ドールズフロントライン ~ドールズ・スクールライフ~   作:弱音御前

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本当に雪が降ってきてビビった今日この頃、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今年も相変わらずの調子で進めていきますので、改めて、よろしくお願いします。
それでは、今週もごゆっくりと~


ドールズ・スクールライフ 13話

「この音・・・もしかして、車か?」

 

 空気を伝播して届くのは、間違いなく車の排気音である。まだ、指揮官から離れた位置にいるのだろう、音は遠く、振り向いてみてもその姿も見えない。

 音は段々と指揮官の方に近づいてくる。普通の車にしてはやけに甲高い。まるで、動物が吠えるかのような音だ。

 ようやく訪れたヒッチハイクのチャンス。相手がどんな強面であれ、ひとまずは相談してみる。この機会を逃すまいと、路肩で身構える指揮官。

 そうして、けたたましいスキール音と共に脇道から横滑りで現れたのは、美しい流線形を纏ったスポーツカー。国産では見ない形の車である。

 

「なんであんな走り方してるんだ?」

 

 不思議に思いつつも、アクセル全開、排気音全開で迫る車に止まってくれるように合図を送る。

 ダメもとな気分で手を振る指揮官だったが、意外にも、車は指揮官の手前にさしかかったところでフルブレーキ。指揮官の真横にピッタリ付けて停車させると、窓ガラスが下りる。

 その向こうから姿を現したのは・・・

 

「おはよ~、指揮官さん」

 

 ふわふわな銀髪に、やっぱりふわふわとした笑顔を浮かべたスパス先生が助手席に。

 

「おはよう。話は聞いてるから、早く乗った乗った」

 

 ハンドルを握るのは、サングラスが似合うイケ女なグリズリー先生。

 グリフィン女学園の先生2人である。

 

「先生? 話は聞いてるって、どういう・・・というか、この車、どこに乗ればいいんですか?」

 

「ほら、スパス。ぼ~っとしてないで一旦降りる。指揮官君が乗れないでしょう」

 

「ああ、そうだったね。よっ・・・と。はい、後ろにどうぞ」

 

 スパスが倒してくれたシートの隙間から、後部座席へと潜り込む。

 いかにもスポーティーな外見の通り、後部座席への配慮はあまりなされていないのだろう。膝を抱えて丸くならないと収まらいくらいの狭さである。

 

「よし、それじゃあ行くよ~。シートベルトはちゃんと付けておいてね」

 

「ベルト、ベルト・・・え、ちょっと、ベルトはどこに」

 

 体がほとんど動かせないので、手の感触だけでベルトを探す指揮官。

 そんな状況はさておいて、グリズリーが車を発進させる。

 ・・・否、発進、というのはかなり生ぬるい表現だったかもしれない。

 

「~~~~~!!?」

 

 シートに体を思い切り押さえつけられているかのような、強烈な加速力を受けて、声にならない悲鳴をあげてしまう。

 さながら、スリングで打ち出される石ころにでもなったかのような気分だ。

 

「このまますんなりと到着できるかな?」

 

「かなり執念深そうなヤツだから、どこかで仕掛けてくる可能性高いよね。まぁ、それくらいじゃないと面白くないんだけどさ」

 

 小さな窓から覗く景色は後方に吹っ飛び、車内に響き渡るエンジンの音は、まるで怒り狂った

猛獣の咆哮。こんな状況下だというのに、呑気に会話を交わしているのだから、流石は名門

グリフィン女学園の教員といったところか。

 

「ねえ、早いところ指揮官君に例のモノを渡してあげれば?」

 

「そうだね。よいしょっ」

 

 掛け声と共にスパスが体を反転、シートの背もたれ越しに指揮官をのぞき込む。

 もうシートベルトは諦めたので、ルーフと壁に手を突っ張って、身体をしっかりと固定させながらスパスに向き直る指揮官。

 

「今の指揮官さんの状況は45ちゃんから聞いてる。それで、私たちは指揮官さんを助けに来たんだ」

 

 コクコク、と指揮官は頷いて返す。

 問いたいことは多々あれど、今はそんな余裕もないのである。

 

「グリズリーちゃんは、この車を出して指揮官さんを駅まで送り届ける。それで、私はこれを

指揮官さんに渡すために」

 

 スパスが取り出したのは、小さなジュラルミンケース。真新しい銀色のケースを開くと、その中には一丁のリボルバー拳銃が納められていた。

 

