ドールズフロントライン ~ドールズ・スクールライフ~   作:弱音御前

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あと少しで年末。何事もなく、穏便に過ごしたいものですね。
どうも、弱音御前です。

今回も変わらずな流れで進む本作ですが、お楽しみいただけていれば幸いです。
それでは、どうぞごゆっくりと~。



ドールズ・スクールライフ 9話

 10月9日(水) はれ

 

 

「ん・・・ん」

 

 自然と目が覚める。

 普段の平日は目覚ましアラームの力を借りて目覚める指揮官なのだが、今日はそれがない。

 祝日で学園はお休みなのである。

 毛布に包まりながら身体をもぞもぞと動かし、枕元の時計に目を向ける。

 時刻は7時30分。いつも起きているのとそれほど大差ない時間だ。

 休みで予定も特にないので、もう少し寝ていてもバチは当たらない。

 しかし、指揮官は居候という身の上である。きっと、ここの家主はすでに起きていてみんなの

朝食の支度をしてくれているだろうに、自分はこのまま再び眠りこけるというのはどうなのだろうか?

 ほんの少しだけ葛藤したのち、早急に起床するという決断に至る。

 毛布を剥いで上体を起こす。

 ・・・と

 

「おふぁよ~、しひふぁ~ん」

 

「おふぁよっ、しひふぁん!」

 

 そこでようやく、ベッドサイドでスタンバっていたのだろう45と9と目が合った。

 

「・・・・・・何やってんの?」

 

 半分寝ぼけているので、指揮官は特に驚くようなそぶりも見せずに平然と問いただす。

 

「リアクション薄っ! ほんと、ツマンナイ男ね」

 

「こうやれば指揮官が喜んでくれるって45姉が言ってたのに・・・」

 

「9はもっと45を疑う事を覚えような」

 

 そう言って頭を撫でてやると、9はくすぐったそうな表情を浮かべる。

 それを見て、不機嫌な様子の45。

 

「ところでさ、9は自分が咥えてたそれ、なんなのか知ってるの?」

 

 今さっきまで口に咥えていた正方形の小さな包みを手に取る9。

 揃って口調が舌足らずな感じだったのは、それを咥えていたのが原因である。

 

「分からない。45姉から渡されたものだから。何なの、これ?」

 

「開けてみたら、9でも分かるかもね」

 

「おいおい、開けさせるのかよ・・・」

 

 その正体が何なのかを分かっている指揮官をよそに、9が包みを開ける。

 中から出てきたのは、丸められて輪っかのような状態になったゴムビニール。鮮やかなピンク色というのが、またなんとも生々しい。

 

「? ビニール製のチューブが丸められてるんだ?」

 

 不思議そうな表情でゴムを弄ぶ9。それを見ていると、何とも言えない気分になってしまいそうなので、指揮官は様子を直視することができない。

 

「それを見てもなんだか分からない?」

 

「う~ん・・・マズルの中に液体やなんかが入らないようにするゴムキャップ・・・ってところなのかな?」

 

「惜しいわね。正確には、ナカに液が出ちゃわないように」

 

「そういうのは自分達の部屋でやれ!」

 

 咄嗟に45の頭を引っぱたいて説明を阻止する。

 やたらと軽そうな音がしたのは、大体予想ができた事である。

 

「いったいなぁ! 女の子の頭を叩くなんて、この人でなし!」

 

「だったら、もっと女の子らしい行動を心掛けなさい。ってか、なんでお前はそんなのを持ってるんだよ」

 

「これくらい、今どきの女の子だったら一つくらい持ってるわよ」

 

 赤裸々な話を堂々とされて、もう返す言葉も無くなってしまう指揮官である。

 朝っぱらから騒がしくされたことですっかり目も覚め、準備もそこそこに1階へと降りる。

 家族みんな揃ったところで朝食が始まる。

 どうやら、今日はスプリングフィールド、9、41の3人で駅前のモールまで買い物に行くそうで、45は家でお留守番との事。

 指揮官も今日は家で過ごそうと思っていたので、夕方まで2人で過ごすようになりそうだ。

 

