の正面に面した道路に出る予想。

 自然と足取りを速めながら角を曲がり抜ける。

 ・・・と

 

「っとぉ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 塀の先、視界が開けたところに突如として現れる人影。それに咄嗟に反応し、身体を逸らせる。

 寸でのところで相手の真横をすり抜け、激突は免れることができた。

 

「まったく・・・ぶつかってたら大ケガしていたところだったわね?」

 

「ご、ごめんなさい! 急いでいたもので、つい」

 

 不機嫌そうに言う相手に深く頭を下げる。

 ・・・そこで、なんか聞いたような声だなと思って顔を上げれば、案の定、相手の女性は指揮官が良く知っている女の子だった。

 

「なんだ、誰かと思えば指揮官じゃない。こんな朝早くからランニングかしら」

 

 柔らかな日差しを受け煌めく長い銀糸の髪。休みの日の早朝でも、416は相変わらずクールな佇まいである。

 

「い、いや、ランニングってわけじゃないんだけど。キミの方は、朝の買い出しとかかな?」

 

「こんな時間にどこの店に買い物に行くっていうのよ。気持ちの良い朝だったから、ちょっと散歩に出てみただけ」

 

「じゃあ、できれば早くに家に戻って。しばらくは不要不急の外出は控えた方がいい」

 

「は? 何でよ?」

 

「何でって・・・」

 

 FALにしたのと同様に、簡潔にまとめて説明するしかない。そう思って口を開いた矢先だった。今、指揮官が曲がってきた角の先から紫色の塊が蠢いているのが目についた。

 

(そんな・・・FAL達が)

 

 化け物が追いかけてきたという事は、FAL達が退けられたという事である。

 いつしか銃声が止んでいた事にも気が付かないなんて、迂闊だったにも程があるというものだ。

 

「#%$&#‘“(#’$&%‘$)」

 

 指揮官を見つけ、歓喜に触手を躍らせながら怪物が這い寄ってくる。

 やはり、どうしても指揮官にご執心な様子だ。

 

「な、なによあのキモイのは!? もしかして、私たちを狙ってるの?」

 

「理由は分からないけどね。FAL達が足止めしていてくれたんだけど、ダメだったみたい」

 

「FALでも太刀打ちできないとか、難儀な相手ね」

 

 そう落ち着いて言い払うメンタルの強さは流石。すぐさま愛銃をどこからか取り出してヤル気満々である。

 

「ダメだっての! キミはすぐに吐血するんだから、絶対にムリ!」

 

「失礼な! 私は完璧なの。これくらいの相手、どうってこと・・・けほっ!」

 

 言っている傍から小さくせき込む416。ドッヂボールもまともにできない娘を戦いに駆り出すなど、言語道断の事である。

 

「もう逃げるの決定! ほら、乗って!」

 

 416に背を向けてしゃがみ込む。

 

「だから、なんでアナタは私をおんぶしたがるわけ!?」

 

「本当に平気? 銃弾は効かないから、俺たちじゃあ勝負にもならないからね?あの触手に捕まったら、それこそ何されるか分かったもんじゃないよ?」

 

「うぐ・・・」

 

 自分の身体は自分が一番わかっているもので、416は答えに窮してしまう。

 そして、彼女は返答しないながらも指揮官に歩み寄ると、背中に体を預けてくれた。頑固に見えるが、ちゃんと効率的な選択をしてくれる彼女のそんなところを指揮官はとても気に入っている。

 

「よし、しっかり捕まっててね!」

 

 416をしっかりと背負い、指揮官が地面を蹴とばす。

 

「ところで、逃げるっていってもどこに逃げる気なの?」

 

「公園! はぐれたネゲヴを見つけないとあの化け物の倒し方が分からない」

 

「なんでそこでネゲヴが出てくるのか分からないけど・・・公園は次の角を右よ」

 

「了解!」

 

 道路のアウトから塀の角を掠めるようにインを差し、速力を上げてアウト一杯に立ち上がるお手本のようなコーナリング。

 ・・・それでも、背後から迫る化け物との差は着実に縮んでいる。見た目以上に軽い416だが、それでも、スピードが低下してしまうのは止むを得ない。

 先ほどまでとは全く逆の状況である。

 

「このままだと追いつかれる。ダメージは与えられなくても、脅かしくらいにはなるんでしょ?」

 

 言って、背中で416がもぞもぞと動き出す。

 

「脅かしって・・・ちょっと待って!」

 

 416の言葉と動きから何をしようとしているのかを察し、反射的に引き留める。

 しかし、彼女の反応の良さには敵わなかった。

 すぐ背後で炸裂音。同時に襲い掛かる衝撃に押され、身体が傾く。

 