「なにこれ、カッコいい!」

 

 見るや、自分を支えていた手を放して、ケースに飛びつく指揮官。もう、オモチャを前にした

子供のような単純さだ。

 

「えへへ、気に入ってもらえて嬉しいよ。手に取ってみていいよ」

 

 お言葉に甘え、拳銃を手に取る。

 ハンティングに用いるような大口径リボルバーがベースになっている。拳銃自体はかなり大振りで、ズシリとした重みが腕に伝わってくる。

 

「すごく重厚なリボルバーですね。ベースはM500? でも、フレームの形状が随分と違う感じ」

 

「さすが指揮官さん、よく分かってるね。リボルバーの後ろにラッチが付いているでしょ? それを押してみて」

 

 言われた通り、握り手の親指でレバーを押す。すると、フレーム上部と銃身がジョイントを軸に前に倒れこみ、リボルバー背面が露になった。

 

「おおぉぉ~~~! トップブレイク式だ! すげぇぇ~~!」

 

 歓喜に湧き上がる指揮官。これはもう、分かる人にしか分からない変態の領域である。

 

「やっぱり、指揮官さんってこういうの好きかな~って思ったんだ。だから、少し無茶して仕上げてみたんだよ」

 

「いや、これは本当にスゴイですけど・・・こうすると耐久が下がっちゃって、弾丸の威力に

フレームが負けちゃうんじゃないですか?」

 

「いいんだよ! 時に倫理観を投げ捨てるのもカスタムの世界には必要なの! この娘の名前は〝ヴェイロン〟。仲良くしてあげてね」

 

「スパスさん、マジかっけぇっス!」

 

 ガンマニア2人して大盛り上がり。

 と、冗談はここまでにして、これからが本題である。

 

「いやぁ、実はこの銃、45ちゃんに用意してって頼まれた銃なの」

 

「45が? ・・・この銃ならあの怪物を倒せるとか?」

 

「たぶんそうだろうね。口径も指示されてる特殊なサイズだから、45ちゃんが弾丸を用意してるんじゃないかな?」

 

 試しに、指揮官が持っているガバメントの45口径弾をシリンダーに入れてみる。

 ベースになった50口径で考えると、少しギャップが狭く感じる。正規規格の弾丸でピッタリはまるものはたぶん存在しないだろう。

 

「よし、注文の品はちゃんとお届けしたね。後は、私が指揮官君を45さんのもとに送るだけなんだけど・・・2人とも、身体をしっかりと固定しておいてね」

 

 言って、グリズリーは反対側のサイドミラーをチラリと一瞥するや、ハンドルを切り込んだ。

 軽いスキール音を上げながら、中央分離帯の合間を縫って反対車線へと躍り出る車体。直後、

歩道の建物を薙ぎ倒し、今まで走っていた車線に紫色の塊が飛び出してきた。

 

「ちぇっ、上手く巻いたと思ったんだけど。本当にしつこいヤツだね」

 

「もしかして、さっき追いかけられてたんですか?」

 

「そう。私たちが指揮官君に手を貸すのが相当気に入らないだろうね」

 

中央の植え込みを挟み、車と怪物が並走する。

 メーター読みで100キロは軽く超えているのに、しっかりとくいついてくるその速さは、先ほどの住宅街でのものとは比べ物にならない。

 

「くいつかれたまま駅に到着するのはマズイわね。なんとかして突き放さないと」

 

 後方にかっ飛んでいくその一瞬、青看板に駅まで10キロと書かれているのが視認できた。

 どうにかしようにも、思案している時間もそれほど無い状況だ。

 

「45ちゃんに電話してもらえるかな? もしかしたら、なんか良い案を考えてくれるかも」

 

 グリズリーから電話を受け取ると、スパスが45に電話をかける。

 

「45ちゃん? うん、もうすぐそっちに着くんだけど、ちょっと問題が発生しててね・・・」

 

 反対車線から伸びてくる触手を巧みなハンドル捌きで避けつつ、でも、速度は落とさない。

グリズリーのテクニックももちろんだが、その要求に忠実に答えてくれるこの車の性能も素晴らしい。

 

「そんなことできるんだ!? 分かった。じゃあ、その手でお願いね。は~い、バイバ~イ」

 

