ドールズフロントライン ~ドールズ・スクールライフ~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
相変わらず代り映えしない内容が続く今作ですが、そのうち面白い展開がお目見えする・・・かもしれませんので、気長に待っていてもらえたら幸いです。
それでは、今回もごゆっくりとお楽しみください
10月6日(日) くもり
期間限定の編入生である指揮官は、その間、クラスメイトの家で部屋を借りて暮らしている。
それは相手側のご厚意であり、家賃を払っているということはない。
なのでその分、この家庭の役に立つことをしたいというのが指揮官の信条。
せっかくの日曜日に予定を入れなかったのは、まさにそのためである。
「お休みなんですから、ゆっくりしてくれていいんですよ?」
「いえ、居候の身ですし、これくらいはさせてください」
「ふふ、ありがとうごさいます。男手の無い家なので、とても助かります」
45姉妹は今日も揃ってお買い物にでかけているので、この広い家には指揮官と
スプリングフィールドの2人だけ。やたらと騒がしいイベントにはならなくて済みそうである。
・・・ただ、初日の夜の件もあるので。最低限の警戒だけは怠らないよう肝に銘じておかなければなるまい。
「まず、みんなのお部屋の掃除をします。それから、リビング、水周りとすすめましょう」
「分かりました」
体育の授業で着るクソダサなジャージに身を包み、箒とチリトリを装備。ポケットには雑巾まで忍ばせ、戦闘準備万端の指揮官。
スプリングフィールドはというと、薄手のTシャツにユルめのパンツ。長い髪は汚れてしまわないように後ろでクルリと纏めている。
足元はまだしも、上半身はTシャツの生地が薄いおかげで、スプリングフィールドの大人びた
スタイリングを余すところなく発揮してしまっている。
無論、ノーブラである。
健全な男子としてはなんとも目に眩しい容姿だが、掃除に対しての使命感に燃えている指揮官は、それすらも気にしていない。
そんな指揮官に対し、スプリングフィールドが心の中で舌打ちしている事などつゆ知らず、後ろに付いて階段を上っていく。
「手近なところで、45の部屋からいきましょうか」
「えっと・・・俺は入らない方がいいですよね。廊下の掃除と、ゴミの受け取りとかしましょうか?」
お掃除という大義名分があるとはいえ、お年頃の女性の部屋に入るのはかなり抵抗がある。おまけに、相手はあの45だ。そうと分かったら、あとで何と言われるかわかたものではない。
「大丈夫ですよ。見られてマズいものはお掃除の前に隠しておく、というのが我が家のしきたりですから。それに、指揮官さんが掃除で入室するのは3人に了承をとっています」
「そうなんですか? では、お言葉に甘えて。お邪魔しま~す」
後ろめたさは拭えないが、手伝うと豪語してしまった以上、それを反故にはできない。
意を決して、女の子45のお部屋にお邪魔する指揮官。
できるだけ周りを見ないように、とは思うのだが、見ないとお掃除できないし、周囲に目が
いってしまうのは仕方のない事なのである。
(ふむ・・・必要以上のモノは出来るだけ置かない、って感じ。45らしいな)
デスクや本棚にしまっている本はキッチリと階段状に並び、ベッドシーツや家具の並びもしっかりと整っている。
趣味的なモノはといえば、ちょっとしたマンガ本と壁に貼られた自動車のポスターにデスク上の置物くらいだろうか。
女の子の部屋というには少し寂しい雰囲気である。
「45は自分で定期的に掃除をするので、私が手を出すまでもないんですよ。あの性格から考えると、ちょっと意外でしょう?」
「いえ、根がしっかりしている女性だっていうのは、この一週間でなんとなくわかっていましたから」
ああ見えて、と付け加えるとスプリングフィールドが上品に笑ってくれる。
同世代と過ごす時間が多かったので、こうして年上の人とのやりとりに新鮮味を感じる指揮官である。
