ゲームつよつよ系Vtuberはレティクルの向こうに何を見るのか【完結】 作:畑渚
「あー楽しかった!」
「お疲れ様です。それじゃあまた明日の配信で会いましょう」
「おつララ〜」
<おつかれ〜>
<おつ>
<おつララ〜>
流れるコメントを読みながら、配信停止ボタンを押す。背後でララちゃんが伸びをしながら床に寝転がる音が聞こえた。
「今日はよく寝れそうだよ〜」
「それは何よりです。それじゃあまた明日」
「……」
「どうかしました?」
隣の部屋のベッドメイクも済んでいるし、あとは帰って寝るだけだと思うのだが。
「……ダメかな」
「声が小さくて聞こえないです」
「い、いや!やっぱいいや、おやすみ!」
逃げようとするララちゃんの手首を握り、壁に押し付けて捕まえる。
「ちょっ筑紫ちゃん!?」
「なんで逃げるんですか?何かあるなら言ってください」
少し強引な手になってしまったが、こうでもしないと言ってくれないだろう。まったく、手のかかる人だ。
「あの、えっ顔ちかっ」
「何と言ったんですか?言わないと手、離しませんよ」
「いや、その……」
顔を真っ赤にしながらララちゃんはそう言う。
「今日は一緒に……寝てほしいなって」
なるほど。そういうことか。
「良いですよ」
「えっ?」
「別に問題ありませんよ。でもベッド広くないですよ」
「ほ、本当にいいの?」
「まあ構いませんよ」
別に同性と一緒に寝ることに抵抗はないし、それにララちゃんは今、1人では心細いだろう。ベッドが手狭だからと部屋を用意したものの、別に一緒に寝れないほど狭いわけではない。私もそこまで大きくないし、ララちゃんも小柄だから、寝てる途中にベッドから落ちることもないだろう。
「やった」
「また何か言いました?」
「い、いや!だから顔近いって」
嬉しいなら別に隠すことでもないだろうに。
=*=*=*=*=
私こと鐡ララは非常に困っていた。
というのも、事の始まりは私が筑紫ちゃんをベッドに誘ったことだ。流石に断られると思っていたのに案外すんなりと承諾してくれたまでは良かった。私は生粋の一人っ子であり、年も変わらぬ誰かと一緒に寝ることに慣れていなかった。だから壁際の端っこを陣取り、筑紫ちゃんの寝るスペースを邪魔しないようにしようと思っていた。
だが運命というものは残酷にも、迫りくるものだった。
いや、実際に迫りきたのは筑紫ちゃん自身なわけだが……
「ちょっ、筑紫ちゃん……!?」
「う~ん……ムニャムニャ」
普段のクールそうな見た目とは裏腹に無邪気な寝顔を見せる筑紫ちゃんは、寝返りを打つたびにだんだんとこちら側に迫ってきている。そして寝息がわかるほどに近づいた頃、私はさすがに我慢の限界が来て抜け出そうと身を動かそうとした。
「……フニャンッ!」
突然体を支えていた腕を捕まれ、ぐいっと引き寄せられる。バランスを崩した私は受け身も取れず、筑紫ちゃんの上へと覆いかぶさるように倒れた。
「つ、筑紫ちゃんごめん!」
「……」
「……筑紫ちゃん?」
「すぅ……すぅ……」
嘘だろ……と、私は戦慄した。これほどの衝撃を与えてなお目が覚めぬというのか筑紫姫は。
「ううん……」
筑紫ちゃんは身をひねらせた。私の腕を掴んだまま。
なので必然的に私の顔は筑紫ちゃんに埋まる形となり、しかも手は離してもらえないという始末。
あっ筑紫ちゃんの心音が聞こえる。
そんなこんなで、私の眠れない夜は過ぎていった。
=*=*=*=*=
朝、目が覚めたあとに隣の体温に気が付き思わず飛び退く。その相手の寝顔を見てようやく、昨晩の出来事を思い出した。誰かと寝ることなど久々だったので、つい驚いてしまった。
「……それにしても随分と深く眠ってますね」
ララちゃんが起きる様子はない。しばらく朝支度をしていれば目を覚ましてくれるだろうと、私はキッチンへと向かった。
「えっと……まあ軽くでいっか」
朝ごはんを準備しつつ、コーヒー豆をゴリゴリと挽く。そろそろ電動のモノに買い換えようかと思いつつも、結局後回しにしていたために未だに我が家では手挽きである。ちなみに豆の種類などは私は詳しくないので、姉のチョイスだ。
キッチンの物音か、それとも匂いを嗅ぎつけたのか、ベッドの方で動きがあった。
「ララちゃん、おはようございます」
「ふわぁぁぁ、おはよ」
「まだ眠いのなら寝ていてもいいんですよ」
「うわぁ……このままじゃ私ダメ人間になっちゃいそう」
「冗談を言う余裕があるなら手伝ってください。朝ごはんは食べられますか?」
「えっ?うん食べる食べる!」
朝から元気で何よりである。のはいいのだが……
「……私の顔に何か付いてますか?」
「いや!大丈夫、今日も筑紫ちゃんだよ!」
「ええまあ、筑紫ですが」
なんとも本調子ではなさそうなララちゃんであるが、慣れない環境に緊張しているだけのようにも見える。
「お皿とってもらえますか?」
「うん、えっとこっちの棚だよね」
「そうです。そこの中くらいの大きさのものを」
「はい!」
「ありがとうござっ」
勢いよく振り向いた私と、勢いよく向かってきたララちゃんの顔が思いがけぬ距離まで近づく。
「っと危ない。ララちゃんは大丈夫ですか」
「だだだ、大丈夫だだだよよよ」
「本当に大丈夫ですか?」
背中から倒れたララちゃんは、持ってたお皿を高く掲げ死守してはいるものの、顔を真っ赤にしている。どこか怪我をしてないといいのだが。
「ほら、たんこぶできてますよ」
「だ大丈夫だよ私頑丈だから!」
本当に、心配だ。