 切迫した状況だというのに、やたらと軽いノリで電話を終えるスパス。

 しかしながら、解決の手段はちゃんと見出したようである。

 

「グリズリーちゃん。先の方に真新しい歩道橋があるの見える?」

 

「ええ、見えるわ。あの白いやつでしょ?」

 

 まだ距離が遠いので小さくではあるが、この国道を跨ぐように鎮座している真っ白な歩道橋が、後部座席の指揮官にもかろうじて見ることができる。

 

「あれを45ちゃんが爆破して落とすから、それで足止めしようってさ」

 

 ほんわかとした様子でスパスは言うが、その突拍子もない計画を耳にした指揮官とグリズリー揃って絶句である。

 

「え~と・・・何? それは、私たちも足止めをくらうことになるんじゃないの?」

 

 尤もな疑問を投げかけるグリズリーに同意して指揮官も頷く。

 

「タイミングよく爆破して、落ちてくる歩道橋の下をすり抜けるんだってさ。確かに、それなら

アイツだけ足止めできそうだよね」

 

 スパスがこれだけ気楽でいられるのは、本当にこんな作戦に勝算を見出しているが故のことなのか? 崇め奉っている存在とはいえ、ちょっとスパスの神経を疑ってしまう指揮官。

 

「・・・・・・確かに、勝算はゼロじゃないものね。むしろ、この状況じゃあ一番上手くいく確率が高いくらいの作戦か。仕方ない、腹をくくろうか、指揮官君」

 

「マジかぁ・・・」

 

 あまり気が進まない指揮官を尻目に、グリズリーは小さく一呼吸。

 直後、エンジンの唸り声が一変。甲高い雄たけびをあげると、車体がジェット推進でも得たかのような加速をはじめた。

 

「ちょっ!? この車、まだ速くなるんですか?」

 

 唐突の事に驚き、再び腕を突っ張って体を固定する指揮官だが、それはあまり意味は無い。すでに、これまでとは比べ物にならない加速力でシートにしっかりと押さえつけられているからだ。

 

「もち! このDBSのエンジンは5.5リッターV10ツインターボ。グロス出力で600馬力は余裕のモンスターなんだから」

 

 グリズリーがギアをトップに叩き込むと、速度は天井知らずに増していく。

 吹っ飛んでいく景色の速さが倍になったような感じなので、少なくとも車速も倍だろうか。人通りが全く無いとはいえ、街中の道で時速200キロ以上と考えたら、背筋も寒くなろうというものである。

 

「うわぁ、こんなに速い車なのにくいついてきてるよ。あの怪物の足、どうなってるんだろうね?」

 

「それでも、少しずつ離れてる。怪物具合じゃあこっちも負けてないよ!」

 

 もう、車内での会話もかろうじて聞こえるくらいの状況の中、件の歩道橋が目前に迫る。

 

「ところで、爆発のタイミングってのは45がとるの? こっちと連携とるんじゃなくて?」

 

「ん~・・・どうだろうね? 自信ありげに言ってたから、任せちゃったけど」

 

「また、どうしてそうテキトーなプランに乗るかなぁ」

 

 そうして、グリズリーの心配は見事的中することになる。

 歩道橋の両橋げたが爆炎と粉塵を吹き上げたのを視認する。

 だが、指揮官達が乗る車はまだ歩道橋の手前、数百メートルは離れた位置だ。上手くタイミングを計った、というにしては明らかに早すぎに思える。

 

「ほら言わんこっちゃない! さすがにちょっと早いわよ!」

 

「こ、これ、瓦礫に押しつぶされちゃうんじゃあ・・・大丈夫なんです!?」

 

「わかんないけど、やるしかない! 目測で残り400メートル、かっ飛ばすよ!」

 

 実車速は200キロオーバー。400メートルの距離など、言葉の通りあっという間である。

 重力に従って歩道橋が落下する。瞬く間に狭まっていく隙間を、まさに電光石火の速さで車体が駆け抜ける。歩道橋の本体とルーフの間は数センチほどの余裕しかない、ギリギリセーフだ。

 しかし、車体よりもはるかに大振りな怪物はそうはいかない。追走してきていた勢いそのままに歩道橋の瓦礫に激突したのがミラー越しに確認できた。

 

「よ~し! やっぱり車に必要なのはパワー&スピードよ!」

 

「みんな無事でよかったね、指揮官さん」

 

「そ、そうですね。・・・本当に怖いもの知らずだな、この人たち・・・」

 