「まとめてあるゴミと洗い物だけ回収して、次のお部屋に行きましょう」
スプリングフィールドが45の衣服を持ち、指揮官がゴミを持つ。
そうして退室する・・・直前にデスクの上に目が留まった。
デフォルメされた動物の置物が並ぶその横、デスクの一角に、紅い鳥居が設けられた社の
ジオラマが置かれている。
単行本よりも小さいくらいのサイズだが、地面、社、草木の質感はまるで本物のような出来なのが遠目にも分かる。
指揮官が見ても、綺麗だと思えるようなジオラマだ。それが女の子の部屋に置かれていても、
オカシイ事はないだろう。
(不思議な事はない・・・はずなんだよな)
取るに足らない、でも、明らかな違和感を覆い隠して指揮官は45の部屋を後にした。
次は真正面にある41の部屋である。
「あら、可愛い」
室内に目を向けて、苛まれていた違和感は途端にどこかに吹っ飛んでしまう。
デスクやベッドの上のみならず、部屋の至る所に並べられたぬいぐるみ達の数は、数十はくだらない。
本棚には少女マンガが置かれていたり、女の子向けアニメのグッズが置かれていたりと、これぞ、指揮官が想像していた女の子の部屋といった風体である。
「ふふ、女の子らしいお部屋でしょう? それに、とても綺麗好きで几帳面なんですよ」
スプリングフィールドが言う通り、趣味的なモノは45の部屋に比べるまでもなく多いが、きちんと整頓してあるので雑多な印象は全くない。
我が子の優秀さを披露できて、スプリングフィールドも満足げである。
「動物のぬいぐるみが多いですね。特にキツネが好きなのかな?」
「なんだったら、モフモフしていってもいいですよ?」
触りたいオーラが滲み出ていたのだろう、スプリングフィールドにからかわれてしまう。
さすがに、41のお気に入りであろう子たちに触れるのも悪いので、丁重にお断りしておく。
結局、41の部屋も纏めてあったほんのちょっとのゴミと洗い物を回収して退出。
掃除というか、回収作業だけで少し拍子抜けしてしまう指揮官。
しかし、ツケというのは必ず回ってくるのが人生というものである。
「さて、次は9のお部屋ですね」
抱えていた洗い物を廊下に置くと、スプリングフィールドは部屋の扉に手をかける・・・のではなく、クルリと踵を返し、扉の向かい、壁に掛けられていた緑色の箱に手を伸ばした。
この家に来てからの一週間、ずっと気になっていた謎ボックスの正体が明かされる事に、指揮官のドキドキが止まらない。
ロックが外れ、キィと小さな金属音をあげて開く蓋。
そうして、中から現れたものは・・・
「9の部屋に入る前にこれを身に付けて下さいね」
「へ? これって・・・マスク?」
顎から鼻までを覆うハーフタイプだが、口元にはキャニスターが備えられている、れっきとしたガスマスクである。
「装着の方法は分かりますか? 間違えると大変なことになってしまいますよ?」
「あ、はい。分かるんで大丈夫っス」
一般家庭にこんなものが置かれていたことに度肝を抜かれ、唖然としてしまう指揮官。
理由を聞くことも忘れ、慣れた様子でマスクを着用する。
〝では、開けますよ〟
マスクを着用していると声が通らないので、スプリングフィールドがハンドサインを送ってくる。
それに、オーケーの意を返す指揮官。
いつの間にか、家が化学兵器工場みたいになっていた。
部屋の扉が開け放たれ、その向こうに広がる光景を見て指揮官が絶句。
「うえぇ~、これはヒドイ・・・」
思わず口から本音が零れてしまったが、マスクに阻まれてスプリングフィールドに聞こえていなかったのでセーフである。
室内は、空き巣にでも入られたのかと勘違いするほどグチャグチャ。
ジュースの空き缶、食べかけの菓子袋、丸めたティッシュペーパーに脱ぎっぱなしの下着など
など。
注意しないと足の踏み場も見つけられないそこは、文字どおりの〝汚部屋〟だ。
大雑把というか、色々なことに無頓着なところがある子なのかな、と感じていた指揮官だったが、さすがに、この有様は目を疑うものであった。