「片づけは俺がやるので、出かける準備をはじめていいですよ」

 

「そう? では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 柔らかに微笑んで、朝食を終えたスプリングフィールド達がリビングから出ていく。

 食後のお茶を飲みながら、ぼ~っとテレビを眺めている45を尻目に洗い物を開始する。

 

『警察は逃げた3人組の行方を追っています。続いて、海外から入ってきたニュースです』

 

 番組同士の繋ぎで流れているニュースでは、報道デスクに女性キャスターが淡々とニュースを

読み上げている。

 

『サレルノ連邦国の首都、アヴェンタドールでは侵攻してきたウォーカーと日本から派遣された

特殊部隊が交戦中との情報です。それでは、現地に中継を繋ぎます』

 

 ものものしい内容のニュースと共に、画面が切り替わる。

 映し出されたのは、石畳と木組み建築の風光明媚・・・だったはずの街並み。

 所々に乗り捨てられた軍用車両にそれらは崩され、破壊され、その上には数えきれないほどの

人型が転がっている。

 悲鳴と怒号、銃声がテレビのスピーカー越しに伝わってくる、まさに地獄絵図だ。

 

『Zephyr、Yankeeはこの最終防衛ラインを堅守! X-reyとWiskyは路地から回り込んで、ウォーカーの本隊を背後から攻撃! ここが正念場よ! なんとしてでも首都アヴェンタドールは守り抜け!』

 

 そんな中、完全武装の部隊に向けた女の子の声が響き渡る。

 栗色の髪にノースリーブのシャツ、足元は短パンというなんともライトな服装だが、そんな少女の声に野郎どもは雄叫びを上げて従っている。

 

『RFB、私はこのまま正面から斬り込む。部隊を一つ借りていくぞ』

 

 そんな部隊の中で異彩を放つ人物がもう一人。

 真っ黒いコートにフードで頭を覆っているが、体つきと声から、その人物が女性であることが

伺える。

 

『さっすがKSG、頼りになるね! Urasを連れいっていいよ、近接戦では最強の部隊だから!』

 

 RFBと呼ばれた少女の許可を得ると、KSGと呼ばれた女性が1部隊を率いて大通りを進んで行く。

 

『さてと・・・ハロ~、みんな楽しんでる~? 私とKSGは見ての通り、めっちゃ楽しんでる

よ~』

 

 つい今しがたの真剣さはどこへやら、RFBはいきなりカメラ目線で誰かに向けて挨拶をし始めた。

 

『〝モード〟が違うから、そっちの状況は分からないんだけど。多分、攻めあぐねている娘が多いんじゃないかと思ってさ。え!? 戦力が足りない!? それなら、1人で銃を二丁持つ! それなら同じ人数でも戦力倍! ほら、さっさと行く!』

 

 弱音を吐いてきた隊員に喝を入れ、RFBは話を続ける。

 

『だから、このゲームマスターRFBがヒントあげる。〝猫〟は絶対に逃さないこと。簡単な

ヒントだけど本当に重要な点だから、みんな注意してみてね』

 

 それじゃあバイバ~イ、と気楽に手を振るRFBの姿を最後に中継が切れる。

 

『一日も早い事態の終息を願っています。次は国内のニュース。北陸の動物園から、可愛らしい

パンダの赤ちゃんの映像が・・・』

 

 まるで、今の熾烈な戦いが無かったかのように、キャスターが次のニュースを読み進める。

 とてつもない温度差である。

 

「45、今のニュース、何?」

 

「ん? この世界じゃあよくある事よ。別に、指揮官が気にする事じゃないわ」

 

「ふ~ん? そういうことなら・・・まあ、いいか」

 

 そう言われては深く追求する必要もない、と指揮官は今のニュースの事を忘れてさっさと洗い物を終わらせる。

 スプリングフィールド達が車で出掛けて、2人だけ家に残される。とはいえ、留守番の間、

ずっと一緒にいるわけでもない。

 45は大きいテレビがあるリビングでドラマを見るとの事なので、指揮官は自室でゆっくりと

読書や動画鑑賞を楽しむ。

 自分がやりたいことを好きに楽しんでいれば、それこそ時間が過ぎるのも早いもので、気が付いてみれば、そろそろお昼ご飯の事を考えなければいけない時間になっていた。

 

(45はどうするつもりなんだろうか?)