 追いかけてくる様子が無いのを確認してブレーキング。加速力もそうだが、減速も異様なほど強力な車で、瞬く間に車体が速度を落としていく。

 

「そこのロータリーに停めるから、そこで指揮官君を降ろすよ」

 

「はい、ありがとうございます。45は、ロータリーの傍にいるんですか?」

 

「分からない。スパスは何か聞いてる?」

 

「う~ん、私も聞いてはいないんだけど・・・あ! コンコースの上にいるのそうじゃないかな?」

 

 フロントシートから身を乗り出し、スパスが指さす方に目を向けてみる。

 駅からロータリーの上を通るコンコースの端から、指揮官達に向けて手を振っている人物を確認できた。

 

「気を付けて行ってきてね、指揮官さん」

 

「お二人も気を付けて。できるだけ早くこの場から離れるようにお願いします」

 

「いやぁ、もうちょっとこの辺りをドライブしてから帰るよ。幅広で走りやすくて楽しいから、気に入っちゃった」

 

「私も、一緒にドライブ楽しんじゃお~っと」

 

 指揮官を降ろすと、2人を乗せた車は耳を劈くようなスキール音と白煙を巻き上げてスピンターン。反転するや、カタパルトにでも乗せられたような勢いで走り去っていった。

 2人のひとまずの無事を願いつつ、指揮官はコンコースを目指して走り出す。

 ロータリー中央の階段を使って上階へ。ロータリー全体を覆う蜘蛛の巣のように張られたコンコースに足を踏みいれる。

 階段から見て真正面、駅へと続く道の端にお目当ての人物をようやく見つけて、指揮官は大きく安堵の息をひとつつく。

 45の姿は、先日、ふとした拍子で露にしたお狐モード。霊力が不足しているというわけではないだろう、今はその姿が必要な状況だという現れだ。

 

「おはよう、指揮官。無事、ここまで来れて良かったわ」

 

「おはよう。早速だけど、状況の説明をしてくれないか? 何も分からないまま走らされ続けるのは疲れる」

 

「あはは、朝からご苦労様。はい、これ飲んでちょっと落ち着いて」

 

 走り続けだったのもそうだが、主にさっきの車内で冷や汗ダラダラだったせいで喉は乾ききっていた。

 45が差し出した缶ジュースを受け取り、一気に飲み干す。

 

「じゃあ、お望み通り状況を教えてあげる。まず、アイツの存在についてはどうせネゲヴから教えてもらってるんだろうから割愛。本当はネゲヴがあのまま始末してくれればよかったんだけど、

ヘタこいたみたいだから、私が出向いてあげたのよ」

 

「よく知ってるね。ネゲヴと会ったの?」

 

「アイツの魔力は目立つから、離れてても感知できる。急激に反応が落ちたから、それでやられたんだろうって分かるわけ」

 

「無事なのかな?」

 

「あの程度で死ぬようなタマじゃないわ。回復次第、こっちに急行でしょうね」

 

 ネゲヴが無事が分かったところで、次はあの怪物についてのお話である。

 まだ、周囲に怪物が迫っているような様子は無い。人々の気配は相変わらず、電車が通る音すらも聞こえない、静寂が駅の周辺を包み込んでいる。

 

「負の魔力から生まれた常闇の魔物は〝現〟の力では対抗できない。私が霊力で編んだ弾丸を撃ち込む必要があるんだけど、その弾丸を撃てる銃が無くてね。スパス先生に協力を仰いだのよ。ちゃんと受け取っているようで一安心だわ」

 

 指揮官が片手に握っている銀色のリボルバーを見て、45が微かに微笑む。

 

「弾は3発。アイツの頭に全部ぶち込んでちょうだい。あれだけデカい的だから、指揮官でも外しようは無いでしょ?」

 

 45が差し出したのは、艶のない深い黒色の弾丸が3つ。それらが乗せられた、彼女の白くて華奢な手の平とは正反対の不気味な彩を纏う弾丸である。

 

「プレッシャーかけないでくれよ。参考までに、替えはある?」

 

「無い。この3発作るのにどれだけ苦労したと思ってんの?」

 

 拳銃の有効射程は15~20メートルといったところ。あの怪物にそれだけ接近しなければいけないと考えると頭が痛いが、やるしかないのだから仕方がない。

 弾丸を受け取ろうと手を伸ばした・・・その時だった。

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 轟音と共に突然にコンコースが傾き、2人して態勢を大きく崩してしまう。