〝マスク外してもいいですよ〟
一通り室内を見回して、スプリングフィールドがサインを送る。
それに従ってマスクを外す指揮官。
「ぅ・・・」
色々な食べ物が混ざった、甘いんだか酸っぱいんだかよく分からない匂い。それに、恐らくは
消臭剤なのだろう匂いが上書きされ、大変なことになっている。
「9ったら、相変わらずね。でも、指揮官さんが来てくれたからかしら。自分で消臭剤を撒いていってますし、以前よりは良くなっていますね」
「これで良くなってるんですか・・・」
「足の踏み場もありますし、なにより、マスク無しで済むのは大きな進歩です。何を混ぜたのか、マスタードガス一歩手前の気体を合成したこともあったんですよ」
マスタードガスといえば、人体への強力な毒性で知られる化学兵器である。
そんなのが充満しているかもしれない室内へ、ハーフマスクだけで突入していたというのだから、今更ながら恐ろしいことである。
「さぁ、眺めていても進みませんので、お掃除を始めましょうか。まずはゴミを集めましょう。
指揮官さんがゴミだと判断したものは遠慮せずポイしていいですからね」
「了解」
部屋を半分に区切り、それぞれ担当エリアのゴミを片付けていく。
「うわ・・・ナニコレ?」
持ち上げた空き缶と床との間で、ねっとりと糸をひく遊星からの物体Xを引き剥がし、空き缶ごとゴミ袋に放り込む。
途方もない作業にも思えたが、いざ手をつけてみるとそうでもない事に気が付く。
床を埋め尽くしているものは、一目で分かる明らかなゴミなのだ。9の私物は、
この部屋の数少ないセーフゾーンに避難しているので、ぶっちゃけ、床に落ちているモノを片っ端から回収すれば良いだけなのである。
鼻歌交じりにゴミをひょいひょいと拾っていくスプリングフィールドを見習い、クレーン車の
ように、ゴミを掴んでは袋に押し込んでいく作業をひたすら繰り返す。
ようやく床一面が見渡せるようになったら、今度は汚れの掃除である。
「落ちづらかったり、ヤバそうな汚れがあったらこれを吹きかけて下さい。くれぐれも、お肌にかけたりしないように」
そう言ってスプリングフィールドが差し出してきたのは小さなスプレー缶。銀色の外面には見た事もない言語の文章と、ドクロマークがでっかく描かれている。
ツッコミどころに困らない代物だが、非常に頑固な汚れが、氷をバーナーで炙ったかのように
溶けてくれるので、あえて触れないようにしておく指揮官である。
せかせかと掃除に勤しむこと1時間。見違えるほど綺麗になった室内を前にして、大きく息を
つく。
爽やかな汗と達成感。健全な労働の証である。
「ご苦労様でした。9にはよく言って聞かせておくので、これに懲りずにまた手伝ってもらえると嬉しいわ」
「もちろん、俺は構いませんよ。でも・・・この癖は直してもらった方がいいですよね。女の子としてっていうか、人としてっていうか」
2人合わせて10個のゴミ袋を運び出し、扉をそっと閉める。
これで3姉妹のお部屋掃除は完了である。
「指揮官さんのお部屋はどうしますか?」
「使い始めて間もないので、掃除は大丈夫ですよ。ちょっとしたゴミと洗い物の回収だけお願いします」
「そうですか。ふふ、男の子のお部屋ですものね。女性に見られると恥ずかしいものもあるでしょうし」
「何を想像してるのか知りませんけど、そういう意味で言ったんじゃないですよ?」
部屋には入らず、ドアのすぐそばに置いていたゴミ袋と洗い物だけを手に取る。
2階の掃除を終え1階へ。
玄関わきに備えられた、ゴミの仮置き用コンテナにゴミ袋を詰め込むと、次はリビングの掃除だ。
「物体は上から下へと移動します。この法則をなんというでしょうか?」
「万有引力の法則ですね? わかります」
おふざけな会話を振ってきたスプリングフィールドにノって返答し、お互いに笑い合う。
なんとなく、笑いのツボが近い2人なのである。