 

 相談の為、再びリビングへ降りていく。

 テレビではドラマが垂れ流され、その真正面のソファーでは、寝っ転がったままタブレット端末のアプリゲーム消化に勤しむ45の姿。

 今しがた、自分は最高の時間を過ごしていたつもりだったが、この光景を見て、上には上がいるものなんだと再認識させられてしまう指揮官である。

 

「もうお昼だけど、ご飯はどうする?」

 

 指揮官に問われ、顔だけ動かして時間を確認する45。もう、女の子としてどうかと思ってしまうようなダラけっぷりだ。

 

「ん~、近くの商店街で何か買ってきてよ」

 

 指揮官をパシる気満々な45だが、ちょうど外の空気を吸いたかったところである。散歩がてら、ゆっくり買い物に行くのもいいだろう。

 

「分かった。何かリクエストはある?」

 

「お稲荷さんがあれば、私は一向に構わない」

 

「また? 昨日も食べてなかったか?」

 

「好きな物は毎日でもいいの。じゃあ、そういう事でヨロシクね。・・・おっ! 星6確定

演出・・・からのフリーズっ! 3枚抜きいただき!」

 

 歓喜する45を尻目に指揮官はお昼の買い出しへと出かける。

 空は一面雲に覆われているが、雨が降りそうなほどの厚さではない。

 夏から秋に移り変わる、涼やかなこの時期の気温はとても過ごしやすい。日差しこそないものの、絶好のお散歩日和といって過言ではないだろう。

 家を出て左。3つ目の十字路を左に折れ、突き当りまで進んだら右。周囲の景色を眺めながら

歩いても、10分余りで目的の商店街に到着する。

 駅前の商店街よりもだいぶ小さい規模であるが、近くの住人御用達のここはお客がそれなりに

多いような印象を受ける。

 食料品店が特に充実しているので、選択肢はかなり多そうだ。

 

(肉屋のコロッケ、すげぇ美味しそうだな。隣にあるパン屋も良い匂いしてるし)

 

 あちこちに目移りしながら商店街を進んでいく。

 そんな最中、指揮官の眼を留めたのは、和風造りが特徴の一件だ。

 暖簾を見たところだと団子屋なのだろうそこは、店頭ショーケースに団子、巻き寿司、丼ものなど、和風のお惣菜が並べられている。

 もちろん、45リクエストの稲荷寿司も完備である。

 

(甘いモノ食べたいって思ってたんだよな・・・)

 

 巻き寿司と団子が自分の前に並んでいる光景を想像し、秒で指揮官が決断。

 ここを今日のお昼ご飯とする。

 

「えっと・・・この巻き寿司とみたらし団子。あと、稲荷寿司を下さい」

 

 割烹着に頭巾、といういかにもな風体のおばさまに注文すると、稲荷寿司の種類を聞かれる。

 言われて見れば、稲荷寿司はいくつかの種類が並べられている。

 ご当地特有の物を味わってもらいたい、という店主のこだわりなんだとか。

 

「そうなんですね。じゃあ・・・」

 

 普段、45は俵型の稲荷寿司を食べている。たまには違うものも食べたかろう、という気遣いから、三角型の稲荷寿司を選択。形だけでなく、ちょっとした隠し味が仕込んであるというのも

ポイントの一品だ。

 お昼ご飯が入ったビニール袋を片手に、しばし商店街を散策。それから家に戻る頃には、ちょうど良い時間になっていた。

 

「お帰り。おっ! そのお稲荷さん、白い暖簾のお店で買ってきたやつでしょ?」

 

「そうだよ。よく分かるね」

 

「まぁね。私、そのお店のファンだから」

 

 どこにでもあるような真っ白ビニール袋を見て分かるくらいなのだ。相当な上得意なのだろう。

 

「すぐ準備するから、テーブル片付けておいて」

 

「りょーかい」

 