 支柱を失った側が地面へと落下し、急斜面へと変貌するコンコース。45は手すりにしがみついて耐えているが、掴まるモノが無かった指揮官は斜面を滑り降りていく。

 この元凶は考えるまでもない。いつのまにか、ロータリーに忍び寄ってきて魔物がコンコースを破壊したのである。

 

「指揮官! 弾を!」

 

 取りこぼしてしまった弾丸が指揮官のすぐ真横を転がり落ちていく。斜面の下はもう瓦礫だらけだ。そんな中に、長さ5センチにも満たない弾丸が紛れてしまったら、一貫の終わりである。

 

「くそっ!」

 

 無理にでも体を捻り、手を伸ばす。2個は近い位置に並んで転がっていたので、手で捕まえることができた。

 しかし、残り1発の弾丸はコンコースを跳ね回りながら、粉塵が巻き上がる中へと落ちていってしまう。

 

「3発ないと倒しきれない、意地でも探して!」

 

「無茶言ってくれるよ!」

 

 弾丸を追いかけ、粉塵の中へと滑り降りていく指揮官。無事に着地すると、すぐさましゃがみ込んで弾丸を捜索する。

 予想通り、大小様々なコンクリート片が転がっていて、落とした弾丸の姿は微塵も見えない。

 加えて。

 

「っ!」

 

 粉塵の向こうから横薙ぎに振るわれる太い触手を、身を投げて回避。弾丸が落ちたであろう位置から離れてしまったので、これで一層捜索は難航することだろう。

 

「このっ! 視界が効かない中でっ! よくこっちが見えるな!?」

 

 薄く霧がたっているような状況下、指揮官からは、怪物の巨大な影は遠くに薄ぼんやりと視認できるだけ。それなのに、相手は指揮官の事がはっきりと見えているようで、的確に触手を振るってくる。

 かろうじて触手を避け続けられているが、いつまでも持つような状況ではない。

 足元を払うように飛んでくる攻撃を、正面に大きく飛び込んで回避。すぐさま姿勢を直そうと試みるが・・・

 

(っ! マズイ!)

 

 転がっていた瓦礫に足を取られ、地面に倒れこんでしまう。

 軽くパニックに陥る思考。

 危機に瀕した瀬戸際の集中力というものか、時間の流れがゆっくりと感じられる。

 コンクリート粉塵のカーテン。その奥から迫る触手。突っ伏した自らの周囲に転がる、残骸の数々。

 手元から離れていくロープに縋りでもするように指揮官は視線の先に手を伸ばし、それに僅か遅れ、足に触手が絡みついた。

 

「#$&‘%$#()#’&」

 

 お目当てのモノを手に入れた嬉しさからか、魔物が叫び声を上げる。

 その、耳障りな雑音を聞きながら、指揮官の身体が吊るし上げられる。

 粉塵の中を抜け、魔物の真正面へと引き寄せられる指揮官。地面から10メートルほどの高さでフラフラと宙づりにさせられるのもなかなか怖いものである。

 ビニールのような質感の頭部に埋め込まれた目玉が指揮官を睨みつける。一体、何を思ってここまで追いかけてきたのか? 温度を感じられない銀色の瞳からは、その真意を伺うことはできない。

 しかし、少なくとも、こちらに害をなす存在であることは明白だ。

 ファマスやFAL達、学園の仲間はコイツにやられた。それだけで、報復を与えるのには十分すぎる理由である。

 指揮官を食べようというつもりか、頭部、目玉の真下が大きく開く。指揮官の身体が余裕で収まるほどの孔の中は、槍先のように鋭く尖った牙が全周に渡ってびっしりと生えている。放り込まれでもしたら、確実に命は無い。

 ・・・でもそれは、放り込まれたら、というもしもの話である。

 

「俺を食べる前にさ、こっちを味わってみたら?」

 

 不敵な笑みを浮かべる指揮官。左手の指には、漆黒の弾丸が3つ挟まれている。

 魔物に吊るし上げられる寸前、落とした弾丸を奇跡的にも見つけた指揮官は、手を伸ばして掴み取っていたのだ。

 右手に握るリボルバーのラッチを操作してブレイク。露出したシリンダー背面に3発の弾丸を

差し込み、クローズ。ハンマーを起こし、銃口を魔物の口内へと向ける。

 