「それと同様に、ホコリやチリも上から下へと落ちていきます。なので、お掃除は上から始めて、最後に床を掃くという流れが基本です」
「言われてみれば。そこまで気にしたことがなかったのです」
そういうことで、まずは小物が置かれている金属ラックの上から掃除を開始する。
何も置かれていない一番上の段はホコリが積もり放題だろうが、指揮官の身長でも背伸びしないと届かないくらいの高さである。
「これを踏み台にしてお掃除をしましょう。私が乗りますから、台を押さえていてもらっていいかしら?」
スプリングフィールドがどこからか持ってきたのは、短いタイプの脚立。かなり使い込まれているもので、4つ脚にガタが出ているせいで床に置くと左右にグラグラと揺れてしまっている。
「だ、大丈夫ですか? 危なそうなので俺が乗りますよ」
「心配してくれてありがとうございます。いつもの事で慣れてますから、平気ですよ」
心配をよそにスプリングフィールドは脚立に上りはじめてしまうので、指揮官は慌てて脚立を
抑え込む。
指揮官とスプリングフィールド、二人三脚で掃除が進められる。
・・・そう、これは2人の共同作業であり、この家には2人だけしかいかない。
45達の横槍を心配する必要もないのである。
そうなれば、男女2人。これから待ち受けるイベントは星の数ほど存在する。
簡単なところでいえば・・・そう。脚立から落ちた女の子を受け止めようとして、2人で床に
倒れてくんずほぐれつ、とか。
「きゃあ~」
ややわざとらしい叫び声。それもそのはず。バランスを崩したフリをして、わざとスプリングフィールドは脚立の上からダイブしたのだ。
優しい指揮官は絶対に助けに動く。それも、反応が良いので、しっかりと抱きとめてくれることだろう。
そうすれば、ダイブの勢いを利用して指揮官を床に押し倒し、その後は煮るなり焼くなり、
スプリングフィールドのお好きなように、である。
「スプリングフィールドさん! 危ない!」
予想通り、指揮官は抱きとめようと真正面に動いてくれている。
もろたで! と心の中で口元を釣り上げるスプリングフィールド。
・・・しかし、突然に指揮官の姿を見失ってしまう。
(へ? なんで??)
スローモーションで流れる風景の中、指揮官の姿を再度捉える。
どうやら、助けようと駆け出した際、カーペットで足を滑らせて態勢を崩してしまっているようである。
(うそぉぉぉぉ~!?)
思わぬドジっ子ぶりを発揮されてしまい、スプリングフィールドのシナリオは総崩れ。
抱きとめてもらう前提でダイブしたスプリングフィールドは、滑空中のモモンガみたいな態勢
なので、着地姿勢にはどうしたって戻せやしないのである。
「ぎゃふう!」
ビターン! と、ご丁寧にフローリングの床に胴体着陸を敢行する。
「ご、ごめんなさい! 足を滑らせてしまって、間に合いませんでした!」
指揮官はすぐに駆け寄ってきて慌てて謝るが、それがまたスプリングフィールドにとってはバツが悪い。
これは全て、わざと仕組んだ事なのだから。
「い・・・いえいえ、気にしなくていいんですよ。踏み台がぐらついていたのは承知のうえでしたから。ええ、これくらいなんともないですとも」
とてつもない醜態を晒してしまったわけだが、そんなこと無かった風に取り繕うその演技は圧巻である。
「本当にすいません。やっぱり、俺が乗って掃除しますよ」
「そうですね・・・では、お願いしましょうか」
「はい。そう簡単には落ちないつもりですけど、もし落ちたらすぐ避難して下さい」
そう言って、指揮官が雑巾を片手に脚立に上る。
もちろん、スプリングフィールドは素直に避難するつもりはないし、思いっきり指揮官を落としにいく気満々である。
(この脚を蹴り折れば、脚立がこちらに倒れるから、指揮官さんがこっちのほうに飛んで
きて・・・)
ニコニコ笑顔で脚立を抑えながら、指揮官が飛んでくる方向を物理演算しているなど、誰が想像できるであろうか。
「もうすぐ拭き終わりますから・・・」
(今です! そぉい!)