 指揮官が総菜をお皿にとりわけ、テーブルに戻るころには45はすでに準備完了で着席していた。

 本当に、どれだけ稲荷寿司が好きなんだろう、と苦笑してしまう指揮官。

 

「はい、それじゃあ」

 

「いただきます」

 

 両手を合わせて挨拶。

 指揮官は巻き寿司に箸を伸ばし、45は宣言通りの稲荷寿司。

 

「はむっ」

 

 満面の笑みで、一口サイズの三角型稲荷を口に放る45。

 ・・・と、みるみるうちに45の表情が凍り付いていく。

 尋常じゃない様子なのは、正面に座る指揮官の眼にも明らかだ。

 

「ど、どうした? 喉に詰まった?」

 

 咄嗟にコップに手を伸ばす指揮官に、45は首をふるふると横に振って返す。

 

「なにこりぇ? なんか、カリカリして辛しょっぱいのが入ってりゅ?」

 

「ああ、そういう事か。それ、紅ショウガだよ。ご当地の稲荷寿司なんだって。もしかして、苦手だった?」

 

「ダメじゃないけど・・・お茶。水じゃなくてお茶が欲しい!」

 

 泣きそうな表情のままそう言って、45が冷蔵庫に向かってダッシュする。

 扉を開け、取り出したペットボトルをそのまま口飲みである。

 

(ちょっと悪い事をしちゃったかな・・・)

 

 やや反省しつつ、巻き寿司を口に運ぶ。

 あまりの美味しさに、抱いていた罪悪感はもうどこかに消し飛んでしまっていた。

 

「ふ~・・・ちょっとビックリしたけど、これはこれで慣れればクセになる味ね。とりあえず、

ナイスチョイスと言っておいてあげるわ」

 

 そう、偉そうに言いながら戻ってくる45に目を向けて・・・今度は指揮官が固まる。

 

「? 何よ? 私が褒めるなんて珍しい事もあるなぁ、とか失礼なこと考えてる?」

 

 45は今さっきまで緩い感じの部屋着姿だった。

 ところが、冷蔵庫の前から戻ってきた今の彼女は、黒と黄色二色の鮮やかな振袖姿に変わっていたのだ。

 そして、おまけに頭には41についているようなフサフサの耳まで生えている。

 指揮官を驚かせようとした早着替えにしたって、あまりにも手が込みすぎている。

 

「ねえ、本当にどうしたの? 驚き方が尋常じゃないけど」

 

「あ・・・ああ、そりゃあ、いきなりそんな恰好で戻ってこられたら、驚きもするよ」

 

 ようやく絞り出した指揮官の言葉を聞き、訝し気な表情の45。

 そうして、自分の身体を見下ろして・・・頭にもっていった手で耳をニギニギして・・・

 

「~~~~~っ!!?」

 

 今度は45が表情を凍り付かせた。

 

「えっと、これはその・・・あの・・・うぅ・・・そういうのじゃなくて」

 

 今までに見た事のない45の慌てようを目の当たりにして、指揮官は少しだけ落ち着きを取り戻す。

 このまま45に説明を求めても、きっとまともな話にはならないだろうというのが見て取れる。

 

「とりあえず・・・さ、ご飯の途中だったから、済ませてから話をしない? その間に心を落ち着けてよ」

 

「そ、そうね。うん、そうさせてもらうわ」

 

 指揮官の提案にすんなりと従い、45が席につく。

 そうして、再び昼食の時間がスタート。

 時間を置いて、45に落ち着いてもらうことが目的の提案だったのだが、どうしても45の耳が気になってしまう指揮官は自然と目が惹かれてしまう。

 41と同じようにフサフサの耳は、艶毛並みも良さそうで、触り心地はきっと抜群に違いない。

 

「うぅ~」

 

 と、そんな視線に気が付いた45が、恥ずかしそうな唸り声をあげて耳を手で隠してしまう。

 見られるのを嫌がっている事に気付き、努めて視線を下げるよう意識する指揮官。

 互いに無言で会話も交わさない。実に居心地の悪いお昼の時間が黙々と過ぎてゆく。

 