「天国行きを保証するぜ」

 

 カートリッジ内の火薬炸裂を以て、弾丸が射出される。

 大口径リボルバーなので、相応の反動を覚悟していた指揮官だったが、そもそも45が用意した弾丸は道理から外れた代物ということか。気持ち悪いくらい反動が軽かったので、速射で3発を叩き込む。

 魔物の孔内に向けて弾丸がまっすぐに飛び込んでいく。疑う余地もなく命中だ。

 

「$“#%$&#‘$」#’#&」

 

 しかし、効果があるはずの弾丸が当たったというのに、魔物は奇声を発するだけであまり変わった様子は見られない。

 その様子を見て、一気に不安に駆られる指揮官。つい調子にのった台詞を口走ってしまったことを大後悔してしまう。

 

「45ぉ~! これ効いてないっぽいんですけど~!!?」

 

 もう、お口にポイっとされるのも時間の問題。どこかでこの様子を見ているだろう45に向けて力の限り叫んでみる。

 すぐ目の前に牙だらけの孔が迫る。そんな中に、赤く明滅する3つの光が見えた。指揮官が撃った弾丸の着弾地点であろう位置だ。

 

「指揮官! 着地に備えて!」

 

 45からの声がどこからか耳に届いたのとほぼ同時、魔物の身体が内側から盛大に爆ぜた。それこそ、水風船に針を刺したのと同じくらいド派手に、である。

 

「おわぁ!?」

 

 周囲に飛び散る肉片・・・なのだろうか? 紫色の物体を至近距離で浴びつつ、指揮官の身体は地面に向けて真っ逆さま。

 事前に45に注意を促されていた事もあって、空中で姿勢を直すと、なんとか無事に着地してみせる。

 

「うぇ~、なんとかなったけど、これはさすがに・・・」

 

 足に絡んでいた触手の残骸を蹴り飛ばし、自分の身体に目を向ける。

 紫色のゼリーをぶちまけられたような有様で、口の中にも少し入っちゃったほどである。

 甘味があって、少し美味しかったと思ってしまったのは内緒の話だ。

 

「はい、おつかれおつかれ。初めての魔物退治にしては上出来だったわよ」

 

 テンション急低下中の指揮官を知ってか知らずか、上機嫌の45がやってくる。

 少しぐらい心情を考えてもらいたいところだが、助かったのは彼女の活躍によるところが大きいので、言いたいことはあれど我慢する指揮官である。

 

「もう次は遠慮したい経験だったけどね。それで、辺りに飛び散ったこれはどうするつもり?」

 

「ほっといていいわよ。これだけ細切れになってれば、自然と魔力に還ってくれる」

 

 駅前のロータリーほぼ全域にまで飛び散らかしているような惨状だが、まぁ、専門家がそういうのなら、そうなのだろうと納得するしかないだろう。

 指揮官の身体にこびりついた分も、ちゃんと消えてくれるのを祈るばかりだ。

 

「俺の方はいいけど、FAL達はどうなったんだろう? 大ケガしてなければいいけど」

 

「ああ、ネゲヴが保護したってさっき連絡があったよ。みんな揃って身包み剝がされてたみたいだけど、ケガはしてないってさ」

 

「身包みって、服を剥ぎ取られたってこと? 無傷なのになんでそんな」

 

「大抵、ああいうのは人間が持つ欲望が表に出るものなの。今回のアイツの場合は、そういう趣味な欲望が一番強かったのよ。はた迷惑な話だけど、無事に済んだから良かったわ」

 

 確かにはた迷惑な話である。ケガしないとはいえ、もし、自分もFAL達と同様に身包みをはがされていたらと思うと、まあ末恐ろしくて血の気も引こうというものだ。

 

「じゃあ、私は先に帰るから。その残滓が消えるまでここにいなさいね」

 

 指揮官の返事も待たず、お狐45は1人でさっさと立ち去ってしまう。

 気まぐれな彼女の事だ、何も珍しいことではないのだが・・・まるで、何かを避けるような様子にも見えてしまう。

 

「あ~あ、ヒドイ有様ね。ここいらに飛び散ってるの全部あの化け物の肉片? 誰が掃除するのかしら?」

 

 そうして、45と入れ替わりにやってきたのは416。

 2人が顔を合わせることがなかったのは、きっと偶然ではないのだろうと指揮官は思う。

 