「ぐっ!」

 

 もつれた足を強引に踏み出し、左右に振られながらも転倒だけはかろうじて回避してみせる。

 

「何やってんのよ! ビックリしたじゃない!」

 

「驚いたのはこっちの方だよ! 走ってる最中にいきなり発砲しない! 俺の方にも反動が伝わってくるんだから!」

 

「指揮官なんだから、これくらい我慢なさい。その代わり、私達には指一本触れさせやしないから」

 

 416は自分の行いを改めるつもりは無さそうである。とはいえ、そのお言葉は頼もしい限りなので、ここは指揮官が折れるしかなさそうだ。

 さすが、クラスでも優秀と言われるだけあり、416は化け物が伸ばしてくる触手を的確に撃ち払ってくれている。

 宣言通り、416が相手を完封してくれているうちに公園が見えてきた。距離はおよそ200メートル。ラストスパート、と指揮官の足もギアをもう一段上げる。

 そんな矢先だった。

 

「? 電話か。まったく、こんな時に誰よ?」

 

 肩越しに聞こえる軽やかなメロディは、416の電話着信音のようだ。

 余裕を見て取ったのか、416は銃撃を止めて電話で話を始める。

 風を切る音と指揮官自身の息遣いで会話の内容まではよく聞こえないが、416は電話の相手に少し驚いたような様子。そして、あまり気分が良さそうではない話し方である。

 

「行き先変更よ。公園には入らないで、このまま通り過ぎてちょうだい」

 

「変更って、何で!?」

 

「いいから言う通りになさい! 公園を過ぎたら、2つ目の交差路を左ね」

 

 ここまでハッキリと言い切るという事は、彼女なりに自信のある算段があるのだろう。その言葉を信じ、指揮官は公園に入らずに通り過ぎる。

 

「ちょっとうるさくなるわよ。耳は・・・塞げないか。気合で我慢なさい」

 

 その言葉と、背中から伝わってくる動きで416が何をしようとしているかを察する。

 

「榴弾を使う気? アイツ、榴弾を器用に掴んで飲み込んじゃうから、通用しないんだよ」

 

「ええ、弾丸が効かないようなヤツだもの、それくらい出来るんでしょうね。心配無用よ、私が狙うのは・・・」

 

 努めて冷静な声。416は指揮官に体をしっかりと預け、両手で銃を構えると。

 

「ヤツじゃないから」

 

 指揮官が今しがた通り過ぎたばかりの電柱に向けて榴弾を発射した。

 背後から襲い掛かる爆音爆風で態勢を崩しかけるが、寸でのところでカバー。

 電柱が倒れたであろう路上がどんな惨状なのかは、振り返らなくても想像に容易い。

 

「ふん、ちゃんと乗り越えてくるくらいの知性はあるみたいね。じゃあ、もっと瓦礫を増やしてやるわ」

 

「おいおい! ここ住宅街なんだぞ!? そんなに壊しまくって平気なのかよ!?」

 

「もちろん。公共物と私たちの命。どっちの方が大切かと問えば、答えは明らかでしょう?」

 

「そりゃあ、まぁ・・・そうだけどさ」

 

 完全に論破されてしまった指揮官を見て、満足げに鼻を鳴らすと、416は続けて榴弾をばら撒きはじめる。

 ドッカンドッカンと響き渡る轟音が、朝の爽やかな空気を台無しにしていく。せめて、この破壊活動に巻き込まれて被害を被る人が出ないことを祈るばかりである。

 

「そうそう、これだけ瓦礫まみれだと迂回するしかないでしょう? 大人しく引き返しなさい」

 

「上手く足止めできた?」

 

「ええ、ちょっと時間稼げた程度だけどね。そこの角を曲がったところで降ろしてちょうだい」

 

 指示された角を曲がったところで足を止め、416を地面に降ろす。

 呼吸を整えながら、走ってきた路地に目を向けると、言う通り、そこに怪物の姿は無い。

 爆破された電柱が倒れ、塀や家屋をメチャクチャに破壊し尽しているその様は、あえて見なかったことにしておく指揮官である。

 

「ここから駅までの道、分かるかしら?」

 

「え? ああ・・・うん、何度か行ったことはあるから」

 

 マガジンを交換し、戦闘準備の416に返すと、彼女は静かに頷いてくれる。

 

「45がそこで待ってるって。早く行きなさい」

 

「45が? もしかして、今の電話は45だったの?」

 

 これまでの学園でのやり取りから考えて、2人はあまり仲が良いとはいえない。

 416が電話をしている時のあの様子も、相手が45だったと考えれば納得のいく話しだ。

 