「・・・じゃあ、落ち着いたところで説明するけど」

 

 いよいよ、45が話を切りだしてくれたのは、デザートのお団子に手を付けようかというところであった。

 

「大丈夫? あまり触れてほしくない内容だったら、話さなくてもいいよ。見なかったことにしておくから」

 

「いや、まだしばらく同じ家で生活するんだし、わだかまりは残しておきたくない。それに、

指揮官にはちゃんと話をしておいた方が良さそうな気もするし」

 

 なんとなく、今の状況に既視感を覚える。

 あれは、ほんの数日前。電車に乗り遅れた休日の一幕だ。

 

「まず、この耳と尻尾は作り物じゃなくて本物。これが私、〝妖狐〟の姿なのよ」

 

「妖狐・・・ねぇ」

 

「指揮官ってば、本当にリアクション薄いわよね。自分で言うのもなんだけど、この話、かなり

驚いてもいいものよ? ちゃんと現実を見れてる? 大丈夫?」

 

「失礼な。意識はしっかりしてるし、これでもちゃんと驚いてるっての」

 

 びっくりしているというのは本当だ。

 ただ、先日の魔法少女ピーキー✡ピンキーの件もあって、耐性が付いていたのだろう、びっくり度合いがやや低いのは事実である。

 

「・・・大方、ネゲヴとの件があったから、もうこんな事があっても驚かないだけなんでしょうけど」

 

「え? ネゲヴの件って、もしかして知ってたの?」

 

「アイツが魔法少女なんていう存在なのも、この前の土曜日、指揮官が会ってたのもとっくに

お見通しよ。私を誰だと思ってるの?」

 

 思い返してみれば、あの日、街を案内してもらっている間の45は機嫌が悪そうだった。気分屋だから、という事でその時は納得していたが、どうやら、原因はコレのようである。

 

「まぁ、アイツのことは置いといて。私、妖狐はキツネの妖。バケモノだとでも思ってくれればいいわ」

 

 そう自嘲気味に言う45が、微かに寂しげな眼を覗かせたのを指揮官は見逃さなかった。

 

「だから、私は人間じゃないの。住処を追われて、人間社会に紛れて生活をしている異邦の者よ」

 

「それじゃあ、45の妹の9と41も?」

 

 指揮官の問いに、45は首を静かに横に振ってから話を続ける。

 

「私の本当の妹で同じ妖狐なのは41だけ。9は人間よ。私達・・・私が、妖術で騙して寄生している家庭のね」

 

「寄生って、そんな・・・」

 

「もともと、この家庭は母さん・・・スプリングフィールドと9だけなの。そこに割り込んだ私達は、寄生虫も同然よ」

 

 そう言い捨てて45はお団子をぱくり。

 さも平然としているように見えるが、その心中はいかに? 指揮官は見抜くことができずにいる。

 

「その、妖術っていうので2人の感覚をズラしている、っていうこと?」

 

「あら、ちょっとはその筋の話に詳しいみたいね。そう、41は幻惑の術を得意とする妖狐。あの娘の術で2人には私達を家族だと誤認してもらってる。あと、自分の姿もそれと同じ方法で偽って、周りに溶け込んでるわ。私は変化が得意だから、見た目を変えられるんだけどね」

 

「なるほど。それで、41に耳が生えててもみんな不思議に思わないのか」

 

 そういうヘアスタイルだ、というのはあまりにも無理のある立派なフサフサ耳である。指揮官は何度かモフった事があるが、他のみんなが手を伸ばさない理由に合点がいく。

 

「は? ちょっと待って、41の耳が見えてたの?」

 

「う、うん、見えてたけど」

 

 真剣な表情でテーブルから身を乗り出す45に、思わず圧されてしまう。

 

「見えてても気にならないような術を掛けていたんじゃないの?」

 

「違うわよ。そもそも、普通の人間と同じ容姿に見えるような幻術を常にかけていたんだから。耳が見えている筈はないの。っていうか、今までアレが見えてたのに、よくもまあ平然と日常をすごしていたものね」

 