「ほっとけば自然と消えるんだってさ。君も無事みたいで良かった。っていうか、ここまでどうやって来たの?」

 

「先生の車。通りがかりに出くわしたから、乗せてきてもらったのよ。もう、2度と乗ることはないでしょうけどね」

 

 溜息交じりに外した416の視線が、明後日の方向で止まる。

 何かをジッと凝視するようなその様子に釣られ、指揮官もそちらに視線を向けた。

 見えるのは、立ち去る45の後ろ姿。もう、だいぶ遠くに行ってしまっていたので、知らなければ誰なのか分からないだろうその人影は、すぐに路地へと消えて行ってしまう。

 

「あの耳・・・コン太?」

 

「え? コン太って?」

 

「いや・・・何でもない。独り言だから気にしないで」

 

 彼女にしては珍しい、目を丸くして驚いたような表情を見せたのは、ほんの一瞬。もう、この話はおしまいとばかりに、彼女は足元に飛び散っている肉片を足先で突いて愚痴を零している。

 今、必要としている内容ではないだろうと判断した指揮官は、傍の瓦礫に腰を降ろして大きく息をついた。

 

「あら? 車が来たわね。随分と大所帯だこと」

 

「警察か消防かな? かなり派手に壊れたから、流石に大騒ぎだよね」

 

 ロータリーに近づいてくる複数のエンジン音が聞こえる。

 コンコースはほぼ全壊で、周囲には気味の悪い紫色の塊が飛び散っている状態。そんな真っただ中にいる指揮官である、諸々の聴取は免れないだろう。

 果たして、本当にあった事を話して信じてもらえるのだろうか? そんな心配をしていると、音の主である車両群がロータリーへと侵入してきた。

 

「・・・この街の警察とか消防ってあんな車なの?」

 

 入ってきた車は黒塗りのセダン、SUV、装甲車と、どう見ても政府機関の車両には見えない装丁である。

 

「いいえ、たぶん貴方が考えてるような見た目よ。間違っても、あんなアブナイ雰囲気の車両じゃないわ」

 

 近づいてきた車両群は指揮官と416を包囲するように停車。一斉にドアが開かれると、中からはこれまた黒尽くめの武装集団が姿を現した。

 

「ったく! なんだってのよ!」

 

 危険を察知した416が銃を手に取る。指揮官も咄嗟に腰を上げ、ホルスターに差してある銃のグリップへと手を伸ばした。

 

「Hands up」

 

 流暢な英語が背後から聞こえる。同時に、後頭部に押し付けられる固い感触。

 あまりにも突然の出来事だが、抵抗は無駄だという事は理解できる。

 小さく舌打ちをして、ゆっくりを両手を頭上に置く指揮官。

 見れば、416も同じ状況に陥っている。

 指揮官ならまだしも、416ですら気づかず背後をとられてしまう相手である。相当な手練れだと見て取れる。

 指揮官に銃を突き付けている相手、フルフェイスのガスマスクにフード付きのロングコートを纏った人物は後ろ手に手錠をかけると、指揮官を車へと連行する。

 

「ちょっと! どこにつれていくつもり!?」

 

 指揮官の方よりもやや大柄な男に連れられ、416は違う車に押し込められる。

 

「何が目的だか知らないけど、あの子にケガさせたら只じゃあ済まさない。よく覚えておけよ?」

 

 言葉が通じているのかは分からない。しかし、指揮官の威勢だけは伝わったろう、背後で鼻で笑うような音が聞こえた。

 

「っ痛!」

 

 首筋に鋭い痛み。それが、何かを刺されたのだと分かった刹那、急激な虚脱感に襲われる。

 足元もおぼつかなくなった指揮官は背後から突き飛ばされ、開いていた車両の後部座席へと放り込まれる。

 ドアが閉められ、車が走り出す。

 

「サンプルを確保。・・・ええ、全身に浴びているので、十分な検体になるかと」

 

 霞んでいく意識の中、そんな会話だけ理解できたのを最後に、指揮官は深い深い眠りへと落ちていった。




長々と続いてきた今作も、いよいよ終わりに近づいてきました。毎週楽しみにしてくださっていた方も、そうでない方も、もう少しだけお付き合いいただかたら嬉しいです。

それではまた来週もお会いしましょう。
以上、弱音御前でした~
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