演算完了。会話に気を取られている今こそ好機と見て、スプリングフィールドが脚立の脚を蹴り折る。
蹴った事は悟らせず、自然に折れたのだと思わせるよう正確に、したたかに。
「っとぉ!!?」
脚立と共に指揮官の身体も傾く。
「指揮官さぁ~ん。あぶな~い」
倒れてくる指揮官を抱きとめ、そのままの流れで床に押し倒せば、そのあとはもう45達が帰ってくるまでお楽しみ、である。
指揮官を受けとめるべく、両腕を広げる。宙に舞わんとする指揮官を抱こうとして・・・そこで再びスプリングフィールドは戦慄する羽目になる。
(なん・・・ですって?)
身体が宙に放り出される前に、指揮官は脚立を蹴飛ばして飛び上がる。
態勢が崩れる前に、自分から飛んで態勢をコントロールしようという考えか。
指揮官が予想外の方向へ飛んでいってしまった結果、スプリングフィールドは標的を見失って
空振り。
そして、足元には予想通りに倒れ込んでくる金属製の脚立が。
「ひぎぃ!!?」
脛に脚立の角が直撃。はしたない声をあげ、その場で蹲る。
「え? ど、どうしたんですか? 俺、また何かしちゃいましたか?」
伸身のムーンサルト、おまけに完璧な着地をみせた指揮官が駆け寄ってきてくれるも、今度は
さすがに恥ずかしくて顔を上げられない。
「いえ・・・だいじょうぶ、大丈夫ですよ。気にしなくて・・・いいですからね」
ジンジンする脛をさすりながらスプリングフィールドは思う。
二度も立て続けに失敗したということは、今はまだ時期ではない。一旦、時間を置いて態勢をたて直すの賢い策である、と。
「高い所のお掃除は、ちゃんとした踏み台を買ってからにしましょうか。指揮官さんは引き続き、このエリアをお願いします。私はテレビの周りを掃除してきますので」
「分かりました。任せてください」
しかし、相手は想像に手ごわい事をスプリングフィールドは思い知る。
お着換えイベントへの派生を狙い、バケツの水を引っ掛けてやろうと画策するも、指揮官は避けるどころか自分が持っているバケツで、ぶちまけられた水を受け止める始末。
なら、逆に自分が水を浴びるシチュエーションはどうだ、ということで一緒に洗車をしてみるが、ホースを巧みに操る指揮官はスプリングフィールドがどう動いたって水をかけてくれなかったのだ。
これだけの悪巧みをナチュラルにこなすスプリングフィールドもそうだが、本当に恐ろしいのは、そんな彼女の思惑に微塵も気づかず回避し続ける指揮官の方である。
「ん~、美味しいです! 自分で作ってもここまで美味しくならないのが不思議なんですよね」
「お料理は経験ですから。ずっと続けていれば、指揮官さんも上手にできるようになりますよ」
掃除を午前中に終え、今は昼食の時間。
2人しかいないので、簡単なものをということで作ってもらった焼きそばのあまりの美味しさに指揮官も大満足である。
「ごちそうさまでした。食器、シンクに降ろしていいですかね?」
「・・・その前に、ちょっとお話があります」
つい今まで楽し気に食事をしていたスプリングフィールドが急に顔色を変える。
「こちらへ」
食卓を離れ、カーペットの上に座り直すと指揮官へ手招き。
「え? はい」
やけに真剣な表情のスプリングフィールドを前に、内心で焦りが浮かぶ。
温和な彼女がこれだけ真顔になるような事だ。それ相応の事を指揮官がやらかしたのだろうが、心当たりといえば、踏み台から落ちるスプリングフィールドを助けられなかった事くらいだろうか。
一体、何を言われるのだろうかとヒヤヒヤしながら、招かれるままに彼女の正面に正座する。
「何か気が付くことはありませんか?」
「何か? ・・・何か、とは?」
「質問に質問で返してはいけません」