 そういう子もいるのか、という事で41の耳に関しては触れなかった指揮官なのだが、問題はそこではない。

 ネゲヴの時と同様、指揮官には魔力やら妖力やらを用いた力は効いていないという点である。

 ネゲヴが言うには、別に見えていたってどうという事はないそうだが・・・。

 2度も同じような事が続けば、さすがに不安を感じようというものだ。

 

「指揮官っていうのは、妖術への対処法も身に付けてるものなのかしら?」

 

「いや、そんなことはない。自分でも分からないけど、体質? みたいなもんなのかな~、と」

 

「ふ~ん? まぁ、世の中は広いから、そういう特異な人間が居てもおかしくないわね。そのまま見えてても構わないけど、私たちの事は言いふらさないでもらえるかしら?」

 

「もちろん、言うつもりはないよ。君達は悪さをする気もないみたいだから」

 

「さあ、どうかしら? 妖狐といえば、イタズラ妖の筆頭だからね。油断してると痛い目を見ちゃうかも」

 

 振袖で口元を隠し、妖しく微笑む45。その様子は、言う通り、油断ならない気配をビシビシと感じる。

 けれども、彼女がスプリングフィールドと9に危害をくわえるようなことはしないという確信が指揮官にはある。

 まだこの家に来て一週間だが、彼女たちの日常を間近で見ていれば、それは明らかな事である。

 

「ところで、本当の姿・・・いつもの姿っていうのか、には戻らないの?」

 

 話が一旦落ち着いたところで、指揮官も団子に手を伸ばし、尋ねる。

 

「あ~・・・うん、今はちょっと無理みたい」

 

 これも、つい先日交わしたやりとりの焼き直しである。

 どうやら、異能というのはどれもデメリットが付き物のようだ。

 

「時間の制約があるとか?」

 

「術を使うには霊力が必要なの。最近はギリギリの霊力でやりくりしてたから、術が不安定で。

苦労して変化を保ってたのに、指揮官がビックリさせるから」

 

 それは不可抗力というものだが、耳をペタンとしおれさせている45の様子を見ると、罪悪感がふつふつと湧いてきてしまう。

 

「45が使える霊力っていうのは、そんなに少ないものなの?」

 

「ううん、ここ半年くらいは消費量が多くて。・・・いや、それはどうでもいい事ね」

 

 半年。45が言ったその時期が指揮官の頭に引っ掛かる。

 

〝半年ほど前までは、月に2、3日くらいしか学校に来れなかったの〟

 

 偶然と言ってしまえばそれまでの事。今は、なんとか45に協力できることを考えるとする。

 

「じゃあ、術が使えるくらいの霊力が回復すればいいのか。俺に何かできる事とかないかな?」

 

「ない事はないけど。でも、これはちょっと・・・ねぇ?」

 

 指揮官の申し出に、45は何やら俯きモジモジとし始める。指揮官の位置からは見えないが、頬は少しだけ赤い。

 

「45がわざわざ見た目を変えているってことは、41の術じゃあカバーできないってことなんだろう? それなら、早く対策をとらないとマズいじゃないか」

 

「んもう、本当に鋭いところをついてくるわよね。確かに、自然回復を待ってたら、みんなが帰ってくるまで間に合わない。でも、その・・・私と・・・・・・のは恥ずかしくない?」

 

「え? 最後の方、声が小さくて聞こえなかったんだけど」

 

 45の気も知らず、真っ向から問いただす指揮官。

 もう、どうにでもなれ! と45は腹を括って言い直す。

 

「だから、私と身体をくっつけるのは恥ずかしくない!? って・・・言ったの」

 

「か、身体をくっつける? それって・・・どのくらい?」

 

「接地面は大きければ大きいだけ良い。別に、指揮官の生命力を奪おうとか、そんなんじゃないから安心してくれていいけど」

 

 身体をくっつける。それも、接する面は大きければ良いときた。ならば、どういう状況が最適か? お年頃である指揮官にとって、想像は容易い。

 それは45も同じのようで、2人して俯き気味に黙りこくってしまう。

 

「・・・まずは、手を繋ぐくらいでどうかな? それで上手く霊力が回復すれば良しってことで」

 