「どういうわけか、今のこの状況を知っている風だったわね。あんまり待たせると、アイツは後で面倒よ」

 

 謎の怪物に襲われているというこの状況を45が把握している。そう聞いて、指揮官はあまり驚かなかった。

 45が妖狐という異質な存在だという事はすでに知っている。ならば、この異常をいち早く察知していても、なんら不思議なことは無いはずである。

 そうして、指揮官を呼び出しているという事は、この状況に対して何らかの対策を考えていると見ていいだろう。

 

「キミは一緒に来ないの?」

 

「ええ、私は遠慮しとく。45の言い方だと、アレは指揮官に寄ってきてるみたいだから。一緒にいると巻き添えをくらうんですって」

 

 つまり、良かれと思って416を連れてきてしまったのは逆効果だったという事。ファマスや

FAL達も、指揮官に出くわさなければ、今頃は静かな休日を過ごせただろう。

 

「だから、私はアイツに目を付けられない程度に足止めをしておくわ」

 

「・・・分かった。あまり無茶はしないようにね」

 

「無茶ができる身体なら良かったのだけれど。残念ね」

 

「それが分かってくれて安心だよ」

 

 416と別れ、再び指揮官は走り出す。

 駅までは、住宅街を抜けて国道沿いをまっすぐに進むだけの簡単な道のり。しかし、距離にしたらゆうに10キロはある長丁場だ。

 こんな時間ではまだバスは運行していないし、タクシーだって通りかかるような場所ではない。

 頼れるのは自分の足だけ。10キロもの距離を走破と考えると溜息も出ようというものだが、状況も状況だ。

 半ば自棄になりつつ、待ち受けているであろう45のもとに向けて、指揮官は走る、走る、

走る。

 

(はぁ・・・はぁ~・・・なんか、朝から、走りっぱなしだよなぁ・・・)

 

 公園で怪物に出くわして以来、今に至るまでずっと逃げ続けだった事を思い出して、足が一段と重くなってしまったような気分に陥る。

 指揮官として様々な訓練を重ねているので、体力はそれなりな自信はあった。しかし、こうもペース配分もへったくれも無しに走り続けさせられては、たまったものではない。

 

(でも、416の事も気がかりだし、止まってもいられないか!)

 

 彼女の能力ならそう易々と捕まることはないだろうが、いつまでもあんな怪物をのさばらせておくわけにもいかない。

 住宅街を走り抜け、国道へと出る。ここからは駅前のロータリーまで一本道なのだが、そこまでが長い。

 

「え、駅まで23キロ!? ウソだろ・・・10キロくらいじゃなかったっけ?」

 

 青い案内看板の表記されている驚愕の事実を目の当たりにして、ガックリと項垂れる指揮官。

 距離感覚には自信があった指揮官だが、これは完全に思い込みによる大誤算である。

 

(くそっ! タクシーかヒッチハイクか・・・と思ったけど、こんな時に限って車が一台も走ってない! 国道なのに!)

 

 片側2車線の広い道路は、それなりの交通量を想定してのものなのだろう。しかし、今は車はもちろんバイクも、歩道にも人の姿すら見当たらない。

 まるでゴーストタウン状態。早朝とはいえあまりにも不自然な光景だが、ツイていない時はこんなものなのだろう。

 

「あ~もうっ!」

 

 いつまでも項垂れていても仕方がない。声といっしょに鬱屈した気分も吐き出して、再び足を動かす。

 長く長く、まっすぐに伸びている国道は先が地平線に消えて見えなくなっているほどである。

 それを目の当たりにしているだけで、ヤル気も消え失せてしまおうというもの。

 今、指揮官の気力の支えになっているのは、この街で出会った仲間たちをあの怪物から守りたいという義務感だけだ。

 ・・・まぁ、別に指揮官が呼び寄せたものではないし、どちらかといえばその責はネゲヴにあるのだが、今はそんな事をツッコむのは野暮というものである。

 ようやく1キロ。いいや、もしかしたらまだ数百メートルしか走っていないのかもしれない。

 もう、自分の距離感に疑いを抱いてしまった指揮官は、自分がどれだけ走ったのかも分からなくなっている。

 視界の先には延々と続く灰色のアスファルト。耳に届くのは、自分の息遣いと鼓動地面を踏みしめる音。

 そして・・・背後から、微かに異様な音が聞こえてくることに気が付いた。




随分とわけわからない方向に進んでいますね、はい。
けれども、このお話が今作の謎を紐解く重要なカギになっている! ・・・のかもしれません。

今年も、目標は連続投稿を目指してやっていきますので、今まで読んできてくださった方も、これからはじめましての方も、どうぞよろしくお願いします。

以上、弱音御前でした~

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