「ご、ごめんなさい」
つい素直に謝ってしまったが、指揮官にはスプリングフィールドがどんな答えを求めているのかが全く分からない。
悩んでいる最中も、エプロン姿のスプリングフィールドは姿勢を正したままジッと指揮官を見つめていて、もう針の筵状態である。
「・・・すいません。全く思い当たる節がないです。俺、何か悪い事しましたか?」
このまま考え続けても答えは出ない、と早々にギブアップする指揮官。
すると、スプリングフィールドは心底残念そうに溜め息をひとつ。
「もう、仕方のない人ですね」
そう呟くや、いきなり指揮官に向けて飛び掛かってきた。
「っ!?」
あまりにも突然の事で反応できず、両肩を掴まれ押し倒される。
馬乗り状態で体重を乗せられているので、指揮官は完全に身動きが取れない状態である。
「私はどのような格好をしていますか? 言ってみてください」
「か、かか格好ですか!? エプロンを着けています、です」
軽くパニックを起こしている頭をなんとか回して、スプリングフィールドの質問に答える。
「はい。それでは、その下は?」
そう言われて視線を彷徨わせたところで、かろうじて稼働していた思考が完全にフリーズしてしまう。
やけに肌色が多いなとか思っていたら、なんと、エプロンの下には服を着ていないのだ。
身に付けているものはエプロンだけ。世に言う、〝裸エプロン〟という着こなしである。
エプロンに着替え、キッチンに立った時からこの姿だったのだろう。普通なら、食事の最中に気が付いてもいいものだが、指揮官はこの事に全く気が付いていなかった。
本当に、何かの力が働いていたのではないかと思えるほどのうっかり具合である。
「あらあら、気が付いた途端に顔を真っ赤にされて。そういうリアクションが見たかったんです」
満足げに、楽し気にそう言われて、さらに顔が熱くなっていく。
恍惚の表情を浮かべるスプリングフィールドの様子は、ようやく餌にありつけた猛獣のそれで
ある。
「ここまでくるのに大変苦労しました。指揮官さんったら、フラグへし折り系キャラなんです
もの」
「フラグってなんぞ!?」
「まぁ、そんなことはいいとして。こうなってしまったら、この後はどうなるか?いくら鈍感さんでも、想像に容易いのではないですか?」
裸エプロンという、完全にヤル気スタイルのスプリングフィールドに押し倒されている。言われた通り、指揮官が真っ先に想像したことは、スプリングフィールドが考えている事と同じとみて
間違いない。
「そ、それはさすがにマズイですって! 45達が帰ってきたら大変な事になっちゃいますよ!」
「では、あの娘達が帰ってくるまでだったらいいんですね?」
「そういうんでもなくて。大体、スプリングフィールドさんは俺なんかと、その・・・そういう事をしちゃってもいいんですか?」
「良くなかったらこんなことはしませんよ。でも、指揮官さんは、やっぱり私みたいな使い古しには興味を持ってはくれないのかしら・・・」
一変、悲しそうな眼で言われてしまい、内心で焦りまくる指揮官。
別段、悪い事をしているわけでもないのだが、すでに彼女の手の上でコロコロされてしまっている指揮官は完全に思うツボである。
「いやいやいや! スプリングフィールドさんは大人っぽくて、美人ですし。使い古しだなんて、そんなことはないです。ないです、けど・・・」
なし崩しにそういう関係になる事に対し、指揮官の道徳感が強烈なブレーキをかけている。
「もう、はっきりしない方ですね。それじゃあ、こうしましょう。私が指揮官さんを無理やり襲います。指揮官さんはお世話になっている家の家主が相手という事で、抵抗ができなかったと。それなら正当な言い訳が立ちますし、問題ありませんよね」