「そ、そうよね。よし、そのプランでいきましょう」

 

 それだって、まだ恥ずかしい判定に属する行為なのだが、いつまでもお見合いをしていても仕方がない。

 45も話に乗ってくれたので、このまま勢いで進めることにする。

 指揮官がテーブルの上に手を置く。そこに45が手を重ねた。

 小さく白い手は艶やかな感触で、肌を通じて温もりが伝わってくる。

 手の先から、身体の芯まで温かくなっていくような、不思議な心地だ。

 

「どうかな?」

 

「うん、キテるわね。やっぱり、指揮官とは霊的な相性が良いのかもしれないわ」

 

 なにやら不穏な言い回しであるが、それは果たして指揮官にとっては良い事なのか悪いことなのか。

 ともかく、今は45の役に立っているのなら良しとしておく指揮官である。

 

「でも、これだけだとまだ速度が足りない。もうちょい上げていかないと」

 

「そうか。じゃあ、その・・・だ、抱き合ってみる?」

 

「~~~!?」

 

 指揮官の発言を聞いて声にならない声をあげる45。その拍子に力が入ってしまった手が指揮官の手を握り潰す。

 

「いだだだだだ!? 骨が折れるから! 骨が!」

 

「いきなりそんな事を言うからいけないのよ! 抱き合うだなんて! 言われるこっちの身にもなりなさいよ!」

 

 本当に骨が折れてもおかしくないような力だったが、解放された手はジンジンと痺れこそすれ幸いなことに無傷。こういうところでも、45が自分とはあまりにもかけ離れた存在なのだと指揮官は再認識させられる。

 

「そりゃあ、その手を使えば回復速度はかなり上がるだろうけど。指揮官は平気なの? 私と、

その、抱き合うの」

 

「俺は・・・うん、平気。でも、45が嫌だっていうなら」

 

「イヤじゃない。指揮官だったら、いい」

 

 再び俯きがちに、小さな声で45が答える。

 表情はよく見えないが、身体の影から覗く45の尻尾は左右にファサファサと揺れているのが見て取れる。

 実は喜んでくれているのかも? と妄想してしまうと、心臓の鼓動が一気に早まってしまった。

 

「じゃあ、そういう事でヨロシク」

 

「お、おう」

 

 45が席を立つ。

 テーブルを回り込み、指揮官のもとへと歩み寄ってくる間に、手に持ったままだったお団子を置き直して指揮官も立ち上がる。

 そうして、リビングの静寂の中で立ったままに向き合う2人。

 お互い、相手の出方を伺ってしまっているので、不用意に動き出せなくなってしまったのである。

 

(え? これ、どうしよう? 俺からいった方がいいのかな? でも、いきなりだとさっきみたいに怒られるかもしんないし。45に任せるのがいいのか?)

 

 頭一つ分くらい身長の高い指揮官を上目遣いに見上げる45は、何も言ってこない。ただ、薄く紅潮した頬で潤んだ瞳を向けてくるだけだ。

 愛らしくて妖しい容姿。加えて、シャンプーやコロンのモノとは違う、形容しがたい甘い匂いで身体の内側が蕩けるような錯覚を覚えてしまう。こんな状況で平静を保つというのがどれだけ困難な事か。

 しかし、見習いとはいえ指揮官も指揮官である。この程度でダウンするようなやわな鍛え方はしてきていないつもりだ。

 小さく、深く一呼吸。強張っていた身体を解くと、踵を返して45の傍を離れる。

 

「指揮官? どこ行くの?」

 

 心なしか寂しげな声を背中に、指揮官が向かうのはソファー。そこに腰かけると、45に視線を向け直す。

 

「横に座って寄りかかってくれれば、あまり恥ずかしくないかなって。どうかな?」

 

 指揮官の言葉に薄く微笑む45。

 着物の袖を靡かせながら指揮官のもとに歩み寄ってくると、流れるような仕草でソファーに腰を降ろした。

 そのまま、指揮官に身体をもたれかからせるのかと思いきや・・・

 

「私、こっちのがいいな~」

 