さも正論のように言うが、それはお互いにとって明らかな問題行為である。
しかし、こんな美人がこれほどに自分を求めてくれている、という事実を前にして指揮官の心の天秤が少しずつ傾いてゆく。
知らず、生唾をゴクリと飲み込む指揮官。
それを見て取ったスプリングフィールドは、指揮官の耳に顔を近づけ。
「快楽を求めるのは人の本能。何も悪いことじゃないんですよ。ですから、ね?」
そっと囁いてダメ押し。
天秤の受け皿が、着地寸前で踏みとどまる。反対側、高く掲げられた受け皿に乗せられているのは、今まで指揮官が学園で一時を過ごしてきた娘達の笑顔が。
「沈黙は肯定、とみなしていいですよね。それでは・・・」
女豹のように身体をしならせ、スプリングフィールドがエプロンの胸元に指をかける。
「ふふふ、いただきます」
小さく舌舐めずりしながら、スプリングフィールドが顔を近づけてくる。
熱い吐息を感じながら、指揮官は・・・・・・
[快楽に身をゆだねることにした]
[かろうじて繋いでいる理性を奮い立たせた]
・・・などという、いかにもな感じの選択肢が脳裏を過ぎった、その瞬間だった。
「はい、そこまで~」
第三者の声が聞こえてきたかと思えば、スプリングフィールドの上半身に何かが被せられ、そのまま背後へと引き剥がされた。
「~~~~~~~!!?」
何事かと体を起こしてみれば、そこにはいつの間にか帰ってきたのか45と9の姿。そして、
その足元では頭から麻袋を被され、もがいているスプリングフィールドの姿が。
「2人とも、いつの間に・・・」
「えへへ、なんか嫌な予感がするな~、って思ったから戻ってきてみたんだよ」
「9の勘はよく当たるから。今回も大当たりだったわ」
そう笑顔で答える2人。
心が完全に折れる寸前、間一髪のところで救われた事に大きく安堵の息をつく指揮官。
「こらこら、その格好で暴れたらイロイロと見えちゃうでしょ? 指揮官、ちょっとあっち向いていてくれないかしら」
「え? うん」
もうすでにスプリングフィールドのあらぬ所が見えちゃった後なのだが、知らぬふりをして、
指揮官は目を閉じて顔を背ける。
「9、やっちゃっていいわよ」
「おっけ~。てい!」
「#%$&‘&%$#$!!?」
パチパチ、と何かが小さく弾けるような音。
ドタンバタン、と魚が床を跳ねまわるような音。
静かになったところで視線を戻してみれば、スプリングフィールドは床でぐったりと倒れ込み、時折、小さく痙攣を起こしている。
何くわぬ顔を向けてくる姉妹を見て、指揮官も静かに察する。
この話はここまでにしておくべきである、と。
「じゃあ、ママを寝室に運んでくるから、指揮官はゆっくりしてて」
「帰ってきたら私達と一緒に遊ぼ~ね」
45と9でそれぞれ片腕ずつ掴み、スプリングフィールドの身体をズルズルと引き摺って、
リビングから出ていってしまう。
シンと静まり返ったリビングに一人残された指揮官。
「・・・・・・食器の片づけでもしようかな。うん」
もう、この出来事は忘れると決めたので、あえて口に出すことはせず。食器の片づけを始める。
・・・ただ、指揮官も健全な男子である。あのまま進んでいたら、という心残りが微かながらあったというのは言うまでもない事である。
これもまたギャルゲーでありがちなヤツですね。
当方の場合は、スプリングフィールドがエロ担当みたいな感じになってしまっていますが・・・まぁ、あのスタイリングなので仕方ないですよね。
無事に危機を乗り越えたところで、次回の指揮官の活躍もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~