 コロンと身体を横たえ、指揮官の脚に頭を乗せてきたのだ。

 世に言う、膝枕というやつである。

 

「これ、普通は逆なんじゃないか?」

 

「そう? 別に、男の人が枕になってくれたって変じゃないと思うけど」

 

 45本人はご満悦で膝枕を堪能しているようで、横たえた身体を気持ちよさそうに丸めている。

 それならば、このまま大人しく従うべきだろうと指揮官。

 

「それで、回復の具合はどう?」

 

「上等よ。これなら、夕方までには良いところまで回復しそう」

 

「なんか、言うほど接触面積が多くないように見えるけど?」

 

「まぁ、触れてる部分ってのも要因の一つだけど、こういうのは気分が一番大事だからね」

 

「はぁ・・・左様ですか」

 

 ならば、もっと良い解決法もあったのでは? と思うが今更の事である。

 膝に頭をスリスリとしてくる45。その頭についている、モフ耳につい視線がつられてしまう。

 

「・・・」

 

 45はご満悦なのだ。それならば、少しくらい褒美をもらってもバチは当たるまい。そう断定した指揮官が、45の耳に触れる。

 

「ふひゃあ!?」

 

 指の先がほんのちょっと触れたところで、45がビクリと身体を跳ねさせる。

 そのリアクションに、指揮官も思わずビックリ。

 

「い、いいいいきなり何するのよ!?」

 

「ごめんごめん。出来心で、つい」

 

 振り向き、口を尖らせる45。

 驚いてこそすれ、怒っているようではなさそうである。

 

「41と違って私は触られ慣れてないの! 許可無しに触んないで!」

 

「じゃあ、許可下さい」

 

「そんなマジな眼で見ないでよ。どれだけ触りたいわけ?」

 

 41の耳を撫でた時の感触を思い出すと、いてもたってもいられなくなる。

 モフリストの性である。

 

「・・・分かったわよ。ただし、優しく触ってよね」

 

「イエッサー!」

 

 ビシリと敬礼を返す指揮官を呆れた眼で一瞥して、45が再び顔を降ろす。

 お許しを得たところで、今度こそ45のモフ耳に手を触れる。

 

「ん・・・」

 

 微かに身を竦める45。41は気持ちよさそうにしかしていなかったが、姉妹で感覚に大きな差があるようだ。

 

(おお・・・41よりも軟骨の感触が硬めだな。でも、毛並み艶は45の方が良いかもしれん)

 

 温かく、程よい手応えは指揮官の日々の疲労を優しく浄化してくれる。

 オマケに、45のこの耳は初モフりというところも指揮官的にポイントが高い。

 

「はぅ・・・もうちょっと付け根の方がいいかも」

 

「そうかそうか。ここか? ここがええのんか~?」

 

「わふぅん。しょこしょこぉ。指揮官じょうずだよ~」

 

 両手で耳の付け根をわしゃわしゃとしてやると、45は身体を捩らせて心地よさを露わにしている。

 触っている指揮官自身が気持ちいのはもちろん、触られている方も気持ちよくさせるというのが、モフリストとして最も大事な心得なのだ。

 そうして、ややハイになりながらモフっていると、45からのリアクションがいつの間にか帰ってこない事に気が付いた。

 単調な刺激に飽きてしまったのかな? と、45の顔を覗き込んでみる。

 

「すぅ・・・ふぅ・・・・・・」

 

 いつの間にか、45は膝枕の上で安らかな寝息をたてていた。

 ここまでリラックスしてもらえたのなら、もうこれ以上に嬉しい事はない指揮官である。

 

「まぁ、こういう休日もいいよな」

 

 45の髪を優しく梳いて、指揮官も静かに目を瞑る。

 結果として、45の霊力回復は問題なく間に合ったが、一点、残念だったのは置きっぱなしだったお団子が乾いてカチカチになってしまったことであった。




今回の話で、この世界の事が少しわかる・・・かもしれません。
まぁ、言うほど大した内容でもないのですけどね。

それでは、来週の投稿もどうぞお楽しみに~
以上、弱音御前でした
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